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ギルドスレッド

『カドー・デュ・ソレイユ』

三周年記念SS『タイトル考えてない』


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その男の微睡は、常に薄い。
レオン・ドナーツ・バルトロメイの眠りを表すのならば、恐らくはこれが最も的確な表現だろう。
浅くはなく、むしろ深い。しかしどうしようもなく満たされず、海に注いだワインの一滴の様に質も最悪だ。
底に伏せた鉛の様に意識を水揚げする淵は遥か上にある。だが、彼はそれでも『這い上がれてしまう』
「……」
重い瞼と、痛み始めて大分経った、四十路近い体躯を覚醒した意識と共に引き上げる。
しばたたかせた瞳にようやく入った、青で塗りつぶした空。照り付ける日はまだ高い。
「……夢も見れないとはね」
自嘲めいた呟きは若草を揺らす音に掻き消える。いつかの西日を思い出したそれは、どうあがいても進んでしまう時間という事実を刻み込む。
どれだけ休んでも取れない倦怠感。もはや若かりし頃の様に、実力だけは無駄にある唯一無二のいけ好かない奴と共に、竜の巣に突撃することなどできやしないだろう。いや、出来はするが、恐らくは帰っては来れまい。
大人になって得てしまった諦観と駆け出しの頃からの捨てようがない執着、『蒼剣』の名を背負う程の剣士の今は、ただ、それだけで出来ている。
「また腰を悪くするでごぜーますよ」
隣で、長い黒髪が揺れる。レオンがどれだけ年月を重ねても、どれだけ傷を増やしても、少年から大人になった今も変わらない、黒の中に薄く、しかし鮮明に映る白い面立ち。
罪の告白と同じ名を持つ神託の少女が、そこにいる。
「今日はお早いお目覚めでごぜーますね」
「最近は楽ばっかりしてたからな」
顔を向けるまでもなくかわす言葉はあまりにも軽い。決して事実ではなく、嘘でもない。いつだってレオンに襲い掛かる日々は難しかない。戦士として、何事もなく過ぎた全盛期、いつか来る襲来に備えたった二人から始めたギルドの運営、魔種との闘い、国家間の諍い、依頼、戦い。その全てを実際にこなしてきたのは、他でもない滅びに抗う力のある『特別な者』。
どんなに手を尽くしても『選ばれていない者』と決まってしまったあの日から、レオンはいつだって、己自身の力で、少女の力になれたことが無い。
「それで、今日のご用事はなんでごぜーますか」
「あ?そんなもんねぇよ、ただ来たかったから来た」
隣の女、ざんげに目もくれず、口先だけの軽い言葉を投げる。
しばらくの沈黙に、ようやくレオンは隣の少女の顔を見た。彫刻の様に美しい顔は常に動きが少ない。だが、付き合いの長い、四半世紀を超える時から出会っていた彼は、その微細な表情に込められた感情に、鼻を鳴らして噴出した。
「なんだよオマエ、俺がただここに来るのがそんなに不満かよ」
「ここに大人は用も無く来ねーといったのは、レオンでごぜーますよ」
「忘れたね、一年前の事は。それとも、土産の一つでも持ってきた方がよかったかい?」
「横流し品はいらねーです。どーせ特異運命座標の皆さんから貰ったのが余ってるんでごぜーましょう?」
「お、わかってんじゃん、偉いねぇ」
からかいの言葉にざんげは嘆息する。何でもない時はいつだって、昔から、この男はこうやって中身のない言葉と上から目線で言葉を紡ぐのだ。まるで、何も知らない子供に教えるかのように。
「……相変わらずでごぜーますね、レオンは」
「……相変わらずでごぜーますね、レオンは」
───なんだよオマエ、そんな事もしらねーのかよ───
───だったら、俺が教えてやるよ、感謝しろよな!───
そう、子供の時から、初めて出会ったあの時から、ずっと。
「……オマエ、その顔やめろよな」
ざんげはレオンを見る。年月を経て、少年の頃から硬く、逞しくなったその顔に、あの頃と同じように、はっきりと表情が浮かぶ。
「……なんでそんなに不満そーな顔してるんです?」
「今俺のガキの頃思い出してたろ、オマエさぁ、もう俺はオッサンなのに「あの頃のレオンちゃんは可愛かったわねー」みたいに近所のオバちゃんと人をダシにして思い出話咲かせられてるような顔されてさぁ、俺嬉しいと思う?」
「例えがよくわからねーですが、レオンが嬉しいかどうかは私にとって何もかんけーねーと思うです」
「……言うようになったじゃんオマエ」
この男は本当に相変わらずだ。他人をからかう割には、意外と、こちらから反撃すると、あっさりと折れる。
「あーヤダヤダ、不貞寝しよ」
「膝、いるです?」
「いらねぇよ」
ごろりと今度は背を向けて、大の大人が草のカーペットに身を横たえる。鍛え上げられた広い背中に不釣り合いな拗ねた態度に、神託の少女は意識せずにその頬をわずかに緩めた。
この男は、少年の頃から確かに変わった。だが、本当のところは、きっと、ずっとあの頃のままなのだ。
今はもう上から見下ろしてくるその背丈が、こちらから見下ろせたあの小さな体で、不釣り合いな大きな夢を語って居た頃と。
少女の知らない世界。この空中庭園から、遥か下界の、見たことのない物。
春に咲く淡い花の景色、夏の青と白の水景色、秋の人が姿を変える景色、冬の御伽噺を彩る白の景色。
たった一人の少女を連れ出そうと、少ない語彙で語ってきたあの日々。
だがそれは、到底果たせる訳がなかった。己が神託を受け、神託を告げ、神託を示す役割である以上、いつか来る滅びの為にここを離れる……縛られなくてはならないのだから。
(でも……)
あの頃とはもう違う。大量に呼ばれたあの日から日々増え続ける、特異運命座標達。遂に現れた魔種達。満ち続ける絡繰仕掛けの滅びに抗う箱の中。
そして、今や冠位を戴く7体の魔種も、2体が、選ばれし者達の手によって斃された。
着実に変わりつつある状況に、決して叶うことないと諦めていた言葉が、記憶の奥底から、日を重ねるごとに少しずつ浮かび上がる。
───ざんげ、今日こそは降りてきて貰うからな───
「レオン……」
───混沌中の特異運命座標を集めて、オマエの言う『パンドラ』をかき集めてやる───
脳裏をよぎる記憶。悠久の時を生きるざんげにとっては近くとも、遠く、決して叶わなくて、しかし、ずっと刺さっていた言葉。
───それで、終焉だか終局だかが出てきたらそいつを一撃でぶっ飛ばして───
「このまま、世界が変わっていけたら───」
───オマエが泣こうと喚こうと空中神殿から引っぺがしてやる───
「私がいつか、ここを離れられる日もくるんでごぜーましょうか」
「……さぁね」
大きな背中に投げかけた疑問は、短い言葉に流される。あの頃のレオンならば、きっと、とても喜ぶだろう。明日、いや今日にでも、やって見せると息巻いただろうか。
「俺が生きてる内に終わるかどうかもわからない事に、何も言うことはないね」
溢れる言葉は大人になったことで諦観で塗り固めた希望の否定。
「ま、その時にはオマエを引きずり降ろして来そうな奴も沢山いるだろうさ。その時に俺がまだ、土の中にいなければ───」
しかし、その中に詰め込んだ、大人になっても決して捨てていない夢と。
「オマエがあの時降りなかった事を後悔する顔を、拝むのも悪くないね」
大人ではなかったあの頃と同じ、意地の悪い、笑顔が、そこにあった。
※二次創作SSなので実際のキャラクターとは仔細が異なる場合があります!読んで下さってありがとうございました!ゆるして!

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