コン＝モスカ領にて依頼人と合流。
ここまではポータルでの移動だが、これから往復5～6日の航海となる。
船上戦は久しぶりだが、船の上で動いていれば現場に辿り着くまでには勘を取り戻せよう。

コン＝モスカを出発して1日目
船の上は狭いし、やる事がないので暇である。
暇なので美少年とトランプしたらハチャメチャに負けた。
ポーカーって運勝負じゃないの？
明日から絶望の青、もとい静寂の青に入るらしい。

コン＝モスカを出発して2日目
静寂の青という名前の通り、極めて穏やかな航海になった。
以前この海域を通った時は常に荒れ狂っているような波の様子だったが、リヴァイアサンの影響でここまで変わるものなのか。
散発的に標的の化け物が出たので適当に対処した。
美少年はずっと酒飲んでる。

コン＝モスカを出発して3日目
目的の海域に到着。
美少年が敵を集めてくれるのでほぼ作業のような戦闘が終わる。
一応、打ち漏らしがいないか確認してから戻るらしい。
甲板に化け物の死体がたくさん転がっているので食べれないか聞いたがアクが強いので無理らしい。
人間もアクが強いのにアクが強いものは食べられないとは不思議である。
って、言ったら美少年が「眼球ってプチトマトみたいな食感で好き」って言った時と同じ顔してた。
解せぬ。

コン＝モスカを出発して4日目
早朝、狂王種の襲撃を受ける。

（３戦目。その打ち筋は不気味な手だ。
　上手い下手以前に、百合子にとって非常に相手にしづらい打ち込みばかりをぶつけてくる。
　教本通りの回答に対する回答、その回答に対する回答……という風に。
　常に択をぶつけ続け、徹底した人読みで返すという打ち筋だった。）

（やりずらい。真っ先に感じたのはそれだった。
　1戦目も2戦目も途中で相手が勝負を投げた様な戦いだったため、やり方を学習しきれなかったというのも大きい。
　そして、打ち返そうとしては若干の違和感に手がとまる。

　盤面が狭いのだ。
　置ける感覚の場所に石が置けないことで計算が僅かに狂う。
　先ほどまではそれでも相手が見落とし、見逃していたが――）

（中盤、今までなら地固めに移るタイミングだが、移れない。それでは勝てない）

（鈍く輝く瞳が、狡猾の色にぬらりと濡れた。
　ここまで置いた布石が、集めた情報が、ちゃんと生きていることが。
　勝つことへの貪欲さを訴えていた。蜷局を解いた蛇は鎌首を持ち上げようとしていた。）


……軍人階級がこの盤面に戦場を見るように。
ボクはこの盤面を「可視化された駆け引き」と見立てる。
石を置けば置くほど自分の利益は盤石となるが、一方で石を置くほど盤面は狭くなり、自分の利益は少ないものとなる。
時に譲歩し、譲歩させ、自分の欲する利益の矛先を隠し、相手の意識がそれたところで利益を確定し占有する。

だから………定石をとるよりもこういう打ち方のがやりやすいな。
特にお前くらい潔癖だと猶更だ。
ボクの石は弱いが、石の強さをうまいこと覆せる。

（……一方で、定石を外した打ち方を重ねる上に、そも定石の多くを知らぬセレマには、勝ち筋が欠けていた。回答に対する回答をぶつけることによる遅延と、人読みに思考をさくがゆえに、勝ちへの負の進みが致命的に遅い。

　そしてそんなことは当人が一番理解している。故に焦れた。）

（百合子は駆け引きというよりも、場面ごとに知っている定石を当て嵌めて解決しようとするタイプの打ち筋だ。
　簡単な応用くらいはするが、根本的に人を見ていない。
　初心者の域を出ないなら最適解ではあるが……定石から外れた石の処理はわからない）

随分回りくどい。
そして邪魔ばかりで打ちにくい。
駆け引きをするのはいいが、最終局面を考えて動いてるのかこれ。

（終盤に推移しても勝負を降りないのは相手の仕掛ける遅滞戦術故だ。
　細切れに途切れた陣地、小競り合いばかりで大きな勝利のない戦場ばかり。
　だからこそ、終始頭は抑えられていても、一手間違えば、ひとつ石を取る数が多ければ覆そうな差に納まっていた）

（きっと、ここで相手のミスを誘えるような一手を打てれば勝負は違ったのかもしれないが、人を見ていなかった、焦りを悟れなかった百合子には無理な話だ）

知らないのか。
どれだけ地力が弱かろうと、軽かろうと、勝てばいいんだよ。勝てばな。

（終盤に推移しても相手が下りない。
　これはつまり、相手にはまだ勝ち筋が残っていることを意味している。
　相手の３手先が読めても、そのいずれもが重い一手であり、矛先をそらして利益を掠めるのが精いっぱいだった。
　しかも打ち筋が全くブレない。相応の嫌がらせになっているはずなのに。
　相手の潔癖さに腹が立ちそうだった。
　いや、どう考えても地力で負けているからこそ石の軽さで差が出るのだ。）

（そして盤面が固まり始めたころ、その軽さは如実に表れた。

　……比喩でもなんでもなかった。

　沖合から風が一陣舞い込んだのだ。）

（この手は潰されたが、次にあの場所に置いてくれれば。それの繰り返しばかりで対局が進む。
　盤面上は常に百合子の方が不利か。
　しかし、糸のように細い勝ち筋が相手の用意した罠か、それとも本当に一手相手のミスを引き出せれば勝てるのか、それを測りかねたまま長考に入り――）

あっ

（盤面が吹き飛んだ）

詰んだな。別の意味で。
最後の盤面でやるなら吾の方が負けていたがーー。

………そう。

（盤面の葉は全て攫われ、相手の石しか残っていなかった。
　自分の石はそこにはない。どこにもない。自分の石は、どうしようもなく軽かった。）

…いい。

お前の勝ちでも、なんでも。



………………萎えた。

ふうん。

じゃあ、吾の勝ち。

（砂の上に描いた碁盤を残った石ごと脇に避けて消す。
　それを踏み越えて、其方へのすぐ傍へとにじり寄って）

撫でて。

（勝者の権利を行使した）

…。

（覇気のない眼をもたげて、あなたをみた。
　「馬鹿か？」と問う気も、「いやだ」と突っぱねる気もなかった。
　嫌悪も、湧き上がる自己陶酔を忌避するような意思もない、何の気力もない瞳。）

そう。

（一言だけ返して）

（伸ばした手は）

（あなたの肩を引いた。）

（この間合いに入ったことは無いな。と思った。
　すぐに、「この間合いに招かれたことは無い」の間違いだと頭の中で訂正した）

（本気で抵抗すれば小揺るぎもしない筈の肩は、道端の花を手折るくらい容易く導かれる）

（香水越しではないあなたの匂いがした）

（勝者の癖に従順な犬みたいに姿勢よく手の中に納まっている）

（想定よりもちょうどいい位置に相手が収まったことを認めると
　視線は記憶を手繰るように二度、宙をさまよった。）

（最初に思い起こしたのは、自分の身柄を引き受けた親もどきのこと。
　だが記憶のどこをひっくり返しても撫でてもらったことなどなかった。
　どうやっても顔を虚栄心で塗り固めていたことしか思い出せなかった。）

（次に思い出したのは……師のことだった。
　あの人は自分を……そういう目的で呼ぶことがあった、が。
　あの扱いは人に対する扱いのそれではないし、相応しくなかった。
　それに大前提として、この距離でもそういう感情や思いが喚起もされなかった。
　師の時は【その記憶はこれっぽっちも覚えてないじゃないのさ！】であったから。
　心臓はいつもと変わらず、血と魔術の混ぜ物の、浅く濁った脈を打ち続けている。）

………悪い。
いままでちゃんと人を撫でたことがない、から。
じっとしてろ。

（獣を撫でたことはあったが、そういう扱いではだめなのだろう。
　いままで出会った人間どもを思い返しながら、どうにかそれらしい撫でる形をつくる。
　作ろうとする。掌は慎重に頭をなで、子をあやすように背をたたこうとしている。）

（良いとも悪いとも言わなかった。
　追及も、ごまかしにしかならない言葉も。

　それよりもあなたの顔を見ていた。
　瞳は金色でキラキラしていて、濃い青色をした睫毛で縁取られている。
　すっと伸びた鼻梁は嫌味が無くて、肌は凹凸がなくきめ細やかで白い。
　そして、それらは今まで見た事のない色を帯びていた。

　何よりもそれが興味深く、また見つけられた事が嬉しかった）

（星の散ったような藍色の瞳が細まると同時に、眉が下がる。
　癖なのか、それとも喜びという処理の煩雑さが「困った事」として処理されているのか）

（不器用に撫でる手の中にいるためか、それとも背中を叩くリズムのせいか、ぱち、ぱち、と瞼が主そうに上下しはじめる）

…………眠いか。

（くぁ、とあくびした）

…………ねむくない。

…そう。

………いま、ボクの細剣は…焚火の傍にある。
そのままでいいから聞け。

あの局面。
ボクは、お前に勝ったらタコを食わせろと命じる予定だった。
タコは島の反対側の入り江にあるとか言ってな。
そこにお前を誘い込んで………

………そこで待っているサイレン（セイレーン）と２人がかりで、お前をどうにかする予定だった。
女の方を差し出せば、港に戻るための手段を提供するという取引をもちかけられた。
この島から一刻も早く出たかったから…取引としては一考の価値があったんだろ。

（声の調子も、撫でる調子もまるで変わらないままだ。
　もう、もう負けた瞬間から、自暴自棄のままだった。）

ふうん。
べつにそうしてもいいけど。

ああ、でも

そいつが用意出来る事を吾が出来ないのは嫌だな。

そう。

別にボクも悪いとは思ってない。
自分の為にできるだけのことをするのは当たり前のことだからな。

それにどうせ間に合う可能性も……あまりにも低いから、もういい。
もうどうにもならないところまで来てるしな。

……契約の維持の為に必要な代償の、支払期限が迫ってる。
あと４日か５日、それまでに然るべき贄を差し出さなければ、ボク自身の身をもって支払う羽目になる。

端的に言えば死ぬんだろう。
ここまでよくやってきたほうだが。

(ぱち、と目を瞬かせた）

（言葉の意味が分からなかった。
　無意識にわからないようにしようと努めた。
　だが、あまりにも単純な言葉だったので理解せざるを得なかった）

（捧げられる？どこの馬の骨とも知れない下等生物に？ただ出会った順番が早かったというだけで契約にこぎつけて私の取り分を不当に掠め取っている毒虫の様な分際で？積極的に助けを求めに来なかったから、それなりに必要そうにしていたから（自己の結果を大切にしてやるのは自尊心の向上によいので）見過ごしてやっていただけなのに。あるいは私の事を認識していないのかもしれない。あまりにも矮小化してしまった。立体までしか認識できないなど生まれて一度も無かったのに。だが、それとこれとは別の話だ。私が価値を見出したものを勝手に消費されるのは我慢ならない。もしもセレマが選んでそうなるというのなら我慢しよう。私は私の誓約を侵さない限りはセレマの意思を尊重できる。お前等と違って。だけどそうではない。優しいからひっついてせがんだら後100年位は遊んでもらえると思ったのになんで取るの。許せないし許さない。許さないと言えばあの記憶を喰う奴は特に許さない。私との記憶に手を出して居なくてもいつか殺す。これから出す可能性がある限り殺す。体とか魂を占有してる奴も絶対に私の全盛期より弱いのに、ドブ水以下の価値すらない癖に当たり前のように法外な対価を要求してるから殺す。切った爪のカス位で満足して置けばよかったんだ身の程知らずが。絵の具の奴も影の奴も嫌い。私の方が強いし、なんならもっともっと捧げられるし、捧げられる部分を全て捧げ切ったって指の先を曲げる程度の労力なのに全然求められないのおかしくない？おかしいと思う。私と目を合わせておしゃべりできるってすごい才能なのに。もう決めてる事以外は何でもいいって言うのに。ああ、それよりもどうやったら少しでも手元に残せるか考えなきゃ。先に殺しちゃおうかな。駄目。きっと殺しきれないことは無いけど手元に何も残らない気がする。死体や死後の魂なんて死なない事を目標にしてるなら真っ先に切るリソースでしょ。食べる部分が残らないから駄目。じゃあ生きて欲しいし、それがベストだけど陸上はともかく海上の移動は得手でない。捜索の船が今日か明日中にでも来てくれれば間に合う目は出てくるか。だが、今の装備では、スキルでは何もかも足りないのは明白で……）

……サイレンがいるのは入江の方？

（何らかの要求をする時でも、どことなく一歩引いた、余裕めいた気配があった癖にそれが消えた。
　湿気た薪に火が入った気配）

…。

（月が欠けるように、瞳は細く細く伏せられ、引き伸ばされる。）

…それも考えたが。
空中か水中に逃げられる可能性が高い。

50m地点で逃げられてなければ10秒あればいける。

（…考える。）

（……この近海において取引を持ち掛けるだけの実力をもった魔性の推定戦力。
　生存方法、機動性能、他の戦力がいる可能性、環境、契約の意味。
　そこから考えられる不安要素と勝算を。）

（………そしてなぜ、ここにきて。百合子がやる気を見せているかを考える。
　ここまでのやり取りの中に憐憫や失望の気配は見えなかった。
　見えるのは焦燥。言い切りを多用することから、今すぐにでも行動に及ぼうとしている。
　普段被っている異様な躁を帯びた快活さとも明らかに違う、別の色。
　なぜ、と考える。
　一般人間的（いわゆる標準の純種的）な心の動きからくる反応とも違う。
　正義感や義務感とも違う。）

（……やはりこいつも人間的怪物なのだと至る。
　人間的であり人間とは程遠い、そういう存在だという事実に、改めるまでもなく着地したところでこの思考を一度止める。）

段取りがあるなら聞かせろ。

取引に応じた振りでもして近くに呼び出してくれれば足る。
お前も知ってるだろ、吾が機動力殺し得意なのくらい。
一度でも地面に降りたら二度と空へ返さんし、海にもいかせない。

お前は好きに動け。
万が一不利になったら後ろから刺しても構わん。

（……この展開を予想しなかったわけではない。
　それでもこの方面へと舵を切らなかったのは１％でも殺される可能性があるからだ。
　自らの吹けば飛ぶ脆弱性と、こいつの躊躇のない怪物性は、考えるまでもなく相性が悪い。）

（軽い。自分の石はあまりに軽い。）

………いいか、よく聞け。
（語気に、強い強い生き汚さと、我欲が返ってくる。）

万が一だ。
万が一不利になってから、の動きでは。相手の不評を買う。
そうなってからじゃあボクは相手の反感を買い、取引が円滑に進まなくなる。
そうなれば損をするのはどっちだ？
ボクに決まっている。ボクはそういう損をする気はない。

やるなら、最初から徹底して相手に従順に振舞うか。
それとも最初からちゃんと罠にかけて、生かさず殺さず隷属させ、相手側の権能を底値で買いたたくか。
そのどちらかだ。
わかるな？

依頼と同じだ。
確度の低い情報の中で、今持っている手札で、完璧な仕事をできるよう事前の対策を打ち込む。

使えそうな顔になったな。

分かっているとも。
だが、選択肢は一つだろ？対価には路傍の石でもくれてやればいい。
……で、どうだった。お前は会話したんだろ。情報をよこせ。

女の体に魚の下半身、加えて有翼という古典的形状をしていた。
伝承通りであるなら飛行及び遊泳に優れるという話はあまり利かないが、油断はできない。
むしろ声に気を付けるべきだろう。
耳栓を用意する場合は、こちらの対応を気取られないように、耳栓を隠す工夫をした方がいい。

それと対話中に水中を何かが滑る気配を感じた。
蛇か何かに見えた気がする。すこし大きな蛇とそう変わらんが気を付けるべきだろう。
また、このような魔物を同行させることからそれなりに用心深い可能性がある。
本気で騙すなら台本を詰めるべきだ。

入り江は膝ほどの深さで動くには適さない。
各所に点在する岩を足場にすれば多少は動きやすいはずだ。

他に何かあるか。

サイレンの特性がクラスとしてのセイレーンに通じるなら神秘CT型で炎、氷、不吉に対する耐性を持っている可能性が高い。
精神耐性も持っていると考えてしかるべきだろう。
遊泳能力に関しては高いと思うな。飛行は分からん。
正直下手に飛んで叩き落とされた方が痛いので飛べても飛ばないと思う。
細かいのに関してはお前が受け持て。吾はそこまで手が回らん。

……台本か。
参考までに聞くがどういうのが好きそうだった？

こっちを本当にガキだと思い込む程度には面食いだ。

馬鹿か。なるほどな。
間合いに入れられれば詳細な台本は無くてもいいが、子供のフリだけは最後までしとけ。

お前も怖がる振りくらいは……　いや、無理だろ。
事を始めるまで無知を装うか、鈍感な振りをしろ。
あとそのがっついてる感じも一旦隠せ。

小さいほうは請け負うが、相手が飛び始めたら岩の上くらいに誘導しろ。
こっちから撃ち落とす。

あと何もなければ今から動くぞ。
どっちにせよ時間がたりない。

（がっついている、と言われて口元を抑えた。小さく深呼吸を２回）

わかった。
吾は先に行っておくから……誘導は任せた。

おう。
自分の仕事は完璧にやるさ。上手くやれ。