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ギルドスレッド

宿屋「蒼の道」

PPP五周年記念・ファンSS

Twitterにて募集していましたファンSSの掲載場所です。
この度はご反応頂き、誠にありがとうございました!

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●二度目のお茶会
 再びあの文具店に訪れようと思い立ち、ルブラットは其処へ足を運んだ。
 軽やかな鈴の音を連れて入店する。圧倒される程に立ち並んだ棚の奥には、この空間の物静かな支配人が座っていた。彼は顔を上げて来客を見ると、ほがらかに微笑んだ。
「ルブラットさん。いらっしゃい」
「やあ、古木君」
 ルブラットは店内を見回し、望み人こと店主の不在を確認する。少なくとも店内には、知人たる文だけが座っているようだった。彼の仕事ぶりにルブラットは今日も感嘆を込めて頷き、手に持っていた桜色の紙袋を掲げた。
「時間があるならば、また共に茶会でもどうかな?」


「お待たせ。ここに置いておくね」
「ありがとう」
 水羊羹を乗せた皿を二つ、ティーカップを二つ。文は一つずつ、お互いの前に置いた。
 手土産には和菓子を購入した。ルブラットは「仲良くなりたい相手とはとりあえず一緒にお菓子を食べればいい」と思い込んでいる節がある。現状、失敗経験はゼロだ。
 フォークを羊羹に突き刺して、一口。小豆による純粋な甘みが身体に染み渡り、疲労を癒やしてくれる。洋風のティーカップは透き通った若緑の液体で満たされていた。飲んでみると、ほのかに苦味の混じった味わいが甘味との均衡を執り成してくれる。
 思うところがあり、ルブラットはティーカップを見つめたまま思索に浸る。
「緑茶、苦かったかな?」
 ずっと黙りこくっていたのを不安に思ったのか、文は探るように問いかけた。
「案ずることはない。美味しかった」
 文の表情が和らぐのを見て、ルブラットの脳裏に過去の会話が蘇った。インク、殺意への疑念、シェーレグリーン――。もしかしたら、毒を警戒したのかと勘違いされてしまった?
 ルブラットは彼を安心させるべく、可能な限り優しげな声音を作ってみせる。
「君が疑問に思う気持ちも分かる。だが、今回は毒の混入なぞ疑っていない」
「毒!? 思ってないよ!?」
 今度は驚きながら答える文に、ルブラットは人の感情を推測する難しさを味わった。
 しかし、今の会話に似たやりとりも過去に行わなかっただろうか? もしくは並行世界の思い出を既視感と勘違いしているだけかもしれない。
「緑茶を見て固まってたから、苦すぎちゃったかなって思っただけだよ。本当に」
「紅茶も、この茶と同じ茶葉から作られると聞いたことがある。その件について思案していた」
「ん、――そうだね。紅茶と緑茶は同じだよ。あとは烏龍茶も一緒だね」
「烏龍茶」
「飲んだことないかな? 色は紅茶と似てるんだけど」
「小耳に挟んだことは、ある」
 好奇心を含んだルブラットの反応を察して、文は滔々と説明を始める。そうして二人の話題は、いつのまにか抽象的な領域へと昇華されていく。
 同一の茶葉でも、いかに発酵させるか、どのように扱うかによって茶色から緑まで鮮やかに色を変え、風味を変える。
 まるで配分によって人の生死を操る薬毒のように。あるいは、繊細な色を創り出す染料のように。
 それらに惹かれる我々には、茶の道も案外近くに存在しているのかもしれない。
 至って実利的な結論は無い議論だったものの、なかなかの盛り上がりを見せた。それにも関わらず二人の内に形容しがたい悔いが残ったのは、話すのに集中し過ぎてろくに味を楽しめなかったせいか。
「君の言わんとすることは私も察している。まったくの同感だ」
 ルブラットは肩を竦める。
「まさかあんなに話題が発展するとは思わなかったね」
「そうかね? 私は予期していたよ。君も無聊を慰めるだけの会話を好む性分であると」
 堂々とした発言に、「本当?」と文は笑ってみせる。
「それに、やはり君は私の知らないことも数多く知っているようだ。君との議論は興味深い。また茶の席に着いてもいいだろうか?」
「うん、こちらこそ……。それからお茶菓子をありがとう。次は美味しい烏龍茶を用意しておくね」
 文は頬を掻いた。
 ひとしきりのティータイムに満足したルブラットは、ここを訪れたもう一つの用件を果たすことにした。
「ところで、今日は便箋も買いにきたのだが」
「あぁ、それはちょうどよかった。あの銀色がよく発色する紙を見つけててね――」
●彷徨える黒蝶は、指先をくぐり抜けて
 男は夜盗であった。
 遠距離魔術を得意とする彼は、元々は清く正しく賊や怪物を退治する日々を送っていた。
 ある日、金銭で揉めた仲間の戦士が背を向け、遠くへ行き去る最中、出来心が芽生えた。そして魔術で人を殺し、奪うことを覚えた。
 最初は金品を得るためだった殺人は、次第に自らの力への陶酔を目的としたものに変貌していった。いかに強者ぶって振る舞う戦士でも、自分の魔術なら容易く殺せてしまうのだから。

 今日の獲物は、一人の青年だった。男だったか女だったかは覚えていない。印象的に記憶していたのは、高価そうな大剣を携えていたことと、言葉少なに孤独に佇む姿だけだった。仲間がいないのはちょうどいい。その慢心が命取りになるのだと、心の奥で嗤ってみせる。
 ……月も出ない夜道を、埃に塗れた街灯だけが途切れ途切れに照らしている。
 暗視ゴーグルを身に着けた男は杖を構える。背を向けて歩く獲物との距離は、三十メートル程か。男は路地裏の角に半身を潜めている状態だった。
 三、ニ、一。カウントダウンと共に、杖の先から黒き矢が放たれる。真っ直ぐに放たれた矢は標的の左胸を刺し貫く。
 魔術の発動手順にミスは無い。あとは死体が一つ出来上がるだけと、男はほくそ笑み、もう一度獲物を見る。
 青年、リースヒースはゆっくりと振り返った。こちらを見られたことに気が付いて、男は慌てて裏路地に身を隠す。
 何故生きている? 確実に心臓を貫いたはずなのに――。
 しかし、今は逃げなければ。こんな暗い夜だ。全力を振り絞って逃げれば、奴も見失うに決まってる。早速夜闇へ駆け出そうとした瞬間、男の視界は反転する。突如として男の脚に蔦が絡みつき、派手に躓いたからだった。蔦が魔術的なものであると気が付き、何とか自由な身を取り戻したときには、リースヒースがすぐ傍に佇んでいた。
「……闇は我が領域であるが故に」
 そう呟き、更に言葉を紡ごうとしたリースヒースを、ふたたび闇の矢が襲った。咄嗟の魔術の数本が彼の胴を貫き、数本が見当違いの方向へ飛んでいった。
 男はその隙に体勢を立て直す。やはりと言うべきか、リースヒースは変わらず立っていた。傷口から血が流れることはなく、その無表情に変化が齎されることもない。ただ憂いを帯びた息を吐くと、彼は黒剣を握り直した。男の耳に届いた重たい金属音は、果たして挽歌を告げる鐘の音か。
 後ろに跳び退きながら、男は再度の魔術を放つ。胴が駄目ならば、頭。次なる攻撃を予期していたのか、リースヒースは僅かな動きで矢を躱す。
「――」
 何事とかをリースヒースは呟く。身構えた男は彼を注視したまま後ろに下がるが、周囲に変化は見られない。
 無意識の内に舌打ちが漏れる。大剣を携えているから戦士かと思いきや、魔術を使ってくるとは。しかも自分の知らない魔術と来た。男は苛立ちつつも、努めて冷静に、もう少し距離を取ろうと判断する。だがまたしてもその動きは止められた。
 今度は蔦ではない。背後から誰かに取り押さえられ、首を締められる感覚。……仲間は居ないはずなのに?
 窒息感に苦しみながら、無理やり後ろに顔を向ける。何とか男は背後の人物の形相を捉え――愕然とした。
 その影は、醜悪な欲に染め上げられた、紛うことなき己の面だった。
 幸か不幸か、腕に走った鮮烈な痛みと共に、悪夢は消え去った。代償として手から杖が滑り落ちる。男の腕に突き刺さった、血の滴る朱き刃は、リースヒースがまた小さく呟くと消え去った。
 
 地面へと崩れ落ちる前に、片手で胸ぐらを掴み上げられる。男は初めて、真正面からリースヒースの貌を見た。
 彼の鮮血色の瞳に、軽蔑は映っていない。男が取り憑かれた加虐の喜びも。赤色はしばしば強き情念に擬えられるという。今はただ冷ややかに男を見つめていた。それだけだった。
「その技量を活かす先は、他にもあったろうに……」
 男は手を伸ばす。
 まだ、負けていない。懐に忍ばせたナイフ。それさえ手にすれば。
「夜が明けた後、考え直すといい。定命たる己の行く末を」
 一縷の望みが叶うことはなく。大剣の柄頭で頭を殴られ、男の意識は失われた。
●Sugary Happy
 花蘭商店街に軒を並べる店舗の一つ、ケーキ屋『Sugary Jewelry』。
 シャイネンナハトには行列ができる店、その中で店主シエラは暇そうに頬杖を付いていた。冬と比べた夏の客足の少なさは、多くのケーキ屋の難敵である。
 夏に食べたくなる商品を増やすか、夏が誕生日の人を増やすかの二択かしら……と、ぼんやり考える。尤も、楽天家なシエラにとってそれは深刻な悩みではなかったらしく、扉を開く音が聞こえた途端、彼女の意識はそちらへ吸い寄せられた。
「いらっしゃいませ! あら、イーハトーヴくん!」
「こんにちは、シエラさん!」
 ぬいぐるみを抱えた青年、イーハトーヴはこのケーキ屋の常連だ。いつも大粒の宝石を前にしたかのように目を輝かせて来店する彼を、シエラは好ましく思っていた。
 もう一人の客は誰だろう。様子からしてイーハトーヴの友人のようだが、初めて見る客だ。
「その人がいつも話してるお友達?」
「ううん、ルブラットは最近知り合ったお友達だよ!」
 ねっ、と振られたルブラットは軽く手を挙げた。
「ルブラット・メルクライン。旅医者だ」
「お医者様!? ……うちのケーキは砂糖控えめでやっております!」
「心配せずとも不健康な食事を咎めにきたのではない。第一私もケーキは好きだ」
 シエラはほっと胸を撫で下ろす。いろいろと、複雑な思い出があったのだ。
 イーハトーヴだけがケーキの味を思い返して首を傾げていたが、姉たるぬいぐるみに『混ぜっ返しちゃダメよ』と制止されたため、何も言わないことにした。そんな彼らを後目に、ルブラットはケーキを眺めやる。
「思いの外沢山あるのだね。アーケイディアン君。君のおすすめがあれば、意見を伺いたい」
「えーっとね……」
 イーハトーヴは真剣な顔つきで洋菓子を見つめ始める。シエラはニコニコと、静かに彼らを見守る。

 しばらく悩む時間は続き、そして中央に置かれている夏季限定商品を彼は指差した。
 何層ものパイ生地の最上段に、マリンブルーの絨毯が敷かれているミルフィーユだ。銀色に輝く粉砂糖は、蒼海を彩る水光のよう。
 確か、この青色はブルーソーダのゼリーだった。パイ生地の間にはブルーベリーも入ってて、爽やかな味で美味しかった――とイーハトーヴが説明すると、もう一方の彼は興味深そうに視線を寄せた。
「それにさ、俺たちが最初の最初に出会った場所はコバルトレクトでしょ? これがちょうどいいかなって思ったんだ」
「ふむ。色がコバルトだからか?」
「色も、味も!」
 ルブラットは虚を突かれたようにイーハトーヴを見つめた後、得心が行ったように頷いた。
「私にとっては毒と血に塗れた思い出なのだがね。君にはそう見えていたのか、そうか。――なるほど」
 コバルトレクト。長い時を生きたシエラでも初耳の地名だった。けれど、二人が楽しそうにしている様子に、シエラの笑みは深まる。
 きっと海の綺麗な場所なのだろう。最近は海洋のリゾートが賑わっているらしいし、そこかもしれない。毒と血というのは――まあ、特異運命座標なら物騒な事態に遭遇することもあるかも、と彼女は自分を納得させた。
 最終的に、二人はミルフィーユに加えて数切れのフルーツタルトを購入した。「沢山の中から一つを選ぶのは悩ましい。だが、多種の果物が入ったタルトならば、複数のケーキを食べた気分になれて得だろう?」というルブラットの理論に則ってのことだった。
 色とりどりの幸せ(おまけの保冷剤と蝋燭付き)を詰め込んで、シエラは白い箱を手渡す。
「ルブラットなら魔道具屋や古書店も気に入ると思うんだ!」
「おや、それはまた興味をそそられる響きだな」
「よかった! じゃあケーキを食べ終わったら、また案内するね」
 談笑しながら店を出る二人を、シエラは優しい目で見つめる。なんとなく、悩みも晴れた心地で。

 この店名の由来は、宝石のように美しいケーキを目指したいから、というのみではなかった。
 誰かが幸せな姿は宝石と同じぐらい綺麗で、大切なものだから。それを与えるお店になりたかった。
 そんなありきたりで、けれど本心からの理由は、彼女の胸中だけに秘めたまま――。
●とある依頼の後日談
 穏やかな風が吹き抜け、さらさらと葉が擦れる音が聞こえる。小鳥が唄い、リスが枝と枝とを駆け回る。夢に包まれたかのような、ゆったりとした時が流れていた。
 ルブラットは澄み切った空気を満喫しながら、自身の木馬に餌をやっていた。余っていたマシュマロの、最後の一粒を口に放り込んでやる。
 困ったことに、我儘な木馬はまだまだ満足していないようだった。
「まったく……」
 ため息を吐いたところ、ふと背後に人の気配を感じた。
 そこに居たのは、闘牛のような双角と、石炭の如き灰肌が特徴的な少年。名をリュカシスといったか。出会ってまもないが、この少年も一つの国を、あるいは見知った顔を守るために身を張った者の一人なのだろうと察しがついていた。
 いや、少年よりも青年と称した方がよいのだろうか?
 戦闘時に見せた鋭い眼光と反射神経は、明らかに実戦経験に裏打ちされたものだ。だが、華やかなドールとオレンジ色の物体を両手に抱えている今の彼は、十代半ばの溌溂とした少年に見える。
 ルブラットが思考を巡らせる一方。リュカシスはペコリとお辞儀をしようとしたところで、胸の前が手荷物で塞がっていることに気付き、代わりに礼儀正しく背筋を伸ばした。
「ルブラットサン! 今日はありがとうございマシタ!」
「いいや、私の方こそ。ありがとう、リュカシス君。いい経験になったよ」
 感謝を交わす傍らで、木馬が鼻を鳴らす仕草をした。リュカシスは不思議そうに首を傾げる。
「何かあったんですか?」
 実はね、とルブラットは事情を説明する。話を聞いたリュカシスは、お任せあれと言わんばかりに力強くうなずいた。
「ボクが持ってきたお菓子、少し余ってますよ。その子にあげましょう!」
「そうしてもらえると助かるよ。ありがとう」
 リュカシスが腕の中のロボットに呼びかけると、彼(?)は軽快な返答と共に跳び下りる。そしてぽてぽてという擬音が聞こえそうな走り方で、お菓子を持ってくるべくアトリエの中へと駆けていった。
 困り事が消えたルブラットはアトリエの外壁へ背を預ける。リュカシスも、ドールを抱いたまま隣に来て、赤煉瓦の壁にもたれかかった。

「あのロボットは……フラッシュドスコイ、で合っているかな? どうにも見覚えがある気がしてね」
「はい、あの子はFLASH-DOSUKOI02、お手伝いロボットなんです! ボクはROOではあの子の姿で活動してマシタから、それで見たことがあったのかもしれませんっ」
「成程。ROOか」
 ルブラットは微かに抱いていた既視感の正体に納得する。あの電子世界には、個性的な見た目の者が数多く存在していた。直接関わった経験はないにしても、独特の容姿故に印象深く思っていたアバターは幾つか存在する。四足歩行のこんがり食パンがのんびりのっそり歩いていたときは、さしものルブラットも二度見を堪えきれなかったものだが、それはさておき。
 あの小鳥の如く元気に跳ね回っていたオレンジ色と、目の前の彼の中身が同じだと知ると、しっくりくる感覚があった。
「――ということは、君は鉄帝の出身かな?」
「その通りデス! よく分かりましたね?」
「鋼鉄で何度か見かけた気がしたからね。しかし、話題に出しておいて何だが、私は鉄帝のことをあまり知らないな」
 さりげなく隣を見てみると、リュカシスはきらりと目を輝かせた。
「鉄帝について知りたいですか? それもボクにお任せあれ、デス!」
 熱気溢るる戦いと、決して戦いのみではない闘技場の話。謎に満ちた遺跡に、空中大陸の話。
 故郷を語る彼は生き生きとしていて、とりわけ遺跡の話に関してはルブラットも興味を惹かれた。
「それで、長い名前のケーキがあったのですケド……あっ、帰ってきたみたいですよ!」
 フラッシュドスコイが袋を抱えて戻ってくる。一生懸命に両手で抱える姿は、どことなく持ち主に似ていた。
 ぱたぱたと駆け寄るリュカシスの後ろ姿に、ルブラットは言葉を投げかけた。
「今日は君に世話になってばかりだな。この恩はいつか返そう。菓子には菓子で、ね。……鉄帝にも、今度観光に行ってみようと考えている」
 振り返った彼の顔は無邪気な笑顔で――、ああ、今のところは少年と形容した方が適切だろうかと、ルブラットは仮面の下でふっと笑んだ。

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