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宿屋「蒼の道」

PPP五周年記念・ファンSS

Twitterにて募集していましたファンSSの掲載場所です。
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●彷徨える黒蝶は、指先をくぐり抜けて
 男は夜盗であった。
 遠距離魔術を得意とする彼は、元々は清く正しく賊や怪物を退治する日々を送っていた。
 ある日、金銭で揉めた仲間の戦士が背を向け、遠くへ行き去る最中、出来心が芽生えた。そして魔術で人を殺し、奪うことを覚えた。
 最初は金品を得るためだった殺人は、次第に自らの力への陶酔を目的としたものに変貌していった。いかに強者ぶって振る舞う戦士でも、自分の魔術なら容易く殺せてしまうのだから。

 今日の獲物は、一人の青年だった。男だったか女だったかは覚えていない。印象的に記憶していたのは、高価そうな大剣を携えていたことと、言葉少なに孤独に佇む姿だけだった。仲間がいないのはちょうどいい。その慢心が命取りになるのだと、心の奥で嗤ってみせる。
 ……月も出ない夜道を、埃に塗れた街灯だけが途切れ途切れに照らしている。
 暗視ゴーグルを身に着けた男は杖を構える。背を向けて歩く獲物との距離は、三十メートル程か。男は路地裏の角に半身を潜めている状態だった。
 三、ニ、一。カウントダウンと共に、杖の先から黒き矢が放たれる。真っ直ぐに放たれた矢は標的の左胸を刺し貫く。
 魔術の発動手順にミスは無い。あとは死体が一つ出来上がるだけと、男はほくそ笑み、もう一度獲物を見る。
 青年、リースヒースはゆっくりと振り返った。こちらを見られたことに気が付いて、男は慌てて裏路地に身を隠す。
 何故生きている? 確実に心臓を貫いたはずなのに――。
 しかし、今は逃げなければ。こんな暗い夜だ。全力を振り絞って逃げれば、奴も見失うに決まってる。早速夜闇へ駆け出そうとした瞬間、男の視界は反転する。突如として男の脚に蔦が絡みつき、派手に躓いたからだった。蔦が魔術的なものであると気が付き、何とか自由な身を取り戻したときには、リースヒースがすぐ傍に佇んでいた。
「……闇は我が領域であるが故に」
 そう呟き、更に言葉を紡ごうとしたリースヒースを、ふたたび闇の矢が襲った。咄嗟の魔術の数本が彼の胴を貫き、数本が見当違いの方向へ飛んでいった。
 男はその隙に体勢を立て直す。やはりと言うべきか、リースヒースは変わらず立っていた。傷口から血が流れることはなく、その無表情に変化が齎されることもない。ただ憂いを帯びた息を吐くと、彼は黒剣を握り直した。男の耳に届いた重たい金属音は、果たして挽歌を告げる鐘の音か。
 後ろに跳び退きながら、男は再度の魔術を放つ。胴が駄目ならば、頭。次なる攻撃を予期していたのか、リースヒースは僅かな動きで矢を躱す。
「――」
 何事とかをリースヒースは呟く。身構えた男は彼を注視したまま後ろに下がるが、周囲に変化は見られない。
 無意識の内に舌打ちが漏れる。大剣を携えているから戦士かと思いきや、魔術を使ってくるとは。しかも自分の知らない魔術と来た。男は苛立ちつつも、努めて冷静に、もう少し距離を取ろうと判断する。だがまたしてもその動きは止められた。
 今度は蔦ではない。背後から誰かに取り押さえられ、首を締められる感覚。……仲間は居ないはずなのに?
 窒息感に苦しみながら、無理やり後ろに顔を向ける。何とか男は背後の人物の形相を捉え――愕然とした。
 その影は、醜悪な欲に染め上げられた、紛うことなき己の面だった。
 幸か不幸か、腕に走った鮮烈な痛みと共に、悪夢は消え去った。代償として手から杖が滑り落ちる。男の腕に突き刺さった、血の滴る朱き刃は、リースヒースがまた小さく呟くと消え去った。
 
 地面へと崩れ落ちる前に、片手で胸ぐらを掴み上げられる。男は初めて、真正面からリースヒースの貌を見た。
 彼の鮮血色の瞳に、軽蔑は映っていない。男が取り憑かれた加虐の喜びも。赤色はしばしば強き情念に擬えられるという。今はただ冷ややかに男を見つめていた。それだけだった。
「その技量を活かす先は、他にもあったろうに……」
 男は手を伸ばす。
 まだ、負けていない。懐に忍ばせたナイフ。それさえ手にすれば。
「夜が明けた後、考え直すといい。定命たる己の行く末を」
 一縷の望みが叶うことはなく。大剣の柄頭で頭を殴られ、男の意識は失われた。

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