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宿屋「蒼の道」

PPP五周年記念・ファンSS

Twitterにて募集していましたファンSSの掲載場所です。
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●Sugary Happy
 花蘭商店街に軒を並べる店舗の一つ、ケーキ屋『Sugary Jewelry』。
 シャイネンナハトには行列ができる店、その中で店主シエラは暇そうに頬杖を付いていた。冬と比べた夏の客足の少なさは、多くのケーキ屋の難敵である。
 夏に食べたくなる商品を増やすか、夏が誕生日の人を増やすかの二択かしら……と、ぼんやり考える。尤も、楽天家なシエラにとってそれは深刻な悩みではなかったらしく、扉を開く音が聞こえた途端、彼女の意識はそちらへ吸い寄せられた。
「いらっしゃいませ! あら、イーハトーヴくん!」
「こんにちは、シエラさん!」
 ぬいぐるみを抱えた青年、イーハトーヴはこのケーキ屋の常連だ。いつも大粒の宝石を前にしたかのように目を輝かせて来店する彼を、シエラは好ましく思っていた。
 もう一人の客は誰だろう。様子からしてイーハトーヴの友人のようだが、初めて見る客だ。
「その人がいつも話してるお友達?」
「ううん、ルブラットは最近知り合ったお友達だよ!」
 ねっ、と振られたルブラットは軽く手を挙げた。
「ルブラット・メルクライン。旅医者だ」
「お医者様!? ……うちのケーキは砂糖控えめでやっております!」
「心配せずとも不健康な食事を咎めにきたのではない。第一私もケーキは好きだ」
 シエラはほっと胸を撫で下ろす。いろいろと、複雑な思い出があったのだ。
 イーハトーヴだけがケーキの味を思い返して首を傾げていたが、姉たるぬいぐるみに『混ぜっ返しちゃダメよ』と制止されたため、何も言わないことにした。そんな彼らを後目に、ルブラットはケーキを眺めやる。
「思いの外沢山あるのだね。アーケイディアン君。君のおすすめがあれば、意見を伺いたい」
「えーっとね……」
 イーハトーヴは真剣な顔つきで洋菓子を見つめ始める。シエラはニコニコと、静かに彼らを見守る。

 しばらく悩む時間は続き、そして中央に置かれている夏季限定商品を彼は指差した。
 何層ものパイ生地の最上段に、マリンブルーの絨毯が敷かれているミルフィーユだ。銀色に輝く粉砂糖は、蒼海を彩る水光のよう。
 確か、この青色はブルーソーダのゼリーだった。パイ生地の間にはブルーベリーも入ってて、爽やかな味で美味しかった――とイーハトーヴが説明すると、もう一方の彼は興味深そうに視線を寄せた。
「それにさ、俺たちが最初の最初に出会った場所はコバルトレクトでしょ? これがちょうどいいかなって思ったんだ」
「ふむ。色がコバルトだからか?」
「色も、味も!」
 ルブラットは虚を突かれたようにイーハトーヴを見つめた後、得心が行ったように頷いた。
「私にとっては毒と血に塗れた思い出なのだがね。君にはそう見えていたのか、そうか。――なるほど」
 コバルトレクト。長い時を生きたシエラでも初耳の地名だった。けれど、二人が楽しそうにしている様子に、シエラの笑みは深まる。
 きっと海の綺麗な場所なのだろう。最近は海洋のリゾートが賑わっているらしいし、そこかもしれない。毒と血というのは――まあ、特異運命座標なら物騒な事態に遭遇することもあるかも、と彼女は自分を納得させた。
 最終的に、二人はミルフィーユに加えて数切れのフルーツタルトを購入した。「沢山の中から一つを選ぶのは悩ましい。だが、多種の果物が入ったタルトならば、複数のケーキを食べた気分になれて得だろう?」というルブラットの理論に則ってのことだった。
 色とりどりの幸せ(おまけの保冷剤と蝋燭付き)を詰め込んで、シエラは白い箱を手渡す。
「ルブラットなら魔道具屋や古書店も気に入ると思うんだ!」
「おや、それはまた興味をそそられる響きだな」
「よかった! じゃあケーキを食べ終わったら、また案内するね」
 談笑しながら店を出る二人を、シエラは優しい目で見つめる。なんとなく、悩みも晴れた心地で。

 この店名の由来は、宝石のように美しいケーキを目指したいから、というのみではなかった。
 誰かが幸せな姿は宝石と同じぐらい綺麗で、大切なものだから。それを与えるお店になりたかった。
 そんなありきたりで、けれど本心からの理由は、彼女の胸中だけに秘めたまま――。

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