ギルドスレッド
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宿屋「蒼の道」
●二度目のお茶会
再びあの文具店に訪れようと思い立ち、ルブラットは其処へ足を運んだ。
軽やかな鈴の音を連れて入店する。圧倒される程に立ち並んだ棚の奥には、この空間の物静かな支配人が座っていた。彼は顔を上げて来客を見ると、ほがらかに微笑んだ。
「ルブラットさん。いらっしゃい」
「やあ、古木君」
ルブラットは店内を見回し、望み人こと店主の不在を確認する。少なくとも店内には、知人たる文だけが座っているようだった。彼の仕事ぶりにルブラットは今日も感嘆を込めて頷き、手に持っていた桜色の紙袋を掲げた。
「時間があるならば、また共に茶会でもどうかな?」
「お待たせ。ここに置いておくね」
「ありがとう」
水羊羹を乗せた皿を二つ、ティーカップを二つ。文は一つずつ、お互いの前に置いた。
手土産には和菓子を購入した。ルブラットは「仲良くなりたい相手とはとりあえず一緒にお菓子を食べればいい」と思い込んでいる節がある。現状、失敗経験はゼロだ。
フォークを羊羹に突き刺して、一口。小豆による純粋な甘みが身体に染み渡り、疲労を癒やしてくれる。洋風のティーカップは透き通った若緑の液体で満たされていた。飲んでみると、ほのかに苦味の混じった味わいが甘味との均衡を執り成してくれる。
思うところがあり、ルブラットはティーカップを見つめたまま思索に浸る。
「緑茶、苦かったかな?」
ずっと黙りこくっていたのを不安に思ったのか、文は探るように問いかけた。
「案ずることはない。美味しかった」
文の表情が和らぐのを見て、ルブラットの脳裏に過去の会話が蘇った。インク、殺意への疑念、シェーレグリーン――。もしかしたら、毒を警戒したのかと勘違いされてしまった?
ルブラットは彼を安心させるべく、可能な限り優しげな声音を作ってみせる。
「君が疑問に思う気持ちも分かる。だが、今回は毒の混入なぞ疑っていない」
「毒!? 思ってないよ!?」
今度は驚きながら答える文に、ルブラットは人の感情を推測する難しさを味わった。
しかし、今の会話に似たやりとりも過去に行わなかっただろうか? もしくは並行世界の思い出を既視感と勘違いしているだけかもしれない。
「緑茶を見て固まってたから、苦すぎちゃったかなって思っただけだよ。本当に」
「紅茶も、この茶と同じ茶葉から作られると聞いたことがある。その件について思案していた」
「ん、――そうだね。紅茶と緑茶は同じだよ。あとは烏龍茶も一緒だね」
「烏龍茶」
「飲んだことないかな? 色は紅茶と似てるんだけど」
「小耳に挟んだことは、ある」
好奇心を含んだルブラットの反応を察して、文は滔々と説明を始める。そうして二人の話題は、いつのまにか抽象的な領域へと昇華されていく。
同一の茶葉でも、いかに発酵させるか、どのように扱うかによって茶色から緑まで鮮やかに色を変え、風味を変える。
まるで配分によって人の生死を操る薬毒のように。あるいは、繊細な色を創り出す染料のように。
それらに惹かれる我々には、茶の道も案外近くに存在しているのかもしれない。
至って実利的な結論は無い議論だったものの、なかなかの盛り上がりを見せた。それにも関わらず二人の内に形容しがたい悔いが残ったのは、話すのに集中し過ぎてろくに味を楽しめなかったせいか。
「君の言わんとすることは私も察している。まったくの同感だ」
ルブラットは肩を竦める。
「まさかあんなに話題が発展するとは思わなかったね」
「そうかね? 私は予期していたよ。君も無聊を慰めるだけの会話を好む性分であると」
堂々とした発言に、「本当?」と文は笑ってみせる。
「それに、やはり君は私の知らないことも数多く知っているようだ。君との議論は興味深い。また茶の席に着いてもいいだろうか?」
「うん、こちらこそ……。それからお茶菓子をありがとう。次は美味しい烏龍茶を用意しておくね」
文は頬を掻いた。
ひとしきりのティータイムに満足したルブラットは、ここを訪れたもう一つの用件を果たすことにした。
「ところで、今日は便箋も買いにきたのだが」
「あぁ、それはちょうどよかった。あの銀色がよく発色する紙を見つけててね――」
再びあの文具店に訪れようと思い立ち、ルブラットは其処へ足を運んだ。
軽やかな鈴の音を連れて入店する。圧倒される程に立ち並んだ棚の奥には、この空間の物静かな支配人が座っていた。彼は顔を上げて来客を見ると、ほがらかに微笑んだ。
「ルブラットさん。いらっしゃい」
「やあ、古木君」
ルブラットは店内を見回し、望み人こと店主の不在を確認する。少なくとも店内には、知人たる文だけが座っているようだった。彼の仕事ぶりにルブラットは今日も感嘆を込めて頷き、手に持っていた桜色の紙袋を掲げた。
「時間があるならば、また共に茶会でもどうかな?」
「お待たせ。ここに置いておくね」
「ありがとう」
水羊羹を乗せた皿を二つ、ティーカップを二つ。文は一つずつ、お互いの前に置いた。
手土産には和菓子を購入した。ルブラットは「仲良くなりたい相手とはとりあえず一緒にお菓子を食べればいい」と思い込んでいる節がある。現状、失敗経験はゼロだ。
フォークを羊羹に突き刺して、一口。小豆による純粋な甘みが身体に染み渡り、疲労を癒やしてくれる。洋風のティーカップは透き通った若緑の液体で満たされていた。飲んでみると、ほのかに苦味の混じった味わいが甘味との均衡を執り成してくれる。
思うところがあり、ルブラットはティーカップを見つめたまま思索に浸る。
「緑茶、苦かったかな?」
ずっと黙りこくっていたのを不安に思ったのか、文は探るように問いかけた。
「案ずることはない。美味しかった」
文の表情が和らぐのを見て、ルブラットの脳裏に過去の会話が蘇った。インク、殺意への疑念、シェーレグリーン――。もしかしたら、毒を警戒したのかと勘違いされてしまった?
ルブラットは彼を安心させるべく、可能な限り優しげな声音を作ってみせる。
「君が疑問に思う気持ちも分かる。だが、今回は毒の混入なぞ疑っていない」
「毒!? 思ってないよ!?」
今度は驚きながら答える文に、ルブラットは人の感情を推測する難しさを味わった。
しかし、今の会話に似たやりとりも過去に行わなかっただろうか? もしくは並行世界の思い出を既視感と勘違いしているだけかもしれない。
「緑茶を見て固まってたから、苦すぎちゃったかなって思っただけだよ。本当に」
「紅茶も、この茶と同じ茶葉から作られると聞いたことがある。その件について思案していた」
「ん、――そうだね。紅茶と緑茶は同じだよ。あとは烏龍茶も一緒だね」
「烏龍茶」
「飲んだことないかな? 色は紅茶と似てるんだけど」
「小耳に挟んだことは、ある」
好奇心を含んだルブラットの反応を察して、文は滔々と説明を始める。そうして二人の話題は、いつのまにか抽象的な領域へと昇華されていく。
同一の茶葉でも、いかに発酵させるか、どのように扱うかによって茶色から緑まで鮮やかに色を変え、風味を変える。
まるで配分によって人の生死を操る薬毒のように。あるいは、繊細な色を創り出す染料のように。
それらに惹かれる我々には、茶の道も案外近くに存在しているのかもしれない。
至って実利的な結論は無い議論だったものの、なかなかの盛り上がりを見せた。それにも関わらず二人の内に形容しがたい悔いが残ったのは、話すのに集中し過ぎてろくに味を楽しめなかったせいか。
「君の言わんとすることは私も察している。まったくの同感だ」
ルブラットは肩を竦める。
「まさかあんなに話題が発展するとは思わなかったね」
「そうかね? 私は予期していたよ。君も無聊を慰めるだけの会話を好む性分であると」
堂々とした発言に、「本当?」と文は笑ってみせる。
「それに、やはり君は私の知らないことも数多く知っているようだ。君との議論は興味深い。また茶の席に着いてもいいだろうか?」
「うん、こちらこそ……。それからお茶菓子をありがとう。次は美味しい烏龍茶を用意しておくね」
文は頬を掻いた。
ひとしきりのティータイムに満足したルブラットは、ここを訪れたもう一つの用件を果たすことにした。
「ところで、今日は便箋も買いにきたのだが」
「あぁ、それはちょうどよかった。あの銀色がよく発色する紙を見つけててね――」
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