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続く日に、ただ一杯の珈琲を
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「だから言ったのよ。私はただの一般人よ、なんてね。
まぁ、無駄だったのだけれど」
ふ、と笑って、イーリンはコーヒーを口に運んだ。馥郁たる香りは、イーリンの、些かささくれだったような気持ちを落ち着けてくれる。
「良い珈琲よ。腕が上がったんじゃない?」
からかうように、そういう。珈琲を入れてくれた彼、グレイルにとっては、それはまだまだ未熟な代物だということは、十分に理解していたから、少しだけ居心地悪そうに、笑って見せた。
「……いじわる……だね……?」
「まぁ、そこまで卑下したものじゃないさ。美味いのは本当だとも」
フォローするように言うウェールであるが、しかしその珈琲が、確りとおいしいものであることは事実だ。おまけに、と供されたクッキーをかじれば、珈琲の苦みと香りがまた一段とたつものだから、あわせのお菓子のセンスも良い。
「言ったでしょ。
私、あなたのお茶はいつでも大好きって。
ほら、ケーキを頂戴? おすすめの奴」
「……うん……」
グレイルが微笑んで、カウンターに向かった。「純喫茶プティオ」の店長は、いつも通りにたたずんでいて、グレイルの仕事にすべてを任せているようにも見えた。
「修行は慣れた?」
そう、イーリンが言った。「……完璧……では……ないけど……」と気恥ずかしそうに、グレイルは言う。保存容器からケーキを取り出して、イーリンの下へと持っていった。ベリーの、ケーキだった。
「……それよりも……司書さんも……大変みたいで……」
「ああ、そう。そうね。
さっきも言ったけど、私達、それなりに大騒ぎして、それなりに有名になっちゃったじゃない?」
世界を救った功績を『それなり』で済ませてしまうあたりは実にイーリンらしいが、わざわざそれを誇るほど俗っぽい人間はこの場にはいない。ただ、救ったのだ、という事実が、己の心の原動力になれば、それでいいのだ。
「仕事の量だけなら、戦時中と変わらないくらいで嫌になっちゃうわ。
こうしてお茶をするのだって、めかし込まないと人目を引いちゃうんだから」
「こういうのはなんというのかな。
だが、よく似合っている」
そう、ウェールは笑った。
「あなたがそんな格好をしていると、本当に世界が平和になったのだな、という気持ちにもなるというものだ。
あなたは――まぁ、勇敢に旗を振るう姿が目に焼き付いてしまってな」
「でしょ? それは悪くないけど、今は静かに暮らしたいものだわ」
そう、イーリンは笑った。そう願うことが、イーリンにとっては、なんだか救いになるような気持ちだった。世界は続く。人生もまた続く。静かに暮らす、という希望を以て、歩いて行ける――それがどれだけ、素晴らしい事であろうか!
こうして三人が集まるのも、なんだか随分と久しぶりなような気がした。あの最後の戦いから、しばしたって、三人はそれぞれの人生を歩んでいた。例えば、捜し物をしていたり、夢を叶えるための邁進したり、静かな生活を得るために、だったり。それは、かつての自分たちからは、考えられなかったものかもしれない。なにせ、世界は滅びそうだったし、それを止められるのは自分たちだけだったのだ。そうなれば、目の前の大きなことをなんとかするので精一杯であっただろうし、人並みの幸せ、なんてことは、考えつかなかったかもしれない。
彼ら三人の夢も目標も、きっと、世界を救うことに比べれば小さいものだろう。でも、それは人間的で、正しく、尊いものに間違いなかった。――そう考えると、ようやく人間になれたのだろうか、と、イーリンは紫煙をくゆらせながら、ふと思った。だが、そんな考えを打ち消すように、イーリンは笑った。
「ああ、ゴメン。珈琲に合わせてくれたのに、煙草の煙は無粋ね」
「……司書さんのそれは……気にしてないよ……」
ふふ、とグレイルは笑う。
「とはいえ、煙草は身体に良くない。ほどほどにした方がいい」
ウェールがそういうのへ、イーリンはいたずらっぽく笑う。
「はぁい、パパ?」
その言葉に、ウェールはごほん、と咳き込んだ。
「……なんだかいかがわしいな。いや、そういう意味は無いのは分かっているのだが。
再現性東京で、なんだかそんな……教育に良くない言葉もあっただろう」
「再現性東京、止まった街かと思ったけど、あそこも緩やかに変わるのかしら。
まぁ、それは、あそこの住人達が考えるものなのでしょうけれど」
「……どうかな……意外と……今の暮らしが気に入ってる……ヒトもいるかも……?」
グレイルは微笑んだ。それから、「……ああ……ええと……仕事に……もどらないと……」と、そういうのへ、店長は頭を振った。
「休憩しても構わないよ。旧知の仲なのだろう?」
店長のその言葉に、グレイルは甘えることにした。自分の分の珈琲を入れて着席すると、その珈琲を飲んで、苦笑した。
「……やっぱり……まだまだ……って感じがする……」
「自分に厳しいな。
俺には……充分なように思えるが……」
そうウェールが言うのへ、グレイルは困ったように笑った。
「……店長が入れた珈琲は……もっと香りが深くて……何が違うんだろう……?」
「聞いておしまい、ってワケじゃないんでしょ?」
イーリンが言った。
「自分で考えたい、って顔してる」
「……うん……正直……まだまだお客さんに出せるレベルじゃないんだ……」
はぁ、とグレイルはため息をついた。イーリンが珈琲を飲みつつ、
「何か、資格でも取りたいの?
練達とか再現性東京だと、そういうのあるんでしょ?」
「……うん……コーヒーマイスターになりたくて……」
「ああ、そうだったな。
そういえば、学園の方はどうなったんだ?」
ウェールが訪ねるのへ、グレイルは頷く。
「……世界を救った功績と……レポートで単位免除で卒業できたんだ……。
……今は……珈琲マイスターの修行をしながら……ローレットの依頼もやっているよ……」
「偉いわねぇ……」
はふ、とイーリンは息をついた。
「……いつかは……自分の店を持ちたいんだよね……結構大変だけど……毎日充実してるかな……」
そう、穏やかにグレイルは笑った。
「良いことだわ。常連になろうかしら」
ふふ、とイーリンが笑う。
「そうだな。そのときは、俺も通わせてもらうか」
ウェールもまた、優しそうに笑った。イーリンが、そういえば、と声を上げる。
「ROOの方はどうなってるのよ? 捜し人は見つかった?」
その言葉に、ウェールはわかりやすく、しょんぼりとした姿を見せた。
「いや……どこかで生きているのは確かなのだが……」
ウェールの探し人は、一般NPCとなった夜船・理弦だ。長らく探しているのだが、未だにその痕跡は見つからないらしい。
「定着先のボディの用意などで、色々と大変でな……特に、金策が、な……。
最近は食費を削っている……」
「……わあ……」
グレイルが、困ったような表情を浮かべた。確かに……少しばかり、毛並みが良くないかもしれない。
「……だめ、だよ……ご飯はちゃんと食べないと……?」
「そうよ。いくらROOでの活動って言っても、身体が資本でしょ?」
「それはそうなのだが……」
タハハ、と困ったようにウェールは笑う。大切なもののために、身を削っているのだろう。実際に、前述したとおり、ウェールは少し毛並みが良くないようだった。そうなれば、なんとも……心配になるというのは、当然といえようか。
「……ウェールさん……無理せずに……食べるのに困ったらここに来てよ……。
……奢るのは難しいけど……割引はできるから……」
グレイルの言葉に、ウェールは注文したカフェオレと、クッキーを、大切に口に運んだ。
「いや……有難いが……」
「素直に受け取っておいたら?」
イーリンが言う。
「私も、サポートはするわ。どうせ財産とか多少処分してるところだったし」
苦笑したイーリンに、ウェールはわかりやすくしょんぼりとした、申し訳なさそうな気配を、その大きな身体を小さく見せるくらいに、醸し出して見せた。
「いや……すまない……。
その、いざとなったら、頼らせてもらうよ……」
「……いざとなったら……じゃなくて……いつでもおいでよ……」
グレイルが微笑む。ちらりと店主に視線を送ると、店主も、頷くように笑って見せた。
「本当に、すまない……。
いつか、家族でこのお店に来たいところだが……」
はぁ、と、ウェールはため息をついた。
「しかし……こうも見つからないと、すこし、辛い気持ちはある。
最近は、冒険に向かった場所に、肉球の後の外見のデータを残していてな……。
なんだか、それを探して回っている人もいるとか……」
「ある意味有名になっちゃったわねぇ」
笑うに笑えず、イーリンが微妙な表情を浮かべた。
「そういえば、ウェールはROOにつきっきりだったから、こっちのことはよく分からないんじゃない?
といっても、こっちは大体平和で。変なことが起こりそうなときは、私も関与するようにしてるけど」
「あれから、混沌の毎日は、平和ということだな」
ふむ、とウェールは唸った。
「そりゃそうでしょ。世界を救ったんだもの」
イーリンが笑う。
「良いわよね、平和って」
そう、イーリンが、どこか遠い目をしながら言った。得た平和は、きっとこれからもずっと続くのだろう。そう確信させるような気持ちが、皆の中にあった。
おそらく……いや、きっと、自分たちのこの会話も、どこかの平和の中に埋没して、『当たり前の毎日』に変わるのだ。平凡で、代わり映えのしない、でも何処か尊い毎日。それが、どれだけの人が得たいと願い、叶わなかったものなのか。そして、どれだけの人が得たいと奮戦し、手を伸ばしたものなのか。それを、イレギュラーズである三人は、よくよく知っているのだった。
「……でも……本当に。
……ここで……皆と……未来を語り合えるなんて……思ってみなかったよ……」
グレイルがそう言った。それから、頭を振って、
「……もちろん……世界が滅ぶとか……思っていなかったし……。
……世界を滅ぼさせはしないって……頑張ったけれど……」
「まぁ、そうよね。
絶対に勝てるとか、そういう戦いじゃなかった」
イーリンが頷く。あの、最後の戦いは――混沌世界、すべてが立ち向かい、そして勝ち取ったものに間違いないのだ。
「そう考えると、本当に俺たちは、とんでもないことをしたものだな」
ふふ、と、ウェールは笑った。
「ならば……うん。アレに比べれば、理弦を見つけ出す事なんてのは、きっと簡単なことなんだ。
それに……この平和な世界に、理弦を迎えることができる日を、俺は本当に、楽しみにしている」
「だからって、身体壊しちゃ元も子もないんだからね?」
イーリンが言うのへ、グレイルが、そういえば、と声を上げる。
「……司書さんは……体調崩したりしてない……?」
そう尋ねるのへ、イーリンは笑ってみせる。
「あら、私の心配なんて、十年早いわ?
でも、あなたも。最初はこんなに小さかったのに、ホントに大きくなったわねぇ」
「……!?
……そんな昔のことは……知らないでしょ……?」
「ははは、違いない。
とはいえ、グレイルが小さかった頃、か。
うちの子にも負けず、可愛かったのだろうな」
「そうよ~? うちのグレイルの小さかった頃はね?」
イーリンがケラケラと笑いながら、存在しない想い出を語り継ごうとするのへ、グレイルは少し頬を赤らめるようにして、
「……もう……!
……司書さん……今日は……意地悪だね……?」
そう、声を上げる。
「まぁ、ね。久しぶりに会ったのだから、からかうくらいは許して頂戴?」
くすくすとイーリンが笑う。グレイルは、降参、というように手を上げて見せた。
「……司書さんには……叶わないよ……」
「ふふ。でも、いつかは言い負かされちゃうかもね?」
イーリンがウインクなどをして見せた。
「さて、そろそろ解散かしら?」
イーリンがそういうのへ、ウェールは頷いて見せた。
「そうだな。もう随分と話し込んでしまった」
と、時計を確認する。確かに、会談が始まった頃に比べれば、もう随分と時間がたっていた。グレイルに関しても、休憩、という時間はとっくに過ぎてしまっていたはずだ。それでも店主が何も言わなかったのは、それほどに、三人の会話に華が咲いていたから、ということなのだろう。
「……また……しばらく……あえなくなるのかな……?」
グレイルがそういうのへ、ウェールは頷いた。
「そうだな……やっぱり、ROOで次男を探してやりたい。
今回も、色々と現実の方でそのための準備をしに来たわけだからな」
「私も、ちょっとおおきな山を片付けないといけないのよね」
イーリンが笑う。
「でも、ほら。
これが最後ってワケじゃないでしょ?」
そう、当たり前のように。これが最後ではない、と、笑う。それがどれだけ幸せなことなのかを、イーリンも、ウェールも……グレイルも、知っている。
「……そうだね……。
……ここで終わりじゃない……」
そういって、グレイルは笑った。
毎日は続いていく。少し辛いこともあるだろうし、壁にぶつかることもあるだろう。でも、世界は終わらないのだ。いつまでも何処までも、混沌の世界は続いていく。当たり前の日常は当たり前のように続いていく。それは、間違いなく……イレギュラーズ達の勝ち取った、価値のある当たり前、なのだ。
その世界を生きていく。それが、どれだけ幸せであろうか。この、午後の暖かな陽気すらも、きっと自分たちが勝ち取ったもののご褒美なのだと思えば、より、気持ちも温かになるものだった。そして、その勝ち取った世界で、自分の夢を叶えるために生きていく。それは、間違いなく、たまらなく、幸福なことに間違いなかったのだ。
「……それじゃあ、げんきでね? 二人とも」
イーリンが、そう言って笑った。
「グレイルは、次に会うときには自分の店を持っているように。
ウェールも、探し人を見つけておくように!」
「もちろんだ。
次は、グレイルのお店に、家族で遊びに来よう」
「……ふふ……もし家族で来たら……そのときはいっぱいサービスしてあげるね……」
三人は、お互いの顔を見合った。懐かしい、という気持ちもあるし、見慣れた、という気持ちもあった。それが、我々が生きる日常なのだと、そう、心に強く理解させるような、そんな気持ちだった。
「”また”来るわ」
そう、イーリンが言った。また、といえることは、たまらなく有難いことだった。
「日常は続くのよ。これからも。ありがたいことにね」
「……そうだね……」
「終わらない明日に」
ウェールがそう言って、笑った。グレイルも、イーリンも笑った。
一時の別れが訪れる。でもそれは、いつかの再会の約束とともに。
――世界は、変わらず続いていくのだから、すぐにまた会えるのだろう。
- 続く日に、ただ一杯の珈琲を完了
- GM名洗井落雲
- 種別SS
- 納品日2026年07月01日
- テーマ『これからの話をしよう』
・ウェール=ナイトボート(p3p000561)
・イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
・グレイル・テンペスタ(p3p001964)
