PandoraPartyProject

SS詳細

紡ぐ奇跡

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

 群青の夜の静けさに祈りを捧げ。
 星々が降り注ぐ聖なる日、光に導かれた少女は精霊の祝福を得る。
 伝承として語り継がれたその奇跡を、求めんとするならば。

「……迷う事無く進めか」
 ヴェルグリーズは相棒の星穹と吹雪の中を進んでいた。
 混沌の大陸の北に位置するヴィーザル地方は、その殆どが雪に覆われた豪雪地帯である。
 北の大地を統括していたノーザンキングス連合王国は統王シグバルドを喪い、その後を継いだベルノはポラリス・ユニオンに停戦協定を持ちかけた。
 ハイエスタとノルダインの軋轢はギルバートとベルノの泥臭い殴り合いによって『終結』を迎えたのだ。それは怒りや悲しみをお互いが飲み込んだ上で前に進むという強い意思が成し得たもの。
 北の大地はそんな厳しさを教えてくれる場所だ。
「雷神ルーと女神ユーディアの住処でしたか」
 星穹の声にヴェルグリーズは頷く。
 二人が目指しているのは『咎の黒眼』オーグロブに連なる神々の系譜、『蛇神』クロウ・クルァクの子『雷神』ルーと『月と狩りと獣の女神』ユーディアの住処であった。
 そこはモイメルと呼ばれる常春の庭だ。
「モイメルへの扉を開けるには調停の民の助けが必要と聞いていたけれど……」
「ええ、ギルバート様やアルエット様がその扉を開けられるのだとか」
 けれど、これは二人に課せられた試練でもあった。
 調停の民の力を借りず、常春の庭モイメルまでたどり着く。
 それもたった二人で乗り越えなければならない。
「……っ」
 星穹の義手がじわりと疼いた。
 テアドールに作って貰った義手とはいえ、ヴィーザル地方の寒さは堪えるのだろう。
「大丈夫かい?」
「ええ」
 差し出された手を星穹は素直に握る。
 此所には誰も居ない。背伸びをする必要もない。
 ただ、目の前の手を取って進めばいいだけだ。
 其れこそが、二人で共に生きていくという覚悟の証でもあった。
 有りの儘を受け入れ隣を歩く。
 たとえ、目の前が吹雪きで真っ白になったとしても。

 人の生命活動には限界がある。
 元々が剣であるヴェルグリーズであれば多少は極寒の吹雪の中でも行動ができるだろう。けれど、人である星穹はそうもいかなかった。
 指先は凍傷になりかけている。
 此の儘では命の危険すらあるだろう。
 そんな状態で前に進むのは困難に思えた。
「……もう、引き返そう」
「いいえ。まだ私は諦めませんよ」
「しかし……」
 星穹の瞳はまだ爛々と輝いている。
 共に歩むと決めた道を、自分の手でつかみ取るぐらいの気概でなければ、その先の祝福など望むべくもない。
「進みましょう」
「……分かった」
 ヴェルグリーズは雪の中を星穹の『盾』となって進んだ。
 二人で、ゆっくりと、確実に一歩を踏み出す。
 重くのしかかる雪は行く手を阻んだ。
「もう少し」
「ええ」
「もう少しだよ。頑張って」
「分かっています」
 何度も声を掛けてくれるヴェルグリーズの優しさが胸に染みこむ。

 けれど、どんなに抗おうとも強大な自然の前には人は無力であった。
 進む勇気。引き返す覚悟。その天秤を、選択を、迫られる。
 ヴェルグリーズは歯を食いしばった。
 冷静沈着な彼でさえ、極限状態では感情を露わにする。
「俺は負けない――」
 手に生み出した剣で前方を切り裂いた。
 雪が爆風で舞い上がり一瞬だけ止む。
 其れを繰り返し、我武者羅に突き進んだ。
 一瞬、足下が傾ぐ。
 吹雪による真っ白な視界で足下の崖が見えなかったのだ。
「ヴェルグリーズ!」
 咄嗟に星穹はヴェルグリーズの手を掴む。
 義手が悲鳴を上げ、星穹の肩から血が滲んだ。
「星穹!」
「私は……っ、諦めない! 絶対に、――離しませんッ!!」
 二人分の重みに耐えきれず、雪に覆われた地面が欠ける。
 ヴェルグリーズは自分をクッションにするため星穹を抱き込んだ。

 背中に衝撃がある。
 けれど、それは思っていたものより随分と軽いものだった。
 ヴェルグリーズと星穹はバッと顔を上げる。
 其処は、先程までの銀世界ではなかった。
 柔らかな風が吹く常春の庭――メルモイの大きな葉っぱの上に乗っていたのだ。
「……誰だ? 我の庭に落ちて来た不届き者は」
 金色の髪に翡翠の瞳。調停の民であるギルバートたちによく似た色彩の男が目の前に立っていた。
「貴方が雷神ルー……」
「応とも。我が名はルー。神々の系譜に連なる者」
 尊大な態度が何処か『繰切』に似ている。親子というのも頷けた。
「ふむ、お主らは彼奴に近しい者か……我が雷で焼き払ってみせようか」
「……っ」
 ルーが掌に貯めた光は、人を一瞬で焼き殺してしまうような代物だ。
 それを浴びてしまえばヴェルグリーズや星穹とてひとたまりも無いだろう。
 緊張が二人の間に走る。
「もう、兄様っ! お父様に怒られるわよ!」
 可憐な声とは裏腹に、ルーの頬に平手を打ち付けたのは『月と狩りと獣の女神』ユーディアだ。
「……痛い」
「当たり前よ。結構強く叩いたわ! ええと、それで。人の子よ。何が目的で此所に来たのかしら……って、すごい怪我ね?」
 ボロボロの星穹とヴェルグリーズを見つめユーディアは手を翳す。
 月の光に包まれた二人は瞬く間に傷が癒えるのを感じた。
「これでよし! 痛くない? 大丈夫?」
「はい。ありがとうございます……貴方がユーディア様ですか?」
「ええ、私が『月と狩りと獣の女神』ユーディア……常春の庭メルモイへ至った貴方たちの望みを聞かせてくれるかしら?」
 調停の民ではない二人がメルモイへ来るには相当な試練を潜らなければならなかった。それでも来たということは強い望みがあるということ。

「……雷神ルー様、女神ユーディア様。どうか、私に祝福をお与えください。
 人として生きる私は、ヴェルグリーズと共に歩む時間がありません。
 子供達の成長を見守る時間がありません。
 私は、皆で共に歩む未来が見たいのです……」
 本来であればその祝福を与えるのは、蛇神であるクロウ・クルァクであった。
 結び繋がり続いて行くという縁の神としてこれ以上の適任はいない。
 星穹とヴェルグリーズの子らもその恩恵を受けている。
 されど、神逐により『繰切』からクロウ・クルァクと白鋼斬影へ分かたれたことによってその力の殆どを喪っているのだ。
「…………」
 ルーは星穹とヴェルグリーズを上から下までじっと睨み付ける。
 彼らが纏う因果は「普通の人」の領域を越えているのだろう。
「一つ、だけでは足りぬ」
「え?」
 星穹はどういう事だと首を傾げた。
「お主は誰と共に居たいのだ? その因果を掛ける先は、己自身だけか? その隣に立っている『剣』は飾りか?」
 星穹はぐっと息を飲む。
 神の求める答えは明白。一つの祈りで足りぬというのなら、二つの願いで誓ってみせよと紡いだのだ。
 だが、それはヴェルグリーズの因果を自分に縛り付けるもの。
「……星穹。大丈夫だよ。俺はずっと傍に居る。だからどんな未来になろうとも受け入れる」
「ヴェルグリーズ……」
 お互いの指先を絡め合い、二人は神々に誓う。

「私達に祝福を。互いの命を繋ぎ、長き旅路に共に終わりを迎えることを望む――」

 それはヴェルグリーズの命を削り、星穹の命を延ばす誓いだ。
 何かを得るには代償が必要だ。
 けれど、きっと。
 共に終わることが出来るのは幸せであると確信するから。
「その誓い、しかと受け取った。
 クロウ・クルァクの子、太陽と月の兄妹神が、その因果に祝福を与えん」
 ルーとユーディアの声が重なり、星穹とヴェルグリーズが光に包まれた。
 優しい光の中でヴェルグリーズの温もりが伝わってくる。

 ――――
 ――

「……そうして、母は精霊種になったのです」
 柔らかなソファの上で娘の心結を腕に抱きながら星穹は目を細めた。
 腕の中の娘は目をキラキラと輝かせる。
「え? お母さんも私とお兄ちゃんと一緒ってこと?」
 精霊として生まれてきた空と心結は、母である星穹の言葉に驚きを隠せないようだった。
「その祝福を受けたから!? 俺たちと同じになったの!?」
 どういう仕組みかは子供達には分からないが、神様の祝福であるならば、信じるしかない。人間である母と歩む時間が違うことは理解していたとはいえ、子供達も寂しさを覚えていたのだ。それが、無くなりずっと一緒に居られることに、空と心結は嬉しさが抑えきれない。
「お母さん! お母さん!」
「うう……」
 嬉しいはずなのに何だか涙が出てくる。
 喪うと思っていた、子供ながらに覚悟し達観していた。
 それが涙と共に溶けていく。
「ずっと一緒だよ。一緒なんだから」
 心結は星穹の背をぎゅっと抱きしめた。
 星穹は心結と空を両手に包み込む。
「はい。寂しい想いをさせてしまってすみません」
 隣に座っていたヴェルグリーズは星穹の肩にそっと手を置いた。
「じゃあこれからは沢山、想い出をつくろう。まず始めに……バレンタインのチョコケーキを作るのはどうだい? 切り分けるのは任せて」
「ふふ! ケーキつくるー!」
 星穹の膝の上から飛び出した心結はさっそく自分の部屋からエプロンを引っ張り出してくる。それに続いて空もエプロンを持って来た。
「そんなに慌てなくてもチョコケーキは逃げませんよ」
 ソファから立ち上がった星穹はヴェルグリーズの手に引かれまた座り込む。


「わっ、どうしました?」
「ううん。少しだけ……独り占めしたかっただけだよ」
 子供達の前ではあまり見せない独占欲に星穹は耳を赤く染めた。
 普段は感情をあまり出さないヴェルグリーズがこうして温もりをくれることが、すごく幸せで。何時までも続きますようにと、星穹はその唇についばむような口づけをした。
 皆で作るチョコケーキはとびきり甘くて幸せの味がしたのだ。




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