PandoraPartyProject

SS詳細

聖女と精霊のこれから

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊

 ――戦いが終わったのだそうだ。
 混沌世界に訪れた安寧はアレクシア・アトリー・アバークロンビーにとって光景であっただろう。
 おのれの身に巣食う病すべてと戦い、窓という四角く切り取られた世界だけで生きて来た少女が今は戦場に佇んできたのだから。
 彼女は確かに魔女であり、精霊であり、世界を救う英雄であった。

「――とかいうのどう?」
「ええ? スティア君……そういうの書くの?」
「アレクシアさんのだったらいいな~って思って! 私たちの物語を本に残してもらうとかきっとかっこいいよ」
 えっへんと胸を張ったのはスティア・エイル・ヴァークライトその人だった。彼女は変わらない。そう思わせてくれるほどに彼女の一生は長い。
 それはアレクシアも同じであっただろう。同種二人は今はアルティオ=エルムのティーパーラーで顔を突き合わせている。
 今のアレクシアは大樹の精霊だ。魔女ファルカウと共にあることを願ったことにより彼女の性質は変化をしてしまったのだから。
 人ではなく、精霊となった彼女はくすりと小さく笑ってから「私よりスティア君の事にしようよ?」と首を傾げた。
「ええ~」
「だって、聖女の世直し道中とかしてるんでしょ? もう一人の聖女を連れてたくさんの冒険って感じで」
「あ、ルルちゃんのこと? ルルちゃんはねえ、どっちが悪人か分からないぞ! って感じだから……。
 そんなのが物語にされちゃったらエンターテイメント的で面白いかもだけれど聖女的には大変なんだよね」
「ふふ、目に浮かぶみたい。二人の日常ってきっと大騒ぎだろうね、それもきっと楽しそうで、いいなあ」
 アレクシアがそうと目を細めた。スティアはそんな彼女を見ていると、その性質が変わっていくのはどういうものなんだろう、なんて考えるのだ。
 のんびりと共に時間を過ごすことが出来る今、それでも深緑に何らかの危機が訪れたならば彼女は精霊として眠りに落ちてしまうかもしれない。
 ファルカウの世に、それに――のように。
「そういえば、もうすぐ約束の時間だよね?」
「うん。皆でって約束をしていたから、ちょっと遅くなっちゃったけど……お迎えに行ってあげなくっちゃだね」
 アレクシアとスティアに共通していたのは一人の女を起こしに行くことだった。
 魔女ブリギットは戦いの後、眠りについた。そんな彼女にいつか平和になったら起こしに行くからと約束をしていたのだ。
 そんな穏やかな約束を果たす前に、先に作戦会議だぞとスティアは深緑を訪れたのである。
「そういえば、天義を留守にしてよかったの?」
「勿論! 今はお留守番のルルちゃんが聖女してるはずだよ」
「……で、きるの……?」
 アレクシアの困惑した表情を見てからスティアは「い、ちおう」とぎこちなく言った。

 ――何よ、ひれ伏しなさいよ。誰に物を言ってるのよ? 聖女に? そうね、おまえたちは正しい。

 何か、問題のある物言いをしていそうなの姿を想像してからスティアとアレクシアはおかしくなって笑った。
 穏やかに二人で話している場面を何処かで切り取られたらきっとおとぎ話にもなってしまう。そんな和やかな聖女と精霊の二人は何気なく「そういえば」と口を開く。
「ん?」
「あ、アレクシアさんからでいいよ!」
「あ、うん。そういえば、スティア君は最近はどうなのかな? って。やりたいこととか、それに夢とか。
 やっぱり世界が平和になるとイレギュラーズとして走り回っていた時とはずいぶんと違ってしまうから、気になったんだ」
「確かに! そうだね、私は……うん、そこまで変わらないのかもしれない?
 ルルちゃんがヴァークライトを名乗るようになったのはすごい違いではあるんだけれど! でも、すっごくたくさんの事が変わったようには感じてないかなあ」
 スティアは今は天義のヴァークライト邸にてヴァークライトの当主として過ごしている。
 これまで名代であった叔母には「早く婚儀を!」とぐいぐいと背を押してはいる状態ではあったのだと言うが、落ち着くまではと彼女は渋り続けているのだとか。
「そっか、元から聖職者だったから」
「うん。だから聖職者として、ヴァークライト家の代表として過ごしているって感じかな。
 でも、夢はあるんだよ。こうやって貴族の名前を背負って真っ直ぐに歩きだすと思うんだ!
 天義をみんなが笑顔で暮らせるような国にしたいなって。今まで、不正義だとかで揺らいでいたこの国をちゃんとしてやるぞ~! みたいな」
「ふふ、スティア君らしいね」
「そう? それならうれしいなっ! 世の中と、人のため、っていうと、壮大すぎるかな……でも、そう。そうやって誰かのために働いて、誰かを救うために頑張るんだけど。
 そうするとね、ルルちゃんが言うんだよね。
『おまえね、ばかなの? 誰かのために無償で働いたって何も得られない。見がえりは必要よ。
 でも統治者になればそうではないわ。おまえが偉くなれば偉くなるほどにいつかおまえが救ったやつがおまに尽くしてくれる』って」
 アレクシアはぱちくりと瞬いた。ほのぼのとしているスティアの口から滑り出した出世欲があまりにも意外性の塊であったからだ。
「それで?」
 スティアは意気揚々と微笑んで、真っ直ぐにアレクシアを見た。
「で、思ったんだ! 分かるな~って。理想を実現するならやっぱり権力も必要だって!」
「け、権力」
「そう! 私は聖職者だし、天義は信仰と正義の国。つまり、私色に染めていけるんじゃない!? って今出世街道を爆走してるんだ。
 何時の日か、神聖ヴァークライト帝国になったら深緑の大樹としてアレクシアさんを招待するね」
「うーん、天義にはいきたいけど神聖ヴァークライト帝国はどうかなあ」
 肩を竦めたアレクシアはきっとそのネーミングもカロル・ルゥーロルゥーが犯人なのだろうと考えた。てへぺろ~などと言いながら舌を見せて笑っているあの元遂行者の聖女の事が頭に過って仕方がない。
「でも、良い事だと思う。国の上層に立てば、成せないこともなせるかもだし」
「そうだよね。……そう、必要なんだ。アドラステイアの事とか思えば、いろいろ。
 これまで救えなかった人も多くいるし、志半ばに倒れた人だっているから、私がそういう遺志を継いで歩いていきたいな~~! みたいな。
 それで、アレクシアさんは? どうなのかな? ほら、精霊になったし、いろいろと変わったのかな、なんて」
 問うたスティアにアレクシアはぱちくりと瞬いて、それからほんの少しだけ困ったような顔をする。
「私は変わってないかな!」
「えっ」
「……って言いたいけれど、実際はそんなことないよね」
 アレクシアの指先がテーブルをとん、とんと叩いた。それから、ちらりと視線を外に向けたアレクシアにスティアはつられて視線を送る。
「私自身の心持はあんまり変わってないんだ。ヒーローになりたいイレギュラーズ。魔女として進んでいく。
 その気持ちではあるんだけれどね、前より自然の声が聞きやすいし……それに、周りの人からの扱いもちょっと変わって……」
「本当だ」
 アレクシアの姿を認めた幻想種たちが囁き合っている。もしかしてあれは精霊様じゃないのか、なんてそんなことを言う視線に晒されることがきっと多くなったのだろう。
 それは、慈しみの目線であったとしても普通のイレギュラーズであったころとは大きく違う。
 有名な冒険者だとか、聖職者だとか、魔女だとか。そんな称号を飛び越えて信仰そのものであったファルカウの精霊になってしまったのだから。
「まあ、でも、あんまりお構いなしで出歩いているけれどね!」
「えっ」
「今日もみんなには内緒で出てきてるし……」
「ががーん!」
 確かに、アレクシアと約束をしたのは急なこと、だったけれど――いきなり執務室から精霊が居なくなっていたら巫女たちはさぞや大慌てなのではなかろうか。
 アレクシアのサポートをしてくれているというフランツェル・ロア・ヘクセンハウスはどんな表情をしているだろう――なんて考えた時「あ、フランさんには一応言ってるよ」とアレクシアは笑った。
「あ、よかった。フランツェルさんの気が狂って死んじゃうのかと思った」
「あはは! そうなるかもしれないね。……あり得るかも、しれない……」
 アレクシアはそっと天を仰いだ。かの魔女はアンテローゼ大聖堂で『ヘクセンハウスの魔女』を名乗る書架の守り手だ。
 その地には幻想貴族のものが混ざっていることもあり、彼女自身は様々な責任を負うようになった。リュミエ・フル・フォーレの事を支えながらもアレクシアの状況を確認してくれていただろうあの魔女に何も言わずにアレクシアが姿を消したならば本当に気が狂ってしまうかもしれない。
「ま、まあ。何がどうなっても、ずうっと私は変わらないと思うよ!」
 えっへんと胸を張るアレクシアにスティアは自分たちはきっと似た者同士なのだろうと感じた。
 どれだけきっちりとした立場を得たところで自分たちは冒険者という立場を捨てることはない。
 どこまでも走って行って、真っ直ぐに手を伸ばしてを見据えてしまうのだ。そうだと知っているからこそ――「その方が良いね!」だなんて笑った。
「あ、そうだ。ブリギットさんをね、起こしに行く前に……少しだけお願いしたいことがあって」
「何かあったの?」
 アレクシアはふとスティアを見遣った。「あの、お願いしていたものは」とアレクシアが問いかける。
 スティアはその言葉で漸くピンと来たのか「あ、持ってきてるよ!」と微笑んだ。カバンの中から取り出したのは森に降り注いだ雨露と、深緑の草木に根付いた魔力が混ざり合って出来上がった結晶だった。
 慈雨の緑珠と名付けられたそれはアレクシアからスティアに贈られたものである。
「これだよね? アレクシアさんが持ってきてっていうから懐かしいなあっておもって。もしかして、精霊になったから何か都合が悪くなったとか?」
「ううん、そういうのじゃないんだよ。ただ、スティア君にきっちりと渡したいなって思っていて」
「何かなあ」
 うきうきとしたようなスティアからそれをうけとってからアレクシアが握りこむ。
 淡い緑色の光がその両手から漏れ出でる。スティアの双眸に映りこんだ鮮やかな緑の気配――それがじわじわと広がってから、緩やかに慈雨の緑珠に纏わりついた。
「これ」
「これは触媒だよ。今からまじないをかけるね。
 ……本当はしっかりとした手順を踏んでもらわなくっちゃならないけれど、すこしだけ強くかけるからちょっとしたときにすぐに助けに行けるようにするから」
「召喚の術式ってことだね?」
「うん。スティア君が持ってる聖的な力と合わせて術式を組み立ててもらうことで、祈りが完成する形式なんだけど……。
 それはきっちりと時間があって助けを呼んでくれる時だけだよね。もし、そうじゃなかったら、困るから少しだけ強めにしておくんだ」
 アレクシアは囁いた。自身は精霊だ。だから、精霊としての力をそれに込めて、触媒としてを召喚できるようにしておく。
 魔女として過ごしていくアレクシアを呼びつけるのではない。本当に自分が助けが必要な時に――と。
 スティアは所定の手順を吹き飛ばしてしまうような準備をしてくれていると聞くと本当の危機に彼女は飛んできてくれるつもりなのだと嬉しくもなった。
「これ、私が使えなくってもいいのかな」
「勿論。じゃあ、そうだね、形を変えていこう」
 アレクシアの指先がそっと何かを摘まんだ。緑の光を結い合わせるように指先を躍らせていく。
 スティアはその光景をじっと見ていた。もしも、スティアに危機が生じなくてもヴァークライトの名を継いだものが助けを求める時も来るだろう。
 その時のために。アレクシアが腕輪を作り上げていく。美しい緑色の珠エメラルドが飾られた腕輪が作り上げられていく光景をスティアはじいと見つめていた。
「スティア君、ここにヴァークライトの家紋をいれられる?」
「勿論。これは、力を籠めちゃってもいいのかな?」
「うん、スティア君の血筋じゃないと発動できないとか、ヴァークライトの当主の証がないと発動できないとか、そういうを与えてくれてもいいよ」
 微笑んだアレクシアにスティアはこくりと頷く。石がはめられた台にヴァークライトの家紋が刻まれていく。スティアの魔力が込められて、完成した腕輪はまばゆい光を帯びていた。
 きれい、とスティアは呟く。これは深緑の大樹の精霊からの贈り物だ。
 これから長きを生きていく彼女が、友情と親愛を込めて贈り物としてくれた。
「ありがとう、アレクシアさん」
「いいえ、スティア君とはこれからもずっと、仲良くしていきたいなって思ってたんだ。
 それにね……私はきっと誰よりも長く長く生きていく。だから、そうしたときになれるように――私からの祝福だよ」
 微笑みあった二人はふと外の視線を感じた。息を切らしてやってきたフランツェルが「外で! 精霊が力を! 使わない!」と口を酸っぱくしている。
 そんな彼女を見てからスティアとアレクシアは有名人もつらいものだな、と笑うのであった。

 ――約束の日に、外出をする約束をして鉄帝国へと遣ってくる。
 長い長い冬がおしまいとなれば、平和がやってくる。きっと、目が覚めるのは雪が解け春めく頃が良い。氷の気配が遠ざかったならば美しい景色がやってくるからだ。
 花が揺らぐその場所にアレクシアとスティアはやってきた。寝坊助の魔女は世界が平和になったなど、そんなことは気付かずにうとうととしているのかもしれない。
 そんな彼女に何を言おう、だなんてアレクシアとスティアは揶揄うようにそう言っていた。
「久しぶりに会うとなると、何を伝えればいいのかって迷うよね」
「……本当に。世界が平和になったとか、どう伝えればいいんだろう」
 これまで幾度か二人で話してきた。アレクシアとスティアはのことをずっと考えて来た。
 ブリギットはアレクシアが精霊になったと知れば心を痛めるだろうか。悲しげな表情をするかもしれない――けれど。
 スティアはそれも伝えようとアレクシアに行った。ブリギットには何も隠し事はせずにいこう、と。そう話していた。
 叱られてしまうかもしれない、けれど、アレクシアは「心配をしないで」と笑うことに決めていたのだ。
 そうやって、二人は鉄帝国の野を踏みながら走っていく。気が急いて、心が躍る。
 赤い頬をそのままに幼い子供のようにスティアはただ、前へ前へと駆けていくのだ。
「こっちだよ、スティア君」
「アレクシアさん、早い! でも、負けないぞ~~! とりゃ~~!」
「あははっ、転ぶよ、スティア君!」
「アレクシアさんこそ、前見ないとずってーんって言っちゃうよ!」
 花弁が舞う雪解けの野に二人はやってきた。それから、静かに息を吐く。
「ブリギットさん」
 おばあちゃんと幾人もが呼ぶその人は、長い長い眠りについた、つもりだったのだろう。
 世界を守りたかった。愛しい人を守りたかった。ただ、誰かを抱きしめて生きていきたかった。
 そんな人が――笑っていられる世界になった。混沌世界に訪れた平和を、愛を、何もかもを、スティアはしっかりと彼女に伝えたかったのだ。
 そうと瞼が開かれたならばスティアは慌ただしく走っていくだけだった。
 再会の時を楽しみに、楽しみにしていた。また彼女が笑ってくれるその瞬間を楽しみにしていた。
「ブリギットさん……!」
 スティアが思わず飛びつこうとするその背中をアレクシアは眺めてから穏やかに微笑んだ。
「おはよう、ブリギットさん。……それから、おかえりなさい」
 ゆくりとその瞼を押し上げた魔女は悲しげな表情をして「あなたは、変わってしまったのですね」とそう言った。
 一目で、分かる。彼女が人でなくなったのも。どれだけの代償を支払ってきたのかも。
「ああ……あなたは……」
 ゆっくりと顔をあげたアレクシアは「何も変わっていないよ、大丈夫だよ」とそう笑う。
「そうだよ。そう。私たちは、歩いてきただけなんだ。だからね、おはよう。ブリギットさん。おかえりなさい」
「ええ、ただいま。ただいま帰りました……」
 彼女が笑う。美しい笑みを浮かべて、永い眠りなどなかったかのように。
 を迎えたことを喜ぶように彼女はゆっくりと立ち上がった。
「魔法、教えてもらう約束だったでしょう? 前に会ったときよりも、ある意味一層「魔女」らしくはなったからね! お礼は、ながいながいお話ということで!」
 えっへんと胸を張ったアレクシアにブリギットがくすりと小さく笑う。
「ええ、もちろん――これから長い長いお話ができるかしら」
 聖女と精霊はこれからも歩いていく。
 魔女と共に穏やかに微笑んで、を願うようにして、和やかな時を過ごすのだろう。


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