PandoraPartyProject

SS詳細

紅の瞳より溢れる雨よ

登場人物一覧

リーベ(p3n000341)
雨紅(p3p008287)
愛星

 『神託』と呼ばれる最後の戦いを終えて、雨紅 (p3p008287)はある場所を訪れていた。
 アポートゥ村の入口に着くと、見張り役をしていた村人が雨紅に対して友好的な姿勢を見せてくれる。此処に何度も訪れたからか、今では雨紅を含めた、此処に関わりのある者達は歓迎されている。
「いらっしゃい! 今日はどうしたんだ?」
「墓参りに来たのですが、いいでしょうか?」
「いいよいいよ! 後で集会所寄っていくかい?」
「そうですね」
 返しながら足を踏み入れた村の中は、以前よりも活気に満ちているように思えた。
 雨紅を見つけた村人達は口々に挨拶をしてくれた。
 中でも、以前に指南をしていた事から話すようになった元騎士の男からは良い報告を聞けて、雨紅は我が事のように笑顔を見せる。
 村人達との交流を経て、彼女は村の奥へと進んでいく。

 手入れされた道を進むと、広い場所にポツンと立つ一つの墓。そろそろ、過去に散った騎士達の名前も全員分刻み終えると、元騎士の1人が言っていた。墓の隣に立てれば彼女もさみしくないだろうからと。
 墓石に刻まれた「リーベ・アポテーカー」の文字も含めて、墓石に汚れは見られない。村人達がこの墓を大事にしてくれている証拠だ。石の下に眠るべきものは無いというのに。
 リーベ (p3n000341)の姿は見えないが、雨紅は友に語りかけるように口を開いた。
「報告に来ました。この世界を守り抜きました、と」
 神託を乗り越えた事で、この世界は続く事が出来た。魔種も影響が弱まってきたと聞いている。
 良い方向に進んでいるはずだと思う。
「それから、先ほど村で話を聞いてきたんです。今度、めでたい事が催されるそうですよ」
 先ほど話していた男の恋が成就したのだという。子もすくすくと育っており、男にもかなり懐いているそうだ。
 式を挙げる時にイレギュラーズを招待させてほしいと、そう言われたと語る。
 めでたい話やいい話。それらを聞ける事に嬉しさを覚える。
 けれど、同時に、喪ったものはあり、世界に残る問題も消えないままだという事も、確かなもので。
「最終決戦で亡くなった方も居るんです。私は、それが悲しい。
 ……あなたも居ないから、余計に」
 友と呼んでくれたリーベあなた
 自分はそれを口に出来なかったままで。

 ――もし、今あなたが生きていたら。

 ――もし、今あなたが魔種ではなく人間に戻れていたならば。

 ――もし、あの時私があなたに……

 胸を締め付ける何かがある。
 戦闘用として作られたはずのこの体が、心というものを教えてくれる。
 言葉に出来ぬ何かが、胸の内より溢れ出て、それは体の内側から外へと出ようと形となる。
 仮面の下より浮かび上がり、目元から雫の塊となって零れていく。
「ぅ……っ……!」
 目元に触れて、漸く自分がのだと気付いた。
 こういう時、擦ってはいけないと誰から聞いたのだったか。うずくまり、流れに任せて声にならぬ声を発しながら雨紅は暫くその場から動く事が出来なかった。
 どれほどの時が経ったのか。ようやく嗚咽も少なくなって落ち着いてきた頃、雨紅の面が上がる。元々の赤い目が、泣き腫らしたようにさえ見えた。
「すみません。情けないところを見せました」
 泣く、という行為は雨紅の中にある何かを流し、スッキリさせてくれたように思う。
 胸の内にまだ様々な想いは渦を巻くけれど。
 深呼吸を一つして、言葉を紡ぐ。
「世界は続くようになりました。あなたは居なくなってしまったけれど、あなたが残してくれたものもあります。私は、あなたを含めた人達が残した物を大切にして生きていきますから」
 これから世界はどうなるのかはわからない。混沌としたものは変わらぬだろう。だけど、残してくれたものをもってなんとかしていけるはずだ。
 口元に微笑みを浮かべて、彼女は努めて明るい声を発した。
「また時々、会いに来ますね。だって、友ですから」
 漸く口に出来たその単語は、彼女の胸の内をいくらか晴れさせた。
 唐突に、一陣の風が吹いた。目元をなぞるように吹いた風はまるで雨紅の涙の跡を拭うようで。
 一礼して、踵を返す。墓石から離れていく距離を、寂しいとは思わなかった。
 胸には、彼女が残してくれたものがあるから。見えない物も、見える物も。
 銀の仮面が鈍く光る。目元にもう雫は残っていなかった。

おまけSS『一陣の風に友愛(あい)を込めて』

 墓石へと近づく雨紅 (p3p008287)を見つめる、透けた人影があった。
 その姿は墓石の後ろに立つように存在していた。
 ローブに身を包んだ茶髪の女性――リーベ (p3n000341)は柔らかな微笑みを浮かべ、墓石の前で立ち止まった雨紅を見つめる。
『久しぶりね。今日はどういった用かしら?』
「報告に来ました。この世界を守り抜きました、と」
『――そう。滅びを免れたのね、この世界は』
 決して届くはずが無いとわかっていても、リーベは声にならない言葉を紡ぐ。
 リーベに気付く事のない彼女は、墓石を見つめたまま続きを話す。
「それから、先ほど村で話を聞いてきたんです。今度、めでたい事が催されるそうですよ」
『ええ、聞いてるわ。めでたいわね』
 彼女が言っているのは、先日わざわざ結婚の報告をしてきた二人の事だろう。喜ばしい事だ。
 リーベは雨紅の続く言葉を待つ。
「最終決戦で亡くなった方も居るんです。私は、それが悲しい。
 ……あなたも居ないから、余計に」
 それに、言葉は返さなかった。
 敵対していた自分に対して、友情を向けてくれた彼女に何と返せばいいのかわからなかったから。
 空を仰いだリーベと真逆に、雨紅が俯く。聞こえてきた嗚咽に驚いて顔を向ければ、彼女はその場にうずくまって泣き崩れて。地面に落ちていく雫が染みを作っていく。
 自分のせいで泣かせたのだろうかと思うと、手は伸ばせなかった。
 彼女を暫く見守って、漸く顔を上げた彼女の顔はどこか晴れ晴れとしたものになっていて。
「すみません。情けないところを見せました」
 深呼吸が一つ。そして続く言葉達。
「世界は続くようになりました。あなたは居なくなってしまったけれど、あなたが残してくれたものもあります。私は、あなたを含めた人達が残した物を大切にして生きていきますから」
『そうしてくれると嬉しいわ』
「また時々、会いに来ますね。だって、友ですから」
 彼女の口から初めて聞けた『友』という単語に、思わず手を伸ばす。仮面の目元をなぞるように両手の指を一本ずつ動かす。彼女には風のように感じただろうか。
『ありがとう』
 決して届かない言葉。自己満足ではあれど、嬉しく感じた事に偽りはない。
 一礼して遠ざかっていく彼女の背中を見送る。
 これからの世界を雨紅は生きていくのだろう。リーベが親しく感じた者達と同じように。
 己は死した身ではあるが、魂はまだもう少しここに居よう。せめて、村が初めて迎える結婚式を見届けるまでは。
 その時に、雨紅はまた話をしに来てくれるだろうか。その事を、ほんの少し期待して、彼女の姿はまた消えた。


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