SS詳細
我らが守りし日々
登場人物一覧
始まりは一通の手紙だった。
「収穫祭?」
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はペーパーナイフを置いて、開いた手紙をしげしげと眺める。
クラースナヤ・ズヴェズダーの者たちは戦いが終結したのち、村の開拓を始めていたらしい。その村で収穫祭を行うから、アレクシアにも是非来てもらいたいと手紙にはしたためられていた。
(……皆、元気にしてるのかな)
外を見れば、空は青く澄んでいて。同じ空を見上げて充実した日々を過ごせているだろうかと少しだけ心配になる。そういったことは、手紙に書かれていなかったから。
顔を見ないとわからないことだってある。自身の身にも
行ってみようとアレクシアは立ち上がり、返信用の便箋を取り出したのだった。
「わぁ……」
手紙に示されていた場所までやってきたアレクシアは、その活気に感嘆の声をあげながらも驚いた。
笑顔で行き交う人々の中には村人らしい者もいれば、どこか近くの街から訪れたような服装の者たちもいる。広場までの道には出店が立ち並び、その先では催し物が行われているらしく歓声が聞こえてきた。
「アレクシア! こっちでしてよこっちー!」
「あ! ヴァレーリヤ君!」
両腕をぶんぶんと振るヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の姿にアレクシアは笑顔で駆け寄る。
「会うのは1年振りくらいかしら? 元気そうで安心致しましたわっ!」
「ふふ、そっかあ、まだ1年くらいなんだねえ……ヴァレーリヤ君もお元気そうで何よりだよ」
色々あって、あっという間に時は過ぎてしまったけれど。確かに最後会ったのは丁度1年ほど前だったかもしれない。
(そっか、じゃあこの村も1年くらいでここまで……? すごいなあ)
きょろきょろとあたりを見回していれば、ヴァレーリヤがくすりと笑って小さくウィンクする。
「積もるお話は回りながらにしましょう?」
「うん! 色々見られるの、楽しみにしてきたんだ! 深緑じゃあ見られない作物とかお料理とか!」
「あら、それなら良い年に招待して良かったわ! 今年は凄い豊作ですの。滅多に出ない名物が目白押しですのよ!」
行きましょう、とヴァレーリヤが手を引く。ついていこうとしたアレクシアははっとヴァレーリヤを呼び止める。
「どうしましたの?」
振り返ったヴァレーリヤに、アレクシアは荷物から
それは深緑から持ってきた
「お土産……というわけじゃないんだけど。いつかここを見守るような大きな樹になってくれるといいなと思って!」
まあ、と目を細めたヴァレーリヤは視線を広場の方へと向けた。
出店を楽しんだ先で村を見渡せる広場がある。そこへ植えるのが良いだろう。
「ふふ、良い記念碑もありますのよ」
「? そうなんだ、楽しみだなあ」
含みのある微笑みに首を傾げながらも、アレクシアは純粋に楽しみを募らせる。
――この時の自分にひとこと言ってやりたい、とこの後のアレクシアは思うのだがそれはまた後の話。
鉄帝の地は他の地よりも気温が低い。ちらりとヴァレーリヤはアレクシアを見て、心の中で頷いた。
「身体、冷えてますわよね。
おじさん! ソリャンカ下さいまし! あとシャシリクと、ピロシキと、このウハーとビールも!」
「ヴァ、ヴァレーリヤ君……!? そ、そんなに食べきれないからね?」
ヴァレーリヤの言葉に出店の男が「あいよ!」と元気よく応じる。しかしその注文量にアレクシアは目を剥いてそっと彼女へ耳打ちした。たくさん頼んで余らせてしまっても勿体ない。
「まあまあ、遠慮は必要ございませんわよ? 今日は目一杯飲んで、騒いで、歌って――踊りましょう!」
「いや、遠慮してるわけじゃないけど……! 精霊になりかけてるからって別に大食いにはならないからね!?」
奇跡の代償。彼女は奇跡を願い、変化を帯びた。
――今度は独りにはさせない。だって私がいるもの。1000年だって1万年だって、あなたの想いを共にしてみせる。
想いに寄り添う願いは、肉体をやがて精霊へと変じさせるだろう。
嗚呼、けれど、だからって! こんなに沢山は食べられない!
「お酒はヴァレーリヤ君が飲みたいだけじゃないの!?」
「だってお祭りにお酒は付き物でしょう? アレクシアも少しだけ付き合って頂けませんこと? ね?」
悪戯っぽく笑うヴァレーリヤを見れば、仕方ないなあという気持ちも湧き上がってきて。アレクシアは少し呆れたような笑みを浮かべて、「一杯だけだよ?」と釘を刺した。
「はいお待ち!」
出店で受け取ったら周囲の
「これなんだっけ。しゃしりく?」
「シャシリク、串焼き料理ですわね! ソリャンカはスープで、こっちは――」
深緑では見ない料理も多い。スープを飲んでみたアレクシアは、味の濃さに目を丸くした。
「すごく濃い味なんだね……」
「良く言われますわ。
寒い地では味付けが濃くなるという。保存のために香辛料を効かせたりするからだろう。
しかし確かに、濃い味の方がポカポカするような気がしてくる。ほう、と息をつけば周囲の楽し気な声が耳に入った。
「どこもかしこも盛況だね」
「ふふっおかげさまで! 来年も豊作だと嬉しいですわね」
その時はまた招待させて、という言葉にアレクシアは勿論と頷く。
体を温めて、収穫祭の賑わいを楽しみながら広場まで歩く。時折アレクシアを見て手を振る村人へアレクシアは手を振り返しながら、村を見渡せる広場までたどり着くと、ヴァレーリヤは愛し気に村の様子を眺めた。
「大きくなりましたわねえ……」
初めの頃から、今までを知っている。だからこそ猶更愛おしいのかもしれない。
「これもあの時、貴女が助けてくれたお陰ですの」
「ううん、私は何もしてない……というより、皆で頑張った成果じゃない」
「謙遜しなくても良いんですのよ」
謙遜じゃないよ、とアレクシアは苦笑いした。本当に、皆が頑張らなければこの光景はなかっただろうから。
広場から村を見渡せば、活気ある姿が目に入る。
「貴女が頑張ってくれたのは皆見てますのよ? その証拠に――ほら!」
ヴァレーリヤが広場の一部――というか広場の中央――を指さす。そちらを見たアレクシアはぴしりと固まった。
「ヴァレーリヤ君……?」
「やっぱりこの像ですわよね!」
「あ、あれは……」
「? もしかして覚えていませんの? ほら、温泉で――」
「お、覚えてる! 覚えてるよ!」
ぶんぶんとアレクシアは頭を振る。知っているとも。知っているが、もしかして
ヴァレーリヤは良いだろうと言わんばかりのドヤ顔である。この傍や後ろに先ほどの苗木を植えるのかもしれない。
「これを作ってから礼拝者が押すな押すなと……」
「……称えてくれるのは有難い……けどさ、やっぱりこの像はやめない? 今からでも遅くないからさ、記念碑は別のものにしよう??」
この大きさなら作り直しもできるだろう。けれど、ヴァレーリヤは小さく口をとがらせ、眉尻を下げる。
「だって……」
「……だって?」
「その苗木が育っても、樹だけだったら、アレクシアが忘れられてしまうかもしれないではありませんの」
ここにアレクシアが居たこと。アレクシアが自分たちの為に命を賭して戦ってくれたこと。彼女がやがて精霊となって、ここにも来られなくなってしまったら、少しずつ忘れられていくかもしれない。それがとても、怖い。
「何年経っても、私達が貴女の事を思い出せるように……駄目、かしら?」
上目遣いにこちらを見てくるヴァレーリヤに、アレクシアは天を仰ぐ。
(ファルカウさん、これを受け入れるのも精霊の務めなのかな……)
ここにファルカウがいたのなら「それは違う」と言ったかもしれないが、そんな声が今聞こえるわけもなかった。
「ほんっとうに……帰ってしまいますの?」
苗木を受け取ったヴァレーリヤはダメもとで聞いた。答えはわかっているけれど、悪あがきだと知っているけれど。
「今はまだ、深緑もドタバタしてるから。本当はもっと長く遊んで行きたいんだけどね」
「遊んで行っても良いですのに……なんて。アレクシアも忙しいんですもの。仕方ありませんわね」
時間はあっという間だ。少しだけ悲し気に微笑んだヴァレーリヤは、でも、と楽し気に笑ってみせる。
今回はアレクシアに来てもらったから。今度はヴァレーリヤが深緑へ行く番だ。これからもずっと、長く、出来るだけ長く『アレクシア』と一緒にいられるように。
「次はとびっきりのお酒を用意して、深緑で待っていて頂戴ね!」
「もちろんだよ!」
酒も料理も、とびきり用意して待っていよう。ヴァレーリヤだって「これ以上飲めませんわ! お腹もいっぱいですわよ!」なんて言わせるくらいに。
今日はありがとう、の先は『
「来てくれて有難う。またね!」
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう! また来るからね!」
そう、未来ある