PandoraPartyProject

SS詳細

眩い光が差す朝に

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

「貴方達が宿した力は、無限廻廊が解かれたことによって失われました」
 幼児の姿となった白鋼斬影――キリは燈堂家の縁側に座り言葉を紡ぐ。
 その隣では空と心結、それに灰斗が困惑した表情で何かを言いたげにしていた。
 ヴェルグリーズと星穹は子供達の様子を居間から見つめる。

 最後の戦いが終わり、数日がたった頃。
 燈堂家の片付けに来ていたヴェルグリーズたちはキリが子供達を呼ぶのを見つけた。
 縁側に座り何やら話し込んでいるようである。話の内容自体は、問題無く聞こえてきた。
「俺達の力が無くなった?」
「もう、必要無い?」
 空と心結、灰斗の三人は口々に疑問を投げかける。三人とも強大な力を有して生まれてきた者達だ。
 強さとは三人にとって生きる意味であった。強大な力を有しているからヴェルグリーズや星穹に必要とされるのだと自負していた。それが無くなってしまったとあれば存在意義が喪失したも同義。
「今の貴方達は、人の子と同じ力しか有していません」
「そんな……もう戦えないのか?」
 空がキリの前に手を付く。それ程までに動揺しているのだろう。
 心結は自身に起った変化に戸惑い、どうすればいいか悩んでいるようだった。
「はい。戦えません。戦えば死にます。人の子は脆く弱いです。だから気を付け無ければなりません。人として生きていくのはそういうことです」
「…………」
 キリの言葉に重苦しい空気が流れる。
 強さを願われ生まれてきた子供達から、存在意義が失われた。
 それは、子供達にとって絶望であるだろう。ぶるぶると空と心結は震えていた。
 居間で見守ってくれている『両親』へ振り向くことが出来ない。
 力を失った自分達はきっと彼らの役に立たないから。

 心結の手を掴んだ空は開け放たれた縁側から外へと飛び出した。
「……空! 心結!」
 星穹の声が背中越しに聞こえるけれど、空は逃げるように心結の手を引いて駆け出す。
 両親の元へ居られるのは力があった前の自分達だ。
 人の子供と同じになってしまった自分達を置いておく意味などない。
 けれど、心結は空の強大な力を受け止めるために生まれてきた。
 自分が生まれたせいで、心結をこんな目に遭わせてしまっていると空は考えてしまった。
 だから、心結だけは自分が守ってやらなければと、両親に必要とされなくても自分だけは傍に居てあげねばならないと、思い至ったのだろう。
 そんなこと在るはずがないのに。星穹やヴェルグリーズが空達を必要としないなんてありえない。
「とにかく、二人を追いかけよう」
「はい。本当に……手の掛かる子供達ですね」
 言いながら、星穹の顔には笑みが浮かんでいた。
 ようやく、手間を掛けさせてくれるのだ。あの『良い子』たちは。
 子供らしく、未熟な感性で、大人を振り回す。そんな尊い時間が訪れるなんて思ってもみなかった。
 聞き分けのいい完成された精霊(こども)ではない。
 自分の感情や考えで動き行動する子供に、あの子達は変化している。
 ただ、力を失っただけではない。めざましい成長の過程が、目の前で起っている。
 人の子と同等となった彼らの寄る辺はヴェルグリーズと星穹なのだ。
 二人は子供達の向かった先へ掛けて行く。

 燈堂家の中庭を抜けて、西棟の角へ走った所で、心結が足を絡ませた。
「ひゃ、ぅ!」
 どさりと転んだ拍子に膝をすりむき血が出てくる。
「心結、大丈夫か?」
「うん……すぐ直せるから」
 膝に手を当てた心結は傷口に魔力を込めた。
「あれ? 治らない? どうして?」
 いつもならこんなかすり傷なんて直ぐに治せるのに。
 込められる魔力も少なくて。傷は一向に塞がらなかった。
「う、う……もう、要らない子? 心結は要らない子? 役に立たないのに、必要じゃないのに」
「心結」
 そんなことないと、空だって言いたかった。
 けれど、空自身もそれを否定出来ないでいたのだ。
 両親にとって要らない子。そんなの、嫌だと叫びたかった。
 心結の泣き顔につられて空の目にも涙が浮かぶ。
「うー……」
 心結を抱きしめながら、空もぽろぽろと涙を零した。

「ふえぇぇえ……ぇええっん!」
「うううう」
 二人の泣き声が聞こえる方へ、星穹とヴェルグリーズは顔を上げる。
 膝をすりむいている心結と、其れを抱える空が、子供みたいに泣いていた。
「空! 心結!」
「どうしたんだい?」
 慌てて駆けつけた星穹とヴェルグリーズは顔をくしゃくしゃにして泣いている子供達を見つめる。
「きず、なおら……くて、いらない、子? 心結、いらない子、でしょ?」
「心結は、悪くないっ、から……っく、うううう」
 幼子のように泣きじゃくる空と心結をそれぞれ抱きかかえ、近くの長椅子に腰掛ける二人。
 星穹の膝の上には心結が、ヴェルグリーズの膝の上には空が抱えられていた。
 こうして感情を露わにしてくれる子供達の、なんと尊いことか。
 星穹は心結をぎゅうと抱きしめる。
「膝をすりむいたのですか? 痛みますか?」
「ちょっと、……ひっく、いたいのっ」
「じゃあ大丈夫。あとで水で洗い流しましょう。すぐにかさぶたが出来て、一週間もすれば治りますよ」
 精霊である心結は、人間よりも傷付きにくく傷の治りも早い。治癒魔法で直ぐに治せてしまう。
 ――以前まではそうだった。
 そうして生まれて来たのだから、それが当たり前で。
 出来なくなったのならば自信を喪失するのも無理は無かった。
「心結も俺も、もう力が無いって……役に立たないって」
「空……」
 ヴェルグリーズも空を離すまいと強く抱きしめる。人肌の温かさは、心を落ち着かせるものだから。
「力が無くなってしまっても、全然構わないんだよ。役に立つ、立たないは関係無い。俺達はね、二人の親なんだよ。空と心結が生きていてくれるだけで、嬉しいものなんだ」
 空はヴェルグリーズの顔をじっと見つめる。
 いつも通りの優しい顔。隣の星穹も包み込むような笑顔を向けてくれていた。
「本当に……? いらない子じゃない?」
 心結の問いに星穹は小さな身体を抱きしめる。
「すごく要ります。だってこんなに可愛いんですよ?
 泣いた顔も怒った顔も、寝顔も楽しそうな笑顔も全部、全部見たいんです」
 無償の愛というものは、星穹にとってもヴェルグリーズにとっても実感できないものだ。
 自分が与えられていたのか、それを客観的に判断するのは難しい。
 難しいからこそ。空と心結には『幸せ』になってほしい。
 自分達の与える愛は、もしかしたら歪なのかもしれない。けれど、幸せになってほしいと願う心は本物であると自信を持っていえるから。
「二人とも、愛していますよ」
 星穹は心結と空の額にキスを落す。親愛の印。
 少し恥ずかしいけれど、愛情を感じられて空は浮かんだ涙をごしごしと拭いた。
「さあ、一緒に帰ろうか。俺達の家に」
「うん! かえろ! お父さん、お母さん、お兄ちゃん!」
 一番泣きじゃくっていた心結が吹っ切れたように、とびきりの笑顔で立ち上がる。

 ――――
 ――

「わあ! もうこんな時間!」
 慌ただしく洗面所から出て来た心結は髪を二つ括りにしていた。
 希望ヶ浜学園の制服に身を包み、リビングと自分の部屋を忙しなく行き来する。
 一方の空はマイペースに自分の朝の支度を追えていた。
 スクールバッグに忘れ物は無いかと最終確認をしているようだ。
 一足先に玄関へと歩いていく空を、心結は涙目になりながら追いかける。
「待ってよお、お兄ちゃん!」
「うん。大丈夫。待ってるよ」
 靴を履いて待ってくれている優しい兄に心結は嬉しそうに飛び乗った。
「お兄ちゃん優しい! 大好き!」
「分かったから早くしないと、授業遅れるから。ランドセル持った? 教科書は全部入ってる? 体操服は今日たいいく無いんだっけ? なら大丈夫かな。あ、リコーダーは?」
 それら全ては心結が実際に忘れていったものである。
「もー、お兄ちゃん。大丈夫だから! お兄ちゃんはカホゴね?」
「忘れたら困るのは心結だろ。あと、校内で飛びついてくるのは止めて。恥ずかしいから」
「恥ずかしい? 何で? お家ではいつもぎゅうってしてくれるのに? もしかして、お兄ちゃん心結のこと嫌いになちゃったの?」
 空が心結のことを嫌いになどなる筈も無い。されど、人間社会において――こと学校という閉鎖空間において妹とのスキンシップは好奇の対象となる。集団行動を是とする社会構造は時に異端を排斥しようとするものだからだ。自分がその対象になるのならば耐えればいいだけだが、妹がそんな脅威に晒されるのは避けたいというのが空の考えだ。
 精霊であった時には一欠片も考えなかったことだ。
 人間になるということは、精霊であった時よりも生きにくいのかもしれない。
「心結を嫌いになんてならないよ。でも、学校じゃそれが当たり前じゃない人も居るんだ。自分の当たり前が壊されるのは心結も怖いだろう?」
 力を失った自分達は、その恐怖を知っている。
「分かったわ。その代わり、お家ではいつも通りでいい? お父さんもお母さんもお兄ちゃんも心結の大切な人だから」
「うん、大丈夫だよ。さあ、そろそろ行こうか」
 立ち上がった空は心結の頭を優しく撫でる。

「お母さーん! 行ってきまーす!」
「行ってきます」
 元気な声が朝日に響く。希望ヶ浜学園に通い出した心結と空は毎日楽しげであった。
「はい、いってらっしゃい」
 マンションの下で灰斗と合流して通学路へと向かう二人を廊下から見送る星穹。
 子供の成長というものが、こんなに尊いものだとは思わなかった。
 隣へとやってきたヴェルグリーズと共に、星穹は柔らかな笑みを零した。
「二人が元気になって良かったですね」
「ああ、そうだね。空と心結は俺達の『たからもの』だからね。
 そういえば、週末に燈堂へ行こうと思うんだ。廻殿が回復したみたいだから、お祝いも兼ねてね」
「いいですね。二人も連れて行きましょう」

 ――――
 ――

「ふふ、相変わらず燈堂は賑やかだね」
 持ち込んだ日本酒を暁月に酌みながら、ヴェルグリーズは笑みを零す。
 この戻ってきた『日常』が、何よりの祝いだと感じる星穹。
「暁月殿は、左腕の調子はどうだい? 明煌殿から貰ったんだろう?」
「ああ、この通り問題無く動くよ」
 腕を捲って見せた暁月はぺちぺちと左腕を叩いた。
「もう無茶はしてはいけないよ。暁月殿も廻殿も、本当に無茶をしてしまうから」
「うん……分かってるよ。前みたいな無茶はしないさ。明煌さんにも廻にも怒られてしまうからね」
 暁月の右目と左腕は明煌から貰ったものだ。それを粗末に扱うことは、明煌への裏切りでもある。
「そういえば、無限廻廊が無くなったということは当主もいなくなるのですか?」
 星穹は日本酒を飲みながら暁月へと尋ねた。
「無限廻廊は無くなったけれど、祓い屋としての仕事はあるからね。今まで通り当主を続けるよ。まあ、多少家を空けても大丈夫にはなったから……明煌さんと廻を連れて世界を旅してもいいかな。私はこの目で世界を見るのが夢だったんだ」
 それは燈堂の当主として役目に縛られてきた暁月の儚い願いだったのだろう。
 決して叶わないと思ってた夢。
「いいですね。何処へ行きたいのですか?」
「幻想の貴族のお屋敷、、鉄帝のラド・バウ、深緑のファルカウの中、天義の大聖堂、ラサのマーケット、豊穣の景色も見てみたいし、海洋ももう一度訪れたいね」
「全部回るのは大変そうだね」
 くすりと微笑んだヴェルグリーズに暁月も「そうだね」と笑みを零す。
「どれだけ時間が掛かっても構わない。自分の目で見てみたいんだ。これからは」
 役目など関係無く。自由に羽ばたいていける。
 子供みたいに目を輝かせる暁月は珍しいとヴェルグリーズは驚いた。
 暁月を縛っていた鎖はもう無くなって、ただ一人の男として歩いていくのだろう。
 ヴェルグリーズと星穹はそれを心から応援したいと願う。

 終わりなど、きっと何処にも無くて。
 ただ、優しい光がこれからも続いて行くのだろう。
 ヴェルグリーズと星穹が空と心結を見守るように。
 長く、長くその灯火は輝き続けるのだ。

 ヴェルグリーズは揺らめく酒を見つめながら、幸せが胸に広がるのを感じた。


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