PandoraPartyProject

SS詳細

遅咲きの花

登場人物一覧

リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

 愛おしい人であること。それは二人にとっての大きな変化であった。
 傍で過ごし、共にあること。それは二人にとっての日常で有り、当たり前である。何の変化もない事項だ。
 共に過ごすことが当たり前であるリュティスにとって、ベネディクトとの関係性の変化は大きなものであっても、それ程変わりなく感じられたのだ。
 例えば、恋情に基づいた行動を行なうかと言われればそれはノーだ。リュティスの心の機微にいち早く接する機会の多かったベネディクトは淑女をダンスホールにエスコートするように恭しくその手を差し伸べてくれるのだ。
 故に、彼との関係性は亀の歩みとも呼べるだろうか。それこそ、散策に出掛けた牛が長閑な川辺で佇んでいるようなおっとりとした時間である。
 そんなことを考えたのは今まさに、リュティスの目の前で牛が佇んでいたからだ。のっそりとした牛を連れた青年はベネディクトが領主を代行していた領地に棲まう者だ。
 この終焉の気配の濃くなった時勢であれど日々の営みを欠かすわけには行くまい。リュティスとてこんな所で牛をまじまじと眺めて居たのは理由があった。
 屋敷に必要な品々の買い出しに出て、偶然牛を連れた青年に声を掛けられたのだ。領主様は元気か、と。従者である事を知られているからだ。
「最近はお変わりはありませんか? なんか世界的にも変な事が起こってますし」
「そうですね。領民の皆様もお困り事があればお申し付け下さい。ご主人様に持ち帰らせて頂きます」
「ありがとう。領主様の従者様は何時も細やかな気遣いで嬉しいよ」
 従者様と呼ばれるようになったのはリュティスがそう振る舞っているからだ。本来ならばイレギュラーズのリュティスとして知られているべきなのだが、従者とは影に立つ存在だというリュティスの考えを敢て採用した形で領主様の従者様と呼ばれることになったのだ。
 その立場で呼ばれることはリュティスにとっても喜ばしい。自らは主人の手脚である。故に、彼の功績となるべきだからだ。
 心を弾ませ帰還するが、表情には出さないまま。リュティスは「只今帰りました」と主人に声を掛けた。
「おかえり。リュティス、何か良い事があったのか?」
 わんわんと足下に駆け寄ってくるポメ太郎の頭を撫でればベネディクトは優しくそう言った。リュティスは僅かに瞬いてから顔を上げる。
 目の前に座っていた主人は何をそう思ったのだろうか。「顔を見て分かった」なんて、表情筋が些か弱々しいという自認はしていたのだけれど。
「俺がリュティスの表情を分からないと?」
「いいえ。ですが、驚きました」
「……リュティスに嬉しい事があったのならば、俺も嬉しいよ。どうかしたのか聞いても?」
「従者様、と呼ばれました。ご主人様のお役に立てているのだな、と思っただけです」
 ふと、リュティスは「そうか」と嬉しそうにはにかんだその人を見た。彼が向けてくれた恋情に応えるまで時間が掛かってしまったけれど、その蕾は大きくなる。
 彼が自分のことで笑ってくれると本当に嬉しくなるのだ。まるで、硝子細工を優しく抱え上げるように丁寧に丁寧に声を掛けてくれるその人が向けてくれる恋情に応えることが出来たのは本当に最近のことなのだ。
 その感情に喜びを感じられるようになったのはリュティスにとって大きな変化だ。それでも、直ぐに全てが様変わりするわけでは無い事をベネディクトもよく理解してくれている。
 甘ったるい言葉を投げることはなく、性急に何か変化を求めるわけではない。何故か頭の中にはのんびりとした牛ばかりが浮かんでいた。
「……ふふ」
「どうかしたのか?」
「先程、そう声を掛けて下さった方が、牛を連れていたのです。あののんびりとした歩みが、何故か頭から離れなくって」
「その領民は東の村の者かな。几帳面な性格だったと記憶しているよ。彼の牛は本当におっとりとしていたから、皆に可愛がられている」
「はい。可愛らしい牛でした」
 何気ない日常の話をしながら、リュティスは楽しげに笑うベネディクトの表情を見ていた。
 当たり前の様に、ただとりとめも無い話をしているだけで愛おしいと思えるのだ。蕾はどんどん膨れて行く。まるで、花開くのを待つように。
「リュティス?」
「……のんびりとしていて、良いな、と思いまして」
「ああ、そうだな」
 牛の話だと勘違いしている主人に「牛の話ではないですよ」と告げれば、彼はぱちくりと瞬いた。けれど、これは鳥渡した意地悪なのだ。
 主人と従者の関係性ではしなかったそんな些細なイタズラも、二人の関係性に訪れた変化なのだから。
「……何の話なんだ?」
「秘密です」
「これは手強いな」
 足下でくるくると回るポメ太郎を撫でながら彼は可笑しそうに笑った。

 まだ、言葉にはし辛いけれど。確かに芽生えたこの愛情を胸に抱いて、のんびりと進んで行こう。
 いつか花開いたならば、心からあなたに好きだと伝えられるように。


PAGETOPPAGEBOTTOM