PandoraPartyProject

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キセキなんて起こせやしない

登場人物一覧

黄龍(p3n000192)
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮

「ねえ、黄龍」
 呼び掛ければ縁側に座っていた彼は――そう、珍しく男神としての姿をとっていた彼は――「どうかしたか」と振り返った。
 射干玉の髪は僅かに紫苑の気配を宿し、より竜の気配を濃くその身に宿す青年の金色の眸がぎょろりと揺らぐ。
 一度だけ彼に「女の人の姿をとるのはどうして?」と問うたことがあった。賀澄を揶揄っていると言ったが嘘だ。
 本来的には彼は男神であり、神霊としての姿を形取るならば男性である方がよりその力を発揮しやすいのだという。つまり、敢て自身を人と同じ場所に降ろす為に娘御の姿であったという訳である。
「今日はその……男の姿なんだね?」
「うむ。試したいことがあってのう。シキ、シキ、ほうら、こっちへ」
 呼び掛けられてからシキはそろそろと黄龍の側に寄った。畝傍薄雪の外見をしていたであったならば、それ程目線の高さも変わりなかったが、今の男としての姿ではの方が随分と大きく見える。
「黄龍?」
「ほれ」
 脇の下に手を入れてひょいと抱えられたからにはシキはぱちくりと瞬いた。「わ、わ、何!?」と声を荒げたのはまるで幼子にするような仕草であったからだ。
 黄龍は其の儘自身の膝にシキを降ろし向かい合うように座らせる。シキのかんばせに触れてから痛々しげに眉を顰めるのだ。
「……よもや黙り通そうとするとは。吾も侮られたようだの」
「え、ええと……?」
「シキ。吾も知っておるさ。御主は宝玉の眸を有する世界から招かれし者であることなどの。
 水宝玉アクアマリンの眸はきらりと美しく、豊穣にもたらされた瑞兆の空の如き気配であったから、吾はその眸を好いている」
「有り難う」
「だが、それとこれとはちぃと違うでな。シキ。分かるか。吾は少しばかり怒って居るのだ。
 人の子の命は余りにちっぽけだ。吾はの、人の子に恋情を抱けるほどに精神も幼いわかくはない。だが、愛情は抱ける。
 吾がシキに懐いて居るのは子に対する愛おしさ。……いいや、狡い言い方ではあるなあ。吾ら神霊は自らの所有物と認めた者を愛するのだ」
「……うん、黄龍のことが私も好きさ」
 にこりと笑ったシキに黄龍が嘆息した。応えは屹度間違っちゃ居ない。けれど、を傷付けたことは分かって居る。
 神霊は簡単に他者に恋情を抱かない。若い神性ならばいざ知らず瑞神や黄龍になればその精神は旧く、老成しきったとも言えよう。
 故に、黄龍が向けてくれる感情に恋情が孕まず、よこしまさのひとつも寄越さないことが心地良い。
 シキとて黄龍には恋情を抱いているわけではない。これは親子の情にも似た、親愛だ。信頼関係の上で成り立った最も純粋な愛情とも呼べようか。
 彼がシキの背に手を回した。その肩口に額を預けるようにと促されてからシキは息を吐き出す。
「……やっぱり、島で気付いた?」
「そうじゃなあ」
「それで、私が怖がってないかなって、こうやって抱き締めてくれたんだ?」
「吾はシキの止まり木。シキの恐れる事も汲み取らねばどの様にしてその立場を誇示できようか。
 瑞神ならば、幼子の姿で御主を抱き締め、愛おしさを伝えただろうが。吾にはそれは難しい。勿論、幼子の姿はとれるが……のう?」
「ふふ、そうだね。黄龍はいつだって私を包み込んでくれる。だから、これでいい」
 擦り寄ればそうじゃろうと満足そうに神霊は笑った。シキは目を伏せる。きっと、黄龍は怒っていたのだ。
 21歳の時だった。貴石の民にとって特有の病であるに罹患していることが判明したのが。
 それは肉体が宝石と化し、徐々に全身へと居たる病だ。戦に対しての驚異的な戦闘能力に対する対価であり、宝石に愛された証ではあるが――酷く、恐ろしいものだった。
 命を掛けた時に劇的に進行するそれは幾度となくその気配を宿した。黄龍の目の前で、となるのはシキだって予想外ではあったが。
「吾にはどうすることもできまいて」
「……ふふ、それで、黄龍は怒っていたの?」
「無論、そうじゃろう。肉体が宝石に変化してゆく愛し子を眺めるだけ等、何故神霊と呼べようか」
「けれど、私はただで死ぬつもりなんて無かったよ。私が愛する者を全て抱き締めたくって始めたこと。
 宝石だって、私に応えてくれただけなんだ。だからね――」
 何も後悔なんてしていないのだとシキが告げれば黄龍は眉を顰めてから首を振った。その様な言葉が欲しいのではないとでも、言うかのように。
 シキは腕の中で「ごめんね」と囁いた。背を撫でてくれる掌が心地良い。まるで母の腕に抱かれているかのような温もりだ。
「シキ」
 黄龍の掌はそっとシキのかんばせに触れた。頬を撫でられる。かあと顔が赤らんでから「照れてしまうね」とシキは小さく笑った。
「頬にまで、この細い肩にまで宝石は至るのだ。
 吾はのう、悔しくて堪らんよ。御主のその肉体の病は吾がどうにかできるものではなかろうよ。豊穣結界の内部に居さえすれば少しずつにでも進行は遅らせられようが……」
「ようが……?」
「御主はこの場所に留まっていられる鳥ではあるまいよ」
「あはは」
 シキは可笑しくなって吹き出した。ああ、そうだろう。自分の性格を鑑みれば良く分かる。
 シキは何時だって様々な場所に飛んで行けるのだ。だからこそ黄龍は自らが止まり木であると称する。神霊になれば鳥籠の鍵を閉じてしまうことも出来るだろうがはそうしない。
 自らは永き時を生きる神霊だ。人の子の一生にまで口出しはしないのだろう。だからこそ、これは――
(そっか。黄龍は私を心配してくれているから……)
 ゆっくりと身を離してから「大丈夫だよ」とシキは笑いかけた。
「本当に大丈夫」
「信用ならんなあ」
「そういう事を言う」
 シキが覗き込めば黄龍の金色の瞳は細められて「御主は、何時か、飛び立って帰って来ぬかもしれんとずっと思って居るよ」とそう囁いた。
「どうして? 私はちゃんと黄龍の所に――」
 はた、とシキは言葉を切った。
「どうだかな。ひらひらと舞う花びらというのは掴めぬものよ。同様に海鳥は長き時を行き、時に羽根を下ろした場所から飛び立つことをしなくなることもある。
 御主にとっての止まり木が他にも出来てしまえば、屹度、吾の元には来ぬだろうとなあ。そう思って居った」
 黄龍はそう言ってから、シキを膝からひょいと降ろし、自らの膝をぽん、ぽんと叩いた。
「さて、男の身形では硬いかも知れぬが、疲れを癒すと良い。吾もシキの止まり木であるからなあ」
「もう、そんなに疲れてないよ。でも、ありがとう。黄龍」
 ごろりと転がってみせれば、ああ、神霊の言う通りその膝は硬い。薄雪の姿をした美しい娘であれば柔い部分も多いが、そうとも行かぬか。
「心配してくれてるんだ」
「吾も賀澄に加護を与える身。賀澄が戦いにその身を投じるとならば、吾も共に行こうもの。
 じゃがなあ、シキ。御主の傍にずっと居る事は叶わぬ。故にな、その顔をよぉく見せておくれ。吾の愛しい子」
 擽ったい声音が降る。シキは「ふふ」と小さく笑ってからその温もりに甘えて目を閉じた。
「眠れ、可愛い子」
「まるでお母さんみたいだね、黄龍」
 くすくすと笑う声音は擽ったい。
 ――そうなんて起こせやしない。
 神霊であったって、彼女のこれ以上の病の進行を留めることはできやしない。
 ならば、せめてこの傍で過ごそう。彼女にとっての止まり木であるように。彼女にとっての、帰り着く場所であるために。


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