PandoraPartyProject

SS詳細

熱く重なり合って、蕩けあって

登場人物一覧

メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

「パンケーキーやけたーよー」
 暖炉の火が揺れている。液体燃料を燃やす練達式の暖房器具はごうごうと青白い炎を揺らしながら温かい風を書斎の隅々へと広げていく。サイズは羽根ペンを片手にただその炎をじっと見つめていた。
 特に直接的な原因があったわけではない、眼の前の紙に書く言葉に困ったわけでもない。ただ幻想を覆い尽くす冬の気配にメランコリックな感情に満たされ、意識を手放してしまったというべきか。混沌が揺れ動くその鉄格子の中に一度意識が集まれば、ただ虚ろな瞳で炎の行方をただ消えるまで追い続けるだけ。
 鼻をかすめる心地よい香りと、物陰にも気づかずに。
「サイズー?」
「ひゃ!?」
 背中から響いた高い声に思わず椅子に座ったまま背筋を伸ばして固まってしまうサイズ。あまりにも滑稽だったのか、エプロン姿の彼女――メープルはクスクスと手を口に当て笑いを堪えていた。
「食事に呼びに来てくれたんだな……すまない、気づかなかった、メープル」
「別にいーしー? 何かに集中してると思ってたから呼びに来たんだし?」
 背丈の高いサイズが――といっても妖精の中ではだが――そのまま椅子から反り返る様にメープルに体をあずけると髪が彼女の顔に擦れ、メープルは少しくすぐったそうに目を細めながら前かがみになりサイズの前に身を乗り出した。メープルの整えられた長い髪と自慢の綺麗な橙色の蝶の翅が朦朧とした意識の中では輝いて見えた。
「ああ。ちょっと執政官に手紙を書いてて……」
「なるほどなるほど……」
 メープルはサイズの前に積まれた紙の一枚に目を落とし、大凡何をしていたか見当を付けていた。2年前なら『なにこれ?』とノータイムで聞き返していただろうに。
「避難所の増設、物資の分割、最近の異常現象を思えば固めるわけにも行かないから分散――と、世界中《あなぼこ》まみれな時も領地おうちの心配なんてキミは相変わらずだな。肝心の場所は書いてないみたいだけど」
「……地理に詳しいわけじゃないから、浮かばなくて」
 放心していたと言うのも小っ恥ずかしく誤魔化したサイズにメープルはふぅんと目を細める。見透かされた笑みなのか、得意げなのかはサイズには良く区別がつかなかった。
「ふふん、キミの眼の前にいるのは600年か700年以上は妖精郷で過ごしてるやつだぜ? 私に任せとけよ、どーせみんな位置や方角で言ってもわかんないしね」
「ありがとう……頼りにしてる」
「もっと頼りにしていーよ?」
 後ろから得意げに抱きしめるメープルに、サイズは小さな声でお礼を言う。何故か彼女の甘い香りに思わず唾を飲み込んでしまったが気づかれなかっただろうか、ちょっと気まずそうに目線を動かそうともメープルの表情は読み取れずサイズは悶々と感情をこじらせていくのであった。

 サイズもメープルも冬は苦手だ、だから、何もない日は家でゆっくり過ごす様にしていた。
 メープルシロップがたっぷりとかけられたパンケーキを切り分け、サイズは大きな一切れを頬張る。ひどく染み込んでいて、とても甘い。
「疲れた時には甘いのがよーく効くだろ? ふふ!」
「ああ、とっても美味しいよメープル、ありがとう」
 人は簡単には変わらない、特に長命種ともなれば死ぬまで不動であることがほとんどだろう。だけど最近のメープルはどうだろう。こうやって食事はもちろん事務の方まで付き合う事が増えてきた……流石に木の精らしく鍛冶仕事だけは1ミリも理解できないようだが。
「最初は何度も翅を焦がしてたのにな……?」
「もう、そんな事は忘れていいの!」
 思わず二人とも笑いを零して、温かい時間を過ごす。外の寒く厳しい冬の魔の手を少しも思い出さないように。
「ごちそうさま、メープル」
「まだ1個あるよ、ほら、あーん」
 手を合わせたサイズにフォークを向け、自分の皿に残っていた最後の一切れを咥えさせるメープル。思わず食いついたサイズの面白さにお互い目を細めて笑い合う。ああ、いじらしい。少なくともこの妖精夫婦に倦怠期というのはないのだろう。
 朝には寝坊助なメープルにおはようのキス、昼も夕方も仕事の合間に遊んではしゃいで。二人ないしは三人で仲良く過ごして、そして夜は寂しい気持ちを慰める様に一緒に眠る。
 そして、時には。

「サイズ、もう寒いし明日にして寝よ?」
「ああ……」
 身支度を済ませたらメープルにおやすみのキスをしてあげる。舌を絡めて来たらそういう日だけれど冬に彼女がサイズを求める事はほとんどない。メープルは秋の妖精だから、力が一番弱まる冬は本当に大事な日くらいだろう。
 なんだか……サイズは急にそれが許せなくなる……そんな日だった。
「サひっ……!?」
 近づいたメープルの身体を強く抱き寄せその手首を掴みながら舌を絡める。吐息と吐息が混ざり世界が歪んでいく――
「き、キミからなんて……どうしたんだい……?」
「ごめん、メープル……寂しいんだ……」
 寂しさや虚しさが限界を超えるとサイズの中で色欲が湧き上がる、メープルに植え付けられた男性欲サテュロス、今では自身の色欲が、抑えきれない。
「う、うぅ……でも……今は冬だぜ、魔力が……」
「ニンフのメープルじゃなくて、このままがいいんだ……」
「……あう」
 メープルの身体を抱き寄せて、そのほのかな香を嗅ぎながら胸元に頭を擦り付ける。彼女は、メープルは我慢ができなくなれば肉体が変化してしまう体質なのだ。自分と結婚したい、子を産み育てたいとニンフへの変化を望んだ結果の、豊満な身体。それではなく、そのままのメープルを愛したいと囁く。
「まだ、二人きりなんだから……いいだろ?」
「あっちの体は……私も恥ずかしいから……べ、別にいいけど……」
 急な求愛に目を逸らしもじもじと顔を赤らめるメープルのそんな顔すらサイズは焦ったく感じてしまう。完全に思考がサテュロスの方へと切り替わってしまったのを実感しているが、もう止まれない……。
「手前だよ、サイズ、最後の手前……受け止めたら壊れちゃうし、血は流せないから」
「わかってる」
「変身封じる道具もダメだよ……も、もうキミのプレゼント持てないし……」
「ニンフにならないなら、いい」
「ならないよぉ、なったら今日のキミまじでいくとこまでいきそうだし……にゃう」
 首筋へ求められれば、恥ずかしいのを隠す様に今度はメープルから唇で重なり合って愛を確かめ合う。爛れてると笑うなら笑えばいい。お姫様の様に抱きしめて部屋に連れ込んだっていいじゃないか、夫婦なんだから。ベッドに押し倒しちゃってもいいじゃないか。お互い愛してるんだから。
「でも、次は私の好きにさせてもらうからね、約束だよ」

 お互いの服越しに、メープルのぬくもりが伝わってくる。温かい、すべてを包み込む大地の様に。抱きしめたい、このままずっと。
「サイズ、もうドリアードの蜜も要らないね、キミは始めから素直になっちゃった」
 重なる唇、重なる吐息、繁殖期ニンフではないメープルの体に男を狂わせる色香はない。だが、火が付いた獣と化したサイズはそんなものが無くても、もう自身のリビドーを抑える事が出来なかった。
 愛する妻の衣服を剥がし、所有物と言わんばかりに鎖を巻き付け拘束する。離したくない、離れたくない、離さない。


「鎖といい霊体といい、キミたちは本当に自分の一部を巻きつけるのが好きだね」
「……だって、いつでも吸えるようにしないと秋の魔力が昂っちゃうかもしれないから」
「あはは、吸血鬼かサキュバスみたいな言い方だ、キミはサテュロスだろ……」
 意地悪くからかいながらも声が緊張で上ずる少女を、ぎゅっと引き寄せて――サイズは勢いのままに、ベッドへと押し倒した。何度も何度も、唇を奪って、彼女の体温をすべて奪って、独占するように。
「ああ、妬いちゃって――キミのそんなワガママな所も、私は大好きなんだ――」


「……ああ……」
 何度彼女に思いの丈をぶつけただろう、何度彼女の甘い囁きに身も心も委ねてしまったのだろう。初めの頃は理性も意識も白く飛んでしまっていたのに。今では自分の意志で自身の中の獣性サテュロスに身を委ね、愛する人の小さく幼い身体を己の色に穢してしまう。約束通り血は、流さなかった。
 メープルは酷く息を荒げ疲れ切っている様であった、綺麗なダークカラーのメープルシロップ色の髪を広げながら。サイズを満足させるだけの知識はあれど、愛し合うためのニンフの肉体を晒さず非力なフェアリーの姿で一夜を過ごしたのだから。底無しの色欲を満たす、愛する人を自分のものにする罪悪感すら心地よい。
 メープルの身体に身を預け、彼女の荒い息や鼓動を聞きながらサイズは窓枠に揺れるカーテンを虚な目で見つめる。日の光が差せば2人は元通りいつもの生活に戻っていく。どんなに熱中していても朝になればニンフとサテュロスはもう終わり、元の妖精に戻る、そう決めているのだ。
 けれど。
「この、絶倫鎌エロサイズ
 愛憎入り交じった様な悪態が、今の彼女に吐き出せる精一杯の声だったのだろう。寒気に揺らいでいたカーテンが、不自然な様に窓枠に張り付き外の景色を完全に遮断する。違和感に目を凝らした瞬間――ぎゅっ、とメープルにサイズの頭は抱き締められた。暖かいメープルのぬくもりを感じながら今にも閉じそうな瞳と瞳が合えば、メープルが微笑んでいることに気がついた。
「日の光も今のキミを止められやしない、そうだろ?」
 半分は愛を確かめ合った幸福感に、もう半分は愛する夫が色欲に堕ちていく背徳感に。ああ、身体は幼いままだけれどそのメープル色の瞳だけは酷く淫靡に見えた。快楽で絡め取り、愛するものを狂わせてしまうと言うニンフの瞳。辛い現実を全て忘れさせ快楽に沈めようとする本能、その瞳にサイズは少し怯えてしまいながらもほんの少しだけそれも悪く無いと、そう心の奥底で呟いてしまうのであった。


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