PandoraPartyProject

SS詳細

しじまに想へば

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

 再現性東京は人工的に四季を作り出す。降る雪とてそうあるべしと作られたものなのだ。この箱庭は幼子と過ごすに適した場所だ。
 深々と降る雪の気配に子供たちは思う存分にはしゃぎ回った。子供部屋で寝息を立てる空と心結は寄り添うようにして暖を取っていた。リビングで転寝をしだした心結を抱き上げたとき、そのぬくもりと重みがヴェルグリーズには心地よく感じられたのだ。
「おやすみ」と囁いてから扉を閉める。忍び足でその場を後にすれば「お疲れ様です」と笑う星穹が待っていた。
「眠りましたか、ヴェルグリーズ」
「うん。ぐっすり」
 日中はと言えば、雪で遊びたいと慌てた様に飛び出していく心結を食い止めて防寒具を着せ、笑いながら駆けて行く空に「危なくないように」と言い付けた。兄の背を追いかけていく心結はその真似ばかりするためハラハラと心の落ち着く隙が無かったのだ。
 眠ってくれたならば漸く一息付ける。かと言っても子供はまだまだ夜更けに起きてくる可能性もあるのだから、慎重に過ごさねばならないか。キッチンへと向かうヴェルグリーズの背を見詰めていた星穹は彼が手にして戻って来たホットチョコレートに「甘い香りですね」と微笑んで見せた。
「折角だからね。甘い物は疲れをとるだろうし」
「ありがとうございます。ほっとする香りです」
 マグカップを受け取ってから、その温かさに息を吹きかける。立ち上って行く湯気を見て心結が「どうして白い煙があがっていくの」と問うたことを思い出し星穹は小さく笑った。
「また、子ども達の事を考えた?」
「……ええ。私では想像も付かないことばかり言うのですもの。面白くなってしまって」
「はは。俺も同じだよ。でもそれは義兄上もそうだったのかな?」
「兄ですか?」
 兄――と言えば天義の動乱の際に顔を合せたセナ・アリアライトか。外見こそ星穹に良く似ていたが離れて過ごした時間が長かったため、彼と兄妹であると言う実感が湧き上がることはない。
 だが、彼は確かに血の繋がった存在であり現存する唯一の肉親とも言えようか。アリアライト家を継ぎ、星穹やヴェルグリーズをバックアップしたいと朗らかに――いや、実は泥酔し泣きながらであったが思い出は美しくしていよう――告げて居たのだ。
「どう、でしょう。あまり覚えては居ません」
「きっと、今日の空と心結のように過ごしていたんだろうな、と思ったんだ。
 義兄上の背中を追掛けて星穹は走ったんだろうね。『お兄ちゃん、待って』って彼の真似をしただろう。すると、彼は妹が危なくないように駆け寄ってくるんだ。
 そんな光景が目に浮かぶようだった。もしかするとそうであったら嬉しいな、という勝手な想像かも知れないけれど」
「……いいえ、きっとそう」
 覚えて等居ないけれど。朧気に浮かび上がった兄は随分と世話焼きであったような気がする。年が離れていたこともあったのだろうが、とても愛されていたと思う。
 それは再会した兄の愛おしそうな視線に。セラスチュームと呼ぶ声の柔らかさからも分かったことだ。彼がヴェルグリーズに対してどこか緊張していたのだって、最愛の妹が配偶者パートナーを連れてやってきたのだから当たり前のことだったのだろう。
「兄は随分と臆病な人でしたけれど、だからこそ優しかった筈です。ヴェルグリーズだってそう思ったでしょう?」
「ああ。義兄上はさぞや苦労しただろうね」
「今は私の方が苦労しているのに」
 酒を浴びるように飲んで号泣していた兄を思い出してから星穹は「子供達は驚いていましたものね」と笑った。彼を宿泊先に連れて帰った時、子供達はその顔を覗き込んで「おじさん?」と呼んでいた。
 端と起きた時、酒でぼんやりとする頭で二人の幼子を見て泣き出した事が思い出される。まるで幼少期の自分たちのようだとセナは空と心結を抱き締めたのだ。
 勿論、酔っ払っての行いである。翌朝、謝罪と共に菓子折を慌てて用意した彼に「今度は一緒に遊んでね」と約束をした子供達はそんな愉快な兄を気に入ったのだろうか。
「……本当に、私の方が苦労しているのに」
 ああ、けれど悪くはない――
 叔父さんと呼ばれた時に彼が見せた嬉しそうな笑みも。セラスチュームと朗らかに呼び掛ける声も。幼き日を取り戻すように、甘やかし頭を撫でる掌も。
 悪くはないのだけれど。子供扱いで困ってしまう。
「それでいいんだよ。君にまた一人大切な人が増えてしまった」
「……あら、大切な人の一人がそんなことを言う」
 くすりと笑ってから星穹はヴェルグリーズの唇についていたチョコレートを指先で拭い去った。甘ったるくて、心地良い香りが纏わり付いた指先を舌で掬う。
「美味しい」と笑えば彼は「よかった」と囁く。ぎしりと音を立て身を寄せればそっと頭を撫でてくれるのだ。
「もっと増えていくよ」
 これから大切なものは幾つだって。そう囁く声音に星穹は「ええ、きっと」と呟いてから目を伏せた。


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