PandoraPartyProject

SS詳細

キミの紅葉、ニンフとサテュロス

登場人物一覧

メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

 秋、草木が大地に還り、実りもたらされる季節。
 夏の晩期も過ぎ去り、少し冷たい風が山々を紅に色づかせる季節の中――サイズは星空に舞う紅葉を見ることはない。
 熱い吐息と共に逃がさないと首や頭に巻きつけられる手に応えるようにサイズは目の前の少女を抱きよせ、唇を重ねる。白いシーツの上、彼女が肌身離さず身に着けるモミジの髪飾りがその抱き寄せる勢いで揺れる様を、その目に焼き付けながら。
「サイズ……」
 秋の妖精メープルはその名の通り、一年に一度秋の時期に力を増す。肥えた大地のエネルギーが大地の精霊種でもある彼女にも還元されやすいのだろう。小さな妖精レベル1の体ではいつ暴走してもおかしくない、だから彼女は内側から肉体を釣り合うように作り変えるようにした。
 ただし――彼女の深層に秘めていた欲望も込みでだが。
「苦しいんだろ、楽になりなよ」
「っ……あ……」
 物欲しげなメープルに応えるように、サイズが優しく甘くその耳に唇を重ねるとメープルの小さな体は痙攣する。同時に彼女の周囲に漂っていた彼女の魔力が左手薬指の指輪を通じて流れ込み、皮膚に痣のような形で浮かび上がる。その背丈は妖精の中では一回りも二回りも大きく、華奢で妖精的な体は肉感的に……特に子を産み育てる胸部と臀部は大きめに。
 メープルの中で無自覚にふしだらと思い込んでいる豊満な体躯、それは彼女の言う異性を誘惑するみだらな妖精――ニンフそのものであった。
「耳は、ちゃんと意味調べろよ、サイズっ……」
 その熱い吐息、より強く漂うメープルシロップのような色香。涙ぐみながら震えるメープルの姿に、サイズは本来自分が持ち得ない感情の疼きを覚える。妖精の――否、愛する妻の飢えを満たしてやれという本能リビドーのままに肯定の意味を込めてメープルの口を封じる。妖精鎌としての自分でも悲恋の呪いとしての自分でもなくニンフの花婿サテュロスとして――ひとたび火がつけば満足するまで、止まることはない。
 そう、満足、するまで、満足……する……まで……


「やーっといつもの顔になってきたね、サイズ」
 ――だったはずなのに、なぜ自分は花畑に正座させられているのだろう。
 冷たい風を顔に浴びながら、サイズはぼんやりとそんなことを考えていた。
「えっと、俺は……」
「うんうん、付き合い始めたばっかの頃は記憶飛んでたよねー、今は違うでしょ……ほら、思い出す!」
 歯を見せた笑みを手で隠しながら揶揄うメープルはいつの間にか慣れ親しんだ子供の姿に戻っていた、気づけば既に空は青白く光り、朝の様相を示している。
「ニンフになってからの秋は初めてだろ、秋の魔力もピークを迎えたら自分を保てなくなるかもしれないから、妖精郷のキミのお城で――」
「ここ、妖精郷か……えっ!?」
「全部つながったって顔」
 メープルの言葉に思わず頭を振って記憶を整理してみれば、そんな流れだった気がする。家に差し込んだ寒気にメープルがめまいを覚えて、どこか人目のつかないところにと、それで。
「……サテュロスの色欲に呑まれて、か……ええと、いつくらいまででした……? あれ……覚えてない……」
「そりゃ、ずっとだねぇ、キミともあろうものが朝まで正気に戻らないとはねえ……お掃除の妖精さんが近づいてくる音で慌てて我に帰って連れてきたのさ!」
 なるほど、頭を冷やされていたというわけだ……物理的に。
「そうか、助かったよ……メープル…………見られてないよな?」
「それは大丈夫、見られるくらいなら窓からぶん投げるし」
「……窓から……そうか……」
 サイズは瞳を閉じ、軽く深呼吸をしてから花のない場所の土に手を付け立ち上がる。意識は朦朧としていたが、自我は保っている。
「大丈夫だ、もう」
「ホント―?」
 流石に無理があったか、メープルは疑わしい目でじーっとこっちを見上げてくる。その上目遣いと微かに残る色香に、サイズが微かに喉を鳴したのを見逃してくれるはずもない。
「んー、このままからかってやるのも面白そうだけど」
「勘弁してくれ……」
「そうするよ、このままじゃあキミあっち側に行って戻ってこれなくなるぜ?」
 満更でもなさそうに笑うメープルから思わず目をそらしながら、サイズは代わりに彼女の手を支えに握りしめた。冗談じゃない……こんなザマ自分自身であっても見られたくない!
「とりあえず場所を変えようかサイズ、ちょうど近くに川もあるし、さ」

 妖精郷の小川のほとり、苔むした石ころの上を心地よく水がいつまでも流れていく。
 春だけが永遠に流れるこの妖精郷の中でも珍しく秋の魔力が満ちる土地を流れるその冷たい水を、サイズは勢いよく掬って自らの顔に叩きつける。そして腰掛けるのにちょうど良い大きさの岩を見つけると、ゆっくりと水面に映る自分の顔を見続けるのであった。
「今度こそ落ち着いた?」
 ひょいと器用に空いたスペースにメープルもまた着地すると、岩に乗せていたサイズの手にそっと小さな手のひらを乗せる。言葉の代わりに静かに頷くとメープルは川の上の落葉を眺めながら、足を楽しげに交互に振り上げている。
ニンフわたしの血でサテュロスオトコノコに目覚めたキミの事だ。キミは秋の魔力に悪酔いしたのさ、初めて蜂蜜酒ミードを飲んだ時の様に……少なくとも夜までは二人で眠れる場所に帰らない方がいいだろうさ」
「メープルは無事なのか……?」
 紅潮したサイズの顔を眺めながら、メープルはくすくすと笑い飛ばす。ほんの微かに意識が揺らいだかと思うと、自らの唇にメープルシロップの香りが漂っている事にサイズは気が付いた。
「まさか? そう簡単にコレ発情は治まったりしないさ、自分より深刻な人見て冷静になったやつ? このままじゃキミ、ホントにサテュロスになっちゃうよ」
「ホントに……って、まだこれで終わりじゃないのか?!」
「ああ、ヤギみたいな角と馬さんの尻尾が生えて……その気になれば朝どころか死ぬまで踊り続けれるようになっちゃうのさ」
 おどろおどろしく囁くメープルの言葉に驚きすぎてしまったのだろう、物凄い形相で水面に映る自分の頭を見つめるサイズの真剣さにメープルは笑いを堪えてプルプルと震えていた。
「サイズサイズサイズー、キミは妖精っていっても旅人ウォーカーだよ、流石にニンフの血で角と尻尾は生えないって!」
「ど、どうなるかわからないだろ……」
「やめてよ、もう、私だってずっと変な気分なんだからさあ!」
 魔力に浮かされて笑いの沸点が下がっているのだろう、岩をたたきながら笑うメープルを見ると邪な気分が湧き上がってきた。さっきからメープルが身を捩らせるたびに肩同士がすれて暖かい感覚が伝わってくるのだからたまったものではないというのに!
「どうだいサイズ、十分頭が冷えたかい?」
「……メープルがおてんばって言われてた頃を思い出したよ」
「あはは、ごめんごめん、メープルは変わり者だからねー!」
 舌を出してウインクしてみせるとメープルは宙に舞い上がり、左腕を天に突き上げる。
「なんだか懐かしい気持ちになってきちゃった、せっかくだ、もっと探検してみようよ!」
 一人でツボにはまったかと思ったら今度はこれだ、サイズは思わずため息をつきたくなる気分だったが……何故だか悪い気はしなかった。
「ああ……今度は罠にかかったりするなよ?」
「かかりすぎてどの罠のことだかわかんないよぉ……」
「いや、罠って言ったらそれはあれだろう……」
 ダンスを誘うように差し伸べられたメープルの手を取るサイズの目には、少しずつ理性の光が戻りつつあった。

 あとは、まあ、一度興味が外へ向いてしまえば熱さを忘れるというもので。
 楽しい時というのはあまりにもあっという間である。手をつなぎながら迷いの森でぐるぐる回ってみたり、人間サイズの廃墟の間を歩いてみたり、彼女の気まぐれで(絶不調なのに!)挙句の果てにはダンジョン探索に振り回されたり。時々我慢ができなくなったら、人目のつかないところで抱きしめあってキスをして。理性と疲労とあとは色々とぐちゃぐちゃのヘトヘトになりながら再び空の下に出てみれば、あっという間に夜も更け、また涼しい風が吹いていたのであった。
「やっと夜になった……」
「夜になりゃあいい……ってもんじゃない……けどねえ、キミがどうだか」
「メープル、大丈夫か? 息が上がってるみたいだけど……」
「なるべくキミの視界に映らないように努めるのってつらいんだぜ? それよりほら、こっち見て」
 安全を確保し、ダンジョンの外に降り立って一息つくもつかの間、サイズの両肩はぴょんっとジャンプしたメープルに掴まれ、そのままグイっと正面に向けられた。驚いて目を見開いてメープルの顔を見つめたサイズに、メープルは人差し指を一本立てて見せた。
「にらめっこしよ、サイズ」
「まさか……キスしたくならないかって事か」
「それじゃあどっちも失格になっちゃうだろ――って飛んだバカップルだね、メープルたち」
 思わず、プッと笑いがこぼれてしまう。今度はメープルだけではなく、サイズも一緒に。
「急に飛びついてキスしたくならないかのテストさ……私が1分間数えてる間じーっとにらめっこして、我慢できたらおうちにかえって良しってことにしよう! 今からだよー、よーい、はじめ!」
「待って、心の準備が……!」
 有無を言わさないと言わんばかりのメープルの言葉に、苦笑を浮かべながらも覚悟を決める。じーっと見上げる様に顔を見つめるメープルの前で、嘘をつくこともしないと言うわけにはいかなかったから。
 10秒、メープルの綺麗なシロップ色の髪を見つめる。
 15秒、ジィっと見つめる蜜色の瞳と見つめ合う
 25秒、息が荒くなる自分に気がついてぎゅっと拳を握りしめる。
 40秒、綺麗な顔立ちを見つめながら走る邪悪な考えに身をよじらせる。
 50秒、風に揺れるメープルの癖っ毛と、綺麗な紅葉の髪飾りだけを見つめる。
 55,56,57,58……思わず瞳を閉じて息を詰まらせた瞬間——唇に熱い感覚と熱く粘つく甘い蜜が溢れ出す——!
「〜〜〜!?」
「ダメだったね……サイズ……」
 意識が逸れたほんの数秒でメープルを求めてしまったのか。違う——メープルの方が、飛びついて自分の方に抱きついていたのだ。
 暖かい吐息が甘く香り……体温が上がり、サイズの体に柔らかい皮膚が絡みつく、弱々しくメープルはウインクをしてみせると……サイズに勢いよくもたれかかり——
「水着の時も言ったろ……抑えた分……一気に来ちゃうんだ——」
 甘い声が溢れガスの詰まった配管のあちこちから蒸気が噴き出す様に、メープルの身体から魔力が溢れ出る。成長した身体にまとわり付く樹木のニンフ、ドリアードのドレス。大きく開いた翅は甘い香りを放ち、サイズの脳に危険信号を送る——!
「キミはもう無事みたいだね……じゃあ……キスしちゃっても、いいよね?」
「ま、待って、メープル、俺もシラフに戻ったばっかりだから、まっ、あっ、あぁっ——!?」


 吐息が熱い、劣情を催したからではない——命の危険を感じたからだ。よく本当に口付けだけで済んだものだ、そう我ながら意志の強さに驚くサイズなのであった。
「……ね、サイズ」
 ある意味メープルも、か。そもそも朝の時点で無理に理性を搾り出していなければどうなっていたのかわかりやしない。そう考えれば少しは許せる気分に——
「ね、サイズ……だっこして」
「はぁ!?」
 ——ならないかも。
「だって私、失敗しちゃったから帰れないし、キミに連れてってもらわないと」
「別にその体じゃ飛べないってわけでも……ないだろ」
「いいじゃん、ずっと我慢してたんだから少しぐらいご褒美貰っちゃってもさ? お姫様を城まで連れ帰るのも、夫の役目だぜ?」
 調子づいた事を言ってはいるが、実際のところメープルの側も限界なのだろう。そう考えれば、大人の妖精を1人抱えてやるくらい大した苦労でもない……また理性が吹き飛びでもしない限りは。
 サイズはメープルの背と大腿に腕を回し、力を込めて大地を蹴り出す。あの時よりもずっと大きくなった身体は、自分との身長差へのコンプレックスも含まれていると言う。体型に関してはメープル自身も気にしているので触れないであげよう……抱き抱えると、その大きすぎる胸が自分の胸板に押しつぶされてムズムズするのだが。そんなサイズの悩みをなんとなく理解しているのだろう——揶揄う様に目を細め彼にゆっくりと語りかけた。


「思い出すなあ、サイズ……あの時と同じだね」
「……ああ」
「苦しくて微かにしか思い出せないけど、反転しそうになってた私をこうやって抱きかかえて、びゅーんって逃がしてくれたろ」
「……あの時は乱暴に運んで悪かったな」
「あの時はホントに早かったねえ、ブリンクスターでも使ったんだっけ? アイツ、変なやつだったねえ」
 満天の星空の下を、サイズは急ぐ。彼らの住処へ、愛の巣へ。
「あの時はキミがすっごく大きく見えたんだけどなあ」
「……背丈が伸びたからそう感じるだけだろ」
「サイズったら!」
 もっとも昨日の今日だから今日はメープルの誘惑に耐えるつもりだけれども。
「鈍感だった頃ならホントにそう思ってたかもね、キミ」
「……遠い存在のままの方がよかったか?」
「そんなわけないでしょ、最高だよ、今が最高さ」
 湿った暖かい唇が頬に触れる感覚、甘い香りに心が揺らぎつつも、サイズはしっかりとメープルを手放さない。
「朝だったら落としてたね」
「っ……お姫様ならお姫様らしくしていてくれ……」
「えー、どーしよっかなー♪ そうだ、明日は久々に空色の泉から帰ろうぜ、様子も見ておきたいし?」
 思い出話も交えた、誘惑の攻防は2人の帰るべき場所が見えるまで続く。それにサイズが耐えきれたのか、それとも火がついてしまうのかは2人のみが知ると言うことにしておこう。

 ああ、できれば来年もこうやって過ごせるように。
 そんな願いを、込めながら。


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