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ひとしずく

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻

 ――ぴちょん。
 肌をこぼれ落ちた雫が川へと混じり合っていく。自身の肌を滑るそれらを視線で追った結月 沙耶(p3p009126)は、川に橙が差していることに気づいた。
(夕焼けの色か)
 随分と水の中でぼんやりしてしまったのか。いや、この時間が訪れるまでにそう遠くない時間に来たかもしれない。視線を上げれば、川の先で陽が傾き、まるで燃えるように光を放ちながら辺り一面を照らしていた。煌めく水面に、染まる世界に沙耶は心から感動する。

 感動している、のに――沙耶の頬は乾ききっていた。

 それに気づいたのは、風が沙耶の頬をするりと撫でていった時だった。涙を拭うように指を頬に添えるけれど、逆に指から伝った雫が頬を濡らす。
(感動しても泣けない、なんて)
 いつから泣けなくなったのか。
 いつなら泣けていたのか。
 ゆらめく水面を見ながら記憶をたぐって、ややあって沙耶は嗚呼、と小さくこぼした。
 生まれた時はきっと、恐らく、一般的にいう『普通の子供』だったはずだ。けれど沙耶の過去はそんな『普通』を踏みにじってしまった。
 泣いたって、助けは来ないから。
 泣いたって、ただ苦しいだけだから。
 心を守るためか、周りに流される方が楽だったからか。泣かなくなって――泣けなくなってしまったのだ。
「……はは」
 小さく、乾いた笑い声をあげて、それから嘆息する。
 感動なんて痛くも苦しくもないのに、こんなことでも泣けやしない。涙の泉が枯れてしまったのかもしれない。
(どうして、こうなったんだろうな)
 視線を落とせば、輪郭のブレた自分の顔。いま、自分はどんな顔をしているだろう。
 再び嘆息して、沙耶は小さく首を振った。考えたって仕方がない。考えたって変わらない。
 どうしてこうなったのかと言えば、変えることのできない過去によるもので。この先どうなるのかと言えば、その瞬間にならないとわからないのだから。
 沙耶はざぶざぶと水の中を進み、川辺へと上がった。これ以上ここにいては冷えすぎてしまうだろう。水を丁寧に拭い、服を纏う。
 長くもない時間で陽は翳って、ほんの少しだけ顔を覗かせるのみ。最後にそれを一瞥して沙耶は川を後にした。


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