PandoraPartyProject

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朱い影とあなた

登場人物一覧

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
シキ・ナイトアッシュの関係者
→ イラスト


「みーつけた」
 岩の影を覗き込めば、不機嫌そうなガーネットの瞳が自分を見上げて、それからふいっと逸らされる。どうもご機嫌ナナメらしい。
 シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はそんな弟の様子を気にした風もなく、よいしょと岩を乗り越えて隣に座った。
「またここにいたんだね。あ、足すりむいてる」
「……大丈夫」
 よく見ようとしたら避けられてしまって、シキは深追いせず元の位置に戻った。嫌がられては仕方がない。
「後でちゃんと綺麗にするんだよ」
 応えはないけれど、視界の隅でこくんと頭が動いたから。シキは小さく笑って、視線を正面へ向けた。
「綺麗だねぇ、夕焼け」
 燃えるような色をしたそれは、けれどどこまでも明るく優しい光で世界を包み込んでいる。この時間ばかりは、影さえも朱に染まるのだ。
「……ここにいると、世界に2人だけみたいじゃない?」
 不意のザクロの言葉に「え?」と視線を向けたなら、彼もすっかり夕焼けに染まっていて。ガーネットの瞳も、夕日を受けてキラキラと輝いていた。きっと自分もそうなのだろう。
「ふふ、そうかもね。夕焼けの世界の一部だ」
「うん。……ずっとそうなら良いのにねぇ」
 ザクロの呟きに、シキは困ったように眉尻を下げた。そうだねと言ったところで、現実はあっという間に夜へと移ろってしまう。戻れば自分たちは不躾な視線と言葉に晒されるだろう。弟がここにいた理由も、きっとそれらとぶつかり合いになったと察せられる。
 いつものことだけれど、いつものことだからと許容できるわけではない。心はそんなに単純ではないのだから。
「ザクロ、そろそろ帰ろう。夕焼けが落ちてしまう前に」
「……そうだね」
 手を差し出せば、いつかの時よりもずっと成長した手が重ねられる。あんなにちっちゃかったのになあ、なんて笑えば怪訝な顔をされたけど、わざわざ言う必要はないだろう。
 朱に染まった影がふたつ伸びる。それらはしっかりと繋がって、くっきりした陰影を残していた。



 ローレットの窓から差し込む夕焼けに、シキは目を細める。
 どの世界でもこの色は変わらない。そのことに深く安堵する。そしてこの色に、故郷の色を重ねるのだ。
(目を閉じれば、匂いまで思い出せる。あの時のザクロの顔だって)
 視覚を塞げば、瞼の裏にあの荒野が浮かび。帰り道に伸びた長い影と、暖かな手の温もりと――を思い出している最中に、体が軋む。きゅっと唇を噛み締めたシキは、ゆっくり目を開けた。
 再び窓の外を見れば、あっという間に夕焼けは引いていき、藍色の帳が空を覆い始める。昼と夜の境目が去っていく気配に、シキの胸の内が少しだけ寂しさを覚えた。
(ザクロは、元気にしてるかな)
 元気に過ごしてくれていたなら、それで良い。けれど元気でなくても、それを知る術がシキにはない。
「あれ、雨?」
 夜が近づいてきたかと思えば、ぽつぽつと雫が窓を打ち始める。先ほどまではそんな気配もなかったのに、と屋根の下へ走っていく外の人々を眺め、シキはぽつりと呟いた。
「……ザクロ……?」
 なんだか、あの子が苦しんでいるような――そんな気がした。


 ぱたぱたと雨の音がする。夕焼けを隠してくれたのだろうか。忌々しい、朱の光を。
 隠れ家は居心地が良いとは言えず、自分以外に生けるものの存在しない空間はより雨のせいかより冷える。
「……神様なんていなかった。あるいは――神様に見放されたんだよ、姉さん」
 そうでなければ、体がこんなに軋むものか。
 そうでなければ、体がこんなに痛むものか。
 応えのない問いかけをして、真っ赤な瞳を飾る睫毛を震わせて。ザクロは記憶の中の姉へと想いを馳せる。一筋の光のような、大切な彼女へと。
 彼女も、自分と同じだろう。徐々に近づく『体の期限』を感じているはずだ。できることなら彼女の痛みも何もかも肩代わりしてやりたいものだが、生憎とそんな方法は見つかっていない。この病を取り除く方法も、また然り。
(姉さん、この手を取ってよ)
 終わりが分かっているのなら、その限られた時間を2人だけで過ごそう。世界に2人だけだったみたいなあの時のように、手を繋いで、並んで歩いて。

 それがきっと、最も幸せな形だったから。


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