PandoraPartyProject

SS詳細

険しき道

登場人物一覧

燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

 人工的な色彩だとは分かっていても、それが当たり前として生まれてきたのなら、それは己にとって現実であり日常である。
 縁側に影を作る夕焼けを見上げ、暁月はそんな事を考えていた。
 熱燗にはまだ早いから、冷やした冷酒を、傍らのヴェルグリーズと飲み交わす。
 日中は蝉の声が聞こえていたような気がするけれど、日が暮れてくると鈴虫が鳴きだした。

「そういえば、明煌殿との話し合いは上手く行ったのかな?」
 隣に座るヴェルグリーズが投げた問いに、暁月は思い返すように押し黙る。
「……そう、だね。何だか思い返すと子供みたいに言い合ったような気がするけど。あんな、泣きながら話すのなんかちょっと恥ずかしいかも」
 照れたように眉を下げる暁月に「泣きながら?」とヴェルグリーズは聞き返した。
「あ、えっと……なんていうのかな怒られちゃって」
「明煌殿が暁月殿に怒ったのかい? 何でまた?」
 普段はあまり他人の事情に踏み込まないヴェルグリーズだが、今回ばかりは聞いて置かなければならないような気がした。きっと、自分と暁月の『友情』に関わる話なのだろう。

「……君なら話してもいいかな」
 暁月は冷酒を煽ったあと御猪口を盆の上に置いた。
「ここ、燈堂の当主の継承はその命を以て行われる。私も例外じゃない。つまり誰かに当主を譲る時は私の命は無限廻廊の礎となるんだ」
「は?」
 ヴェルグリーズの怒気に、場の空気が張り詰める。

 無為に命を投げ出すことはしないけれど、燈堂の礎となりその命を捧げる覚悟は最初からあった。
 深道に生を享け、燈堂の当主として此処へやってきたからにはそうあるべきだと。
 お家事なんて友人に話せる訳も無く、ずるずると今日まできてしまった。
 ヴェルグリーズは親身になってくれるだろうから、暁月は余計に言い出せずにいたのだ。

「どういうことなんだ暁月殿。説明してほしい。君は命を簡単に投げ出すつもりでいるのか?」
 暁月へと身体を向けたヴェルグリーズの瞳には珍しく怒りが滲んでいた。
「簡単にではないよ。この燈堂に来た時から覚悟していた」
「それが、簡単にってことだよ!」
 暁月の胸ぐらを掴みヴェルグリーズは怒りを露わにする。

「燈堂や深道の家のしきたりは、俺には分からない。
 そのしきたりを大切にする人達が居て、その人達の心が安らかにあるなら構わないと思う。
 でも、それで君が犠牲になるのは違うだろう。家のしきたりなんて関係無いよ!
 ――命は投げ捨てていいものじゃないッ!!!!」

 夕暮れ時に響き渡るヴェルグリーズの声。
 見た事の無いヴェルグリーズの剣幕に、暁月は目を瞠った。
 感情をあまり表に出さない彼がこれ程までに怒っているのだ。
 彼は暁月が命を投げ出すことに憤っている。それが、暁月には嬉しかった。

「……ありがとう、ヴェルグリーズ」
 胸ぐらを掴んだ手をぽんぽんと叩く暁月。明煌にも同じことをしたと暁月は目を細める。
 ヴェルグリーズは頭に血が上っていることを自覚し、大きな溜息を吐いた。
「ごめん、声を荒らげてしまった。でも、俺は暁月殿に死んでほしくない。死を当たり前にしないでくれ」
 代わりに強い意思を宿す瞳が暁月を射貫く。

「うん。心配掛けてすまない。私も本当の所は死にたくないと思っている。まだまだやりたい事があるし、心配事も多いし。ただ、これまで燈堂の当主が紡いできた覚悟を反故にはできない。私が当主を投げ出せば他の誰かが代わりに当主になるだけだからね」
 暁月の言葉にヴェルグリーズも押し黙る。
 積み重ね、糸を寄り紡がれて来たものを断ち切るには、痛みと代償が居る。
 別れの剣であるヴェルグリーズであればこそ、それを身に染みる程に理解している。
 このまま何もしなければ暁月は当主の責務として命を捧げてしまうのだろう。
 たとえ当主の座を譲ることとなっても、次の当主が同じ運命を辿るだけ。
 廻や深道の子供たちが犠牲になるだけだ。
 ヴェルグリーズはそれでは意味が無いと首を振る。
 紡がれた想いを断ち切るだけならば簡単だろう。
 されど、其処に縋る人々の心の拠り所を奪うことにも繋がるのだ。

 進むべき道はおそらく最も険しく、痛みを伴うものなのだろう。
 ヴェルグリーズも暁月も深道の人々も傷付いてしまう。
 結果として道半ばで命を落してしまうことも有り得る話しだ。
 それでも。
「俺は暁月殿に生きていてほしい」
 親友としての心からの願い。暁月とてヴェルグリーズに同じ想いを抱いているだろう。
「うん、生きたい。みんなと一緒に生きていたい」

 どんなに小さな可能性だって、掴んでみせるから。
 だから、共に生きる道を選んでほしい。
 ヴェルグリーズは夕陽に染まる縁側で、暁月の目を真っ直ぐに見つめ強く願ったのだ。


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