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君の全てを攫っていく
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●聖夜の告白
大切なものを失う痛みから逃げて、自暴自棄に死神となったあの日。
五里霧中の迷い路の中を彷徨い続ける俺を、かつて自らの手で殺めた妹と、友人であるアルテミアが救い出してくれた。
そう、俺はようやく自身の思いを告げ――その責任を背負う覚悟を決めることが出来たのだ。
二度と、大切な者を失わないように。もう二度と、あんな痛みを覚えなくて済むように。
「……と、覚悟を決めたものの……」
俺、クロバ=ザ=ホロウメアは天を仰ぐ。
今日という輝かんばかりのこの夜は、シャイネンナハトのその日に相違ない。
さらに付け加えるのであれば、曇天の空からは願ってもないほどロマンチックに雪が降っている。
「けど……一度フラれてるからな……」
一方的な告白と、一方的な否定を同時にされたが、それは俺自身が望みそうなるようにしてしまった面が大いにある。
あの時は自分の気持ちに気づかないフリをしてそれを受け入れたものの、覚悟を決めた今あの時の言葉を受け入れるわけにはいかない。
彼女が今、どんな心境にあるか。想像するのも難しいが、彼女の気持ちがどのようなものであれ、俺は自分の気持ちを伝えたいと思っていた。
そう、真摯に気持ちを伝える。
言葉にするのは気恥ずかしく、そして難しい。あんな出来事があってどの面下げて言うのかと思われるかもしれない。
それでもこの想いを伝えるのだ。
自己満足になるだけかもしれない。彼女にもう一度否定されフラれる可能性だって大いにあるだろう。
それでも――伝えなくてはいけないんだ。
「……考えてると、胃が痛くなってくるな……」
これが深緑の可愛いハーモニアをナンパする話ならばこんなにも緊張を覚えることはなかったのではなかろうか。
そんな軽い話ではないと思いつつも、そう言うレベルの話であって欲しいと考えてしまう。
約束の時間は近い。
アルテミアを経由して彼女を呼び出したが、本当に来てくれるのだろうか?
雪が降り積もっていく中、背後に聳える時計塔の針の
俺はただひたすらに、その時を待っていた――
●
時計の針が約束の時間に差し掛かろうとした時、視線の先に待ち焦がれた影が映った。
短くなった銀髪を揺らしながら――そして僅かに強ばった面持ちで彼女が近づいてくる。
俺は彼女の視線から逃げないように、正面から迎えた。
「クロバさん」
「シフォリィ……久しぶりだな」
あの日から数ヶ月ぶりの対面だ。互いに声を掛け合うも、どこか他人行儀な雰囲気がある。
どう切り出そうかと迷っていると、彼女の方から言葉を投げかけてきた。
「何故……ですか?」
当然の問いかけだった。
あの日告白と別れを告げ互いに距離を取った。彼女にしてみればあの日の出来事で全て終わっているはずなのだ。
なのに、急に今になっての呼び出し。それも
訝しむのもしょうがない。だけど、そうじゃないんだよシフォリィ。
どこか苦しそうな瞳で俺を見るシフォリィを、俺は見つめ返して思う。
あの日、あの時。俺もそこで終わっていいと思っていた筈だった。
俺はこの世界に招かれた旅人で、彼女は原種。
いつか、この世界を救うことが出来たのならば――もしかしたら元の世界に還るかもしれない存在だ。
そう、元の世界に還る。
いつか必ず訪れる選択の時だ。
そして今の俺は――元の世界に戻る事を望んでいる。
目の前に立つ君と一緒に居ることを望めば、いつか別れは避けられないものになる。
その時を想像して――俺は心が締め付けられるような苦しさを感じた。
一人君を取り残してしまうこと――それは、今の俺には死ぬことよりも怖い。
「クロバさん……?」
揺れる瞳で俺を見つめる少女。
愛らしい彼女を一人置いていくことになろうとも――俺は独白のように言う。それでも、ダメだったんだ、と。
想いが口から零れて言葉になっていく。
君が横で共に戦ってくれた事。
共に過ごしたこの世界での時間。
そして、浮かべてくれた笑顔も。
君は忘れてるかもしれないけれど、いつか「クロバさんに美味しいと言わせてみせる」って言ってくれた事、凄く嬉しかったんだ。
ずっと一人だったから。
誰もが大切な存在がいる中で、俺の事を見ていてくれる人もいたんだって。
だから、あの魔種レオニスとの戦いの時。
俺は全てを賭けてでも君を失いたくはなかった。あの時は、何でだか自分でもよく分かっていなかったけれど。
「……クロバさん、一体なにを言ってるんですか?」
訝しむ彼女が目を細めて言う。
なるほど。この意外と鈍感女、まだ分かっていないのか、それとも俺と同じで分かってないフリをしているのか。
ここまで言葉にしても分かってもらえない(フリも含めて)というのはこういう気持ちなわけだ。
俺は頭を掻いて、さてどうしたものかと考える。
ここまでに彼女への気持ちは、自分なりに言葉にしたつもりだったが、どうにも伝わらないようだ。
なら、もう直接直球に言葉にして嫌でもわかってもらうしかないよな。
「クロバさん、なんなんですか、もう」
腕を組みどこかからかわれているような面持ちで、彼女が可愛く睨む。
そんな彼女に、俺は思いの丈を音にして伝えた。
「シフォリィ、俺は君が好きだ。……この想いを受け取って欲しいのは君だ」
彼女の瞳が見開く。そして俄に揺れて――この場からの離脱を示唆する。
だが、逃げの選択肢なんて与えない。
今の俺は悪い男だ。
譬えどんな過去、どんな理不尽な境遇を詳らかに突きつけられたって、この想いを止めることは誰にもできない!
俺は彼女を決して逃がしたりはしない。全てを攫うと決めたのだから。
「だから、この気持ちを受け取ってもらえるのなら――君の全てが欲しい。もう、何処にも行かないでくれ」
五里霧中の迷い路の中、彷徨い続けてようやく見つけた本当の想い。
遠回しな言葉は一切無い。
彼女の全てを受け入れる覚悟と責任を持って、俺は全ての想いをこの告白に込めた。
あとは彼女の答えを、ただ静かに待つだけだ――
●
「本当は――向いてる視線が、自分であって欲しかった……」
嗚咽。そして戸惑いがちに零れを落ちる彼女の言葉。
それは告白だ。
あの日の告白の裏にあった、彼女の本当の気持ち。
「――だけど、一度救われたから……これ以上は望まない。望んではいけないと……そう言い聞かせてきました」
シフォリィ・シリア・アルテロンドという女性は、何処まで謙虚で自己犠牲の精神を持つ女性なのだろうか。
自らの想いに忠実に、我慢することなどないのに――そうさせたのは、俺が原因かと思う。
彼女は流れる涙を隠しもせず、赤くなった瞳で俺を見つめ、愛おしそうに言葉を続けた。
「――でも、もう止められない。好きである気持ちがもう抑えられないんです!」
あの日、自らの想いを殺して俺を振った彼女。
その別れに安堵しながらも本当の自分の気持ちから目を逸らし続けた俺自身。
あの時違えた道が、巡り巡って今もう一度重なり合った。
雪の舞う中、彼女は強い瞳と決意で、俺へと返答する。
「私のすべて、貴方に捧げます。だから……私にも、貴方を愛させてください」
瞬間、身体が意識の外で動く。
震える彼女を力強く抱き寄せて、耳元で俺は俺の決意を囁く。
「なら、この夜から俺は君の全てを攫って行く。決してもう、離さないから」
それは聖夜に誓う約束。
この先の未来、二人の道が離れて行くこともあるかもしれない。
けれど、それでも俺は絶対に彼女を離さない。離したりはしないと、心に強く誓う。
時計塔の鐘が、厳かな聖夜を奏でる中。
俺と彼女は、静かにそして自然に口づけを交わす。
一瞬とも、永遠とも言えるような、二人だけの時間。
彼女との初めての口づけは”甘く切ないような、そんな味がした”。
長い時を迷い続けた。
彼女との出会いから始まったこの恋の物語は、長く迷いながらも、ようやく一つの結びを迎えるのだった。