PandoraPartyProject

SS詳細

春霖の先

登場人物一覧

シャルル(p3n000032)
Blue Rose
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

「シャルル嬢、こっち行ってみよう!」
 青の絨毯を思わせるような花畑。声を弾ませてイーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)が前を行く。その後をシャルル(p3n000032)はゆったりと追いかけた。
 雨上がりの空から差し込む日差しはまだ弱いけれど、雨露をきらきらと輝かせるには十分で。それ以上に世界が色鮮やかに美しく見えるのは、きっと気のせいではない。
「少しだけぬかるんでるみたいだ。気をつけて」
「うん」
 綺麗で、大切なドレスを汚すわけにはいかない。シャルルが足元を慎重に足を進めようとしたら、はい、と手が差し出されて。顔をあげれば優しい瞳とかち合って、ふとシャルルの瞳も細くなる。
「……ありがと」
「どういたしまして!」
 ぱっとキミが笑ったら、周りが一層明るくなったような、そんな心地さえして。シャルルはふ、と小さく笑った。
「……なんだか、久々な気がする」
「ん?」
「こういう風に、ゆっくり過ごすのが。……勿論、どこもかしこも平和って訳ではないけど」
 そうかもしれないな、とイーハトーヴは視線を上げた。光は差し込めど、雲はまだ厚く残っている。まるで戦争を終えたばかりの鉄帝のようだ、とも思う。
「……そうだね。中々気を緩められなかったから、こうしてゆっくり出来て嬉しいな」
(助けられる命がもっとあったかもしれない、なんて)
 今、どれだけ考えても仕方ないことなのだ。だから前向きな言葉を発そうとするけれど、内心は表情を曇らせずにいられない。
 戦争は少なくない命を散らしていった。戦い抜いた戦士のみならず、守られるべき者たちも。遺体全てが残されていたわけではなく、獣に喰われて別れすら惜しめなかった家族だっている。天へ還った命は鉄帝で掘られた墓の数より多いはずだ。
 不意に、ぎゅっと手を握りしめられた。なんだろうと隣の彼女へ視線を向けると、くすんだ雲を映した瞳と出会って――おや、なんだか眉間にしわが寄っているような。
「ど、どうしたの……?」
「イーハトーヴ。ボクは、キミの友人としてそれなりの時間過ごしているつもりだよ。だから、」
 ――キミが心から嬉しいと思ってないことくらい、わかるんだ。
 唇を尖らせるシャルル。もう気のせいとは言えないほどに眉根は寄せられていて、しかし「ボクじゃ頼りないかもしれないけれど」などと言う様はイーハトーヴへ怒っているというより、自身のふがいなさへ憤慨しているようにすら見える。
 これまで沢山寄り添ってもらったのに、何を言うのか。どうにもくすぐったい気持ちと、胸の内に溜まっていた感情が出てきてしまって――嗚呼、俺はどんな顔をしているだろう。
「大丈夫、ではないけれど。でも、シャルル嬢がこうして隣に居てくれて、こうして過ごせることが嬉しいのは嘘じゃないよ」
「……イーハトーヴが一緒なら、どこだって行くよ」
「遠い場所でも?」
「距離は関係ないさ」
 ふふ、と思わず笑みをこぼす。イーハトーヴのそれにシャルルも小さく笑った。
 嬉しいばかりではないし、元気だと言えるようになるには、少し時間がかかるかもしれないけれど。イーハトーヴにはシャルルや、大切な友人がついている。だからいつか、大丈夫になる。
「見て、イーハトーヴ。……あのふもとまで行ったら、キラキラの景色が見られるかも」
「え?」
 ふと声をあげたシャルルに釣られて視線を上げる。雲が散り、青空の見え始めた空にかかるそれを視界に入れた瞬間、シャルルがイーハトーヴの手を離して駆け始めた。
 虹に向かってネモフィラの間を走っていく、紫陽花の乙女。その姿を見てイーハトーヴは彼女と繋いでいなかった手に握るものを思い出す。
 この光景を、ドレスの彼女を――思い出を、残したい。自分の頭だけではなく、見返せるような形で。
「シャルル嬢、こっち向いて!」
「え? 早くしないと消えちゃう――」
 シャッター音は三度。
 一度目は、不思議そうな表情をした君が振り返っていて。
 二度目は、目をまん丸にした君が写っていて。
 三度目は――花が綻ぶように笑いかけた君が、写真フォルダに残った。

 嗚呼。俺はきっと大丈夫だ。この心臓が鼓動を刻む限り、前に進めるだろう。
 進むための力は、こうして友達が分け与えてくれるのだから。


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