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春爛漫、桜とロックと祝詞の一夜
登場人物一覧
まだ春分を過ぎて僅かの再現性東京は吉祥寺の街並み。あちらこちらの桜の木々には膨らんだ蕾、早々と開花を迎えたちらほらと枝から覗き、まだ奥ゆかしげにそよ風に揺れつつ後追う蕾が揃って満開となる時を待っている。
春とはいえど日も落ちれば少々冷え込みも感じるか、けれど弦を爪弾くには問題もなかろうと、散々・未散は愛用の青いリッケンバッカーを調弦し、指慣らしにと軽く掻き鳴らす。その首筋にはぽつんと仄紅く、色も大きさも桜の花弁ほどの痕が刻まれている。とある冒険で灼かれてできて、完治したはずの火傷の痕は最近ちりちりとよく痛む。桜が咲いているからだ。
「木霊のいない桜にすらもやきもちを妬くなんて、随分とかみさまはお可愛らしい方ですね」
ふふと笑う未散に、アレクシア・アトリー・アバークロンビーはやはりベースの調子を合わせながら心配そうな目を向ける。かみさま――桜の怪異に取り憑かれた当人はその執着を面白がってすらいるけれど、元来そういったものに好かれやすい未散のことは常日頃から心配なのだ。特に桜の『かみさま』が、未散のことを見初めてからは。
なおアレクシアは深緑のファルカウを祀る神官、樹木に関わりの深い神格に縁があるという点でしか共通点はないのだが、まぁ所変わり信仰変わっても神様には違いないし。
「精霊に捧げる歌とかは深緑にもあったし、そういうノリでやっていけばいいのかな?」
「ええ、きっとそうだと思うのです。怒らせたお詫びといいますか、あるいは鎮めるとか宥めるとか、目的がはっきりしているのは少々違いがあるのでしょうか、その辺りは神官たるアレクシアさまの方が、ファルカウ信仰のあり方には詳しいかもしれませんね」
「まぁこういうのは気持ちが大事なんだと思うしね! ……たぶん!」
さてまぁ、結局どうしたって未散にとってもアレクシアにとっても未知への挑戦。
ちなみに桜にも嫉妬するかの『かみさま』は、それよりも有り様の近い再現性東京の怪異に対してはそれどころではない執着を痕を通じてびりびりと未散に伝えてくる。怪異に近づけば近づくほどに強くなる痛みと首から頬へ、胸へ、左半身を這うように広がる痣は、逆に言えば確実性のとっても高い怪異センサーとも言える。とはいえそれ自体が『かみさまのやきもち』によるものなので、あまりに便利に使いこなしていると、『かみさま』をその分妬かせてしまうわけで。
「怪異の『かみさま』ってなんというか……ヤンデレ? が多い気がするんだよね」
「ええ、ええ。古今東西、あらゆる世界、かみさまというのは嫉妬深くて我儘なお方が多いとお見受けしますからね」
「ファルカウはそういう存在じゃないからなかなかわからないところではあるんだよなぁ……」
ファルカウは深緑の首都である大樹にして幻想種にとっては信仰の対象であり、またファルカウ自体が街を内包するような巨大な存在である。幻想種自体がファルカウから生まれ落ちたという伝説もあり、他地域にはないしきたりなども多いが、ほとんどが森林や木々、ファルカウそのものを守ることへと繋がっているものだ。
つまりなんというか、割と、合理的なのである。
それに対して再現性東京の『怪異』は、「ここに入ってはいけない」「振り返ってはいけない」だとかのしきたりがあるという点では共通するかもしれないが、基本的に不条理で理不尽。まずこの桜の『かみさま』にどうして気に入られたのか、未散自身にすらわかっていないので。
「アレクシアさま、ぼくは幾度か思ったのですけれど……いきなり押し掛けていらして、さらに後方彼氏面する『かみさま』ってとてもとても面白くはありませんか?」
未散が小さく唇吊り上げて口にしたパワーワードに、アレクシアは思いきり噴き出し勢い余って咳き込むのだった。
「近いと言えば『日本』にある神楽とか、あとは祝詞だったりするんだろうけど……流石に言葉の説明くらいはあっても専門的な本はなかったね」
大学の図書館から借りてきた本数冊、そのうち一冊がいわゆる『神道』についての概説書で、独自の形式を持つ祝詞の文章形式、また神に捧げることを起源とした神楽舞、というものが「ある」ことは書いてある。逆に言うと詳しいことまではわからない。実際、地球由来の知識というのは旅人としてこの世界に紛れ込んだ中にいる地球人、その中でも特に多い日本人の集合知みたいなものなので、極めて専門性の高い分野になるほど知識は少ない。
「とはいえ、祭祀ごとにその内容を踏まえて毎回制作するのが原則であったとは書いておりますし……形式こそ沿っておらずとも、心を込め言葉を紡げば通じるものでありましょう」
「実際、アンテローゼ大聖堂での日々のお祈りなんかも近いところはあるかな……こう、儀式ごとに決まったお祈りもあるけど、普段は自分が心を込めて素直に祈ればいいし、特に神官じゃなければ形式とかより真心があればいいって感じだから、自由度は高いかも」
深緑でアンテローゼ大神殿の神官として過ごした日々を思い出しつつ、アレクシアが考え込む。無意識にベースで爪弾いているのはその精霊に捧げる歌の一つ、メロディであることに気がついた未散はまた別の本を手に取り開く。
「あとはそれぞれの宗教の宗教歌に当たるもの……ええ、例えば賛美歌などでしたら、もう少し資料も増えますね。こちらは祝詞などよりはあちらの世界でももっと普遍したもので、歌い覚えた方々がその知識を書き記してくださったということなのでしょう」
賛美歌というだけあって『讃える』ということには特化しているし、言葉の連なりも美しい。地球における『原語』と『訳詞』が残っていたりするので、その意味を見比べたりするのも面白い。
「あ、あとは桜の歌? 歌曲もあるし、あとは和歌とかそういうのも参考になりそう」
「どのような印象を抱かれてきた花であるか、それを知るのは確かに。怪異、というものも、おそらくは希望ヶ浜の、そこに住まう人々の価値観を、ひいてはその元になった思いを少なからず継いでいる部分もあるのでしょうから」
「うーん、やってみれば思ったより参考資料は多いかも、あるに越したことはないから助かるよね」
まぁ落とし込む先はロックサウンドになるのだが。
未散とアレクシアのデュオバンド『AM04:25』(アム)のジャンルがそっちなので、おそらく出来上がりも割とそっちに寄るんじゃないかなぁ、『かみさま』にロックが通じるのかはわからないけれど。
所変われば品変わる、時代が変われば流行りも変わるというわけで。
結局二人はいつもの曲作りと同じように、本をめくっては弦に指を滑らせ、思いついたことは紙に書き散らして、時には知っている歌を、時にはふっと思いついたメロディを唇に乗せ、そうしているうちにとっぷりと夜も更けていくのであった。
夜が来ると何が来るか。
深夜テンションである。
なんとなく出前で夕食は済ませたが、頭を使うと腹が減る。そこで現れたのが近所の和菓子屋で買った桜餅。実の所は再現性東京という地域名に反していわゆる『関西風』の、粗く挽いたもち米のぷちぷちした餅菓子の方である。腹に溜まる具合ではこちらがおすすめ。実際『東京』と名前はついているが文化としては日本メインのごった煮である。
まぁ別に『地球の日本』出身ではない未散とアレクシアにはどっちでもいい話だ。桜餅美味しい。
「桜って食べられるんだねぇ」
「確か『あんぱん』には桜の花の塩漬けが乗っていましたよ、アレクシアさま」
「それは風流……雅ってやつかな?」
「粋、は少々違いましょうか……」
「んー、桜を見に行く人は粋かもしれないけど、桜の花は粋よりは……雅?」
「桜は儚いとも言うそうですが、花の盛りが短いが故に……けれど『ハヤマ様』が万年桜と同じように咲き誇っておられるのなら、儚さは控えめでいらっしゃるかもしれませんね」
「そうなるとやっぱり、咲き誇るとかの方をメインにするのがいいのかなぁ」
前回日本の古典、特に和歌などを参考に作詞した時は、そのどこかに共通して浮かぶ『儚さ』を軸に据えたものだが。
そもそも独占欲で呪いの所有痕をくっつけちゃうような怪異さんが儚いかっていうと……である。
なるほどそれなら花盛りといえば。
「いにしへの奈良の都の八重桜、けふ九重に……」
思い浮かんだ和歌を口ずさむように呟いた未散がふと首を傾げ。
「……万年桜はええと……八重桜でいらっしゃいましたかね……?」
「……あー」
その疑問にアレクシアが凄く嫌な予感、という顔で応える。
「どっちにしても『ハヤマ様』が一重咲きか八重咲きか……わからないよね……」
「間違えたらお怒りになりますよねぇ」
「なるねぇ」
その辺については封印することにした。
色はまぁ、薄紅とか淡色、とか、ふわっとされる範囲の広いやつを使えばなんとかなる気がする。流石に蛍光オレンジとか濃いめのブルーとかで咲いてる桜ということはないだろう、たぶん、きっと。未散の首筋の桜の刻印も、謎のエメラルドグリーンだったりはしない。薄紅といえる色である。
「見たことないものを讃えるって難しいね……」
「確かにそうかもしれません。けれどそれでも此度はあまりに他の怪異に近付いたり、かの方の嫉妬を弄ぶように便利に使ってしまったお詫び。真心が伝わればきっとそれで……」
「未散くん。未散くんはそれを、もうしませんと『ハヤマ様』にお約束できるんですか?」
いきなり学校の先生みたいな口ぶりになったアレクシアに、未散はついつい目を泳がせて。
「お約束……できませんねぇ」
そう、だって。
いくら桜に見初められ気に入られても、『騎士』たる未散の最優先は『魔女』アレクシアを守ることゆえに。
「ごめんなさい、でも多分またやります、って正直に言って許してくれるかな……ちょっと厳しいと私は思うかな……」
「アレクシアさまの仰せの通りとぼくも思います……」
なんか申し訳なくなって、思わず未散はギターを抱えたまま床に正座した。
なおやっぱり弾きづらかったし動きづらかったので10分くらいで普通に座り直した。
「もういっそ『いつも守ってくれてありがとう好き好きちゅっちゅー愛してるー!』でいいんじゃないかな!!」
どうしたアレクシアさん、と思うかもしれないが、やはりこう説明するしかない。
深夜テンションである。
実際もうとっくに丑三つ時、朝の方が近いんじゃないかという時間帯。深夜テンションとは朝が近付くのになかなかやることが進んでいない時にこそ冴え渡るのである。
「お可愛らしいやきもちに愛情表現をしてみるというのなら、こう、振り付けに投げキッスでも取り入れてみるのは如何でしょうか?」
「え、……どこに向かって?」
「……やはりこちらでしょうか」
首筋の痣を示す未散に、アレクシアはすんっと真顔になった。
「その……誰が投げキッスをするので……?」
「……失念しておりました」
なお冴え渡るからといって頭がちゃんと回っているわけではないのも深夜テンションというものである。
「けれどアレクシアさまのおかげで方向性は見えて参りました。確かに守って頂いていることへの感謝、その力や花の美しさへの讃頌、そういったものを中心にしていけば良いものができる気がします」
「よーし! じゃあ決まったならもう作るしかないね、どんどん行こう!」
ぼぼぼぼぼぼ、とベースの低音域を掻き鳴らすアレクシア。それにギターのメロディを即興で合わせる未散。二人の唇が呟く言の葉が歌詞になれば演奏を中断して素早く書き付け、またその間も弾いていた相手に合わせて指を動かす。紙に雑に書き付けた歌詞の断片に時折コードや音階のメモが混じる。打ち合わせはない、ここで出し合ったものをあとで調和させればいい。それだけ相手の感性を信じ、愛おしいと思うから、一緒にバンドなんて組めるのだ。音楽界における信頼の定義は数あれど、アレクシアと未散のその信頼は、少なくとも一つは互いの感覚、感性、美的センス、そういったものへの信頼と言えるのではなかろうか。
さて、そんな試行錯誤の上で完成した『ハヤマ様』への奉納の詞を以下に掲載するのだが。
これはあくまで「できた!!」と叫んだ二人が泥のように一度寝て起きて頭を抱え、それから数度の推敲を経て完成したものである。
ご了承頂きたい。
時は弥生の暮の刻
見出し給へる君が身は
長らく咲きて長く散る
落花吹雪の主ながら
花の盛りも司る
千代万世に花開く
君が証を頂きし
僕が名は未だ散らぬとも
散り又散るとも名乗りける
散るも散らぬも花の
故にぞ見初められたるか
人よりもなほ朧なる
まれびとなりしこの
思ひはあれど魂の
在り処は己も知らざりし
まれびとなりしこの
君がものへとしたきほど
お気に召したるものなれば
肌に刻みし君が証
誇りて此の頸飾るべし
されどかの花灼きつくは
妖し
守りの
己が望みを果たすべく
危うきを知りて尚近く
僕が歩進めて御桜の
御心痛めし行いは
朧き此の身の短慮とて
何卒赦し賜れば
幸いにして僕が身を
護りし寵の有り難き
散々未散の此の
尽き果て散りし時にまで
忘るるなきこと誓ふべし
君に見出されし此の身
桜が証に似つかわす
かの
けれどアレクシアと行き倒れかなって状態で寝落ちている未散の首筋を飾る桜の痕は、今はちりちりとした痛みもなく大人しくその頸に収まっているのであった。
- 春爛漫、桜とロックと祝詞の一夜完了
- NM名旅望かなた
- 種別SS
- 納品日2023年05月13日
- テーマ『『春の雨降る』』
・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
・散々・未散(p3p008200)
※ おまけSS『深夜のメモって何書いてあるかわかんないよね』付き
おまけSS『深夜のメモって何書いてあるかわかんないよね』
※あくまで抜粋です
※「これはない」と思ってもそれは春と桜と深夜テンションがさせたことです。ええ、春の深夜テンションが。
【アレクシアさんのメモ】
ハヤマさまいつもありがとー
いえーいぴーすぴーす
あいしてるー!
ピンクって可愛いよね?
だって桜色だもん!
ひらりひらひら花びら舞えば
春の香りで胸いっぱい
あったかごはんでいただきます
それは梅
五七調? 七五調?
七五調の方が好みかなー。
ふわっとする
五七調はしゃきっとする
ふわふわーひらひらー
桜のキッスは桜味
なんか違う?
むしろダダ重感情もちもち
もちもちでべたべた
でもこれ怒られそう
強い意志
守らんとする強い意志
これ系
良く言おう
ポジティブに言おう
【未散さんのメモ】
乱れ咲く
花吹雪
さくらんぼ
さくらんぼは可愛い
↑実るのかわからないし地雷かもしれない、NG
いつも守ってくださってありがとう、あなたはぼくの盾
盾?
むしろ警報機
あなたはぼくの警報機
↑風情がない
そもそもなぜ見初められたのか
共通点
↑今は関係ない
さくら さくら
さくさくさくら
桜の語源
稲(さ)の神のおわす座(くら)
咲く+複数形の「ら」
上の方が深掘りすると面白そうだけどほかの神様の話しとかされたくないみたいだから下の方が安心そう。
花びらあまたあれどもその大切な一枚を譲り渡してくれて感謝感激雨あられ
そういえば万年桜、雨でも散らない
嵐でも散らない
強い。
数多の花びらと数多の人々からあなたの花びらとぼくが出会った
偶然っぽくて怒る?
いやでも実際わからないわけで。
見つけてくれた、とか?
見出して
いいかも
そういえばぼくの魂は結局ハヤマ様がお気に入りなのでしょうか
つまり魂はある?
それは嬉しいので、盛り込みたい