PandoraPartyProject

SS詳細

種蒔く想い

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

 頭はまだなんだかはっきりしない。しかし気分はいつになく静まって、良い心地がした。
 体調が悪いわけでもないけれど、見えない泥濘に足を取られているかのような感覚が拭えず、アレクシア・アトリー・アバークロンビーは転ばないよう気を付けながら進む。アレクシアさま、とさりげなく呼ばれ、足元ばかりに落としていた視線を押し上げていく。
 すると、声の主である散々・未散が数歩先で立ち止まり、振り返っていた。大して遅れたのではなくても、何となくアレクシアの胸に急ごうという気持ちが芽生える。芽生えた先から、未散の静かな眼差しがゆっくりで良いのだと告げてくれているように思えて、ほっとした。
「あれが此の地の守り手でしょうか」
 未散が名を呼んだのは、茂った森を抜けた先で、雨に綺麗に洗われた大樹があったから。
「うんっ、そう……みたいだね」
 返すアレクシアの声音が、ほんの僅かに掠れた。着いた、という感覚を抱いた直後、アレクシアの喉が水分を思い出したように渇きを自覚し始めたらしい。大樹を望むことに意識を集わせて、アレクシアはからからの喉を記憶の向こうへ追いやる。

 晩夏のみぎり、想い出を弔う旅に出た二人はとある大樹の郷へ足を運んでいた。
 川蟹が石のようにじっとしている小川を越え、ひと気のない緑や、編みこまれた枝と根を掻き分けて。
 そうして凝然とした植物のカーテンの向こうで、朽ちた大木が黙しているのを目にした。本来であれば上へ上へと伸びていた枝葉も持たず、幹の随所にはぽっかりと穴があき、風通しが良さそうな木だ。
 生気と共に色を失った巨樹はしかし、消滅することなく新たな緑にくるまり、眠っている。
「役目を……果たしたのでございましょう」
 未散がぽつりと呟く。離れているのもあるだろう。大樹だったものから魔力の残滓すら感じない。近寄り、触れてみれば感じ取れるだろうかと、未散が遠き大樹を眺めていると。
「道とか、ぜんぶ植物に覆われてるみたい」
 ざっと辺りを見渡してきたアレクシアが、かぶりを振った。
「根本まで近づくには、住居跡をあちこち通っていく必要があるかも」
 どうなっているかは、実際に歩いてみないと分からないけれど。
「ならば参りましょう。日が暮れてしまう前に」
 隆起した土と岩が行く手を阻み、絡み合った枝と根が歩けそうな場所を埋め尽くしている。急いだ方が良いだろうと、未散もアレクシアも判断した。
 だから人家だった建造物が並ぶ地域をゆく。
 すっかり大自然に溶け込み、元の形を想像することすた叶わぬ民家も多かった。輪郭が残った古びた民家も、造りはどれも同じようでいて、少しずつ個性が出ている。とはいえどの家も蔦と草花の外套を纏っているため、下手に近づいたら崩れてしまいそうだ。
 しまい残されたまま色が尽きたのであろう草の束が、庇らしき出っ張りから垂れ下がっていた。暖簾をくぐるときの要領でアレクシアの手がひょいと退け、足場が安定した民家跡を進む。
 家の中には人が使う物も残されているが、鳥の巣の方が真新しい。木の実を刳り抜いた器は、シチューではなく虫や鳥たちの寝台として活用されているし、草編みの上着はほつれて落下し、犬や狸といった小動物の布団になっているのが分かる。
 ここは、かつて人の営みがあった地。そして、人が去った地だ。けれど。
「ふふ。廃墟だけど、動物とか虫にとっては今もちゃんとした住居なんだね」
 再認識した事実を、アレクシアが口にする。
 はい、と顎を引いた未散も、街や村にあるはずの喧騒を失った絶佳で、廃墟という世界を実感した。
「とても静かで、ぼくは段々と時間を忘れそうになります」
「あっ、私も! ここにずっといたら、どれだけ時間が経ったかわからなくなりそう」
 アレクシアが小さく笑う。ほんのり頬を赤らめた彼女の面差しを、未散は唇を引き結んだままじっと見つめる。人を忘れた集落でも、アレクシアの顔はころころと変わっていく。多くの色をその瞳へ映して、輝いて。
 だからつい、未散も口端を微かに緩める。緩めた拍子に、足元でコツと鳴った石ころが、穴の開いた壁の向こうへ消えていった。
 散策するうち、やがて二人の意識は、家々の細かい箇所へと向いていく。
「ねえ、これ広縁の跡かな? えっと……そう、縁側みたいな」
「床部分が根っこ……でございましょうか。元々あった板材は、剥がれてしまったのかもしれませんね」
 二人して首を傾ぐ。広縁や縁側と呼ばれる箇所に似ているが、へりにあるのは波打つ木の根。
 顔を揃えて、根を辿って端に向かう。すると波頭に当たる部分がくるんとゼンマイめいていて。その丈夫さを頼りに、二人で好奇心から内巻いた窪みへ腰を下ろす。ちょうど臀部をすっぽり包む、居心地の良い椅子になっていた。
「ぽかぽかして気持ちいい……このまま寝ちゃいそうー……」
「瞼を落としたら後戻りできませんよ、アレクシアさま」
 木の根の座椅子で、暫し休息を挟んでいたら。
 朽ちた大樹とは異なる板材でできた羽目から、ブンブンと羽音が聞こえてきた。音の正体を確かめるべく、二人してそろりと近づく。羽目には所々隙間ができている。そのあわいから難なく蜜蜂がすり抜けて出てくるのを、二人は目撃した。
 ぷっくりしたからだの蜜蜂が、触覚を丁寧に撫でつけている。気が済むまで身なりを整えてから、かれは見慣れぬ来訪者に目もくれず、務めを果たそうと翅を広げ、飛び立った。
 家主のいなくなった場所で、蜜蜂かれらは脈々と種を引き継いでいる。他の家を覗けば、かれらが過去に建てた巣の跡を発見することも叶うかもしれない。考えているうちに、アレクシアは立ち竦んだ。廃れた景色を巡るにつれ、次第に胸が締め付けられていく感覚。それでも尚、「蜂にとっての人家」へ想いを馳せた。
 かれらは広大な人家を飛び回りながら、何を感じているのだろう。
 かれらは、昔此処に住んでいた人たちの生活を知っているだろうかと。
「あの子たち、今どんな花の蜜を吸っているのかな」
 アレクシアがふと浮かんだ疑問を口にする。
 道中で見かけた花の多くは、混沌の大地で珍しくないものばかりだった。自然の恵みと共生していたであろう、かつての住民――幻想種たちも、人里や街で咲いているものと同じ花を愛でていたのかもしれない。住む場所は違えど繋がりを感じて、アレクシアが眦を和らげていると。
 未散は、先ほど意図せず蹴ってしまった石ころとの再会を果たしていた。石ころのでこぼこが見つめる先を、凝然と見れば――蜜蜂が飛んでいった方角で。
「アレクシアさま、どのような花か確かめにゆきましょう」
 人家の跡にずっと留まり続けるのは、あまりよくない。未散はそう考えて、提案する。
 残る想い出が誰のものであっても、『記憶』の痕跡は、生きる者をその場へ縫い留めるから。

 過日の痕跡を辿るような足取り。
 でも蜜蜂の後ろを歩いているからか、『想い出』を追い求めている感覚は薄い。
 こうして、朝から夕方まで働き続ける蜜蜂が連れていってくれたのは、大樹の足元への近道だった。
「お手を」
 未散から差し出された心遣いを、ぱちりと瞬いでアレクシアは見た。
「この辺りは、お足元が悪いようでございます」
 伏せた睫毛と、前髪が濡れているとアレクシアは気付く。どうやら一歩前を歩いていた未散はすでに、足元の悪さによって揺れた木枝から、贈り物の朝露を受け取っていたらしい。
 ふふ、と笑ってアレクシアも未散の手を取りながら、頭上の小葉から雫を授かる。似た水のにおいを香水代わりに、二人は随分遠くに視えていた大樹の根本へ辿り着く。
 少しだけ、祈らせてほしい。
 そう願いを紡いだのはアレクシアだった。神官として、自然を愛する幻想種として。この地で残された数々の想いが、安らかな眠りを続けられるように。
 間隔を置かずに未散は頷く。そして二つ分の祈りを捧げるため、種を蒔いた。
「花は、想いと共に育つ……と、私は思ってるから」
 アレクシアがそう話すのを聞きながら、紫苑ゆらめく花の種を、未散は大樹の足元へ蒔く。たとえ枯れていても、足はしっかりと大地にくっついている。跳ね上がったつま先が所在なげに天を仰いでいるから、靴を磨けぬ代わりに、飾り立ててあげようと考えた。
「世界中の花に、色々な想いはなことばが込められているように」
 花言葉はいつだって、未散やアレクシアの心を撫でていくものだ。
 受け取り方を、考え方を、自分なりに解釈して飲み込んで良いのだと、教えてくれるもので。
 はなことば、という響きを未散も繰り返す。
「此方の花言葉は……『君を忘れない』『追憶』『遠方の貴方を想う』でしたかと」
 いつか咲き誇る紫苑を想像しつつ、未散が言う。
 もしかしたらいずれも、アレクシアの耳へもどかしげに届く言葉だろうか。
「此処は、土壌も水捌けも陽当たりも良い好立地です」
 実際に歩いたからこそ未散にも解った。
 永い眠りに就いた大樹はあれど、土地も、美しく煌めく自然の色も、決して古く草臥れたものではない。
 すべてが常に現在いまを生きている。此処に残る痕が、『昔日』を描きあげていても。
「母であり友でもある大樹かのじょに抱かれれば、冬の寒さに凍える事も無いでしょう」
「うん、ここでならきっと、キレイな花が咲くね」
 涼やかな風も頷いてくれている気がして、アレクシアは頬をふくりともたげた。
「病気をし難くて、虫もつかない強い花だ」
 園芸を嗜む者であれば、誰もが欲する逞しさでもある。
 だからこそ、それを理由に言えるのだ。
「春になれば、屹度。芽吹きますよ」
 春は何度でも訪れるから。次の春への待ち遠しさを、未散は朽ちた大樹にも伝えた。永遠を感じる長い冬を越えた先にあるから、より春の温かさを、人も花々も楽しみにする。だから。
「季節が巡り、時に埋もれても、あなた達が覚えていてね」
 祈りのはじまりで、アレクシアは夏の終わりの風へそう囁いた。
 ――囁き、祈りへと意識を集わすアレクシアを、ちらと未散が一瞥する。土地や宗派、一族や時代に沿う祈りの作法は世界に星の数ほど存在していから、見様見真似で未散も黙して祈るのだ。
「シャンティシャンテ、また春にお会いしましょう」
 いつかどこかで耳にしたかのような、歌めいた言の葉を未散が綴る。己の底から湧いてきた音を口遊んだら、あとはこの地で眠る数え切れぬほどの想いたちへ寄り添うのみ。
 それは未散が為してみたかった行為のひとつ。散策しながら耳を澄ますたび、此処ではたくさんの声を聞いた。小川のせせらぎ、囀る鳥、虫たちの演奏会、木の葉のドレスがダンスで擦れる音。
 アレクシアと未散は今日、同じところを歩き、同じものを聞いて、見て、『今』というひとときで未来を想った。今し方蒔いた種たちも、それを知ってくれているだろう。

 やがて秋の到来を報せるかのように、冷え冷えとした夕刻が迫る。
 それでも祈りを寄せる二輪の影は、朽ちた大樹の前で咲き続けた。
 蜜蜂が羽音で歌う中を、いつまでも。

  • 種蒔く想い完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月26日
  • ・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630
    ・散々・未散(p3p008200

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