SS詳細
We are BFFs in Summer
登場人物一覧
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万緑の森を進んだ先にその景色はあった。
遠くに聳える山脈は、消える事の無い万年雪の白冠を頂いている。そこから流れてくる豊かな雪解け水は、清流の白滝や楚々とした勿忘草色の湖に姿を変えて訪問客の前に広がっていた。
「ここが、目的地なのですね」
透き通った翠緑の香りに、幸運を呼ぶ
木漏れ日が黄金色に輝けば散々・未散の交じり合う二色の瞳に感歎が滲んだ。
ここは幻想北部にある高原地帯。
清流のそそぐ蒼い湖と青い森。丸太と赤い屋根の三角屋根のコテージ。湖畔に沿った平地にはキャンプ用の炊飯場やアスレチックが並んでいる。
およそ夏の行楽に必要なものが揃ったキャンプ場に三人が訪れたのは、太陽が天中に差し掛かった時分だった。
「夏の森の香りがする……あっ」
湖風を抱くように両腕を広げたアレクシア・アトリー・アバークロンビーの栗色の髪から、白い帽子が鳩のように飛び立っていく。
「よっ、と」
濡羽色の光が飛んだ。
風に舞うアレクシアの帽子を、シラスは花を摘むような繊細さで受け止める。からまったオレンジ色のリボンを整えるように流すと、シラスはアレクシアの頭へ帽子を戻した。
「はい、少し風が出てきたみたいだから気をつけて」
「ありがとう、シラス君」
そんな二人を見て未散は昼月のように微笑んだ。
俯くようにして思い出すのは
今年の色を重ねた向日葵畑の思い出をなぞっていると、上機嫌なアレクシアがひょこりと未散の顔をのぞきこむ。
「未散君、大丈夫? 疲れちゃったかな」
「いいえ、アレクシアさま」
溢れんばかりの喜びを湛えた未散の笑顔が、ふわりと花咲く。
「こんなにきれいな景色を、お二人と共に見ることができて嬉しいと――」
風に靡いた銀鏡の髪に湖水の色が映る。
「まるで夢のようだと、そう思っておりました」
「うん、私もっ」
未散の言葉に、アレクシアは頷いた。宝物のように掬い上げた未散の両手を握って愛しむように目を細める。
「今日はいっぱい遊ぼうね! 水着も持ってきたし、食べたら湖で泳ごうっ」
「今日は暑いので水遊びにはぴったりですね。気持ちが良さそうです」
「それから、二人の新しい水着でシラス君をびっくりさせちゃおう!」
「シラスさまがどのような反応をされるのか、とても楽しみです」
「おーい、そこのお二人さん。聞こえてるよー?」
シラスはくすくすと笑い合う二人を眩しそうに見つめると、柔らかな表情で頷いた。
「よし、じゃあ荷物をコテージに運び入れたら昼食の準備だ」
「賛成! もうお日様が高くなってるものね」
シラスの提案にアレクシアが飛び跳ねるように同意した。
コテージの鍵を開けると、木の香りと自然色が三人の客を出迎えた。高い天井に備え付けられた空調用の羽がゆるやかな時間を象徴するように回っている。
「未散は、お腹すいてる?」
「ええ、その」
どうだろうか、と未散はキャリーバッグを下した手をお腹に当てた。
「普段、気にしたことがなかったものですから。どうなのでしょう。言われてみれば、減っている気もします」
「よし、今のでやる気でた」
「私も私も」
手慣れた様子でエプロンを身に着けるシラスとアレクシアは、未散の答えに満足したようにペカリと明るく笑った。
「キッチン、ひろーい!!」
「アレクシア、俺、先にオーブン使ってもいい?」
「もっちろん。私の方はスープを温めてサンドイッチを作るだけだし」
アレクシアは魔法のように鞄の中から昼食用の材料を取り出していく。
或る程度の下準備が済まされたそれらが実際に魔法によって仕舞われていたのか。それとも単に収納の妙によって仕舞われていたのか。未散には分からない。
三人で遊びに行こうと言い出したのは、果たして誰が最初だったのか。
思い返せば、ほとんど同時だったかもしれない。
深緑での戦いが終わった彼らは、穏やかな休息を必要としていたのだから。
どこまでも普通で、長閑で、時間の流れがゆったりとした、夏のキャンプ地。紅薔薇宮の絶景でも、星玻璃の秘境でもない。まったくもって普通の、緑が美しい高原を、彼らは目的地に選んだ。
晩夏と呼ぶにはまだ早く、シーズンと言うにはやや遅いこの時期のキャンプ場は閑散としている。三人の他に客の姿は無い。けれどもコテージの窓から外を見ると、野生のリスや鳥が刈りこまれた芝の上で遊んでいるのが見てとれた。
フライパンの上で踊るバターに野菜を刻む包丁の音。揺れる鍋の隣で上機嫌なアレクシアが紡ぐ歌声がキッチンに流れていく。
「できたー……!」
「こんなにすぐに出来るなんて……魔法のようです」
ちょこちょことヒヨコのように近づいて来た未散の口元にアレクシアは匙を近づける。
「ふふ、家で下ごしらえは終わらせておいたんだ。未散君、ちょっとスープの味をみてくれる? はい、あーん」
言われた通りにあ、と口を開け、スプーンの上で揺れる琥珀色のスープを未散は口に含んだ。柔らかく優しい味に雑味はなく、どこまでも澄んだ野菜の味が口いっぱいに広がる。
「どうかな」
「……美味しい」
驚きと喜びで目を開いた未散の表情がアレクシアにとっては言葉よりも雄弁な感想であった。
「えへへ、良かった。じゃあスープはこれで完成っ」
慈愛のこもった微笑みと共に、おかわりあるからねと力強く告げる。
「未散、俺の方も味見してくれるかー?」
「いま、参ります」
ミトンをはめた手でちょいちょいと手招きするシラスの元へ、未散は小走りで近づいた。オーブンから取り出された骨付き肉の塊からは香草の香り豊かな湯気が立ち上っている。
「はい。熱いから気をつけてね」
シラスはその切れ端を薄く切ると、未散の掌にひょいと乗せた。
「!」
口の中にじわりと広がる心地よい香草の爽やかさと赤身肉の甘み。黒胡椒、ローリエ、ジンジャー。噛むほどに擦りこまれたスパイスが熱い肉汁の中から顔をのぞかせる。
「香辛料を使っているんだけど、平気そう?」
出来立ての熱さに口元を押さえつつ、こくこくと未散は頷いた。
「よし。じゃあ俺の方も完成ーっ」
シラスは満足そうに腰に手を当てると、テラスへ続く窓を見やった。
「そうだ。せっかくだしさ、外で食べようよ」
子供のように眼を輝かせてシラスは外を指さした。
「賛成っ」
「はい。では運びましょうか」
「あ、皿を運ぶのはちょっと待って。今セッティングしちゃうからさ」
「?」
コテージに備え付けられたテラスには折り畳み式のガーデンテーブルと日よけ傘が設置されている。窓を開ければ、キッチンの熱で火照った三人の身体を涼しい空気が包み込んだ。
「よっと」
蒼と白に輝く雄大な自然の景色。そして萌える緑を背景にしたシラスは、純白のテーブルクロスを広げた。
皺ひとつない清潔な布の上に並んだ色どり豊かなサンドイッチの大皿にグリルされたローストチキン。
そこに三人分のテーブルナプキンとカトラリーが行儀よくセッティングされていく様子を、未散とアレクシアは目を丸くして見つめている。
「じゃーん! 俺こういう場所で食べてみたかったんだよね」
手際よく食器を並べ終わったシラスは嬉しそうだ。
「お見事です」
「凄いねっ、シラス君。レストランみたい!!」
「ずっとテーブルセッティングの練習をしてたからね。今日披露できて良かった」
慣れた手つきで温かいお茶をサーブするシラスの振る舞いは熟練した執事の佇まいで、アレクシアと未散はカッコいいと共に目を輝かせた。
「この小瓶に生けてある花はどうしたの? 可愛いね」
シラスが問えば、未散が小さく微笑んだ。
一輪挿しに生けられた白い野花は、二人がキッチンで料理をしている間に未散が準備したものだ。
「お二人の作った食事が美しかったものですから。ぼくも何かをしようと思いまして」
普段の未散は食卓の見栄えを気にしない。けれども今日ばかりは親しい友人たちに喜んでもらいたいと摘んできた。
くう、と小さく誰かのお腹がなれば、互いに顔を見合わせて笑い合う。
「さあさあ召し上がれ! 綺麗な景色の中、三人で作ったランチだもん。きっといつもと違った味わいになるよ!」
両手を広げて破顔するアレクシアに合わせて、二人もまたこぼれんばかりの笑顔でフォークを手に取る。
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
美味しいご飯に綺麗な景色。森を流れる清流のせせらぎと友人の笑顔。これ以上、幸せな昼食はあるだろうか。
「このスープ美味い」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。シラス君の焼いたお肉もすっごく美味しいよ!」
「こちらのサンドイッチもとても美味しいです。パンはふわふわでお野菜はシャキシャキしていて」
未散はふと、手に持っていたナイフとフォークを置いて上目でアレクシアとシラスを見た。
「どうした」
「その。食後のフルーツは、ぼくが剥いても良いですか」
おそるおそるといった様子で告げる未散の視線の先には石を集めて作られた小さな水場がある。その囲いの中には、よく熟れた赤や緑、黄色の果実が浮かんでいた。
「わぁ、素敵!!」
「キャンプっぽい!!」
はしゃぐアレクシアとシラスの隣で未散は、はにかんだ。
「食事の準備はお二人に任せきりでしたので、デザートはぼくにお任せください」
清流によって冷やされ、美しく切り分けられた甘い果実で喉を潤せば、三人の視線はそわそわと水辺へと向けられる。
「今年の水着は何か二人で打ち合わせていたようだけど」
「まーだ秘密」
「です」
「って言ってたけど、二人ともどんな水着を着てくるんだろうな? ……って、つめてっ!」
昼食の片づけも終わり、二人と別れたシラスは先に水着へと着替えて川べりで水と戯れていた。
白いシャツタイプの上着を羽織ったまま透明度の高い水に素足を浸せば、さらさらと足をくすぐる水流の冷たさが心地良い。
唇に人差し指を立て、悪戯っ子のように声を揃えたアレクシアと未散の様子を思い出してコテージの方を見るが、二人の姿はまだ見えない。
二人の水着が楽しみだとはしゃぐ気持ちを抑えようと、シラスは川へと意識を向けた。
シラスの水着は淡いグラデーションがかかった黒とウォーターブルーという清涼感のあるものだ。
「案外、海とは水の質が違うもんだな」
水を掬おうとかがめば、鍛えられた肉体と腰や足首を彩る金のチェーンベルトが太陽の色に輝く。
「シラスさま」
「おまたせ―」
「ううん、待ってないよ……わっ」
振り向いたシラスは声を無くし、コテージから出てきた二人を黒曜の瞳で見つめた。
「じゃーん! へへー、どう? びっくりした?」
「シラスさまのお顔を見るに、どっきりは大成功のようですね」
アレクシアが可憐に回れば、あとに続いた未散もまた楚々と回る。
貴婦人のような優美さと快活なマリンルックを合わせもつ水着が、二人の柔肌を眩しいばかりに彩っていた。純白のリボンと水色のスカーフが揺れ、きゃらきゃらとした少女たちの笑い声が水面に反射してキラキラと輝いている。
眼を見開いて静止したシラスの反応に満足したのか、アレクシアは腕を組んで胸を張った。
「ふふ、この日のために未散君とおそろいの水着を用意してきたんだ!」
「ディティールのほんのちょっとした違いで個性を出したのです」
水兵服をモデルにした二人の水着やアクセサリーは、一見すると同じものを身に着けているようだ。
しかし互いを意識した飾りやモチーフを選んでいるのだとシラスには一目で分かった。
にっこりと嬉し気に、そして誇らしげに笑うアレクシアのショールや帽子には幸せの青い鳥の羽飾りが。へらりと緩やかに、しかし自慢げな微笑みを浮かべた未散の帽子やリボンには眩しいばかりの太陽の花飾りが咲き誇っている。
結び合ったのであろう髪にはお揃いのリボンが、妖精のように揺れていた。
「……うわ、可愛い!」
遂に両手で顔を覆ってしまったシラスの反応に、分かる分かると未散は頷いた。
「ふふ、アレクシアさま、可愛らしいでしょう」
「分かっていたことだけど、破壊力がすごい。すごい破壊力」
「そうでしょうそうでしょう」
最後の抵抗とばかりに両手で顔を覆ったまま喋るシラスにむかって、自信に溢れた様子の未散が大きく頷いた。
「未散君も可愛いでしょ?」
「えっ、ぼくは、別に……わっ」
背後に回ったアレクシアが両手を未散の肩に置いた。びっくりした未散は、自信たっぷりの表情から慌てた表情へと変化するが、それすらも可愛いと云わんばかりの表情でアレクシアはシラスへと問いかけた。
「もちろん未散もかわいい」
二人のやりとりだけで、シラスの中のかわいいメーターは振り切れんばかりだ。両手で顔を隠したまま、それでも芯の通った明瞭な声で一音一音、はっきりと告げた。
「ふたりとも、かわいい。とっても、かわいい」
「ふたり共可愛い……成る程、では、議論はおあいこですね」
「そうだね。このままじゃシラス君の照れてる顔をからかえないし、このくらいにして、わっ……!」
「はぷっ」
ぱしゃり、とアレクシアと未散に冷たいシャワーがふりそそいだ。ぱちくりと目を開き、自分の髪から滴る水を確認する。
目の前では両手に水を湛えたシラスが悪戯っ子のように笑っているが、余裕のある表情に反して苺色に染まった耳は、隠せていない。
「やったなーっ!」
最初に動いたのは、にやりとシラスに不敵な笑みを返したアレクシアだった。
ざぶざぶと川に入っていくと、両手いっぱいに水をたたえて思いっきりシラスへむかって放った。
「それっ、おかえしだーっ」
「あははっ、つめてっ」
頭から水をかぶったシラスはケラケラと笑った。
そんな二人の攻防を見て、未散も心を決めたのか。川辺からえいやと腕を水に沈めて、冷たい水を掬い上げた。
「ぼくも行きますよっ」
「二人がかりか。よし、受けて立つぜ!」
「ちなみに、こちらの勝敗はどうやって決するのでしょうか」
「細かいことは気にしなーいっ」
宙を舞う水飛沫が流星のように輝く。
強い太陽の陽射しを遮るように水のカーテンをかけあって、三人はただ、子供のように笑い続けた。
「ちょっと待って、この辺りから少し深くなってる」
「本当だ。湖に入ったからかな」
「足の裏がふわふわしますね」
動きを止めたシラスの元に二人は近づいた。
「ねえ、誰が深く潜れるか勝負しない?」
「えっ」
「潜る勝負なら受けて立ちましょう!」
「えっ」
閃いたとばかりにシラスが提案し、堂々とした貫禄と共にアレクシアが応えた。二人を交互に見やる案ずるような未散の視線に気づいたのか、甘いよとアレクシアは指を振る。
「もう昔の泳げない私じゃあないからね!」
「泳げなかったんですね」
そうだったのか、と未散は頷いた。
幻想種と言えば森に住んでいるイメージだ。確かに魚のように泳いでいる姿は想像できなさった。
「じゃあ行くぞ。せーのっ」
シラスの掛け声でとぷんと三人同時に水に潜る。
小さな銀の魚が泳いでいたかと思うと、綿毛のような生き物が蛍のように明滅しながら未散の前を横切っていく。
未散にとって平穏な湖の中は未知の世界であった。
何も聞こえない静寂の世界で、真珠のような酸素の泡が天上へ昇っていく光景は見れば見るほど普通で美しい。
隣を見ればアレクシアが白い脚で水を蹴るところだった。蒼い世界で踊るたびに、茶色の髪が謡う水草のようになびいている。薄らと浮かべた微笑みは、先ほどまでの勝負に燃える蒼ではなく湖底を見守る穏やかな碧だ。
シラスは宣言通り、深く深く潜っていく。
黒髪が揺らめいていたが、くるりと反転すると未散やアレクシアにむかって手を振った。
遠ざかる太陽の光を見上げて眩しいのか、細くなった瞳の中で蒼で揺れている。
「ぷはっ。深く水に潜ると云うのは難しいものですね」
「ハァッ、やっぱりシラス君が一番かぁ」
「自力で潜るにはコツがいるからな」
水面に顔を出した三人は、少し荒い息の中で互いに顔を見合わせた。
「先生、コツの伝授をおねがいします」
「お願いします」
「いいよ。でも、少し休んでからにしようか」
水で遊ぶと意外と体力を使う物だと、タオルで濡れた髪を拭きながら、アレクシアは用意しておいたレモン水を飲み込んだ。
冷えた肌に太陽の温かさが心地よい。
湖の周りには緑陰が濃い場所が多く、樹齢五百年はくだらないであろう大樹もあれば、木登りにもってこいな枝ぶりの木もある。
ハンモックを見つけて一番はしゃいでいたシラスは既に夢の中だ。
蝉の聲、風の音。幽かな自然の声の中に、すぅすぅと穏やかな寝息が混じっている。
未散もまた、揺りかごのように揺れるハンモックで微睡んでいた。読みかけていた本を大切に抱えて瞳を閉じれば、直ぐに深い眠りの国へと誘われたのだろう。上下する胸の動きが次第に緩々としたものへと変わっていく。
シラスが張ったハンモックの上に寝そべりながら、アレクシアは数多の音に耳を傾けていた。
眠くないわけではない。けれども高揚した気分が意識を覚醒させるのだ。
草の声。大切な二人の寝息。穏やかな風。自然の囁き。
この大切な時間に身を浸すように、アレクシアの意識は溶けていく。
ハンモックを大きく揺らして笑っていたシラスの無邪気な声。はらりと落ちてきた緑楓の葉を栞にした未散の微笑み。
覚えておきたい、大切なもの。
眠りに落ちる直前、アレクシアは少しだけ笑った。
●
「夕食はバーベキューだ!!」
「夏だね!」
「楽しみです」
湖のほとりで威勢の良い掛け声があがった。
たっぷりと昼寝をして体力を取り戻し、水着から着替えた三人は、夕陽が湖をオレンジ色に照らし始めた頃に再びエプロン姿で現れた。
炊飯ができる石窯や燻製窯が設置されたキャンプエリアは、三人の貸し切り状態だ。必要な設備はどれでも使いたい放題であり、逆に何を使おうかと頭を悩ませる結果となっている。
結局シンプルなコンロの周りに集まって、バーベキューをすることになった。
シラスとアレクシアは手際よく野菜や肉、釣った魚を捌いていく。
それらを串に刺すのは未散の役目だ。
最初はおっかなびっくりの手つきだったが次第に慣れてきたのか、今は野菜や肉の色合いを考えながら黙々と串を作っている。
「どうせなら、キャンプらしさを味わい尽くしたいな」
「バーベキューは、キャンプだよね。他には?」
「そうですね。マシュマロを焼いたりするのもキャンプっぽいですよね」
「おお、それは凄くキャンプっぽいな」
「ビスケットとチョコレートもあるよ」
「準備良過ぎない? じゃあキャンプファイヤーとかもやっちゃう?」
焼いたトマトの甘さに、塩を降っただけなのにふっくりと身が膨らんだ白身魚。
昼間のスープの残りで作ったミートソースがたっぷりと添えられたジャケットポテト。
串に刺した野菜のバランスや色どりを褒め讃えれば、未散の白い頬に朱がはしった。
そんな「キャンプらしさ」を追求した三人によるディナータイムは暗くなるまで続き、コテージに戻ってからも冷めやらなかった。
「全然眠くなりませんね」
「そうだね、昼間に良く寝たからなぁ」
窓の外には暗闇が広がっている。どこか寂しそうに夜を見つめるシラスと未散の背後で、アレクシアは待っていましたとばかりに鞄の中を漁って巨大なパッケージを取り出した。
「と、いうわけで持ってきました。夏の風物詩といえば!!」
じゃん、とアレクシアが取り出したのは様々な色に塗られた細い棒が大量に入った袋だった。
「この棒、何だ?」
不思議そうに首を傾げるシラスの隣で、未散があっと声をあげた。
「花火ですね」
「そのとおりっ。夜にやろうと思って、手持ち用花火を買っておいたんだ」
懐かしむようにアレクシアは目を細めた。
「線香花火は去年未散君と一緒にやったっけ」
「ええ、一年と云うのは早いもので」
柔らかな頷きで未散は応える。
「俺こういうの初めてだ」
どことなくそわそわとした様子のシラスが、花火を一本手に取った。
「どうやるの?」
「それじゃあ、さっそく川辺に行こうよ。シラス君はバケツを、未散君はランタンを用意してくれるかな」
周囲に人気のないキャンプ場は、灯るコテージの明かりと満天の星空が主な光源だ。
優しい暗闇のなかを、三人は水音を頼りに歩いていく。
たっぷりと水の張られたバケツを傍らに置いて、指先に小さな炎を灯したアレクシアが不敵に笑った。
「それじゃあ、いくよ。シラス君、覚悟はいい?」
「この棒、覚悟するようなものなのかっ!?」
「はい。しっかり持って」
冗談を交じえながらアレクシアが火を近づければ、しゅわと炭酸が弾けるような音と共に棒の尖端から黄色い閃光が噴き出した。
「わっ、わっ」
小さな小枝のような先端から色づいた火花が噴き出すのを、まるで魔法のようだとシラスは食い入るように見つめた。そんなシラスの反応をアレクシアと未散は嬉しそうに見守っている。
「明るい……やはり線香花火とは違いますね」
「そうだね」
派手で眩しい花火の激しさはあの日見たリコリス色の火花よりも鮮烈だった。
苛烈な色を、飛び散る火花の熱さを、少し恐ろしいと未散は思う。
けれどもその鮮やかな色彩に照らされるシラスの笑顔を見ていると、この熱さや激しさと共に楽しい時間も記憶として残っていくのだろう。
「あ、終わっちゃったか……」
「まだまだあるよ!」
数本をまとめて手渡され、シラスの顔がぱっと明るく輝いた。
その隠しきれない子供のような純粋な反応に、アレクシアの胸は温かくなる。
「あんまり顔を近づけると火傷しちゃうよ」
「でも、近くで見ていたいんだよなぁ」
「アレクシアさま」
「ん?」
ちょん、と袖を引かれてアレクシアは顔をあげた。
「花火、終わっていますよ」
「あ。本当だ」
いつの間にか終わって、黒く焦げついた自分の花火。一体何色だったのだろうか。
「何か、他のものを見てたの?」
「うん」
慈しむように同意しながらアレクシアはバケツの中に終わった花火を片付けた。
「大切なものを見ていたんだ」
自分の手元で咲く花火が消えた事よりも、目の前の二人が楽しそうに笑い合う姿をずっと見ていたい。
「ほら、二人とも。次の花火いくよー!!」
次々と、新しい花が手元に咲いていく。
時には弧を描き、時には虹にも負けない色を宿して、炎の軌跡が暗闇を照らす。
時折吹き抜ける風が火薬の煙や匂いを静かに流し、彼らの空間を明るく楽しいものにし続けた。
激しく燃える炎は眩しいばかりの光を残し、活き急ぐかの様に目紛しく鮮やかに舞う。
「シラスさま。火をどうぞ」
「ああ、こうやって火を移すのか」
「はい、こうすれば。ほら」
「ははっ。二色が重なって未散の目の色みたいだ。何か、こういうのって、良いよな」
「ええ。良いものですね」
シラスと未散には、先ほどアレクシアが言っていた「大切なもの」の正体が分かっていた。
自分にとって彼女が、彼が、他の二人が
緑や赤、白い華が音と共に咲いては、三人の笑顔を色彩で照らし出す。
けれどもいつかは終わりがやってくる。
からり、と鳴いた最後の黒い燃え殻がバケツの中に入れられた。
「終わってみれば、あっという間だったな」
暗闇色に染まったバケツの水見たシラスの声には寂寥ともつかない名残惜しさが滲んでいる。
「こういうのは、もっとあれば、と惜しむくらいで良いんだよ」
アレクシアに声をかけられても、シラスの視線はバケツの中から動かない。
「そういうもんかな」
楽しい時間だったからこそ、終わってしまえば妙に切ない。
まだ遊びたい。まだ一緒に居たいという想いが残り火のようにシラスの胸にくすぶっている。
「俺ぜんぜん眠くならないや」
「ぼくもです」
この夜が終わってしまえば、朝日が昇る。
朝日が昇れば、帰らなくてはいけない。
この休日が素晴らしいものであればあるほど、終わらせたくないと願ってしまう自分がいる。
「あはは、また来年も来ればいいんだよ」
笑いながら優しくアレクシアは告げた。
また来年もここに来よう、と。
その困難さを知らないはずがないのに。輝く太陽のように、道しるべのように、何でもないことのように告げた。
「……そう、ですね。亦、来年」
「そうだな。また、来年、来ような」
森の魔女が紡いだ言葉の眩しさに、希望に目を細めながら二人は頷く。
三人の間で交わされた確かな約束を、川のせせらぎが聞いていた。
おまけSS『フォンテロヴェーヌ高原キャンプ場』
「ひたすらに輝く夏の思い出を」
・イメージ風景
ヨーホー国立公園(カナダ)
風光明媚な湖キャンプ地
遠くに雪山
普通すぎて行った事ない
・イメージジャンル
幻想/童話/仲間
暖かい/友人
忘却/楽しい
・イメージ単語
キャンプ!!!!
BFF/ベストフレンドフォーエバー!!!!