SS詳細
想いの形
登場人物一覧
その日も常と変わらず、ローレットはイレギュラーズや情報屋の出入りで慌ただしい。羊皮紙とインクの匂いに、イレギュラーズたちが外から持ち込んでくる匂いが混ざる。それは彼らがまとうものだけではなく、扉を開けた拍子に入り込む外の空気もまた然り。入り口近くのイレギュラーズがそこに含まれる冷気に体を震わせた。
しかし、入口から距離を取ってしまえばさしたる問題もなく。シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)も暖かい場所でぼんやりと外を眺めていた。
いや、ぼんやりと外を眺めているというのは語弊があるかもしれない。
「んー……」
固く結ばれた唇。寄せられた眉根。彼女は――悩んでいた。
「よっ」
「わあ!」
そこへ不意打ちのように声をかけられたものだから、シキは大げさなほどに飛び跳ねる。それは相手としても予想外だったようで、その瞳をまん丸に見開いた。
「クロバさん!」
「おう。随分な驚きようだったな」
クロバ・フユツキ(p3p000145)は小さく口角を上げる。からかうようなその表情に、シキは小さく口を尖らせた。考え事をしていたのだから、仕方がないじゃないか。
「前に、豊穣で戦いがあっただろう? その時にこの刀を手に入れたんだけど、扱い方がわからないんだ」
シキはクロバへ一振りの刀を見せた。瑞刀と呼ばれるそれは、黄泉津瑞神の穢れが封じ込められている刀である。故あって手にすることとなったが、彼女が普段手にしている剣とは似ても似つかない。
「ま、シキが使っていた剣と同じ振り方はできないだろうなぁ」
「だろう? けれど、腐らせておくのは勿体ないし……扱えるようになりたいと思って」
その言葉にクロバは片眉を上げた。しかし、シキは瑞刀へ視線を落としていてそれには気付かない。
彼女は
「……バ……ん、クロバさん?」
「――あ、いや、悪い。なんだって?」
思わず考え込んでいて、シキが呼んでいたことに気付くのが遅れる。聞き返せば、彼女は気を悪くした風でもなく口を開いた。
「だからね、この刀の使い方をクロバさんに教えて貰えないかと思ったんだけれど、どうかな?」
「俺? まあ、構わないが」
視線を落とす。この刀の力を十二分に引き出すことはクロバにもできないだろうが、それはこの刀と共にあるシキが至る境地だ。刀での戦い方や心構えなどは多少説けることだろう。
「やるなら善は急げだ。シキ、この後の予定は?」
「大丈夫! 行こう、クロバさん!」
にっと笑うクロバにシキが席を立つ。瑞刀を携えて、2人は意気揚々とローレットを出て行った。
「ん、この辺りでいいだろ」
ローレットを出て暫し。長閑な平原でクロバは振り返る。抜いてみろと言われたシキは抜刀し、若干ぎこちなく構えて見せた。基本的な構えから気になるところは指摘して、何度か素振りをさせてみる。
「振り方ひとつとっても、処刑剣とは勝手が違うだろう」
「そうだねぇ……随分勝手が違うよ。早く慣れたいものだけれど」
苦笑いを浮かべるシキ。処刑剣とは間合いも、込める力も、重心も異なる。似た分類の武器であるはずなのに、全く別の得物を手にしているかのようだ。
しかしそこはこれまでの努力のたまものか、彼女自身のセンスか。刀の扱い方を上達させていくシキに、クロバは小さく目を見張る。
(磨けば光る、だな)
今でこそ慣れない得物に四苦八苦しているが、馴染んでしまえばその瞳のように、輝かんばかりの宝石になれるだろう。至るか否かは、本人の頑張り次第だが。
「シキ、折角だ。軽く手合わせしてみないか?」
「クロバさんと?」
きょとんと眼を瞬かせたシキは瑞刀を見下ろし、それからやってみたいとクロバへ視線を戻す。
(勝てないかもしれない。ううん、きっとまだ、全然)
クロバもまた、剣の道を極める者だ。武器を変えたばかりのシキが勝とうとするのは無謀である。
ならば何故手合わせをするのか――刀を交えることで、その技術を我が物とするために。
2人は相対し、得物を構える。草原を照らす太陽は柔らかな光を注ぎ、風は優しく肌を撫でるけれど、2人の間には貼り付けた空気が満ちた。
呼吸一つ。動き一つで火ぶたが切って落とされる。じりじりと最初の隙を探す2人の間を、ひらりと蝶が舞って。
「――はぁっ!」
先に動き出したシキが的確に刀を打ち出す。得物で受け流したクロバは振り向きざまに一閃した。転がりながら回避し、すぐさま体勢を立て直したシキが肉薄する。
(これが処刑に特化した剣術か……!)
自分が使うものとも、
しかし、だからと言って熱くなりすぎるわけにはいかない。今はシキへレクチャーをしている最中なのだから。
「右が甘いッ!」
クロバの得物が空気を裂く。間一髪で受け止めたシキは、しかし勢いを殺せず側面へ転がる。飛び起きたシキへクロバは得物の切っ先を突き付けた。
「――参りました」
小さく息を吐き、そう零す。クロバがふっと表情を緩めた。
「クロバさん、私の戦い方とは全然違うね」
「そりゃそうだろう。俺だって同じだ」
納刀したクロバが苦笑する。確かに、お互いと戦うことなど早々ないのだから、異なる剣術が交わらぬのは道理だ。
ちょっと休憩するか、とクロバは地面に座り、その隣にシキもお邪魔する。先ほどまでの模擬戦などなかったかのように辺りは平和だった。
「……クロバさんの剣術は、元の世界で培われたものだったっけ」
「ああ、そんなところかな。今もまだ境地は遥か遠く……ってところだが」
その表情に苦笑いが混じる。どちらかと言えば、苦々しいものの方が多く含まれたそれに、シキは目を瞬かせた。
剣聖。そう呼ばれる男が元の世界にいたのだという。数えきれないほどに挑戦し、敗北して、その間にも技術を盗み続けた。それでも未だ至る事の出来ない相手であるのだとも。
「大切なものを守りたかったんだ」
その想いは裏切られ、守りたかった大切なものも失ったのだと、そう思ったけれど。この混沌で繋がった縁は彼へ再び剣を握らせ、かの男の背中を追わせ始めた。
「守るため、かぁ……私にも、お師匠みたいにわかるときが来るのかなぁ」
「来るさ、きっとな」
今はただ、我武者羅に何かの為を思って剣を振ってみても良いのだ。そうしていればいつか、心の底からの理由にだって出会えることだろう。
「……というか、お師匠ってなんだ、お師匠って」
「えー、いいだろう? お師匠だもの」
笑みを浮かべたシキ。不意にどこからかきゅるるるる……と小さな音が聞こえてくる。クロバが目を瞬かせると、シキの笑みに照れが混じった。
「あはは、私だ。お師匠、もう一戦したらご飯奢っておくれよ」
「飯? 構わないけど、あいにく今は金がなくてね」
手料理を振る舞おうと言えば、シキが嬉しそうに呟く。彼の料理の腕前は聞いているから、むしろ楽しみだ。
さあ、なればもう一戦――シキとクロバは休憩を切り上げ、再び向かい合ったのだった。