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アイドルの日常~あまあまくれーぷ~
登場人物一覧
鉄帝。その象徴ともいえる文化が大闘技場『ラド・バウ』であった。
輝かしい栄誉を得ることのできるその場所は鉄帝に住まう者たちの憧れであり、そして、戦士を志す者たちの目標だろう。
そんなラド・バウに一風変わった存在がいる。筋肉や汗といったイメージとはあまりにかけ離れた可憐な少女が一人。桃色の髪にちょこりと愛らしい獣種の耳と尾を揺らした美少女――応援席に居るのではない、彼女は『きちんと』闘技場で戦っている――それこそがアイドル闘士『パルス・パッション』その人だ。
彼女の活動は闘技場外にも及ぶ。アイドルとしてのライブやファンミーティングなど多岐にわたる活動と、気安い人柄で兎にも角にもファンの多い少女だ。
ラド・バウより刊行されたガイドブックにも彼女のアイドルとしての活動が特集されていたり――「つまり、パルスちゃんはハイパーアイドル!」と焔が大絶賛するほどだ。
ラド・バウの事はさておき、鉄帝。此処はある商店街だ。
焔曰くアイドル専門誌のパルスのインタビュー記事で「鉄帝のオンナノコに人気のお店」というコメントがあったらしい。
鉄帝という凍て付く寒さを感じさせる気候も和らぐ夏の季節。ずらりと行列を成したその店は彼女のコメントの通り女性客が多かった。ファンシーな桃色を基調としたパステルカラーは可愛らしく、クレープハウスの名をほしいままにするようなクリームの香りを漂わせる。
「ここが……『くれぇぷ』のお店ですか」
きょとりとした様子の珠緒。特異運命座標としてこの世界に召喚される前は持病のアレソレで動く事が出来なかった彼女からすればクレープ屋さんの行列に並び、そして『クレープを食する』というのは初めての体験だ。
「その……パルス様の事はあまり詳しくはないのですが、雑誌で仰っていたとか?」
「らしいね。まあ、パルスの影響だけじゃないのかもしれないけど――しかし、凄いな。この行列」
うわあ、と言いたげに頬を掻いたアオイ。甘党である彼はクレープにありつく瞬間を心待ちにしているのだが……この行列ではまだまだ遠そうだ。
「人気だね! うーん、どんなクレープにするか迷う時間があるって事かな?
あ、でも、ボクはアレも……アレも……アレなんかも食べたいなー!」
どうしようかな、と悩まし気なセララ。店頭に置かれていたメニューを手に次々に指さしながらうんうんと悩み続ける。大元のクレープが決まってもトッピングが出来るとなれば問題だ。どれにするかをキチンと決める猶予としてこの行列がある――のかもしれない。
「ここの店って何が名物なんだっけ?」
「ええっとね、チョコレート、かな?」
パルスの雑誌記事を思い出す様にううんと唇を尖らせた焔。チョコレートという言葉にシラスがぴくりと反応して「チョコレートか……」と小さく呟いた。甘党男子たるシラスはチョコレートが好物だ。チョコレートが好きとなれば勿論クレープにも興味は津々という訳で――
(パルスオススメってだけあって期待してもよさそうだな……)
シラスやアオイが楽しみだと心弾ませるクレープ屋に焔も楽しみだなあと声を弾ませていた。
大体の人間が把握しているだろうが殊更に言及しておけば焔はパルスの大ファンだ。初めてライブを見た時からその虜になり彼女のおすすめクレープ屋ならば絶対に訪れたいとも考えていた。それ故に、今日が楽しみで、楽しみで――
「ちょ、やめてください――!」
――そんな楽しみに水を差す様な声が響く。珠緒が首をこてりと傾げ声の主を見遣れば、クレープ屋に並んでいた少女たちを蹴散らす様にラド・バウ闘士であろう青年が無理矢理行列に横入してきている。
「まあまあ、ラド・バウ闘士様に譲るのは当たり前だろ?」
そんなの可笑しいと食って掛った女性を押しのけて、疲れただとか物分かりが悪い奴は困るだとか繰り返す青年。
「何あれ」と小さく呟いた焔の声にアオイが「あんなのアリかよ」と小さくぼやいた。
「女性を突き飛ばしてるってなりゃ止めに行った方がいいかもしれないね」
「そうだな……あんまり気分良くないし、折角のクレープも不味くなりそうだ」
アオイの言葉に悩まし気に小さく呟いたシラス。頷くセララが「ちょーーっと待ったァー!」と宣言しようと身を乗り出した時、同じように「ちょぉーっと待ったあ!」と声が響く。
きょとんとした珠緒が声の主を探し、それに釣られるようにアオイ、セララ、シラスも其方を向いて、焔が声なき声で叫んだ。
「―――――――パッ!!!!?」
桃色の髪を結い上げ、普段の闘士としての快活な恰好ではない、大きなサングラスに可愛らしいオフモードの洋服に身を包んだ少女が一人。
仁王立ちで「君達、女性に乱暴してまでクレープが食べたいの!?」と叱る少女、その人こそパルス・パッションであった。
「パルスちゃんっ!!!!?」
「あ、パルスだ」
慌てる焔をよそに、アオイとシラスは偶然だとでも言う様に彼女を見遣る。「パルスちゃんだー!」とセララが笑みを浮かべ、珠緒が「アイドルの方ですね」と静かに頷いている。
パルス当人と言えば、ラド・バウ闘士にお冠のようだ。特異運命座標達には気づかぬまま、少し拗ねたように唇を尖らせている。
「ラド・バウ闘士って言うならちゃんと列に並びなよ。闘士としての恥だよ!」
「なんだと!?」
相手はどうやらサングラスと帽子で『外見を偽る様にした少女』の正体に気づいてはいない。あからさまにパルスなのだが、闘士にとってはさもないことだったのだろう。
「口答えしやがって――!」
「ねえ」
「なんだ?」
「知ってると思うんだけど、ラド・バウって『階級分けられてる』の。意味わかる?」
「俺を誰だと思って……!」
苛立ったようにパルスに掴みかからんとした青年が『飛んだ』。いつの間にかレイピアを手にしていた細身の少女はサングラスと帽子を取りにいと笑う。
「ごめんね? 闘士としても人間としても『パルス・パッション』の方が上みたいだ」
響く少女の声音と周辺の拍手喝采。その様子を見ていたアオイが「あれが『闘士パルス・パッション』」と小さな呟きを漏らす。
逃げる闘士を見送った後、パルスに痺れたとでも言う様に声を震わせた焔が「パッ、パルッ、パル」と何度も口をパクパクとし続ける。
「パルスちゃん! パルスちゃん! かっこよかったよー!」
ボクの出番なかったなあと笑うセララの呼びかけに気付いた様にくるりと振り返ったパルスは「わ、ローレットの特異運命座標たちだ!」と人好きする笑みを浮かべる。
「君達が居たんだったらお任せしてもよかったね?」
「特異運命座標ってもオフだし、ああいうのはタイミングだからパルスが行ってくれたならパルスでよかったよ」
シラスの言葉にパルスは「そ?」と首を傾いで嬉しそうに笑った。
すぐ様に剣を抜き相手と接敵するそれは闘士として鍛えられたものなのだろう。アイドルというよりも闘志であるパルスに興味があるアオイからすればあれが彼女の『実力』の一片なのかと感心するところはある。
一方で――以前、ビッツ・ビネガーに戦いを挑み『遊ばれた』様子をパルスに見られていたシラスからすれば内心は複雑だ。彼女からすればよくあることでビッツの実力を把握している以上、何も可笑しなことはなかったのかもしれないがそれが『実力』だと思われるのは心外であった。
男子二人の様子に首を傾いだ珠緒が「女性も無事でよかっ――」と言いかけて勢いよく咳き込んだ。
赤が舞う。ゴフゥと息を漏らす様に全力で飛び出していった血潮。ちょっとうっかりといった勢いで血を吐き出すものだからパルスが「ひえ!?」と帯びた様に声を漏らす。
「だ、だだ、だいじょうぶ!?」
「ええ……いつもの事ですから」
「いつもの事!?」
これが普通の反応かもしれない。珠緒の吐血に慣れてしまっているセララは「初めての人はびっくりするよねえ」と小さく笑う。
行列に並びながらフリートークをしている状態だが、パルスとお話しできる貴重な機会となれば一番に身を乗り出してまでも参加しそうな焔が此処迄無言だ。
ちら、とアオイが焔を見遣る。アイドルとしてのパルスの事は知ってはいるというアオイからすれば「どうしたんだ?」という印象だろうが――焔は固まっていた。
アイドルという存在に関しての知識がある珠緒にとっては強いパルスの方が予想外で解釈違いという訳ではないのだろうけれど、と焔を見遣るがその表情が暗いものではない事に気づきくすくすと笑う。
アイドルは個人差があれど誰かの憧れの塊だ。そう言った存在だからこそパルスを見る焔の視線が羨望の色であるのは決しておかしくはないのだろう。
「あ、あの」
「はいはい? どうしたの?」
「ぱっ、ぱる、ぱる……ぱるすちゃ……パルスちゃんがどうしてここに!!!!!!?」
大仰に声を発した焔。その言葉に「おおっと!」とパルスは慌てた様に声を発した。大慌ての焔がドキマギしながらパルスを上から下までぐるりと見遣る。何時ものショートパンツの動きやすい衣服ではない明らかなオフモードの様子は雑誌などでしか見る事がない。
「お察しの通り、今日はオフなんだ。折角だしクレープでも食べようかなーって思って!」
特異運命座標の皆も? とパルスはにんまりと笑って笑みを溢した。その言葉に頷いてシラスは「まあ、息抜きはどちらも必要だろから」とふい、と顔を背ける。
彼を見遣って「前に会ったよね」と微笑んだパルスにシラスは「そ、れは」視線を逸らした。
「あの時は、『たまたま』ああなっただけだぞ」
ふい、と逸らすシラスにパルスはニコニコとして「そうだね」と頷いた。
戦いなんて時の運だ。それはラド・バウ闘士であるパルスもよく知っている。
和やかな冗談を交えながら行列が進み、セララが「お! もうすぐだよー!」と行列の戦闘に向けて一歩踏み出した。
長い行列を並んだ甲斐もあって、甘い香りが漂うクレープ店。テイクアウト客が多いからか店内は比較的空いているようだった。
メニュー表を再度見直して、店員の「いかがいたしましょう」の声に順番に応えていく。
生チョコバナナクレープの注文をしたシラスにパルスは「それもいいねぇ」と覗き込む。
「生チョコが有名だって聞いたし、チョコは好物だから楽しみにしてたんだ」
「あ、ならチョコレート倍トッピングとかしてみたら?」
「……ありだな」
生チョコレートをさらに増やす事が出来ると聞いてシラスはうむと小さく悩む仕草を見せた。
アオイはカスタードクリームのクレープを注文する。甘いシュガーとチョコレートやアイスクリームが入った甘党御用達のそれは女子たちの憧れの的だろう。
「とてもおいしそうですね……ええと、桜咲はどうしましょう」
「初めてなんだっけ?」
「はい。くれぇぷにはあまり知識がないので……オーソドックスなものを選ぼうかと」
悩まし気な珠緒は店員のオススメ商品であるいちごチョコクリームをセレクトした。
焔はドキマギと緊張しながらストロベリーチーズケーキのクレープをセレクトする。赤い果実が可愛らしくお気に入りだが、パルスは何を選ぶのだろうと緊張の中でちらと見遣る。
「何にした?」
「ス、ストロベリーチーズケーキ……だ、だよ」
緊張に固まった焔に「ふむふむ」とパルスは頷き悩まし気にうーんと唸る。その隣でセララも同じ仕草をしていた。
「どうしようかな」
「迷ってる?」
「迷ってるー」
どうやら二人はどのクレープにするかを決めかねている様だ。
セララとパルスはどれと迷ってる? と耳を寄せ合う。
プリンアラモードという贅沢三昧なクレープとキャラメルバナナクレープという甘いクレープだ。
「もしかして、これとこれ!? パルスちゃん、良ければ一口頂戴!」
「わ! ほんと? それなら嬉しいな。シェアしよう!」
セララの提案にパルスも瞳をきらりと輝かせる。シェアという言葉に羨ましいという思いとパルスちゃんとはそんなことできないという思いが二つの売りに浮かんだ焔は慌てた様にぱちくりと瞬く。
「皆のやつシェアできるといいね。あ、今度は幻想の美味しいパンケーキのお店も教えるね!」
雑誌の取材で聞かれたんだぁとパルスがにんまりと笑みを溢した。
パンケーキならばシェアもしやすいし、様々な種類もある。余ったるだけではなく、食事系もあるのだから、これから特異運命座標が遊びに行く幅も広がるだろう。
店内に流れるBGMを聞きながらクレープに舌鼓を打つ。話題は先程のチンピラの事や鉄帝の観光地の話で盛り上がる。
特異運命座標達よりも地元民であるからか鉄帝に詳しいパルスは「甘党向けのお店って少ないんだよね」と小さく呟いた。
「鉄帝は寒い気候だからやっぱり辛いお鍋のお店とかが多いかもしれないんだ。
あとは大食い――闘士も多いからかな――のお店とか……そう言うものがおおいから可愛い食べ物のお店ってすっごい珍しいんだよ」
最近は観光客的にも増えてきたかもしれないけど、とにこりと笑う。パルスのその言葉に辛いのかなとアオイとシラスは顔を見合わせた。
珠緒は辛いお鍋ですか、と首を傾げるがセララは「衝撃でまた吐血しちゃうかも」と冗談を交える。
「まあ……それ程辛いのですか?」
「やっぱり冬は厳しい鉄帝だし、そういうのはあるかも。凍える寒さだからやっぱり美味しいお鍋であったかくなりたいのかも?」
辛いと体もポカポカするしね、とセララはそう繰り返した。
焔は「パ、パルスちゃんは辛い物はすき!?」とぐんとその身を乗り出す。
「辛いものはビッツにつき合ったりで行くこともあるけど、可愛いものがすき!」
ウィンクしたパルスに焔が「そ、そっか!」と大仰な程に頷いた。ドキマギしたまま、パルスちゃんの好きなものを知れたとでも言う様にクレープに被り付く。酸味が気持ちを落ち着かせる気がして焔はふうと小さく息を吐く。
「本当に美味しいクレープだね!」
「そうですね。とても美味しくて……また、来てみたいです」
にこりと笑みを溢す珠緒は今度は色んなメニューにチャレンジしてみたいと広告をそっと折りたたむ。
「ねえ、パルスちゃん。いつかラド・バウで勝負しようよ!」
セララの勝気な瞳を受けてパルスは「機会があれば『昇って』来てよ!」とにんまりと笑った。
ラド・バウは実力主義だ。戦いの約束は『機会があれば』という言葉に繋がっていくのだろう。
特異運命座標達ならばきっと、とパルスはそう認識している。それでもラド・バウの中ではこうしてクレープを食べる楽しい関係性はもうないだろう。
楽しい時間ももう終わりだろうか。オフモードの彼女はちら、と時間を確認するように目線を窓の外にやってから「いけない」と小さく呟いた。
「あんまり暗くなるとね、怒られちゃうんだ」
これから新曲のレッスンがあるし、明日もラド・バウに行かなくちゃいけないから、とパルスは慌てた様にクレープを口の中に突っ込み、指先についたクリームをぺろ、と舐める。
「セララちゃん? だっけ? 一口ありがとー! ここのクレープ美味しいよね」
「うんうん! 美味しいね!」
名前覚えてくれたんだ、とにぱりと笑ったセララにパルスは「『ファン』の名前を覚えるのは当たり前よ」とウィンク一つ。
彼女に取ってのファンとは、自身をアイドルとして好む相手であり、そして、ライバルたちの事も差す。
「それじゃ」
くるりと振り返るパルスがにんまりと笑う。ひらりと手を振っていつも通りのアイドルスマイルを見せた彼女は特異運命座標を全て見回してから「また、ラド・バウでね」と声を弾ませた。