PandoraPartyProject

SS詳細

短夜に 薫物秘めし 二彩哉

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

 手首から提げた袋の中、絢爛に泳ぐ朱塗りの金魚すら、圧しかかる暑さの気配を受けて底でくるくると旋回している。未散とアレクシアが何気なく覗き込めば、屋台に吊された提灯と、人々の持つ祭りの食べ物たちの色が混ざり合い、金魚がより艶めく。
「綺麗だね」
 金魚を袋に入れてもらった時と同じ声音で、アレクシアがそう言えば。
「はい、なんとも麗しい存在で御座いますね」
 未散も肯いながら賛美を口にした。二つの声を聞いてか、袋の中で金魚が舞いを披露したそのとき――夜を震わせたのは、どぉんという破裂音と、バリバリと空気が破れていく音。その音を絶えなく紡ごうと、もう一玉が打ち上げられた。
「わ、アレクシアさま。また花火がひとつ天上へ向かわれました」
「本当だ、しかもさっきのより大きい!」
 得も言われぬ夏の風物詩は、浴衣で身なりも心も夏色に染めた二人の視線を吸い上げる。
 豊穣郷の夏は長いようで短い。祭りを堪能する人々の歩はカラコロと唄い、朗笑も花火に負けじと沸き起こる一方だ。そうした数多の賑わいに、二人も暫し紛れていた。歓声ひとつに、二人も喉を開く。ぱちぱちと空から降り注ぐ火の花に、二人も目をしかと見開く。
 これを繰り返せば繰り返すほど、時間を忘れて夏に囚われる。未散とアレクシアだけでなく、周りの人も、世界も。
 しかしどれだけのあやが世に溢れ、そのおかげで感覚が麻痺し尽くしたとて、暗夜に開く火傘の妙は忘れない。
 だからアレクシアは、世界の誰もが見惚れる光から、そっと顔を逸らした。
 彼女はそこで気づく。活気づいた屋台通りの隙間から、魅惑の陰が手招いていると。暗闇は怖いもののはずなのに、アレクシアの胸中が疼いた。だから、咲き誇った花燈りに照らされた横顔へ、声をかける。
「いこっ、未散君」
 呼びかけは少しばかり潜めて。きょとりとまじろいだ未散は、彼女のしっとりした手に掴まれて一驚するも、すぐに行き先を見据える。宵の口からずっと、ふたり共に在ったのだ。今更どんなに深い夜へゆこうと、眩まないことは互いに分かり切っている。
「はい、アレクシアさま。参りましょう」
 眠る森へ抜け、二人分の足音は社殿の褪せた朱へといざなわれていく。
 神社の鳥居が表門なら、きっとこの森は潜門くぐりもんだろう。
 こっそり近寄り身を屈め、入ってしまえば後はもう――誰の目にも留まらない。
 そんな、燈りすら設けられていない社殿裏へ駆け込み、二人は弾む息の代わりに笑みを共有する。
「びっくりするぐらい、誰もいないんだね」
 秘密めいたひとときが得たくて、紛れ込む人影もあっただろうに。
 アレクシアが不思議そうに辺りを見回すと、未散もつられて今来た場所を振り返る。
「ええ、まこと不思議な風景となりました」
 未散の耳にも聞こえない、木々の囁き。二人の訪問を内緒にしてくれるかのように、かれらは沈黙を守った。
 だから未散はふっと目線を落とす。軽い足取りで訪れたとはいえ、気になった。
「大丈夫、綺麗なままだよ」
 確かめようとした未散より先に、アレクシアの声が飛び込む。
 ぱちりと驚く未散の面差しへ、彼女はにっこり微笑みかけた。言わんとした気持ちを掬ってもらえたのが、未散にはなんとなく、くすぐったい。そして彼女アレクシアの発言通り、リボンで着飾ったお気に入りのパンプスは土にも草にもまみれず、二色の笑みを湛えていた。
 ふくりと頬を僅かにもたげて、未散もまたアレクシアの足元を見やる。
「アレクシアさまも、同様に」
「えっ、あ、本当だね、汚れてない!」
 すっかり忘れていたのか、アレクシアがすぐさま自身の爪先を確かめた。
 何故だかこの流れがおかしくて、ふたり顔を突き合わせて笑い出すのに、時間はかからない。微笑だけで笑う未散の前で、アレクシアは笑壺に入った様子だ。弾む声が溢れていると、突然。
 ぽぉん、とまたもや空で色と色とが触れ合い、混ざり合って一輪の大花となった。景気の良い音を追って耳を澄ませば、たまやと打ち鳴らす人々の呼応が微かに届く。疾うに離れた表通りは、二人が訪れた時から何ひとつ変わっていないらしい。
 ふと未散とアレクシアは、自分がいかに世間から遠いかを感じた。距離を感じれば淋しさを覚えそうなものなのに、そうは思えない。何故かは互いの眼差しが知っている。言葉にするでもなく、二つ分の意思で祭りを隠れ蓑にしたのだ。『世間離れ』という名の、世と自分との間に聳え立つ隔たりは、絶えず屋台の簾や森を揺らすばかりで、素知らぬ顔をしている。
 だから未散も口にできた。
「秘密の花を、燈しましょう」

 線香花火の向こうで、宵の金魚が遊んでいる。
 未散がそう感じたのは、アレクシアの姿を捉えたからだ。膝を畳んで地面へ寄り、線香花火を手にした二人は、手を繋いでここへ来たときよりずっと近い気がした。そのため暗所にも紛れず、火花に照らされて未散には見えてしまう。浴衣の色と、ふわふわ揺れる藍の鰭が。
 夏の装いは宵の美の中、泳ぎ続ける。まるで先刻ふたりで掬った金魚のように。けれど袋などには留まらぬ爛漫さを、アレクシアは帯びていて――それを自由と呼ぶべきかどうか、未散は躊躇した。
「私、花火ってちょっとだけ、怖かったんだ」
 アレクシアが話し出してくれたおかげで、未散も沈思に埋もれず済んだ。
「怖い、と申しますと?」
 こてんと首を傾けた未散へ、アレクシアが眦を和らげる。
「なんでかな、すごい音がするし……こう、身体の芯から震わせられる感じがあって」
 感情や温度、体調に因らぬ全身の震え。あのときのアレクシアは、かの大花に呑まれそうだったのかもしれない。
 聞き手みちるも祭りで感じたものだ。花の大なるが咲けば、世界の割れる音がする。続く小なる花々は、バチバチと世界を破っていく。果てのない世界そらを意のままにした花火は、種々の情や想いを注がせた。
「ぼくも、命というものを持っていかれる、そんな心地でした」
 まだよく解らないけれど、なんとなく。
 宙に浮くような口振りで付け足した未散へ、今度はアレクシアの笑みが注がれる。寄り添う未散の言葉を、アレクシアは静かに受け取っていた。だからこそ向けたアレクシアの表情にも、線香花火の色が咲く。咲けば未散は感じとる。
 お日様の居ぬに、金魚が涼夜を満喫している、と。
 見惚れていると、いつしか手元のともしびも静寂へ還っていった。けれど実は落ちずに煌々としているから、未散もその色を目に焼き付ける。じりじりと身を焦がして生き続ける小さな小さな玉へ、不思議と興味が向く。
 あっ、と不意に声があがった。アレクシアの持つ花火が、ぽとりと残滓を地へ埋めたのだ。
「あはは、落ちちゃった。結構続くんだね」
 アレクシアは次なる花火を摘む。橙の持ち手に続き、今度は青の花火を。
 そこで前触れもなく、再び夜空に大輪が描かれ――未散は気付く。
 アレクシアが知らずかぶった、光の華に。
「この線香花火、細くて小さいから、もっと短いかなって思ってた」
 花の冠が見えぬアレクシアは、ただそう笑う。
 そして見入る未散の様子に彼女が首を傾げば、花冠がはらはらと花弁を零していく。
 とこしえを知らぬ色濃き花が、今、咲き終えた。
 何故だか未散はそう思って、口端を少しばかり引き延ばし、線香花火を見つめる。
「純美なる王冠が微笑む、その一瞬を讃えたくて……是等は長く燈るのでしょう」
「そういうもの、かな?」
 未散の知る佳景を拝む機会など、アレクシアには無い。
 ただ未散の面差しがあまりにも楽しげに思えて、彼女は新たな花を燈す。
 一方でこくりと首肯した未散は、先ほどの花冠を惜しむように囁く。
「夜空に咲くあの花も、摘んで拵えてみせましょう」
「摘むんだ? 花火を?」
「はい。そうしたらアレクシアさまへお見せすることも叶うでしょうから」
 ひっそり紡いだ未散の声を聞き、楽しみだね、とアレクシアも口角を上げる。
 二人の後方、森で息衝く花は瑞々しく匂えど、手元の小花はちりちりと焦げた匂いをもたらすばかり。日中であればむせ返っていた土の匂いも、夜気に塗りたくられ、すっかり眠りに就いている。
 だから夢中になれた。
 勇壮なる筒音が空を飾ろうとも、夜を透いた木々からは決して匂わぬ秘密めいた香気が、甘く二彩にしきを包む。
 そして香に浸りながら交わすは談笑。
「そう云えば、『夏にピッタリ!』という触れ込みには恐るべき魔が潜んでいると思うのです」
「どういうこと? 夏にぴったり、だと冷たい麺料理とかアイスクリームとか……」
 想像できる限りの食べ物を思い浮かべたアレクシアへ、未散はゆっくりとかぶりを振る。
「かの文言で売っていた本を一読しましたら、それはそれは背筋の凍る様な……」
 未散の言い方がまた読み聞かせめいたもので、アレクシアがぎょっとしていると。
「サスペンスホラーという分野ジャンルが、何故夏に好まれるかを理解致しました」
「だ、大丈夫だったのかな、その……未散君は」
 淡々と所感を述べた未散の顔を覗き込むアレクシアに、当人の仄かな笑みが返る。
「読書を嗜んだ時は独りでした故、一種の心細さはございましたね」
「私を呼んでもらっていいんだよ? そういった本を一緒に読むのは……難しいかもしれないけど」
 アレクシアの語尾が掠れていったものだから、未散はふっとわらって。
「夏にピッタリな本は兎も角、夏にピッタリなお飲み物をご一緒したい所存です」
 飲み物、という単語にアレクシアがきょとんとする。
「水出し珈琲です。シトリンクォーツの時に新装開店した珈琲屋さんがございまして」
 話していくうちに未散の鼻孔を抜けた、挽きたて豆の香。想い出を辿れば自然と彼女の眼差しも、火花と違う光が宿る。こうして彼女にちらつく輝きを知ったアレクシアが、やや身を乗り出す。
「珈琲屋さんの水出し珈琲かぁ、おいしそうだね! ぜひぜひ案内してほしいな……あっ」
「あ」
 互いの一声が重なった。アレクシアの火がまた一滴、ぽとりと落ちたのだ。
 しかし大地に散り浸むのは汗でもため息でもなく、ふたりの笑い声。
「私の花火、すぐ落ちちゃうなあ。未散君のは長いんだよね」
 ひょいともう一本線香花火を選んで、アレクシアが肩を揺らす。おかしさの余韻を帯びつつ、彼女は燈りをつける。新しい命は鮮烈な輝きを放ち、蛍のようにまろく光る未散の花と、近しいようで異なる色を描き出した。
 それが何ともアレクシアらしく思えて、未散が双眸を細めていると。
「夏祭りを初めて経験したの、3年前なんだよね、私」
 想起するアレクシアの眼差しが、火の花を見つめたまま揺れる。
「お祭りっていろいろあるんだな、って今日も思った。知らないことだらけ」
 知らない食べ物、知らない音、知らない遊戯――今ここにある、知らない時間。
 ひとつずつ噛み締めたアレクシアは、じっと聴き入る未散を瞳に映す。
「だから未散君と来れて良かった。一緒に新しい発見ができて」
 彼女が結わえた言の葉は、清澄な水の流れのごとく、未散の耳朶を打つ。
 そこで「あっ」とまたアレクシアの声が跳ねる。
「話してて思い出した。大きかったから買うの迷ったんだよね、どうしようかな」
「何を、で御座いますか?」
「わたがし!」
「わたがし」
 ふわふした響きを未散も口先で繰り返し、ゆっくり瞼を伏せた。
 あのふわふわを眼裏で蘇らせてから押し上げた睫毛は、濡れてもいないのにしっとりしている。
「わたがしは、ぼくも好きです」
 透けた睫毛が花の光を受け、きらきらと玻璃のように笑う。
 思わぬ光景にアレクシアは目を瞠るも、直後には微笑んで。
「じゃあ、後で買いにいかないと」
 アレクシアからのお誘いで胸が弾むも、顔つきを変えない未散に代わり、手元の花火が喜びを滴らせた。
「その時は……」
 未散がふと思い出して付け加える。
「海で仲良くなった海月を連れる、此の身も共に」
 小さな燈りによって浮かび上がった自身の浴衣を、未散が撫でる。だからアレクシアも深く頷いてみせた。
 幾千とも知れぬ光と色が空へ茎を伸ばし、花弁の先、あるいは葉末まで行き渡っては散っていく。
 けれど、地上を楽しむ二輪の花はしぼまずに短夜を過ごす。
 ふたりの姿を知るのは、天に揺蕩う夜ではなく、小さな袋で泳ぐ金魚たちだけだった。


  • 短夜に 薫物秘めし 二彩哉完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月19日
  • ・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630
    ・散々・未散(p3p008200

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