PandoraPartyProject

SS詳細

A rose can never be ……

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

 風車を目印に丘を駆け上がれば、眼下に一望できるのは黄金の海――ひまわり畑だ。
 わあ、と感嘆を零したアレクシアにつられて、未散も少々重たげだった瞼や口を開く。視界を満たす鮮やかな黄金の光は、風に煽られ波打ち、二色の彩レディを心待ちにしているようだった。
「ふふ、なんか『おいで』ってされてるみたいだね」
 アレクシアが口にした印象は、未散の思考の中で一枚の絵へと変わっていく。
 おかげで、手招く向日葵たちへ近寄る理由がひとつ増えた。だから未散もこくんと頷いて。
「せっかくのパーティへのご招待、お応えしなければ失礼ですよね」
「そうだねっ。あ、ドレスコード……」
 互いに頭のてっぺんから靴まで目線を動かし、どちらからともなく頬が緩まる。
 二人で選んだ麦わら帽子と、どんな色よりも目映い白のワンピース。パーティを飾るきらびやかさからは遠いけれど、これから向かうパーティには一番お似合いの姿だ。
「ではパーティ会場へ参りましょうか、アレクシアさま」
「うん、参りましょうか未散さま」
 挨拶と共に、恭しい素振りで互いに交わすはカーテシー。
 そして、初夏と盛夏の境界線を描く木柵へ手をかけ、顔を見合わせた。
「いっせーのせ、でいくよ」
 アレクシアが口火を切れば、未散も首肯で応じる。
「いっせーのぉ……」
「「せっ」」
 合図が跳ねて、二人が柵に連なる農業用の戸を引く。軋む音でさえ「いってらっしゃい!」と盛大に見送ってくれている気がして、二人は高鳴る心持ちを足へ募らせ、真っ直ぐな小路へと進んだ。
 二人して足取りが弾む一方な理由に、道中での光景がある。黄と緑の正装タキシードで出迎えてくれた花の列が、風につつかれ、道ゆく彼女たちへこうべを垂れる。ふと仰ぎみれば、地平線からもくもくと沸き上がる雲が、暑がる大地の息にも見えて。時には物語に出てくる怪物のような形になって、二人を見下ろしていた。
 だからだろうか。飛び込んだ向日葵の絶景で、アレクシアは夏のにおいを胸いっぱいに吸い込んで。
「大きいね! すごいね、夏!」
 感に堪えず叫ぶ。
 素直に思い浮かんだままを紡いだ彼女の声は、傍らにいる未散の肌をも震わせた。未散からすると、ここに生きるどの向日葵よりも明るく天へ伸びている姿だ。暑さのすべてが、アレクシアを通して届くかのように。
 広がる自然と対面し、おりおり立ち止まって向日葵たちとの会話に勤しむ。長い一日、長い昼のひとときをそうして味わっていると。
「あっ」
 未散が声をあげた時にはもう、麦わら帽子は蒼穹へ連れ去られてしまっていた。入道雲も驚くぐらい飛び上がった帽子は、主の元に戻らず、そのまま黄金色ひまわりの大海原へ消えていく。
「待ってて未散君! 取って来るから」
 言うやアレクシアは熱された地を蹴り、影と日向の入り混じる世界に未散はぽつんと残された。
 的確な指示を飛ばせるアレクシアは、いつだって舞うように軽やかで、踊るように進む。それほど身軽に世界を渡れる彼女なのに、未散は彼女を、鳥には喩えられなかった。
 ――アレクシアさま、翠の薫りがしますし。
 丹念に耕された土が、陽射しをたっぷり浴びた時のほこほこした香り。
 葉に残っていた滴までも陽光に熱された時の、植物たちの深いにおい。
 彼女アレクシアは大地に根付く者だと、未散は思う。
 こうして香気と色と光とを連想して結び合わせていると、突然。
「はい未散君、ぼーし」
 ぱす、と被さった影。いつのまにか戻っていたアレクシアの手と、ストローハットのつばが生んだものだ。
 影が魅せるにおいを感じたからか、依頼で同道する際にも幾度となく感じたことを、未散は今も思った。
 格好良いなぁ、と。
 広大な向日葵の園に在っても、見失わずに拾い上げてくれて。きちんと渡してくれる。
 そして最後には分け隔てなく微笑むのだ。
「これで陽射しもへっちゃらだね」
 見ている側が日焼けしてしまいそうな笑顔で。
 思わず未散の頬も、僅かにふくりと持ち上がる。何故だか、燦々と射す陽に身体を射抜かれる気分で。
「アレクシアさまは、やはり翠の薫りがするお方です」
 先ほど感じ得たものを、未散が唇で模る。
 えっ、と真ん丸になった当人の眸をよそに、未散はふいと顔をもたげた。それでもアレクシアは、背の高い向日葵たちが四囲するこの場で、紛れてしまいそうな未散の姿を見つめて離さない。今まで躊躇が渦巻いていた未散も漸く、安心して言を繋げられる。
「お日様よりもずっと眩しいひまわりからも、同じ薫りが漂ってきます」
「え? えっ!?」
 二人の狭間を流れていた清風も、すっかりなりを潜めている。
 不思議がりながらもアレクシアの面差しは変わらない。赫奕かくやくたる太陽よりも眩しいけれど、相手を捉えた眼差しは青く澄んで優しげで。
「……ぼくは」
 不意に未散の目線が、足元へすとんと落ちた。
「ぼくは、その光彩を持てませんから」
 未散の寂とした呟きに、アレクシアがきょとりとなる。彼女の顔を見て未散も気付いた。
 今の発言ではまるで、自分がアレクシアになりたがっているように聞こえてしまう、と。
 私淑を滲ませたと理解した途端、未散の色素の薄かった頬へ青みが差す。白皙に映り込んでいた黄色をも上塗りしたそれが、向日葵畑の道で動けずにいる。日輪草の群れも動揺したのか、さわさわと顔を四方八方へ動かし始めた。
 一方、未散の底で転がり続けていた情を知ったアレクシアは、微かな吐息に懐かしさを含む。
「私にもあったなあ」
 アレクシアはくるりと踵を返して、一度は彼女へ背を向けた。
「自分にできないことをやれちゃう『兄さん』のこと、いいなぁって。ずっとずっと思ってた」
 かつてはベッドが友だったアレクシアには、そばにいて自身を勇気付けてくれた『兄さん』の存在が大きい。
 今のアレクシアの根へ水をあげたひと。周りの土を柔らかくして、アレクシアが育ちやすくしてくれたひと。きっと彼はアレクシアだけではなく、いろいろな人へ『そうしてきた』人だ。寄り添って、力を分け与えることの『できる』人だ。
 しばたたく未散へ再び振り向いた彼女は、にっこりと微笑んだ。
「未散君も、持ってるよ」
 アレクシアの目の形が、丸みを帯びる。
「私のとはちょっと違うかもしれないけど」
 翡翠の珠玉の虜となった未散に、目を逸らすという考えは浮かばない。だからアレクシアは、細くて柔らかい未散の手を取った。
 未散はきっと、総身に生える棘たちを摘み取っては両手に乗せて、零し零し歩を運ぶひと。
 長いようで短い時間をかけて、彼女の花姿とアレクシアも触れ合ってきたからこそ、視えていたのだろう。
「この手はきっと、たくさんの棘で傷付いたりもしたんだよね」
 自らの棘を摘む度に。誰かが棘へ触ってしまわぬよう、自分の手で棘を覆う度に。
「その手で誰かの気持ちを掬い上げたら、痛いよね」
 人の願いを汲み取ろうと励む未散の姿勢を、アレクシアは感じ取っていた。
 汲み取りたいから、時に踏み込んで。識りたいから、腕を伸ばして。そうすれば細かな傷が付いた未散の手の平に、ちくりと痛みが走る。小さな傷を抱えたまま誰かに触れたら、触れたところから痛む。アレクシアの話した感覚を、いつしか未散も想像できるようになっていた。
「そんな未散君の手だから、こんなにあったかいんだなって」
 湿ったアレクシアの手が、ぎゅっと未散の手を包み込む。
「私の好きな手だよ」
 多く飾らず、率直に伝えた。アレクシアは言い繕わない素直なひとだと知っているから、じっと耳を傾けていた未散は彼女の言葉を疑わなかった。もちろん、周りで行く末を見守っていた向日葵たちも、アレクシアの言葉を疑えなかった。
 そう考えてしまえば、未散の頭の中が澄み渡っていく。霞みがかっていたものが晴れるにつて、向けられた心のおかげで、くすぐったくなってくる。
「……なぁんだ」
 くすぐったさから力が頬に入ってしまうのを抑えて、どうにか未散は口を開いた。
「無いもの強請りだったんですね、ぼく達は」
 彼女が唇へ刷いた感情の兆しが、アレクシアにも伝染する。
「あはは、うん、そうかも。そうかもね」
 二度ほど首肯した彼女はそう繰り返し、からからの喉から声を絞り出す。
「やっぱり、自分にないものは彩られてみえちゃうもの」
 すると一陣の夏風を受けて、四辺の黄色たちが揃いも揃って頷いた。
 思わぬ情景を目撃して、アレクシアと未散は似た温度で小さく笑い出す。空の彼方では、湧き出たまま一部始終を見物していた蒸し暑い雲が、雲同士で囁き合うように身を寄せている。未散たちの話をする雲の向こう、青々とした色がふとアレクシアの目を射した。
 焦がれる色だと、アレクシアは目を眇める。だからこそ。
「ねえ、どっちが先に向日葵畑を抜けるか、競争しない?」
 なだらかな道の果てを、立ち並ぶ黄金たちよりもずっと奥を指差してアレクシアが誘う。
「アレクシアさま、これはつまり……果たし状を突きつける、という状況でしょうか?」
「うんっ! ちなみに審判は、周りの向日葵君たちね」
 どれでもあってどれでもない審判の件を耳にした未散の眦が、ほんのり和らぐ。
 そして二人は帽子を手に駆け出した。今度は「いっせーのせ」ではなく「よーいどん」で。
 炎天下での疾走を拝めるためか、沿道の応援者ひまわりたちも全身を揺らす。かれらの黄色い声援に見送られて、二人分の足音は強く軽やかに夏空の下をゆく。向日葵畑の向こう、明日に近い所へと。



 意外と長く、終わりがないように感じられた一本道。いつしか二人は、ゴールラインを同時に踏んでいた。
 やがて、畑を突き抜ける小路と畦道とが交わる場所で、息を切らしたアレクシアが喉を限界まで開き、こう述べる。
「っはぁ、やっぱり夏はすごいね!」
 感想だ。ここへ訪れた時にも未散が聞いた、景勝地への。
 未散は、勢いよく走った影響で肌にはりついたワンピースを剥がしながら、彼女をちらと見やる。
 睫毛を濡らしたアレクシアが、あまりにも楽しそうだから――隣にいる未散の胸裡で、未知なる色が生じる。
「はい、すごいですよね、ぼくも……」
 ゆっくりかたちにしながら未散は、模りかけの音を少しばかり工夫する。
「わたしは、夏が好きかもしれません」
 アレクシアも見たことのない光が、未散の瞳に宿る。アレクシアがはじめて知る色を、未散の声音が彩っていた。
(またひとつ、未散君のこと知っちゃった)
 それが嬉しくて、アレクシアは汗ばんだ頬を拭う。

 ――私にとってのあたたかなつばさが、寄り添ってくれている。
 ――ぼくにとってのまんまるおひさまが、わらってくれている。

 夏のたけなわに、二輪の花が生き方を描く。
 太陽を目指してのびのび育つ元気な向日葵と、焦がれた青空を映して可憐に開く薔薇。
 違う名前で、違う生い立ちで、違うものだらけの二人だけど。
 手の繋ぎ方を知っていて、一緒に走る喜びを知っていて、互いに憧れを覚えていて。
 そんなふたりを眺めてきた向日葵や入道雲たちは、こう思うのだ。

 ああ、やっぱり花は美しい、と。

  • A rose can never be ……完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2021年07月30日
  • ・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630
    ・散々・未散(p3p008200

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