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『俺は、俺のやり方で』
登場人物一覧
夜。ガヤガヤと賑わうギルド──ローレットの酒場スペース。
多種多様な人種が揃うそこは、どこぞの裏路地の酒場よりかは遥かに治安が良い。
グドルフという男は、珍しく此処で一人酒を楽しんでいた。
すれ違う女性の下半身を目線で追いながら──。
「オンナのケツを見ながら飲む酒もオツなもんだ」
あの酒場は女っ気がねェからなあ──。
へッ、と笑ってそう零した。
「相変わらずだなあ、おっさん」
「あん──?」
上から降って来た声に、グドルフは怪訝そうに顔を向けた。
声を掛けたのは、いたずらっぽい笑みを浮かべた青年──サンディ・カルタだ。
細身だがしなやかな体つき。オレンジにも見える赤茶色の髪を揺らし、サンディはよっこらせっ、と隣の席に座った。
「よっ。手酌でもしてやろうか?」
「けっ……野郎に手酌されたって嬉しかねえんだよ」
グドルフは豪快に酒をグラスに注いでがぶがぶと飲みながら、鋭い視線をぶつけた。
「んで? 坊主。おれさまを呼び出した理由は何だ?」
「まーまー、焦んなって」
「なんでえ、勿体ぶりやがって」
グドルフが拠点としているのは別の酒場であり、此処に居る事は稀……というより、ほぼ寄り付かないのだ。
そう、サンディに直々に呼び出されたからこそ、彼は此処に居る。
「用がねえなら帰るぞ。おれぁ、これでも忙しい身でねェ」
「ちょちょ、嘘付くなよ! 絶対ヒマじゃん!」
ホントに忙しい奴は女の尻追っかけながら酒飲まねえよ! とサンディの鋭いツッコミが入りつつ。
「あーまあ、なんつーかな……」
頭をぽり、と掻きつつ本題を切り出す。
サンディの真面目そうな顔つきに、グドルフも軽口を叩くのを辞めた。
「──なあ、おっさんはどうしてそんなに強いんだ?」
純粋な疑問。
サンディの目線は至極真面目で、其処に微塵の疑いはない。
目の前の男は、少なくとも己よりは強者であり──数々の戦いを生き延びてきた実力者。
大口を叩きつつ、言葉の端々に自信を見せ、そしてその大口を実際にやってのける。
サンディには、そう見えた。
●独白
一般的に、『賊』という存在の立場は決して高くない。
他人から狡いやり口で金品や物資を巻き上げる。まあ、手段はどうあれ、大本はそういうものなのだ。
おおまかに、『賊』となるものは二種類に分かれる。
『己の欲の為に奪う事を選んだ者』。そして『生きる為にその道しか選べなかった者』。
サンディという青年は、その後者だった。
すれ違う者のサイフをスリ取った。食べていくために仕方なくやった。心が痛んだ。
年頃になって、女を知りたいと声を掛けたりもしたが、素性や身なりで相手にされない事が悔しかった。惨めだった。
現状を打開するために集まった仲間と共に、自警団という名の組織も作りあげ、裕福そうな連中から色々とかすめ取ってきた。
幼い捨て子たちも含めたみんなが、腹いっぱい飲み食い出来るようになった。
もう路上で寒さに震えながら、仲間の孤児と身を寄せ合って眠る事も無くなった。
ロクでもない人生だと己でも思う。だが、あの生活も悪くないと思える程度には、満足もしていた。
でも、それだけだった。
『世界』に選ばれ、サンディはイレギュラーズとなった。
元々戦いが不得手だったサンディは、日々の依頼の中で己の無力さを歯がゆく思う日もあった。
「仕方ねえじゃねえか」
サンディは己自身にそう言い聞かせた。
戦いが苦手な代わりに、それ以外の事をやる。
盗みも、コネによる手回しも。己に出来る最善の事をやっている。
勿論、努力もした。
剣を無心で振るった。
魔法の素質があるかもしれないと杖を掲げた。
だが、結局身にはつかなかった。
「今から真面目に鍛えたって、『先に居る』連中に追い付けっこ無いんだよ」
グドルフに声を掛けたのは、彼が手ごろな相手だったこともあるが、何より『努力』を嫌いそうな人間だったからだ。
彼なら、何か『手っ取り早く、強くなれる方法』を知っているかもしれないと。
幾度も、『あの時』の記憶が蘇える。
砂蠍。首領。牢獄──。
死ぬ寸前まで痛めつけられ、いや、実際に死ななかったのが不思議な位に。
そして救いたいと思った存在は目の前で──。
「仕方ねえじゃねえか! 俺はただの、スラム育ちの盗賊上がり! 特別な才能も、力も、何にもねえ──」
ただの、ちっぽけな人間なのだと思い知らされたから。
●強さ
随分と酔いが回っているグドルフは、青年の質問に鼻で笑いながら、さらに酒を呷った。
「おれさまが強ェ理由か。考えた事も無かったな」
「そうなのか? あんだけいつも力自慢してるじゃん。なんか理由の一つくらいあるんじゃねえの?」
「ゲハハハッ。ありゃ、パフォーマンスも兼ねてんだよ」
豪快に笑い飛ばすと、ぷはあ、と酒臭い息を吐きながらテーブルにグラスを叩きつけた。
「これから依頼を受けよう、挑もうってヤツが、『いや~自分なんて、そんな、まだまだで~』とか、ナヨナヨ謙遜してみろ。二度と仕事なんか回ってこねえよ」
サンディにとって、これは驚愕の事実だった。
普段の言動が、パフォーマンス? 酒も飲んでないのに、クラクラと酩酊にも似た浮揚感を覚えた。
「おっさん、アンタ自分の強さに自信もねえのに、あれだけ大口叩いてたのかよ!?」
「ああ。だが、自分を手っ取り早く売り込むにゃ、それしかねえ」
「でもよ、それで失敗したらカッコつかねえどころか、評判ガタ落ちだろ。逆効果じゃん」
「大口なんざ叩いてナンボよ。成功すりゃ御の字、失敗すりゃオメオメ逃げ帰ってゴメンナサイすりゃあいいだけだ。命に勝るモノなんか、何一つねえ」
グドルフの言葉は、ずしりと重みがある。
「悪評なんか、一時的なモンよ。ちょいと経ったら、すぐに消えてなくなるさ。それまで、山賊稼業で稼ぐだけよ。働き口は多めに確保しておくのが利口な生き方だぜ?」
カラン、とグラスの中の氷が踊った。
「よく言うだろ。全部失ったヤツほど、怖ェモンなんかねえって。俺は、捨てて来たものも多かったよ。体裁やプライドなんてのは、まず最初に捨てたね」
グドルフの視線が何処か遠くを見ている事に、サンディは朧気に察した。
──と、泳いでいたグドルフの視線とサンディの視線がぶつかった。
「……おめえ、なんで急に強くなりてえなんて思ったんだ?」
「それは……強く無きゃ、何も出来ねーって。女にもモテねえし」
グドルフはまっすぐにサンディの目を見据えながら質問すると、サンディは目をたじろがせながら答えた。
今まで見て来た、『山賊グドルフ』という男がしていた眼では無かった。
「そうかい」
フッ、と笑うグドルフの顔は、まるで子どもをあしらうようで。
「……で? 教えちゃくれねーのかよ。手っ取り早く、強くなれる方法」
それに気づいたサンディがむすっとした顔でそう問いかけるが、グドルフは気にした様子も無く、酒瓶からグラスにトクトクと酒を注ぎ始めた。
「んなモンはな、毎日鍛えてから言えっての」
「なんだ、結局それかよ。ちぇっ。つまんねーの」
随分と引き伸ばした割に、全く期待外れの返答だ。
ガッカリした様子で、サンディはもう用はないとばかりに席を立った。
「坊主」
「……んあ?」
グドルフの低い声に、背中越しに振り返る。
男はグラスの酒を飲み干し、言葉を紡いだ。
「死にかけた経験も、命掛けた戦いもしてきたんだってな」
なあ。グドルフの言葉は続く。
「俺たち『大人』が目指すべき世界は、お前みたいなガキが命張らずに戦わず、喰うにも寝るにも困らねえ世界であるべきだ」
──だから。
「別に弱くて良いんだよ。素直に強ェ大人に守られてりゃあいい」
沈黙。喧騒に包まれた店内が、二人の耳には少しばかり遠く感じた。
少しばかり、間が空いて。
「……ぷっ。山賊のおっさんが言うの、似合わねーって、それ」
なんだ、そりゃと。サンディは思わず吹き出してしまう。
「ああ……ちっ。ガラでもねえ事言っちまったな。今日はマジで酔ってるらしい」
サンディはくつくつとひとしきり笑った後、男に背を向けて歩き出した。
「ま、一意見として受け取っとくわ。強くなるのは、まだ諦めねーけど」
振り返って、どこか少年らしさの残る笑みをしてみせた。
「ありがとな、おっさん……じゃ、お休み」
サンディが去った後、グドルフは空っぽの酒瓶を傾けて、最後の一滴まで飲み干した。
「自分が知らねえだけで、『イイモノ』持ってると思うんだがな。ま……いつか気付くだろ」
窓も扉も締め切られた室内なのに、『冷たい風』がぶわりと頬を撫で、グドルフの髭と髪を揺らした。
「おっと、催して来ちまった。おれも帰るかね……」
●星空に吼える
グドルフの返事も聞かず、サンディは酒場を出て、すっかり更けた夜闇の中を歩く。
欠けた月と、ぽつぽつと灯る火が、進む先を照らしている。
「あーっ……、ホント」
しばらく歩いた後、道端でしゃがみこみ、顔を覆う。
「……」
グドルフという男が最後に見せた表情は、嗚呼、あの顔は──。
「あーっ、くそ! 俺は大怪盗になる男、サンディ・カルタ様だぞ!」
サンディはおもむろに立ち上がると、半月浮かぶ星空を見上げ、叫ぶ。
心地良い風が吹けば、心に巣食っていた『何か』も一緒に、風にさらわれて消えて行った気がした。
「はーっ……何悩んでんだか。欲しいものは自分で手に入れる。それが俺の信条だろうが」
力だって。強さだって。他人のマネじゃつまらないじゃないか。
俺は、俺のやり方で、強くならなきゃいけないんだ。
──『仕方ねえ』なんて言い訳はもうヤメだ!
夜空を見上げるサンディの顔は、晴々としていて──きっといつか、彼なりの答えを見つける日が来るのだろう。