シナリオ詳細
カントリーハウスの心霊スポット
オープニング
●歌姫
無音のまま、女は歌っている。
黒い、ブラウン管テレビと呼ばれる箱の中で、女はのびやかに歌っている。
画面は、カラー放送に切り替わってしばらくの頃か。ときおり走るノイズが、時代を感じさせた。
「今日も元気そうだな」
館の主、クウハ (p3p010695)がナッツの入った皿をテレビの上に置いた。皿はかき消え、画面の中で女がナッツの載った小皿を持っていた。無音のまま、女は歌う。ありがとう、と。
「礼には及ばねェよ」
クウハは向かいのソファへ腰を下ろした。女の艶めかしい唇が、アーモンドをくわえるのを、見るともなく見る。
女は幽霊だ。呪いのビデオの中に住んでいる。きゅりきゅりとかすかな音を立ててテープが再生されている間だけ、女は歌うことができるのだ。かつては何人もの人間を呪い殺したが、クウハの屋敷での生活は居心地がいいようで、凶暴性はなりをひそめていた。
ソファへ落ち着いたクウハは、袋から手のひらへざらざらとナッツをこぼした。女と同じようにアーモンドを口にする。こりこりと魅力的な咀嚼音が、重い闇で冷えきった部屋へ響いた。
真夏。この地域を熱波が襲っていた。外はうんざりするような暑さだ。けれど館に住まう愛らしいおばけたちは、クウハの権能で涼を得ている。そのくらいのことは、できるようになっていた。
「なんだ、来てたのか」
誰も居ないはずの部屋のすみへ、クウハは視線をやる。
「そんなところへつったってないでこっちへこいよ、慈雨」
「クウハと箱娘の逢瀬を邪魔するのは心苦しくてね」
いつのまに其処へ居たのかと聞かれれば、たった今だと答えるだろう。くすくす笑う武器商人 (p3p001107)を、クウハは手招いた。
「慈雨のほうが優先だ」
「いいのかい?」
「ああ」
それではお邪魔するよと、そのモノもソファへ沈んだ。そして隣のクウハの肩をぎゅーっと抱いた。
「夏なのにこんなにくっつけるなんて、涼感魔術もいいものだ」
「まァな」
クウハがナッツを一粒、武器商人の口元へ運ぶ。ぱくりと食べた武器商人は、目を細めた。
「水分と塩分、それからカロリー。キチンととっているね、えらい、えらい」
「慈雨もな、ちゃんと食えよ」
「我(アタシ)はいいんだよ。お食べ、我(アタシ)の猫」
箱の中の女は、ほほえましそうに主従を見守っている。
●レイモンド・パムゴラス
ねえ、レイ。やっぱり僕は許せないんだ。
なにがってあの屋敷に住み着いてる幽霊たちがだよ。死に瀕し、死を超越し、死をまといながらそこにある。それって素晴らしいことじゃないかい? 僕はね、レイ、あの屋敷の主人なんだよ。だからあの幽霊たちの頂点に君臨するのは当然僕だろう?
レイ、そんなあきれたため息はよしておくれよ。「捨てたのはあなたでしょう、レイモンド」ああ、そりゃ、屋敷を出たのは僕だけれど、手放したつもりはないんだ。あの屋敷は僕のものだよ。屋敷を売りに出したのはきっと親戚筋のクロウルってやつだ。あいつは本当に目先の小金に目がなくて、真の価値ってやつを見る目がない。僕みたいな美学もないし、僕みたいに芸術を愛する心もない。あの屋敷は僕の作品だ。それを一山いくらのいわくつき物件として売り出すだなんてまったく理解し難い。
だからね、レイ、せめて僕は、あの屋敷を買い戻そうと思ってるのさあ。クロウルの実印を奪って、あの目障りなクウハってやつからねえ。そして僕がそのまま当主としてあび屋敷へ君臨し、毎日幽霊たちの不死性を感じながら新作づくりへ取り組む。どうかな、レイ、僕はね、今度こそ、今度こそ小説を書ききることができる気がするのさあ。もちろん最初のページへは君への謝辞を入れるよ。いついかなる時も僕を支えてくれる最愛の女神、レイチェル・バーナーへ、ってね。
●クロウル・パムゴラス
「ええ、どうも最近、狙われておるような気がするのです」
小太りの男は、ハンカチで汗をふいた。ハンカチには職人の誇りを感じさせるような繊細な刺繍が入っている。クロウルと名乗ったその男は、それで無造作にあぶらぎった汗をふきとるのだった。
「ええ、わしは、その、真っ当な、幻想貴族として」
クロウルは、真っ当な、という部分を強調した。
「……使用人が死滅するという、醜聞にまみれたあの屋敷を売りにだすまで、ずいぶんと骨を折ったものです」
考えられますか、短期間の内に、靴磨きの少年まで次々と死んでいったんですよ。ぜったいに前の当主が手を下したに決まっています。ええ、レイモンドという若い男です。小説家かぶれで。つまらないものを書き散らして、一度たりとも完成させたことはなく……。それでいて放蕩だけは得意で。各国の血なまぐさいエピソードを実物ごと買い取って。まるであの屋敷は、おお、犯罪博物館のそれですとも。
前の当主、レイモンドは、本家の直系にあたる最後の男で……やせっぽっちの蛇みたいな男でして、ある日突然僕だけの女神を見つけたと言い散らして、失踪しました。その頃には屋敷は近づけば死ぬとまで噂されており、おかげで後を継ぐ者もなく、親戚筋のわしがしかたなく処理を任されたのです。
「それで、どうやら、相手はわしの」
クロウルは気忙しく薬指の指輪を撫でまわした。宝石の代わりに、浮き彫りが目を引く。印章だ。重要書類へ押す実印の類だ。みごとな細工の銀の指輪は、クロウルの貧相さに似つかわしくない。おそらくは相続の際のどさくさで、彼がかすめとったのだろう。
「この指輪を狙っておるようなのです」
クロウルはあくせくとハンカチで顔をふいていく。それが暑さからくるものではなく、冷や汗も混じっているものだと、あなたは気づいていた。
「ついては、わしの護衛をお願いしてよろしいか。レイモンドはとにかく、趣味が悪くて、へんなところにこだわる男で」
わしがおそわれるとしたら、深夜、月が中天にかかった時でしょう。あの男は、月が好きだった。
クロウルはあなたへ自分のカントリーハウスの地図を渡した。
中央の玄関ホールから入ると、広間や会食の場が有り、東西南北にある離れと廊下で繋がっている。東西が客室、南北が使用人の部屋だそうだ。中央の主要棟には画廊や図書館があり、クロウルの寝室もある。家族はときくと、子どもはなく、妻とは死別したらしい。あなたは了承の代わりに、その地図を受け取った。
- カントリーハウスの心霊スポット完了
- GM名赤白みどり
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年08月16日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「その印章……」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、繊手を伸ばすと、クロウルはおびえように身を引いた。じつに小物らしい、と武器商人は感じた。信用すべき相手すらもわからなくなっている。武器商人の読み通り、クロウルの指輪は『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)が洋館の売買契約のときに使われたものだ。やれやれ、と武器商人は首を振った。
「……なんというか、困ったコだよねぇ、レイモンドの旦那も……」
クロウルの旦那もね。武器商人はヒヒ、と低い声で笑った。
「困りましたね」
クロウルの様子を見た『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は、これは本人から指輪を取り上げるのは骨が折れそうだと思った。
「あのお屋敷はクウハさんにとっても他の幽霊にとっても良い場所になってるんですよ」
いまではすっかり愛すべき納涼スポットを思い浮かべる。
「それを荒らさせるわけにはいきません、よね」
鏡禍が顔を向けた先には、正当なる屋敷の主、クウハがいた。
「当然だ」
不愉快そうに顔を歪める。
「指輪をちらつかされた所ではいそうですかと明け渡すわけもねェんだけどな。だいたい権利書はこっちにある。実印だけでどうにかなるなんてのが、そもそもあたおかなんだよ」
まったく、とクウハは言葉を区切った。
「馬鹿は死ぬまで治らないってんなら、一度ぶち殺しておくべきか?」
「んー☆、マリカちゃんはクウハお兄ちゃんとデートできてうれしいけどー?」
『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)がクウハの腕へぎゅっとしがみついた。
「あっ! いいこと考えた♪、クロウルから指輪をぶんどって今度はマリカちゃんが鬼さんおいでするの♡、ほらマリカちゃんは無敵だから魔種とその取り巻きなんかえいっ★ってしちゃえるし、なんどでもお兄ちゃんとデートできるよね!」
「おいおい……オマエが言うと冗談に聞こえねェよ……」
「だめー? うーんだめかあー☆、いい案だと思ったんだけどなー♪」
「まったく」
まるで妹であるかのように、クウハはマリカのあたまをぽんぽんなでた。
「今回の仕事は、クロウルさんと……」
愛くるしい瞳をすこしすがめ、『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)はクロウルの指輪を注視した。
「あの指輪を守り抜くこと。……目的がふたつに分かれてるのはどうしてかな。クロウルさんが指輪を身に着けているのだから、そのまま護ればいいとおもうのだけど……」
フォルトゥナリアはすこし考えて徒労を悟り、人差し指で唇をなでた。
「なんにせよ、人の命が失われるのは嫌だね。そうだよね、クロウルさん?」
「ええ、まあ」
ああこいつは自分さえ助かればいいと考えているな。フォルトゥナリアは直感した。こういう手合はとにかく意固地で、尻に火がついても玉座へかじりついているものだ。指輪はさしずめ王冠か。
(うーん、指輪をこっちへ預けてくれるようお願いしたかったけど、この調子だと死んでも手離さなさそう。そこは安心かなあ……)
さりとて。依頼人はただのカオスシード。そして恐慌に陥った人間ほど厄介なものはない。フォルトゥナリアはそれを知っていた。
「クロウルさん」
「なんでしょう」
ハンカチで脂汗を拭いている小太りの男は、怪訝そうにフォルトゥナリアへ体を向ける。フォルトゥナリアはダメ元で聞いてみた。
「指輪、私たちに預けてくれないかな」
「ご勘弁を!」
「そっかあ……。今回の災禍は指輪が原因だから、それを私達に預けてくれれば、クロウルさんは難を逃れることができるよ? 私が信用できないなら、クウハさんに渡してくれないかな?」
「いや、ははは、はは、その、これは、はははは、ご勘弁ください……」
フォルトゥナリアは指を鳴らした。チカッと光が走る。神気閃光に触れたクロウルは、電気ショックを食らった鼠みたいに、仰天して無様に床へ転がった。
「なんにせよ、人の命が失われるのは嫌だね? そうだよね、クロウルさん?」
「フォルトゥナリアさん」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が苦笑しながらフォルトゥナリアの肩へ手を置く。
「……クロウルさんも大変だな。気苦労が絶えないだろう」
イズマは一歩クロウルへ近づいた。クロウルはひっと喉を鳴らして後ずさる、そこまで過剰反応しなくともいいだろう、と、イズマは内心口をへのじにした。
「仲間の戯れ言は気にしないでくれ。イレギュラーズにはいろんなのがいるが、基本的に皆、依頼へは真摯だ。だから安心して欲しい。落ち着いてくれないか」
小動物の警戒をとくかのように、イズマは視線を合わせ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「俺たちが必ず守る。大丈夫だ」
クロウルは忙しく三白眼をきょときょとさせ、イズマのセリフを反芻している。すこしは警戒が解けただろうか。イズマはクロウルが落ち着けるよう、あえて距離を取った。こういうとき、パーソナルスペースへ立ち入るのはよしたほうがいい。人情の機微にさといイズマはよくわかっていた。
「俺たちがこれまで積み上げてきた実績を、信じてくれ。何度も言うが、安心していい。そのために俺たちは全力を尽くす」
「ああ。必ずや」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が、さきほどからせっせと鳴子を作っている。侵入者の様子を探るためだ。どこから来たのかがわかるだけで対策は格段に楽になる。
「酒蔵の聖女」
「っす」
「巡回はたのめるか」
「カントリーハウスといえばワインセラーっすわ!」
「……そうか。なにもしないよりはマシだ。よろしく頼む」
酒蔵の聖女は喜悦を浮かべて床を通り抜けていった。こういうとき、物質透過をデフォルトでもっているのはいいなとアーマデルは思う。
「レイモンドだけならともかく……。魔種、か。でごわいな」
「デェェェェェェェン」
『崩れし理想の願い手』有原 卮濘(p3p010661)がびっと親指で自分を指さした。
「火力 is 正義。力こそパワー。KOZIKIにも載っている」
「そのとおりだ」
アーマデルが首肯する。卮濘は胸を張った。
「魔種なんぞFB上等でボコしてやんよ。黒歴史ノート持ってきてもよかったけど、私が本気を出すと魔種がかわいそうだから手加減してあげなきゃね」
卮濘は人差し指でクロウルをびしっと指さした。
「そこの!」
「はひっ! な、なんですか?」
「死におびえ、生にしがみつく、その態度、じつにすばら」
「はあ……」
クロウルは目をキューっと細めた。かまわず卮濘は続ける。
「いやいや、大事なことなんだよ。生きるってすばらしいよね? それは死というエンディングがあるから。終わらない物語などなく、すべてのストーリーにはエンドマークがつく。読書の幸福は表紙を閉じたときに完成する。そう思わない?」
「申し訳ない、高尚すぎてワシにはなんのことやら」
「わからなくてOK、わかるやつは人間やめてるから別にいい。私はね、クロちゃんのそーゆーとこ、気に入ったから、ちゃーんと守護りまっす。大船に乗った気分になれ」
ぽかんとしているクロウルへ背を向け、卮濘はリラへ目配せした。リラは巨大な両手剣を、手首の運動でもするかのように軽々と振り回す。室内の風が引き裂かれる音が立つ。
「ちゃんとこーして保険もつれてきてるから、バケモノ退治は任せてよ」
●
「少し気になることがあってだな」
アーマデルのつぶやきに、一同は耳を傾けた。
「今回の相手は、前回報告書によると、意外と気が短いように思う」
「なるほど。となると、どんな手で来ると思う?」
イズマの問いに、アーマデルはむずかしげな顔をして答えた。
「物理的なトラップを作ると、そこから破壊活動を始めそうだ」
「そのこころは?」
「レイチェルは、ベネラー殿へつきまとっているショタコン魔種のように、己の実力を把握している。ショタコン魔種とは違って、自分は強い、ということをな。だからめんどうごとは見つけ次第、一掃するだろう」
「うーん、となると……」
イズマは鏡禍へ顔を向けた。鏡禍はせっせと鳴子を取り付けている。なるほど、ともういちど首を縦に振り、イズマは言った。
「障害物を置いて刺激しない方がいい、ということだな? 侵入者の位置だけ特定し、俺たちの最大戦力で叩く、と」
だとしても、と、イズマは続けた。
「使用人たちは避難してもらったほうがいいだろう。そのほうが守りやすいし、それに、化け物がうろうろしているなかをほったらかしにするのは、俺の正義が許さない」
「そうですね。避難してもらうのが確実です」
ひととおり鳴子を取り付けた鏡禍が立ち上がった。からころと揺れていた鳴子が、やがて静かになる。
「幸い、レイモンドが襲ってくるまで時間があるようです。手分けをして使用人へ通達を出しましょう」
「それがいいだろうね。離れの二階がよさそうだ」
武器商人が遠くをのぞきこんでいる。その紫紺の瞳には、比較的安全そうな候補となる部屋が映っていた。いくつもの視界を並行処理し、武器商人は地図へ丸を書いていく。
●レイモンド
……来たな。アーマデルは姿勢をさらに低くした。
チャラチャラと鎖の鳴る音がする。からん、ころん。鳴子が鳴っている。しゃがんだままアーマデルは音の方向を正確に察知し、物質透過で壁を抜ける。その先にいる仲間へハンドサインを送ると、アーマデルは闇へ溶けた。
「やァ。深夜の散歩かい? いい月だものねぇ。その気になろうとも言うものだ」
武器商人がゆっくりとムーゾの前へ出る。
ムーゾが口をぱっくり開いた。腐肉の臭いがたちこめ、腐敗して溶けかけた舌がなめくじみたいにうごめいている。キンと耳鳴りがしたが、武器商人は揺らがない。
「そんなものきかないよ? 我(アタシ)はね、すべてを愛しているのだから。未熟な怒りの矛先なんかを、手前勝手に向けたりしないのさァ」
限界まで開かれるムーゾの口、めりめりと音を立てて頬肉が裂けていく。
「おやかわいいねぇ、そういえば口裂けの方とは最近会ってなかったっけ、これが終わったら挨拶に行こうかなァ」
腐った肉汁をしたたらせながら、ムーゾは蛇のように舌を伸ばし、腰を落として威嚇した。チャラリ、鎖が鳴る。
「見た目だけなら練達でよくある系のホラーっぽいんだけどな」
イズマが余裕の笑みを見せた。怒りなど通用しない。泰然自若とかまえた彼の精神を、泡立たせるものなどなにもない。
「お帰り願おうか」
「そうだね、トーティスの旦那」
大口をあけてムーゾが迫る。腐臭がさらに強くなり、目へしみるかのようだ。その臭いごと燃やし尽くすかのように、炎が舞った。
「鏡に閉じ込められたときから万物は自由を失う。鏡像を覗く時、鏡像もまたあなたを見つめるのですよ?」
鏡禍が動いた。あたりが熱い志から来る炎で覆われ、ムーゾへ襲いかかる。怒りに我を忘れたムーゾが鏡禍へ肉薄した。固い音がして、攻撃が弾かれる。輝く粒子が集まって、ごく薄い、しかし頑丈な結晶へ変わっていた。
ムーゾが腕を振り回した。関節を無視した動きで、重い一撃が鏡禍へ振り下ろされる。着弾する寸前で粒子が集合し、またも結晶による盾ができる。
「ウルツァイトを破れると思ってるんですか?」
鏡禍は薄く笑うと、ムーゾの鼻っ面へ拳を叩き込んだ。それをかわぎりに、武器商人が床を蹴る。すっとわずかに浮いたそのモノの背には、淡い六枚羽が顕現していた。
「痛いのはかわいそうだからね、一撃で仕留めてあげよう。礼には及ばないよ」
両手を広げたそのモノの足元、影が凄まじい勢いで盛り上がっていく。天井へつくほどの巨躯をさらした影の巨人。その背なの向こうに、顔を隠した少女の亡霊が浮かび上がった。
「"火を熾せ、エイリス"」
少女が手を伸ばし、巨人へ触れる。巨人の手の中に青く燃える槍が現れた。じゅうぶんに体躯をひねった巨人は、流星のごとく槍を投擲した。刺し貫かれるムーゾは、突然の衝撃に何が起こったのすら把握していないようだった。
「そっちは任せたよ。トーティスの旦那」
「ああ」
イズマが武器商人へ背を向け、反対方向へ機械化された腕を突き出した。
「挟み撃ちとはいい度胸だ!」
堕天の輝きが閃き、暗い廊下が真昼のように明るくなる。音もなく忍び寄っていたウーゾは、すさまじい光の渦に、半身を破壊されていく。イズマの苛烈な攻撃は、遮る者を許さない。ばたばたと見苦しく暴れまわるウーゾになすすべはない。反撃すら許されず、消し炭と化していく。
「ペットは倒した。次は……」
イズマが再び暗くなった廊下の向こうを睨む。カツン、カツンと足音を立て、進んでいった先には、アーマデルに取り押さえられたレイモンドがいた。
「レイモンド殿」
アーマデルは静かに告げた。
「おとなしくレイチェル殿と帰ってはくれないか?」
レイモンドはひいひいうめくばかりだ。
「なんで、なんでイレギュラーズがいるんだよ、なんでだよ、どうしてこう、僕はついてないんだ。最悪だ……うう」
「え」
アーマデルは愕然とした。いい年の大人が大声で泣きわめき始めたからだ。
「なんでだよおおお! レイ! レイ! うまくいかないよお、助けてよおおお!」
●レイチェル
「……なあ」
左腕を根本から切り落とされ、クウハはなお顔をあげた。クロウルは腰を抜かしてへたり込んでいた。眷属の力がじわじわと肉体を修復していくのを感じつつ、クウハは言葉を連ねる。正面からやってきたレイチェルのことだ。語りかければ、こちらの言葉に耳を貸すだろう。
「オマエ、何が理由で、あんなクソ野郎のお守りをしてんだ?」
中空に浮かぶ魔種、レイチェルは、疲れたようにためいきをついた。
「魔種とは、孤独なものです」
「ひとりぼっちはさみしい?」
「ええ。あなたもそうではないのですか?」
まァな、とクウハは答えた。まだ本調子ではない。切り刻まれた体がうめいている。レイチェルはそれには答えず、するりと剣で空を切った。次々と斬撃が生み出され、クウハへ迫る。
「だめだめちゃーん♪」
マリカが飛び出し、ステップを踏む。とたたっ。かわいらしい軽い音に続いて、おぞましいアンデッドたちが召喚された。わずか三体のアンデッドが、ズタズタに切り刻まれる。その背後のマリカへは、傷ひとつない。レイチェルはいぶかしむように目を細めた。
「あなたの攻撃って、大半がめくらましだねっ! だから正確に当たる部分だけを邪魔しちゃえば、攻撃を封じることができちゃう♡ んー大発見! マリカちゃんてんさーい☆」
「聡いこと」
一言吐きだすと、レイチェルは剣を抱きしめた。ブオンと彼女の周りの空気が揺れる。
「なら障壁ごと打ち砕くまで」
「ちょっと! 連続攻撃はだーめっ★」
唸りを上げて迫る剣圧。盾となるアンデッドが木っ端微塵になる。腐肉が飛び散り、その間にレイチェルがぐんとクロウルへ迫った。
「腕ごといただきましょう」
剣が、クロウルへ迫る。赤い血が飛び散り、天井へ淫らな絵を描いた。
レイチェルが止まった。気絶したクロウルの前に、ひとりの女が立っている。短く呼気を吐きながら、目を血走らせて血まみれで。
「……素手で剣を掴むのはおよしなさい。指がもげてしまいますよ」
「ご忠告ありがとう、でもね……」
フォルトゥナリアは魔種を見据えて声を上げた。
「私はフォルトゥナリア! フォルトゥナリア・ヴェルーリア! 依頼は必ず成功させる! 攻撃は通さない! 指輪もクロウルさんも、絶対に護ってみせるよ!」
「……愚直なまでの純真。若い頃を思い出します」
魔種は悲しげに笑い、剣を引くと正眼にかまえた。
「ですが、あなたも倒れてしまえば、その誓いも嘘になる。ええ、すべては、虚言」
レイチェルが突然身を翻した。直後、すさまじい力の奔流が床をえぐり、壁へ穴を開けた。
「火力火力! 火力は全てを解決する!」
卮濘が破式魔砲をぶっぱなす。部屋中を白で染め上げて。視界が戻ると、レイチェルは不愉快そうに眉をひそめたまま、しいたたる黒い血をながめていた。
「かするだけでこの威力……。少々本気を出さねばなりませんね」
ぎらりと剣が光る。
「そのまえに」
魔砲の術式を展開しつつ会った卮濘は、レイチェルから急に殺気が消えたことに気づいた。
「呼ばれているからには、行かねばなりませんね」
床が割れた。レイチェルが叩き割ったのだ。
「逃がすもんか!」
卮濘は後を追い、穴へ飛び込んだ。
●合流
「来るぞ」
「困ったね」
イズマへ短く返した武器商人は、ゆるりと宙へ腰掛けた。天井が崩壊し、続けてレイチェルがふわりと降りてくる。
「旦那をいじめたら、こうなると思ってたよ」
「いじめてないよ。正当防衛だ。小説の構想は聞きたかったけど……」
イズマは脱力した。体中にめぐる力をリセットする。それは強敵相手に戦闘スタイルを切り替えたということだ。べそべそ泣いているレイモンドへあらためて向き直る。
「レイ、ああ、レイ。ひどいんだよ。こいつら、僕の思いどおりにならないんだ。気に食わないよ。レイ、僕の代わりに、やっつけておくれよ」
「仕方のない男。その気になれば、返り討ちにできるでしょう?」
「だって、だってぇ、痛いのは嫌いだし、返り血が服につくじゃないかぁ、汚いのも嫌いだよぉ」
聞き逃がせないことを聞いた気がして、アーマデルは固唾をのんだ。そのまま戦闘態勢に入る。
「でーりゃあ!」
飛び降りてきた卮濘の膝蹴りを、レイチェルはひょいとかわした。破砕された床板が飛び散り、卮濘は赤くなった膝をさすった。
「ふー。あんまり手こずらせないでくれる? 実は私って死神だから」
片眉をあげたレイチェルから視線を動かし、卮濘はレイモンドを見た。
「ほんとだよ。新たな何かを促す為に立ち塞がる人類への試練、そーいうのが『有原卮濘』の存在基底。せめて払った犠牲に敬意の一つも見せりゃいいのにやれ女神だと放蕩して無駄にして他人に取られてほんっと……馬鹿じゃん。ざーこざーこ♡ 挙句こうして? わざわざ取り返しに労力払ってんのマジで無駄すぎるでしょ」
うるさいとレイモンドが床を拳で叩く。
「あーほんっと……みっともない。人間って愚か。死後に続く物語なんてない。死はエンディング。一遍回って生にならないとオープニングは迎えられないんだよ」
じり、と卮濘がにじりよる。その反対からは。
「バーナーの方」
武器商人が組んでいた足を解いた。
「我(アタシ)の猫を傷物にしてくれたね?」
「それがなにか?」
「どうもしないよ? 我(アタシ)がすこしばかり、怒るだけさ」
紫紺の瞳にゆらゆらと青い炎が燃えている。
「帰りますよ、レイモンド」
「うう……ぐすっ」
剣戟が周囲を舐め尽くし、粉塵が廊下を満たした。目眩ましが消えると同時に、標的の姿も消えていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
おつかれさまでしたー!
襲撃への備えも万全、指輪は無事、持ち主も無事です。
またのご利用をお待ちしてます!
GMコメント
みどりです! ご指名ありがとうございます。新展開、ということで。レイチェルさんのお名前は開示しておきますね。名声は便宜的に幻想へ入ります。
幻想貴族のおうちといえば、やっぱり幽霊やろ、って感じでご用意いたしました。
やること
1)クロウル・パムゴラスの指輪を一晩守り抜く
2)クロウル・パムゴラスの殺害の阻止
●エネミー
レイモンド・パムゴラス クウハさんの関係者
小説家かぶれの幻想貴族。死へ美を見出す耽美的破滅主義者。本人にはたいした戦闘力はないのですが、ウーゾおよびムーゾを操ります。
レイチェル・バーナー 武器商人さんの関係者
色欲の魔種。レイモンドに惚れられており、共依存の関係にいる。魔種にしては珍しく人の話を聞くほう。見た目に反してパワーファイター。壁とか天井とか余裕でぶっこわす。
ウーゾ
レイモンドの召喚する幽霊の下僕。
人間に似た泥人形のような外見をしている。見た目に反して反応・回避が高い。防技・抵抗は低めだが、攻性BS回復スキル持ち。ウーゾが通った後は、汚らしい泥のような足跡が点々と残る。
ムーゾ
レイモンドの召喚する幽霊の下僕。
鎖で縛られた女に見える影。EXAが高く、CTの心得もある。特に、域疫病怒りをばらまくことに注意。チャラチャラと鎖を鳴らしながら移動する。
●護衛対象
クロウル・パムゴラス
位の低い幻想貴族。パムゴラスを名乗っているが、本家ではない。ほどほどに良心を持ち、ほどほどに腐敗した、どこにでもいる幻想貴族。基本的に寝室に居ます。
●戦場
カントリーハウス「ノーコーン」
中央に横長の長方形の主要棟があり、そこの四隅から廊下が伸びていて、よっつの離れへつながっている作り。3階建て。明かりはふんだんに置いてあるので、視界には困らない。また、広いので武器を振り回しても大丈夫。ちなみに、主要棟の画廊にはクロウルが家宝としている絵画が飾られている。
二十人ほどの使用人が戦場内をランダムに移動している。彼彼女らの生死は成功条件に含まれない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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