シナリオ詳細
<孤樹の微睡み>木漏れ日を裂いて嗤う修道女
オープニング
●
木漏れ日がカーテンを作り、温かく地上を差していた。
美しき深緑の森の中、木漏れ日の差す木々の合間、女が空に座っていた。
夏の暖かなる陽射しが照らす金色の髪はきらきらと輝いて見え、折り畳んだ純白の翼は左右三対、計六つはあろうか。
「――あれが終焉から零れ出た羽虫かしら」
神聖さえ感じる純白の修道服に身を包み陽射しを避けるように深く被ったフードの下、冷たさの帯びた淡く紅い瞳ではどんな感想を抱いているか。
見下ろす先をあるのは人々の抗い。
終焉より零れ出た獣を相手に、可能性を持たぬ憐れな子羊たちは健闘している。
「――まぁ、所詮は『健闘』ね」
そう、健闘、している――あるいは『善戦』しているとでも言い換えてもいい。
その言葉の裏には『敗北』が決しているという事実がある。
「あんなものを利用してやれ、などと本当に天主様は仰ったのかしら?」
手を組み、片手で頬に手を添える様はどことなく艶っぽい。
「まぁ、少し遊ぶのにはちょうどいいわ」
つまらなさそうに女は笑い、何者かの名を呼んだ。
刹那のうち、木々の合間より降り立つのは、1人の青年を思わせる有翼の何か。
誰であるのか判然としないのはその頭部にあるべきパーツ、目や鼻、口といったものがないせいだ。
貌の無い天使は女の前で膝をつく。それはさながら騎士の示す臣従の礼のようだった。
「私のために剣を取れますね、我が騎士の1人」
「はい、御身のため、この力を得た者なれば」
「なら、遊んであげましょう。終焉の獣達と、力も無いのに争う哀れな子羊達とね?」
その声は何故か囁きのように耳を打った。
「あぁ、それから。これも渡しておきましょう」
そういうと、女は胸元から1枚の紙片を取り出した。
「『聖ロマスの遺言』の断片、預言者ツロも面白そうなものを持ってくるのね」
からりと笑った修道女は、その紙片を貌のない天使に手渡せば、天使はそれを服の中にしまい込んだ。
●
「――隊長、新手が来ます!」
誰かが叫んだ。
その者が指し示す方向に視線をやれば、真っすぐにこちらに向かって突っ込んでくる影。
顔の見えぬソレは、真っすぐにこちらに降ってくる。
「多勢に無勢です、退却した方が!」
誰かが言う。それに私は首を振った。
「……そう、ですね。傷を追っている者から順に、後退して! 此処は放棄して体勢を立て直すわ!」
兵士達が矢を射かけて獣を迎撃しながら後退していく。
「それから――」
「皆まで言わないでください。私達も手伝います」
――誰かいっしょに死んで。
そう声に出すより前に、部下が言った。
頷きあう部下たちは、皆、私が新人の頃からの同期だった。
「……ごめん、ありがとう」
「良いの。ウチらの出世頭だけ殺すのは忍びないわ」
いつもは私に食って掛かってくる子が言って、他の子達も続いてくれる。
私は、弓を握る手に力を籠めて、もう一度だけお礼を言って、前を見た。
不意に、乾いた音が鳴った。
それが拍手の類と気づいた時、そこにその人は立っていた。
「こんにちは、森の民。静寂と清涼の下に沈むべき閉ざされたる国の子供達」
空中に座るようにして浮かぶ修道女は微笑みながらそう声をかけてきた。
「――貴女達に祝福をあげましょう。神の寵をあげましょう」
綺麗な、切れ長の目が、私を見ていた。
――誰かの声がする。
どこからともなく、脳に直接語り掛けるような、優しい声だった。
「――さぁ、私の声に耳を傾けて。私の音色は祝福の音色、罪を贖うの」
声がする。声、声、こえ、コエ、こえこえこえこえ――まるで子守唄のように、優しい声がする。
その声はどこか、その女性の声にも似ているように思えた。
「――て! ――か――けど、そのお――は――」
あぁ、友達の声が聞こえる――何か、必死に、言っている、ような。
●
イレギュラーズが深緑へと訪れたのは、それから数日後のことだった。
現場に訪れたイレギュラーズの前に、姿を見せたのは、空に腰を掛ける修道女だ。
修道女の隣に立つのは、1人の貌のない天使とも騎士とも取れる何か。
「あらあら、神の代理人さん達ではないの」
女が笑う。
「そっちから姿を見せてくれるとはな、探す手間が省けたぜ」
グドルフ・ボイデル(p3p000694)は取り逃した獲物であるその修道女の出現を追っていた。
「……やっぱり、無貌の天使」
その隣でシンシア(p3n000249)はぽつりと呟いた。
「……アドラステイアが終わったあの日、先生は私がとどめを刺したのに」
ぽつりと、その呟きを修道女は聞こえただろうか。
「シンシア殿にお手伝いをお願いされて来ましたが……本当にまたあれを見ることになるとは」
腰を落として構える日車・迅(p3p007500)や小金井・正純(p3p008000)はその貌のない天使がどういう者か知っている。
「シンシアさん、ティーチャーアメリは……」
「……えぇ、トドメは刺しました。皆さんがファルマコンと戦いを終わらせた後で……」
正純の言葉にシンシアが目を伏せ気味に答える。
「まぁ、あの人から聞いてみればいいさな」
そう答えるのはシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)である。
「ふふ、なんだか、私、モテモテのようですね?」
視線を向けられた修道女が笑みを刻んだ。
- <孤樹の微睡み>木漏れ日を裂いて嗤う修道女完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
夏の熱を帯びた陽射しは木漏れ日の輝きとなって戦場に降り注ぐ。
穏やかならざる空気を纏う戦場に腰を掛ける女は何者だろう。
彼女を守るようにして前に立つ貌のない天使とも騎士とも取れる人物からは呼び声が響いている。
「よもやこの天使を再び目にする事になろうとは、分からないものですね。
それにあの遂行者の姿も……シンシア殿は見覚えが無いのですよね?」
「はい……見覚えありません」
念の為の確認の視線を向けた『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)はそう頷くシンシアを見てから再び修道女を見やる。
(格好が似ているだけかもしれませんが)
笑みをこぼす修道女は迅にある女を思い起こさせる。
「油断はできませんね」
その言葉と共に、迅は圧倒的な速度で飛び出した。
「……!?」
咄嗟に盾を構えて守りに入る無貌の天使へとその拳(きば)は鋭く突き刺さる。
構えた盾を無視して跳び込んだ懐、狼を思わす強靭にして鋭利なる連撃を受けた天使の体から多量の靄が溢れ出す。
「なんと言う速さか……!」
押される騎士が驚愕に満ちた声をあげた。
「ふふふ、圧倒されているではありませんか、レオナルド」
笑う修道女、その首筋へと旋風が走る。
「笑っていられますか?」
それは『簪の君』すずな(p3p005307)の払った一閃が生んだ剣圧。
摩擦を生んだ斬撃は熱を孕み修道女を撃つ。
「――申し訳ありませぬが、貴女には付き合って頂きます。何、退屈はさせませんよ、場が温まるまで私と踊ってくださいな……!」
「私達を直接――良いでしょう、迷える子犬よ。まずは貴女からと参りましょう」
そう笑った修道女は空に浮かぶまま視線をすずなへと投げかけてくる。
「貴女も手を抜いているようですが……様子見をしなくてはならないという決まりでもあるのですか?」
「私達は正しき歴史を遂行する者、それ以外のことなど些事に過ぎませんよ」
すずなが問えば、修道女は愉しそうに笑みを浮かべてそう答えるものだ。
「大事な深緑の民に変な悪戯をしてくれたようだな」
愛剣を抜いた『真意の証明』クロバ・フユツキ(p3p000145)の視線の先、修道女は笑みをこぼす。
「ふふ、私はただ迷える森の民に道を示してあげただけですよ」
さも平然と笑った女の妄言に一瞥をくれるままにクロバは剣を振るう。
熱を帯びる怒りは刃を紅に描き、斬撃は終焉の獣たちを切り刻む。
獣たちは紅の閃光と漆黒の軌跡の描くまま、踊るように、狂うように跳ね続ける。
「触れさせてやるもんかよ、大事な森の同胞にな」
崩れ落ちた獣たちが咆哮を上げれば、その視線はクロバにも向いていようか。
(顔のない天使、アドラステイアとの戦いは終わったのに未だに彼らの残したものが悪さをしようと言うのでしょうか)
弓を構える『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は視線の先の2人――というのか正しいのかもわからぬ物達を視野に収めながらも矢を引き絞る。
「聞こえますか、あなた方の救援に来ました!」
「あぁ、ぅぅ……」
構えるままに念のために幻想種達へと声をかければ、幻想種達はイレギュラーズへと混乱のままに弓を構える。
「……仕方ありません、少し痛むかもしれませんが許してくださいね」
その矢が放たれるより速く、正純は天星弓から祝福と呪いの矢を放つ。
瞬く星々の輝きは強烈な輝きとなって幻想種や終焉の獣を撃ち落とすように空を撃つ。
「シンシアさん!」
「――はいっ」
正純がそう声を発するが速いか、シンシアが飛び出していく。
向かう先は無貌の天使の眼前だ。
「わざわざ狂わせてから終焉獣に無差別に襲わせるとは随分とまあ、イレギュラーズの弱みを知っているものだな」
修道女を見やり『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は小さく呟く。
「ふふふ、何をおかしなことを」
無貌の天使へと迫るサイズの耳に修道女の声が響く。
「イレギュラーズの大半が操られた者をほっとけないから戦力を分散せざる負えない。
それを狙ったんだろ……だが負けるつもりはないぞ……!」
「それは貴方達がくると分かっていないとできない事でしょう。
貴方達が来ることも知らぬ私がどうしてそんなことを考えるのです?」
「――行くぞ! 黒顎魔王の双撃よ、天使の翼を喰らいで斬滅せよ!」
くすくすと笑みを絶やさぬ女の声は無視して、サイズに魔力を注ぎ込む。
鼓動を撃つように熱を帯びた自分自身を、思いっきり振り抜いた。
弧を描く斬光は血色の輝きをもって戦場を行く。
初撃は反応を見せた無貌の天使に剣でもって相殺されども、追撃の閃光が眩く騎士の身体を喰らう。
「ハッ、相変わらず余裕ぶっこいてんな。ま、ああいう女に吠え面かかせてやるのも面白ェ!」
それらの様子にやや遅れた形の『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は、それでも笑いながら戦場へと飛び込むものだ。
「あらあら、乱暴ね、山賊さん?」
「今に見てな、直ぐにぶった斬ってやるよ! おら、さっさと下がれ!」
修道女の笑う声に啖呵を切れば、周囲の幻想種達を手当たり次第に蹴り飛ばす。
山賊らしく多少の粗暴さはあれ、痛くはあっても死にはしないその絶妙な動きは幻想種に伝わるだろうか。
「さて……では私も少しだけ、遊ばせてもらいましょうか」
宙に座るまま、修道女が足を組みなおす。
その所作のついでとばかりに彼女はぱちりと指を鳴らして、斬撃が戦場を駆け抜けた。
「レオナルド。いつまでもお間抜けな姿を見せないでくれますか」
「シスター、貴女はどこまでも人使いが荒いな」
そう呟いた騎士が緩やかに剣を振るった。
それとほぼ同時に、戦場に終焉の獣たちの咆哮が響き渡る。
(……主従関係というわけでもないみたいですね)
無貌の天使と修道女の会話を聞きながら、『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)は思う。
指示系統があるというわけではない――と何となくそう感じていた。
(……しかし、無辜の民を操って、なんて――創作ではありがちな手段ですけれど、実際にやられると厄介なことこの上ないですね)
怒りが無いと言えば嘘になる――けれど、それは後でいい。
怒りは歌に、曲に乗る。
それは今、ただのノイズでしかないから。
(だから、わたしは今やれる精いっぱいで支えさせてもらいます)
攻撃を受けたばかりの仲間達を支えるように、涼花は曲を奏でる。
黄昏を歌うような曲は仲間の守りを固める詩。
開戦を告げるには少しばかりとしっとりとした歌が戦場に響き渡る。
「顔のない天使がどうしてここにいるのかはわからないけど……引っ叩いて聴くのが一番早いさな!」
愛剣を抜き放つ『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はその歌を聞きながら戦場を駆ける。
仲間達が紡ぐ数多の攻勢、終焉の獣たちを掻い潜り迫るのは幻想種。
「しっかりしなよ、自分も仲間も誰も死なせない覚悟をさっさと決めな!」
混乱しているのか、或いは一種の防衛本能か、短刀を抜いて防御態勢を取った幻想種へ、シキはレインメーカーを振り抜いた。
打ち込みの刹那に引いた引き金は乱撃に不殺の衝撃を生み、幻想種達を一斉に叩き落していく。
●
「そう簡単に俺を倒せるとは思うなよ!」
神秘の霊薬を煽り、サイズは戦場を行く。
「天使ごときにパンドラ使ってやるかよ! 滅びろ偽りの天使がよ!」
戦場を行く。激情にも似た感情に照らされた自分自身の血色の光は高まり続け、閃光となって騎士の身体を抉り取る。
「見事だな――だが、温存して勝てると? それより……いい歌だ、それだけに厄介であるのだが」
「わたしは、今のわたしに出来る最大限をやるだけです!」
霧散する身体を無視して、無貌の天使が体勢を起こして視線を巡らせた先には涼花がいる。
戦場を支えるべく歌い続けた少女の姿に、無貌の天使が笑った気がした。
激しく歌う音色は攻勢の響き、自らの出来る最大限を――歌に籠めたその想いが弾丸のように無貌の天使を穿つ。
それでも美しき癒しの歌は絶やすことはない。
「お待たせシンシア、大丈夫?」
飛び込むまま、シキは愛剣を一閃する。
盾を構えて応じんとした無貌の天使とシンシアとの間合いが僅かに開けば、それでいい。
「はい、皆さんのおかげで、何んとか」
そう言って頷く少女の身体に幾つか傷があるのを見て、シキはその手に握る愛剣へ魔力を籠めた。
「私の友達なんだ、誰だかわからないけど、やってくれたね!」
気迫に圧されるように盾を構える無貌の天使。
それを砕かんばかりにシキは神威にも等しき一撃を振り下ろした。
「腕の良い戦士ばかりだな、こちらの胸も踊ろうというもの!」
「これ以上、彼女の負担を増やすわけにもいきません、一気に決めさせてもらいます!」
そこへと迅は迫る。
風のように舞い、風の如く駆ける迅の拳は再び無貌の天使の肉体を破砕し、黒き靄を溢れださせる。
崩れた無貌の天使の懐へ飛び込み追撃で放った拳には闘志が籠り、空へと天使を吹き飛ばす。
終焉獣の対応に区切りをつけたクロバが無貌の天使へと斬りかかったのはその時だった。
圧倒的な速度で繰り広げられた連撃に対応し、やや動きの鈍った異形、そこへと飛び込むままに愛剣を振るう。
「フン、天使というよりかは天使を模した人形みたいな面だな、却って邪悪そうに見えて非常に殴りやすい!」
「我らは天主様の似姿を得たかのお方の為の尖兵、人形呼ばわりに否定は出来んな!」
挑発も兼ね、肉薄と共に告げたそんな感想に、騎士がいっそ笑ったような声色で語れば。
クロバが振るう剣はその隙を逃さず食らいつく。
「――眠りなさい、哀しき者よ」
正純が放つ矢は夜空を行く。
天へと翔ける星々は凶兆となって遂行者と無貌の天使を絡め取ろうか。
それに唸るように声を漏らした天使、きっと心臓辺りへ合わせた視線――放たれた一条の星光が瞬くようにそこを撃ち抜いた。
「集中していただけないようですけど、もしかして退屈でしょうか?」
すずなは剣の構えを変え、すっと足を前に。
しんとした気配は限界を超える。
「――構えなさい、遂行者。さもなくば、貴殿の素っ首が宙を舞いますよ」
「……たしかに、それを受けるのは良くなさそうね」
それだけ言って、修道女は組んでいた足を解き、宙から飛び降りた。
音もなく降り立った修道女は、自らの背後――自分が座っていた辺りを握る。
それはまるで、そこに何かがあるような――反応できたのは正に今のすずなであったからこそでもあろう。
咄嗟にすずなが剣を大体の位置で合わせた刹那、ギィン、と鋭い音と重い物が剣を滑って空へと抜けたのが解った。
「貴女の言う通り、構えてあげる、憐れな子犬」
そう笑った彼女の手にはまるで魔法のヴェールを脱いだように一本の大剣が握られている。
「先の動作……今まではそれに腰を掛けていたのですね」
「そういうことよ。さぁ、始めましょうか」
「そう簡単に行くとは思わぬことです――今の私は粘り強いですよ?」
「そう――言うからには簡単に倒れないでね!」
笑う修道女へとすずなは剣を走らせる。
跳ね上げられた剣速で打ち出された突きが真っすぐに修道女の肩辺りを貫いた。
「ようやく高みの見物はお終いか?」
グドルフがその様子を確認するのと、動き出すのはどちらが速かったか。
踏み込んだ一閃、勢い任せに振り下ろした斧が修道女の大剣によって防がれる。
「どこまでも野蛮ね、流石に山賊ってところ?」
そう言って修道女は自らの衣装をつまんで言う。
「主役は遅れてくるもんだろ!」
そう啖呵を切るのと同時、本命たる山刀の一閃が修道女の腹部を裂いた。
●
「あぁ、彼女もきっとこう言うだろうな……見事だ、地の国の英雄たちよ、と」
無貌の天使は意味深に言葉を残し、サラサラと黒い靄になって消えた。
それはその個体が人間の類ではない証左にほかならぬ。
「ちっ……使い物にならない。所詮は適当に作っただけの兵長ね」
それを見た修道女が短く舌を打った。
「いいねェ! その顔が見たかったんだ!」
グドルフは表情に苛立ちを見せた修道女へ笑い、剣を振るう。
「全く、神の代行者という割には品性のない」
「それだ。よりによって、このおれさまを神の代行者呼ばわりとはねェ──山賊がカミサマなんぞ信じるかよ」
一か八かの大博打、全身全霊を乗せて振り下ろした斬撃、数多をぶった斬る振り下ろしが修道女の剣によって防がれる。
「覚えておきな。俺は俺だけの為にてめえをブチのめす。てめえみてえな奴が、一番気に食わねえのさ!」
「――はっ、笑わせる! 良いわ。覚えておきましょう。山賊さん!」
殺す気で撃ちおろす斬撃の連鎖、大きく振り抜いた一閃が修道女の腹部を再び貫いた。
そこへと迫るはシキが放つ黒顎魔王。宵闇の色に描かれた神聖なる獣。
狩りの刹那、獲物へと食らいつくために駆ける神性の獣は美しく速く、壮烈な閃光。
神聖さえ感じるのはどこか瑞にも似て見えるからだろうか。
死角より放たれた一閃に、修道女が目を瞠るのが良く見えた。
「顔のない天使なんてちらつかせて逃すと思った?
天使をどこから連れて来たのか、教えて貰わずに帰すわけないだろ。口が開くうちに教えてもらうよ!」
そう宣言する頃には、既に二匹目の獣は咆哮と共に戦場を駆け抜けていた。
「あら。貴女達、あれが何か気になるの? まぁ、でもそうね。貴女達にとっては、終わった事件だものね」
そう声をあげた彼女の言葉が、一種の時間稼ぎや取り繕いにすぎぬことは、その身体から溢れる靄が証明する。
「――こんなところで、倒れるわけにはいきません!」
パンドラの輝く中、涼花は叫ぶ。宣言するように、歌うように。
熱を帯びて全力で歌い上げるそれは、戦場に立つ仲間達を奮い立たせる勇気の歌である。
聖歌を思わす歌の音色は受けた傷など大したことはないと、次に繋ぐ力を振り絞る。
「シンシア殿、無理はなさらないでくださいね」
迅はシンシアへと語りかけた。
(彼女も立派な戦士ですが、それでも……あの遂行者の姿を見ていると)
「……ありがとうございます、迅さん。でも、大丈夫です……先生は、もういないはずですから」
そう信じたいと、そんな風にも聞こえるシンシアの言葉を聞きながら、迅は言葉を飲んで走る。
「もう二度と、あの実験をさせる訳にはいきません!」
迅なる狼はその言葉と共に戦場を駆ける。
激しく。素早く、鋭く。執念さえも感じる拳の軌跡が修道女の身体に痛撃を叩き込む。
溢れ出る血に変わる黒い靄が修道女の身体から零れ落ちていく。
「剣を抜くつもりもなかったのに……全くもって面倒な――」
「言ったでしょう? 集中して頂けないのなら、素っ首、宙に舞わせますよ、と」
舌を打つ修道女へすずなは静かに答え、再び剣氣を高めていく。
高められた剣氣のまま踏み込む一閃はそれに対応せんとする修道女を崩すように戦場を行く。
数多の剣閃から紡いだ刺突はそれだけで敵を穿つにはあまりあろう。
「神妙に処されにつくんだな――終ノ断、生殄」
駆け抜けるままにクロバは強制的に目覚めさせた鬼の膂力を以って剣を払う。
漆黒を包み込む紅の閃光は葬送の輝き。
全てを呑むような光の斬撃が天運を掴み修道女の首を討たんと翔けた。
「まぁ、随分と激しいわね――そんなにこの国に思い入れでもあるのかしら、代行者さん?」
踏み込むまま、クロバは連撃を刻む。
「俺はただの断罪者(しにがみ)だ、代行者などではない、覚えておくんだな! それに……」
大剣をそうとも思わせずに盾代わりに打ち返してくる修道女の迎撃。
その合間、クロバはその刹那を創り出す。
「闘いの傷痕から立ち直ろうとする深緑(この地)を土足で穢す行為、赦すわけがないだろう!!」
飛び込む一閃が修道女の首に剣を入れた。
「本当に、あの時戦った者たちと同じ。
本当の歴史をと嘯くあなた方が、なぜあの都市で生まれた悲しい者たちを使役するんですか。
何が目的なんですか? アドレのように、アドラステイアと関係が?」
正純は弓を構えるまま、視線を修道女から外さない。
「そうね、悲しい子らでしょう。でも――お前たちがいなければ無貌の天使は今もいたはずよ?
天主の意向に従う、天主の似姿を得た聖なる獣たちは」
返答は淡々としたものだ。
「……私達がアドラステイアを倒さなければ、ティーチャーアメリは生きていたし、『聖別』は続いていた。だから、続けるとでも?」
正純が言えば、修道女はつい、と笑みを浮かべて答えない。
――その時だった。戦場を黒炎が覆いつくす。
修道女を取り囲むような黒炎は、イレギュラーズと彼女を隔絶する炎の壁。
「……お迎えのようですね。お遊びは終わりだと、あの方が仰せだから」
炎の向こう、修道女が剣に腰を掛けて浮かび上がる。
「逃がしません!」
正純は矢を引き絞り、撃ちだした。
放たれた矢は夜を掛けて空を抜け、修道女へと迫る。
炸裂の寸前、修道女が笑い、空から落ちてきた黒い剣の形をした炎が矢とぶつかり爆炎が舞う。
見上げた先、逆光の空に正純は六つの翼を持つ何かを見た。
それは辿り着いた修道女を先に行かせ、こちらを一瞥するままにどこへと飛び去っていく。
「……あの、折角ですから、一曲如何ですか?
戦いは終わりましたし、戦闘の高揚を落ち着かせた方が良いです。治療も出来ますよ!」
しばしの沈黙、それを破ったのは涼花だった。
戦気が遠のいたことを確かめてから、近くにあった切り株に腰を下ろしてギターを鳴らす。
「♪~♪~」
奏でる詩はきっと、あの子もやったはずのソロライブ。
傷ついた心を癒すためのほんの細やかな日常を紡ぐ歌。
そっと目を開けて幻想種達の方を見やれば、少しずつ穏やかな表情になっていっているのが見える。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
アドラステイアが滅んでいなければ、或いはイレギュラーズがいなければ……当然ながら『聖別は続いていた』でしょう。さてさて、その意味するところとは……
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速参りましょう。
●オーダー
【1】遂行者の撃退
【2】無貌の天使および終焉獣の撃破、
【3】狂化幻想種の生存
【3】は努力目標です。
●フィールドデータ
深緑とラサの国境付近の1つ、美しい木々に覆われた森の中です。
非常に開けた空間で、迎撃用の部隊を展開するための櫓やバリケードの痕跡が見られます。
●エネミーデータ
・『遂行者』???
遂行者と目される修道服の女。魔種と思われます。
極まって目立つブロンドの髪と美しい純白の六翼が特徴的。
何もない空に腰をかけたまま、レギュラーズの奮闘に対して時折ちょっかいを出してきます。
明らかに手を抜いているようですが、油断は禁物です。
エネミーとしての戦闘は初見の為、ステータス傾向は不詳。神秘型のように思えますが……?
以下はPL情報ですが、
遂行者達の強化される『神の国』の内部かつ取り巻きに殴らせている最中の奇襲とはいえ、
魔種の中に一撃で『神の国』の核に当たる『触媒』を埋め込んだことがあります。
・『無貌の天使』アークエンジェル
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
魔種や終焉獣ではないものの、原罪の呼び声を放っているようです。
シンシア曰く、アドラステイアで行われていた聖別と呼ばれる聖獣実験により生まれた存在に似ているとのこと。
なお、アドラステイア崩壊の際に実験の責任者はイレギュラーズに討伐されており、何故存在しているのかは不明です。
身長が成長した人間(160~180cm前後)ほどあり、手に大剣と大盾を持ち白兵戦を仕掛けてきます。
HP、物攻、防技などが高め。
【乱れ】系列、【致命】、【凍結】系列の攻撃が予測されます。
・終焉獣×10
黒聖女によってばら撒かれた魔物達。
雑魚です。狂化幻想種たちを優先的に狙います。
主に犬や猫科を思わせる動物風の姿をしています。
爪牙を用いての近接戦闘が主体と思われます。
・狂化幻想種×5
終焉獣対応を行なっていた深緑の警備隊の皆さん。
原罪の呼び声により狂化状態にあります。
不殺攻撃により解放できますが、何故か狂化状態が剥がれた個体は終焉獣に狙われます。
●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク、抵抗型or防技型へスイッチできます。
上手く使ってあげましょう。
●参考データ
・聖別
アドラステイアにて行われていた聖獣実験の1つ。
勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
教育の内容による影響か、はたまたそれ以外の理由があるのか、聖別により生じる聖獣は、多くの場合、顔のない天使の姿で顕現するようです。
教化過程を経た後は聖獣になる以外には聖銃士になるケースがほとんどで、子供達を『ティーチャーアメリへ絶大な忠誠心を持つ戦士』に育て上げていました。
・ティーチャーアメリ
アドラステイアのティーチャーの1人で魔種でした。故人。
フィクトゥスの聖餐でイレギュラーズの手により倒され、ファルマコンを強化しないために瀕死の状態のまま生かされ、最後にシンシアの手で止めが刺されました。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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