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シナリオ詳細

<熱砂の闇影>グレイグリーンバックアタック

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●天義からラサへ
「こんなものでいいかな」
 銀の瞳の青年は、地面へ置いた青リンゴを拾いあげた。青リンゴは、鮮やかで毒々しい蛍光色に変わり、ほんのりと明滅してすらいる。
「この地の亡霊はだいたい吸いこんだ。あとは……血と穢れ」
 まいったな、と青年はつぶやいた。これは自力で用意しなきゃならないよ、と。
「まあいいや。いまアツいスポット、どこがあったかな。たしか預言者ツロによると……」
「それなら鉄帝でしょう」
 アーノルドは鋭く振り向いた。いつのまに現れたのか、豊満な女がうっとりと微笑みんだまま木立へ背を預けていた。エロティックなボディは、あらゆる神性を冒涜するかのようだ。冠位魔種による侵略から立ち直りつつある鉄帝、遂行者たちは、住民へ呼び声による狂気をバラまき、神の国そのままの幻想との大戦争を再現せんと動いている。
 が、いまはそんなことよりも。青年は女を値踏みするようにながめた。
「アリシア・フィンロード」
 青みがかった灰色の髪の、ボロボロの黒衣を着た女は、蠱惑的な笑みを重ねた。
「いやな男、人を呼び捨てにするなんて。同じ遂行者ではないですか。仲良くいたしましょう?」
「仲良く、は、なるものであって、するものじゃないと思うな」
「ケケケ、つまらない男ですこと、アーノルド。乙女をないがしろにするあなたへは、神罰が下りますよう」
 アーノルドと呼ばれた青年は、不機嫌そうに顔をしかめた。
「何しにきたの?」
「あなたはどう思われます?」
 口調はあくまで誘うかのよう。それでいて女は腹の底を見せない。のってやるのも業腹だが、このまま押し問答を続けていても意味がない。まあいいや、とアーノルドはつぶやいた。
「降参してあげる。用件を言えよ。内容によっては手伝ってやらなくもない」
 アリシアは自分の目を指さした。盲目なのか、瞳は奇妙な色合いに満ちており、視線は定まっていない。
「私、見ての通りでしょう? だから目になってくれる致命者を作ろうかと思っておりました。ちょうどそこへあなたも部下を欲しているという噂を聞いたのでお邪魔に来たのです」
 先日シレンツィオで、イレギュラーズ相手に手数の少なさを思い知らされたアーノルドは、ならばと致命者を作ることにした。それをアリシアがどこかから聞きつけたのだった。
「目なんかなくても君は強いだろ。ようは戦力を増強したい、と」
「ほんとうにいやな男。詮索するなんて。乙女の言葉へは常に従うものです」
「僕が従うのは神の御言葉だけだよ」
「預言者ツロへ頭が上がらないくせに」
「しかたないじゃん。いまのところ、ツロの野郎を通さなきゃ神の御言葉が聞けないんだもの」
「奪い、壊し、滅ぼせ。それでじゅうぶんでしょう? それ以上、何を望みますの?」
「望みなんかないよ。神の御言葉がすべてだ。ツロの野郎、そろそろいなくなってくれないかな」
 そうすれば神の玉音を聞けるのに、と、アーノルドは地を蹴った。舞い上がった落ち葉をひとひら、アリシアが手に取る。やさしくキスをすると、落ち葉へはもみじの聖痕が浮かび上がった。そこへなにかが吸い込まれている、禍々しく、醜く、恐ろしいなにかだ。
「準備できた? いくよ」
「鉄帝へ?」
「あっちは人手が足りてる。僕は……」
 ラサへ行くよ。銀の瞳の遂行者はそう告げた。

●惨劇の森
 ラサにしては珍しく、うっそうと木々がおいしげっている。
 ラサにしては珍しく、肥えた豊かな土地のようだ。
 ラサにしては珍しく、蒸し暑い夜だった。
 アリシアは鼻歌を歌いながら、先を行くアーノルドへついていく。アーノルドが歩く速さをゆるめた。アリシアはくんと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぎ取る。
「いいところですねぇ」
 声は感嘆に満ちていた。
「熱気で血油が浮き上がり、木々へへばりついた悲哀と憎悪が夜へたゆたう。致命者を作り出すだけの穢れに満ちています」
「ここはね、賊がねぐらにしてたんだ。憐れな獲物を襲うためにね。いくつものキャラバンが犠牲になった」
 ラサには占いや踊りをなりわいとするキャラバンがいくつもある。旅する彼らは、嫌な言い方をすれば、歩く金蔵だ。水も食料も、財産も持っている。くだんの賊は、まずは護衛としてキャラバンへ入りこむ。そしてこの森へ誘導し、突如襲いかかって血も涙もない殺戮をくりひろげるのだ。そうやって順調に勢力を伸ばした賊は、ある日些細な言い合いが元で殺し合いになり、誰一人生き残ることはなかった。賊が残した金銀財宝は、壊滅を聞き、ハイエナのように集った者たちによって持ち去られた。あとに残ったのはこの、穢れに満ちた森だけ。
「まあいいや、そんなことはどうでも。始めるよ、アリシア、君は『帳』をおろして」
「ええ、いいでしょう。やってあげます。感謝し媚びへつらいなさい」
 あたりの雰囲気が変わる。重く暗い夜。月は見えない。そこここからこの世ならぬもののうめきがあがる。アーノルドは蛍光グリーンのリンゴへかじりついた。ろくに咀嚼もせず、ぺっと吐きだす。
 地へ落ちたリンゴのかけらが、穢れを吸いこんで変じていく。ぶよぶよとした、人のような、獣のような、不格好なスライム状のものだ。
「ブサイクですね」
「うるさいよ。こいつはまだ未完成だ。最後のピースが足りないんだ」
 アーノルドはリンゴをかじると、つづけて吐き出していった。致命者もどきが地にあふれる。
(退屈……)
 アリシアは肩をすくめた。ぶらぶらと歩きまわり、ふと顔をあげる。
「ケケ、最後のピースが向こうからやってきましたよ?」

●強襲
 緊急です、とローレット職員はあなたへ告げた。
 ラサ、惨劇の森と呼ばれるところへ『帳』がおりている。あなたはその地へ向かった。そこであなたが見たのは、そこらじゅうをうぞうぞと這い回る黒いスライム状の塊だった。
 その奥に銀の瞳の青年と、黒衣の蠱惑的な女がいる。
「そこな怪物」
「君は……」
 恋屍・愛無(p3p007296)を目にしたアリシアは憎々しげに顔を歪める。
「ああ憎くも美しいその姿。私もまたあなたのようになれるはず。神の恩寵さえあれば……!」
「……そうか、理解し難い」
 愛無にとって、今の姿は混沌肯定によって付与された借り物でしかない。顔を伏せると、愛無は戦闘態勢をとった。
「相手をするのは僕らじゃないよ」
「そのようね」
 状況をすばやく読み取ったイーリン・ジョーンズ(p3p000854)は、戦旗をかかげた。
「気をつけて、皆。このスライム、私たちの精神へ入りこんでくる」
「よく気づいたね、さすがイーリン」
「司書と呼んでくれる?」
 ゆっくりと拍手をしているアーノルドを、イーリンはきっと睨みつけた。アーノルドはかまわず続ける。
「このスライムは君たちの恐怖、後悔、怨恨を吸収し、致命者として完成する。君と関係の深い者の姿をとるかもしれないね」
 アーノルドは鼻を鳴らして嘲笑した。
 
「君は、なにを怖いと思う?」
 

GMコメント

みどりです。致命者が襲ってくるぞ、気をつけて!

やること
1)致命者をボコる
2)スライムの退治

※致命者は原則として、プレで指定された言動をとります
※致命者のモデルとして、関係者を指定することができます。その場合は、URLをプレへ記入してください。
※このシナリオの致命者は、断片的な情報を元に作成されますので、オリジナルとは違った性格・言動になる場合があります。

●エネミー
 致命者
 アーノルドくんが吐いたリンゴのかけらが、あなたのネガティブな感情をもとに致命者となったものです。どのような性格で、どのようなスキルを持つは、みどりがプレから判断します。
 PCひとりにつき、1体の致命者が産まれます。致命者は、最大で魔種の半分ほどの能力値をもちます。

 ブラックスライム
 初期数12体。戦闘開始から5T、1Tあたり3体出現します。HPAPが高い以外は平凡な能力ですが、スキルが厄介です。
 A のみこみ 体内へあなたをとりこみ、3Tのあいだ拘束します。この間、まったくの行動不能になります。のみこまれていないPCは、スライムを切り裂いてのみこまれた人を救出することが可能です。その際、不殺などを考えなくても大丈夫です。

●致命者設定テンプレ
名前:
性別:
年齢:
一人称:
二人称:
口調:

●戦場
 惨劇の森
 昼間でもうっそうと木が茂っています。これはフレーバーであり、特にペナルティは有りません。

●注意事項 バックアタック
 致命者が発生した最初のターンで、必ず先攻を取ります。この攻撃は奇襲効果を持ち、必殺属性です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <熱砂の闇影>グレイグリーンバックアタック完了
  • アーノルドくんとアリシアちゃんのおはなし
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
雪風(p3p010891)
幸運艦

リプレイ


『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)と『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はお互いを補いながら先を急ぐ。
「アーノルドは物理より精神的に攻めてくるタイプなのだな。いずれきっちりやり返さねば」
「そのようだな。ただでさえ傭兵は吸血鬼の騒動で弱っているというのに……やはりアーノルド殿は嫌な攻め方をする」
 弾正は不敵な笑みを浮かべた。
「褒めているのさ。俺も神の為に他者を屠る者だからな。だが、互いの神を守る為には相容れない」
『幸運艦』雪風(p3p010891)はホバー移動で木の葉を散らしながら進む。
「恐怖を糧に……なんて趣味の悪い。遂行者、やはり度し難い相手のようですね。どのような姿を取ろうと所詮はまがいもの。タネさえ判ればそう扱うだけです」
 はたして。雪風はおもう。自分の致命者は、どんな姿形なのだろうか。思い当たる虚像はいくつか。どれであれ全力でたたくだけ。 
「雪風、参ります」
 法力が充填され、一気にバーニアへ火が入る。
「これが帳のなか、か」
『狂言回し』回言 世界(p3p007315)が走りながらあたりをちらと見まわした。
「あまり楽しいとは言えないな」
「そうね。そのうえ、この戦力差は、いかんともしがたいわね」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が応えた。彼女らは歴戦の勇士であり、戦上手の手練れだ。ゆえに警戒というものの大切さを知っている。
「なんか、うぞうぞしたのがいるー……。ひゃー! こっちきた!」
『こそどろ』エマ(p3p000257)が悲鳴を上げた。たぷたぷと表面を揺らしながら、黒いスライムが迫ってくる。
 その奥に立つ白い制服の男と女を視認し、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はあれが今回のターゲット、と、つぶやいた。
(怖いもの、ですか。幼い頃は何もありませんでしたが、ある時から急に増えましたっけ)
 瑠璃は思う。瞳を伏せて。
(強くなって生き方を選べる今はほとんど無くなりましたが、それでも気にしてしまうものはあります。『仕事の成否にかかる要素以外を些事と切り捨てる自分』などは、恐怖というより戒めでしょうが)
『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)などは、見覚えのある姿に足を止めた。ブラックスライムが大挙して押し寄せてくる。のみこまれないよう気を付けつつ、ぐわり、背中に大きな口を出現させる。巨大な口がブラックスライムを食いちぎった。
「まずい」
 端的に感想を述べると、愛無はその女、アリシアへ視線を向けた。
「魔種か」
「ええ」
 色欲はうっそりと笑う。
「憎らしいくらい整ったお顔。引きちぎりたいくらいきれいな四肢。ああ、誰もがあなたへひれ伏すのでしょうね。そこな怪物。とっとと本性を見せなさい?」
「残念ながら」
 地球外ばーがーを食した愛無は指先をなめた。
「僕の真の姿は、混沌肯定により失われている。それに見たとしてもろくなものじゃないのだが?」
「ギャップ萌え、というものも世の中にはありますよ?」
 戯言をろうし、アリシアは笑みを崩さない。だがその仮面がひからびたものでしかないと、愛無はとうに気づいていた。
「所詮」
 愛無は自分の体の輪郭をたしかめるように両手でなでた。
「この姿は僕にとって『借り物』でしかないが。それ故に思い入れはあるのでね。褒められて悪い気はしない」
 アリシアがいらだたしげに目元を細める。
「だが君には、そんな思い入れは理解できないだろう。なんせ君は酷く孤独そうだ。孤独は悪だとは思わないが。君はもう少し世界に目を向けても良いかもね」
 ダメ押しの一言を愛無は放つ。
「友達いないなら、僕が友達になってあげようか? 僕も友達少ないけど」
 アリシアはするりと空を撫でた。大鎌が現れる。命を刈り取る鎌だ。
「持つものは持たざる者へ与えるべきです。満ち足りるまで。そうでしょう? そこな怪物?」
「なぜ僕に敵意を向けられているかわからないのだが」
 最近魔種に縁があるなと愛無は脱力した。狂気とは無縁に品行方正に生きていると思うのだが。
 愛無の広域俯瞰が、自分へにじり寄る二体のスライムをとらえる。それは愛無へ近づくたび、大きく伸びあがり、人型になっていく。
「……」
 人間の形だ。うつくしい、作られたものではない、人間の形だ。それは小さな子供の姿をしていた。懐かしさを覚えてめまいがする。
 子供たちは愛無へ問いかける。
「わすれちゃった?」
「ねえ、忘れちゃった? 僕たちのこと」
 忘れるものか。忘れたりなどするものか。
「悪趣味だ」
 愛無はそうとだけいった。子供の名前はミユとツムギ。そうとも。魂が覚えている。五臓六腑が反芻しだす。ミユとツムギは、僕を友と呼んでくれた。たいせつであったようにおもう。たいせつでたいせつで、彼らを食らった時、ひたすらにオイシイと感じた。
「もう一度あのシーンを再演せよというのだな。遂行者。まったく君らは……」
 大きく口を開けて、愛無は躊躇せず子どもたちへかぶりついた。まずい。泥と生ゴミと、カブトムシの味がする。こんな味じゃなかった。あの子らは。おいしくて、夢中になった。
「悪趣味だ」
 まずかろうが、食わねばならぬ。これはスライムであって、あの子らではない。どちらにせよ、食って戦力を減らし、食って僕の力にしなければならない。すっかりたいらげてしまうと、愛無はアリシアへ顔を向けた。アリシアはつまらなさそうにしている。
「怖いモノか。そんな『モノ』はみんな喰ってしまった。そいつらが僕の前に立つならば、それは全て偽者というわけだ」
 愛無は口中へ残った残滓を、吐き捨てた。
「そして此処には仕事できている。『個』の感傷には興味はない。ただ彼我の戦力差がやべーから、この状況は怖い。やれやれ」
 愛無はくびをまわした。こきりという音を意図的に立てる。今日も厄介な仕事になりそうだ。迫りくるアリシアを、愛無は迎え撃った。

「あなたは……」
 さすがのアーマデルも、動きを止めた。初撃をいなして距離を取り、その致命者と相対する。そこに立っていたのは、師兄だった。ナージー・ターリクという名前を、アーマデルは知らない。なにより、その名を持つものは、故郷で死んだ。
「ずいぶんと、牙が抜けたようだな」
 師兄がナックルナイフをたしかめると、アーマデルへ鋭い視線をやった。
「……昔の俺なら、その視線だけで縮こまっていた」
 アーマデルも蛇剣をかまえる。
「……本人であるはずがない。おまえは俺の心より生じた影だ。そして、きっと、俺がいつか乗り越えねばならない壁であるのだろう」
 戦う覚悟を固めていく。その隣で弾正もまた、うろたえる心を立て直していた。
「俺……だと?」
「笑ってしまうな。ああ、哀れだ。雑音まみれで、そんな自分を無理に肯定しようとしている、卑しい心根」
 その男は、そう言った。その男は、秋永久秀と名乗った。
「敗残兵が、俺の名を語るな。貴様というノイズを下し、俺はより完璧になる」
 冬越弾正と名乗らなかったであろう男がそこにいた。秋永一族の押しも押されぬ郷長として。かつてあこがれた自分自身を前に、弾正は、しかし。
「冬越弾正も、秋永久秀も、等しく、俺をあらわす名」
 名は最初の呪であり、最後の呪である。弾正は言い募る。
「後悔ばかりの人生だ。俺は俺自身が弱点だらけなのを知っている。きっとお前は、後悔せずに試練を乗り切った者なのだろう。俺の最初の罪……里から逃げた事。弟や一族を捨てず郷長になっていれば、その先の悲劇も無かった」
「貴様ごときが、なれたか? 俺のように?」
「さあ、どうだろうな。どっちへいっても、結局後悔ばかりだろうよ」
 おもむろに、弾正は目隠しで視界を断った。
「アーマデル!」
「わかっている」
 ふたりは鏡のように動いた。師兄には弾正が、久秀にはアーマデルが相対する。
「貴様は?」
「名乗らない。そんな縁は紡ぎたくない。俺が出会ったのは、悩みながら歩く弾正だ。おまえではない」
 ナージーは無言のまま弾正を迎え撃った。剣戟、雑音ともとられかねない音が響き渡る。
「アーマデルだ! アーマデルをだせ! 俺はいつだってアーマデルを!」
「そうか。残念だが、俺もそうなんだ」
 いかせない。弾正は気を吐き、ナージーを圧倒していく。二重の断末魔。ナージーが倒れると同時に、アーマデルの剣先が、久秀の首を落とした。


 そいつ、というより、それ、と呼んだ方がしっくりきた。それは肉でできたブロックを組み合わせたような姿をしており、乾いていた。ひどく不快なものを見た気がして、世界は殺したいと思った。殺したい、というのは少し違うかもしれない。抹消したい、が、妥当だろう。殺すとあの世とかいう物があって、そいつはそこで楽しくやっていくわけで、なにより死体が残る。きにいらない。
 そいつは首をすくめ、両手を肩の高さで広げた。まいったな、のポーズだ。
「おいおい……」
 世界も首をすくめた。こんなのが俺の致命者だってのか?
 そうとも。
 思念が入り込んでくる。
 まあそう嫌がるなよ。感情が欠落していった先に何が待っているのか。おまえ自身気にしているんだろう? 俺が調子のいいことを言ってやるから安心しろよ。俺とおまえはなあ、いうなれば一心同体だ。俺を受け入れろ。俺を受け入れろ。俺を受け入れろ。俺を受け入れろ。いいところへいけるぜ。そこではみんなチャカポコと陽気に踊っていて、いつもにこにこしているのさあ。
 そうかい。それはなんとも、ごきげんでいい感じだ。だがそれ以前に、俺は楽しいとかうれしいとか、そういうものも切って捨てちまったから、無用の長物ってやつだな。ああ残念だ残念だ。ほんとうにそう思わないか。甘いものを食ってるときだけ、俺はすこしだけそいつを思い出すけれど、結局その程度でな。スプーンを置いたら、また元の木阿弥さ。
 世界は心を切り取る。キャベツのみじん切りでも作るみたいに、まな板の上でトントン、小気味いい音。そうして、最後にごそっと、切り落とした部分を鍋へ放り込むのだ。蓋をして、火を止めて、予熱でいい感じ。そのまま放置。キッチンごと封鎖。腐臭がもれないように。
「世界君」
「なんだ? 愛無」
「君の致命者はいずこ?」
「さあねえ」
 世界は息を吐いた。
「忘れちまったな」


 スライムを砲撃していた。ターゲットをセンターへ入れて、引き金を引く。攻撃はすばやい身のこなしで回避していく。雪風はそのように作られているので、スライムごときが雪風においつけるはずもない。
 雪風は宙へ飛翔する。バーニアがごうごうとうなりを立てている。鋼の驟雨へ巻き込まれたスライムは、ぐずぐずと解けていく。
「あっけない、ですね」
 額の汗をぬぐい、雪風は地へ降りる。ふいに背中に気配を感じ、雪風はすばやくふりむいた。
「え……」
 時が止まった気がした。なめくじみたいなのろさで、時が這っていく。スローモーションで襲い来る刀を、なぜか避けることができなかった。
 ざっくりと傷を受けた雪風は、なぜ、とこぼした。なぜ? なぜ? なぜ?
「なんで……マリグナントじゃなくて……貴方が」
 雪風は茫然としていた。裂さん、どうして、貴方が。微笑みすら浮かべて、在りし日の姿のままで、その男が立っていた。
「なあもう疲れたろう?」
 だしぬけに投げかけられた言葉、雪風はうろたえたまま、反論できない。
「そろそろ終わりにしたいと、思わねぇか? きれいな墓を作ってやるよ。海の見える小高い丘に、白い墓碑でな。『安らかに眠れ』。俺が毎日掃除して、祈りを捧げてやる」
「裂さんは……そんなこと言わない……」
 男は両手を広げた。おいで、とささやく。いってしまいたい衝動にかられる。けれど、雪風は首を振る。
「こんなわたしでも、大切にしてくれる方がいます。裂さん、おなじ場所で夢を見れたら、なんてすてきでしょう。ですが、いまは、やめておきます」
 涙があふれる。頬を伝う。こんなときでも、照準だけはぴたりとあう。
「おわかれなんか、言いたくない……!」
 叫びを噛み殺し、雪風は自分の意思で引き金を引いた。

 ――困ったわね。
 イーリンは自嘲した。バックアタックをしかけてきたのは、自分自身。白きに鎧われた、潔癖なる乙女。
 ――困ったわね。
 その女もまたつぶやいた。
「怖いものって、昔は山ほどあったけど、今じゃ『そうか』ってなる程度よ。あのときあの一手が、届かなかった、後悔ばっかりよ」
「怖いものって、いつだってたくさんあって、だから私は努力を続けなくちゃならないの。血反吐を吐くくらいで、仲間が救えるなら、安いものよ」
「死ぬのだけは死んでもごめんだったのに、人って変わるものね」
「死ぬのだけは死んでもごめんなのよ。いつだって私はそうしてきた」
 ……始めましょう。そう言ったのはどちらからなのか。もはや判断はつかない。同じ顔で、同じ声でふたりの乙女は火ぶたを切った。
「「神がそれを望まれる」」
 イーリンは思考する。最初から完璧な、天才の私。正攻法で勝ち目はない。自分にできるのは何だろう?
 攻撃を受けるのではなく、流す。正面から受ければ、叩き割られかねない。それほどまでに、彼我の戦力差がある。完璧な自分は、いついかなる時もゆるぎはしない。完璧であるがゆえに、いついかなる時もしくじりはしない。
 私はやらかしてばかり。罪を重ねて。命をすり減らして。いまだってそう、無謀な戦いに身を置いている。引けばいいのに。イーリンの自嘲が深まっていく。仲間なんか放り出して、自分のことだけ考えればいいのに。……できないわね。そうよ。信じてるから。信じられているから。私が、このイーリンが、背を守ると。
「くっ」
 劣勢だ。なんとかして立て直さなくては。イーリンは戦旗をひるがえす。
 そのとき、背後から切られた。イーリンへ激痛が走る。おもわず戦旗を取り落としそうになり、強く握った。よたよたと数歩歩き、冷や汗をたらしながら振り返る。
「アリシア!?」
「うつくしい」
 色欲はそうつぶやいた。白き乙女へ熱い視線を注いでいる。
「無垢で。純粋で、穢れのない……ああ、すばらしい。ええ、気に入りました。私の『目』にしましょう」
 いらっしゃいと声をかけると、偽物のイーリンはすなおに矛を収め、アリシアのもとへはべる。
「待ちなさい! そいつをどうするつもり!?」
 アリシアはとろりとしたまなざしで偽物の頬を撫でる。
「私、着せ替え人形がだいすきでした」

「え?」
 瑠璃は困惑していた。ずるりとスライムが変じたのは、知らない姿だったからだ。日に焼けた褐色の肌。濃い青の瞳。黄金のウルフカットの髪。小さな子供の姿をしていて、ラサ風の衣装を着ている。どことなくキャラバン風の装いに包まれた、その子は、いびつな白い翼を背に生やし、ほとほとと涙を流していた。
 ひどくうちひしがれた様子。
 死者だと、直感が告げた。それは瑠璃の中で「瑠璃」が下した結論だったのかもしれない。最初にギフトを使った相手、最初に読んだ死体の記憶と経験。それが瑠璃の糧となり、こんにち、瑠璃が立つ理由ともなっている。
 ああ。瑠璃は気づいた。
 これは、きっと、平凡な一般市民。あわれにも運命にたまのおを食いちぎられた、悲しい死に方をした人。死に瀕した無念と絶望を、瑠璃は良く知っている。そして、それに、なにもできないことを、知っている。けれど。
 死者が、同じ記憶を持つ存在が、何かを求めているとして、自分がそれをかなえてやることは、できないだろうか?
「ねえ、あなた」
 瑠璃はそっと声をかけてみた。
「なにか、望みはありますか?」
 兄さん。
 致命者はうめいた。
 にいさんにいさんにいさん。兄さん。泣いているの? どこにいるの? 僕は伝えなきゃ。伝えなきゃ。兄さんに。
「そうですか。それが、あなたの願い」
 死者は戻らない。それがこの世の理だ。
 だが。瑠璃はひそやかに思う。この少年の姿をした子供の願いくらい、聞いてあげてもいいかもしれない。
「伝言ならお伝えしましょう」
 瑠璃は忍者刀をかまえた。
「兄さん……僕が、僕がつたえなきゃ。兄さん、きっと悲しがってる、寂しがってる、僕があんなことしたから……」
 ぱららら。ぱら。少年の翼から羽が抜けていく。それが影の天使に変じていく。
「兄さん、兄さん、どこ? 伝えなきゃ」
 一瞬で脅威と判断し、瑠璃は思考を切り替えた。
「ひえぇぇ!」
 エマは持ち前の回避能力で、どうにかバックアタックからのがれた。
「なんで避けるんですかぁ!? おとなしく死んでくださいよぉ!!」
「はああ!? ふざけるのも大概にしてくださいよ! 急にこられて困ったのはこっちですよ!」
 エマがいる。もうひとりのエマがいる。仮にEMAとしようか。がくがくふるえながら、メッサ―を手にしている。鍵のネックレスをひねくりまわして、EMAは言った。
「あの、すいませんけど、やりなおしていいですかね、えひひ。ちょーっと向こうを、むいてもらうだけでいいんですけど」
「いやにきまってるじゃないですか常識的に考えて。後ろ向いた途端、ばっさりいくんでしょ?」
「そういうつもりでは、あるんですけど、いいじゃないですかあ。一回くらい、やりなおさせてくれても」
「ごめんこうむります」
 エマはもうひとりの自分へメッサ―をふるった。死ぬのは、怖い。だからもうひとりの自分が出てきたんだろう。臆病な笑い方、ぎこちない、硬い。自分の卑屈さを見せつけられた気がしていやな気分だった。
「ひゃああ!」
 EMAが悲鳴をあげてへたりこむ。すべる。刃先が。あたらない。刃の軌道はたしかにEMAをねらったのに、川へ棒を突っ込んだように見えない力にひっぱられて、刃先が関係ない所へ流れる。EMAはかすり傷すらおっていない。
「……もしかして、物神無効の術でももってるんです?」
 EMAの顔がひきつった。
「なんでわかって、えひ、えひひひ! そんなわけないじゃないですか。それじゃ私は、えひ、このへんで」
「あっ! 逃げないで下さいよ!」
 だっとかけだしたEMAの背を、ぽんと叩く白銀。場違いな冷気が舞い、エマはふるえあがった。
「敵前逃亡はどうかと思うな」
 アーノルドは優しい声でそういった。
「ちょっと君には来てもらうよ。それと、そこの、天使みたいな男の子もね」
 なんだか楽しいことになりそうだから。アーノルドはそう言ってEMAと褐色の少年の襟首をつかむ。
「アリシア、いくよ」
「ええ、今日はいいものを拾いました」
 それではごきげんよう。アリシアは優雅に一礼すると、致命者とともにかききえた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
雪風(p3p010891)[重傷]
幸運艦

あとがき

おつかれさまでしたー!

致命者、つれていかれちゃいました。

またのご利用をお待ちしております。

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