シナリオ詳細
<孤樹の微睡み>永訣
オープニング
●
「遂行者、ですか」
ローレットで依頼書を確認したマリエッタ・エーレイン (p3p010534)は静かな声音で囁いた。
その傍らには心配そうに見守っているセレナ・夜月 (p3p010688)の姿がある。今日は『四葉姉妹』で集まって共にランチを楽しむ予定であった。
「……それが、深緑で終焉獣(ラグナヴァイス)と相対している、と?」
問うたマリエッタにフランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)は頷いた。『ヘクセンハウスの魔女』と名乗る深緑はアンテローゼ大聖堂の司教は渋い表情を浮かべていた。
「休暇にごめんなさいね。終焉獣といえばアドラステイアの内部にも入り込んでいた滅びのアークの化身……つまりは終焉(ラスト・ラスト)からやって来た使徒だわ。
深緑やラサに姿を見せた個体は『黒聖女』による干渉の結果解き放たれたようなのだけれど……余り放置できたものではないわ」
「終焉獣が呼び声を出していたりする、から?」
セレナにフランツェルは頷いた。現在の深緑は冠位怠惰との戦いを経て、復旧の途上にある。通常の家屋を作り直すよりも深緑のような自然を求める気候では復興作業にも遅れが出るのである。特に、灰燼と化した道には新芽が顔を出した程度という有様だ。
故に、呼び声等の影響を受けやすいのではないかというのがフランツェルの見解だ。
「どうして、私達なの?」
セレナの問い掛けにフランツェルは「見かけたから、になってしまって申し訳ないのだけれど、あともう一つは――」とマリエッタを見た。
「――『捨て地の魔女』?」
渋い表情を見せたムエン・∞・ゲペラー (p3p010372)にマリエッタは頷いた。
魔女ヘクセンハウスは『同じ魔女』であるマリエッタを偶然見かけ、対策を求めたらしい。
「それってどう言う存在なのでしょうか」
ユーフォニー (p3p010323)はこてりと首を傾げる。深緑に向かう荷物を準備していた今井さんも同じようにマリエッタを見詰めていた。
捨て地の魔女と呼ばれる女がいるらしい。それは深緑に古く棲まう幻想種の一人である。カトリーン・ファルト。それが彼女の名前らしい。
決まって草木の茂らぬ枯れ地を好んで住居を決定するのだそうだ。そんな彼女に最近は同居人が増えたらしい。
助手を名乗って居る幼い少年だ。名を『ルオ』というそうだ。浅黒い肌をした幻想種の少年である。アメジストを思わせる瞳が美しいと彼を見た者は口にしていた。
「人嫌いの『捨て地の魔女』に同居人が出来たというだけならば」
「はい。いい話で済みますが、どうやら違うようです。ルオさんとの同居が始まってから、その周辺では可笑しな事が起きているとの話です」
『捨て地』の周辺には可笑しな獣が集まり始め、周辺集落にも変化が起きているそうだ。その調査に四人は向かう事となったのである。
「……もし、ルオさんが不審な人物であったなら」
ユーフォニーが問うようにマリエッタを見る。マリエッタの眸には僅かな魔力が迸り紅色に見えた。
「殺さねばならないでしょう。ですが、これが天義の遂行者に関連する話なのであれば簡単に倒せるとは限りません。
……もしも不審な人物なのであればカトリーン・ファルトは『利用されている』のでしょう。魔女の叡智を何らかの事に」
マリエッタの冷たく冴えた眸を眺めてからセレナは頷いた。夜色の魔女は「止めなくちゃね」と頷く。
さくさくと、捨て地へと踏み入れたとき――マリエッタの髪は鮮やかな榛の色から色素が抜け落ちるように変化した。
「マリエッタさん!?」
呼ぶ姉妹達の声に反応する前に、彼女の姿は紅色の瞳を持った魔女のものに変化する。
「……」
「魔女……」
確かめるように呟いたセレナの前で、『魔女』の唇がつい、と吊り上がった。
「この先に死にたがっている人が居る。さあ、どうしましょう――?」
●『捨て地』
「ルオ、お客様かね」
ベッドに横たわっていた女は自信の付き人になったばかりの少年へと問い掛けた。
浅黒い肌に真っ白なシャツを身に着けた貧相な体の少年だ。ルオと呼ばれた彼のアメジストを思わせる美しい瞳はベッドに横たわった魔女――カトリーン・ファルトを見下ろした。
「そうみたいですね、お師匠様」
「……誰だろうか」
「さあ。魔女……のようですけれど、お師匠様を害するために来たのかも知れません」
カトリーンは『そんなわけがない』と言おうとするがルオの眸が眩く光った事に気付いてから「そうかもねえ」と呟いた。
捨て地の魔女と呼ばれたカトリーン・ファルトは高齢だ。自由に動き回ることも出来ず、横になる日々が続いている。
そんなときに彼はやって来た。魔法を教えて欲しいと良い、甲斐甲斐しくもカトリーンの世話をした。人間嫌いのカトリーンも彼に絆されるように付き人として側に置くことに決めたのだ。
「大丈夫ですよ、師匠。僕が護りますからね」
柔らかな声音で、ルオは笑った。皺の刻まれた手を伸ばしてからカトリーンは「そうかい」と彼の頬を撫でる。
「……大丈夫ですよ。きちんと、守り抜きますからね」
ルオは後ろ手に水晶を隠した。赤い液体がその中で揺らいでいる。強い魔力を込めたそれはカトリーンの気配をさせていた。
――この子は、私を利用しているのだろう。
そう分かりながらもカトリーンは為すことは出来なかった。まだ己の経験も、知識も何も教えて等居ない。
世話をされた分の報酬は『彼が手にしている水晶』で支払っただろう。もう色々と手遅れなのだ。
己の内部に巣食っている奇妙な種が体を侵蝕し、動く事も儘ならなくしたのは何時のことだったか――
そうなってからやってきた少年は全ての世話をして居てくれたが偶然が過ぎる。ああ、この体が『果てなければ』同じ事は繰返すだろう。
外からやって来た客人に、口がきけるのであれば、必ず伝えなくては。
私を殺しておくれ、と。
- <孤樹の微睡み>永訣完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年07月29日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
捨て地とその場所が呼ばれていたのは、緑豊かな迷宮森林の中でその地だけが草の一つも茂らぬ場所だったからだ。
正確な名など、疾うに忘れ去られ、現在では蔑名のみで呼ばれている。そんな場所に、イレギュラーズは踏み入った。アンテローゼ大聖堂の魔女から依頼が舞い込んだからだ。
さくり、と地を踏み締める度に『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の姿が変容していく。
無論、それがどう言う意味合いを宿しているのかを『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)はよく知っていた。
「マリエッタ……!」
名を呼べば蠱惑的に彼女は微笑む。榛色の髪は白く染まり上がり、金色の眸が怪しげに光を帯びる。その姿こそマリエッタの内側に存在して居た死血の魔女であるのだ。
「姿が……マリエッタ……いえ、やっと出て来たんですね、『マリエッタさん』」
常ならば姉妹として気さくに呼び掛ける『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)も眼前の娘が全く以て別物であると断じていた。
じわじわと体を蝕むような浅黒い狂気。それを醸し出すのが彼女そのものなのだろうか。ユーフォニーは以前、マリエッタが『彼女』をも抱えて未来に進むと告げて居たことを思い出す。抱えきれる存在なのか、それとも、抱えられてしまうのか――
「……ふふ」
うっとりと笑ったマリエッタに『白銀の祈り』アルム・カンフローレル(p3p007874)は「聞いていた人相と違うみたい……?」とアルムは目を瞠った。
まるで魔女集会を思わすメンバーに紛れ込んでしまったかと肩を竦めていたアルム。終焉獣が深緑内部でその勢力圏を広げていると言う話は本当であったのかと捨て地を眺めて息を呑む。
「それに、この地は……? 力が、勝手に抜けていく……。
初めまして、だったけれど、マリエッタ君のその『変化』も……この地の……いや、この状況の影響なのかな」
「ほっほーん! なるほどね! なぁんもわからん! マリエッタが変とか言われても普段を知らないからね!
まーでも何すればいいかはわかるよ。敵を蹴散らせばいいんでしょ! 任せて、そういうの得意だから!いやそれは嘘かもしれん」
あっけらかんと明るく笑って見せた『黒き流星』月季(p3p010632)に『マリエッタ』は頷いた。
「ええ、だって、何も変わらないわ? こうして表に出れたんだもの好き放題、やらせてもらってもいいわよねぇ?」
マリエッタの唇がそう動けば、表情が変化する。眸に僅かながら緑色の色彩が戻ったような気がした。
「馬鹿を言わないでください。たまたま表に出れたぐらいで調子に乗るなんて、魔女の程度が知れますよ。
……なんて、内側で喚くんだもの。
殺しに悦楽を持っているわけじゃないのだし……ふふ、魔女のよしみで願いぐらいは聞きましょうか?」
マリエッタの眸が緑からまたもや金色へと変化した。眸の色彩が緑であるときがユーフォニーやセレナ、『焔王祈』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)が呼ぶ『マリエッタ』であり、金色である時は『死血の魔女』そのものなのだろう。
(……あれ?)
セレナは何となく、彼女を前にしても心がざわめくことがなく不思議と落ち着いていることに違和感を覚えて居た。
大切な姉妹の肉体を使って好き勝手話す存在を是と出来るわけがないというのに――どうしてか、彼女を歓迎している自分がいるのだ。
「……マリエッタ」
呼ぶムエンにマリエッタが笑みを浮かべた。その好戦的な色彩を灯した眸を受けても何方が本当のマリエッタであるかなどは気にして等居なかった。
「捨て地、遂行者、そして死にたがりか。随分と不穏なワードが揃ったものだが。
……マリエッタの変貌に、この地の性質。少なくとも、質の悪い事が起きているのは間違いなさそうだ」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はぽつりと呟いた。眼前に現れたのはこの『捨て地の魔女』の従者であると云う少年だ。
浅黒く日焼をした肌を有する少年は魔法使い見習いらしくやや大きめのローブを身に纏っていた。清潔な身形をしていたのは主人を思ってのことなのだろう。白を基調とした衣服が良く似合っている。
ルオ。そう呼ばれる少年の背後にはぞろりと『使い魔』――否、終焉獣の姿が見えた。
「ううむ、ちょっとした魔女集会ですね。
ただまあ、使い魔にしてはちょっといかつくないです? 噛み付かれたら死んじゃいそ。抵抗しないとですかね!」
あんまりな状況に『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)はそう告げてからすうと息を吸った。
二つ目の心臓が脈動し、蠢いた。魔力の奔流の気配が感じられる。そして――赤瑪瑙は鮮やかな色彩を宿した。
●
「何者ですか。どうしてこんな場所にまで来たというのですか。師を害するおつもりですか? 必ずや師を守り切らせて頂きましょう」
饒舌な少年を前にして汰磨羈は眉を吊り上げた。あからさまなほどに異形と共に存在して居るというのに少年は何食わぬ顔をして居るのだ。
「護る為とか言いつつ、引き連れているのはソレか。御主、ソレが何か分かっているのだろうな?」
「使役するならばけだものの方が良いでしょう? 身を守るためですから」
何ら表情を変えぬルオを前にして月季は「うーん」と首を傾げた。ああ、成程、目の前の敵は『悪いもの』だ。蹴散らせば良いことだけはっきりと分かった。
「普通に話も出来なさそうだし、落ち着いて話そうよ!」
月季が地を蹴った。『落ち着いて話すための不可抗力』だと言わんばかりの勢いで終焉獣へと肉薄する。肉体への影響を鑑みたが進む毎に自身の魔力が滲む程度で大きく変化があるわけではないとも感じられた。
だが――『ちょっとだけ、気分が悪い』のだ。それが滅びのアークの気配である事は本能的にも察知できる。断ち切る刃の鋭さが終焉獣の翼へと叩き着けられた。
呻く声を聞きマリエッタの唇がつい、と吊り上がった。セレナはすう、と息を吸う。手にしていたのは『箒星』、空飛ぶ魔女の相棒。セレナにとっては希望のように光のを尾引く自身の相棒だ。
「……死血の魔女……わたし、あなたとずっと話したかったのかも……でも、今はそういう時じゃないよね。分かってるから!」
「くすくす……アタシと?」
楽しげに笑った死血の魔女(マリエッタ)からセレナが視線を逸らす。ああ、全く、魔女がこんなにも揃っていても魔力が流れて行ってしまえば都合が悪い。早急に対処を為ねばならないか。ルオを睨め付けたセレナは「こっちでお話ししましょうよ」と虹色の軌跡を叩き着ける。
リリカルスターの煌めきに目を眩ませるルオを眺めて居たマリエッタはまじまじと掌を眺める。
「力の放出……なるほど。ありとあらゆるものを枯れさせる、そんな力の顕現かしら。アタシの魔術であればどうとでもできるのだけれどもね」
眸の色にすうと緑が差し込み何処か叱り付けるように唇が動いた。
「いいですか、今の貴女の力は私と大差ない。調子に乗っていると痛い目を見ますから、皆と連携してください」
「……まったく。それにしたって、あの瞳の力は洗脳操作…いいえ、支配能力かしら……ふふ、少し試してみるのもいいかもね」
「貴女は――!」
一人で二人。肉体を分け合うようにして会話をし顕在化する『魔女』の姿にアルムは「不思議だね」と瞬いた。
「それにしても……ルオ君? だったかな。……終焉獣を操って、何をしようとしてるのかな。
静かに暮らしていたところ悪いけど、獣は退治させてもらうよ!」
「静かに暮らしていたのだから、放置して頂けませんか」
ルオがセレナに向けて魔力を放つ。アメジストのように煌めく眸には何らかの秘密があるのだろう。なるべく目をあわせぬようにとアルムはその視線を逸らす。
「……貴方の眸は『何』ですか? どうしたって、それが何か分からない。……それに、何かを隠していますよね?」
ユーフォニーの問い掛けにルオの唇が吊り上がった。そうだ。何かを隠している気配がする。だが、それ以上は分からないのだ。
「教えませんよ。大切なものなのですから」
終焉獣を自らの元へと引き寄せてムエンは「これは飼い慣らすとか無理そうだな」と呟いた。本能がその存在を拒絶するのだ。
一目見てみたいと願っていたそれは牙を剥き滅びを誘うが如く。ムエンが誘導するのは汰磨羈が全てを巻込み戦わんとするその真っ只中だ。
「夢焔が止まらないな……そこのマリエッタが推察していたが、力を溢れさせて、溢れ落ちた分を吸い上げているのかもしれない。
……この空間そのものに寄生して、立ち入る者にも寄生する……この帳の持ち主は他者に寄生し甘い蜜を啜るのがお好きなようだ」
ムエンの手にしている魔剣グリーザハートはフェニックスの焔の一部が宿されていた。魔剣から滲み出る夢焔-ムエン-はムエン自身も愛着を持っている。意志に呼応して燃え盛るそれが今片ってに溢れ出るのだ。
甘い蜜を啜っているのは誰であるか。そんなことは簡単ではないか。魔術の素養がある『魔女の弟子』だというのに自由自在に動き回る相手が怪しくない訳がないだろう。
月季が地を蹴った。器用に終焉獣を薙ぎ倒していく。翼が揺らぎ、茨廻る肌に掠めた一閃が血潮の道を作れども気にする余地はない。
此程に単純明快な答えが出ているのだから力比べだ。まず、打ち倒す。自らに降りかかる災いなど何もないと知っているかのように。
「魔女というものは、興味本位でなんでもやるものです。
そして、その弟子というのなら、彼もまた予想だにしない手に出るかも、とね――そう思って居たのですけれど?」
ルトヴィリアの眸がぎょろりと動いた。その鋭い眼光を受け止めてからルオが小さく笑う。その笑みに些か感じた苛立ちは遠ざける。
しかし――もう一人の自分に悩まされたり乗っ取られたり。妙な親近感が湧くものだとマリエッタへと告げるルトヴィリアの眸は笑っていた。
(ああ、愉快な存在が多いのは確かですけれど、目の前の少年は何なのか――)
刺されたり殴られたり、そうした暴虐があれども簡単に命を落とさぬのだから、ルトヴィリアは怒りを買っても構わないとルオを見た。
少年の美しい瞳がぎょろりと動く。まるで意志を持ったように眼窩に嵌められたそれが蠢いてルトヴィリアを捕えようとして――視界を遮るようにつき季がその眼前を通り過ぎた。
「はいよ、そこどけぇい!」
ああ、もう一体全体元気があればなんとかなると考えて居た。気合で生き延びると月季は掲げていたのだ。
「やったね! 私は結構足が速いぜ! 何してたのかは知らないけれどさ!」
月季の声音が弾む。アルムの支援を受け、更にはルオを前にしたセレナが目を伏せる。
「貴方の師匠は死にたがっているのでしょう?」
「だから?」
「……本当に?」
「本当ですよ。あれではもう、台無しだから」
ルオの言葉に嘘偽りはないように感じられた。セレナはマリエッタと呼ぶ。
「彼女の気持ちはこうだって。マリエッタは……死血の魔女は、どうするの?」
「決まっているでしょう」
金色の眸は当たり前だとでもいうように細められる。
「魔眼の類いか? その余裕の源はそれのようだな……!」
肉薄する。汰磨羈の眼前でルオの眸が怪しく煌めいた。歪な気配だ。だが、それを何処かで感じた事がある――遂行者が有する特有のものだろうか。
妖刀『愛染童子餓慈郎』の柄で勢い良く少年の頭を殴りつけた。眼窩に僅かな音が響く。からから、まるで何も底には存在して居ないとでも言う様な。
ムエンとセレナを優先し回復を行って居たアルムは息切れに注意しながらもこの枯れ地に漂う不可思議な気配を受け止め続けて居た。
「……君は、遂行者なの……?」
囁くように問うたアルムにルオは顔を上げて「だったら?」と問うた。口端から垂れた血を拭ってから少年は苛立ったように睨め付ける。
「カトリーンさんを核にしました? 彼女の体質や魔術を利用し核を吸わせたか……貴方は何を求めているんですか」
「遂行者だというならば、一つじゃないですか」
可笑しな事を言うなあと彼は笑った。先程までの穏やかで可愛らしい少年の笑みが掻き消える。
「カトリーンがその眸の影響下にあるのなら、やるべき事は一つだろう?」
「ふふ」
ルオが笑った事に気付いてから、汰磨羈とユーフォニーは頷き在った。ユーフォニーは「もう手遅れなのになあ」と囁くルオの心の声を聞いた。
一体どう言うことなのか。問うた所ではぐらかされる。それだけではない、あの目が危険なのだ。本能的にアルムがそれを拒絶したように。
「そろそろ、使って上げても良いかもしれませんね」
後方から浮かび上がりその手に収まったのは中身に水が満ち溢れているかのような美しい水晶であった。
「その水晶、貰い受ける。渡さないなら……壊す!!」
ムエンは叫んだ。それが影響を及ぼしている。カトリーンが眸の影響下にあったとしても、彼女の生命を蝕むのは眼ではない。水晶と何らかの『細工』に過ぎないだろう。後者が手遅れであるとルオが笑ったとて全ての可能性を捨て去りたくはなかった。
「欲しいのなら渡しても良いですよ。どうせ、あの人は手遅れですし。……死にたくもないですから」
「死にたくない……?」
ぴくり、とセレナの指先が動いた。アルムはどう言うことだと眼前の少年を眺める。彼が遂行者だというならば『ここで死ぬ可能性』でも感じたのだろうか。その眸の破壊を狙っていた汰磨羈は何らかの歪な気配を感じて一度後退する。
「なんだ――?」
眩い光が満ち溢れた。『偽・不朽たる恩寵』(インコラプティブル・セブンス・ホール)。遂行者達が持ち得る聖遺物の類似品か。
ルオの眸がそうであったのだと気付いた月季は「何が起きるの?」と声を僅かに弾ませた。
遂行者にとっての奇跡。そう呼ぶしかない得難い恩寵が満ち溢れるのであろうか。水晶の中身全てを注ぎ込み、光が満ち溢れる。
その目映さに思わず目を伏せた刹那――少年の姿はその場から掻き消えていた。
「……遂行者……」
ぽつりと呟いてからセレナは砕けて散らばった水晶だけを眺めて居た。
●
全てが終わったのだと口に乗せたアルムにルトヴィリアは頷いた。魔女カトリーンは一人で眠っているそうだ。
動く事もできやしないその人は久方振りに身を起こしイレギュラーズを待っていた。
「………あれ、なんで私は、この人が死を望むことに気がついたんだ……?」
魔女カトリーンを守りきると願っていたムエンはぽつりと呟いた。
どうしてなのかは分かって居る。自身の前に立っていたマリエッタが『そう言った』からだ。それに、見ただけで彼女の死期が近いことだって察することが出来た。
「殺しましょうか」
「……待って。死血の魔女。カトリーンを、彼女を殺すのは今の『私』です」
マリエッタの足が奇妙なタイミングで止った。カラダノコントロールを『マリエッタ』が取り戻したのか。
眸の色彩は徐々に普段のマリエッタを思わせる。柔和な緑。その色彩を見てからセレナがほっと胸を撫で下ろした。
「ええ。アタシは彼女がどう生き足掻き、崩れるのか。それを見るのが面白いと思ったけれど、殺したほうが良いのは明白」
(嘘つき。気に入らないんでしょう。枯れて終わる魔女が……自分と被って)
――髪の色までも普段のものへと変化した。マリエッタが降す『結論』に気付き急ぎ脚を向けるユーフォニーは「待っていてください」と駆けだした。
「カトリーンさん……」
横たわっていた女をアルムは見下ろした。汰磨羈は痛ましい魔女の姿に眉を寄せる。
感じたのは死臭だ。それも、どうしょうもない程に痛んだ手脚を毛布に包み死を待っているかのようでもある。
「カトリーンさん……っ」
ユーフォニーは眉を顰めた。問いたかったのは『ルオの事が無ければ天寿を全うするつもりであったか』という彼女の意思の確認だった。
その命を奪う事でルオから解放できるならばと考えて居た。だが、これでは――
(……奪われないために奪う、その言葉は好きじゃない。
命は消え入るその瞬間までそのひとの自由だから。その自由は絶対奪わせない。けど、これは――)
その体に巣食ったものは臓腑の奥深くにまで食込んでいるのだろう。ルオが『カトリーンを利用した』と言って居たのは。
「痛そう」
月季が眉を顰めればルトヴィリアは緩やかに頷く。ああ、魔女というものは興味本位で何でも為すとは思って居たが、これは違う。
「魔女であることを逆手にとられましたね?」
「……ええ」
ルトヴィリアの問いにカトリーンは囁いた。魔女である以上、探求を求めてしまった。故に、現れたばかりの幼い少年が手にしていた魔具が気になったのだ。
その水晶は漂うマナを求めていたのだろうか。水晶の中に水が満ちるような変化が現れたことにカトリーンは喜んだものだ。物珍しく、『こんな場所に一人きり』であった魔女は手を叩いて喜んだ。
それも束の間であった。己の体内に『種』が放り込まれ、それが侵蝕する。カトリーンの臓腑の全てに寄生をし奪い去っていく。
「……弟子とは言えない間柄だったのでしょう」
「耄碌していたのさ……けれど、寂しかったのだろうね、私も……」
目を伏せったカトリーンにルトヴィリアはああ、そうでしょうともと呟いた。
(だからこそ、ここで全てを終らせることを望んでいるのだろうけれど――)
セレナは息を呑んだ。迷うことなくマリエッタは彼女の生命を終らすだろう。最早取り返しも付かない事象だというならば、介錯してやることが救いだと彼女は躊躇うこともない。
しかし、セレナにとっては意味合いが違う。本人が望んだことであろうとも、誰かの命を奪う事、その意味と責任は重くのし掛かるものだ。
(……マリエッタが命を奪う事にも理由はあるって分かってる。分かってるけど……このままで、いいのかな?)
見守るセレナの前で、マリエッタは静かにその命を奪った。
カトリーンが浮かべていたのは優しげな笑みである。ああ、けれど――
命を奪う事が如何に恐ろしいかをセレナは知っているから。何も言えないまま口を閉ざしたセレナへと振り返ったマリエッタの瞳は鮮やかな金色をしていた。
だが、浮かべているのは何時もの『マリエッタ』の笑みだ。
「大丈夫ですよ、セレナ。
ユーフォニーやムエン、皆さんにも大丈夫と伝えに行かないとですね」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。一筋縄では行かないようですね。
GMコメント
折角なので、深緑に向かって頂きました。
●成功条件
『捨て地の秘密』を暴くこと(帳の破壊もしくは核の位置を判明させること)
●『捨て地』
捨て地というのは通称です。本来の名前は別にありましたが忘れ去られてしまいました。枯れた木々と空になった沼が存在していた殺風景な場所です。
帳が降りており、その『核』は何処にあるかは定かではありません。
ルオと名乗る少年がやって来てから、周囲には獣の気配が増えました。一目見ただけでそれが終焉獣であることが分かります。
またこの地に踏み入れた途端にマリエッタさんの姿は変化しました。これは、皆さんにも訪れるかも知れない変化です。
自らの体のリミッターが外れたかのように魔力が突然体内から溢れ出します。踏み入れた途端、1Tにつき常にAPが40ずつ減少して言ってしまうようです。『魔女の住処』に近付くにつれ徐々に数値が大きくなりますが上限は不明です。
●登場人物
・『捨て地の魔女』カトリーン・ファルト
高齢の魔女。老い先短く、余命は幾ばくか。ベッドに横になって動く事は出来ません。彼女は何か夢見るように天井を眺めて居ます。
辛うじて手脚を動かす程度のことは出来ますが、それ以上には何も出来ないようです。
自身が利用されていることを知っており、自らの命に根付いた『奇妙な気配』を察知しているため命を絶つことが一番の解決方法であると認識しているようです――が、ソレを伝えようとすると、どしても口が重く開かなくなります。
・『助手』ルオ
浅黒い肌をした少年。カトリーンの付き人兼助手兼弟子であり、カトリーンを護る為だと終焉獣を連れて出てきました。
全ては師匠のためだと口にしますが、違和感が付き纏います。
眸は印象的なアメジストです。どうにも、それに秘密がありそうです。義眼、でしょうか。
その眸に見詰められると気味の悪い気配がします。まるで、呼び声のような……。
何らかの効果を有している様子であり、ルオは余裕を滲ませています。迚も怪しい少年です。
・『終焉獣』枯れ地の翼 10体
ルオが連れているカトリーンの使役生物だという獣達です。ルオとカトリーンを護る為に戦います。
微弱な呼び声を発しており、イレギュラーズには気分を悪くすると言った効果(BS停滞として本シナリオでは扱います)を齎します。
・『死血の魔女』
マリエッタさんの表面に出て来ているマリエッタさんの内部に存在している魔女です。
枯れ地に踏込んでからというものの、死地の魔女は姿を現して、カトリーンが死にたがっていることを察知し囁きかけます。
老い先の短いあの人を殺した方が良い、と。
マリエッタさんは死地の魔女としてロールプレイを行ないプレイングをかけても構いませんし、通常のマリエッタさんとしてプレイングを書いても構いません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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