シナリオ詳細
<フイユモールの終>Pallas-radiare the Golden Dawn
オープニング
●
――白や水色、薄紅に。
険しい岩肌の合間に咲いた高山植物は儚く。
空はどこまでも深く青く、けれど妙に近く感じられる。
ここフェーローニアは覇竜領域の東端に近く、かつては『光暁竜』パラスラディエが支配し、現在では『煌魔竜』コル=オリカルカが譲られたとされる一帯だ。
眼下に揺蕩う濃霧のような雲は橙色や桃色に輝き初め、空は徐々に白ずんで行く。
それは世界で最も美しい朝焼けとも伝承され、天国に最も近い場所とも言われていた。
「めぇ……これは、とても」
「うわぁー! 可愛いしにゃが映(ば)えますね!」
振り返るメイメイ・ルー(p3p004460)としにゃこ(p3p008456)に、リーティアが嬉しそうに頷く。
「ここがりーちゃんの故郷なのよねえ」
「そんな感じですね!」
アーリア・スピリッツ(p3p004400)もまたあちこちを見渡している。
「アウラさんは来たことはあるの?」
「いや」
笹木 花丸(p3p008689)の問いに、アウラスカルト(p3n000256)は首を横に振った。
「知的好奇心がどうとか言うくせに、基本引きこもりなんですね、うちの子」
「うるさい」
だが前人未踏の覇竜領域における伝承など、誰が伝えたのだろうか。
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は、ふとリーティアの横顔を眺めた。
きっと彼女自身の仕業に違いない。
それより何より――
「皆さんには、いつか本当に行ってみて欲しいですね」
リーティアの言葉通り、ここは再現された空間である。
厳密に言うならば冠位暴食の権能の中だ。
飲まれれば最後、二度と逃れることは叶わない。
けれどリーティアの表情はいつも通りに明るかった。
この戦域を突破し、ベルゼーが打倒されることを疑ってもいないから。
「その時には、そうですね。コルは案内して差し上げてくださいな」
「……帝竜の言葉でなくば、心よりお断り申し上げたい所ですが」
人型のコル=オリカルカがこれ見よがしに顔をしかめる。心底嫌そうな表情だ。
(けど、『断った』訳ではないんだね)
それがジェック・アーロン(p3p004755)の気付きだった。
「この子も連れて。お弁当なんか持って。あ、キャンプもいいですね!」
けれどその空想の旅路には、リーティア自身は含まれて居ないことに、何人かが視線を落とす。
一緒に……とは願えども、口には出せなかった。言えやしなかった。
「ここへ来て良かったのですか、コル=オリカルカ」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が尋ねる。
「わたくしは見届けると約束したまで」
なるほど。律儀な性格ではあるらしい。
「それに……」
コル=オリカルカがリーティアへちらりと視線を送った。
彼女にとっても、未だリーティアは敬愛の対象なのだ。
「あ、見えましたね。あれが私ですね。変な表現ですけど」
いくらか歩いた所でリーティアが指さす先には、巨竜が寝そべっていた。
「あれが、リーティアの」
セララ(p3p000273)の言葉通り、あの竜こそが光暁竜パラスラディエの本当の姿だ。
ベルゼーの権能が腹の内に再現したという。
一行はピュニシオンの先――黄昏の園ヘスペリデスに待避したベルゼーを追っていた。
ラドネチスタの選別を受けたどり着いた美しい園は、しかしベルゼーの権能が暴走したことにより、破壊され滅びの途上にある。
手をこまねいていては、いずれ全世界が『飽くなき暴食』に平らげられてしまうことだろう。
だからベルゼーを止めねばならない。
冠位魔種は、滅ぼされねばならない。
――ねえ、父祖ベルゼー。もう充分でしょう。
リーティアは心のうちに語りかけた。
聞こえているのか、聞こえていないのかは分からない。
けれどここがついに彼の権能の内ならば、あるいはその最後の呼びかけに耳を傾けることも可能だろう。
返事など期待していない。
――私は。私達は、もうずいぶん長きを生きてきました。
リーティアが娘――アウラスカルトの後ろ姿をじっと見つめる。
あの子はきっとベルゼーから愛情深く育てられたに違いない。
自身もかつて、そうだったように。
それに引き換え、自身が娘に出来たことは、結局何だったのだろうか。
卵を産み、溶岩に乗せて温め、自身はそのままベルゼーの腹の中へと収まった。
ただそれだけだ。
なんと薄情なのかと思う。
産んだ理由さえ、そうしてみたかっただけだ。
自身は所詮、竜である。暴虐を尽くし、あらゆるものを破壊するだけの存在なのだろう。
人とはきっと、どこまでも違う。そう思っていた。
けれど――
――どんな大人になるんでしょうね。
願わくば、見て見たかった。
この胸の奥底を灼く焦燥にも似た、けれどより甘やかな感情の正体は何だろう。
かつて育ての親たるベルゼーの後ろ姿に抱いたものにも似た、きっと親愛の情。
だとすれば、自身はなんと幸福なのだろうか。
こんな機会をイレギュラーズがくれたのだ。なんとありがたいことか。
「そろそろ、行きますね」
一同を見渡したリーティアが腕を伸ばし、瞳を閉じる。
空間全域に張り巡らせた糸のようなもの――魔術式を手繰る。
このまま一気に引き抜けば、莫大なエネルギーを一時的にだが掌握することが出来る。
全てではない。だが、相当量だ。
イレギュラーズはリーティアに導かれるまま、竜の元へとたどり着いた。
薄金色の鱗をした、巨大な竜である。
アウラスカルトよりどっしりとした体格をしており、コル=オリカルカよりなお大きい。
その姿は畏怖を抱かせるよりも、美しくさえあった。
「これは再度きちんとお伝えしたいのですが」
リーティアはパラスラディエの再現物――ウィンクルムの全てを操りきれる訳ではない。
彼女は他の全てにも同様の罠を張り巡らせており、そちらにも注力するが所以である。
だから「おそらく勝利出来るであろう」程度には戦闘力が残るはずだ。
それもアウラスカルトの助力を前提とする。
ある意味では『命を賭けた試合』のような状態となるのだろう。
死に物狂いの出来レースを制する必要自体は生じてしまう。
「そのぐらいが限界なんです。ごめんなさい。けれど――」
――私は信じています。
イレギュラーズであれば、勝利出来ると。
だから迷わない。
魔方陣がリーティアの身を包み、その姿が掻き消える。
それと同時に、巨竜がゆっくりと首をもたげた。
『わーい! やった! やった! 成功です、いえい!』
脳裏に声が響いてきた。
それが――パラスラディエが頭の中へと直接語りかけてくる。
『覚悟は出来ていますね、アウラスカルト』
「無論」
アウラスカルトもまた、竜へと姿を変えた。
『それでは皆さん、よろしくお願いします、あ、折角なので名乗りぐらいしなきゃですね』
――人よ、勇者等よ。よくぞ参った。
我は明けの明星、夜明けの陽、名をパラスラディエ。
六の天帝(バシレウス)が一つにして古の魔術師。
光暁の覇者にして、大空と霊嶺を結ぶ尾根、天地のあわいを抱く金鱗の竜なり。
さあ見事、滅びを打ち祓ってみせよ!
(それに私ね、結構楽しみなんですよ。戦いなんて久しぶりですし!)
- <フイユモールの終>Pallas-radiare the Golden DawnLv:60以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年07月25日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(12人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――朝焼けは好きよ。
呟いたか、それとも心の内か。
それさえも曖昧なほど儚い空は、なのに鮮烈な色彩を瞳に焼き付ける。
たとえば『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)にとってはどうだろう。
それは「うんとお酒を飲み倒した夜に染み渡る、夜の終わり」だ。
あとは「ああ、今昨日が終わって、今日が始まるのねと知る瞬間」でもある。
なら――アーリアは横目にリーティアの幻影を伺う。彼女にとっては、どんな瞬間だったのだろうと。
「本当に素敵な場所だね」
ふと零した『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)に、『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)もまた「ええ」と頷いた。
花丸はすこし駆け、眼下の雲間を眺める。
昇りかけた太陽の鮮やかな黄金が覗き始めている。
本当は、本当なら、いつか一緒に来たかった。
一行の胸の内を、焦燥めいた感傷が引っかき回している。
お酒だって一緒に飲みたかった。
(……すーちゃんもよ)
想いはとめどなく。リーティアの輪郭に、つい先程一つの別れを向かえた友人の横顔が重なる。
練達で流行りの遊びに笑い合って――そんな友達になりたかった。
視線に気付いたのか、振り返ったリーティアが人懐こい微笑みを返す。
心の底から幸せそうに、覚悟を示す。
だから――
(――私はそれに、敬意を持って立ち向かう)
そうしなければならないと、自分自身へ言い聞かせてみせる。
「うん、私ね。やりたい事リストがまた一つ増えたよ!」
花丸がアウラスカルト(p3n000256)の肩に手を載せる。
いつか絶対に、この場所へ遊びにくるのだと。
「……そうだな」
空全体が徐々に橙へ移ろい、淡紅を纏い始める。
微かに残った夜空の群青も、淡い紫を帯びてきた。
リーティアはこの光景を『天国に最も近い場所』と伝承した。
彼女自身がそう定め――
(……いや、止そう)
軽く下唇を噛んだ『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)は愛銃をロウレディに構える。
思えば色々あったものだ。
去年の初め頃だったろうかと『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は振り返る。
六体の竜が練達に未曾有の危機をもららした日から、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。
竜達が大切な場所や人々を傷つけるという、考える限り最悪の出会いだった。
起きてしまったことは覆らない。
けれど、それでも心通わせることになったのは、あまりに意外でもある。
(やってやるっスよ)
あるいは『青の疾風譚』ライオリット・ベンダバール(p3p010380)にとって、それは初めての出会いではあれど。覇竜領域に産まれ、竜に焦がれ、ついに空属を手にした青年もまた決意と共に刃を握る。
――人よ、勇者等よ。よくぞ参った。
我は明けの明星、夜明けの陽、名をパラスラディエ。
六の天帝(バシレウス)が一つにして古の魔術師。
光暁の覇者にして、大空と霊嶺を結ぶ尾根、天地のあわいを抱く金鱗の竜なり。
さあ見事、滅びを打ち祓ってみせよ!
ついに。ウィンクルムの制御を開始したリーティア――パラスラディエが名乗りを上げた。
(──随分と遠くへと来た物などと考えてしまうな)
今、『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の目の前には、伝説でしかなかった本物の竜が居る。いつか子供の頃に見た絵本のように。
「本来であれば、目の前にも立つ事すら出来なかったのかも知れんが──」
巡り巡って、幾つもの出会いや戦いを経て、ここへ立つに到ったなら。
「我が名はベネディクト=レベンディス=マナガルム!」
暁光の空へ、朗々と響き渡る。
「いと高き六天に数えられし、最高の竜の魔術師よ」
力強く見据えてみせる。
「騎士として! 望む未来の為に、貴女を討ち果たす!」
その剣と誇りにかけて全身全霊で挑まんとする。
「我が名はしにゃこ!絶世の超絶美少女にしてアウラちゃんの1番の大親友☆」
名乗られたなら――『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は思う。
名乗り返すのが礼儀というものだ。
「ボクは幻想の勇者、魔法騎士セララ! 勝負だよ、パラスラディエ!」
セラフを纏い、『魔法騎士』セララ(p3p000273)もまた聖剣を抜き放つ。
本当は、リーティアを救いたい。
だって友人なのだ。
はじめはベルゼーを倒せばなんとかなると思っていた。
けれどどうにもならなくて、戦わなければ世界を救えないのだとしたら。
(……ボクも覚悟を決めるよ)
リーティアの娘であるアウラスカルトがそうしたように。
リーティア自身もそうしているように。
それに勇者の竜の決戦であるほうが、きっとリーティアも喜ぶだろうから。
「アウラちゃん! お母さんにどれだけやれるか見せつけてやりましょう!」
「ああ、無論だ」
「全力でドーンと! 大丈夫! 母は強しです!」
しにゃこの言葉に、アウラスカルトが頷く。
「しにゃもこないだ思い切り母殴りましたけどびくともしませんでした!」
「殴ったのか」
「殴りました!」
「ならば我も迷うまい」
アウラスカルトもまた、竜へと姿をかえる。
リーティアは言ってくれた。
信じると。
(その言葉を嘘になんて、絶対にさせられない)
瞳を輝かせ、花丸が拳を握りしめる。
「――だから、勝ちに行くよ!」
今の自身等に出来る、全力で。
「アウラさんも、頼りにしてる。――私達の背中、貴女に預けたよっ!」
アウラスカルトは力強い咆哮で応じた。
生命の根源が悲鳴をあげるほどの竜声に、けれど今は奮い立つ。
第一、あんな風に言われたら、答えるのが勇者というものだ。
顕現した灼炎を『煉獄の剣』朱華(p3p010458)が握りしめた。
「リーティアさま……」
ここへ到るまで――『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)も、短く息を吐き出した。
信じ導いてくれた気持ちに、答えなければならない。
「勇者になりに、行きましょう……!」
「うん、がんばらないとね!」
未来をつかみ取るために、頑張ってみせるのだと。『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の視線は力強く。
ひいては彼女達がベルゼーを止められるという証明にもなるだろうから。
「ご期待にはお応えしないといけませんね」
美しい剣を構え、リースリットもまた術式を紡ぎ始めた。
「リーティアさん……『光暁竜』パラスラディエ」
そして――
「……アウラスカルト。新しい伝説を、此処から始めましょう」
作戦はいつもの通り――『竜殺しの檻』。
(思えば、戦法に名前の付くくらい……多くの竜を制してきたんだね)
狙いを定めるジェックは、どこか感慨深い。
「だからいつも通り……いつも以上に気を張って『檻』を作る」
絶対にぬかるものか。
「それも、二重ですよ」
しにゃこがちょいワルな笑みを浮かべた。
朱華もまた思う。その必勝の策、前提にはアウラスカルトの共闘がある。
更にはリーティアが意識を半ば乗っ取って、ようやく勝負になるなど笑うほかにない。
バシレウスというのは、あまりに強大な存在だ。
覇竜領域のフリアノンに生まれ育った朱華には、ひときわ実感がある。
「けど、とりあえず当って砕いてみるっすよ!」
それはライオリットにとっても同様だろう。
そんな時だった。
ふいに――視界が歪んだ気がした。
●
「――ッ!?」
「なんですか!?」
朱華の全身に悪寒が走り、しにゃこが声を張り上げる。
けれど足を竦ませてなどいられない。
力強い視線のまま、ウィンクルム・パラスラディエを見上げる。
「……!」
その姿は――ライオリットの目にも異様に映った。
竜の姿が微かにぶれている。その度に、突風に近い圧が吹き付ける。
「なるほど、時空を歪めましたか」
『ええ、そうなります。けれど、大丈夫ですよ!』
リースリットの呟きへと答えるように、一行へ念話が降り注ぐ。
パラスラディエは時間と空間、森羅万象を操る竜の魔術師だ。
この空間――ベルゼーの権能はそんな代物さえ再現してみせるらしい。
だが少なくともこの瞬間、リーティアはパラスラディエの行動をとめることに成功した。
「止めてくれたんだね!」
勝ち気に微笑んだセララが、魔力を解放しながら大地を蹴りつける。
「なら、行くよ! クロスインストール――フェンリル!」
翼をはためかせ、狼耳を顕現させたセララが竜の首元へ瞬時に肉薄した。
「絶凍……全力全壊――ギガセララ! ブレイク!」
冷気を纏う聖剣の軌跡が弾け、雷撃が轟く。
「合わせるよ!」
『ならば花丸、我が背を使え』
「ありがとう! これが花丸ちゃんの全力だ!」
アウラスカルトの背を駆け上がった花丸が、拳を握りしめる。
傷つけるだけだったもの。壊すだけだったもの。
けれど――願いをこめ、暁を差す光のように。やがて蒼天へ到るために振り上げる。
衝撃がウィンクルムの顎へ炸裂した。
「頼りにしてますよ、アウラちゃん! よーし、しにゃも成長した所見せます!」
構え、エイムする。
あまりに巨大な的の全容。
だがあまりに繊細な狙撃先。
動き回り、突風を産む、翼の付け根だ。
「今回の為に非力なしにゃが編み出した超必殺技があります!」
しにゃこが勝ち気に笑う。
「しにゃの本気の愛、受け取ってください!」
偏差――トリガーを引き、しにゃこファイナルチャーミング。
全く同時にジェックも引き金を引いていた。
サプレスされた鈍い銃声と共に、両翼の付け根をジェックとしにゃこのライフル弾が穿つ。
僅かに身じろぎした竜の風圧が頬を撫で、地響きが轟いた。
『いえい! 愛! 受け取りました!』
「いえい!」
(……いける!)
極限の集中とコマ送りのような視界の中で、ジェックとしにゃこは確信した。
時間は無限ではない。
体力も精神力も同じだ。
けれど自身等がパラスラディエを抑え込めている限り、リーティアは力を温存出来る。
そうすれば彼女はきっと、パラスラディエ以外のことに力を割くことが出来る。
他のウィンクルムの押さえ込みも然り、何より――
(……アウラスカルトとの時間とか、さ)
稼ぎ上げてみせると誓い。
リースリットとメイメイが竜の左右へ散開し、ライオリットは一気に背面へと駆けた。
一行は包囲するように陣取って、ウィンクルムの広すぎる攻撃を避ける。
「これならどうっスか!」
ライオリットの二振りは神速の軌跡を描き、黄金の竜鱗がこぼれ落ちた朝日のように淡紅の空へ舞った。
こうして一行は先制攻撃を皮切りに、猛攻撃を開始した。
作戦自体は単純なものだ。
とにかくあの手この手でウィンクルムを封じ込め、超長時間の打撃を送り込む。
だがその成立は非常に難しい。
ウィンクルムが動くことが出来る可能性自体は、現時点では低い。
綱渡りのように、低く抑えることが出来ている。
このまま封殺し続け、炎に氷に呪縛に、無数の手札で攻めきるのだ。
偶然にも封殺が不可能だった場合にはリーティアが押さえ込む。
幸運にも――不幸と言ったほうが正しいかもしれないが――なんらかのクリティカルなはずみでウィンクルムが動いてしまった際には、アウラスカルトが身を張って受けきる。
それでもダメなら花丸が居るのだ。
万全なはずだ。
いや万全というよりも、モアベターの限りを極限まで突き詰めている。
「けれど蜜は、きっと利いてくるはずだもの」
これが全ての起点となる。
術式を紡いだアーリアの視線もまた、いつになく鋭い。
全身に広がるであろう毒や炎は、バイタルが無尽蔵であるほどに良く刺さる。
あるいは巨体であるが故の効きにくさもあろうが、その不利を補って余りあることは既に分かっている。
『計算してみました』
再びリーティアの声が聞こえた。
『だいたい十分ちょっと、頑張って下さい!』
無茶を言ってくれるものだが――
「……はい!」
応じたメイメイも、禍の凶き爪で竜鱗を穿つ。
無理も無茶も、なんだってやる。
メイメイが唇を硬く引き結ぶ。そう決めたのだから。
続いてリースリットが紡ぐ風火の理――雷光が引き裂くように劈いた。
「このまま、続けます」
「その背中、私にも使わせてね!」
『無論』
アウラスカルトの背を駆け上がる朱華が炎を束ね、一気に振り抜いた。
直後、青白く輝く熱線――アウラスカルトのブレスがウィンクルムの胸部に突き刺さる。
あんな代物さえ、効いているのかどうかすらよく分からない。
「けど、このまま押さえ込むよ」
ゼフィラの放つ至高の光輝が、ウィンクルムの魔術回路へ楔を打った。
これが有効である限り、たとえ動いたとしても魔術は紡げまい。
『ええい、らちがあかん。乗れ、ベネディクト』
「あいわかった!」
アウラスカルトの首へ飛び乗り、ベネディクトが剣を構える。
『よく掴まっていろ』
――衝撃。
上空へ一気に飛び上がったアウラスカルトが、巨体を即座に反転させる。
ベネディクトの膂力を以てしても振り落とされそうなほどの、風と遠心力が襲った。
頭へ血の気が寄り、視界が一瞬赤く染まったが――
「――問題ない」
降りかかる暴力的な力をいなしきり、剣を構える
『では行くぞ』
アウラスカルトが無数の魔方陣から攻勢魔術を放つ。
同時に、音速を破る大気の炸裂と共に、ベネディクト達は一挙に下降した。
竜と竜の身体が交差する刹那。
ベネディクトが剣を引き、アウラスカルトの爪撃と共に、突き刺すように振り抜いた。
無数の竜鱗が砕け、竜血が舞い――轟音。
石ころが爆ぜ、激震と共に土煙が戦場を覆った。
「……ほんと無茶なんだから」
次なる術式を放ったアーリアが、視界を払う。
なんだか、少しだけ笑えてきた。
男っていつも『こう』である。
「いいな、それボクにもやらせてよ」
「ああ、立て続けはさすがに身がもたん」
ベネディクトは飛び降り際にセララと手の平をたたき合わせた。
●
一行は猛攻を続けていた。
時間は僅かだけれど、余りに長く感じられる。
極限の集中が、そうさせていた。
「このまま続けられるようにね」
「はい、それでは、合わせ、ます」
瞳を閉じたスティアとメイメイが静かに祈り、その身が淡い輝きに包まれる。
それはこの美しい朝の高山に輝く霧のように、さながら女神の息吹のように。
香り立つ風が吹き抜ける。
同時に、僅か一瞬、神域と化した大地と共に一行の身体へと魔力が満ちる。
この戦いは長期戦だ。
それもひどく長く続くことなんて、わかりきっている。
だから可能な限り、攻撃を絶やすことのないように補給を続ける必要があった。
スティアとメイメイは、その要だ。
「まったく、こうして肩を並べるとは皮肉なものだね」
アウラスカルトの足元で、ウィンクルムの技を封じ続けているゼフィラがぽつりと零す。
『……そうだな。あの時は――』
「いや、だがキミの頼もしさは身をもって知っている」
きっと謝ろうとしたアウラスカルトを、ゼフィラは制した。
過去は消えはしない。
けれど少なくとも、今はこうして肩を並べて戦うことが出来ている。
だから未来も、きっとつかみ取れるはずなのだと。
今ならば信じる事が出来るから。
「このまま、やってやろうじゃない! 頼りにしてるわよ、アウラスカルト!」
『ああ、任せろ』
「それじゃ交代!」
セララに代って、朱華がアウラスカルトの背に飛び乗り大空へ舞い上がる。
そして再びウィンクルムとすれ違いざまに、燃え上がる剣を振り抜いた。
爆風が巨大な竜の身を焼く。
その時、ウィンクルムの身が滲むように、再び僅かにぶれた。
時空の歪み――星刻加速だ。
『ごめんなさい、しくじりました』
リーティアの声音に微かな焦燥が混じる。
「いいのよ、りーちゃん。だってこれは朝焼けの中でも残る――酩酊だもの」
アーリアは指先から放つ毒、そして停滞の術式、さらには呪言葉を重ね――
とはいえ、さすがに息はきれてくる。
「女は根性、何度だって立ち向かうわ!」
けれどアーリアが立て続けに紡ぎ続ける術は、リーティアの幾度かのミスを帳消しにしていた。
ウィンクルムは結局、ここまで何をすることも出来なかったのだ。
「流星光底長蛇を逸す……いくっスよ!」
ライオリットが彗昴――再び嵐を纏う。
大地を踏み、一気に蹴りつける。
意味はよくわからないとライオリット自身は思っているが、けれど強くなれる気がする響きだ。
事実、神速の斬撃は鋭さを尚も増し、ウィンクルムの竜鱗さえ斬り裂き続けている。
ライオリットは無双の火力だ。
檻が充分に機能し続けている限り、こうして刃を振るい続けることが出来る。
「アウラさま……!」
四象を顕現させたメイメイがアウラスカルトの心へ直接呼びかける。
『ああ、ゆくぞ』
やはり声を掛け合うと、力もわいてくるものだ。
再び、轟音と共にアウラスカルトが降ってくる。
その竜腕が振り抜かれ、弾丸のように飛び出したのは花丸だった。
「――行くよ!」
さながら、流星の如く。
防御結界を纏う花丸であれば――拳が神気を帯びて輝く――無傷でやれるだろう。
花丸の拳がウィンクルムの頭部を真上から撃った。、
巨大な首がうねり、ウィンクルムの顎が大地にクレーターを穿つ。
直後、アウラスカルトの首に乗るセララが剣を構えた。
「ギガ! セララ! ドラゴンブレイク!」
雷撃を纏う聖剣が、アウラスカルトの爪撃に合わせ、ウィンクルムを一気に斬り裂いた。
『いいなあ、それ勇者ここにありって感じの戦いですよね』
リーティアの声音はいつものように明るく、愉快そうで――
『でも私もすごく楽しいです!』
――この後すぐに起る事なんて、まるで忘れてしまっているかのようだった。
そうであってほしいとジェックも願い、再び銃弾をこめるしにゃこと視線を合わせる。
竜殺しの二重の檻は、完全に機能を続けていた。
アーリアを中心に、一行が刻み続ける数多の術式も、前衛陣が与え続ける打撃力も、全て完璧だ。
時折話しかけてくるリーティアも、おそらく少し余裕があるのだろう。
後のことなんて、今はきっと忘れていられるほどに。
けれど――
「……竜帝」
完成された均衡を、突如やぶる声がした。
コル=オリカルカのものだ。
一行の胸中に緊張が駆け抜ける。
『この戦いは神聖にして不可侵、命を失う覚悟は出来ているのでしょうね?』
愉快そうだったリーティアの返答は、一転してひどく厳しいものだった。
一行がこれまで一度たりとも耳にしたことのない声音だ。
「覚悟は無論、しかし邪魔立てしたい訳ではありません」
コル=オリカルカの声音は、けれどどこか焦りを含んでいた。
「わたくしの言葉が耳障りとお考えになられたのなら、どうぞこの命を捧げましょう」
けれど、その一言だけは決然としている。
『ならば言ってみなさい』
「はい、恐れながら――」
彼女が伝えたのは、戦いの最中、終焉(ラスト・ラスト)から現われた強烈な気配のことだ。
おそらくそれはベルゼーに干渉するものと思われた。
権能の暴走を強め、狂乱させる仕掛けが放たれたようだ。
そうなればさしものリーティアとて、ウィンクルムの制御を維持することは出来ない。
「……なんですって?」
リーティアの声音に棘が増す。
優しいベルゼーは、後悔も未練も全てを振り切ろうとしていた。
この戦いだけは、家族である七罪のために悪に徹しようとしていた。
コル=オリカルカは、その覚悟を知っていた。
だが終焉はそれを信用しなかったということだ。
ベルゼーの思いは、踏みにじられたことになる。
「コル、手を貸しなさい」
リーティアの声音は、凍り付いているかのように鋭かった。
当然ながらアウラスカルトにとっても、コル=オリカルカにとっても赦しがたいことだった。
「……遺憾ながら、そして僭越にも。わたくしもそのようにご提案さしあげようと考えた所」
『ええ、助かります。さすがはコルですね!』
(リーティアさま、怒って、いらっしゃる、のですね)
メイメイの胸中も冷えている。
「リーティア」
「りーちゃん……」
ベネディクトとアーリアが呟いた。
ウィンクルムに猛攻を加え続ける一行もまた、異変を察したようだった。
「終焉が父祖、ベルゼーへ干渉を試みました」
コル=オリカルカがそう述べた。
『我は、今更ベルゼーに義理もない。だが――終焉を滅ぼす理由がまた一つ増えたな』
「……アウラさん。うん、そうだね」
花丸が見上げるアウラスカルトも、鋭い牙を剥きだしにしている。
『汝等の為だけではない、我が事になったということだ』
「リースリットと言いましたね、あなたならば結構、わたくしの背を貸しましょう」
「……私、ですか」
「目についたまでのこと、強ければ誰でも良い。一刻も早くウィンクルムを滅ぼす必要が生じたのだから」
「分かりました、コル=オリカルカ。この身を預けましょう」
竜へ姿を戻したリースリットが騎乗すると、一気に舞い上がった。
そして空中で身を翻した竜と共に、リースリットががウィンクルムを見据える。
「行きましょう、コル=オリカルカ」
『ええ、言われるまでもない!』
剣に風を纏い――翼が羽ばたく。
白く輝く灼熱の竜息と共に肉薄、その剣を振り抜き――風精の極撃がウィンクルムを斬り裂いた。
●
一行は猛攻を続けていた。
あれほど美しかった朝焼けが、あたかも外界――暴食の暴走に歪んだヘスペリデスのようだった。
ほんの僅かで些細な『何らか』の余波が、景観を完全に奇妙な情景へと変貌させてしまっている。
(……魂無き再現体であっても、当然の様に竜の魔術を行使できるのか)
やはり驚くべきベルゼーの権能だ。
リースリットが放った魔焔が、僅かな一瞬に掻き消える。
打撃は与えることが出来たが、おそらく時が歪んでいるのだろう。
(理に触れるかの如き、神の領域の術)
「さすがは『光暁竜』ですね。制約がなかったのなら、一体どれほどの力を振るえるものか」
『これを我等が竜帝の御業。人よ、しかと目に焼き付けなさい』
「……ええ」
これがアウラスカルトが至り、越えるべき頂きなのだろう。
リーティアはあれからも、かろうじてウィンクルムを押さえ込むことが出来ている。
しかし綻びが現れ始めていた。
僅か一度だけ許した光の魔術は、辺り一面の大地を焦土に変貌させてしまっている。
そしてウィンクルムの口元が輝き、視界全てが白く覆われた。
だが飛沫の一滴さえ大気を灼き、大地を赤く泡立たせる熱線はアウラスカルトが吐く光線と拮抗した。
赤く泡だった大地は加速させられた時間の中で冷え切って、ガラスのような光沢を放っている。
光線と光線は拮抗を続けている。
アウラスカルトは見る見る間に押されているが、その隙にリーティアが制御を取り戻す。
地響きと共に竜が歩み、衝撃がジェックの銃身を揺らす。
(けど、当てるんだ)
手元がコンマ一ミリでもずれたなら、弾丸というものは当らない。
目線もそうだ。照準が狂えば意味がない。
だがジェックは振動さえ計算に組み込み、トリガーを引く。
狙いは決して違えない。
「そう、これはファイナルな必殺ですから!」
続くしにゃこの一撃と共に、竜の動きを完全に封じる。
『すみません、これでどうにか掴みなおしました』
「大丈夫さ、それにもう二度と撃たせやしないからね」
「ええ、もちろんよ」
ゼフィラの宣言は力強く、アーリアの声音は悲しげでもあった。
放たれた封印の術は、再びその魔術式を縛り上げる。
毒も何もかも、講じているあらゆる手段がウィンクルムを蝕み続けているはずだ。
少なくとも、そう信じる他にない。
「今のうちに癒しきるよ、一気に回復だ!」
けれど――祈るスティアは迷いなく。
ただ彼女の立つそこだけが、先程までの聖域であるかのように。
舞い踊る花びらのように、清冽な、そして温かな光が一行の傷を瞬く間に消し去る。
「集中し続けるんだ、このまま、絶対に」
「しにゃ達が止め続けてみせます」
疲労の滲むジェックとしにゃこだが、それでも言葉は自身に言い聞かせるように。
自身が人であろうとも、相手が竜であろうとも関係などありはしない。
「この戦いの果てに勝利がなければ――」
竜鱗を斬り裂きながら、ベネディクトは念じる。
「俺達の望むものがないのだと言うのであれば!」
たとえ眼前の全てが絶望だったとしても。
「だとしても、突破してみせよう!」
「っスよ!」
挟撃――ライオリットの二刀がウィンクルムを斬り裂いた。
「コル=オリカルカ、行けますか」
『答えるまでも!』
リースリットの風の刃が、コル=オリカルカの爪撃と共にウィンクルムを刻み――
一行の猛攻は止むことなく。
(アタシ達の戦い方だと思いきり暴れさせてあげることはできないけど……)
それはジェックの胸中にささくれ立つ微かな棘だ。
(それでようやく『竜』と勝負の土俵に立てるの)
パラスラディエは今まで戦ってきたどんな竜よりも強いと感じる。
僅か一瞬でも気を抜いたなら、一瞬でも指が、銃身が震えれば、ただそれだけで戦線が崩壊する。
けれどここには心強い仲間がいる。輝く友がいる。
(だから、大丈夫)
――アタシの弾は『外れない』。
ライフリングを回り押し出された弾丸は正確無比に竜を穿つ。
そして――
『……お見事です。ようやく、ですね』
気付けば戦いの傷痕は、まるで夢か幻のように姿を消していた。
●
実体を伴っていたウィンクルムの姿が滲み、ぼやける。
時空の歪みではない、その力が遂に消失しようとしているのだ。
ぐずぐずと崩れるウィンクルムが徐々に消え失せ、リーティアの幻影が再び現われる。
だがその身体からは光の粒子が立ち上り、足元はほとんど見えないほどに透けていた。
「みなさん、本当にありがとうございました」
丁寧に腰を折り、それから再び人の姿をとったアウラスカルトとコル=オリカルカに向き直る。
「コルも、ありがとうございます。シグロスレアには私が怒っていたとでも伝えて下さいね」
「御免被りたいところですが、承りましょう」
「あ、もちろんあの子に怒ったんじゃないですよ、終焉にです」
「母よ」
「アウラスカルト、これからもこの勇者達へ尽くしなさい」
「……無論」
「それでは皆さん。これからもうちの子を――」
(泣きません)
メイメイが歯を食いしばる。
(……まだ、泣きません)
「大好きですよ、リーティアさま」
消えゆく光りに、そう告げる。
「私もですよ、メイメイさん」
「強くて、大きくて、楽しくて、優しくて、あたたかい、金色の竜のお母さま」
愛は確かにここにあったと、そう感じる。
楽しい旅だったと思う。
いえ、まだこれからだとも思う。
人と竜とは全く違う。けれど気持ちは同じだと、教えてくれた。
共にあれるのだと。
でも――メイメイは、それだけでは済ませたくない。
だから決意と共に振り返る。
頬へ伝う煌めきが、朝焼けの大気に舞った。
「……今、願わなくては消えてしまうじゃ、ないです、か」
メイメイが瞳に力を籠める。
「そんなの、ダメです。嫌、です」
アーリアもまた、同じ気持ちを固めていた。
「……そうね、一瞬でもいいの」
そう言ってメイメイの手をとる。
「……私は――」
ゼフィラが俯いた。
彼女にも、幼い娘がいた。
この世界へ召喚された時に、置いてきてしまったのだ。
愛しているの一言すら言えずに。
娘はゼフィラが居た時間軸より未来から、召喚されることは出来た。
再会自体は、一応の形では叶ったのだ。
けれど未だに疑問に思う。
自身に母を名乗る資格があるのかと。
未だに名乗り出ることすら出来ない。
ただ顔を合わせたという、それだけだ。
これが代償行為だとしても、願わずにはいられない。
だからゼフィラもその手を重ねた。
困ったことに――実に困ったことに――横目に映るアウラスカルトの、泣き出しそうな横顔を見ると、幼い娘を思い出してしまうのだ。
「……ケーヤ!」
ベネディクトが目を見張る。
「……あの! ごめんなさい。来て、しまいました」
「いや、無事ならそれでいいが。俺が守る、だから謝らなくていい」
「はい」
「すーちゃん?」
「ああ。見つけたから護衛に。それに、見送ると思ったから」
目元を赤く腫せたスフェーンが、アーリアへ向けてはにかんだ。
「来てくれて、ありがとう。すーちゃん」
「そうだな手を伸ばして、足りないと突きつけられるのであれば、まだ伸ばそう」
ベネディクトもまたその手を重ねる。
足掻き足掻いて、希望を掴むその手前で、ああしておけばよかったなどとこぼすのは御免だ。
全てのことをやり尽くしたのだとうそぶき、誇れるように。
「パラスラディエよ、これが俺達の──特異運命座標が示す、結末だ……!」
「何を、みなさん。まさか、ダメです、それだけは、そんなことのために」
リーティアは目を見開いた。
可能性の奇跡は、時にイレギュラーズの命さえ焼き尽くす。
これはひどくささやかな願いではあるだろう。
けれどその可能性、最悪の事態は常に存在する。
動き出してしまえば、もはや願いの代償を制御することなど出来はしない。
「願ったところで罰が当たるものじゃないっス」
けれどライオリットの言葉は、あくまで決然としていた。
ほんの僅かな時間でもいい。
仮初の肉体の顕現を望む。
僅か一瞬であっても、母と娘が触れ合うことの出来るように。
その暖かさを、体温を、伝え合うことが出来るように。
「――だからお願い、私にも力があるのなら少しでもあの母娘を触れ合わせてあげて!」
朱華もまた、その手をライオリットに重ねる。
円陣に一人、また一人と集い――リーティアは取り乱している。
「どうして、みなさん。そんな。どうか、おやめください」
「ベルゼーの為にその身を捧げて、私達を此処まで導いてくれたんだもの」
けれど朱華の言葉は、やはりあっけらかんと。
「最後の最後にちょっとした奇跡があったって悪くないでしょう?」
「うん、そう思うよ。ボクも大賛成」
セララも朱華へ手を重ねる。
「だってふれあえないまま終わっちゃうなんて嫌だもん」
だから奇跡を願う。
「アウラちゃん。キミが強く、立派に育った姿を見せてあげようよ」
「セララ……」
「パラスラディエの娘に相応しいんだってね」
「そうだよ、だって大切な友達そ、そのお母さんのためなんだよ」
花丸もセララへ手を重ねる。
「だから、お願いっ!」
だってあの時、友達は泣いていたから。
そんな友達に何かしてあげられることがあるなら、やってあげたいから。
「もしもアタシが願うなら……」
ジェックもまた奇跡を願う。
他のみんなが温もりを願うのであれば、自身はリーティアの気持ちが娘へ届くようにと。
彼女が言葉に出来ない、自覚していない想いさえも。
余すことなく、零すことなく。
(全部、全部。伝わりますように)
どれほど愛されていたのか、愛されているのかを疑うことなんてないように。
(キミは愛されて産まれた子)
母(リーティア)にも。
父(ベルゼー)にも。
「それは奇跡という名の、明確な神の御業」
リースリットも歩みでる。
「故に安易に頼るべきではないと想います……が、今だけは」
そしてジェックへ手を重ねる。
「……コル=オリカルカも見たいでしょう?」
「……」
「これがアウラスカルトの伝説の始まりにして、本当の門出になる」
「……リースリット。何が、そこまでさせるのですか」
「そうしたいからです。コル=オリカルカ」
今できることなど、ほとんどありはしない。
けれど。
「願わくば、リーティアさんとアウラスカルトにパンドラの祝福があらんことを」
「そんなことをされたとて。我には、汝等にしてやれることがない」
動揺するアウラスカルトが首を振った。
「いいんです!」
しにゃこもまた手を重ねる。
「これはしにゃ達から頑張ったアウラちゃんへのご褒美みたいなものです!」
「褒美だと」
「竜が喜ぶプレゼントは思いつかなかったですけど、これなら竜でも人でも喜ぶはずです!」
「……」
「そしてしにゃ達をココまで導いてくれたリーティアさんへのお礼でもあります!」
「どうして、そんな。どうかお願いです。おやめください」
リーティアが慌てふためいている。
これもまた、一行が初めて目にした姿だった。
「コル、アウラスカルト、みなさんをとめてください」
「我、は。わからぬ……どうすればよい」
「……」
アウラスカルトは目に見えてうろたえ、コル=オリカルカはそっぽを向いた。
「俺達が望み、結果を受け入れる。分かって欲しい」
「しかし」
「竜よ、そして天よ。聞き届けてくれ、頼む」
「……」
「そうだよ。ただ悲しいだけの別れになんて、したくないっってだけなんだ!」
――だから、願うんだ!
花丸は瞳を閉じた。
例え避けられない別れだとしても。
●
光が満ちたのは、そんな時だった。
純白に覆われた視界の中で、砂がこすれる音がする。
数秒して光が晴れたとき、リーティアが僅かによろめいた。
砂を擦る音は、彼女の足元から聞こえている。
「リーティアさま」
「りーちゃん!」
駆け寄ったメイメイとアーリアがその肩を支えてやる。
温もりが伝わる。吐息が髪をくすぐる。
まるで生きているかのように。
いや、そうとしか思えない。
身体の重みも、熱も、鼓動さえも感じるのだから。
「……うそ、こんな」
「嘘じゃありません」
しにゃこが胸を張った。
リーティアが何度か確かめるように足踏みをした。
「地面ですね」
大地を踏むと靴底が摩擦し、音がするなんて。
「地面踏んでますね」
そんな当たり前さえリーティアは忘れていたのだ。
「皆さんの誰か一人でも、その命を尊い命を欠けさせていたのなら、一生分恨んじゃうとこでしたよ……」
そう言ったリーティアの頬に涙が伝う。
「でも……こんなこと、感謝の言葉でなんて、言い表すことは……出来ないですね」
アウラスカルトは、うつむき佇んだままだった。
リーティアは足元の感触を確かめるように、一歩一歩近付く。
「なんか久しぶりすぎて、歩き方忘れちゃってますね」
そして向かい合った。
「さぁ、思いっきり抱きしめて、よく頑張ったって褒めて! 撫でてあげてください!」
しにゃこが煽る。
「……」
おずおずと伸ばされたリーティアの腕、その指先がアウラスカルトの肩に触れる。
「……ぅっ」
「あ、触れても、その。良いですか?」
愛娘へ、おかしな聞き方をする母も居たものだ。
「好きにせよ」
少し屈むように、リーティアがアウラスカルトを抱きしめた。
「温かいですね」
「それは、触れると言わない」
「いいじゃないですか、減るもんじゃなし。えっへっへ!」
「……」
「愛していますよ、アウラスカルト」
叶ったのは、あまりにささやかな奇跡だった。
代償なんてほとんどありもしないほどの。
小さな、小さな。それでいて掛け替えのない、ただの数分間だった。
「母の愛は大事です!」
しにゃこが再び胸を張る。
「これに気づいたのはしにゃも割りと最近なんですけど!」
こうして自分の成長も自覚出来るのだし。
ライオリットもまたその光景を、描きはじめた。
セララもこのお話を、漫画にしたためる。
あとでアウラスカルトへと渡してやれるように。
●
夜はいつか終わる。
夢はいつか覚める。
あの朝焼けがすっかりと青空になる頃には、きっと何もかも。
こんな些細な奇跡なんて、全て消え去ってしまうだろう。
リーティアに与えられた仮初の肉体が、再び光の粒子を放ち始めた。
いくらお姉さんぶったって――アーリアは想う。
この前のあの子みたいに、だんだんと大人げのない涙が零れる。
拭う暇なんてないけど、笑って祝福することは出来る。
「ねぇ、りーちゃん」
「はい」
「私がいつかお母さんになって、生まれた子が女の子だったら」
「はい」
「貴女の名前をもらってもいい?」
元気で、ちょっぴり悪戯っ子で。
とっても優しい子になるに違いない。
そうしたら、アウラスカルトにもフェーローニアでいっぱい遊んでもらおう。
「そして大きくなったら、貴女の名前は私の大好きなお友達からもらったのよってお話するわ」
「はい」
だから。
こう見えて、運命とか信じてしまうほうだから。
だから。
だから。
さよならの代りの言葉を伝えたい。
「またね、りーちゃん」
「……」
――けれど。
リーティアが、ふいに大きく溜息を吐き出した。
「私、だめだなー」
「……?」
「この後に及んで、ちょっぴり悪あがきしたくなっちゃいました」
そう言って、悪戯げに舌を出す。
「考えていたんですよ。皆さんに何かお返しが出来ないか」
そしてくるりと回って、ピースサインした。
「思いついちゃったんですよね。お願いもですけど」
「何ごとか」
アウラスカルトも怪訝そうな表情をかえす。
なんだか雰囲気が台無しになってきた。
「この身ただの仮初ならば、魔術を紡ぐことも出来ないでしょう。けれど」
血縁であるアウラスカルト自身を媒体としたならば、どうだろうか。
「それでも、実体ではあるんです。だから贈り物を、三つだけ考えて見ました」
そして「本当に些細なものですよ」と続ける。
「え」
先程から祈りを捧げていたスティアが首を傾げた。
「一つ目、アウラスカルト、あなたに光と時の魔術を授けます」
アウラスカルトが行使する魔術はベルゼーが教えたものではあるが、元はと言えばリーティアの魔術だ。
使いこなすのはひどく難しかろうが、いずれ習熟するだろう。
そうなれば解析も可能となり、イレギュラーズへ伝わる可能性も生じる。
「二つ目、コル=オリカルカ。あげちゃいます」
「なっ!?」
「いつもとは言いませんから、終焉を滅ぼす時だけでも手伝ってあげて下さいな」
「承諾しかねるが……致し方ありませんね」
「そして三つ目! 私のこと、このままずっと連れてってくださいな!」
「えっ!?」
「名付けて、おしゃべリーティア!」
「本当なの?」
「はい。ささいな知識ならお届け出来るかもしれません。ほとんど、断片ですが」
そして突然ぷんぷんと頬を膨らませた。
「実は私ね、すごく怒っているんです。あ、皆さんにじゃないですよ」
たしかに先程、終焉がベルゼーを裏切ったことに激怒していた。
「だから私に見せてくださいな。終焉が潰える様を」
一行が顔を見合わせる。
「断る理由はないが」
ベネディクトが頷いた。
「ゼフィラさんも、私にしてくれたように娘さんに会ってあげて下さいな」
「……それは、わかった。考えよう」
「しにゃこさんも、なんだか複雑そうですが、これからも頑張ってみて下さいな」
「えっと、はい」
「ライオリットさんも、描けたら私にも見せてくださいね」
「了解っス」
「スティアさんも、祈ってくださって。ありがとうございます。なんだかすいません」
「そんなことないよ!」
「リースリットさん、コルをよろしくお願いしますね」
「それは、はい」
「……」
コル=オリカルカは不機嫌そうに黙っているが、否定はしなかった。
「ジェックさん、マジでめっちゃ怖いです」
「えっ!」
「冗談です。うちの子のこと、本当にありがとうございます」
「うん」
「しにゃこさんは、本当にうざかわいいですね」
「――うざ!?」
「なんてうちの子が言うかもしれませんが、仲良くしてあげてくださいね」
「それは、そうですが!」
「朱華さん。人と竜とが手を携える、そんな未来を、いつの日か」
「もちろんよ」
「メイメイさん。ずっと気遣ってくださってありがとうございます。なんだか、感謝しかないですね」
「……めぇ」
リーティアは、連れていけと言った。
なのに、なぜ。こんな別れのような言葉を告げるのだろう。
「ベネディクトさん、あなたのような人こそ勇者なのでしょう」
「もったいない言葉だが、ありがたく頂戴しよう」
「それにセララさんも、花丸さんも。あとあと、うちの子と、これからもお友達であげて下さいね」
「しにゃもですが!」
「もちろんです!」
「あーちゃん。以前伝えましたが、竜の魂は巨大で、人の身に降ろせば潰れてしまうと」
「確かに聞いたわ、でもなんか。そんな、お別れみたいなこと」
「あの時はそうでした。でも今の私の魂なんて、砂粒ほども残って居ないんです」
もはや記憶とて、精々数年ほどしか残ってないと続ける。
それ以前の全てを忘れたという訳でもないが、残ったものはほとんど断片でしかない。
「だからいっそ、術式にしちゃおうと思って」
「そんなこと……本当なの?」
「はい。いつか消えちゃうと思いますけど。もうちょっとの間だけなら、いいですよね」
「もちろんよ」
「やったやった! じゃあアウラスカルトを通して、お渡しします!」
目を閉じ、アウラスカルトの手を握る。
すると確かに、一つの些細な魔術が認識出来た。
本当に――本当に些細なものだ。
まともに顕現出来るかもわからない。
それほどまでに、魂が小さくなってしまっているのだと分かる。
死の途上をただ僅かに先延ばしするだけのものだ。
それでも見たいものがあるのだと思える、願いのような代物だ。
先程、イレギュラーズが願ったような。
いや、それよりももっとずっとずっと小さな。
けれど行使自体は――理論上――可能ではある。
あまりにちっぽけすぎて、代償すらないほどの。
「……理解……出来たと思うわ」
そう答えたアーリアが目を開けて振り返る。
「りー……ちゃん?」
その姿が見えない。
一行もまた、あたりを見渡す。
だがリーティアは忽然と姿を消してしまっていた。
まるでおばけだったかのように。
泡沫の夢のごとく。
でもそんな優しい夢は、もう少しだけ続いてくれるらしかった。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
結果は全員の頑張りによるものです。
想定より相当イレギュラーですが、特異運命座標らしいのではないでしょうか。
MVPは今回は名セービングへ。
二重だったからこその意味があったのだとおもいます。
一枚だったら、奇跡もあったので、もうちょいとパンドラが大変なことになったかもしれません。
折角の奇跡だったので、いたずらしました。
称号スキル一個でています。
将来、この儚い夢の続きが本当に終わる時と、その身に運命的な授かりがある時は、きっと同じタイミングなのだと思います。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
パラスラディエの再現物――ウィンクルムを撃破しましょう。
そして決戦にてベルゼーを討ち取るのです。
●目的
ウィンクルム・パラスラディエの撃破。
無事に勝利出来れば、すぐにベルゼーの元へ進撃せねばなりません。
けれどきっと、体力を回復する程度には、僅かに時間が残るはずです。
思い残すことのないような時を過ごしたいですね。
●ロケーション
ベルゼーの権能『飽くなき暴食』の内部です。
再現された光景は、フェーローニアという美しい高原の鮮やかな朝焼けです。
足場や光源などへの不安はありません。
●敵
『ウィンクルム・パラスラディエ』
リーティアの竜の姿を、冠位暴食の権能が再現したものです。
基本的にはアウラスカルトやコル=オリカルカに似たスペックをしています。
竜殺しの檻、つまりBSでがんじがらめにした上で、封殺することが前提となるでしょう。
その上でどれだけの火力を長時間叩き込むことが出来るかという勝負です。
意識を半ば乗っ取っているリーティアも、その作戦を前提としています。
問題はウィンクルム・パラスラディエの能力が、それに止まらないことです。
全ステータスに優れ、HP、AP、防御技術、特殊抵抗が極めて高いです。
特にHPは無尽蔵といってもよい水準でしょう。
命中は極めて高い水準で平凡。反応と回避はさほど高くありません。
高いHP鎧を持ちます。
物理通常攻撃が特レ特レで、180度扇の極めて広い範囲に大威力です。飛を伴います。ハードヒットで必殺を伴います。
神秘通常攻撃が貫の特レのドラゴンブレス(光線)です。また周囲広範囲にも熱ダメージを与え、火炎系のBSを伴います。またハードヒットでブレイクを伴います。
リーティアは多くのターンでパラスラディエの力を押さえ込み、行動不能にすることが出来ます。
間違いなく超長期戦になりますので、こうした小休止タイミングを有効活用する必要もありそうです。
たとえばHPやAPの回復とか。
・古竜語魔術(A):リーティアが押さえ込んでいるため、行使出来ない。はずです。
・星刻加速(P):リーティアが押さえ込めなかったターン、時間をねじ曲げ反応に莫大な補正を得る。
・エンシェント・メイガス(P):リーティアが押さえ込めなかったターン、超充填+BSを5つランダム強制解除+高速詠唱2。
・金鱗古竜(P):全長60mほど。イレギュラーズにはマーク・ブロック不可。飛行。リーティアが押さえ込めなかったターン、超再生+通常攻撃がPCにスマッシュヒットした場合死亡。
・変化(非戦):人間ぽい姿になれます。皆さんの非戦スキルと同じ。
●味方
・『金嶺竜』アウラスカルト(p3n000256)
皆さんに良く懐いている竜です。
無尽蔵な体力や再生能力を持ちます。
また巨体の竜である故にパラスラディエのマーク・ブロックが可能です。
それからパラスラディエの一撃で死亡しないという点もあります。
パラスラディエが飛んだ際には、地面に引きずり下ろしてくれます。
しかし彼女の力は、残念ながらパラスラディエには遠く及びません。
リーティアが押さえ込めないターンには、うまく壁になってもらいましょう。押さえ込めたターンであれば攻撃も加えてくれるはずです。
・リーティア
アウラスカルトの母竜。光暁竜パラスラディエです。
現在はウィンクルム・パラスラディエを初め、様々な『ウィンクルム』に干渉し、行動を阻害してくれています。
●他NPC
・『煌魔竜』コル=オリカルカ
見届け役です。
邪魔も手伝いもしません。
彼女にとって、ベルゼーの助力をしないのは現状では最大限の譲歩なのです。
もしこの結果を勝ち取っていなければ、難易度が一段上がったことでしょう。
(アウラスカルトがコル=オリカルカの対処をしなければならないため)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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