シナリオ詳細
<フイユモールの終>黄昏を喰らいし悪食竜
オープニング
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「ベルゼー、大いなる竜の父祖よ。お前の胎はどこまでも奥深い」
黒き紛い物の竜は世界を喰らう冠位の権能を外より見やる。
全てを呑み込む権能はその黒竜にとり、どこまでも憧れの的であった。
「ベルゼー、お前はきっと嘆くだろう。
けれど、きっとお前はそれらを喰らい『美味い』と思うのだろう――なんという羨ましさか」
男は生まれ落ちたその瞬間から、『味覚』と呼ばれる物を持たなかった。
空腹はある。満腹というのも、確かに存在している。
ただ、どうしようとなく味覚という物を持たず、だというのに普通なら消化できぬ物も消化できてしまう腹があった。
食べるという行為に対して『腹が満たされる』ことはあれど、『満足』したことはない。
何を食べても『食べるという行為』以上に意味を持てず、何であろうと消化してしまえた彼を両親は酷く恐れた。
用意された食事を何も言わず平らげる少年を恐れ、常に何かに飢えたように立っている少年に怯え。
いつの頃からか愛することさえできなくなったのだろう――それ自体を男はどう思ったことはない。
そんな日々を繰り返したある日、黒黥は手始めに食べてはならぬ物を、妹と呼ばれた個体を食らった。
何を食べても味がせぬ、ならばもうそろそろ『食してはならないと言われた物を食べてみよう』と、それだけの理由だった。
「――満たされぬ」
妹も、それを理由に黒黥を糾弾した両親も、蓋を開けてみれば無味乾燥なるその他大勢に過ぎなかった。
●
話は変わるが、黥刑、或いは墨刑と呼ばれるものがある。
地球なる世界のある国で行われた刑罰のひとつであり、身体へと入れ墨を刻むものだ。
当然痛みも伴うが、それ以上に『罪人である』と誰の目にも分かる形で残されること自体が罰の刑である。
家族殺しの大罪人はその刑を受けた後、集落を追放された。
黒黥の名乗りはそれ以降、自ら名乗るようになった名前である。
亜竜を貪りながら生き延びた黒黥は自分よりも遥かに強大にして無尽蔵なる『冠位』に出会った。
それはきっと、憧れであった――あるいは、どこかで分不相応にも親近感さえ覚えたのかもしれなかった。
だが黒黥と冠位との間には大きすぎる違いがあった。
亜竜種を愛し、竜を愛し、自らを討ち取らんと迫る英雄(イレギュラーズ)さえも愛せる『冠位暴食』と、誰にも愛されず、誰も愛せなかった黒黥ではまるで違っていた。
(――思えば)
崩壊し行くヘスペリデス、その地にて黒黥は彼のいる方を見た。
(俺が貪食の竜翼などと呼ばれるようになったのは、あの亜竜……フラウスと出会ってからか)
その亜竜は、既にイレギュラーズの手で打ち倒されたのだという。
どうしてそんなことを今になって思いだしたのか、黒黥でさえ分からない。
だが、ふと、深緑に捨ててきたその亜竜を思い浮かべた。
(あぁ……そういえば――もう1つ、満足するものがある)
気配を感じ取り、黒黥は視線を巡らせた。
眼下、迫りくる影が8つ。
「来たか、人の子よ」
厳かに――黒黥はそれらを見下ろし声をあげる。
(強き者、猛き者を喰らい潰す時というのは、いつもに増して満たされるのだったな)
●
冠位暴食は暴走する――暴走している。
その権能たる無尽蔵なる『飽くなき暴食』が楽園を破壊し続けていた。
「へっ! だと思ったんだ!」
咆哮を上げた闇色の魔力へそう笑ってみせたのはカイト(p3p000684)である。
カイトは黒黥がベルゼーと一緒というよりも、自分がしたいように食いに行く、そう予測を立てた。
その予測はただしかった。
「決着をつけるわよぉ」
煙草の煙をゆらゆらと壊れた空に浮かべるコルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)に頷くのはベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)だ。
「あぁ――今度は逃がさん……ここで終わりにしよう、黒黥の」
武器を構えるベネディクトの視線は真っすぐに黒き竜の瞳を見据えている。
「本気のアンタを倒してこそだろ」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は純白の弓を構えて魔力を高めていく。
「貴方の血を奪い、私はベルゼーの下へ行きます」
黒黥を見据え、マリエッタ・エーレイン (p3p010534)は言う。
「――人類ども。良いだろう、やってみせろ。
ベルゼーに喰わせるまでもなく、俺が食らいつくしてやろう――」
刹那、紛い物の黒き竜が挑戦を受けるように咆哮を上げた。
- <フイユモールの終>黄昏を喰らいし悪食竜完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年07月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「……俺は吸血鬼、命を喰らう者だ。俺が喰らう血は悪人限定──お前さんの言う通り、悪食なンよ。
さぁて、何方が晩餐のメインディッシュになるだろうなァ」
そう呟き、強弓を引きしぼった『竜の頬を殴った女』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の炎は既に多くの傷を黒黥に与えている。
戦いは既に始まっている。
驚異的な反射神経からレイチェルが放つ紅蓮の矢は黒黥の動きの先を行くものだ。
憤怒の炎が黒黥を焼き、その身体を抗えぬように追い込んでいる。
「吸血鬼、か」
レイチェルの台詞に、黒黥が少しばかり視線を向ける。
「流石に食ったことがないか? 良いだろう、面白そうだ」
そう言って、黒黥の視線はレイチェルを見ていた。
味覚のない黒き竜からの『面白そうだ』は、それだけの意味ではないのだろう。
「よう、今度は逃さないぜ。てめぇはここで俺等に喰われるんだな!」
「は、相変わらず良く囀る鳥だ」
突き進む『空の王』カイト・シャルラハ(p3p000684)に黒黥が口を開く。
舞い馳せる緋色の鳥が黒黥の周囲を取り巻いている。
「見た目は竜っぽいけど、やっぱ『ホンモノ』ではねえな。まがい物だ。竜ってのはもっと偉大で尊大なんだよな。
強いだけで小物、なら俺等が負ける道理はねえな!」
にやりと笑ってみせた台詞に、黒黥の意識が釣られるのが手に取るように分かった。
「顔に大罪の入れ墨をつけた男が比類なき武勇でのし上がり、王になるというおとぎ話を聞いたことがあります。
罪があっても強い願いをもって生きられるならさして問題にはならないのでしょう」
そう言葉を紡ぐのは『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)である。
それは目の前の男とは決して違う者であった。黒き竜の姿、その瞳がココロを見下ろしている。
「わたしは成し遂げなければならない目的のために一線を越えた人を何人も見てきました。
彼らの正邪は別として、非難をうける覚悟がありました」
しんと、真っすぐに目を離さない。『お前』は違うと、目線で告げるように。
同時、黒黥の瞳はココロから離れてなどいなかった。
放たれるブレスのようなものが厄災を生み、その都度、全てをココロは打ち払っている。
「始めて出会ったあの時から、随分と姿を変えたな。黒黥の。
それが今のお前の形、願った物の具現か」
槍を払う『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は、その一閃と共に黒黥へと問うた。
「そう、これこそが俺の願い。全てを喰らいつくす暴食の竜よ」
傷を増やしながらもまだどこか余裕を見せて答える黒黥へと、ベネディクトは視線を向け続ける。
「喰っても、喰っても満たされず、その原罪に呑み込まれてしまった者よ。
満たされぬというならば、今日此処で終わらせよう。その飽くなき欲望、その命を。
貴様が積み重ねて来た罪、此処で裁こう」
「金色の騎士よ――できるモノならやってみろ!」
咆哮が戦場を劈き、答えるようにベネディクトは槍を黒黥へと突き立て、そのまま剣を抜いた。
渾身の連撃は騎士と呼ぶにはあまりにも効率的で、あまりにも残忍だ。
「竜を模したけど竜じゃないのね、あれ。それなら怖いことはないわ、倒しきるんでしょう? 可愛い妖精が力を貸してあげる」
そう笑ってみせる『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は同時に周囲の景色に眉を顰めるものだ。
(にしても、いろんな竜を見てきたけど伝説上の竜だってここまでのことはしないでしょうに。
やりすぎだわ。私、自然を壊す相手は好きじゃないのよ)
太陽の子、陽の光に祝福されし妖精は、自然を無感動に食らいつくす男へと嫌悪を抱かずにはいられなかった。
敵が纏う闇と反ずるかのように纏った太陽の祝福はオデットを呑まんとする闇をよせつけなどしない。
肉薄のままに打つ魔法が輝きを纏う。
(黒黥。貴方は……どこまでも、ベルゼーの事を思っているのですか。
……まったく、私の人……いいえ、竜を見る目というのはどうにも老いているようです)
血鎌を振るう『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は内心に思うところがあった。
(が、それでも私は彼を救う為に……いいえ、貴方も救う為に。
この、暴食という呪いから貴方達を解き放つために、悪意の鎌をもって、その身を縛る祝福/呪いから解き放ちましょう)
飛び込むままに振るってきた死血のレイ=レメナー。神の血さえも求める刃を以って斬撃を振るい続けた。
「お望みならば、全てが終わった後に祈りでも捧げてあげるわ。アンタの魂に次がありますように、ってね」
「はっ。まだ次の事なんざ考える気もねえな」
そう語った『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)に対して、黒黥は素気無くそう返していたか。
自らの生命力を置換して打ち出す弾丸が余燼の揺らめきを激しく瞬かせる。
炸裂する弾丸が向かった行末を視るまでもなく、撃ちだした狙撃が追撃となって黒黥の身体を真っすぐに撃ち抜いていく。
「食べてはいけない物には、そうと判る味を感じるのが常だ。
美味しさも分からず異常も感じられないのなら、踏み越えてしまうのも分からなくはない、が……
自然界でも人間社会でも、生きるためを逸脱して食べてはいけない物まで食い潰すのは過ぎた行為だ。
そこで踏みとどまれなかったのなら、排除せねばならないな」
「はっ――それを決めるのは誰だ? 俺が、俺の生きる為に必要な分を他人が決めるわけか?」
愛剣を振り払う『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)に対して、黒黥が笑った。
細剣を振るい、奏でるは桜の花を思わす無数の刺突。
炎を纏いし斬撃は強かに黒き竜を思わす男を貫いていく。
しかしそれは所詮は伴奏に過ぎぬ。主旋律を紡ぐは束ねる夜空の欠片。
放たれる一閃は戦場に紡がれる破壊の音色。
壮絶に、描かれる破式の砲撃が幾つにも渡って黒黥の身体を削り落としていく。
レイチェルは弓を引き絞る。
「どうした、自慢の身体が揺れるぜ」
激しい戦いが続く中、黒黥の体力が順調に削れているのは明らかだ。
同じように揺らめいていても当初の竜の形を保っていたものとは違って、ただ黒い靄でしかなくなっていた。
「喰らいな」
一条の炎が戦場を迸る。
刹那の内に放たれた魔弾は避けがたく、炸裂と同時に魔種の身体をぐるりと囲う。
抵抗する術を失う魔種へと放たれたる二の矢は揺らめいている。
「神は復讐を咎める、神の怒りに任せよと。
だが神は手を差し伸べず、故にこの手を鮮血に染めよう」
完全詠唱を以って放つは。
「『復讐するは我にあり』──」
空を行く炎が天蓋を作り出す。
炎のカーテンが戦場を焼き、魔種を包む闇を払っていく。
「その程度の模造で俺を喰えると思うなよ?」
カイトしてみれば、その男は所詮はただの人間だった。
「お前なんかを竜とは認めない。水竜さまに失礼だからな!」
天高く舞い上がる赤き鳥は、くるりと旋回するままに黒黥へと降りていく。
黒い靄の塊に過ぎぬ魔種を差し穿たんと赤い鳥は流星の如く駆け抜けた。
白き優しい風に背を押されるようにして迫った先、刺突が黒黥の本体を穿つ。
「そんな闇なんて私の太陽で払っちゃうんだから」
闇そのものの如き肉体を纏う黒黥へと迫り、オデットはその手に陽の熱を抱く。
魔力を束ね、周囲の光を収束させて作り出すは極小の太陽。
温かく優しい陽光の煌きは、敵を焼き払うべくその力を放つ。
放たれる闇の全てを斬り裂いて、一筋の光が輝くように。
その光は黒黥の身体を真っすぐに穿つ。
●
戦いは続く。
「まさか、再びこの姿にさせられるとはな……」
満身創痍となった黒黥がよろよろと立ち上がり、けれどその戦意を陰らせることなく顔を上げた。
(ここからは少し下がっておいた方がいいわね)
力を振り絞るように咆哮を上げてイレギュラーズへと迫る黒黥から離れながら、オデットは落ち着いていた。
「お願い、手伝って」
四象へと手向けた願いは刹那の内に叶う。
極小の小さな赤い鳥が羽を撃ち、小さな青い龍が咆哮を上げ。
黒い亀と白い虎が各々の力を撃つ、
極小なる世界干渉の連撃に再び黒黥が唸り声をあげた。
「貴方を見ていると……どうにも親近感がわきまして、正面からやり合いましょうか!」
それを見やり、マリエッタは血陣を描く。
「――血を振るう魔女か。良いだろう、どいつの血か知らねえが、アンタごと食ってやるよ!」
咆哮と共に黒黥が全身から闘志を溢れださせていく。
「いいえ、貴女の血を奪うのは私ですよ」
微笑さえ返したマリエッタの背後、多数に展開された血の刃が一斉に黒黥へと走る。
圧倒的な数、連続して炸裂する血の斬撃が黒黥を貫き、収束してマリエッタへ還る。
「捕食を糧として強さを誇示するのは分かりやすい価値観だな。
だがそれでは、食事で満ちる幸福は永遠に理解できないだろう。
……残念だ。お前が食える物はもう無い。飢える前に終わらせてやろう」
イズマは隠し玉とばかりに居寤清水を伸び干すと、そのまま一気に魔力を剣身に束ねていく。
夜空を抱く鋼の細剣を柔らかく振るい、描くは旋律の魔術。
柔らかく、美しく、奏でる音色は形を作る。
紡ぎ出すは鋼鉄の星。全てを呑み砕く破壊の象徴。
空に浮かぶそれを、渾身の魔力を注ぎ込んで作り出していく。
演奏の終わり、星が墜ちる。
「ふぅん、ようやく見慣れた姿のご登場ね。
幾ら喰っても満たされない悪食、決着つけようじゃないの」
変わって前に出るのはコルネリアだ。
コルネリアは福音砲機を組み替え銃剣を作り出すと同時に一気に駆け抜けた。
全ての力をそこに回して肉薄すれば、黒黥の視線とかち合う。
「どいつもこいつも、死に損なったみてえな傷で良く言う――俺も含めてだが!」
名乗り口上を上げるまでもなく、黒黥の瞳はコルネリアを見据えている。
「メインディッシュはお前だったみたいだなァ?」
レイチェルは弓を真っすぐに敵へ向けている。双方、身体の傷は深い。
竜の姿が解け、その姿は人以外の何物でもない。
先の矢が戦場を奔り、炎を纏って黒黥を貫けば紅蓮の檻が帳を降ろす。
続けるようにして放たれていた二の矢は空を翔け、天に炸裂した炎は黒き天輪を描いて魔種を呪う。
「く、くふ、くはは」
黒黥が唐突に笑いだす。
「……まだだ。まだ、満足など出来ぬ。足りぬ。足りぬ足りぬ足りぬ!」
爛々と輝く双眸でイレギュラーズを見た魔種が一気に飛び出した。
打ち出された拳が真っすぐにカイトを撃った。
「ほら、そんなんじゃ捕まえられねえぜ?」
カイトは敢えて挑発的に笑ってみせれば、その猛攻を受け流していく。
苛烈な連撃は受け止めれば致命傷になりかねない。
それでもまだ、風の加護を纏うにはまだはやい。
「人間形態になった程度で、俺が捉えきれるかよ!」
水竜様の銀鱗を握り締めながら、カイトは再び啖呵を切った。
竜人などと絶対に呼ぶ気はないと、証明するように。
「黒黥、あなたは竜になる願いを実現する手段を見つけていないまま此処まできましたね。
覚悟もなく一線を越えれば前に進めず後にも戻れない。なぜなら心が弱いから」
――心の弱い、ただの人間の証明だ。
既に竜を模した姿さえ取れなくなった男へと、ココロは真っすぐに告げた。
「ここにいる誰も食べさせられはしません。わたしがそうさせない」
その言葉を証明するように、ココロは炎の術式を放つ。
不死鳥の如く再起した仲間が武器を構える中、ココロの向けた視線の先、黒黥は答えない。
ただ、ギラリとした瞳からは何か怯えのようなものが感じ取れた。
「そうだ。生憎と、俺達にはまだすべき事がある。此処でやられる心算は無い……!」
ベネディクトそれに応じるように、ベネディクトは人間の姿を晒す黒黥へと肉薄する。
「貴様は喰らい潰すのが性に合っているのだろう、ならば俺もまたその盤面に立とう。
俺が先に喰らい潰されるか、それともお前が此方を喰らい潰すが先か……!
力と力の比べ合いというのであれば、俺も嫌いじゃあないのでな!」
黒黥の咆哮が響く。それを呑むように、ベネディクトは気迫を籠めた刺突を撃ち込んだ。
三度閃く軌跡は一太刀でさえ命を刈り取る形をして、鮮烈に傷を描く。
「誰一人落とさないから、この戦いに決着がつけられるよう私は手助けするだけよ」
オデットは、黒き獣を追い詰める最後の一太刀を十全に入れられるように願いを紡ぐ。
暖かな光は太陽の祝福、紡がれる音色はまるで春を呼ぶ声のように。
祝福の歌が戦場に響き渡る。
「それでは続きましょう――」
同時、マリエッタは肉薄していた。
「貴方の生きざまは、しかと目に焼き付けておきますからね」
微笑を残すままに、マリエッタは死滅の斬撃を一閃する。
「暴れまわれては困る、一気に片を付けさせてもらう!」
そこへ続けてイズマが再び紡ぐ鋼鉄の旋律。
万砕の星は夜を切り取ったように戦場に堕ちて不毛の大地を抉り取る。
「ここからは赤い鳥さんのターンだ!」
カイトは一気に戦場を駆け抜けた。
ボロボロの魔種は、咆哮を上げながらカイトを見据えている。
「此処で終わりだ、擬き野郎!」
緋色の羽根が降り注ぐ。
それらが魔種へと突き立つよりも前に、カイト自身は魔種へと三叉蒼槍を撃ちだしていた。
真っすぐに伸びた槍に身動きを閉ざされた魔種へと、緋色の刃が幾重にも突き立った。
「おぉぉぉぉ!!!」
最後の咆哮が聞こえる中、ベネディクトは終わりの為に動く。
黒黥はカイトの突き出した槍を握り締めるまま、力づくでそれを引き抜いた。
微かによろめきながら、男の目がベネディクトに気付く。
「少しはこの戦いに満足感を感じるか?」
その問いかけは、その咆哮に滲む微かな喜びに問うたもの。
「何喰らっても感じられず、満たされぬ。その乾きを理解する事など俺には出来るなどとは言えぬ。
だからこそ、この場で止めると決めた以上はその感情を僅かでも抱いたまま終わらせてやろう!」
「あぁ、そうだ。やはり、いい。これでこそ。あぁ――そうだ、貴様らが俺を見る目。
俺はその目を向けられてやっと満足できる! 俺を恐れることなく、俺を見ている眼だ!」
戦意を振り絞る魔種の瞳に、ベネディクトは剣を握り締めた。
「なぁに、随分熱くなってるじゃない」
コルネリアはその時を待っていた。
挑発的に笑ってみせながら、次の文句を誘ってやれば。
「どいつもこいつも、怯えやがって、震えやがって。
殺す勇気もねえ、まともに俺を見る気もねえ糞どもが!」
黒黥が吼える、激情は果たして誰に向けた物か。
「行きなさいベネディクト、アタシがいてぇの受け持ってやってんだから、ヘマこくんじゃないわよ!」
踏み込みと同時に打ち出された拳を、コルネリアが変わって受け止めれば。
その真横を黒き影が馳せる。
「――裁くと言葉は使ったが、俺は神でも何でもない。なれば、その感情こそが俺が貴様に手向ける仇花だ。
これで終わりにしよう、黒黥の」
ベネディクトは、男の感情の発露を見据え、剣に魔力を注ぎ込む。
魔力が黒き雷光となって剣身を覆いつくす。
踏み込んだ一閃に対して、それでも黒黥が手を伸ばす――跳ね上げられた腕、袈裟に斬り裂かれた肉体。
魔種が1つ、舌を打ち、人形の糸が切れたように崩れ落ちる。
「懺悔の時間よ、黒黥。
その生は楽しかったか、苦しかったのか。
心の内に潜ませる想いは果たせたのか……アタシ達は、アンタを満たす事はできたのか」
コルネリアはいつでも引き金を弾けるようにしながらも、そこへと近づいていく。
「はっ……満足……あぁ、ちくしょう、その眼は初めて……いや、あっちの小娘にも向けられちまったなぁ」
コルネリアから視線を微かにココロの方へと向けた黒黥が再び舌を打ち。
「俺はきっと……誰かに俺を見てほしかった。
別にそれが愛情じゃなくても、憎しみでも……あぁ、そうだ。親しみでも、俺は良かったんだろうなぁ」
自らの身体を恐れ、自分が犯した罪を恐れられる。
でもそれは、きっと黒黥という人間を見て貰えているわけではなかった。
それを言葉にして言える程、その男が感受性を育む時間は無かったから。
「でも、強い奴ってのは俺を見てくれるんだよなぁ……」
それは随分と人間らしい弱さではないか。
「そうですね……弱さに勝てない、あなたは竜よりむしろ人に向いてました」
ココロが言えば黒黥がもう一度短く笑った。
「黒黥。貴方のその生き方は、私が愛し……血を奪うに足るものでしたよ。
だから、ゆっくりと……おやすみなさい」
そこへマリエッタも続けるものだ。
目の前に倒れる男へと感じた親近感――死血の魔女を想う。
自分であって自分ではない――とそう思いたくとも、私が為した行いは悪辣で。
理解されない魔女だったから。
「……なんだぁ? どいつもこいつもその眼……
あーぁ、しかし……満足してるってのに、はらが、へったなぁ」
短くそう言い終えて、それっきり男から次の言葉は零れなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速始めましょう。
●オーダー
【1】『悪食竜』黒黥の撃破
●フィールドデータ
崩壊していきつつあるヘスペリデスの一角です。
黒黥の能力により、周囲は草木の一本も生えていない不毛な空間になってしまっています。
●エネミーデータ
・『悪食竜』黒黥
暴食の魔種。姿は3本の角と翼が特徴的な10mほどの四足歩行の竜、身体は黒い闇のようなもので出来ています。
非常に傲慢かつ冷笑的ではあるものの、どちらかというと傲慢さの方が目立つようになっています。
体に竜人を思わせる刺青のようなものがあり、これが本人であり核に当たります。
『襲った場所の文字通り全てを喰らい尽くした極小の災害』とも表現された能力が表出した状態、
あるいはどこまでも竜に憧れた罪人の成れの果てとも言えます。
元々は先天的な味覚障害と異食症、何よりそれを消化してしまえる特殊な消化器官を持って生まれた青年でした。
そのまま踏み越えてはいけないところを踏み越え、その後も顧みることなく突き進んだどうしようもない異常者です。
同情の余地はありませんし、人間的に悪辣と呼ばれればその通りの歪んだ性格でもあります。
神攻、反応、EXA、防技、抵抗が高め。
ブレスや巨体となった闇の身体を駆使した広範囲への高火力攻撃を主体とします。
竜は炎を放つものという先入観から炎を吐き、厄災をばら撒く悪竜の自負から多数の呪いを放ちます。
【火炎】系列、【暗闇】、【不吉】系列、【呪い】、【呪殺】のBSが予測されます。
黒い闇のような身体は付与の一種にも思えますが、ブレイクは出来ません。
そのかわり、HPが残り1割になった段階で消滅し、本体だけに戻ります。
竜人体では神攻が下がり、物攻が大幅に上昇します。
こちらは爆発的な攻撃と手数で1人ずつ磨り潰す物理ファイターです。
【連】や【追撃】【スプラッシュ】などの各種連続攻撃の他、【邪道】属性が予測されます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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