シナリオ詳細
いないこだれだ?
オープニング
●前置き
旅人、辻岡 真(p3p004665)とその内縁の妻、アリア=ラ・ヴェリタのあいだに、たまのような息子カイがいることは周知の事実だ。カイは四歳になるディープシーの息子で、わんぱくざかり。かくれんぼが得意で、勉強はすこし苦手。でも家庭教師がくるたびに、ちゃんとノートと教科書を持ってぶちぶち言いながらも、きちんと教えを受けに行く。そんな子だ。
ラ・ヴェリタ夫人ことアリアと真、そして領内の皆にいつくしまれ、元気に育っている。
●違和感
ジャーダの作るマリトッツオはいつもおいしい。
だけど今日のこれは奇妙な味がする。
「ぼっちゃま、どうされました?」
カイはおやつのマリトッツオをもぐもぐしながら子守のジャーダを見上げた。なんだろう、こんな表情をするねえやだっただろうか? 顔に笑顔を貼り付けているみたいな。
「あのね」
カイはマリトッツオから口を離した。
「これ、おいしいけど、いつもとちがう味がする」
ジャーダの顔がさらに固くなった。
「気のせいですよ。おやつをたべたら、かくれんぼいたしましょうね」
「うん、する!」
カイは目を輝かせた。かくれんぼ! 大好きな響き。ジャーダは見つけるのが上手いから、今日はどこへかくれようかな。
なんだかふしぎとぽわんとした気分のまま、夢見心地でカイはマリトッツオを食べ終えた。元気よく椅子から飛び降り、ジャーダの手を引く。
「ねえや、いこう!」
「ええ、ぼっちゃま……参りましょう」
ジャーダの顔はなんだかくすんで見えた。
●コーザノストラ襲撃
「ラ・ヴェリタ夫人!」
アリアは刺繍をする手を止めた。声の主は【領地執政官】霧崎春告。常に慇懃無礼なほどの優雅を忘れない彼が大声をだすなど。アリアは子守のジャーダが紅茶のおかわりを入れようとするのを手で制し、椅子から立ち上がると、領主代理として席へ座った。はたして、走り込んできた春告は顔を真っ青にしていた。
「港町『テスタ・ディ・バリーナ』が敵対マフィア『コーザノストラ』によって襲撃されています! すぐに領主真様の出陣を……」
アリアは困った顔のまま、机の引き出しから手紙を取り出した。そこにはしれっと。
『ちょっと旅に出てくる 真』
「……と、いうわけよ」
「あのクソ領主っ。こんな時に」
頭をガシガシ両手でかきむしった春告に、アリアは微笑みかけた。
「こうしましょう。ローレットへイレギュラーズあての依頼をだすの。真の名義でね。そうすれば、あの人は依頼に気づくはず。この窮地にも気づく。必ず、手を打ってくれるわ」
「だいじょうぶなんでしょうか」
気をもむ春告、アリアは安心させるようにうなずく。
「かならず、ね。依頼をだすためにも、状況を報告してちょうだい」
「はい、夫人」
春告が港町の地図を取り出す。そこには大雑把な勢力図が書き込まれていた。
「西から来たのね」
「ええ、キャラバンに偽装し、コーザノストラが街へ入り込みました。現地の領民が、力を合わせて交戦中ですが、今のままではジリ貧です」
ガシャン。
突然耳へ叩き込まれた音に、ふたりは顔を向けた。お盆を取り落とし、ジャーダは震えていた。
「どうしたの、ジャーダ」
アリアはつとめて優しい声を出した。ジャーダはとつぜん地に伏し、土下座しだした。
「もうしわけありません! 夫人、春告さま!」
その声には心からの悔恨がつまっていた。さといアリアはすぐにピンときた。席から腰を上げ、ジャーダの頬へ触れる。
「あなたの心根はわかっているわ。あたしがあなたを守る。だから、話してくれる? あなたが知っているなにもかもを」
「ラ、ラ・ヴェリタ夫人、もうしわけ、もうしわけありません。私は内通者です。私が、内通者です」
年老いた両親を人質にとられました。ふたりの小指が小包で送られてきたとき、私は動揺し、彼らの言いなりになりました。彼らは、カイ様をさしだせば両親を返す。それいじょうのこともしない、と。私は愚かにもその言葉を信じて、カイ様へ睡眠薬を盛り、コーザノストラへ差し出しました。
「なんてことを! この裏切り者!」
「もうしわけありません春告様! こんなことになるなんて、夢にも!」
「落ち着いてジャーダ。ならば、いま昼寝中だと報告してくれたカイは、別のところへ居るのね」
「……はい、夫人。お許しください。カイ様はかくれんぼ中に樽の中へ入られ、そのまま眠り込んでしまわれました。私はその樽ごと、コーザノストラへ預けました」
「よく話してくれたわジャーダ。紅茶はいかが? すこし暑いけれど、いまはあたたかい飲み物で心を休ませてちょうだい」
「奥様、奥様、もうしわけありません。悪魔に魂を売ったのは私です。ああ、でも、私の両親もまだ帰ってきてないのです!」
「そう……」
アリアは背筋を伸ばし、春告を向いた。
「一刻も速く、依頼を出してちょうだい」
●依頼
「俺の領地が襲われちゃってね。息子と、ねえやの両親が人質にとられている」
軽い話しぶりとは裏腹に、真の顔は深刻だった。
「相手は、俺の所属するマフィア『鯨の涙』へ、まえまえから小競り合いをしかけてきた組織だ。コーザノストラという」
真が机の上に港町の地図を広げた。小さな湾をかこむように、建物が集っている。
「この」
真は地図の西へ指先を置いた。
「西部からコーザノストラが侵入してきてる。やつらは俺の港町『テスタ・ディ・バリーナ』を占拠する腹積もりでいる」
それから真はうなだれた。
「コーザノストラのやつら、俺へ喧嘩を売っても相手にされないからって、罪もない人々を……」
顔をあげた真があなたを見つめる。
「やつら、戦闘力は大したことないんだが、麻痺弾を使ってくる。現地の交戦中の人々もそれで苦戦してる。俺たちは……」
真が地図の一点を指さす。
「頭を叩こう。きてくれる?」
あなたは笑みを浮かべた。もちろんだ、と。
●どこかの話
目が覚めると暗くて冷えた狭い場所だった。
「……ここどこ?」
そうだ、自分は確か、かくれんぼの最中に眠ってしまって。ここは樽の中だ。
隣から泣き声が聞こえる。だがカイは頭を出すことを戸惑った。そんなことをしてしまえば、ひどい目に合うと本能で悟っていたからだ。だからカイは黙したまま、樽の底にへばりついていた。
胸をかきむしるような泣き声はまだ続いている。
「あんた、あんたあ……アッレーノ、どこだい?」
「ここだよ、アガタ」
年老いた夫婦らしき声だ。真っ暗闇の中、カイは胸元をつかんだ。きっとふたりは別々の樽へ詰め込まれているのだ。
「いつになったら樽から出られるんだい。あんたの顔がみたいよ。おひさんの下を歩きたいよ」
「こらえとくれ、アガタ。小指を切られた傷はどうだい? これ以上おまえを危ない目に合わせるのはわしとていやだ」
「痛いよ……ずきずきする。うう、あんたあ……」
「傷口を押さえて止血するんだ。きっと助けがくる。領主様は必ずそうなさる」
そのとき、隣の樽を乱暴にこづく音がした。
「うるせえぞ! 次は手首を切り落とされたいか!」
夫婦の絶望的なうめきが聞こえ、静かになった。
カイは一心不乱に念じ始めた。
パパ、助けて。
- いないこだれだ?完了
- 人助けセンサーと名乗り口上と麻痺耐性が輝くおはなし
- GM名赤白みどり
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年07月22日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「マフィアとしては『真っ当』だな。マフィアとしては」
勝つために手段を選ばないところも、目的を果たすためなら赤ん坊だろうが老人だろうが手にかけるところも。『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)にはわかる。わかってしまう。なぜなら彼もまた、日の当たる道を歩んでこなかったからだ。
「俺もそれなりにその手の道は通ってきた身なんでな、今更そこをどうこういう気はねぇよ」
うそぶきながら進む。喧騒を縁は深海魚のごとくゆらりと泳ぎ回る。誰もが血を流している。誰もが勝利を信じている。敵も味方も、コーザノストラも、この街の人々も。投げ飛ばされたコーザノストラ構成員が、縁のもとへ吹っ飛んでくる。それを叩き落し縁は冷めた目を向けた。銃を握るその男は縁の顔を見るなり、悲鳴を上げた。
「俺の顔を知っているか。だからといって……」
縁は銃口ごと男の顔を踏み潰した。
「手を抜く理由にはならねぇ。こっちも『真っ当』な『正当防衛』だ。どうにかなっちまっても、文句はねぇよな?」
気絶した男を蹴飛ばす。殺気だった人々が餌に群がる野犬のように襲いかかる。縁は興味ないのか、背を向けた。
「……文句を言う余裕が残ってりゃぁの話だがね」
ゆうゆうと歩く彼の背後を狙う銃口。だが、銃弾は放たれないまま終わった。『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)の手によって。
「生物兵器としては理解できる」
言葉とは裏腹に、ウェールは断固たる口調。
「争いに、戦いに、ルールなんてものはない。……でもな、お前さん達は、血の通った人だろう? 両親に愛されたかはしらんが、時にファミリーとも呼ばれるマフィアのグループに所属していたなら、誰かに愛されたことがあるはずだ」
ウェールの沈鬱な瞳が、新たな銃口を映す。
「なのに……」
ウェールが突撃した。構成員は必死に銃を打つが、ゼロ距離射撃ゆえに弾道はそれていく。拳を握りしめれば、ウェールの腕がパンプアップする。棍棒のようなラリアット。意識を刈り取られた構成員がどうと倒れる。
「なんでこんな事ができる! 勝つためとはいえ、やってはいけないことがあるだろう! 命が助かっても……受けた暴力、知ってしまった恐怖を忘れるのは難しいんだ!」
どうしようもないクズどもを相手に。彼彼女らを哀れに思うがゆえに、ウェールは雄叫びを上げる。
「大事にされてきた幼子に、余生が穏やかに過ごしているご両親に、家族に! 手を出す冷血野郎は潰す!」
二羽のカモメが、ウェールを勇気づけるように羽ばたく。銃弾すらたどりつけない高みへと。
「死にたくなければ……俺を殺してみせろ」
静かな恫喝が、氷水のように戦場へしみとおる。熱気のこもった視線を感じ、ウェールは振り向いた。ウェーブする金髪、黒でまとめた衣装。
「チェチーリアか」
「いかにも」
ウェールとチェチーリアがにらみあう。
「お前が幹部か?」
視線を遮るように姿を表したのは、『旅慣れた』辻岡 真(p3p004665)。柔和で中性的な容姿が、怒りに濡れている。チェチーリアがいろめきたった。特大の手柄が向こうから現れてくれたのだ。銃撃。体へ食い込まんとする弾丸へ向けて、真は口の開いたアタッシュケースを振り抜いた。ケースが旅人の鞄となり銃弾を飲み込む。無言のままアタッシュケースへ左手をさしこみ、ゆっくりと引き抜いた。ごっそりと銃弾が握られている。力量差を見せつけるかのように真は、ぱらぱらと弾丸を落としていく。
「もう許せねぇな。コーザノストラ。俺が狙いだろう? ラ・ヴェリタ領主である俺が。なのに、こんなことを起こすなんて……俺の大切な領民を巻き込むなんて。小魚が鯨へ刃向かうとどうなるかを教えてやる」
真の殺気に気圧され、チェチーリアは後ずさる。民へは温厚で知られた領主は、牙を向いた獣のごとく。笑みを消した真は、恐ろしいの一言だった。
「チェチーリア。引いたほうが良くないかの?」
『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)が人混みを縫うように歩いてきた。ニャンタルの後方では、決死の即席医療班が、テントをはり野戦病院をこしらえている。近寄ってきたニャンタルは、チェチーリアを諭した。
「そこな領主様はこたびのおぬしらの卑怯卑劣に怒り心頭じゃ。滅ぼされぬうちに帰って上司へ泣きつくが吉ぞ?」
「残念だな、お嬢ちゃん? この程度で逃げ帰ったならば笑われ者になるわ。そして嘲笑は、マフィアの尊厳において、死を意味するのだ」
「つまらん意地をはって、希望的観測のみで動くか。悲しいのう、悲しいのう。これじゃから敗軍の将は」
ニャンタルは利き手を差し出した。空中から集まった霊子がスタンド付きマイクへ変わる。足元へ浮遊する丸いのはスピーカーだ。激しいリズムが戦場を吹き荒れる。
「我の歌を聞けー!」
サウンドにのりながら、ステップを踏みつつマイクをひっつかむニャンタル。
「♪主等の助けの声ある限り、それがかすかなものでさえ、我が耳へ届く、我が耳へ届く、今、必ず助けゆくー! Ah!」
ハウリングの混じったシャウトはまっすぐに戦場を駆け抜けた。
「♪我等がヒーロー! 我等こそヒーロー! 涙を救え! 嘆きを崩せ! フレフレGOGO、イレギュラーズ!」
清らかな、それでいて熱い歌声が、戦場の焦燥をかき消していく。嫌な音も、怖い声も、爆発音も銃声も。町の人々はさらに活気づき、コーザノストラがおされはじめた。
「イカれた仲間を紹介するのじゃ! ユーフォニー!」
ニャンタルから急にMCをふられた『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は、しかしあわてることなくマイクをとった。
「領民の! みなさーん!」
念話と音声、耳と心の両方へ、ユーフォニーは訴えかける。
「戦ってくださりありがとうございます! 私からもみなさんにお願いです! 一つ、怪我人がいるので救護用品やお医者さんを、近くの安全な所へお願いします!」
「ギターソロ! メディック!」
歪みのある攻撃的なギターソロがニャンタルの後方からひびく。勇気づけられたユーフォニーはさらに声を強くはりあげる。
「二つ、他にも怪我をした方、家族や友人ではぐれた方がいないか、お互いに確認を!」
領民たちは、はっとしたようだ。バラバラに戦っていたのが、小さなグループに変わり、組織だった動きをとりはじめる。マイクの音量はすでに最大だ。ユーフォニーはするどくコーザノストラを視線で制した。
「三つ、逃げる敵もいるかもです! 逃げ道になりそうな場所へバリケードなど封鎖をお願いします!」
領民たちは気づいた。撤退はけして逃げ腰でも弱虫でもないと。数えあげることすら困難な領民たちが、戦略的な意味を持って移動を始める。
「この地を良く知るみなさんにしか出来ないことなんです。辻岡さんを信じて命を最優先に、必ず『全員で』勝ちましょう! 世界に争いは尽きないけれど、誰だって誰かの『大切』なんです。それを踏みにじるようなやりかた……だめです! 一緒に守らせてください、よろしくお願いします……!」
「聞こえてるなら、Make some NOOOOOOOOOISE!!!」
潮が満ちるように戦場で人々の声が重なり合う。それは絆が繋がった証だった。ユーフォニーとニャンタルは顔を合わせ、歓声を上げてハイタッチする。
「この勢いで攻めましょう!」
ユーフォニーはマイクをニャンタルへ返し、きっと前を向いて銃弾とびかう中へ突っ込んでいく。怖くはない。怖いわけがない。勇気を灯しているのだから。突き上げた利き手に輝く光は旗のよう。勝利をもたらす戦女神となり、ユーフォニーは駆ける。
「このクソアマが!」
銃を構え、構成員が物陰から次々と飛び出す。イレギュラーズの勢いを阻もうとする。だが女神へ触れる前に、よこっつらが張り飛ばされた。蛙が潰れたみたいな声を上げて、吹き飛ぶ構成員。壁へぶち当たり、ずるずるとくずおれる。
「パンチ一発でのびるたあ、なさけねえっすね」
『救急搬送班』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)は、姿勢を低くしたまま半身のかまえをとっていた。
「人命救助ならおまかせあれ! だてに二つ名なのってねーっす! 今回もやらせていただけるってんなら、この有能な後輩をあてにしちゃってくださいっす、先輩がた!」
うめきごえをあげながら起き上がる構成員たちへ、ウルズは顎を引いたまま不敵に笑ってみせた。軸足をたわませ、さらに姿勢を低く取る。
「あたしの目が黒いうち……や、緑と紫のうち~? は! 誰一人として連れて行かせねえっすよ、あたしは戦えるし守れるし、さらに癒せる万能後輩だから!」
地面が爆発した、かのようにみえた。ウルズがすさまじい勢いで地を蹴り、飛びかかったのだ。構成員たちをも通り過ぎ、要救助者のいる樽へと向かって。
「せいっ!」
邪魔な樽へ飛び蹴り。直撃を食らった樽が割れはじけ、あたりへ木材が花火のように散らばる。それに目を取られた別の構成員が、照準器をウルズへ向ける。
「なあ」
とつぜん肩へ手を置かれ、構成員は肝を冷やした。
「まじめに作ったり稼いだりしてるやつが居てこそ、荒くれの食い扶持ってのはあるもんだろ?」
凍りついたままの構成員を片手だけで押さえつけながら、『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)はとくとくと言い聞かせる。
「どこのモンかは知らねえが……カタギに手を出すってぇのは、ご法度だぜ。そうだろ?」
恐怖に凍りついていた構成員が、半泣きの顔のままナイフを握る。サンディは軽やかに手首を打ち、ナイフを奪い取った。ペン回しの要領でくるりと一回転させ、逆刃で握る。
「重心位置がずれてる。粗悪品だな。コーザノストラってのは、部下を大切にしない組織らしい」
返せと叫んで覆いかぶさる構成員を蹴倒し、サンディはナイフをその男の顔の真横へ突き立てる。それだけで男は失神した。
「はっ!」
サンディは立ち上がると、のびている男をゆびさした。
「武器も粗悪品、部下も粗悪品、いっそ憐れだな、コーザノストラ! もしかしておまえたちは、ここのおやさしい領主さまへ、雇ってくれって言いに来たのか!?」
煽り立てられた悪党どもは、目の色を変えてサンディへ押し寄せる。マフィアはなめられたらおしまいだ。自分を強そうに見せないと、出世どころか地位が危うい。ましてや、サンディのような(彼らからすれば)なまっちろいガキに言いたい放題言われるなど、許せるわけがない。銃弾が雨あられと降り注ぎ、油へ引火して大爆発が起こった。
「やったか!?」
誰かが叫ぶ。勝利を確信して。
だが、もうもうとたちこめる煙の中から、人影が姿を表した。細身で、小柄で、すばっしこそうで、やや色白の、赤毛の青年が。青年は服の乱れを整え、頬にできた傷を人差し指でなぞって消す。
「粗悪品が、超一流に勝てるかよ」
構成員どもは絶望のうめきを上げ、攻撃を再開する。サンディにとって、この程度の痛み、自らが持つ力で簡単に癒せてしまうのに。恩寵によりカードを呼び出したサンディは、それを投げつけた。硬い音とともに、カードが樽へ刺さる。
「ウルズ!」
「はい、サンディ先輩!」
「最初の人質はそこにいる!」
「了解ったっす!」
ウルズが樽のふたをこじあける。底にへばりついているのは、話に聞いたカイだろう。
「カイくんっすね! けがは!?」
さっとさしこんだ光にカイは目を細めた。逆光でよく見えないが、助けが来たのだと直感で理解する。
「パパ、パパは近くにいるの?」
「もちろんっすよ!」
がばっとカイを抱え上げたとき、一発の銃弾が空を引き裂いた。空の薬莢が地へ落ちる前に、銃弾は飛来し、カイの頭へと向かっていく……。ウルズは時が止まったかのように感じた。極度に集中した時、時間は遅く感じられると言う。
(やば、まにあわな……)
頭が真っ白になっていく。
とん、と背中を押されて、ウルズはつんのめった。カイを抱きしめたままよろけた背中の後ろを、銃弾が抜けていく。それが、『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)の仕業だと、ウルズは気づいていた。
「世話になったっすね、先輩!」
返事はない。気配は完全に消えている。狂乱の戦場で、バルガルはただ、静かだった。音もなく忍び寄り、鎖を手繰り、憐れな獲物に何が起きたのかも悟らせないまま、息の根を止める。影と影を渡り歩き、意識と意識のはざまを縫い、バルガルは進む。彼の腕がひるがえる。そのあとには必ず、血の花が咲く。
「上司の御子息は無事。まずはそれを喜びましょうか」
バルガルは誰に言うともなく呟いた。彼のはるかうしろで、息子を抱きしめる真の姿がある。そちらへは視線を移さず、それでいて存外に優しいまなざしを、バルガルは眼鏡の奥の瞳に宿した。そして中指でめがねのずれをなおし、バルガルは己へ宣言した。痛い目だけで終わらせてなるものか。きっちりカタをつけさせる、と。
「敵を降伏させるには『降りたほうがマシ』と判断させるのも、大事ですね」
冷静と情熱は、彼の中で地続きだ。本気を出したバルガルは、もはや、誰でもない。誰も彼を認識できない。闇の帳に覆われた名前のない者は、月夜をゆくハンターのごとし。不意をつかれれば、誰もが兎になる。狼には勝てない。背中からナイフを突き立てられた構成員は、最後の力で首を捻じ曲げ、背後を見た。バルガルの姿を見た。
「……!」
悲鳴はあがらなかった、あげられなかった。ホイッスルのような音を立てて、かききられた喉笛が鳴っている。派手に血飛沫をまきちらすその男に誰もが視線を奪われ、すぐとなりにいるバルガルには気づかない。すこしよれたスーツの、目の下にくまを浮かせた、疲れきって見えるサラリーマン風の男へ、誰も、気づかない。それこそがバルガルの術中だなどと、気づくはずもないのだ。
●
樽のなか、アガタは自分の命が消えゆくのを感じていた。切り落とされた小指の痛みも、むりやり押し込められた息苦しさも、もはや感じない。
(あんた……アッレーノ……。せめてあの世で、もう一度会いたいねぇ……)
コンコン。
なにかが蓋を叩いている。アガタは細い息を吐きながら意識を音へ向けた。
コンコン。
叩いて、いや、つついている。かもめのくちばしが、諦めるなと言いたげに蓋をつついている。歌声が近づいてくる。
「♪いざやいかん、大奪還、おそれるな、おじけづくな、救いの手は差し伸べられる」
きれいな声が隣で弾けた。
「ジャーダさん、アッレーノさん! こちらです! 頭は下げたままで! 流れ弾に当たらないように!」
バリバリと蓋がこじ開けられる気配。光が差し込む。アガタはひきずりだされた。生足がまぶしい若い女と、赤毛の青年に肩を抱かれ、アガタは目を白黒させた。
「やっべ、重体じゃないっすかー! でも安心! なにせあたしは仕事ができる女!」
「ばーさん、しっかりしろ。戦女神は俺たちの味方だ!」
癒やしの光が降り注ぎ、痛みが消えていく。
「アガタさんですね。これをどうぞ」
ユーフォニーから皮袋の水筒を渡され、アガタは冷えた清水で喉を潤す。人心地ついたアガタは、イレギュラーズに囲まれて涙を浮かべる夫と愛娘、そして孫にも等しいカイに気づいた。
「神よ……」
家族は抱き合い、再会の喜びに涙を流す。ほとほとと落ちる熱い涙は、たしかに生き抜いたサバイバーのもの。見回せば、最後の残党がイレギュラーズからぼこぼこにされているところだった。チェチーリアの姿はない。
「ええーい無駄な抵抗しおって! 我にぶちのめされる覚悟できとんのかワレェーーーーーーー!」
「チェチーリアは消えた! お前さんたちを見捨てた! もうやめるんだ! これ以上はあがくほど不利になるぞ!」
ニャンタルとウェールが吠えている。実際、そのとおりだった。麻痺弾は鍛え抜かれたイレギュラーズの体へ、なんの痛痒ももたらさなかった。幾重にもかけられた怒りで束縛され、領民たちと連携を取ったイレギュラーズに、コーザノストラの木っ端ごときがかなうはずもなかったのだ。そのうえ。
ニャンタルとウェールのうしろから、無言で圧をかける縁。海洋において誰もが顔を知っている彼の、圧倒的な存在感。格が違う。比べることすら、おこがましいほど。
「……めんどうなのは、嫌いでね」
縁は愛用の青刀をだらんとおろした。それだけで充分だった。恐怖のあまり、構成員は銃を投げ捨て、命乞いを始めた。
●
勝利を祝した宴会は深夜に及んだ。奇跡的に領民に被害はなく、かすり傷程度だった。それも、癒やしに長けたイレギュラーズと熱心な医療班のおかげで朝日が来る前に治るだろう。
「皆さんほんとうに~無事でよかったですう~!」
ユーフォニーが鼻をすすりあげた。
「一時はどうなることかと! でも皆さんが私たちのお願いを聞いてくれて、ぐすっ、ほんとうに、よくぞご無事で……」
「ユーフォニー先輩、はい、ハンカチ」
「くすん。安心したらなんだか涙が出てきちゃって。ありがとうございます、ウルズさん」
仲睦まじいふたりを見ながら、サンディも微笑んでいる。
「通り雨ってところか? 過ぎ去ってしまえばたいしたことはない。街へも、領民へも被害はなかったしな。そうだろ、ウェールさん」
生物兵器は、こくりとうなずいた。酒のつまみを口へ放り込んで。
「誰もが大切な、命、そうだな。そのとおりだ。そして俺たちはそれを守ることができた。ひとつ、息子への思い出話が増えたな」
カツ丼をがっついていたニャンタルが、ふと顔をあげる。壮麗なバルコニーのうえに人影。ここからは暗くてよく見えないが、それが誰かなど、ニャンタルにはよくわかっていた。
バルコニーで風に吹かれているのは、真。隣にはカイを腕に抱くアリアの姿がある。
「さすがに疲れちゃったみたい。よく寝てるわ」
カイの背中をよしよしとさすり、アリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「……無事で良かった」
真の、正直な気持ちだった。真は手を伸ばし、カイのこどもらしいふくふくの、すべすべした感触を楽しむ。夜半、夫婦のあいだには、何にも代えがたい芳醇な空気があった。真はカイを撫でていた手を、今度はアリアの頬へおしあてる。
「みんなして無茶しちゃって、驚いたよ。アリアがおとなしくしてくれていて助かった」
「春告もエドアルドも軍を待機させていたのよ。でも必ず真たちが解決してくれると説得したの。無駄な犠牲をだしたくなかったし」
「影の功労者だね」
「内助の功ってやつよ」
薄く微笑むアリアの頬へかるくキスをして、真はささやいた。
「散歩へいってくるよ」
●
「よぉ、来たな、領主サマ」
縁が岩へ腰を下ろしていた。どことも知れぬ洞窟の奥。チェチーリアは鎖で壁へ繋がれている。バルガルと縁が共謀し気絶させてここへ運び込んだのだ。
「起きなさい」
バルガルがチェチーリアの頬を叩いた。チェチーリアが憎悪のこもった瞳でバルガル、縁、真と、じゅんぐりに睨みつける。
「手荒な真似をしてすまないね。チェチーリアさん」
真がチェチーリアへ近づく。
「コーザノストラの本部はどこにある? 素直ないい子へは、命と財産の保証をする。海洋の外へいきたいというのなら、船を手配する。どうだろう?」
チェチーリアは顔を上げ、真へ向かってつばを吐いた。
「これがあなたの返事か」
アリアが刺繍したハンカチで顔を拭き、真は微笑した。目が笑っていない。バルガルが鎖を鳴らし、縁が立ち上がる。
「さすがに堪忍袋の尾が切れたよ」
壁にある松明に、虫が飛び込んで燃え上がる。
「俺はね、許すと決めたら許すし、許さないと決めたら、許さないんだ」
鞭を手にする真は、独裁者の顔だった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでしたー!
いい感じのプレのおかげで、いい感じの終わり方になったので、後日譚を出したいなって思ってます。
そのときはぜひ遊びに来てくださいね。
MVPは連鎖行動の主軸となり、命の大切さを訴えたあなたへ。
またのご利用をお待ちしております。
GMコメント
御指名ありがとうございます! みどりです。
真さんの領地、ラ・ヴェリタ領が敵対マフィア「コーザノストラ」によって襲撃されました。きゃつらは、真の息子、カイくんと、そのねえやの両親、アッレーノとアガタを人質にして港町を攻め上っています。
皆さんは協力して頭を叩いてください。
なお、OPのジャーダは心から後悔しています。
やること
1)カイ・アッレーノ・アガタの救出
2)領民被害者0
●戦場
ラ・ヴェリタ領港街『テスタ・ディ・バリーナ』西部
市街地での混戦です。そこここでコーザノストラと領民が戦っています。
真さんの所属する「鯨の涙」の本拠地です。そのためか街の人々は血気盛んで、侵入してきたコーザノストラを追い出そうと勇敢にも戦っています。
まあ、その、ありがた迷惑という言葉通り、邪魔なんですけどね? 普通に範囲スキルを使うと、領民を巻き込んでしまうでしょう。
すごくおおざっぱな位置関係
コーザノストラ&領民
樽が並んでいる……
コーザノストラ&領民
↑↓
あなた
↑↓
幹部チェチーリア
●エネミー
コーザノストラ構成員×たくさん
麻痺を受ける銃弾で武装してます。たいして強くはありませんが、数がとにかく多いです。
『コーザノストラ幹部』チェチーリア
すこし強いエネミーです。
命中と反応、回避に優れており、石化を付与する単体神秘攻撃が得意です。
また、域識別HP回復を持ち、構成員を回復させることができます。
●救出対象 樽の中にいる どの樽かはわからない
カイ
真さんの息子さんです。4歳のディープシー。後述ふたりのために、いっしょうけんめい救助の念を発しています。いまのところ五体満足です。
アッレーノ
OPにでてきた、カイくんのねえや、ジャーダの父親。60がらみの老人です。小指を切り落とされています。自分はどうなってもいいから、妻だけは助けてほしいと弱弱しい念を発しています。
アガタ
おなじく母。年齢もアッレーノと同じくらい。小指を切り落とされており、コーザノストラから何度も折檻を受けて憔悴しています。放っておけば命が危ないでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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