シナリオ詳細
<黄昏崩壊>最強の男
オープニング
●最強個体
「実際の所――俺にはどうでも良い事なのだ」
禍々しき破壊の気配に満ちる『ヘスペリデス』。
美しき風光明媚の姿も残さぬ破滅的な惨状はこれより訪れる更なる悪夢を予告しているようですらある。
「弱肉強食が此の世の摂理ならば、破壊も絶望的結末も抗えぬならば皆同じ。
『少なくともこの混沌で最も強く猛々しく生まれ落ちた我等竜種が救ってやる等と言われて頷けるものかよ』」
先行きを急ぐイレギュラーズの『最精鋭』をそれ以上一歩も動けなくさせたのは、壮麗なる甲冑を身に着けた一人の男だった。
青い前髪から覗く左目元には端正な顔に不似合いな傷がある。
その傷と風雲急を告げるヘスペリデスの中でも圧倒的なまでに際立つ存在感が『彼』の正体を告げていた。
――蒼穹のメテオスラーク。
それはかつてイレギュラーズが相対した多数の竜の中でも特別な一体だ。
かのセフィロト攻防戦でも事実上の指揮官個体として存在した彼は竜の貴族――天帝種(バシレウス)。
それも比較的若年の多い『六竜』の多くとは異なる最も古い個体の一つであった。
「邪魔をするな、は無駄な言葉か」
「如何にも。俺がその要望を叶える意味はない」
『怪竜』らを引連れた『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスは覇竜領域に存在する亜竜集落『フリアノン』では事実上の後見人として親しまれてきた存在だ。彼は七罪を冠する魔種でありながら、個体としては善良な部類であったと言える。歴代の里長達の相談役であり、古くからピュニシオンの森周辺を含め人類の生存域を広げる活動を行なってきてくれていた。
勿論、今代の里長である『珱・琉珂』にとっても頼りになる存在であり、幼くして両親を喪った彼女の父代りでもあった。
ベルゼーは冠位魔種である事と、『おじさま』である事を両立してきた。曰く――『冠位魔種は混沌を滅ぼすために活動して居る』彼は、最後の最後、一番遅くまでフリアノンを永らえさせる事に全力を注いできたのだろう。
だが、『生贄』として選ばれた深緑は救われ、彼は魔種としての動きを取る事を余儀なくされたと言える。
ピュニシオンの森の先に退避したベルゼーの討伐をフリアノンが決めたのは苦渋の選択だったが、この黄昏のヘスペリデスにはメテオスラークならぬ竜種の多くも存在していた。そして彼等は外部からの闖入者を許してはいない。
「ベルゼーに情を持つ者も居る」
メテオスラークは薄笑いを浮かべて言った。
「貴様等、人間如きが竜域を侵すなと憤る者も居る」
親しみすら感じる口調で穏やかに、何処か楽し気に言った。
「――俺はそのどちらでも無い。『分かるか?』」
当を得ないその問いにイレギュラーズは「さあな」と苦笑した。
メテオスラークは気分を害した様子もなくただ笑う。
「俺はこの時間を愉しみたいだけなのだ。
先程も言っただろう? 竜域が滅ぶのならば力及ばぬこの身の所為。
ベルゼーに義理立てする趣味もない。人間を軽侮している心算もない。
この俺に傷をつけた貴様等の本気を引き出すのが、こんな危機だと言うのなら――この場こそまさに晩餐だと思わぬか?」
「今度にしろ」という言葉は先回りで潰された。
詰まる所、メテオスラークはイレギュラーズの本気を引き出す為に『この破滅的状況を利用している』。
恐らくは尋常ならざる時を生きた、長命種の退屈が故に。
一見友好的な口ぶりから告げられる言葉達は話し合いが最大に意味を為さない事実を告げていた。
「さあ、かかって来い。特異運命座標」
メテオスラークの全身から鬼気が立ち昇る。
『フェア』な戦いを好むからか絶大な竜種の形態を取らず、人型のまま――
「――それとも、こちらから行くか?」
――最強の竜が動き出す!
- <黄昏崩壊>最強の男Lv:85以上完了
- 最も強く、身勝手な竜が動き出す――
- GM名YAMIDEITEI
- 種別EX
- 難易度NIGHTMARE
- 冒険終了日時2023年06月30日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費250RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●ネガティブ・サプライズ I
「メテオスラーク……ッ!」
その名を紡いだ『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)の声色は強烈な緊張と痛恨をも帯びていた。
(よりによってこの――最悪のタイミングで出てくるなんて……ッ!)
禍々しき破壊の気配に満ちるヘスペリデスの風雲急はイレギュラーズが食い止めるべき破滅の気配を思わせた。
ムサシだけではない。多くのイレギュラーズが暗澹たる未来を回避する為にこの戦いに赴いたというのに。
「さあ、かかって来い。特異運命座標」
イレギュラーズの目前に立ちはだかるは青い甲冑の男。
その巨躯、その全身から怖気立つが如き鬼気が立ち昇る。
竜の貴種を冠した『六竜』の長を眺め。
己が誇る『最強』の誇りを微塵も隠さない彼を眺めて。
「これが六竜最強の……」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はムサシとはまた別の調子の声を漏らしていた。
「……何て言うか、サクラちゃんと似たような雰囲気を醸し出してるよね」
「どういう意味!?」
状況に対してまるで緊張感を感じないサクラの抗議にスティアは「そういう意味だよ」と切り返した。
「サクラちゃん、今めちゃくちゃ楽しい気分でしょ?」
「だ、だって……」
口の中でもごもごと言い訳めいたサクラは少しだけ罰が悪そうに言った。
「だってスティアちゃん! 幾ら人型になっても基本スペックは人間を遥かに超えてるだろうし……
そんな相手が何百年と研鑽した武技を振るってくれるんだよ! こんな機会はフツー一生に一度だって無い話だよ!」
「ほら、サクラちゃんだ! もう、そんなにはしゃがないの!」
「もちろん世界を救う使命は忘れてないけど、今を楽しんではいけない理由にはならないでしょ!?」
最恐の鉄火場において日頃の平然を何ら崩していないのは実はサクラだけではなくスティアも同じである。
『本人にその自覚は無いのかも知れないが、個人の楽しみを隠し切れないサクラだけではなくメテオスラークなる竜を目前に親友とのやり取りを何ら変えていないスティアもまた特別に異常であった』。
世界の命運以前に暴風の中に揺れる蝋燭のような己の運命に頓着していない。
……いや、より正しく言うのなら暴風さえも跳ね除ける蝋燭の炎があるのだと心から信じている様子でさえあった。
「俺を前に愉しみ、か。気が合うな、特異運命座標。
それとも竜種としては――侮られた事に怒りの一つでも見せてやるべきなのか?」
「侮るなんてとんでもない話ですわね」
少女二人の漫才に目を細めたメテオスラークに肩を竦めて見せたのは『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)だ。
「ごきげんよう、またお会いしましたわね。今日は随分とお洒落だけれど、デートの約束でもありまして?」
「目の前の女と、な」
「それはそれは。生憎と特別なお構いは出来ませんけれど」とヴァレーリヤ。
「戦力差は歴然、利用できる地形も都合のいい奇跡も無し。
光明があるとすれば、貴方が戦いを楽しみに来ている事くらいかしら。
元々、竜の姿であったなら――この人数では闘争にさえならないのでしょう?」
彼女の慧眼にメテオスラークは「まあな」と笑った。
竜種の貴族を冠する六竜の中でもこの男は最古最強の個体である。
かつてのセフィロト攻防戦、深緑での戦いで竜の姿を取った彼の実力は嫌という程知っていた。
ヴァレーリヤの言う所の都合のいい奇跡を駆使し、或いは現在相対するイレギュラーズに数倍する戦力を傾けて。
得られた結果は到底勝利に結び付くものとは言えなかったのである。
なればこそ――
「戦いには常に『フェア』が必要だろう?
喜べ、特異運命座標。貴様等の刃は確かに俺を脅かす。
どれ程に微少な可能性であろうと、な。それは確かにゼロとまでは言い切れまいよ」
「趣味の悪い好事家共に絡まれるのは慣れちゃいるが……限度ってもんがあるだろうよ」
『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)が吐き捨てるように言えば、再び笑い声が空気を揺らした。
「……まぁ、でもこの悪運にも意味はあるか。
お前に勝てばボクはそれだけの価値を有するという事になるんだろう?」
人型を取ったメテオスラークはサクラの言った通り古今東西の武術を使いこなす凄絶なまでの達人であると言う。
竜種のスペックに最高の技練を有する彼は人型の敵としては最悪に分類される存在になろう。
さりとて、誇りにかけて嘘等吐かぬ孤高の竜の言う通り。
人型ならば届く刃も存在しよう。イレギュラーズが過去の戦いで無敵にも思えた七罪を撃破せしめたのと同じように。
「それにしても、完全な弱肉強食とは。
他の竜種とは一味違う主張が出てきたもんだな……」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が呆れたように言えば、
「うん……ここでなんとかしなきゃ他の戦線がめちゃくちゃに……
……やらなきゃ……相手が最強の竜でも何でも……やるしかない!」
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)が気を入れてコクコクと頷いて見せた。
彼女の言う通り『ここ』に『この形』で災厄が現れたのは好機であるかも知れなかった。
少なくとも八人のイレギュラーズは精鋭揃いだ。その上、サクラ等は言うに及ばずそれ以外の面々の士気も極めて高い。
彼を食い止める事がイレギュラーズ全体の戦線を大きく助く事になると言うのならば、『元より可能性の無い戦いに可能性を押し付けてくる敵は最悪ながらに親切とも言えなくもない』。
「可能ナ限リ 戦線支エル。戦イ確実ニ厳シクナルガ……」
「ええ。厳しい戦いになりそうだけれど、全力を尽くす事を約束しましょう」
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の言葉にヴァレーリヤが頷いた。
フリークライはパーティ全体の継戦を支える要であり、ヴァレーリヤは『聖職者らしく』メテオスラークの頬を張る前衛だ。
(敵賢イ。ソレニコノ上ナク強靭。
思イ通リニナラナイダロウ。回復ダケデナク コチラニ意識向ケサセネバ。
特ニ後衛ノ被弾ヲ防ギタイ。スコシデモ勝機 残ス為二……!)
フリークライだけに限らず、イレギュラーズはこの戦いに瞬時に或る種の『計算』を立てていた。
『まるで相談でもしたかのように』示し合わせたアイコンタクトはこのどうしようもなく絶望的な対戦に一筋の光明を灯していた。
「だが何であれ、抗わずに滅びを呑むなんて俺は御免だな。
そんなに諦めがよくはなれない。物分かりの悪さは筋金入りでね。
だから――ここでも全力で食らいつかせて貰おうか」
イズマの言葉にメテオスラークは満足そうに頷いた。
一秒毎に押し潰さんばかりの絶望を撒き散らしている癖に何と身勝手な事であろうか。
彼はそんな風でありながら、自身に対して完全な対決姿勢を取る『人間』の姿にまさに歓喜しているのだ。
「そろそろ、始めるか。
貴様等が仕掛けるか?
――それとも、こちらから行くか?」
「選ばせてくれるなんてサービスがいいな」
イズマは嘯き、
「随分と余裕じゃないか」
「ぶん殴って目を覚まさせてさしあげましてよ!」
セレマが、ヴァレーリヤが口角を持ち上げる。
「ぼくは『傲慢』のせいで苦しむ人たちを助けて――大好きな友だち(ステラ)の所へ帰りたい!
だから! その道を塞ぐお邪魔虫は……思い切りふっとばしてやる!!!」
「我ラ 何カヲ減ラシテ何カヲ増ヤスノデハナク 力合ワセル。
ソレガ縁。ソレガ力。主 信ジタチカラ。負ケサセハシナイ。
フリッケライ アクティベート!」
リュコスは気を吐き、フリークライは真っ直ぐに誓いを言い切った。
「……うん、いいな。やっぱりそうこなくては」
気付けばムサシの身体は強張る事を辞めていた。
(……大丈夫。ためらいには……勇気を、だ……!)
代わりに充実した気力が漲り、構えた彼からは敵にも負けぬ闘気の気配が迸る。
パーティが企図するのはせめてもの善戦と、この男を少しでも釘付けにする事だ。
現実的に考えてもそれが最良に決まっている。それが限度に決まっている。
「メテオスラークは満足のいく戦いができるならこの場に足止めできそうだけど……倒しちゃっても良いんだよね?」
だが、スティアの言う通り。居並ぶ勇者にそれで満足しそうな――物分かりのいい人間は恐らく、居なかった。
「全力でいくよ! サクラちゃん!」
「オッケー。任せて! そういう訳で――人間の剣士、サクラ・ロウライト。推して参るよ!」
●ネガティブ・サプライズ II
「知ってたが……無茶苦茶だな」
イズマの苦笑いは珍しい色合いを帯びていた。
「敵としてスキャンしようにも、レベルが違い過ぎて『分からない』。
いや、或いはこれは――その特性によるものか?」
蒼穹の覇竜・メテオスラーク。
天帝種(バシレウス)と称される竜の貴種の中でも最も戦闘に特化した古竜である彼は過去の戦いで実に器用な能力を見せていた。
竜種としての彼の『底』は知れないが、総ゆる能力を対戦相手に合わせて組み替えるその技はイレギュラーズに衝撃を与えたものだった。
対策しようのある技ではないが、捨て置けるものでもない。
故に回復手でありながら最前線に敢然と立つスティアは言った。
「こう見えて頑丈さには自信があるんだよね」
挑発めいた彼女の華奢にも見える肢体は確かにイレギュラーズの中でも類稀な程に頑健さを誇っている。
「だから、私を倒したいなら――手数で押し切れば『効率的』だと思うよ」
「何故、それを俺に言う?」
「別に」
嘯いたスティアは当然ながら無考えにそんな事をした訳ではない。
(竜種とあろうものが、弱点をついてくるなら敗北を認めたのと同じだろうしね――)
敢えて自身の弱点を晒すような事を言ったスティアの狙いは竜のプライドを勘案してのものだった。
だが、メテオスラークの反応は彼女が想像した通りで、或る意味想像しなかったものである。
「成る程、手数で押されたくないのは分かったがな。
安心しろ、幻想種の娘。貴様がそう望むのなら俺は一撃の威力で貴様をねじ伏せてやるのだからな!」
「――――」
クリストによるバフを受けた戦いや、多数を相手にした戦いとはあくまで違うという事か。
メテオスラークは言われるまでもなく最も非効率的な――イレギュラーズの得意分野で戦う事を良しと考えているようだった。
真正面からやり合うとはまさにこの事で。
スティアに応え、右手で巨大な鉄槌を宙空より掴み取った彼の一撃が受け止めたスティアの身体を押し込み地面を割った。
「『お願い』!」
(今日はずっと解放してる事になるけど……頑張ってね禍斬――!)
言われるまでもなく既に飛び込んでいたサクラが聖刀を抜き放っていた。
正面で注意を引いたスティアをブラインドにするように死角から飛び込んだ赤い影にメテオスラークが鋭い呼気を漏らす。
受け止めたスティアに構わず放り出された槌が宙に消え、左手が掴んだ虚空が禍々しい妖刀の煌めきでサクラを射抜いた。
「お願いする心算が――省けちゃったね!」
かの死牡丹梅泉が「踏み込み過ぎ」と顰め面をするサクラの猛然さはメテオスラークにとっては心地良いものだったのだろう。
「それなりの使い手を相手取るに噛み合わぬ得物なぞ、論外だろう?」
刃と刃を嚙み合わせた鍔迫り合いにサクラの美貌が凄絶な歪みを見せる。
「なりに似合わぬその獣性。良いぞ、もっと喰らい付け!」
「言われなくても!」
爆発した膂力に跳ね飛ばされるも、サクラは『既に後ろに跳んでいる』。
叩きのめされる筈だった彼女はしなやかさを失わぬまま、即座に次の攻め手の為に動き出していた。
無論、この勢いで畳みかけんとする攻め手は終わらない。
元より実力差は明確。数に勝るパーティはその唯一とも言える勝機を逃す程温くはない。
「精々、その手品の種でも割って貰おうか」
セレマの高位術式による世界干渉は四象の力を顕現させ、受けに回ったメテオスラークを圧力の内へと包み込む。
(……能力値の変動は強力な武器であると同時に弱点にも成り得る。
どんなスピードで『対策』してくるか知れたもんじゃないが、それを測るのも戦いか。
どっちみち……『評価値』をこっちの狙い通りに傾斜出来れば)
――多少なりとも道が見える事は間違いない!
(竜じゃなくて人の姿を取ってるなら……
色んな技を持っていても人の体の限界を超えた動きはできない――まだ予想できるはず!)
味方を守る事さえ視野に入れ、変幻自在の役割を敢えて買って出たリュコスがここは攻め手に肉薄する。
「竜ガ 教エヲ請ウ 思ワナイ。
戦ッテ学ンダノデハ? 君ニ挑ンダ人間達トノ戦イノ記憶ノ結晶。
君ニ破レタ人々ノ墓標 生キタ証。
数多ノ武器モ戦利品=人間ノ物ナラ既知ノ武器ヤ予測可能ニハ対処可能……!」
セレマやリュコス、フリークライの考えは希望的観測に過ぎなかったが、この竜を相手取るなら希望はどれ程持っても足りるものではなかろう。
事実、スタートから極限まで集中力を高めたパーティは真深い絶望、絶対を前に一歩も場所を譲っていない!
戦いは続く。
「さあ、頼むぞ――」
号令の如く凛と声を響かせたセレマに乗り、
「悪いが止めさせて貰う! お前にとっては退屈な目眩ましかも知れないけどな――」
「同じく! この早撃ちで影を縫う!」
イズマ、ムサシがメテオスラークの動きを奪いにかかる。
最も根源的で効果的な最強への対処は彼を自由に動かせない事である。
連打された封殺は辛うじて彼の動きを食い止めていた。
速度と高精度攻撃と手数の組み合わせは貴重な十秒を作り出し、再びパーティに攻勢の時間を与えていた。
「――どっせえーーいッ!!!」
渾身のヴァレーリヤが上段より炎を帯びた凱歌を振り下ろす。
メテオスラークの鉄槌にも負けじと唸った一撃は、
「もう一発、喰らって行きなさい!」
勢いのままに捻じ曲げられた軌道変化で更なる威力を紡ぎ出していた。
甲冑が硬質の音を立て、衝撃が空間を揺らしていた。
常人ならばひしゃげて潰れる猛牛が如き重さにもメテオスラークは一歩も退かぬ。
「『もっと来い』」
「――言われなくても!」
リュコスの閃かせた竜滅ならぬ神滅が至近の間合いを引き裂く。
水を得た魚のように爛々と目を輝かせたサクラの閃華が幾度も瞬き、放たれた氷華が麗しくも残酷な軌跡を彩った。
だが、しかし。
「堪えない……ッ! 堪えていないッ!」
ムサシの言葉は余りにも無慈悲な状況を示していた。
「いや? 悲観するな、特異運命座標。貴様等の攻撃は俺に十分効いている。
但し――これで倒し切るには恐らく『竜の時間』が必要になるだろうがな!」
轟、と大気さえ揺らしたメテオスラークの笑い声は軽侮ではない。
恐らくは勇者達を前にした賞賛で、唯の事実に過ぎなかった。
「モウ一度……!」
フリークライの言葉を受け、再びパーティは仕掛けかかるが、
「とは言え、動きを止められるのは愉快では無いな。それは俺の望む闘争ではない」
彼は先程、変幻を交えた技巧戦に打って出たイレギュラーズを一蹴するようにその速度を引き上げる。
封殺に対しての最適解は決して先手を取らせぬ事。
かつて竜の形態を取ったこの男はイレギュラーズ最速を防ぐ程に反応速度を引き上げた。
なればこそ、この戦いにおいて絶対を維持する事は決して難しい事ではない。
「ステータスノ配分ガ変ワッタナラ……」
「……いや、そんなに優しい話じゃないな」
フリークライの言葉を苦笑いのセレマが遮った。
「『絶対値が違い過ぎる』」
余程の特化をさせない限り、メテオスラークに穴を作り出すのは難しい。
少なくとも彼がマークするのが連鎖攻撃を引っ張るセレマであったとしても、最速(バイク)との差は甚大だ。
『あの時ですらメテオスラークは鉄壁にして堅牢だったのだ。人型なりと言っても限度は分かり切っている』。
「本当に厄介な敵だね……サクラちゃん?」
スティアは傍らの親友の顔を見て嘆息した。
「笑ってるし、全然そんな事思ってないし――」
●ネガティブ・サプライズ III
「これで……どうだっ!!!」
間合いに裂帛の気合が迸る。
低い姿勢より地を滑り、跳躍と共に放たれたのはムサシの『意志』。
「焔閃抜刀・焔ッ!!!」
全身全霊の力を込めて放たれた焔の光剣はメテオスラークの受けよりも僅かに早く強かな威力をその巨体へと叩きつけていた。
(死ねない)
生きなければならない。
(負けられない)
覇竜を、あのベルゼーさえも救わんと尽力するあの『一番星』を守る為にも。
(まだプロポーズも何も出来てない状態で! 死ねないんだッ!)
そんなエゴは彼に何よりの力を与え得る――
戦いは文字通り凄絶なものになっていた。
攻める程に遠く感じるメテオスラークはまさに城塞そのものだった。
難攻不落の要塞を歩兵のみで落とさんとするかのような、そんな戦いは常に異常なまでの緊迫感に満ちている。
「本当に生きた心地がしないよ……全く最高だね!」
これまでに見た中でも格別な――美しき斬撃がサクラの髪を一筋斬り散らした。
考えて避けた訳ではない。彼女を助けたのは根拠のない動きに他ならず。
そんな不確定な、再現性のない『直感』が彼女の首を助けたに過ぎない。
いや、好意的に言うならば『理不尽極まる見えない斬撃に慣れていたのが奏功した』。
(……センセーに鍛えられてて良かったかも)
サクラの脳裏に過ぎった男の顔は頷いて、
(でも、認めたくないけど、この竜は『今の』センセーよりも強いんだろうね――)
それからそれはそれは酷い渋面をした。
’(『元』のセンセーより強いとは思っていないよ!)
『やきもち』を妬く彼はこれには何と言うだろう。
きっと『こう』だ。
――当然じゃ。生きておるなら神仏であろうと殺してみせる。わしがトカゲの親玉に不足なものかよ?
「うんうん、センセーはそうでないと!」
「……?」
「こっちの話!」
メテオスラークは首を傾げたが、頬を紅潮させ、上機嫌の彼女はいよいよリズムを上げていく。
「立テ直ス。コノ身ニ変エテモ――」
猛烈な戦いの中で、身体は既に襤褸である。
「――簡単ニハココヲ譲レナイ」
さりとて、気を吐くフリークライの『魂』をへし折るにはこの暴風さえまだ役者不足だったという事なのだろう。
力を振り絞ったフリークライの援護が幾度と無い危機を迎えたスティアを激励する。
時に我が身を盾にして、時に仲間を癒すその姿はまさに献身を思わせた。
「まだまだ……こんなんじゃ、壊れないって言ったでしょ……?」
愛らしい銀色の美貌が土に、埃に、張り付いた汗に、乾く暇もない血と生傷に汚れている。
堂々と胸を張り、メテオスラークの一撃を怯まず止めてきたスティアは傷みながらも、疲労困憊ながらもまだ立ち続けていた。
「もう終わり? 一番、自信のある攻撃……出さなくていいの? それとも」
――もう、出しちゃったの?
この期に及んでも不敵な挑発は衰えていない。
(メテオスラークは強い。もしかしたら、ここで死ぬかもしれない、怖い……)
ぎゅっと唇を噛んだリュコスはそれでも目前の恐怖から目を逸らしてはいなかった。
(……でも……死ねない!)
悲しみの連鎖を断つ事。
遂行者を止める事。
冠位『傲慢』を倒す事――
それはリュコスが自身に架した絶対に違いなかった。
「君との遭遇はきっと不幸な出来事だ。でも、君は通過点だ!」
敢えて『傲慢』に言ったリュコスを「囀るな!」と一喝したメテオスラークの咆哮が叩きのめす。
実際の所、メテオスラークが『殺戮の為の戦い』を選考していたならとうの昔にパーティは全滅していたに違いない。
勝利に最短距離があるとして、パーティは常にその最善手を求めていた筈だ。
一方の竜はあくまで非効率的な戦いに終始していたと言える。
それは即ち、『最も堅牢なスティアを正面から突破しようとする事』であり。
『後衛やアタッカーを直接狙わない戦い方』であり。
『殆どの攻撃を避けずに受け止める姿』であった。
動きを封じられる事だけは嫌った彼だが、それ以外のパーティの攻め手管は少なからず奏功していたと言える。
ただ、驚異的な粘りを見せるパーティであっても、守りに長じた彼等の攻め手は些か鋭さを欠いていた。
相手がこんな化け物でなかったのなら、或いは倒せていた目もあったかも知れないが『メテオスラークには足りなかった』。
「どうした、特異運命座標。そろそろ疲れたか?
この俺が食い足りるより先に――饗宴は終わりという訳か?」
挑発半分、確認を半分に言ったメテオスラークにヴァレーリヤが皮肉に笑う。
「ずっと……考えておりましたの」
「ほう? 何をだ」
「貴方の事を好きになれない理由。
やっと分かりましたのね。その物言い、私の大嫌いな人達にそっくり」
何時に無く表情を引き締めたヴァレーリヤの言葉に熱が篭る。
「弱ければ、生きる価値がない?
弱ければ、何も出来ない?
それって、嫌って程聞かされた祖国の一番嫌いな所でしたわ」
余力は薄いが、言う程に感情が燃える。全身に力が漲っている。
「それは違いますわ。違うんですのよ?
誰も弱いからこそ知恵を絞り、役割を持とうとする。
力を合わせて――『誰か』と乗り越えることができるんですのよ?」
そのメイスでメテオスラークを指し示し、ヴァレーリヤは誰より強く言い放った。
「力尽きた……とでも言いたそうね。でも、残念だけれど、私、諦めだけは悪いんですの。
私達は、今日ここで貴方を倒して未来を切り開く! 貴方は、いい加減に――その道を空けなさい!」
「いいな、『それ』は」
ヴァレーリヤの啖呵にイズマも『乗った』。
「正直に言えば、人の身だ。
俺はそこまでに強く在る――強く在れる貴方が羨ましい。
特異運命座標なら尚更に。後腐れなく戦うのは確かに……楽しい。分かるよ、実際」
イズマの言葉もまた心からのものだった。
無数の炎片をひらめかせ、時に殲光を以って竜を撃った彼はこの余りにも後腐れのない戦いを少なからず楽しんでいた。
だが、それだけではない。『それだけであってはならない』。
「俺の――俺達の戦いは単に竜種を救う、だけじゃない。亜竜種や外の人間も全部が相手だ。
それは何時だって皆のためで自分のためで……悪いが竜種(ほんにん)が拒否したくらいじゃ退けないな。
だから、挑戦させてもらおう。俺はこの手を届かせる!」
パーティは依然として猛然と敢然と立ち向かい、幾度となく弾き返され、そしてやがて一つの転機へと行きついた。
「――付き合えよ、メテオスラーク」
セレマの言葉――『挑戦』はパーティの最後の賭けである。
「この俺が、貴様に?」
「ああ」と頷いたセレマが口元を歪めた。
「ボクはこの通り、殺意なき一撃では死なない身の上だ。
それがそのご自慢の攻撃力でもな――ボクを殺すには『コツ』が要る」
口八丁に手八丁、一筋汗を零した美少年の口調は内心とは別に実に淡々と涼やかだった。
大物を釣り上げねばならない。その身、その言葉――全てを以って!
「咲花百合子って知ってるか?」
「……」
「お前を無限の拳戟で打ち据えた女だよ」
セレマの口から零れた『お気に入り』の話にメテオスラークの眉が僅かに動いた。
「ボクはあの女とはちょっと特別な関係でね。
だから、普段からサンドバックみたいにぶん殴られてる。
ボクはあいつに十秒で四十一度程殺されたことがあるが、果たしてお前はどうだ?
『最強の竜種はもう一度あいつに負けてみるか?』」
セレマの誘いは実に、実に、実に胡乱である。
見え透いた挑発、能力を自在に組み替えるメテオスラークに『無意味な挑戦』をしろと強請る浅はかで愚かである。
本来ならばこんなものは何の意味もない。何の効果も及ぼさない。
ましてや戦いの結末に僅かばかりも影響を与えよう筈もない――
「――面白い。その余興にも付き合ってやろう!」
――相手がこの、どうしようもない位に退屈な最強竜で無かったのならば!
メテオスラークの気配が膨張し、文字通り馬鹿げた程の手数の波が無防備なセレマに襲い掛かる。
一秒毎に無数の肉片に細切れにされたセレマはされど『契約』にて絶命せぬ。
殺す方法を理解し、終わらせる方法を持ちながらも竜はこの遊びに全力だった。
そして。
「一度でいいからあいつを殴り返してやりたいと思ってたが。
それもお前が代わってくれると?
――そりゃあ、どうも!」
『これまでで一番防御を薄くしたメテオスラークに嘯いたセレマを含めた面々が最後の猛攻を加えるのも必然だった』。
「サクラ、参る!」
「絶対に――負けない!」
サクラは斬り、リュコスは穿ち、
「もう一撃、あと一撃、受けていけ!」
「もう一度! どっせーーい、ですわ!!!」
イズマは撃ち抜き、ヴァレーリヤは大いにぶん殴る!
「ついでにこれも!」
「望み通り見せてやる……! 誰かのための力がどれだけ強いかを!
これで――これで、終われッ!」
スティアも術式を紡ぎ、振り絞るように一撃を繰り出したムサシは声も枯れよと気炎を上げた。
おおおおおおおお……!
これまでで一番強く竜が咆哮する。
我が身の痛みに、くだらなく最高の余興に愉悦して。
或る意味でイレギュラーズ以上に付き合いの良い彼はその全てをやり切った。
「四十、何度だ。俺は勝ったか?」
「……あいつには記録更新しろって言っとくよ」
流石に『生きた心地』もないセレマが嘯く。
肩で息をするパーティの前に、幾分か傷付いたメテオスラークはそれでも健在のままだった。
彼は文字通り全ての不利を飲み干して、パーティの策略全てに付き合った上で君臨したままであった。
「今度こそ、終わりだな?」
念を押すメテオスラークが口惜しい。
パーティの目的は彼をこれ以上暴れさせない事。ならば取り得る手段は、もう。
「外砲デ来イ」
フリークライの言葉はまさに最後の手段である。
(アレヲ撃タセタナラ コチラノ勝チダ……)
その先に待つ未来を分からないフリークライではない。
それが余りにも強烈な未来を招き得る事を知っている。
しかし、どの道ここで敗れて『死ぬ』のなら。殺されるなら。
「それで私を倒せるか試してみない?
それぐらいなら耐えれるような気がするんだけど……?」
スティアもまた不敵に笑う。
道連れに竜の余力を奪えば、この戦いは『生きる』のだ。
(奥の手のGod blessなら。どんな強力な一撃だって一度なら防げる。
だからこれは『私が』やるべき事なんだ……!)
あくまで自分が受ける賭けなら十割の負けではないとスティアは弾む鼓動に言い聞かせる。
「囀るな、と言った筈だが?」
二人の言葉にメテオスラークが初めてと言っていい、憤怒の色を見せていた。
「貴様等にその価値があるとでも?
千の勇者を屠ったこの俺の外砲を受ける意味があるとでも?」
息を呑む程の殺気は誇り高い竜の強烈なまでの自負を感じさせていた。
決して敵を軽侮する事の無い彼は、さりとて己の最強最大の技を受けると宣う愚者に言い知れぬ苛立ちを隠さなかった――
――ように見えたのだが。
「――価値はあろうよ。意味もあろう。
貴様等は外砲を受けるに相応しかろうよ。
だが、馬鹿げた話だ。何故俺が価値ある、意味ある貴様等を『今』撃たねばならん」
己が言葉を不意に翻したメテオスラークは満身創痍のパーティを前に踵を返す。
「囀るな。そして、己の存在と意味を侮るな。
次は撃たせろよ、特異運命座標共」
闘争のみを愉しみとする長命種は退屈を何より嫌う。
もし、戦いがその意志が。『ある程度』でも彼の眼鏡に叶ったというのなら。
失った暴風の次に選ばれた勇者達が『次への取り置き』になるのはきっと必然だったのだろう――
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
メテオスラークは「こういう事企んでるんで乗って貰っていいですか?」と聞くと全て「おっけー」と返してくれる人(?)でした。
その上で(このシチュエーションにおいては)自分が最も不利で非効率な戦いを愉しむという事をしています。
勿論、竜の姿でもっと多数を相手にするなら話は別でしょうが。
人型で僅か八人を相手取る、その数で自身に挑む『勇者』が相手なら。
戦いは理不尽かつ物好きを極めた特異なものになるのは必然だったのでしょう。
だって、そういう人(?)ですし。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
人型と戦わせろというご意見があったのでどうぞ。
以下、シナリオ詳細。
●任務達成条件
・メテオスラークの撃破
●『蒼穹なる』メテオスラーク
神代種(ガラクシアス)を除く現存する竜種で最も旧い個体です。
天帝種(バシレウス)の他家が幾度も代替わりする間にも代替わりしていない古竜で竜種最強とも称される武力を有しています。(ジャヴァウォックと一、二を争いますが、こちらは人型を取ったり貴族的に器用です)
人間形態では竜種並のフィジカルを発揮する事はありませんが、過去の戦いから人間贔屓のメテオスラークは暇にあかせて古今東西の総ゆる武芸に通じる恐ろしい程の達人でもあります。竜種の多くは人間の武術や技に興味を示しませんが、彼は絶大な竜の力を持ちながら人間の器用さを身に着けている存在という事でもあります。
武器はハルバードや剣、珍しい所では刀等。何でもかんでも次々と使ってきます。
また人型形態でも竜種魔術とも言うべき究極の力を自由自在に操ります。
能力傾向は防御に優れていますが、攻撃力が低いという訳ではありません。
また敵に対応して自身のステータスを組み替えるという能力を持っているようです。
基本的にチートの塊ですが、フィジカル的にフェアな競い合いを好む為、人型を取っています。
竜型のメテオスラークにこの人数で立ち向かうのは無意味ですが、人型ならばまだ一矢報いる余地はあります。
マシなだけとも言いますが……
●実際に求められること
メテオスラークは色々な滅びを回避したいイレギュラーズの介入を好んでいません。
彼は究極の自己責任論たる弱肉強食で、他者の介入なくばまずいなら人も竜も滅びろ、という思想を持っているからです。
しかしながら『お節介』な人間(皆さん)は他人の為に頑張る時、すごい力を発揮するというのを経験で知っています。
「それなら、ここでちょっかい出せば俺が一番楽しい戦いが出来るんじゃね?」てな具合で顔を出した訳です。
皆さんが彼を満足させる位に食い止められれば彼は他戦線を荒らしまくる事をしないでしょう。
逆を言えば皆さんが食い止められなければ彼は次の相手を探すので全体が酷い事になるかも知れません。
これはそういうシナリオです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
以上、頑張って下さいませ!
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