シナリオ詳細
<黄昏崩壊>淀み濁るは哀しき調べ
オープニング
●
冠位魔種は混沌を滅ぼすために活動して居る。しかしその意思に反するように覇竜領域は長らくの平和を保っていた。
だが――それは仮初めだ。
冠位魔種・ベルゼーの権能の暴走が、ついに始まった。
ピュニシオンの森の先に存在する美しき地、『ヘスペリデス』。
ベルゼーが作り上げしその美しき地は今や――見る影もない。
ごうごうと雲は畝り、空は黒く澱み、幾つもの雷が地を穿つ。
鮮やかな花園の花弁はその度に散り、ただ儚げに宙を舞った。
見様見真似で石を積み上げて作られた建築物は崩壊し、『何かに引付けられるように』宙を舞う、危なげな状態――そこへ、イレギュラーズたちは足を踏み入れた。
「……なに、これ……」
美しかったヘスペリデスを知っているオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は息を飲んだ。
あの風光明媚な景色は一体何処へ行ったのだろう。
あの美しかった花園は、あの美しかった泉は――……。
「っ」
ぐっと眉と唇とに力が入った。どうしようもなくやるせなく、今すぐにでも確認したかった。ひとりで行動するのは危険だと解っていても、がむしゃらに駆けて。
「……待て」
ごう、と風が吹き付けた。風だけではない、嵐の中にいるように全身が一瞬で水浸しになった。
「其れ以上はならぬ」
「メファイル・ハマイイム!」
美しい女が眼前に立っていた。
「此れ以上はならぬ」
少し言葉を変え、女はまた告げた。
伝えてきたはずだ。竜種に会おうとするな、と。この地には来ないように、と。
「……オデット」
初めて、メファイル・ハマイイムがオデットの名を口にした。
「其はなにゆえ吾の言葉を守らぬ」
「……メファイル・ハマイイム……」
名を呼ばれて嬉しいはずなのに、オデットは切なくなる。
眼前の竜が――言いつけを守らない子を前にした母のように悲しげだったから。
「帰れ。帰らぬならば吾は――」
次の瞬間。
巨大な水竜が翼を広げていた。
●
多くの竜種は巻き込まれたくないと思い、既に避難している。
ベルゼーは竜種を巻き込むことを望んではおらず、竜が犠牲になると悲しむからだ。
けれどあの男は竜種だけでなく人に対してもそうなのだ。
全てを喰らい尽くして暴走が収まった時、あの男はきっと奪った命の多さに悲しむだろう。
ある者は『ベルゼーに大切な者を傷付けさせたくはない』と願った。
ある者は『竜の地を人が踏み込むことを許せない』と詰った。
また、ある者は『イレギュラーズを食い止め、ベルゼーの権能の矛先を練達や海洋に向け、彼を延命させたい』と告げた。
そんな竜たちの中でメファイル・ハマイイムは――
(今ならまだ、間に合う。――人の子を追い返さねば)
翼を広げたメファイル・ハマイイムは、怯んで撤退してくれることを望んだ。
しかしイレギュラーズたちはベルゼーの元へと向かおうとするだろう。
(意識を刈り取る外あるまい)
命を奪わぬよう気をつけ、抵抗出来なくなったら吹き飛ばすなりするしかない。
メファイル・ハマイイムの周囲に水が浮かんだ。地面ではオデットが何か叫んでいる。
人は前へと進むために竜と対峙することを選択した。
竜は前へ進ませないために人の相手をすることを選択した。
――その時だった。
突如、『何か』が生まれた。
それは、『黒い影のような竜』であった。
されど竜ではない。竜もどき――『レムレース・ドラゴン』。
「……斯様なものまで」
現れた影如き存在がふたつ。メファイル・ハマイイムの意識がそちらへ直ぐ様向けられる。
あれは何かと驚きの声を上げるイレギュラーズたちへ「吾も知らぬ」と告げると同時に、黒い影が紫のブレスを吐いた。
花が、枯れていく。
空気が、淀む。
メファイル・ハマイイムをも攻撃する姿勢を確認した瞬間、一体が水に包まれた。
「子等とて此れくらいは倒せよう」
一体は己が片をつけるから、一体くらいは倒してみせろと猛き竜が涼し気に視線を向けたのだった。
- <黄昏崩壊>淀み濁るは哀しき調べ完了
- GM名壱花
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年06月29日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
美しき水竜が動いた。
対するは黒き竜『もどき』。
「メファ――」
水竜の名を呼ぼうとして、『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はきゅうと唇を噛んだ。メファイル・ハマイイムが口を開きかけて閉ざしたのを見たからだ。自身の攻撃にイレギュラーズたちが巻き込まれないように、派手な攻撃を選択しなかったのだと察せれた。
「皆、散って!」
今なすすべきことは第一に、彼女の動きの阻害とならないようにすることだ。
そして己自身を守るために、人からしたら大きな竜たちの攻防に巻き込まれないようにすることだ。――潰されでもしたら、ひとたまりもないだろう。
「まあ! 大きくて強そう……ですが、メファイル・ハマイイム様とは違ったご様子、でしょうか?」
白無垢を吹き荒れる風に曝しながらも揺らぎもせずに駆けてメファイル・ハマイイムから距離をおかんとする『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)の声は、明るい。重たい着物で揺らぐこと無く駆けられ、その上鋭い眼光も飛ばせるものだから、見た目の儚さとのアンバランスさに『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)は思わず口角を上げた。
「アイツよりもでけえか。倒し甲斐があるじゃねえか!」
「メファイル・ハマイイムさんでも――竜種でも知らない存在が出てくるなんて!」
「……嫌な気配だわ」
驚きの声を上げながら駆ける『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)を、漆黒の牝馬『【鋼鉄の女帝】ラムレイ』へと跨った『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が追い抜いていく。割れた大地に浮遊する岩や雨のように降る雷で反応は鈍るが、機動力が上がる。
現時点において、レムレース・ドラゴンが何であるか、誰も知らなかった。突然現れた黒い竜、それがイレギュラーズたちの共通認識だ。けれど其れは、清らかさが暴走したようにも思えた。
(淀んだ水はいずれ腐り、すべてを飲み込む深淵になる。故に、澱みを穿つ。そのために私達は――)
「神がそれを望まれる」
イーリンは真っ直ぐにメファイル・ハマイイムが相手取っていないレムレース・ドラゴンへと駆けていく。
「さあ、誉れにもならない相手よ。仕留めましょう!」
「――いつもよりハードだが、いつも通りの仕事だ。為すべきを為すとしよう」
ああと同意を示した『蒼空の眼』ルクト・ナード(p3p007354)が機翼を広げて飛び立った。天候は、最悪。されどもあの巨体(デカブツ)に、敵は足元ばかりには居ないのだぞという牽制になろう。それに距離と高度を保っていれば、ルクトを狙って吐かれたブレスでなければ、ルクトにブレスは当たらない。最悪の状況だけは防ぐことが叶う。リスクは大きいが、良い判断である。
(……なんでこんなことになってるんだろうね)
駆ける最中、『堕ちた死神』天之空・ミーナ(p3p005003)はメファイル・ハマイイムを振り返る姿を視界の端に捉えた。
竜は冠位魔種を想っていた。
冠位魔種は竜も人も想っていた。
人は――世界を想っていた。
全ては誰かを想う、愛ゆえに。
(それでも私はこう伝えたい。「その愛が、誰かを救うんだ」って)
そう、言える時が来れば良い。
ひとまずは対峙せずにホッと息をつき、先に駆けていったイーリンの背中を追った。
「竜ではない……のか?」
「そう……みたい?」
メファイル・ハマイイムから離れ、もう一体のレムレース・ドラゴンを引き付けるように移動すればその不自然さが目についた。強敵相手の長期戦を見越して能率を上げた『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が目を眇めると、崩壊は止められないが戦いで花が枯らされないようにと結界を広げた祝音が首を傾げた。
「影……みたいだな」
「ふむ。竜種ではなく竜モドキであるか」
黒い竜の体の輪郭が、ゆらりと揺らいでいた。距離を維持し、また出来るだけ仲間を視界に入れられる立ち位置を気にして足を止めた『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)を、「美しき竜種達の里がこの様になるとはベルゼー殿の暴食の権能は凄まじいであるな」と感慨深げに周囲に視線を走らせた『ノットプリズン』炎 練倒(p3p010353)が追い抜いていく。練倒は仲間たちの壁となるべく、出来るだけ近付いて目立つ必要があった。
「いいな、デカブツ! ちょうど殴れる相手を探していたところだ!」
大きいということは単純に相手の力も体力も大きいということだが、的としても大きいということだ。好戦的に口の端を上げた牡丹は「あら、いいですねぇ」と鋭い歯を見せて笑った澄恋についていく。
目立って攻撃を受けようとする練倒と、仲間へ矛先が向いた時の壁となるつもりの牡丹の、二枚壁。……しかし全てを庇う事は叶わない。吐かれたブレスを見て広く散開し続けることとしたため、誰についていくか、誰の側にいるかを詳しく取り決めていない現状では3m以内に複数人居ることがなく、いくら決死の盾を有していたとしても牡丹がかばえるのは、多くの場合、ひとりきりだろう。
(ブレスの範囲は……恐らく20m程までだろうか)
レムレース・ドラゴンを見上げ、ゲオルグは静かに距離を測った。レムレースドラゴンを起点とした扇状。10mという高さから吐かれるブレスならばそれくらいだろう。しかしそうなると、ブレスが当たらぬ範囲――勿論、レムレース・ドラゴンが動かないことが前提だが――R3以上の遠距離となる。『それ以内の者は竜の顎(あぎと)の向きや動きに注視し、できるだけ固まらぬように』と、飛呂の名を呼びパスを繋いでもらい、仲間たちへハイテレパスでの伝言を頼んだ。
レムレース・ドラゴンの視点からイレギュラーズたちは小型犬程に見えているのだろう。
イーリンにミーナ、澄恋に牡丹、そして練倒。前衛を務めるイレギュラーズたちがワラワラと近接すれば煩わしそうに尾をブンと振り、遠くへ吹き飛ばす。命を刈り取る脅威を秘めた鋭い爪との合せ技や、弾き飛ばした上でのブレス放射もあり、前衛のイレギュラーズたちは固まらぬよう常に動き回ることが強いられた。
「一撃が、なかなかに重い! であるな!」
一番当たれば殺傷力が高いのは、牙による一撃だろうか。練倒の防御術式を以ってしても体力が半分削られる。その上牙と爪には命を刈り取る強い意思が見て取れた。
――Graaaaaaaaaaaaaaa!
そして、咆哮。ビリビリと震える空気と声量に耳を塞ぎたくなる。
ブレスには致死毒、重圧、業炎。咆哮には呪殺、致命、呪い、塔――ブレスとは違い効果範囲は自域となるため、散開していても前衛は度々これに襲われる。
「厄介ね」
イーリンは眉を潜めた。ブレスの範囲から逃れられない中距離から《無限陣・銀狐》、そして《幻想福音》を飛ばしてはいるものの前衛のダメージが嵩んでいく。耐えていられるのは偏に重ねた光輝のおかげだろう。そして、多くの者が回復を用意していたことが功を為している。
重ねた光輝がある時に一番回復力を発揮できるオデットに《コーパス・C・キャロル》を歌って貰うのが一等良いのだが――オデットは純粋な火力も一等高い。できるだけ早い決着を望むのならば、オデットにはできれば攻撃に回って貰ったほうがいいだろう。
●
メファイル・ハマイイムにとって人は、か弱い存在だ。
身を焦がす熱を、凍てつく冷気を、腐敗する毒を防ぐ強靭な鱗もなく。
どんな亜竜に襲われても追い返せるような力も威圧も持っていない。
竜種が幾度かのんびりと午睡を楽しんでいる間に散っている。
病気や不慮の事故等様々な理由があるようだが、メファイル・ハマイイムが知ることではない。人というものは儚く、か弱く、短命だ。
故に住処を分けるべきなのだ。他の竜がどう思っているかは知らないが、メファイル・ハマイイムはそう思っている。
(子等は……)
なのにどうしてと思う。
人が思い浮かべる理由なぞ、メファイル・ハマイイムにも思いつく。だがそれらは『受け入れている』竜にとっては悪手でしかない。
人の子は人の子で、そこに区別はつけない。それは今も変わらない。
幾度か姿を見ているオデットとゲオルグとて、彼女にとって特別などではない。元来竜種とはそういうものだ。
けれども、ああ、しかし――。
(名を、覚えてしまった)
瞬きをしている間にも消えてしまう命の名なぞ、覚えたとしてもすぐ意味のないものとなるのに。
この竜たちの楽園の崩壊に巻き込まれたとしたら、それこそすぐに別れはやってくるのに。
メファイル・ハマイイムの前足の下では地に押さえつけたレムレース・ドラゴンが消滅していく気配がしていた。メファイル・ハマイイムにとっては取るに足りぬ相手。しかし、イレギュラーズたちにとっては――。
残る一体のレムレース・ドラゴンへと視線を向ける。仔竜の周りを小さな人の子がチョロチョロと動いていた。体も小さければ、手にする武器も小さい。成体の竜の前では寝息でも吹き飛んでしまうのではないかと、つい案じてしまうほどだ。
ああ、と嘆息する。
――人の子は、何と脆いのだろう。
赤く染まる度、メファイル・ハマイイムは瞼を降ろしたくなる。
それなのに。
命と意思が迸る生き様に、目が離せない。
「ブレスが来るぞ!」
戦場では、叫ばねば皆に声は届かない。ゲオルグが鋭い声を発するも、この場において反応値はレムレース・ドラゴンが一等早い。
仲間がブレスに煽られてる中、飛呂は集中を切らさず狙う。狙いは、地獄の釜が開いたかのような不吉な紫色が溢れ出た顎。
狙い、放つ。死神の狙撃。直後に放たれた拘束詠唱の《殲光砲魔神》が追尾する。
レムレース・ドラゴンの顎が撃ち抜かれる――が。
「チッ、やっぱ駄目か」
「……難しいな」
影で出来ている竜の顎はすぐに戻ってしまった。
実のところ、既に数回試している。レムレース・ドラゴンの反応が早いため、攻撃タイミングには間に合わない。
「イーリン、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
ブレスからミーナを庇ったイーリンは自身を癒した。
既に戦いは中盤に差し込んでいる頃だろうか。負傷者が多いため、イーリンは率先して負傷の大きい仲間の側に寄るようにし、牡丹は澄恋についていくようにしている。誰が狙われるか解らない状況で、全員が広い範囲に散開している。庇おうと側に寄った相手が『運良く狙われれば』庇える、くらいだろう。
そのため、澄恋の動きも制限されていた。庇ってもらうのならば、先に動く牡丹の3m以内に居なくてはならない。敵の背後に廻る――それだけで10m近く――もしくはそれ以上離れるのだ。
「もう! 大きすぎではないですか!?」
竜と聞いて蜥蜴を思い浮かべる豊穣人。レムレース・ドラゴンの尾は澄恋よりも大きくて。踏んだって弾き返してくるし、蜥蜴みたいに切れたりもしない。
レムレース・ドラゴンは傷つく度、攻撃力が上がっている。早く仕留めねばならぬと誰よりも思っているのは、既に凶爪に掛かってパンドラを使用した牡丹と練倒だろう。
「澄恋、いいか?」
「はい、わたしも自由にさせていただきます!」
「牡丹殿!」
「おうよ!」
偽物の竜とは言え、巨体。通常ならば二名では足りぬ、が――
「10mだあ? はっ、3メートル位のアイツの方がてめえより余っ程大きく見えてたぜ! こちとら3人分なんだよ!」
既に赤く染まり切っている腕を大きく広げた牡丹がアドヴァンス・ウォールを以て、横に並んだ練倒とともにガッシリとレムレース・ドラゴンを抑え込む。
Grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――
苛立たしげにレムレース・ドラゴンの喉が鳴った。
――しかし、穴が多すぎる。
此度、イレギュラーズたちは囲む形で散開している。
イレギュラーズたちが集まった状態で、最前線に立ってブロックをするのならば前に進めないだろう――が、それでも後退や尻尾による吹き飛ばしで強制的に外す事も叶う。その上、『散開している』のだ。練倒と牡丹が居る側へと進まずとも、レムレース・ドラゴンのすぐ側には背後を狙おうとするミーナも居る。……彼女の補佐にイーリンも。
守られる立場では無くなった――防御を捨てた澄恋は、仲間の死角となる立ち回りをする。一等動きが遅いおかげで、ブロックや回復に練倒がまわり、此度はいつもよりも積極的に攻撃に回っていた祝音が回復の手が足りずに回復へとまわれば、ふたりの前に動くミーナの恩恵は澄恋が受ける。
「ふふふ、かたいです、ねえ!」
イレギュラーズたちの息は上がっている。
けれど回復術式を多く回しているため、息切れしている者はまだ出ていない。
(メファイル・ハマイイムさんも見てる……んだよね)
時間が掛かったって、必ず勝って見せる。祝音は普段よりも強い眼差しで敵を見据えた。
――後、少しだ。
レムレース・ドラゴンも、イレギュラーズたちも。
次に凶爪か凶牙が振るわれたら、前衛の誰かは命を落とすだろう。
――ここで終わらせなくてはいけない。
誰もがそう感じていた。
「お前は止める、でも俺らは止まるわけにはいかないんだ」
この先の回復を捨て、それぞれの一撃に全てを籠める。
「来探!」
祝音よりも反応が早いイーリンが先に距離を詰めながら祝音へと合図を送った。
「いい加減邪魔だ……墜ちろ、偽竜!」
イーリンが祝音の動きに合わせんとする中ルクトが静かなる一撃――《セレニティエンド》を放つ。
「これで終わりにしたい、わね!」
そう、しなくてはならない。
竜種ほどでなくとも、人も困難に立ち向かい抗えるのだと、メファイル・ハマイイムに示さなくてはならない。
終わって欲しいと願いながらオデットが小さな太陽を叩き込む。
だが、まだだ。
次に繋ぐ一撃を、ミーナが繋ぐ。
「でかいの一発、頼んだよ皆!」
「《カリブルヌス・月神狩》!」
「神滅の魔剣……切り裂け! みゃー!」
――見よ彼女の足跡を。溢れる星の燐光を。
イーリンの剣が生と死を束ね、魔力で編まれた神滅の魔剣が祝音の手の内で光り――眩い程の黎明が、夜明けの光が、闇夜のような影を切り裂いていく。
「くっ」
けれど、足りない。ここで倒さねば、きっと誰かが死ぬ。
魔力の迸りで白く染まる視界の中、『血に塗れた純白』が駆けていく。草履をはいているとは思えぬ身のこなしで『何かに引き寄せられるように』浮かんだ岩を踏んで飛び上がる。
「おさらば、です! ――《御覚悟》!」
竜殺しの力を宿した懐刀が、影の竜の首を断った。
「女神の、欠片……?」
レムレース・ドラゴンが何であるか、誰も知らなかった。けれどレムレース・ドラゴンが消え、そこに残った純粋な光の欠片のようなものを目にすれば、誰もがレムレース・ドラゴンの元となったものが女神の欠片であることに気がついたことだろう。
空から地へと戻ったルクトの手のひらの上に、その欠片は降りてきた。
『この地を護ろうとしたのだろう』
崩壊が始まったヘスペリデスを護ろうと過剰反応を起こし、人も竜種も敵とみなされた。観察していたメファイル・ハマイイムが地面を揺らしながら近付いてきてイレギュラーズたちの脳内へと言葉を響かせると、イレギュラーズたちの視線が女神の欠片へと集まった。
「だからあの黒い竜、この地を破壊する気はなかったんだ……」
祝音の張った結界内で、ブレス等の攻撃によって花々は傷つかなかった。全てを憎んでいたら、破壊の意思で結界では護れないのに。ただレムレース・ドラゴンにとって――ヘスペリデスにとっての敵性を排除しようとしていたのだろう。
『……怒っておる者が居るな』
メファイル・ハマイイムには、風の音に混じって他の竜種たちの唸り声が聞こえたのだろう。顎を上向け……それから嘆息した。
――人間たちがヘスペリデスに踏み込んだから、こんなことになったのだ!
――我等までこの地の敵と見なすとは……人間どものせいだ!
人間たちが来ることを元々よく思っていない竜は多い。人間への不信と不満が、更に膨らんでいた。もし怒れる竜種に出会ったら危険だからと、メファイル・ハマイイムはそう思っている竜種が少なからずいることをイレギュラーズたちへと伝えておく。
「けれどあの時、既に我々の到来を察した上で許可した……違いますか?」
『吾は「吾等に会おうとするな」と告げたが?』
澄恋の言葉にピシャリと返す。
会おうとするな。つまり竜の住処へと来るなと告げている。泉はメファイル・ハマイイムの縄張りのようなものだが、迷子の小鳥が命を繋ぐために水を飲みに来るように、人の子たちにも命を繋ぐために水場が必要であろうと思ったまでのこと。その先へは確りと釘を刺してある。
『自分たちに都合の良いようにばかり。これが人の子か』
「……メファイル・ハマイイム。まずは先日の無礼を詫びたい」
イーリンに支えられながらミーナは、人型に戻っていないメファイル・ハマイイムを見上げた。イーリンもミーナも、服も鎧もボロボロで、体は赤く――傷だらけだ。だが、イーリンが紡ぐ福音を受けながらも、ミーナの瞳は揺らぐこと無くまっすぐにメファイル・ハマイイムを見、一度イーリンの腕から離れ、踊るような所作でふわりと礼をした。
『もう、良い』
そんなことよりも下がって傷を癒やせとメファイル・ハマイイムは告げた。
「だけど、覚えておいて。私も、貴方達とは無意味に争う気はないし……許されるならば、共に」
『……吾も元より無意味に争う気はない』
「変則とは言え竜種であるメファイル・ハマイイム殿と共闘出来、楽しかったのである!」
「オレも楽しかったぜ!」
「……あっ、まだ!」
呵呵と笑った練倒と牡丹は回復してくれていた祝音に「ありがとな、後は自分を優先しろ」と片手を上げて離れていく。戦闘後で空気は緩んでいるが、ここが危険な地であることは変わりない。防御耐性の高いふたりは何が飛来しても良いようにと率先して警戒へと当たるようだ。
美しかったヘスペリデスの景色は、終焉へと近付くばかりだ。レムレース・ドラゴンが現れる以前よりも大地は割れ、割れた『大地だったもの』が浮遊し、天候も――運が悪ければ雷に打たれるだろう。
一度空を見上げたメファイル・ハマイイムの姿が小さく――人の大きさとなった。
「……あっ、メファイル・ハマイイムさん」
少しだけ自身を癒やした祝音が近寄った。
「メファイル・ハマイイムさんが倒した方の女神の欠片は、どうするつもり……ですか?」
「ふむ」
正直なところ、メファイル・ハマイイムはイレギュラーズたちには動けるだけの医療行為が済んだら立ち去って欲しい。其れは変わらない。
「メファイル・ハマイイムさんに不要なら、僕等に譲ってくれませんか?」
「退くことを条件とされた時、其等は飲めるのか?」
「それは……」
祝音がぎゅっと拳を握り、視線を下る。言葉を探すが、出てこない。
(我が侭な子等だ)
命は儚く、力も竜ほど無く、危険から遠ざけようとしても危険に駆け寄る。祝音を見下ろし、メファイル・ハマイイムが微かに眉を寄せた。
メファイル・ハマイイムとて、人の種自体への興味は薄いが、長く生きる者として幼子から危険を取り上げることはできよう。
それなのに。
「メファイル・ハマイイム、ごめんなさい。私は貴女にそんな顔させたいわけじゃなかったのよ」
「自分自身がそうありたい、そうしたいと願い続ける限り、諦めないのが人間なのだ」
悲しげに眉を寄せたオデットと、一本芯が入っているかのように姿勢を崩さないゲオルグが一歩前へと歩み出た。
「例え自分達より上位の存在にも出来ないと示されても、何度阻まれることになったとしても、私達はその歩みを止めはしない」
「ごめんなさい、それでも私は先に行きたいの」
「ならぬ」
「っ」
即座に返る言葉へ、オデットは息を飲んだ。
そう返ってくることは半分以上予想済みとは言え、オデットはメファイル・ハマイイムに否定されるのはどうしても辛かった。彼女の言葉は短いが、その言葉の中に内包されている想いは感じているし、できれば受け入れて欲しいとすら思う。
全てはオデットの――人の我が侭である。竜種たちはみな、最初から遠ざけようとしていたのだから。
「許して、お母様」
自然と、そう口にしていた。
自然から生まれたオデットには両親と呼べる存在は無い。
然れどもメファイル・ハマイイムの表情を見たら、子を想う母のような――己を想ってくれる母のようだと思ってしまったから。
「…………」
メファイル・ハマイイムが即座に「ならぬ」と言葉を返さなかった。
(ああ、怒ってしまったのかも)
竜種を母と呼ぶなど不敬である、と。
メファイル・ハマイイムがため息をつき、オデットは不安に瞳を揺らした。
「……其が何と呼ぼうが良い。だが母と呼ぶのならば、尚更吾は頷けぬ」
水は得てして人の母なるものであろう。メファイル・ハマイイムにもまたその性質があるため、正しい。
しかし危険と解っていて、被害に合うと解っていて、喜んで送り出す母などあろうものか。母と思うのならば、悲しませたくないと想うのならば、尚更オデットは此処で退かねばならない。
湖の底に沈んだかの如き静謐がその場に降りた。
「俺達を撤退させた後はどうするつもりなんだ? 結局、先延ばしにするだけだろ。今どうにかするか、後回しにしてしまうか、どっちにするんだ?」
そんな静けさを断ち切るように声を上げたのは飛呂だ。
今は彼女の今後の動きではなく、女神の欠片への交渉の場のはずだ――が、それはそれとして根本的に飛呂は間違えている。人の視点と竜の視点は違う。人の後回しはすぐ後に来るのかもしれないが、竜の先延ばしは数百年後だ。
ベルゼーは『覇竜領域を喰わない』。愛しているからだ。それを竜たちは知っている。だからこそ今『巻き込まれないように』している。今後も彼と生きていくために。
――彼は『他』を捕食する。
人にとっては先延ばしになるだろうが、基本的に人の味方をすることのない竜種にとっては違う。
――他の『餌』を与えてやれば良い。
腹が満たされている間にも『餌』は増える。また数百年は保つだろうと多くの竜たちは思っている。人からすればずっと未来の話だ。
けれどそれを、礼を欠いている人間に話してやる義理などメファイル・ハマイイムにはない。
「吾の動きに小さき其等が口を挟む由は無いのだが……此れを其等に渡さず、吾に死に行く宿命を背負えば良い、と」
其はそう思っているのだなと冷ややかな声が飛呂へと向けられた。
今どうにかするということは、そういうことだ。
最初から鱗(女神の欠片)もイレギュラーズへ渡さず、此度の女神の欠片も背負い、メファイル・ハマイイムが立ち向かった方がイレギュラーズ数名よりも遥かに勝算が高い。
「ううん、メファイル・ハマイイムさん。それは僕等がやります」
冠位魔種ベルゼーを止めねばならないイレギュラーズたち。
既に一度『身を捧げて』彼を悲しませているからこそ、彼を悲しませたくない竜種たち。
「誰も食わせない方法を僕等は探し続けます」
そうして、彼の苦しみを終わらせる。
胸元で拳を握った祝音は真っ直ぐにメファイル・ハマイイムを見上げた。
「そのためにも僕等に、もう一度女神の欠片を預けてくれませんか?」
「そうだ。私たちは例え自分達より上位の存在にも出来ないと示されても、何度阻まれることになったとしても、その歩みを止めはしない」
長い時を生きる竜種からすれば、人は儚い命で生き急いでいるように見えるかもしれない。けれどその短い生だからこそ、後悔するような道を選択したくはないのだ。今出来ることがあるのならば、人はきっと――ほうき星の尾へ手を伸ばすだろう。
「例えどんな結末が待っていようとも、私達は全力で生きて進むだけだ」
ゲオルグの意思は固く、こくんと大きく祝音も、口を挟まず静かに見守っていた澄恋も、イーリンも、ミーナも……その場に居るイレギュラーズたちは、先へと進むつもりだ。女神の欠片が多いに越したことは無いが、メファイル・ハマイイムから得られなくても、それでも――。
「……子等よ」
ああ、人の子等よ。出会ってしまった人の子等よ、死んでくれるな。
けれどこの先にあるのは『死』だ。
どうして数百年先の未来より、今ある儚い生を惜しまないのか。何故生き急ぐのか。
メファイル・ハマイイムの傍らに浮かんでいた光――女神の欠片が、祝音の手へゆっくりと降りてくる。
「メファイル・ハマイイムさん!」
ありがとうと跳ねる声に「吾は許してはおらぬ」と返る。
「其は子等を助くるのだろう?」
イレギュラーズたちが退くにしても進むにしても、やはり守りとなるものは必要だ。
(やっぱり、元からくれるつもりではいたのね)
脅しの効かぬ意思の強さを確認し、メファイル・ハマイイムの考えは少しだけ揺らいだ。
人はか弱い。その考えは変わらない。
されど人には希望を見出す力がある。長い時を生き、時の流れに停滞し続けるメファイル・ハマイイムには無いものだ。
「吾は暫し、目を瞑る」
熟考してる間は、好きにすれば良い。けれどもやはり駄目だと言う結論に達したのならば――追いかけ、力づくで退避させるだろう。
「急ごう」
この仕事の終点はここではない。ルクトが声を上げ、飛呂とイーリンが警戒に当たっているふたりへと声を掛けに行く。
「オデット」
名を呼ばれ、顔を上げる。
「逆縁は大罪ぞ」
逆縁――子が親より早く死ぬことは、最たる親不孝だろう。
――母と呼んでおいて、それでも行くのか。
優しい竜のかんばせは、どこまでも涼しげだ。
しかしオデットは知っている。彼女が悲しんでいること。
これ以上悲しませたくない、と思う。側に居たい、と思う。
けれど、それでも。
オデットは前へ進むことを選んだのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
いつも立ち位置を図に起こして進めていますが……大きな敵に対して散開する場合、かなり広範囲となります。バラバラと自由に散開するよりは細かな部隊分けをしっかりと行い、数名は受ける覚悟で臨んだ方が良いパターンだったでしょう。特にヘイト管理が効かない敵を相手とする場合、散開していると運良く自分の3m以内の味方へ攻撃がくれば……くらいになりますので、庇うのも難しいです。首の皮一枚での成功。もっと作戦を詰めれたかと思います。
MVPはメファイル・ハマイイムの心を一番揺らした(吃驚させた)オデットさんへ。
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
人と竜たちの架け橋にと作られた楽園が崩壊を迎えています。
●成功条件
レムレース・ドラゴンの討伐
※イレギュラーズたちで1体撃破
●シナリオについて
レムレース・ドラゴンを倒しましょう。
大きな竜――メファイル・ハマイイムと、小さな竜――レムレース・ドラゴン。その双方が動けば巻き込まれてしまうので、まずは距離を取ったほうが良いかもしれませんね。
撃破する=『女神の欠片』を鎮め、回収する、になります。メファイル・ハマイイムが倒した分の扱いは彼女の気分次第になります。交渉するにしても、まずはレムレース・ドラゴンに勝たねばなりません。強敵です。戦闘専念で頑張りましょう。
●フィールド:ヘスペリデス
風光明媚な場所でした……が、今は見る影もありません。
空は荒れ狂い、大地は裂け、楽園は終焉へと至ろうとしています。
巻き込まれることを避けた竜種の多くは退避し、亜竜たちも危険を察して逃げている個体が多いでしょう。
嵐のようになったのはメファイル・ハマイイムが登場した時だけで、現在はそれまでの状態――風がごうごう雷ばちばち、です。
●エネミー『レムレース・ドラゴン』
ヘスペリデスの崩壊に伴い『女神の欠片』が過剰反応して出現させた個体です。黒い影のような竜姿をしていますが本物の竜ではなく、周辺の生物を激しく敵視し、全てヘスペリデスへの攻撃者と捉えているのか無差別に襲い掛かります。ヘイト管理は難しいでしょう。
大きさは10m程の高さ(四足状態)で爪や牙は勿論、尾での攻撃もします。この個体は【復讐50】【王道の肉体】を有しており、範囲攻撃で【呪殺】【致命】【呪い】【重圧】【塔】等のBS付与も行なえます。竜ほどの強さではありません(竜撃破は伝説級の行いです)が、皆さんにとっては魔種相当の強さになります。
2体居ますが、1体はメファイル・ハマイイムが倒します。
●『揺蕩う水の調べ』メファイル・ハマイイム
将星種(レグルス)級、30m程の美しい水竜。人間の味方ではありませんが、敵でもありません。
苗字等はなく上記の名前でひとつの名前です。省略は勝手に愛称をつけることなり、機嫌を損ないます。
レムレース・ドラゴンはメファイル・ハマイイムより弱いのでサクッと倒して戦闘を見守ります。メファイル・ハマイイムの援護をしようとすると自分たちを案じろと呆れられます。
皆さんが全滅(全員意識不明or誰かの死亡判定)しない限りは戦闘に関与しません。残りのレムレース・ドラゴンもメファイル・ハマイイムが倒すこととなるため、成功条件は満たせません。
メファイル・ハマイイムは皆さんが消耗し、安全地帯へ下がることを望んでいます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。
メファイル・ハマイイムへ(遠いので叫んで)話しかけて頂いても大丈夫です。
(今回、関係者さんの同行を希望されても描写されません)
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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