シナリオ詳細
<廃滅の海色>正しくたる、静かなる海
オープニング
●マール・ディーネーが消えた日
マール・ディーネーが姿を消した、という話がローレットにもたらされたのは、本当に全く、今さっきの事である。
その日、竜宮に存在するローレットの出張所に飛んできたのは、マールの友達のバニーさんであった。
「いや、なんか急にいなくなっちゃたんですけど!」
と、はやし立てる彼女に、ローレットの出張所の受付バニーさんは、困ったように言った。
「いや、マールちゃんが急にいなくなるの、割といつもの事っていうか、アクティブだから、どっかにふらっと出かけたんじゃなくて?」
「いや、違うんよ! うちら一緒に大通りでタピってたんだけど、なんかほんと、目の前でシュバって消えちゃったんですって!」
「マジ。うちも一緒にいたし」
別のバニーさんがそう告げる。
「あれはなんか――急に、ほんと、別の世界に消えちゃったみたいな――」
わぁわぁとバニーさん達が騒ぎ始めるが、しかし結論は出ない。なんとも非現実的な話は、ローレットの受付バニーさんと言えど、なんとも信じがたいものだ。
「何の騒ぎであるかな」
と、声が上がった。バニーさん達が視線を向けて見れば、そこには咲花・百合子(p3p001385)の姿があったわけである――。
「確かな話なのか?」
と、竜宮はローレットの出張所の一角で、クロバ・フユツキ(p3p000145)がそう尋ねた。そこには、あなたをはじめとする、イレギュラーズたちの姿があった。
「おそらく、間違いはないかと」
百合子が言う。
「例の、神の国、とやらの案件だ」
つまり、天義の地に現れた、遂行者なる集団の攻撃である。彼らは『帳』なる現象を引き起こし、現実を、己の理想とする姿へと変貌させる。さながら、現実に理想というレイヤーをかぶせるがごとく。この、遂行者たちの理想とする『正しき歴史』のレイヤーを神の国と呼び、それは今、海洋王国にまでその魔手を伸ばしている、という状況だ。
「こちらの方でも、現象は観測されている」
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)が、頷いた。
「それ故に、貴様は触媒を用意せよ、と宣ったのであろう。
天義から持ち出してきた、触媒だ」
そう、ロジャーズがテーブルの上に小さな短剣を置いた。それは、天義に伝わる聖なる物品の一つである、かつての聖人が祝福を授けたナイフであるらしい。
「こいつを使えば、神の国に行けるんだったな」
ゴリョウ・クートン(p3p002081)が、ゆっくりとうなづきながら、言った。
「確証はない。が、試して損はないだろうぜ。
マールの嬢ちゃんは、こう、ふわふわした奴だが。こうやって、他人を心配させるようなことはしねぇはずだ」
ふむ、とゴリョウは頷いて、それから小首をかしげた。
「……しねぇよな?」
「ちょっと自信ない」
百合子が苦笑する。クロバが頭に手をやった。
「……ま! とにかく、試してみることに損はない。それは、そうだ」
そういって、ゆっくりと立ち上がった。
「それに、もし俺たちの予測が事実なら、マールは神の国にとらわれてしまった、ということだ。
速く助け出してやらないと、危険だ」
「うむ――さっそく、奴の消えた場所に案内するがいい。そこが特異点であろう」
ロジャーズがそういうのへ、皆はうなづいた。
果たしてあなたたちがたどり着いたのは、竜宮の大通りの一角だ。人気のタピオカミルクティー店が見える。クロバが、聖なるナイフを手にし、
「やってみるぞ」
と、そういいながら、ゆっくりと、ナイフの刃を宙に滑らせた。すると、どうだろう。まるで、薄皮を割くように、ぺろり、と世界のヴェールが斬られたような感覚がした。目の前に、被さっていた、レイヤー、それを、切り裂いたようなものだ。現在というレイヤーを切り裂けば、その上に覆いかぶさろうとしていた、もう一つのレイヤーの姿が見える。
「……街が見える。だが――」
ゴリョウが言った。
「随分と、うらぶれてさみしそうな街だ。こいつは……」
その光景に、皆はとある知識を想起させられた。
かつて、竜宮は、邪神ダガンに欲望を食われぬよう、禁欲と沈黙に沈んだ、とても暗い街であったのだという。
突如現れた旅人(ウォーカー)と当時の乙姫によって、今の明るい竜宮へと姿を変えたという事実があるのだが、今竜宮に覆いかぶさろうとしていたレイヤーの姿は、まさに、そのかつての暗く、寂しい、沈黙の竜宮の姿であった。
「いや、暗っ!」
大通りの真ん中で、マール・ディーネーが頭を抱えた。ここは竜宮だ。間違いない。そう、頭の中の何かが理解している。
でも、マールの目の前に広がる光景は、あまりにも、マールの知っている竜宮とはかけ離れていた。
誰もが、視線を地面に向けて、つらく、苦しそうに、歩いていた。
笑い声も、笑顔も、幸せもない。
ただ、生きるために生きる。
そういった、昏くて寂しい、世界。
「……昔、本で読んだことある。大昔の、最初の竜宮だ……」
マールがつぶやきながら、ゆっくりと歩みを進めた。どこもかしこも、同じ景色だ。さみしい。悲しい。ただ、使命の為だけに生きる竜宮。
「こんなのだめだよ……!」
気づけば、駆けだしていた。まっすぐ前を向けば、お城の姿がある。竜宮城の、姿だ。きっと、あそこに行けば何か変えられるはずだ。それは、全く根拠のない直感であったが、でも、マールにはそれにすがるしかなかった。
「あたしが何とかしなきゃ! こんどこそ、やって見せるんだから!」
大切な人たちにもらった勇気を、ここで燃やすべきだと思った。今度こそ、自分の手で竜宮を救うんだ! マールは決意とともに、竜宮城へと走り続けた。
イレギュラーズたちが『神の国』へと侵入したのは、その僅か後の事である。
- <廃滅の海色>正しくたる、静かなる海完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年06月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●正しき、世界
あまりにも静かで、あまりにも悲しい。
海の底のように暗く、光ささぬ、影の世界。
――イレギュラーズたちが抱いた印象は、おおむねそのようなものだった。
此処は竜宮。しかし、今の竜宮ではない。
神の世界という、世界の敵の作り上げた偽りに理想郷。
それは奇しくも、かつての、感情を殺し、想いを殺し、ただ使命の為だけに生きる。そんな竜宮の姿だった。
「これがかつての竜宮城の姿……昔はこんなに、寂しいんですね。
静かなのは好きですけど……私は、いまの竜宮城の方が好き、です」
『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)が、悲しそうにつぶやいた。あたりには、ゼノグロシアンたちが生活しているが、その彼らも、こちらを気にする様子もないほどに、昏く、沈痛な面持ちでただ生きている。
「これは静かっていうか、辛気臭いってもんだ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が、その空気を吹き飛ばすように、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。
「『男』とやらが風穴開けたがる理由も分かるってもんだぜ」
竜宮は、かつて訪れた旅人(ウォーカー)の男と、その時の乙姫によって、現代の歓楽街のような姿に改造されたという。この様子を見るならば、海底の宝石のようになった今の竜宮のスタンスは、きっと正しかったのだと強く思う。
「ヒールの跡だ」
『ラスト・コメント』クロバ・フユツキ(p3p000145)が、地面に膝をつきながら、そう言った。
「こんな世界で、ハイヒールなんてはいてる子は一人しかいないはずだ」
「うむ。マール殿であるな」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が、ふむ、と唸った。
「彼女であれば、このような景色を見せられれば、跳び出さずにはおられまい!
まさに彼女の勇気は武士のそれ――であるが。ちょっとは己のみを大切にしてほしいもの!
いくら竜宮の使命からは解き放たれたとはいえ――いや、普通の少女であるからこそ、大切な体なのだから」
「おう、そうだな」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が頷く。
「まったく、無鉄砲に突っ走りやがって。
しかたねえ、さっさと連れ戻して、拳骨の一発でもくれてやらなきゃな。
おう、ロジャーズ。おめえ、なんか来る前に探してただろ」
グドルフの問いに、『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は頷いた。
「うむ――過去の竜宮、その資料を得た。
簡易なものだが、街の、そして城の地図にもなるだろう」
「ああ、我(アタシ)にもわかるよ。この旧き竜宮の嫌な気配は、竜宮城からもたらされている」
ヒヒヒ、と『闇之雲』武器商人(p3p001107)が笑った。
「かつての竜宮の姿を見られるとは、ジン生、何があるかわからないものだけれど。
けど、のんびり観光とは言っていられないね。この景色が定着してしまえば、これが現実の竜宮になってしまうし――ディーネーの方の安全も心配だ」
「じゃあ、早く竜宮城に向かおうよ!」
『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)が、勇敢に声を上げた。
「こんな景色が現実になっちゃうなんて、オイラはいやだよ!
こんなものが、正しい歴史だなんて……遂行者たちは絶対に間違ってる! あいつらの思い通りにはさせたくない!」
「はい! こんなのは間違っているって、私も思います」
フローラがうなづいた。そして、仲間たちも。あの、皆の笑顔が詰まっている、現代の竜宮の方が、この景色よりもずっとずっと素敵であったからだ。
「じゃあ、行くぜ。拳骨はおれさまの担当だからな」
ふ、と和ませるように笑うグドルフに、仲間たちはうなづいた。それは、必ずマールを助け出し、竜宮も救うという決意に他ならなかったから。
●竜宮城メイズ
見たことがある場所。でも知らない場所。マールにとっては、『この』竜宮城は、そんな空気をまとった場所だった。
知らない場所。たしかに、こんな冷たい竜宮城は見たことがなかった。マールの知る竜宮城も、そりゃ神聖な場所だったのでちょっとは静かだったけれど、それでもこんな寂しさを感じたことはない。足下の畳は、なんだか湿って、しなしなして、冷たく感じるみたいだった。マールの知ってる竜宮城の畳は、なんだかあったかくて、お日様の匂いのようなものもする気持ちすらしたものだ。もちろん、太陽はここまでささないから、似たような効果の祝福を使っていたのだろうけど、『この』竜宮城には、そう言うことをしようって考える余裕や気持ちもないように思えた。
大広間で、ごろんと寝転がって、メーアと絵本を読んだことを覚えている。あの頃は、先代の乙姫が、お母さんがいた。少し病気がちで、体が弱くて。亡くなってしまって、それでメーアにすぐに乙姫の座が回ってきてしまったのだけれど、さておき、おかあさんと、おとうさんと、メーアと。仲良くくらした思い出がある。
神の国というやつは、どうも、そう言った思いすら、間違ってたんだ、と言いたいらしい。マールは、天義で起きていることに詳しくはなかったけれど、シレンツィオでも起き始めたこの事件のことを、知らないわけではなかった。だから、ここが、その神の国で、彼らの正しさの押し付けなんだと知って、マールはひどく、頭に来たのだ。
「……確かに、構造は知ってるんだけど~……」
柱の陰に隠れながら、とほほ、と息を吐いた。さすがに、大昔の竜宮城と、今の竜宮城の内装は異なっている。当然、何度か改装工事をおこなったのだろう。見覚えがあっても、思う通りには進めない。なんだか夢の中にいるかのようだ。
「うう、ちゃんと歴史の勉強しておけばよかったかも!」
歴史の勉強をしたところで、内装まで教えてくれるとは思えないが、まぁ、さておき。
「でもでも! 乙姫の仕事がなくなったとはいえ、あたしはまだじゅーよーじんぶつだからね! みんなの代わりに、しっかり働かないと!」
うんうん、とうなづく。それは、イレギュラーズとの交流を経て、彼女に強く芽生えた責任感と勇気のようなものだ。彼女も、変わっていないように見えて、少しだけ変わった。強くなったのだ。本当に強い、英雄たちのおかげで。
「よし……!」
と、マールは杖を握りしめた。城下町で拾ったものだ。誰のかわからなかったし、言葉も通じなかったけれど、ごめんね、借りるね、と何度も頭を下げて持ってきたものだ。
柱から身を乗り出してみれば、些か青い顔をした兵士たちが、場内を徘徊している。皆つらそうな顔をしていた。外の人たちもそうだった。こんな光景を、竜宮だなんて認めたくない……!
「頑張らなきゃ……! あたしが!」
ぐっ、と杖を握る。隙を見て、うしろから、えいやって殴る! 漫画で見た、これでいける……!
マールが飛び出そうと息を吸い込んだ刹那、しかし衝撃は別方向からやってきた。ずだん、と強烈なそれは、畳を強く踏みしめる音だった。
「こっちだ!」
そう、誰かが叫んで、飛び込んでくるのが見えた。白い影だ。真っ先に飛び込んできた、マールの目に映った、それは白い勇者だ。
「武器商人! 悪い、少し数が多い!」
その白い影=クロバが叫んだ! 同時、追随する武器商人が、薄く笑った。その口元から、声がこぼれる。破滅の、呼び声だ。
「あぁ、問題ないよ。このくらいならねぇ?」
暗い言葉に呼び寄せられ、6人の衛兵たちが武器商人に襲い掛かった。ざくり、と、刀が武器商人の体を傷つけた――だが、そこまでだ。
「おっと、少し過激であるからな! 目を閉じておくとよい!」
その隙に、ばさり、と百合子がマールに覆いかぶさった。抱きしめるように、つかむ。
「百合子さん!?」
マールがびっくりしたように、驚いたように、目を見開いた。
「そうである――すまぬな、クロバ殿! 最初のコメントをもらってしまった!」
ふ、と愉快気に笑うのへ、クロバは片手を上げた。
「いいさ。君が無事なら」
そういって、わずかに視線を向ける。マールが満面の笑みを浮かべて、
「クロバさん!?」
その名を呼んで、
「で、でも、どうして?!」
「戯け。兎兎、どこでも跳ねるは性とはいえ、深淵の底で一人で跳ねるな、貴様」
どこか安心したように言うのは、ロジャーズである。
「たのむぞ」
百合子が抱きしめたマールの背を押した。ロジャーズが、代わりにそれを受け止める。
「兎一匹、一羽で、暗黒の虚を往くと?
あえて平易な言葉で言おう――助けに来た。そして、ここを壊しに来た」
「ロジャーさんも……!」
「ゴリョウもいる。フローラも、グドルフも、アクセルもだ。
だが、再会の涙は後にせよ。私の後ろで、手鏡を覗いているがいい」
ロジャーズが、マールをかばうように、その背に隠してみせた。そこからのぞいてみれば、引き付けた衛兵たちを、イレギュラーズたちがまさにちぎってはなげ、の活躍を見せているところである。
「ぶははっ! これで後顧の憂いはなんとやらだ!
しかし、こんな状況でも元気がいいねぇマールの嬢ちゃんは!」
ゴリョウが叫び、大型の籠手て包まれた拳を、衛兵に殴りつける。衛兵が斃れて、泥のようになって消えた。ゴリョウは、温度視覚で、ずっと、暖かなものを探し続けていたのだ。この寂しくて冷たい海の底で、変わらない温かさを持っていたのが、マールだった。
「海の底の太陽か――ってのは、ちっとくさい言い回しかねぇ!」
ぶはは、と笑う。とはいえ、太陽は今や、仲間たちの手の内にあるのだ。
「やはり、神の国の効果で作り上げられた偽物か!」
クロバが叫び、その刃で衛兵を切り捨てる。
「遠慮は無用だ――といっても、ハナからする気はねぇがな!」
グドルフが、野蛮・豪快にその斧を叩きつけた。衛兵を畳に縫い付けるように、己を叩き落とす。ごしゃ、と音を立てて、衛兵が叩きつけられ、泥へと消えた。
「聞こえてんな!? マール! バカ野郎ォ! 迷い込んじまったのはしょうがねえが、その場でおとなしく待ってろってんだ!
ったく……説教は帰った後だな!」
にぃ、と笑うグドルフに、あわわ、とマールが目をぐるぐるさせた。
「ひゃ、ご、ごめんなさい!」
「そう思うなら、手伝ってほしいな!」
アクセルが飛び込んできて、マールに言葉を告げた。
「えっと、オイラたちは、たぶんここのおく……現実で言う乙姫の間に、この世界を作った核になるやつがいると思うんだけど」
君は? と尋ねるアクセルに、マールはうなづいた。
「同感! あたしも、なんかそんな感じがする!」
その言葉は無根拠の感に思われたが、相手は竜宮の巫女のバックアップだ。竜宮に流れる何かを感じ取ることはできるだろう。ならば、彼女の直感は、この場においては絶対に正しい。
「じゃ、一緒に行こう! こんな寂しいところ、絶対に現実にさせちゃいけないよね!」
「うん!」
マールが、決意を込めて頷いたから、アクセルも笑ってうなづいて返した。
「マールさん、お怪我はありませんか……!?」
フローラが飛び込んで、そう尋ねるのへ、マールはうなづいた。
「フローラさん! ありがと、あたしは大丈夫だよ。フローラさんは……」
「私も大丈夫です。
……マールさん、一緒に、竜宮を救いましょう。私、マールさんたちが笑っていられる竜宮の方が、好きですから」
そういって笑うフローラに、マールは心強そうに、頷いた。
「よし! では、ここまでくれば一気呵成と行こうか!」
百合子が言った。
「ほれ、クロバ! いい所見せるチャンスだぞ!」
呵々、と百合子が笑うのへ、クロバが、苦笑しながら頭をかいた。
「そういうなよ、まったく」
気恥ずかし気にそういって、コホン、と咳払い。
「いこう、マール。俺達の竜宮をとり返そう」
そういって、手を差し出すのに、マールは頷いて、手を取った。
どんな時でも、彼らは助けに来てくれるのだ。心強い、大切な友達たちが。それがたまらなく、マールには温かく感じられた。
●偽りの静寂
ゴリョウを先頭に、一行はロジャーズの地図、そしてマールの記憶(ちょっと頼りなかったが)を頼りに、乙姫の間へと進んでいた。
「この辺までくればわかるよ! あんまり変わってない!」
マールが声を上げるのへ、ゴリョウが頷く。
「おう! じゃあ、この先にいるのが――」
だん、と巨大な木製の扉を開いた。その先には、海の青さを感じさせるような、静謐な、蹴れど冷たい気配の漂う大きな広間があった。
「……乙姫の間だ。間違いない」
百合子が言った。
「でも……こんなの冷たくて、さみしくはありませんでした……!」
フローラが言った。広間の中心には、メーア・ディーネーによく似た印象を持つ少女がいた。その少女は輪郭がどこかぶれているように見える。映像、あるいは投影物のように。
「メーアではないな、貴様」
ロジャーズが言う。
「ワールドイーターか。成程、或いはこの地の泥の集合か」
『竜宮は、喪に服し続けるのです――』
それが言った。
『静かに、静かに、邪神を眠らせる。その、喪に』
「ちがい、ます……!」
フローラが叫んだ。
「役割としては正しい、とは、思うのですけれど……!
自分を抑えて、抑えすぎて、だから周りもそうじゃないといけなくなっていて。
……なんだか以前の私みたい、で。
そんなのは、嫌です。私は、今の私が好きです。
今の皆が、正しくないなんて……認めたく、ない……!」
「ぶはははッ! その通りだ、フローラッ!」
ゴリョウが笑う。
「もっと明るくいこうぜ乙姫様よ! その方が、きっと、最高だ!」
「応――おれさまもな、湿っぽい雰囲気は大嫌いなのさ。
マールの嬢ちゃんよ、ここで頑張ったら、拳骨は少し加減してやる」
グドルフが言うのへ、マールがうなづいた。
「……ここは竜宮なんだから、あたしも少しくらい、加護を与えられるはず……! まかせて!」
マールが祈る様に、手を君だ。世界を包むレイヤーの隙間から、元の竜宮の暖かな光が差し込んだ。それは、この冷たい世界にいる『乙姫』たちにとっては、毒のように、体をしびれさせるものだ――!
「じゃあ、はじめようか――時間もないからねぇ?」
武器商人が言う――同時! 影の兵士たちが、雄たけびを上げてとびかかってきた!
「短期決戦だよ! こんな竜宮、一秒たりとも認めてやらないんだ!」
アクセルの言葉に、仲間たちは武器を構え、突撃する! ゴリョウがその両手を構えるや、気合とともに敵の一団を圧しこめた!
「バニーさんにはおさわり禁止だ!」
「そう言う悪いひとには、電撃でお仕置きなんですから!」
フローラがその手を振るう。雷の鎖が、影の兵士たちを激しく打ち据えた! 同時に、アクセルがその指揮杖を振るう! 放たれた青の衝撃が、影の兵士を捉え、壁に叩きつけた!
「オイラたちが影の兵士を抑える! あの、偽物の乙姫をお願い!」
「マールは我に任せておけ」
ロジャーズが、マールをかばいながら言う。
「たのむぜ……!」
クロバがそう呟きながら、刃を握りしめた。目の前には、メーアの姿があった。暗く、悲しく、何もない、表情の。
「あの子にそんな顔をさせるなよ」
「同感であるな。竜宮には、笑顔が一番だ」
百合子が頷く――飛び出した。斬撃。拳。一刀一撃。サイドから迫るそれを、ぶわ、と輪郭をブレさせた乙姫が受け止める。刹那、二人は同時に後方へと飛びずさった。刹那、毒々しい色をした触手のようなものが空間を裂いて現れ、二人が直前までいた場所を薙いだ。
「不得手とはいえ、やれないわけじゃないんだろうさ」
クロバが構える。百合子が構えた。
「ふはっ! 上等よ」
にぃ、と笑った。
「さて、不幸しか生まない未来には終止符を。『ダガンはもう居ない』、それが確定した未来だよ」
武器商人が構える。
「一撃必殺だ。我(アタシ)が抑える。山賊の旦那、咲花の方、フユツキの旦那。頼むよ」
「まかせな」
グドルフが、笑った。
「こんなつまらねぇ場所には、一秒たりとも居たくねぇよ」
構える――息を吸い込む。
踏み出す!
武器商人が、その手を掲げた。蒼き槍が、深海を裂いて生まれた。投射! 放たれたそれが、乙姫を狙う。ばぢ、と音を立てて障壁が発生、それを受け止める――続いたのは、グドルフだ!
「わりぃな! おめえの居場所は、この世にはねぇのさ!」
バットを振る様に、横なぎに己を振り払う! 投射された、蒼の槍に向けて! がおん、と強烈な音が鳴り響いた。叩きつけられた青の槍が、乙姫の障壁を粉砕する! 力場が、蒼の槍と、グドルフの衝撃で、粉々に砕けた、ばりん、と世界が砕けるような感覚。悲しい顔をした乙姫の姿があった。
「そんな顔は、させない」
百合子が言った。
「もう、誰も、竜宮で! 使命なんかに縛らせない!」
クロバが言った。二人が、合わせるように踏み込んだ。拳の一撃が、偽りの姿を砕いた。黒い、黒い塊だった。クロバの斬撃が、それを縦一文字に切り裂いた。中央にあった、小さな宝石のような聖遺物が、ぱりん、と音を立てて砕けた――。
布を取り去るような感覚を覚えた。世界に覆いかぶさっていた、布を、取り外したような、感覚。レイヤーが、はがれる。覆いかぶさろうとしていたそれが、消える。
気づけば、皆、竜宮の道の真ん中にいた。多くの人たちでにぎわっている、竜宮の、現在の竜宮の、大通りだ。
「帰ってきた……!」
アクセルが叫んだ。
「おう。どうやら、やったらしい」
ゴリョウが、嬉しそうに笑ってみせた。
「よかった……」
ほっ、とフローラが、胸をなでおろした。
あの、冷たい海はもうなかった。人の気持ちと、心と、笑顔が咲く、深海の、優しい都。
イレギュラーズたちが守った竜宮の姿は、変わらず、ここに、あった――。
「めでたしめでたし、か。貴様は、それでいい」
ロジャーズが、マールに笑いかけた。だからマールは、皆に笑いかけた。
大好きな、最高の友達(あなたたち)へ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、竜宮とマールちゃんは無事でした。
このあと、皆で仲良く打ち上げに行ったそうです――。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
竜宮をもう一度、救いましょう!
●成功条件
竜宮城の乙姫(偽)を倒す
オプション――マール・ディーネーの生存
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
マール・ディーネーが突如として姿を消しました。目撃情報などから察するに、どうも竜宮へと覆いかぶさろうとしていた『神の国』へと迷い込んでしまった模様です。
皆さんは、それを察し、聖なる祝福のナイフの力を借り、竜宮からレイヤーを超えて、『神の国』へとたどり着きました。
そこは、かつて歴史に語られた、古き竜宮の姿。
邪神ダガンを封じるために、自らの欲を捨て、気持ちを捨て、未来を捨て、ただ生きるために、ただ使命のために生きる、そのような、昏くて悲しい時代の竜宮の姿です。
どうやら、遂行者たちの歴史によれば、これが本来あるべき竜宮の姿だということなのでしょう。ですが、竜宮を、再び悲しいだけの街にするわけにはいきません。
皆さんは、この街を救うために、そしてマールを救出するために、神の国を進みます。
リプレイの状況としては、皆さんが竜宮城に到着した時点から開始されます。竜宮城には、無数の『影の兵士』たちが存在し、豊穣風の衣装をまとった彼らが、皆さんを追い出すように攻撃してくるでしょう。
竜宮城は、広めの和風建築のお城です。敵の進行などはあまり考慮されていないので、迷うことなくすんなり奥まで進めるはずで。ただし、前述したとおり敵の兵士はいますので、数回の戦闘は覚悟してください。うまく潜伏してやり過ごすことも可能です。
また、最奥にはワールドイーター『乙姫(偽)』が存在します。この乙姫(偽)が、このレイヤー世界(神の国)を維持する触媒のはずです。乙姫(偽)を倒し、このレイヤー世界を消滅させてください。
なお、竜宮城では、最奥を目指してマール・ディーネーが逃げ回っています。うまく合流して守ってあげると、不測の事態が避けられてよいでしょう。
●エネミーデータ
影の兵士 ×???
豊穣風の衣装を着た、影の兵士たちです。基本的には刀などで武装していますが、弓を装備した後衛型も若干存在します。
大量に出てくる雑魚、といったイメージです。特筆すべき能力もありませんが、代わりに数で圧倒してくるタイプになります。
1グループ4~8体で遭遇し、戦闘になるでしょう。一気にせん滅してやるのが、一番疲れないパターンかもしれません。
乙姫(偽) ×1
竜宮城の最奥に存在するワールドイーターです。その姿はメーア・ディーネーに似ていますが、実際には「これまで使命のために自らの感情や幸せを殺してきた乙姫たちの残滓」といったものの集合体です。
強力な神秘系アタッカーになります。遠近両方をこなせますが、得手は遠距離攻撃です。配下として、影の兵士を8名連れており、彼らに前衛を任せて、自分は背後から強力な遠距離攻撃を……という戦法で動きます。
攻撃には、毒・凍結・窒息系列のBSを付与してくるものがありますので、回復はしっかりと。ちなみに、マール・ディーネーが戦場に到着していると、マールの竜宮パワーで、少し弱体化します。
●味方NPC
マール・ディーネー
竜宮のイレギュラーズにやさしいギャルバニーちゃん。
今回は、不運にも神の国に迷い込んでしまいました。
みんなにもらった勇気を燃やし、さみしい竜宮を何とかしようと、竜宮城に突入しています。
どこにいるかはわかりませんが、探せば見つかるでしょう。保護してあげると、いろいろと安心です。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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