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シナリオ詳細

<廃滅の海色>其は絶望よりなお近き、凍土に閉ざす近海の狂王なり

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「ん~……ふわぁ……ふぅ、気持ちいいわね、でも、ふふ。やっぱり海風は嫌ね、髪が傷みそう」
 のどかささえ感じさせる海辺のテラスに腰をかけて、オルタンシアは潮風に靡く風を抑えていた。
 小洒落たテーブルに置かれたのは半透明の青色のジュースが注がれたグラスと、両手を重ねてもあまる大きな鏃のようなものが1つ。
「日差しも心地いいし、何だか眠くなってくるわね……」
 物憂げなような、そうでもないような判然としない声色で微笑み、グラスの縁をそろりと撫でた。
「相席、よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ?」
 がらんとしたテラス席、敢えて相席を選び声をかけたのはマリエッタ・エーレイン(p3p010534)である。
 適当に買ってきた飲み物をテーブルに置き、向かい合う。
「折角なら、私も良いかしら?」
 そこへ姿を見せたのはフルール プリュニエ(p3p002501)である。
「あはっ♪ それで? わざわざ私の前になんか陣取ってどうしたのかしら?」
 前屈みに肘をついてオルタンシアは笑う。
「おねーさんを追ってきたのです。もっと遊びましょう?」
「ふふ、フルールはそうよね。で、魔女さんはどうして?」
「私は……目的は反対ですが、理由は貴女と同じですよ、オルタンシア」
「あら、そう? 怖いわね。もしかして他のお仲間もいたりするの?」
「おねーさんが本当にいるか分からなかったので、まだしていません」
 フルールはそれに続けるようにして答えれば、隣のマリエッタも頷いている。
「あはっ♪ なら、貴女を殺してしまえば問題にはならないわね?」
「殺されるつもりはないですが……殺す気もないでしょう?」
「ふふ、どうしてそう思うの?」
 フルールが言えば、オルタンシアは微笑むばかり。
「――貴女は好きでしょう、傲慢(こういう)女」
「んふっ。そうね。貴女みたいな人、大好きだわ♪」
 マリエッタの答えに満足した様子で笑って、オルタンシアが席を立つ。
「魔女さん、それ上げる。暇つぶしのお礼。伝承が本当だって言う証拠品よ」
 マリエッタはオルタンシアから視線を外して、鏃のようなものを見下ろした。
「あら、本当にもう行ってしまうの? オルタンシアおねーさん?」
 せっかく会いにきたのにこれでは消化不良だと語るフルールへ、オルタンシアは微笑み。
「ふふ、ごめんなさいね、炎の愛し子。でもね、海洋は楽しんだもの♪ これ以上いたら、暇潰しじゃすまないでしょう?」
「それなら仕方ないわ。また会いましょう、次は遊んでね?」
「ええ、次は遊びましょうね、フルール。ふふ、その代わり、置き土産は置いていくわ」
 楽しそうに鼻唄を歌いながら、オルタンシアはどこかへと消えていった。


「私の先生、ですか?」
 背丈に合わせた小さな机の上で何やら座学のようなものを行なっていたらしいフラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が首を傾げていた。
「それは、アドラステイアの頃の、ですよね」
「遂行者の一人、オルタンシアは妹殿のことを聞きたければフラヴィア殿に聞いたほうが早いと言ってたのでござるよ」
 重ねてとわれたことに頷き如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が言えば。
「『アドラステイアの傭兵部隊の隊長クラスなら、会っていないとおかしい人がいるでしょう』……多分、これはティーチャーのことを言ってたんだと思うんだ」
 続けたセシル・アーネット(p3p010940)もまた自らの見解を示すものだ。
「そう、ですか……先生のことを話すのが皆さんの、それにこの国の人たちのためになるのなら……」
 少し緊張した様子で、どこか懐かしそうに目を伏せた。

 私が『先生』と出会ったのは、あの大戦の少し後だった。
 戦災孤児になった私は修道院に預けられ、そこのシスターに育てられることになった。
 穏やかに微笑み、けれどどこかで世界に失望しているような昏い目をした人だった。
 あの大戦が生んだ私のような戦災孤児は多くて、先生は私を含む何人かの子供を連れて街を出て――そしてアドラステイアに属した。
「先生、私は聖騎士になりたいです。父や母のように、誰かのために剣を振るう人になりたいんです」
「それならたくさんのことを学ばないといけませんね。そして、その考えを外に出してもいけません」
 ある時、私が胸の内を明らかにすると、先生は少しだけ驚いて――初めてみるぐらい真剣な顔で、そう諭してくれた。
「貴方のような考えの子は、この国には珍しいから。貴方のような考えの子は、谷底に落とされるのですよ」
「そんな……」
「……だから、貴方は外に出なさい。たくさんの仕事を与えましょう。良く学び、自らを鍛えるのです」
 そう言った先生に学びながら、私は誰かのために剣を振るう日を……自分の部下になった子供達を守るために剣を振るう日々を過ごして――気づけば、アドラステイアは滅んでいた。

(……フラヴィアさんに断罪されたのかとも思ったけど……この様子だと違うみたいだね)
 マルク・シリング(p3p001309)はその様子を見やり、どうにも良好な関係のままであることに気付いた。
「それで、その人は今どこへ?」
「亡くなっています。アドラステイア滅亡よりも前に……皆さんに討たれたのではありません。多分、病気なんだと思います」
 ひと通り聞き終えたマルクは重ねて問えば、伏せ気味のままに彼女は言う。


 絶望に至らぬ近海、水平線の向こうまで続く一面の海は日差しを受けて輝いている。
「……凍ってる」
 瞠目するフラヴィアの言う通り、その海は凍り付いていた。海面の煌めきは凍りついた水面を反射する陽光の輝き。
 ふと、その時だった――凍土を吹き飛ばし姿を見せたのは巨大な魔物――鰐を思わせる身体ではあるものの、そのサイズ感はとても鰐などでは済まされない。
 咆哮を上げるそれの歯の1つが淡い光を放っている――『触媒』だ。
「『巡礼の聖女』と後に天義で列聖される人物は、この地でコキュートスを打ち破り、封じたようです。
 当時の人々は彼女を恐れ、それを察した少女は国を出た。
 亡命した先、天義で与えられた試練、長いようで短い旅路が『巡礼の聖女』と呼ばれる所以のようですね」
 紐解いた巡礼の聖女の物語を簡潔にまとめたマリエッタにフラヴィアが驚きをみせる。
「おねーさんの言っていた置き土産っていうのは、あれでしょうか?」
 そう首をかしげるフルールだが、それ以外にはなさそうか。
「じゃあ、あれがそのコキュートス……?」
 マルクの言葉に肯定が返ってくる。
「なんにせよ、神の国である以上、破壊せねばならないでござる」
 咲耶が言えば、セシルは剣を構え。
「なんだか、それ以外もいるみたいですよ!」
 分厚い氷の海を粉砕して、空に舞い上がったのは巨大なシャチを思わせる怪物だ。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 早速参りましょう。

●オーダー
【1】『近海を閉ざす』コキュートスの撃破

●フィールドデータ
 海洋王国近海諸島の一角。
 海面が凍り付いた寂れた小島――の『神の国』です。
 現実世界では凍ってはおらず、遠い昔に村の少女が魔物を討って村を追われたという逸話があります。

●エネミーデータ
・『近海を閉ざす』コキュートス
 全長10m前後の巨大な鰐を思わせる怪物の姿をしたワールドイーターです。
 非常に素早く、強靭な顎と硬いうろこに覆われ、その口からは凍気が漏れています。
 HPや反応、物神攻、防技などに長けています。
 尻尾や体、顎を使っての物理攻撃の他、口から放つ冷気による神秘攻撃を行います。
 強靭な顎による物理攻撃には【致命】や【出血】系列、尻尾や頭部を振り回す攻撃には【飛】や【ブレイク】
 冷気による神秘攻撃には【凍結】系列のBSが引き起こされる可能性があります。

・『影の天使』コキュートス〔幼〕×15
 鯱のようなフォルムに長く裂けたような口を持つ魔物で、コキュートスの幼体にあたります。
 とはいえ、本物ではなく、ワールドイーター版が産み落とした所謂『影の天使』に近い存在です。
 まるで空を泳ぐかのように常に飛行状態にあります。

 非常に高い物攻を持ち、強靭な顎や空からの飛び込みによる攻撃を行います。
 顎による噛みつきには【毒】系列、【出血】系列のBS、
 飛び込みによる攻撃には【乱れ】系列、【足止め】系列、のBSや【ブレイク】を起こす可能性があります。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。
 元は『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。
 遠い先祖が最初に対峙した魔物の影と説明されてちょっぴり緊張気味です。

 武器は後見人でもある大叔父から譲られた『巡礼者の魔剣』と呼ばれる家宝。
 皆さんよりは強くはありませんが、オンネリネンで部隊長を務めた経験は馬鹿にできません。
 信頼できる戦力であり、自衛も可能です。
 素直な物理アタッカー、単体であれば回復も出来ます。

●参考データ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
『遂行者』と呼ばれる者達の1人。非常に強力な存在です。
 各地に顔を出しています。どうやら今回の『神の国』を作った後、既に退去している様子。
 リプレイでは登場しません。

・『巡礼の聖女』フラヴィア
 ペレグリーノ家の家祖であり、『夜闇の聖騎士』フラヴィアから見て遠い先祖にあたる人物。
 海を隔てて天義にも接する海洋のある小島の生まれ。
 故郷の海を凍土に変えていた本物の『近海を閉ざす』コキュートスを撃破、封印したといいます。
 伝承によればその後、村の人々に恐れられ国を出奔、天義へと亡命し後に列聖されるに至る『巡礼の旅』を行ないました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <廃滅の海色>其は絶望よりなお近き、凍土に閉ざす近海の狂王なり完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月19日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルク・シリング(p3p001309)
軍師
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ロレイン(p3p006293)
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ


 咆哮が凍土に反響する。
 鰐の如きは凍土の王が領域へと踏み入った敵へと猛り、鯱を思わす獣は空を遊泳する。
「巡礼の聖女が、海洋の生まれだったとは、意外だったね」
 『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)の呟きにフラヴィアが頷く。
 その表情は動揺というよりも不思議そうに見える。
 遠き一族の祖、そのルーツが異国より始まったことを知らされたのだからおかしくはないか。
(『剣の聖女』マルティーヌの祖はブラウベルクに繋がっているようだし、イレギュラーズが活動をする以前から、世界は色々と繋がっていたんだね)
 ぼんやりと赤毛の少女の姿をした遂行者と空色の少女を思い浮かべ、感嘆の思いを抱くものだ。
 例えば鉄帝国の空にあれど、彼の島に関わる人物が後の勇者王であったように、世界は遠く昔から繋がっているのだ。
「オルタンシアおねーさんったら、また厄介なのを置いていきましたね。あれは本物ではなく、伝承を喰わせたワールドイーターですかね。
 おねーさんは史実だと言っていたけど、本物が出てこなくて良かったですね」
 咆哮を耳に入れながら、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)はその光景に思うものである。
(やっぱりトドメはフラヴィアに任せた方が良いかしら?)
 それはフルールのみならず、ここにいる数人が抱くものだ。
 嘗ての巡礼の旅の聖女がフラヴィアの持つ剣で斬り伏せ封じた魔物の再現ならば、それを斬ることには何らかの意味があるのではと。
「この暑いのにお寒い奴が出て来たんですけど、季節感考えてください。
 いやどの季節でもクソデカサーペントの出番はないですが」
 そうきれぎみに言うのは『砂漠に燈る智恵』ロゼット=テイ(p3p004150)である。
 熱砂に愛されしラサの遊牧民であるところのロゼットからすれば絶対零度の凍土は真逆に近い場所だ。
「なんと巨大な……!」
 改めて思わず声に出すのは『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)だった。
(オルタンシアめ。わざわざここを拙者達に教えるとはどういうつもりなのか)
 幾度か相対したオルタンシアの「内緒♪」という笑みが脳裏に浮かぶ。
「……此奴を倒してみれば解ることでござろう、きっと」
 咲耶はそのビジョンを振り払うように武器を構えた。
「たとえ怪物を倒すほどの力を人助けのために使ったとしても、助けられた側が感謝の気持ちだけを抱くとは限らないわよね」
 それは悲しい事ではある物の、一片の真実だと、ロレイン(p3p006293)は思う。
 自分達が敵わない魔物を叩き潰すことができる少女――つまるところ、彼女がやる気を出せば自分達を叩き潰すことなんて容易い。そう判断してしまうのは、無理からぬ話である。
(……それでも、聖女フラヴィアは村を追われる事になったその力を、その後も正しいことにだけ使い続けたのね)
 あるいはそこで正しい事の為に使おうという道を選べたのが、列聖される人物のゆえんだろうか。
(本当に食えない人ですね、オルタンシア。
 まぁ、私も本質的には嫌いではないみたいです……理性的には嫌いですが)
 目の前の光景を見やり、視線を下げた『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)はこの地に踏み入る前の事を思い起こす。
(この鏃を渡してきたのも意図は掴み切れませんが、少なくとも今回ばかりは信用させてもらいましょうか)
 鏃のように見えるそれは、コキュートスの方、特に淡い光を放つ『触媒』を見やれば何かも理解できる。
(これは歯の化石ですね、恐らくは本物のコキュートスの)
 ひとまずはそれをしまってから、マリエッタは血の鎌を手に駆け抜ける。
「かつて封印された魔物が復活…いえ、再現された!?
 神の国諸共、今昔の因縁はここで終わらせましょう。フラヴィアさん!」
 輝剣の刃を構築しながら『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)はその咆哮を聞いていた。
「今昔の因縁……」
 そう呟くフラヴィアが構えた魔剣を見下ろしている。
 夜の闇のように光を呑むような黒剣だが、どこか魔力を帯びているようにも見える。
 それは夜に輝くオーロラのように、トールの愛剣と隣に置くと互いに映え映えとしている。
「まずはコキュートスの幼体から攻撃していこう。後に続いてくださいフラヴィアちゃん!」
 フラヴィアへと振り返り、『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は声をかける。
 魔剣を見下ろして不思議そうに首をかしげていたフラヴィアが、その声を聞いてハッと顔を上げた。
 マーシーのソリに乗り込むままに空を飛翔して振り払った愛剣が氷の刃となり戦場を駆け抜ける。
 圧倒的な先手の動きは、コキュートス達を混乱させ得る一閃。


 それに続くロゼットは愛刀を握り締めて鯱擬きめがけて飛び掛かっていく。
「おうちへ帰れ。大海原は大体のもんを受け入れるらしいし。速攻おうちへ帰れ、迷惑なので」
 さっさと帰りたいという気持ちを乗せに乗せた斬撃は徹底して力任せに。
 それは斬り降ろすというよりも殴りつけるという方が正確なまでの徹底的なる侵略攻撃。
 ――それとほぼ同時、咆哮を上げたコキュートスが物理法則から有り得ない速度でこちらに向かって突っ込んできた。
 思わず構えた愛剣が硬い皮膚とぶつかり合って強烈な金属音を奏でた。
「硬い体表に巨体とは思えない程の反応速度……! シンプルに厄介ですね、しかし――!」
 トールはそれを何とか受け止めながら、後ろに迫る気配を感じ取っている。
「今回は思う存分頼らせてもらいますから……頑張ってくださいね?」
 それに続けてマリエッタもトールへと笑いかける。
「何はともあれ、トールおにー……おねーさん、よろしくお願いしますね」
 ぞわりと嫌な予感と足元が割れるような気配を感じて、フルールは言い淀むままに炎を抱く。
 放つ紅蓮の天威は真っすぐに暴れ出したコキュートスを撃ち抜いた。
 咆哮がもう一度。それは明確にフルールへの敵意に満ちていた。
「は、はいっ!」
 そのまま各々動き出した2人に、トールは頷きつつ愛剣を握る手にさらに力を籠めた。
「僕らが勝てば歴史の再演、僕らが敗れれば歴史の修正、って事になるのかな」
「歴史の……再演?」
 驚いたようにフラヴィアが目を瞠れば、マルクは微笑んで。
「もちろん、後者の結末にはさせない」
 そう、ワールドリンカーのキューブを形成し、一斉に射出する。
 弾幕を描くキューブは放物線を描いて空を翔け、空を舞う鯱のような影を魔の雨の下に沈めるもの。
 空でも泳ぐように器用に動く鯱の攻撃を受けつつ、咲耶は絡繰手甲から苦無を取り出して投擲する。
「空を飛ぶならば撃ち落とすまで! 纒めて凍土に叩き落してくれようぞ!」
 放たれた苦無は幾重にも渡り、瞬く間に戦場に斬痕を刻む。
 それは銃撃が齎す恐怖劇かのように鯱たちを斬り裂いていった。
(倒された伝承の怪物が神の国にいる……興味深いわね。倒した人物はイレギュラーズ?)
 その者ではあるまい。恐らくは、伝承を食わされ変質したワールドイーターだ。
 それは答えのない真実である。
「――ただ、夏も近いのに氷漬けは迷惑よ」
 射線は空へ。
 放たれる魔弾は一条の雷光。
 蛇の如く蛇行するそれは数多の鯱を絡め取り、一艘と輝く雷光を放つ。
「できる限り皆とターゲットを合わせて、数を減らすことを心がけてください!
 こちらは任せて! 僕とマーシーは一心同体ですから!」
 心配しているようなフラヴィアへとそう声をかけながら、セシルは再び剣を一閃する。
 氷の斬撃が戦場を一閃し、散り行く残滓は瞬く雪の結晶となって瞬いていく。


 シャチのような魔物はすでに消え、残るは親玉とでもいうべきコキュートスだけになっている。
「フラヴィア殿、大丈夫でござるか!」
 咲耶はフラヴィアを気にかけながらも戦場を行く。
 咲耶もまた、フラヴィアと魔剣の関係を考え気にかけていた。
 そのままの流れでコキュートスの懐へと跳びこみ、忍刀を振り抜いて紡いだ斬撃が腹部の柔らかい部分を切り刻む。
「2人とも下がって! その一撃は私が受け止めます!」
 コキュートスが天に向けて雄叫びをあげれば、トールは前に出る。
 かと思えば、頑丈なる頭部がそのままトールめがけて降ってきた。
 尋常じゃない重さと衝撃が身を打ち、気付けば身体がすっ飛んでいた。
「全く、私達用に調整されてませんこれ?」
 炎を掻き消すほどの衝撃を帯びた尻尾の殴打に思わずフルールも呟くものである。
「えぇ、本当に、この手の攻撃にはとことん弱いのですが……仕込んでると言っていいのでは?」
 薙ぎ払われたマリエッタもまた、それに応じるものだ。
「失礼ね、そんな面倒なことしないわ?」とでも「あらら、バレちゃった?」とでも言いそうなオルタンシアを思い浮かべながら、2人は前を向く。
 マリエッタとフルール、2人とも同じように加護を身に纏い戦うタイプである。
 相性は最悪と言っていい――とはいえ、2人ともわかってはいた。
 あの巨体が放つフルスイング、加護ごと薙ぎ払う衝撃が生まれるのは避けられない。
 ――だからといって、この場にいない女へ文句をいうのぐらい、許されるだろう。
 コキュートスの放つ衝撃があるからこそ、鯱どもも衝撃を叩きつけてきていたのだろうとも。
 吼えるコキュートスへ、ロレインは愛銃を向けた。
「ただの村人には脅威となるその力、この世に放たれる前に終わらせる」
 酷く手に馴染む愛銃と、冴えわたる思考。
「――混沌たる毒の魔弾よ……悪夢を齎せ」
 銃身に魔力を束ね、銃口には終息した魔力が暗色を抱く。
 引き金を弾いて放たれた魔弾は戦場を静かに駆け抜ける。
 呪われた魔弾は遮るものなき戦場を駆け抜け、咆哮を上げんと開かれたコキュートスの口腔へと呑まれていく。
 刹那、暗色の魔弾を浴びたコキュートスは咆哮を上げた。
 怒り、あるいは痛みに揺れた咆哮の後、コキュートスは首を振る。
「昔の伝承とかはよく分からないけど、きっと剣を振るうフラヴィアちゃんはカッコイイから」
 背中を押すように、セシルはフラヴィアへと笑いかける。
 驚いた様子を見せた少女はどこか緊張した様子で頬を綻ばせ。
 そのまま深呼吸をして、コキュートスを見上げた。
 セシルはその様子を見ながら雪輝剣セシリウスを振り抜いた。
 鮮やかに描かれた斬撃を、フラヴィアが紡ぐ剣閃の案内をするように。
 美しく凍土に輝く雪の斬光に続け、仲間達の連撃が走る。
(さむい、いたい、帰りたい!)
 巨体たるコキュートスより叩きつけられる反撃を受けながら、ロゼットは内心でそう愚痴る物である。
 夥しい量の血を流し、ぼろぼろの身体で振り抜く一撃は受けた分を返してやるとばかりに重みが増している。
 壮絶に増した切れ味の殴打は鋭く閃く一撃となってコキュートスの身体を削っていく。
「たしかに、寒さが身にしみるでござる。此等を一人で倒したとは巡礼の聖女は大した強者でござるな」
 ロゼットに肯定しつつ、咲耶は改めてコキュートスを見やる。
 巡礼の聖女と呼ばれることになる人物はこの魔物を封じたところから始まった――ある種、初陣と言える相手であったのだろう。
 トールは自らを奮い立たせ、愛剣をコキュートスへ向けた。
「さんざん、甚振ってくれましたね! 次は私の番です!」
 そのまま一気に眼前のコキュートスへと剣を振り抜いた。
 巨大にブーストしたオーロラ状の刀身を振り下ろせば、強靭なる鱗そのものを破砕し、斬撃は極光の尾を引いた。
 動ける身体を勢いに任せ、トールはそのまま三連続の一閃を斬り結ぶ。
「伝承ではコキュートスは封印したということですが、これを倒せたら本物ももしかしたらいつか倒せるかもしれませんね。
 そうなったら聖女超えしてしまいますね、フラヴィア?」
「ふぇ!? せ、聖女超え、ですか!?」
 フルールの言葉にフラヴィアが声をひっくり返す。
 フラヴィアからすれば馴染みのない遠い昔の人物とは言え、祖国の先達である。
 信仰心と共に敬虔な騎士として育てられつつある少女には緊張もあろうか。
 フルールはそんな様子に微笑みかけてからそのまま全身全霊の炎を一斉にコキュートスへと叩きつけていく。
(巡礼の魔剣の輝きが増している?)
 マリエッタはコキュートスの懐へと潜り込み、血の鎌を振り抜きながら背後の気配を感じ取っていた。
 神滅の血鎌は堅牢なるコキュートスの守りを削り落とすままに鮮やかに切り刻む。
「過去の亡霊よ、未だ暴れ足りぬと言うならば何度でも倒して差し上げる。覚悟いたせ!」
 それは空よりの声。
 コキュートスの攻撃を文字通りの跳躍で躱して見せた咲耶は、いまだ空にあった。
 自然落下に任せて絡繰手甲から振り抜いたのは一本の忍刀。
 紡ぐ三光梅船が連撃は全くの視界からコキュートスへと落ちる。
 連撃がコキュートスを削り続け、戦いは激しさを増しながらも終わりに近づいていく。
 その最後、イレギュラーズの見ているその前で、黒剣がコキュートスの触媒を斬り裂いた。
 肩で息をするフラヴィアが握る黒い剣は、どこか淡く輝いているようにも見えた。


 景色は移り変わり、凍土は嘘であったかのように穏やかな海辺の町が返ってくる。
「終わった~」
 ロゼットはその場でだらりと倒れこんだ。
 どこまでも澄んだ空と温かな日差しは故郷のそれに比べて随分と心地の良い物だ。
「いたっ!」
 思わず起き上がるのは怪我をしている部分で砂に触れたせい。
 砂浜の砂が血にまみれた身体に触れて意外と痛い。
(あーでも、あったまるー)
 砂浜から少し離れ、ごろりと丸くなればそのままうつらうつらと眼が落ちて行く。

「そういえばフラヴィアさん、修道院、そしてアドラステイアの『先生』について聞いてもいいかな?」
 マルクはフラヴィアへと声をかける。
「先生のことですか?」
「うん、名前とか、修道院のシスターになる前はどうしていた、とか」
「そうですね、フラヴィアちゃんの先生のお名前はなんというんですか?」
 マルクに続けるようにセシルも問いかけた。
(アドラステイアという大変な場所でフラヴィアちゃんが生き残れたのも、その先生が居たからなんだろう。感謝しなくちゃね)
 セシルの問いかけは純粋にその感謝から来るものである。
「先生は……エリーズって名乗ってました。墓標にもそう書かれていたはずです。
 ただ、過去については私も分からないです……教えて貰ったことも、仰っていたこともないので」
 そう力無く首を振って否定する。
「……ただ、1ついうのなら。先生は良く、私達が寝付いた後の夜に祈りを捧げていたみたいです。
 少しだけ聞いてしまった時は、たしか……『天よ、どうかあの人が今度こそ幸福であるようにお導きください』と」
(それはきっと、オルタンシアの事だろう)
 フラヴィアの答えにマルクは黙して思う。
 もしも、その言葉が本心からの物であれば、少なくともシスターはオルタンシアが魔種として生きていることを知っていたのだろう。
(そして、彼女はフラヴィアさんとオルタンシアに何らかの共通点を見出していた……)
 何を共通点として見出したのかは、知ろうにも情報が少ない。
 オルタンシアに対して――そしてきっと、フラヴィアに対しても、だ。
 見つめられていることに気付いたフラヴィアが首をかしげる様子に、マルクは「何でもないよ」と答え、黙考する。
(……巡礼の聖女の『長いようで短い旅路』は、今後オルタンシアが関わる場所のヒントになるかもしれない。もう少し調査を進めても良さそうだ)
「そういえば、皆さんはどうしてこちらへ?」
 戦いの終わり、マリエッタは声をかけた。
 視線の先には剣を手に何か首をかしげているフラヴィアの姿がある。
(フラヴィア、元アドラステイアの……彼女が巡礼の聖女の末裔。
 それ自体はいいのですが、神の国を顕現させる際に何故関連した者が……)
「そういえば、どうして?」
 セシルはそう首をかしげるものである。
 フラヴィアの元を訪れた後、海洋に『神の国』が生まれつつあるという話になった。
「……何となく、です」
 そう呟くフラヴィアも又、要領を得ない。
 ここに来たいと言っていたのは彼女だったと、セシルたちは記憶していた。
 例外はそもそもオルタンシアを追っていたフルールとマリエッタの2名である。
「ただ何となく、ここに来なきゃいけない気がして……やり残した仕事が降ってきたみたいな……」
 そう言ってフラヴィアが魔剣を見下ろしている。
 少しの間、淡く魔力の帯びていた魔剣はもう、その光はない。
 その様子から視線を外したフルールは海の方を見た。
(聖女に関連したものをワールドイーターに模倣させる……オルタンシアおねーさんは魔剣以外でも聖女の復活を目指しているのでしょうか?)
 凪の海、穏やかな空の小さな島、遠く消えた魔物の痕跡の方を見やり、フルールは思う。
 その答えは穏やかな海からは帰ってこない。

成否

成功

MVP

トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

状態異常

フルール プリュニエ(p3p002501)[重傷]
夢語る李花
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女

あとがき

お疲れ様でしたイレギュラーズ。
これより先、遂行者オルタンシアはどう動く気なのやら。

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