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シナリオ詳細

<廃滅の海色>鉄心は絶海に消え、海の果てに天使は嘲笑う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「お前もしつこい男ね。天主様にお仕えするでもなく、我らを追ってあっちへふらふら、こちらへふらふらと」
 濃霧に閉ざされた絶海の孤島の浜辺にて女が男を見下ろしていた。
 冷たく見下ろされる男の姿はどことなく忍を思わせる。
 漆黒の瞳には胡乱な闇が乗り、濃い影を纏うような濃い魔の気配。
「野良犬のように鼻だけと勘だけはいい。そのような有様だからこそ、反転するのですよ、エルヴィツィオ」
「貴様ら遂行者は天義の癌――否、この世界の癌となる。貴様らを殺すのは充分に我が宿願といえよう」
「最初に追った女を見失ったからと、次は私というわけですか。全く、節操という物がない」
 対する純白の修道服に身を包む女は、純白の六翼を背にして空に腰掛ける。
 ブロンドの髪は曇天にさえ目立つ美しさ、頬に刻まれたる聖痕は彼女の立ち位置を如実に表している。
 女が指を鳴らし――濃霧が弾けるように吹き飛び、エルヴィツィオの周囲に複数の影。
「影の天使とかいう連中か、こんなもので俺が貴様を逃すと思うか、遂行者よ」
 いつの間にか囲まれていることに気付いたエルヴィツィオは忍刀を構えて女へと鋭く殺意を向ける。
「影の天使? ふふふ、面白いことを言う。これらはそんなものではありませんよ」
 姿を見せた者達は影の天使とは違う存在のようだった。
 翼を生やした姿は確かに飛行種のように見えるが――顔のないつるりとした頭部は特徴的か。
 所々どろりと溶けだしたような様子は元々の形というよりも、廃滅病に侵されたが故だろう。
「天主の為に、力を尽くしなさい」
 そう笑った女が再び指を鳴らすと同時、謎の存在が一斉にエルヴィツィオへと襲い掛かった。
 戦いは始まり、けれど魔種としての力を背景にエルヴィツィオの優勢で進んでいく――がしかし。
 不意に落ちたるは閃光、壮烈な輝きと共に打ち出されたそれは、全くの視界からエルヴィツィオの心臓を撃ち抜いた。
「ぐぁ、がっ、ぐぅ――きさ、まっ!」
「……無様! 無様とはこういうことね! あははは!」
 品のない笑い声が浜辺に響き始めた。
 ギラリとした瞳で魔種は女を見据えて唸りだす。
 何かが入り込み、自分を侵していく感覚に、エルヴィツィオは唸る。
「あはは、あはははは! 野良の獣、ただの殺人鬼風情が!
 真の歴史が為、犠牲になれることを喜びなさい!」
 撃ち抜かれた心臓部には、聖痕の刻まれた『触媒』が1つ。
 魔種の心臓を侵して成り替わったそれは、『神の国』の礎である。
「――絶海は閉ざされ、遥かなる豊穣は存在さえ見出されぬ。
 開かれた海は再び閉ざされ、消えたはずの廃滅の病はより濃い気配と共に漂うでしょう。
 海は天主がために絶望に帰すでしょう――お前のようなただの間抜けでも、ね」
 満足するまで愉悦に笑った女は、大きく羽ばたいて空へ舞い上がる。
「節操のない愚か者。天主に弓を引く連中は、傲慢にも神の代理人などと吼えている。
 貴様を追う連中はきっとこの地を訪れるだろう。精々、愚かなままに死ね」
 嘲弄した女は、どこかへと消えていく。


 ざざぁ、ざざぁと波の音。
 常夏の日差しが海に煌めいている。
 砂浜には人気がなく、照り返しの日差しが砂浜を焼いている。
 ここはシレンツィオリゾートの一角、穏やかな小島の1つである。
「この辺りを最後にエルヴィツィオの起こしたらしき殺人事件は途絶えています」
 アメジストの瞳を伏せてシンシア(p3n000249)が言う。
「ここまでの足取りは何とか辿れたけど……エルヴィツィオはどこへ消えたんだろう」
 シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は首をかしげるものである。
「……今のところ、主目的としては遂行者を追っているようですね」
 小金井・正純(p3p008000)が続けた。
 エルヴィツィオと名乗る魔種――それは封魔忍軍の部隊長を務めた男であった。
 天義のために悪性腫瘍となる不正義を陰ながらに切除する役目を担う男は、自らの目的の為には自分の意思を殺すことを躊躇わなかった。
 正純は彼の行き過ぎた正義により、子供達が無惨にも殺される現場に立ち会ったことがある。
 それ以来、暫くは姿の見えなかった男は主家とも分たれ、魔種の狂気に侵され今やただの連続殺人鬼に成り下がっていた。
 2度目邂逅により、エルヴィツィオが天義を攻撃する『冠位傲慢』の使徒を追っていることは分かったものの――3人の追跡はこの町で止まっている。
「奴の正義は今はまだ遂行者に向いています……しかし」
「いつ、子供や無辜の民に向くかも分からない、そうだと思います」
 正純の言葉にシンシアが小さく頷いた。
「そうなる前に、エルヴィツィオも止めないと……でも探しても見つからないんだよね」
 シキが言えば、2人がこくりと頷いた。
「……探していないところは、あと1つです」
 暫くしてシンシアが言った。
「遂行者を追って彼がここまで辿り着いたのなら、もしかすると、あるのかもしれません」
「……『神の国』」
 誰からともなく言えばこくりと頷きあう。
 そうして、3人はもしもの為にと集めた他の面々と共にその地を――絶望の青に帰した島を訪れる。


「――ローレット、か」
 改めて神の国に訪れたイレギュラーズは、濃霧の中で低い声を聞いた。
 霧の中から姿を見せたのは、1人の忍――その胸元は、何かに焼き払われたように燃え尽きている。
 心臓のあろう場所には、鮮やかに輝くルビーのような何かが埋まっている。
「我を殺せ、ローレット……こんなことを、貴様らに言うことになろうとはな。忌々しい遂行者め……」
 歯噛みするようにギラリとした瞳で男がこちらを睨んでいた。
 ついで霧から姿を見せたのは、顔の溶けた天使のようななにか。
「無貌の……天使……?」
「馬鹿な……」
 シンシアと正純は声を震わせた。
 その姿は、2人がアドラステイアで見たある聖獣にも良く似ていた。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 早速始めましょう。

●オーダー
【1】『触媒』の破壊

●フィールドデータ
 シレンツィオリゾート近郊に存在する小さな島を参照にした濃霧立ち込める『神の国』です。
 廃滅病の気配が色濃く残っており、『絶望の青』時代の空気感が色濃く残っています。

●エネミーデータ
・『夜の運び屋』エルヴィツィオ
 神の国に迷い込んだ『野良の魔種』です。
 封魔忍軍の部隊長を務め、澱んだ瞳とロウライトへの強烈な忠誠心を抱いた狂人――でした。
 どうやら封魔忍軍から離れフリーの暗殺者になり、世を騒がせる『遂行者』の存在を追跡していたようです。
 狂気が進行したのか帰属組織への忠誠心は薄れ、『国のための掃除と銘打ち殺人を繰り返すシリアルキラー』でしかありません。

 胸元が焼き払われた忍装束を纏っています。
 冠位傲慢の使徒たる遂行者の領域で遂行者に敗れた結果であり、開かれた胸元にこの地の『触媒』が埋め込まれています。
 エルヴィツィオと完全に一体化しており、エルヴィツィオを撃破することで『触媒』も破壊できます。

 触媒を埋め込まれたこと、遂行者との戦闘後であることを理由にHPが低下しています。
 その他反応、回避が下がり、各種攻撃力は上昇傾向にあります。

 また、奇襲攻撃時に能力が上昇する特徴があります。
 姿を見失うと危険です。

 武器は暗器類と徒手に加え、何らかの忍術(神秘攻撃)を行ないます。
 隠密、暗殺に活用できる非戦スキルのエキスパートです。

 暗器類は【毒】系列、【痺れ】系列、【麻痺】などのBSを起こします。
 また、片刃の忍刀を振るう攻撃には【邪道】、【弱点】の効果を持ちます。

・『変異種』無貌の天使×8
 廃滅病の気配を纏った飛行種らしき何者かです。
 手に大剣と大盾を持ち、白兵戦を仕掛けてきます。
 顔のないつるりとした頭部を持ち、手脚や羽の一部が溶け落ちています。
 成長した人間ぐらい(160~180cm前後)ほどあります。
 その姿はアドラステイア時代のシンシアが関わった聖獣実験の成れの果てによく似ています。

●NPCデータ
・『遂行者』???
 エルヴィツィオに『触媒』を埋め込んだ純白の修道女です。
 曇天で極まって目立つブロンドの髪と美しい純白の六翼が特徴的な人物です。
 現在はどこにいるのか不明ですが……?

●友軍データ
・【紫水の誠剣】シンシア
 アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
 皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
 名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク、抵抗型or防技型へスイッチできます。
 上手く使ってあげましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <廃滅の海色>鉄心は絶海に消え、海の果てに天使は嘲笑う完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月14日 22時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官

サポートNPC一覧(1人)

シンシア(p3n000249)
紫水の誠剣

リプレイ


 胡乱な瞳をした男は濃霧の向こう側に立っている。毒々しい赤に輝く心臓はこの地の核であるという。
(あのエルヴィツィオとやら、相当の手練れとみた。
 事情は知らんが、そんなやつが魔種にまでなったってのに、それでも敵わねぇってのは――『遂行者』とかいう連中は相当強いってことかい)
 エルヴィツィオを見据える『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は思う。
 天義を騒がす遂行者と呼ばれる連中、彼らが海洋にも手を出し始めてから暫しの時間が経ちつつある。
 聞けばこの『神の国』は遂行者たちの領域、連中を強化する性質があるという。
 如何に魔種といえ――或いは魔種同士であるがゆえに、神の国の支援を受けられる『遂行者』に軍配があがったのだろうか。
「……ま、一回『絶望の青』を乗り越えた俺たちの敵じゃねぇさ。そうだろ?」
 その辺りを考えるには、自分ではあまりにも事情に疎いと思い直せば、ゆらりと動き出した縁は既に術式を起動してる。
「己の矜持に殉ずるか。
 そういう手合の成れの果てというのは、私も何度も見てきたわ」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はその姿を見やりそう漏らす。
「私は敬意を表するわ。私は生きるために、そういうのを捨てる手合だから」
 黒剣を抜き、イーリンは静謐を帯びた紫苑の瞳をエルヴィツィオに向ける。
「始めましょう――神がそれを望まれる」
「神が、か。良いだろう、不遜にも神が望むというのなら――こちらも全力で相手せねばなるまい」
 天義のために生きた男にその台詞は鋭く響く。
「元より、忌々しいこれのせいで加減などできないが」
 言うや、エルヴィツィオが動く。
(エルヴィツィオ。遂行者を追っていたのは知っていましたが、まさか敗北して逆に利用されてしまうとは。
 ……その遂行者とやらはかなりのやり手、という訳ですか)
 弓を構える『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は改めて周囲を見る。
(それにあの顔のない天使。まるで聖獣のよう……とりあえず今はこの空間をどうにかするのが先決です。
 エルヴィツィオ、そのためにも貴方を今度こそ打倒する)
 正純はそのままちらりとシンシアを見た。
 天使の姿に驚いた様子を見せていた彼女もまた剣を構えつつあるようだ。
「シンシアさん、エルヴィツィオを抑えてください。
 今の貴女になら、任せられる。もちろん、1人でなんて言いません。シキさんにサポートをお願いします」
「――はい!」
 正純からの言葉に驚いた様子を見せたシンシアがやがて力強く頷いた。
 期待に応えようと目が輝いている。
「やぁ、シンシア、今回はよろしく頼むねぇ」
 ゆっくりとシンシアへと笑いかけたのは『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)である。
「シキさん、お久し振りです。そうですね……今回こそ、終わらせましょう」
 シンシアが少し嬉しそうに頷いて、その視線が改めて敵の方を見据える。
「エルヴィツィオも気にかかるけど、天使の方も気になるね」
「……そうですね。あれがどうしてここにいるのか」
 その視線の咆哮を見つつシキが言えば、小さくシンシアが頷く。
「でもまずはエルヴィツィオからだ。行こう」
 シンシアへと視線を向けて、シキは剣を抜いた。
「――はい、一緒に抑えましょう」
 少し嬉しそうに表情を綻ばせたシンシアが表情を引き締めて続いてくる。
「エルヴィツィオ……子供達の命を奪った封魔忍軍の暗殺者だった男。
 自分達をあしらってみせたあの男がここまで……堕ちたものでありますね」
 正純と同じく『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は封魔忍軍時代のエルヴィツィオのことを知っている。
「……子供達の命を奪ったお前を許すつもりは毛頭ない。だから、貴様には魔種として引導を渡すであります……!」
「貴様は……あぁ、そうか。あの時の」
 ムサシを見たエルヴィツィオが小さく笑った。
「そうか、せいぜい俺を恨み、俺を殺すことだ」
「魔種に堕ちた後は遂行者のオモチャかよ。情けねえ奴だぜ」
 その姿を見た『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)の言葉も的を射て射よう。
 その手にぽん、ぽんと軽く握るのは1つの球体。
「ふん、貴様に言われずともな」
 対するエルヴィツィオもまた自らを笑うように答えるものだ。
 そこへとグドルフが投げつけたのはカラーボールだ。
「そんなものが当たるとでも」
 跳躍して躱した男に追撃のもう1つカラーボールを打ち込めば。
「ま、気休めさ。役に立つかどうかは知らねえがね。
 だが山賊てのはなあ、相手の土俵にゃ上がらねえモンだぜ。
 こういう小細工、てめえも散々使ってきただろ?
「山賊? 貴様のような連中はいつどこにでもいるのだな。
 殺しても殺しても、どこからともなく生えてくる悍ましい連中め」
 ぎらりとした目がグドルフを見た。
「はっ。てめえの相手なんてするかよ」
 それを哂って、グドルフは視線を天使の方へ向ける。
「俺の相手は、てめえらだ」
 視線は既に天使たちへと向いている。
「山賊の旦那、合わせるから存分にやりな」
「言われずとも!」
 応じるグドルフは斧を振り下ろす。
 踏み込みと共に壮絶に撃ち込まれた斬撃は衝撃を生み。
「掛かって来いよバケモンどもォ、ボコボコにして魚のエサにしてやるからよ!」
 咆哮にも似た声と共に衝撃が戦場を劈き、それに斬られた天使たちの視線がグドルフへと集束する物だ。
 直後、縁は手を戦場に伸ばす。
 戦場に揺蕩う『氣』の流れ、見えざる奔流へと伸びた手は、たしかにそれに触れる。
 そのまま引っこ抜くように手を払えば、それは押しては返す波のように変異種達の内側を切り刻む。
「結構怒ってるんだぜ、これでも私は。
 あの子が眠る地を穢し、あの子の生きた証を消そうとしてるんだからよ」
 静かに怒りに燃える『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)はその手に獲物を握る。
「だから……本気を出す」
 その視線は静かに魔種を見据えていた。
「逆鱗に触れた、な。
 絶望を乗り越えたこの海を、マリアの友達が眠るこの海を、踏み躙ることなど、許さない」
 そう告げる『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の瞳には珍しく明確な怒りが見える。
 美しき金色の髪がゆらゆらと炎の如くゆらめいている
「数多の人を斬ってきた。今更、新たに恨まれようと知った事ではないが……流石にその怒りを俺に向けられるのは理不尽ではあるな」
 苦笑するように笑った魔種の殺意は質量を帯びてイレギュラーズを絡め取っていった。


「――エルヴィツィオ」
 敵の姿が濃霧へと消える前に――シキは魔種へと肉薄し、真っすぐに男と眼をあわせた。
 胡乱な、闇のような濃い黒と交わった視線、相手が何を思っているのかまでは分からない。
「君は何人もの命を奪った殺人鬼だ。それでも、君はそこに忠義を捧げた。
 それが間違ったものでも、君は人で、心があっただろ」
 咄嗟に振り抜いた剣は忍刀に防がれ、互いのせめぎあいは互いを傷つけることはなかったが、注意を惹きつけるには十分な時間。
「思い出してよ、エルヴィツィオ」
「――人の心など、当に捨てた。そんなものがあって、人を斬る事が出来るものか」
 重い声がシキの耳を打つ。
 例え子供だろうと斬り捨てる、そのためにまず殺したのは彼自身の心だろう。
(それでも、どうせ死ぬのなら魔種としてじゃなく、人として死ぬほうがいい)
 それはシキの我儘でしかないけれど。
「さあ、逆算から始めましょうか」
 濃霧を斬り裂くようにイーリンは旗を掲げるものである。
 静かにそこにある戦旗は集う戦友たちに祝福を齎す果てなき道標。
(これだけ霧が多いと温度視覚や超視力は潰れるはず……)
 冷静に分析しながら紡ぐは神楽舞の如き無限陣。
 戦場に吹き荒ぶ数多の動きを鎮め、和らげる舞に導かれ、荒れた魔力は凪いでいく。
 そのまま、片手に握る愛剣を振るい、紫苑の魔弾が瞬きエルヴィツィオへと炸裂する。
「我を止めるか、紫苑の魔女」
「なるほど、これは、効いたわけね」
 片膝をついた魔種の身体に痺れが残っているのを見て、イーリンは言う。
「この海には『絶望』を越えられなかったやつらの無念と怨嗟が今も漂っている。
 絶望の青は嫉妬でできたスープだ……なんて言っていたやつもいたっけな」
 それはどこかともなく姿を見せた無数の影のような何か。
「仮にも天使を名乗って、『神の国』とやらを望むんだろ? なら、こいつらの嘆きも受け入れてやってくれや」
 それこそは嫉妬の残滓、昏く穏やかな海の底に残る怨嗟の咆哮。
 無貌の天使は慟哭の向こうに消える。
「何度も相対して、貴方の厄介さは身に染みています。
 その貴方が、焦がれる程の妄執に囚われた貴方が、こうなってしまったことが報いだとはいいません。
 報いを与えるべきは貴方に殺された者の遺族達であり、貴方をこうした遂行者ではない」
 矢を引き絞る正純の視線は真っすぐにエルヴィツィオを捉え続けていた。
「は――こうして相まみえるのは3度目だな、巫女」
 胡乱な瞳と視線を交えるままに、正純は矢を放つ。
「そうですね、そして今日でさよならです」
「はっ、言ってくれる」
 放たれた矢がエルヴィツィオを捉え、その内側から侵していく。
「D・ファンネル、射出!」
 それに続けたムサシも背部ユニットから浮遊熾煇の砲塔を射出する。
 自立機動のままに空を翔けたそれらは四方から一斉にビームを撃ちかけて行く。
 漆黒に彩られたビームは周辺一帯を黒く塗りつぶしていく。
「イーリン、マリア。背中は任せた。私は前に出る!」
 ミーナはそう告げると同時に既に飛び出している。
 跳びこむままに大鎌を一閃する。
 美しき軌跡を描いた物魔の斬撃は壮烈なる乱舞を刻む。
 それは命を刈り取る死神の斬撃となって天使たちに傷を刻む。
「心得た。ミーナの背は、守り切る」
 頷くエクスマリアは黒金絲雀を媒介にして術式の準備を整えつつあった。
「1人ずつ、確実に、だ」
 走り出したエクスマリアの魔眼は鮮やかなる斬撃をうむ。
 美しきブルーフェイク、かの男に学び、改造の末に生む連撃の華。極まった魔眼の力が4度に及ぶ傷を作り出す。
 鮮やかなりし連撃の乱舞は天使たちを追い詰め、その動きを明確に翻弄させていく。


 孤立した暗殺者は自慢の奇襲攻撃も困難となり、イレギュラーズの猛攻に膝を屈していた。
「ここで……決着をつける! 焔閃抜刀……」
 ボロボロなエルヴィツィオ目掛け、ムサシは肉薄する。
 ブレイ・ブレイザーが焔の剣へと姿を変えた。
 煌々と輝く炎は霧の中でさえその存在感を露わにする。
 そのままゆっくりと光剣を構えた。
「竜撃ッ!!!」
 踏み込みと同時に打ち込んだ斬撃は紅蓮の軌跡を描いて一閃、壮絶なる斬撃は鮮やかに熱を帯びて魔種の身体に傷を刻む。
「マリアの役目は攻撃だけではない、ぞ」
 エクスマリアはふと力を抜いて集中する。
 黒金絲雀を媒介とした魔力は美しい彩りを放ち、金色の髪は絹糸のように柔らかに波を打つ。
 美しき魔力の循環により、周囲の仲間達へと魔力を明け渡す。
「あと少し、だ」
 手を伸ばした先の仲間へと、エクスマリアは偽りの福音を齎した。
 紡がれた福音は仲間の傷を癒していく。
「歴史ってのはな。気に入らないからって変えていいもんじゃねぇんだよ! 例え神であってもな!」
「正論だな」
 激情のままに迫るミーナに対して、エルヴィツィオの瞳は酷く冷やかだ。
 希望の剣が穿つ連撃をエルヴィツィオは体捌きで受け流していく。
「だが、我にその怒りを向けられたところで、答えてやりようがない」
 静かにエルヴィツィオがミーナの剣を弾きあげた。
「アンタに言って意味が無くても、どこかで見てるんだろ!」
 激情のまま、ミーナは大鎌を振り抜いた。
 神秘の刃は男の内側を侵蝕し、内部からずたずたに刺し穿つ。
 この男は遂行者の手で心臓に神の国を埋められただけ――そう、これはただの八つ当たりに近い。
 そのままの勢いで描いた愛剣による斬撃は美しい軌跡を描いてエルヴィツィオを穿つ。
 立ち上がる男のそれは、武人としての誇りなのか、心臓の代わりに脈動する触媒による強制か。
「ぐ、ぅ……負け、られん。国の為だ、その為に生きてきたのだ。半端に敗れて死ねようか」
 ボロボロの忍びの瞳はどこか胡乱な輝きを失いつつあった。
「……魔種とはいえ、奴さん方にいいように利用されちまったやつを『触媒』としかみなさねぇほど薄情じゃねぇのさ」
 着流しを風にゆらりと靡かせ縁は立っていた。
 全身の魔力を愛刀へと集束させ、青刀はより青々としたオーラを燻らせる。
 踏み込んだ脚、振り払った斬撃はどこか竜の頭部にも似た魔力となって戦場を奔り抜けた。
「多分貴方は、アサシンよりヒーローが向いてたわよ!」
 暴かれた手練手管、濃霧を裂いてイーリンはエルヴィツィオへと言い放つ。
「……ヒーロー、だと? 我が?」
 表情を引きつらせたのはどういう理由か。
 暴き立てた敵の動きに合わせるように、イーリンは剣を撃つ。
 思わぬ角度から打ち出された斬撃がエルヴィツィオの動きを封じ込める。
 大技を撃てぬ男へと、そのまま追撃は起こるものだ。
「まさか、な。そのような言い方をされるとは思わなかった。
 国の為にと、その為にならば子供も女も、老人も問わず斬り捨てたこの我が――ヒーローとはな」
 それはどこか自嘲するように。
「……まだだ、まだ。俺が、ヒーローなどと言われるのなら――なら、まだ。負けられん……祖国の為に」
「もう、貴方には守れない。ですが安心してください」
 正純はボロボロな男へ矢を構えるままにそう告げる。
「あの国は、私の育った場所は私が――私達が守ります。
 だから、子の一撃で終わりなさい」
 エルヴィツィオが顔を上げた。
 交わる視線、後はもう、ただ手を離すだけだった。
  薄明の刻に差す星光の如き一条の輝きが濃霧を斬り裂いてエルヴィツィオを穿つ。
「これでしめえさ。てめえにゃ情もクソもねえ、お望み通り海の藻屑にしてやるよ」
 続くグドルフがエルヴィツィオへと迫る。
「……ふん、山賊に首を取られるようでは暗殺者の名折れだ」
 その手に握られた愛斧がぎらりと濃霧の中で白刃を閃いた。
 全身全霊を籠めて振り下ろした斬撃は単純極まる一撃なれど、洗練された一閃。
 上段から振り下ろした斬撃は真っすぐにエルヴィツィオを両断する。
「イーリン、加護を頼む。攻め入る、ぞ」
 エクスマリアはそれに合わせ動く。天使たちへと向けた視線、藍方石の如き輝きの魔眼が戦場を映す。
 刻むユーザネイジア、しかと紡ぐ斬撃の魔は幾重にも連なり、耐え難き連撃を持って天使を撃つ。
 嗜虐的な斬撃の連鎖は苦痛なき死(ユーザネイジア)と呼ぶにはあまりにも残忍だ。
「――これで、終わりだ」
 握りしめた瑞刀に魔力の刀身が生まれていく。
 振り払った斬撃は美しき宵闇の軌跡を描いてエルヴィツィオの心臓を貫き、食らいついた。
「……やっぱり誰かの命を奪うことに正義があるなんて、私は思えないや」
 倒れ行く魔種の姿を見ながらシキは小さく息を吐いた。
 男が倒れ、心臓の触媒が砕け散る。
 景色が再びいつもの空に、穏やかな空に切り替わる頃――ムサシは空を見上げた。
「…………終わったよ」
 眼を閉じて思い出すのはあの日の事。
 届くかは分からないけれど、あの日たしかに生きていた子供達へとそう呟いた。
「あらら、もう終わっちゃったの、あいつ。無様ね」
 その声を聞いて、ムサシは目を開けた。
 遥かな空、そこに女が座っている。
「こんにちは、神の代理人さん達。
 私達の事を傲慢と呼ぶ割に、随分と傲慢な自称だと思いませんか?」
 酷く柔らかく、ゾッとするほど慈悲に満ちた微笑で――その女は笑っていた。
「てめえ、やるきか?」
 グドルフが啖呵を切れば女はふるふると頭を振った。
「野蛮な事はよしてくださいませ、山賊さん。
 元より、鬱陶しいストーカー……もとい、哀れな一匹狼に終わりを与えたかっただけですから
 ――だから、貴方達に感謝をしているのです。今日はこれにて失礼」
 そう言って、女は名乗ることもせず大きく飛翔し、どこかへと消えた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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