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シナリオ詳細

それは最後の花火のように

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●暗い部屋
 どことも知れぬ所。暗灰色にぬりこめられた部屋。
 ひとりの男が地へ伏していた。樽のような体には、ごてごてと宝石が縫いつけられた、成金趣味まるだしの服をまとっている。
「お慈悲を……お慈悲を……」
 影は答えない。
 幾重ものカーテンが風でひるがえっている。ぽかりと開いた窓だけが、色彩。月が出ている。美しい月だ。今宵も空の女王は、そしらぬ顔をしている。
「貴様には失望した、ラミリオン」
 鞭うたれたように男は震えた。蚊の鳴くような声だけが部屋へ響いている。……お慈悲を……お慈悲を……。それすら砂漠の乾いた風がさらっていく。
「イレギュラーズどもが月の王国を襲撃した時、貴様は何をしていた」
 土下座する男はもはや声もでない。びくびくと震えながら次の言葉を待つ。
「貴様のような日和見がいたせいで……いや、もはやどうでもいい。貴様は敗残兵ですらない。逃亡兵だ」
 男がうめく。断末魔のうめきだ。
「貴様から、奴隷商免許をはく奪する」
「お慈悲を! それだけは! それだけはご勘弁を!」
 ワシは、ワシは幻想種の血と肉で肥え太ってきた身、あれらを追い求めて生きてきたのです、あの美貌と長寿に魅せられたのです。ワシの魂の求める先を奪わないでくだされ。
「妥当な処分だ。名誉も栄華も失い、廃人のように余生を過ごせよ」
「お役に立ってみせますとも! 今からでも!」
 悲鳴のように男は叫ぶ。
「エルス領を襲撃し、奴隷を100人連れ帰ってみせます! ……ですからどうぞ、お慈悲を」
 影は皮肉気に笑った。音に聞こえたあのエルス領を襲撃する、しかも領民を100人奴隷にしてみせるという。無謀だ。無謀だが、最後の花火を打ち上げるにはいいだろう。
 ただでさえ繁栄を続けるエルス領は目の上の瘤なのだ。どうせこの男は捨て駒だ。せいぜいあがくがいい。
「いいだろう。やってみせろ」
 影が去った部屋で、男は随喜の涙を流した。
「ふは、ははは、そうだまだだ、まだワシには、機会が残されている。必ずややりとげてみせるぞ」
 男の笑い声が、部屋の中こだまする。狂気を帯びたそれが、ゆらゆらとカーテンを揺らしている。

●エルス領リュンヌ地区にて
「なんだろう、なんだか、胸騒ぎがする」
 オーデーのつぶやきに、リートは振り返った。
「そうなの? こんなに月がきれいなのに」
「だからかなあ、なんだか不安になるんだ」
 オーデーはそっと胸を押さえた。なんだろう、なにか、なにかがおかしい。リートがあくびをした。
「眠くなってきちゃった。ねぐらへ戻ろうよ」
「そうだね、ちょっとねむ……」
 大きなあくびをしたオーデーは、はたと気づいた。まだ宵の口だ。昼寝はしたし、こんな時間に眠くなるなんてありえない。すばやく周りを見回すと、誰もがうとうととし始めている。
「リート、ちょっとへんだよ」
「え……なに……よく、聞こえな……」
 リートは今にもまぶたを閉じそうだ。
 オーデー自身、頭をぐうっと押さえつけられるような眠気に支配されかけていた。おかしい、明らかに普通の眠気ではない。
 危機感にかられたオーデーは、リートの腕をつかんでだっと駆け出す。
「絶対何かおかしいよ、オスカル様にご報告を!」
 大通りへ飛び出たオーデーとリートは、戦慄した。折り重なるようにばたばたと人々が道へ倒れ、意識を失っている。その人々を幌馬車へ放り込んでいるのは、練達産とおぼしきガスマスクを装着した傭兵どもだ。
(まずい、見つかる、ここを通っちゃだめだ)
(オーデー、こっち、遠回りしよう)
 こんどはリートがオーデーの腕をつかむ。走る先はローレット・ラサ支部。こんな緊急事態に強いのは、やはり頼りになるイレギュラーズだ。

●駆けつけたその先で
「……これは、睡眠薬ですね」
 楚々と走りながらリスェン・マチダ(p3p010493)は眉をひそめた。清楚な顔立ちが苦渋に満ちる。
「私の領地で大胆なことしてくれるじゃない」
 憤慨するエルス・ティーネ(p3p007325)。そしてあなた。薄い霧のような睡眠薬があたりへ漂っている。あなたはすこし眠気を感じた。危険な眠気だ。これは気をしっかり持たねばなるまい。
 大通りへ飛び出たあなたは、樽のような大男と目が合った。ごてごてと宝石を縫い付けた、成金趣味な服。もしかすると、あなたは見覚えがあるのかもしれない。
「イレギュラーズ! イレギュラーズだな、さては!! おまえらのせいで、ワシは、ワシは!」
 怒りに顔をゆがめ、ラミリオンと名乗ったその男は、大口径の銃を持ち出した。
 戦闘はまぬがれえない。あなたは得物へ手をやった。

GMコメント

みどりです。
TOPに立っているのは、エルスさんの歌声に救われた、元ストリートチルドレンの、オーデーちゃんとリートちゃんです。かわいいですよね。
このシナリオは「<晶惑のアル・イスラー>もうこれ以上奪わないで」の後日譚ですが、読まなくても問題ありません。

やること
1)奴隷商人ラミリオンの撃退
2)人々の救出

失敗条件
 エルス領の人が一人でも連れ去られる

●エネミー 生死不問 人々を平気で攻撃へ巻き込みます
奴隷商人ラミリオン 1人
 HPAP・防技・抵抗が高く、正面から戦うとそれなりに善戦してきます。あるていどダメージを受けると撤退するようです。

傭兵・男・10人
 EXAの心得がある傭兵で、至近~近距離の白兵戦が得意です。
 命中率は下がりますが、銃による遠~超遠へも対応しています。副行動で昏睡した人々を馬車へ運び込みます。
 特殊主行動(後述)をとる場合があります。

傭兵・女・5人
 CTの心得がある傭兵で、魔法による回復や付与による援護を得意としています。副行動で昏睡した人々を馬車へ運び込みます。
 特殊主行動(後述)をとる場合があります。

幌馬車 ×3
 昏睡した人々が、荷物のように積まれている馬車。
 すぐにでも発車できます。

●特殊主行動 『睡眠薬噴霧』
 昏睡を伴う薬品です。
 特殊行動で散布され、戦場すべてのPCへペナルティを与えます。この効果は重複し、重篤なものになっていきます。今回使用されるものは、戦闘後じゅうぶんな時間を置けば、自然分解されるようです。

●戦場
エルス領リュンヌ地区大通り
 道幅25mだが、多くの屋台が出ており、実際の道幅は10mほど。奥行きは暫定的に200m。活気にあふれた通りなのが災いして、ラミリオンたちに目をつけられた。
 細い道が集合する大通りで、抜け道はいくつもあります。敵もまた、それを把握しています。

位置情報

あなた①==敵=馬車==あなた②

 ①、②、どちらかを開始場所としてプレイングに記入してください。
「==」は約20mです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • それは最後の花火のように完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
ファニー(p3p010255)
リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座

リプレイ


「あのクソデb……」
「鬼灯くん、お口が悪いのだわ?」
「すまんな章殿。奴隷商人と言い換えよう」
 腕のなかへ愛しい妻を抱いたまま、『やさしき愛妻家』黒影 鬼灯(p3p007949)はすべりかけた口元を拳でぬぐったまま走る。
「まったく、自業自得なうえに我等に逆恨みとはな。あそこまで阿呆だといっそ楽しいのかもしれん」
「鬼灯くん、お口が……」
「そうだな章殿。哀れな奴隷商人め、愚痴ゆえの迷妄は我等が取り除いてさしあげよう」
 鬼灯は人形の顔色を伺い、これはオッケーなのだなと確認する。
「さぁ、空繰舞台の幕をあげようか」
「がんばって、鬼灯くん!」
「無論だ」
 鬼灯とともに裏道を疾駆する『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)。空気に交じるかすかな違和感に眉をひそめる。
「睡眠薬か、俺に一般的な不調(BS)は効かないが、これは物理的な干渉によるものだな」
 つまり、アーマデルもまた、まぶたが重くなってきているのだった。
「過信せず行く」
「頼んだっす、アーマデル先輩。あたし人を運ぶのは得意なんで! それ以外はよろっす!」
『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)が笑ってみせる。空元気だ。だが戦場において、笑みを忘れぬ者こそが勝利するのだ。ウルズはレンガ道を蹴飛ばす両足へ力を込めた。速度が増す。霧が漂っている。危険な霧が。

「またですか」
『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)は小さくため息をついた。
「人を人だとも思っていないような輩に。何を言っても無駄なんでしょうけど。……けれど、みんな一人ひとりに大切な人がいて、思い思いの人生を歩んでるんです。汚い手段で、奪わせやしませんから」
 決意が灯火となり、胸へ宿る。固く小さな種から勇気の種が芽吹き、双葉がすくすくと育っていく。リスェンはハンカチで口元を覆った。
「しかし、この空気は良くないですね。油断すると意識を持っていかれそうです。早めに決着を付けなくては」
「ええ、今の状態でも体から力が抜けていく。これ以上となると危険です」
『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)も同意し、拳を握り込んだ。あの角を曲がれば戦場だ。
「ラサでの騒動も落ち着いたと思ったのですけど、まだ残っていたのですね。どこのどなたかぞ存じませんが、エルス様の領地でなんということを……絶対に許しません!」
 威勢のいいハンナの声に、『Star[K]night』ファニー(p3p010255)も同調した。
「エルスも大変だな、やっとラサでのあれこれが終わったのに、次は領地でのトラブルだなんて」
 皮肉げに口元を歪めた、姿だけなら少年の彼は、老練な笑みを見せた。
「代わりに、と頼まれたからにはしっかりお仕事しますか!」
 烙印の後遺症は未だあり。最も大きなものとしては味覚の完全消失。それはもう二度と、大切な人の手料理を心から味わえないということだ。それがもたらす悲しみがファニーの心をチクリと刺す。彼は首を振った。
(Same as always……自分の役割をこなすだけだ)
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)がまっすぐに正面を見据えている。鷹の目のように睥睨している。
「それにしてもだな」
 口調は軽口。あえての言動は彼なりの大真面目。
「奴隷売買なんぞばれたら、すぐにイレギュラーズが飛んでくるっつうのに、稼ぎに目のくらんだやつは全く……」
「ラサ事件の残党と思わしいが、やり口がずいぶんと大掛かりだと僕も思う」
『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)がヤツェクへ返事をする。
「いまからまみえるのは待ったんだろうが、叩けば色々と出てくるかもしれないな」
「ああ、もしも捕縛できたら、どんどん背後関係を吐かせにゃな? いいイモが掘れそうだ」
「なんにせよ」
 愛無はまばたきをした。無意識の行動だ。ずいぶんと所作が人間臭くなってきたものだと密かに微笑む。それは苦くもあり、甘くもあった。街角から躍り出る愛無たち。がなりたてるラミリオンが見える。しぶしぶ仕事をしている傭兵たちも。
 そして月。しろがねの夜の女王。愛無はそれへ宣誓するかのように、スピードを落とし、ひとりごちた。
「仕事といこう、本物の『傭兵』というモノをおしえてやらねばなるまい」
 誰もがバタバタと倒れていく大通り。愛無の冷めた瞳が、月のように冴え冴えと輝いた。


 愛無と共謀し、ヤツェクが敵の側面へまわりこんだ。
 正面からいく愛無に意識を取られていた傭兵たち、そしてラミリオンは、彼に気づかなかった。足音を立てず、それでいて素早く、ヤツェクは敵の群れへ飛び込んだ。
 奇襲。陣を固めていた傭兵たちにとって、これは効いた。意地の悪い笑みを浮かべると、ヤツェクはラミリオンへ肉薄しウインクした。心かき乱された傭兵が彼へ突進する。ラミリオンがぎりぎりのところで衝動へ抗っているのがわかる。だからヤツェクは笑みを深めた。
「すまんなあ、いろんなやつの人生を自慢の魅力で狂わせた記憶はあるが、アンタもその口かい?」
 高らかに栄光を歌い上げる詩人の紡ぐ煽り。ラミリオンが目をかっぴらく。
「イレギュラーーーーズ!!! 生きて帰れると思うなよ!?」
 防御能力を攻撃へ変えた一撃がヤツェクのボディへ叩き込まれる。
「へっ、なかなかいい左だった。アンタなら世界を狙える。俺と一緒に頂上の景色を見てみないか?」
「たわごとをぬかすなあああ!」
「もちろん戯言だ。よく効くんだよな。アンタらのような余裕のない切羽詰まってる連中へは」
「しゃらくさい!」
 風刺とハッタリと扇動を操るヤツェクの口元は、黒いスカーフによって保護されている。さながら覆面強盗。まあ間違っちゃいないとヤツェクは一人納得する。
 自分たちは、商品を奪いに来たのだから。
「くらってみるか、『本物』ってやつをよ」
 ヤツェクは帽子をひっぱり、目元を覆い隠した。後光が彼の輪郭を縁取る。風が吹く。追い風が。ヤツェクを支えるかのように。身に帯びたツインネックギターからありえない鞘走りの音。
「変幻自在のガンダンス、見きれるか?」
 サイキックソード、アーデント。ブオンと音を立てるはメタリックなレーザー刀身。剣の残像がヤツェクを彩る。ヤツェクの鋭く早い剣閃、ラミリオンは魔術によるシールドを発生させてこれを防御する。だが。
「遅い」
 彼にしかなし得ない高みまで磨き上げられた早抜きが、シールドの薄い部分をうちくだいた。まったくもって驚嘆するほど、速さと命中度に特化したそれに、ラミリオンは反応し得なかった。弾丸が呪われた奴隷商の肩を貫く。
「ぐがあああ! ああ、クソがクソが! おまえも売り飛ばしてやる! 肥溜めみてえな牢屋で犬以下の餌を食わせてやる!」
「ごめんだな。美食、美酒、そして美姫。詩人にゃそいつが必要だ」
 大きく激突するラミリオンとヤツェク。反動で距離をとる。ヤツェクはアーデントを下向きに構え、挑発を続けた。ラミリオンが突進してくる。身にまとった防御シールドが、重装甲となってヤツェクを襲う。弾き飛ばされそうになるヤツェク。なんとか姿勢をたてなおす。
(ふん、なかなかやるじゃねぇか。詩人を自称する身としては、ここで大逆転してカタルシスを演出せにゃいかんな)
 だが体が重い。出血と睡眠薬は想像以上にヤツェクへのしかかっている。そこへ清らかな詠唱が聞こえてきた。
「千の皿を並べましょう。万の皿を並べましょう。金に縁取られたましろな皿を。地の果て続く限り、並べていきましょう。視界が埋め尽くされても、我が主の恩寵を受け止め切るには足りない。我が主の恩寵は、千の皿を超える。万の皿を超える」
 豪華な馳走の幻がすぎさる。そこできゃわきゃわと食事を楽しんでいる動物たちの姿が映る。心和ませる光景、ヤツェクはその光景に、ほっと一息ついた。体の傷が治っている。
「ありがとよ、聖母の如きお嬢さん?」
「リスェンでいいです」
 リスェンは一瞬とまどったように顔を染め、ヤツェクからからかわれていると気づき、ちょっとだけ頬を膨らませた。
 彼女の細い体が、砂漠の風にさらされる。今にも無骨な風にさらわれそうな細い体。けれどリスェンはしっかりと立っている。それは巻き込まれた人々へ対する哀れみの心。胸のうちに芽吹いた想い。小さな勇気。彼女は背筋をしゃんと伸ばし、うるんだ大きな瞳へ凛とした光を灯している。
「いずこへいらっしゃるのですか、我が主よ。どうぞこの神子へ祝福をお与えください。誰も傷つけることのない光をお与えください。我が主よ、祈りを捧げましょう。ひたすらに、熱心に。主こそがすべてです。どうかその荘厳なる輝きを、わたしめへひとかけ、お渡しください」
 リスェンは利き手を掲げた。
 神気に打たれた傭兵が苦痛の声を上げる。エビのように腰を折り、肩で息をしながら恨みがましい目でリスェンを見る。
「ごめんなさい、わたしとて、あなた達を攻撃するのは本意ではないのです。だけれど、罪をおかす人を目の前にして、止めないのもまた罪……!」
 帽子で隠した角が疼く。きれいな髪と帽子に隠された貧弱なドラゴニアの証。物心ついたときから、彼女の心を傷つけてきたもの。けれどもその弱い心を隠し、リスェンはさらわれそうな人々の盾になる。
 昏睡し、ぐったりした女をつかむ傭兵から怒号が飛ぶ。
「離せ、このアマ!」
「離しません! 離すものですか!」
 リスェンは半泣きになりながらも女を守るために福音を唱え、身を呈して彼女を取り戻す。怒声とともに浴びせられる人たち、苦痛がリスェンの体に弾ける。それでも彼女は倒れない。気力だけで踏みとどまっている。
「ここの人たちが奴隷にされる痛みに比べれば、これくらい……!」
 傭兵が目を血走らせ、リスェンへ向けてシミターをふりあげた。その手首が鉛玉に打たれ、シミターが放物線を描いて飛んでいく。
「そんな可愛い子をいじめてなんとも思わないんですか!? 奴隷商人に与するだけありますね!」
 ハンナだ。リスェンを守るように傭兵へジャミル・タクティールの一撃与えた彼女は、片足を軸に低く腰を落とし、もう片方の脚をコンパスのように回して正面を向き、武神のかまえをとる。その身は磨き抜かれた刃。一菱流の極み。猛り狂うオーラに舞い散るのは梅の花びら、戦場へ似合わないほど、美しい。
 下からねめつけるように傭兵たちを見上げたハンナは、次の瞬間、地を蹴って移動していた。
「猪!」
 直進し、肘鉄からの裏拳。顎を割られた傭兵が血を吐く。
「鹿!」
 その傭兵の肩をひっつかみ、ぐるんと反転、傭兵を盾にする。ハンナを狙った攻撃が、盾にされた傭兵の体へ吸い込まれていく。肩から手首へ位置を変え、掴んで振り回せば、近づいてきた他の傭兵があとずさる。
「蝶!」
 ハンナは傭兵を放り投げた。自身も続いて飛び上がる。不意を打たれた女傭兵へ膝蹴りをくらわせ、限界まで身を沈めて着地。さらに伸び上がるようにアッパー。女傭兵がうめき声とともに倒れる。
「まだまだあ!」
 ハンナは動く、すべてが踊るがごとく優雅。それでいて速く、的確。なにもかもが武神へ捧げる舞。血の雨をふらせ、ハンナは踊り狂う。戦い。この高揚感よ。
(やっぱり私は拳が好きだ!)
 素手での攻撃はいいことばかりではない。反動をもろにくらうし、相手を見誤れば拳が砕けることもある。それでもハンナは往く。短いリーチを脚力でフォロー。素早く飛びかかり、必殺の一撃を入れる。その瞬間瞬間の最大出力。無謀とも取れる戦いぶりは、けれども彼女をして獣のように笑わせていた。
「さあきなさい! まだまだやれますよ、私は!」
 女傭兵が必死に回復している。ふらつきながら立ち上がった男傭兵どもがハンナを狙う。
「Ha! 女一人に野郎どもがよってたかって。いやいや、見上げたもんだ」
 輝く二番星。降りしきる降りしきる。男も女も関係なく、傭兵たちは体をのけぞらせ、あるいは痛みに身を震わせた。
「駆け抜けろ、Sirius」
 雨のように雹のように、銃弾をも凌ぐ速さで。撃て、打て、討て。そのためにここへ居るのだ。誘い込め、死の淵へ。喰らいつけ、ケルベロス。紡げ、絶望譚。少年の姿のスケルトンは静かに笑う。獲物の最後を確信している笑みで。
「た、たすけ……」
 傭兵の一人が退こうとする。
「たすけてくれだって? ここまでして? ここまでやっといてか? おいおい、そりゃねぇだろ」
 なぞりあげるは流星の軌道。一番星よ光れ。切り裂くは死線。デッドライン。背後から打たれたその傭兵が、断末魔を上げる。
「あっけない終わり方だな。そうさ、今度はアンタらの番だ。アンタらがそうしてきたように、今度はアンタらが恐怖に怯え、這いつくばってへつらうんだ」
 馬車にたどりついた別の傭兵が、懸命に手綱を握る。
 ぶつん。手綱が切れた。驚いた馬が跳ね上がり、逃げ出す。あぜんとした傭兵が、攻撃のきたほう、後ろを向く。配下、水無月を従えたその影は、鬼灯といった。
「お馬さんごめんなさい……」
「章殿はやさしいことだ。大切にしてくれ、そのやわらかな心を。だが残念だったな傭兵ども、俺はそうではない」
 長く息を吐き、次の瞬間、鬼灯は術を発動させた。
「人の命で儲けようというのだ。殺されても文句は言えないな」
 一閃、糸が降り注ぐ。死を伴って。多くの傭兵が悲鳴をあげた。狂ったように武器を振り回し、なんとかして糸を振り払おうとしている。
 情けない悲鳴を上げて、傭兵が馬車から転げ落ちる。どうにか永らえたその傭兵は、車輪が破壊されていることに気づいた。徒労だったのだ、すべては、最初から。
 その傭兵へ向けて、靴音が近づいてくる。アーマデルだった。拝借したガスマスクを身に帯び、カツンカツンと石畳を蹴っている。その気になれば気配を殺すことなど容易い。ただ、彼はそうしなかった。死んでいく者へ、せめて自分が何者に殺されたのかを、教えてやるためだ。
「便利だな、これは」
 ガスマスクによって呼吸を確保した彼は、傭兵へ歩み寄った。震え、顔を歪ませ、ただ自分の生にのみ固執しているその人へ。
「もうしわけない」
 アーマデルの言に、傭兵はぽかんとしている。ついで、その顔が絶望に染まった。
「ここで見逃すという選択肢は、俺にはない。貴殿にも守りたい人が居るだろう。大切な人が居るだろう。だがその一切合切を、俺は無視する」
 それだけのことを貴殿はしたのだから。
 カツン、カツン。ひびく靴音。迫りくる死の予感。傭兵はとうとう失禁した。びちゃびちゃと汚らしい水たまりが股間まわりにできる。アーマデルは顔色ひとつ変えず、蛇剣のひとふりで傭兵の命を断った。
「さらばだ。俺もまたそのうち行く。また会おう。かりそめの友よ」
 ようやく、ラミリオンは劣勢に気づいた。
「おい、何をしている! おい! 後方が、がら空きだろうが!」
 しかしその声に答えるだけの余裕は傭兵にはなかった。あったとしても、ウルズに遮られていただろう。
「はいはいはいはい! こっちにしゅーちゅー! あたしから逃げられると思ったら大間違いっすよ!」
 血まみれの戦甲、烈華でもって、傭兵の顔を殴りつける。鼻の骨が砕ける感触に、ウルズはかすかに眉をひそめた。すぐに調子乗りの顔に戻り、言葉で煽り立てる。
「色男になったじゃねーっすか。向こう傷は兵士の勲章っすよね!? え、ちがう? アンタもしかしてまっさきに逃げるタイプっすか?」
 自尊心を刺激された傭兵が武器を捨ててウルズへ殴りかかった。めき、ウルズの頬へ拳がめり込む。
「あーっはっは! 元気すぎて元気になってきたっす! あー元気元気!」
 口元だけを歪ませ、ウルズは壮絶な笑みを見せる。捕食者の笑みだ。おじけづいた傭兵を殴り抜け、ウルズは地を蹴った。かるくジャンプしたのち、馬車の荷台へ着地。幌をべりべりと剥ぎ取る。足元に見えてきたのは、苦しげに眠り込んだ人々。
「いま助けるっすよ! おとっつぁんもおかっつぁんも、ボクもワタシもご安心くださいっす!」
 幌部分を完全に壊し、ウルズは馬車を丸裸にする。そして次の馬車の幌に飛び移り、同じように無辜の人々を忌まわしい幌から解放していく。最後の幌をはぎ終わると、ウルズは荷馬車へ飛び降りた。
「どっせい!」
 一気に5人もの人間をかつぎあげ、大ジャンプ。低い屋根の上に飛び移り、うなされている人々を寝かせてやる。
「……もーだいじょぶっすよ。薬が抜けるまで、安心して寝ててほしいっす」
 一転してやさしい声が、ウルズの口から発せられる。目元もゆるやかにほほえみを浮かべていた。
 その様子を見ていたラミリオンがわなわなとふるえる。
「ど、奴隷を、ワシの再起の可能性を……」
「なにが再起だ」
 これまで人々を守り、傭兵をコントロールしていた愛無が、ラミリオンの前へ立った。傷だらけだが頓着した風もない。愛無には歴戦の者だけがもつ風格があった。肥え太った奴隷商ですら、おびえるほどに。
「さっさと投降したまえ」
 愛無は言葉少なにそういった。両手からだらんと力を抜き、目を眇めてみせる。
「酌量の余地があるならば殺しはしない。必要ならばとりなそう。ラサの傭兵なんぞは大抵『訳あり』だからな。非道に手を染めるのもやむをえまい。まぁ、エルス君は、何だかんだで甘そうだしな。きっと許してくれるだろう。領民さえ無事ならば」
 愛無は視線を戦場へはしらせた。ウルズの活躍によって、そしてイレギュラーズたちの気遣いによって、領民に被害は出ていない。
「同じ傭兵として言っておこう。投降したまえ」
 ラミリオンが一歩引いた。すっかりこの怪生物に気圧されて、空気を貪っている。
 愛無も一歩踏み出す。
「ラサの旋風。ルカ・ガンビーノ。ラサの弾丸。ラダ・ジグリ。そしてラサの寵姫。エルス・ティーネ。彼らが相手なら君達も少なくとも『人間らしく』死ねただろうな」
「な、何が言いたい」
「物分かりが悪い人間は嫌いなんだがね。同じ事を何度も言うのも嫌いだ。投降しろ。命だけは助けてやると言っているのだ」
 ラミリオンは何も言わない。愛無は、鼻へシワを寄せ、渋面を作った。
「いい加減、殴られすぎてムカついてきたんだ。腹も減ってきた。一人二人喰っちまっても良いかなって気分なんだ。さぁて……」
 愛無がすっと人差し指を上げる。リズミカルにその焦点を変えていく。
「だ、れ、に、し、よ、う、か、なっと」
 にちり、愛無の全身が波打った。
「うあ、あああ、ああああああああっ!」
 怪生物におびえきったラミリオンが背を向けた。そのふくらはぎへ赤い花が咲く。無様に転がったラミリオンは悲鳴を上げたまま愛無を見た。
「人の話を聞きたまえよ。それとも、頭からバリバリいってほしいのかね?」
 愛無がラミリオンの隣へしゃがみこむ。利き手がぱっくりと割れ、歯列が覗いた。ねとりとしたよだれが顔にかかった時、ラミリオンは正気を失った。
「うがあああああああっ!!!」
 黒い光。そうとしか形容のしようのないものが弾ける。
「……逃げられたか。脱出用の術式を隠し持っていたようだな」
 愛無からはラミリオンがアイテムを使うのが見えていた。愛無はゆっくりと立ち上がった。

成否

成功

MVP

ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

状態異常

ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)[重傷]
人間賛歌

あとがき

おつかれさまでしたー!
字数が、字数が足りぬ。

ラミリオンには逃げられましたが、撃退には成功しました。人々は無事です! だれひとりさらわれませんでした!
MVPは救出へ尽力したあなたへ。

またのご利用をお待ちしてます。

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