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シナリオ詳細

<廃滅の海色>人魚と泡と

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――海洋の国内にばら撒かれた『触媒』により、海洋王国、静寂の青を包み込む大規模な帳の出現が『預言』された。
 神の国内の海洋王国に再現されていたのは『廃滅』の病。イレギュラーズが越えたあの『絶望』の日々。そうしてそんな神の国が現実に『定着』したとしたら――。
『そんなことは許されない、よね』
 という訳で海洋に行こうよ、と劉・雨泽(p3n000218)はチック・シュテル(p3p000932)を連れ出した。――正しく『連れ出した』。此処に居たら駄目だと、女王に焦がれ吸血鬼としての誇りを胸に抱くようになった哀れな幼子の姿をした君を、ラサから。
「気分はどう?」
「……うん」
 ラサ――『博士(月の王国)』から離れれば離れるほど狂気状態が薄れ、チックは落ち着くことが叶った。太陽が苦手であったり、湧き上がる衝動といった身体の変化は変わらないが、狂ったように女王を求めることは無く、ラサに居る時よりも心はずっと落ち着いている。ラサを出る時に抵抗し、暴れてしまった事を申し訳ないとは思っているけれど。
「豊穣の方がもっと良いのだろうけど……あ、帽子はしっかり被っておいて」
 シレンツィオに到着してすぐに雨泽が買い求めたお揃いの帽子は鍔広で、しっかりと影を作ってくれている。
「これからさがす、するの……?」
 冷たいジュースを片手に海洋王国の地図を広げている雨泽の手元を覗き込む。ハーフグローブに包まれた指が「もっと豊穣寄りに行こうと思う」と小さな諸島群を囲んだ。
「……おれ、そこ……しってる、かも」
 正確には、その島の内のひとつを。
「そうなの? それなら調査はそこにしようかな」
 チックが知ってるところの方が安心できるよねと告げて、人員集めの依頼や船の手配をと雨泽が動き始める。情報屋の動きをする彼を間近で見るのは新鮮で、チックは地面に届かない脚をぶらつかせながら眺めていた。潮の香りを胸いっぱいに吸い込めば、血の香りよりも香水の香りに誘われて。

 それから数日後。シレンツィオ・リゾート支部にて募ったイレギュラーズたちとともに、一行は豊穣よりに位置する海洋王国の諸島のひとつ――『ペルラ島』へと向かった。
 シレンツィオ・リゾートのような大きさは無いが、芸術――主に歌劇や演劇に力を入れているその島はとても賑わっていた。定期的に訪って公演を行う劇団や楽団も多いらしい。立派な劇場がいくつもと、それに見合うだけのリゾート感溢れるホテルや娯楽施設。そして豊穣が近いことから海洋と豊穣、ふたつの雰囲気を合わせた独特な街並となっていた。
「ひとまず、各自調査ってことにしようか。観光気分で自由に島を周ってみて。昼に再度此処に集合して、怪しいものを見つけたり情報を得たら報告ってことで」
 ペルラ島の中心地である大きな劇場の前で、雨泽が言った。
「あるかどうかは解らないのだけれど、あっては困るからね」
 正直な話、触媒は『無い方がいい』。
 帳が降りるより前に調査をし、探し――敵の策を潰していくことこそが大事なのだ。
 ひとまずはその調査を、海洋の中では端に近い、この島から始めよう。


 果実と炭酸の冷たいジュース。
 食べ歩きしやすい焼き菓子。
 オープンテラスのカフェでは大きなかき氷。
 様々な劇場からは薄っすらと美しい歌声が聞こえ――沢山の魅力が観光客を誘っている。
 太陽が真上に昇り、昼ももうすぐ……といった頃。
「あれ? ……兄さん?」
 チックの耳は愛しい声を拾った。
 振り返れば、『あの日と変わらぬ』白が微笑んでいた。
 ほら、言った通り。やっぱりすぐに会えたね、と。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 遂行者たちの企みは海洋にも及んでいるようです。

●目的
 触媒を探し、破壊する

●シナリオについて
 あるかも? 程度の情報なので、前半は観光気分で探します。誰かと一緒に行動してもいいですし、ひとりでもいいです。
 後半からは触媒の情報が共有され、本格的な探索となります。触媒があるようです。協力して見つけ出し、破壊しましょう。

●フィールド:『ペルラ島』
 豊穣寄りに位置する海洋王国の諸島のひとつです。
 大きな劇場を有している、観光が財源の南の島。

●『偽りの白翼』クルーク・シュテル
 チックさんの弟。かたわれ。兄さんガチ勢なので、どんな姿でもチックさんに気がつきます。
 何故か、チックさんと別れた数年前から見た目が少しも変化していません。最近は『先生』のお手伝いをしているようです。どの先生かの直接的な情報は出ておりませんし、別シナリオに出ている先生と遭遇した人は『まだ』いません。
 兄が今どう暮らしているか気になっています。どこで暮らしているのかな。まさか、僕以外の誰かと暮らしてなんかいないよね? 家族は僕だけだし……ね、兄さん。

 触媒破壊は本当は阻止すべきなのだろうけれど……でも兄さんが困ってるみたいだし「あるよ」な情報ぐらいなら……な感じで教えてくれます。見つけられても見つからなくても、クルークは困りません。
 やることがあるから、と早めに別れます。また会おうね、兄さん。

●触媒
 クルークからの情報で『先生』が刻印した硝子玉であることが判明します。
 市場でよく売られている紐のついたお土産品のようです。
 上手に聞き込み出来た場合、買っていった人が判明します。

●『泡沫の聲』珠海・千歳
 チックさんの友人。何処かに居ます。チックさんが仮反転の幼い姿の場合、気付かないかと思います。
 家はその島を治める役目についており、有する劇場で歌を披露することもある程に優れた声を持つ一族。チックさんとも歌を通じて出会い、友人となりました。
 ……しかし、声が出ないようです。
 彼には誰にも言えない事があり、悩んでいるようです。

●同行NPC
 劉・雨泽(p3n000218)が同行します。
 前半はチックさんと観光します。
 探索時にして欲しい事等がありましたら、プレイングで指示をしてください。

●お願い
 出発時点で色々と変化のある方がいるかと思います。
 拘り等がある場合、プレイングに記してください。見た目等に触れることになった際、参考にします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●『竜宮幣』
 当シナリオでは(使い所が無さそうですが一応)『竜宮幣』交換アイテムが使用可能です。詳細は下記URLで確認ください。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <廃滅の海色>人魚と泡と完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ


 エメラルドグリーンに近い南国の海。
 色鮮やかな魚たちの群れ。
 大きな水泡と小さな水泡が、競うようにコポコポと上がるのを見遣るだけでも美しい――海中の世界。
(これがノリアの世界か)
 この美しい世界が本来ならば『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)のホームだというのに、彼女は自分とともに陸へと上がって――嫁いでくれている。その事実を改めて思い知り『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)の胸に涼し気な水中に反した熱いものが込み上げてくる。
 海中内の島の外周を回ってみたが、どうやらこの島は観光地であるためにディープシーも海中には家を作らないようだということが解った。穏やかな海はどこまでも穏やかで、時折海中まで歌が届いてくるのは何処かに管を通して海水浴客も楽しめるようにしてあるのかもしれない。
「ゴリョウさ~ん! みてくださいですの!」
 ノリアが何かを見つけたらしい。キラキラな瞳で、あれっあれっ! と指さす表情がまた愛おしい。ずっと見ていたいような気持ちを抑えて……と言うよりも漢らしくそんな態度を一切見せることなく、ゴリョウはいとけない指先が向けられる方へと視線を向けた。
「ゴリョウさんが、おりょうりに、つかったことのある、貝ですの」
 大きさも立派だが――ふとゴリョウは考えた。
 観光地の周辺は島の財産だ。自然を生かして地元の漁師たちが長年育んでいるものだろう。そしてここは小さな島。島民たちの経済的な命もかかっている。多くの場合、採捕(自然状態にある水産動植物を採取すること)は禁止されているはずだ。採ることは窃盗に当たり、島の経済を回すためにも市場での購入が望ましいだろう。
 よく覚えていたなとゴリョウはノリアを褒め、ふたりは海を楽しんだ。

 ざざん、ざざん。一定の間隔で、足元で波が歌う。強い海風にまきあげられる水色の髪は、太陽の日差しの中でキラキラと煌めいた。
 空と海、違う青のコントラスト。時折銀色がキラキラ光るのは、跳ねる魚たちだろう。視線を逆側、島内へと向ければ小さい島なのにたくさんの建物が立ち並び、人の賑わいを知ることが出来た。展望台から眺める風景は満ち足りたもので、『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は腕を組んだ『彼』の肩にそっと頭を預けた。
 無口な彼――は、澄恋の『旦那様』。試作何号目かは解らない。
「ああっ日焼けした旦那様も素敵……!」
 恋する乙女のようにうっとりと口にするけれど、頭の片隅で少し計算をする。『生きていない』旦那様の色素はきっと戻らないから、次回の試作では日焼け対策を――。
「こ、これは……!」
 買い食いを楽しんでいた『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)は、目ざとく何かを見つけた。
 鯛焼きだ。いや、違う。近海でよく捕れる魚の形をした生地を口側から切り込みを入れ、たっぷりと生クリーム、クリームチーズ、レモンソースを詰めたものだ。見た目が何とも苦しそうだと思ってしまうのは、常の自分の姿のせいなのかもしれない。
(すみれさんにも後でおすすめしましょう)
 とりあえずひとつ購入して味見。味は悪くない。というか美味だ。
(のんびり周れるのもいいですね)
 海洋の外れであるからか、ベークを知っている者もいないらしい。初夏の風に赤茶の髪を揺らし、ベークは買い食いを楽しんだ。

 今日は『Stella Bianca』の休日!
 だったのだが――
(まあ、二足の草鞋を履く身としてはよくあることなんだけれど)
 従業員たちが有給を取りやすいようにと率先して有給消化を取る出来た社長こと『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は、知った顔からの頼まれごとに少し弱い。「いいところに」なんて雨泽に笑まれ、連れてこられて来たクチだ。
(目ぼしいことは特になし、か)
 観劇をしにいき聞き耳を立てていたが、観光地らしい会話が飛び交うだけで危なげなものは何もない。それもそうだろう。一般人が気付くような形で触媒がばら撒かれていたら、他の地に帳なぞ降りてはいまい。
 しかし、劇場の作りや、大きな劇団の名を知ることが叶い、モカ的には良い結果になったとも言えるだろう。
「楽しかったね、ルシアちゃん!」
 恋愛ものの観劇を終えた『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、傍らへと笑いかける。傍らには『開幕を告げる星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)が居た――はずなのだが、居なかった。
「あれ?」
 これから劇の感想を言い合うつもりだったのに、そこに彼女の姿はない。劇場から溢れた人波に押され、はぐれてしまったのだろうか。
(見つけたら手を繋いでおかないと!)
 それから歩き疲れちゃったねって休憩するカフェの目星もつけておかなくちゃ!
 ココロは下がった眉を上げ治しながら探しに引き返し、人混みへと消えた。
「おいしい」
「そ、よかった」
 血を吸いたいという衝動に圧し潰されず、美味しいものをゆっくりと味わえる幸せ。いつも外で美味しいものを食べる時に思う、家で待つ子たちにも食べさせてあげたいと言う気持ちを思い出せたのは久しぶりだ。
(だからゆーずぅぁ、あじがこいの、えらんでた?)
 ラサで口に放り込まれた菓子がとびきり甘い菓子だったことも思い出した『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は両手でジュースのカップを持ちながら、傍らの――けれどもいつもより頭の位置が遠い横顔を見上げた。
 そんな時だった。兄さん、と呼ばれたのは。

「……クルーク?」
「やっぱり、兄さんだ」
 チックはいつもと違う姿なのに、クルークはすぐに気がついたようだ。傍らの雨泽に一度またお前かとでも言いたげな視線を向けてからは、兄だけに視線を注いでいる。
「どう、して」
 チックの頭の中は疑問でいっぱいだ。
 どうして此処にいるのか。
 先日別れた時に黒くなったのに、何故また『白』なのか。
 けれどその問いを口にする前に、クルークが問うてくる。
「僕は今日も『先生』の『手伝い』。兄さんは?」
「おれは……しょくばいをさがす、していて」
「……此処にあるって誰かから聞いたの?」
「『在るかも』を潰しに来たんだよ」
 口を挟むとあからさまに『お前には聞いていない』の視線が向けられ、雨泽は肩を竦める。
 警戒した表情でチックはふたりの間に入った。
「もししってる、したら……おしえて、クルーク」
「そんな顔しないで、兄さん。僕が兄さんに弱いこと、兄さんは知っているでしょう?」
 そうして弟は『あるよ』と告げたのだ。


 解散前に告げてあった通り、一行は解散した場所――大きな劇場の前に集まった。
「――と、言うことがあって」
 雨泽が掻い摘んで説明するには、チックの弟に会ったこと。彼は『先生』――遂行者と思われる人物の手伝いをしていること。そして彼が『触媒はある』と教えてくれ、それは硝子玉の形をしており、刻印があることを伝えた。
「大きさは、これくらい……かな」
 親指と人差し指で大きさを示し、「紐付きの、お土産物でよく扱われているものみたいだよ」と告げた。つまりそれは、沢山似たような物が売られている数多の店から探せということだ。
「こくいん、どんなのかわからない」
「ひとつひとつ違う絵柄を彫ってある感じだと難しいね……」
「似たものを屋台で見ましたけど、たしかにいっぱい売ってましたねぇ……」
 モカが眉を寄せ、今日は跳ねる鯛焼きではないベイクも困った表情になる。
 皆で市場を駆け回る必要があるのに、既にこの場に来ていない者がふたり。
 可愛い嫁をひとりにさせるのは不安だが海で自由にさせているゴリョウが顎を撫でた。
「まずは手分けをして扱っている店を探すこと。店を見つけたら売れ残って店にあれば良し、売れてしまっていたらその人物を探すこと、だな」
 そしてその『刻印』と呼ばれるものの形は解らない。
「刻印、どういったものなのでしょうね」
「でもあるってことはわかったし、探すしか無いよね」
 澄恋が嫋やかに首を傾げるのに雨泽が口を挟めば、彼女は頑張りますよ! と拳を握った。
 そんな中チックは少し視線を落としており、考え込む表情をしていた。
「…………」
 ――皆に伝えなかったことが、ひとつある。
 弟は不穏なことも口にした。「安心して兄さん。今回『は』物だよ」と。それはつまり、生命体――人にも動物にも、刻印という物を刻むことができるということだろうか? その気になれば『先生』は――そしてその人の『お手伝い』をしているクルークは……。
(……クルーク。ちがう、よね?)
 魔種では、ないよね?
 でももしそうなっていたら、おれは、また――。
 ……黒に変じたクルークの姿がまなうらから離れなかった。
「っ」
 ポンと柔らかく肩を叩かれ、跳ねるように顔を上げた。
「チック、皆もう行ったよ」
「……うん」
 情報交換をしていた日陰を出て、光の下へと足を向ける。
 どうか、これ以上悪いことなど起こりませんように。
 そう、願って。

 イレギュラーズたちは土産物を扱っている店店の間を駆け回り、観光客等にも声を掛けて回ることにした。
「すみません、こういう硝子玉を買ったりしてません?」
「ああそれ、ひとつ買ったよ」
 危険なものかもしれない、とは言えない。それは販売した店――ひいてはこの島への風評被害へと繋がるだろう。理由を口にしようとしたところでココロは澄恋に窘められた。
「お店毎に違う綺麗な飾り紐がついているって聞いたのです」
「見せてもらってもいいですか?」
「構わないよ、ほら」
(これじゃなさそう、ね)
「もういい?」
「ええ、ありがとうございます!」
「ちなみに、それはどちらのお店で購入を?」
 可愛らしく問えば、大抵の観光客は素直に教えてくれる。感謝を告げて、店を覗きに行く。それを繰り返す。
「ああ、それなら珠海の坊っちゃんが買って行ってくれたよ」
 そんな話が聞けたのは、真上だった太陽がオレンジ色に染まりだす頃だった。
 その店では硝子玉に、女子受けしやすいようにと可愛らしく花の模様を彫っていた。けれども一点、違う模様があることに気がついて首を傾げていた時に通りかかったのが『珠海の坊っちゃん』なのだそうだ。首を傾げる店主から正規の値段で買い上げてくれたらしい。
「しゅかい……おれ、しってる」
 情報共有に再度集まれば、チックが反応した。千歳という名の友達がいるのだと。
「おれもさがしたけど、あえなくて」
 この島を収めている、珠海家。彼にも協力してもらえないかと、劇場周辺に行ってみたけれど、会えなかった。
「チックはいつも会ってた場所へ行ったの?」
 雨泽の問いに「そう」と口にしかけ、チックは思い違いに気がついた。
 劇場周辺ではいつも会ってはいない。

 波が岩を叩く度、水滴が当たりに飛び散った。
 音は泣き声で、雫は涙のようだと――千歳はいつも思う。
 手から垂らした硝子玉を揺らして沈まんとする太陽へと向けた。硝子玉には店主の意図せぬ模様があって困っていたから、通りかかった千歳が買い上げたのだ。
(――まるで不純物(私)のよう)
 何処からか紛れ込んだのか、店主にさえ必要とされない硝子玉。
 そっと喉を抑え、幾度も幾度も苛んできた『死んでしまいたい』という気持ちを我慢した。
「……ちと、せ!」
「っ!」
 聞こえた声に、慌てて喉から手を離し、振り返る。
 岩場にやってきた、数名の知らない人たち。
 けれども聞こえた、『知った声』。
 ――だめだ。
 千歳はぎゅっと眉を寄せた。
「ちとせ、あの、おれ」
 チックだと言い切る前に頷かれる。その声だけは、千歳は間違えない。絶対に。
「キミが珠海の人?」
 珠海、その家名に千歳の眉がぎゅっと寄る。
「あの、もしかして……声が?」
「……」
 ココロが問えば、ケホコホと千歳が咳き込んだ。声が出ないことも知られたくないから、直接告げない。ただ悪い風邪を引いていると思わせて。
 イレギュラーズたちは彼の喉に負担をかけないように、筆談もしくは首振りだけで良いと告げ、紛れ込んでしまった硝子玉を探していること、そしてそれを買い上げたのが千歳だと聞いたことを説明した。
 千歳が硝子玉を見る。少しだけ名残惜しそうな顔をするけれど、彼はすぐにチックへと手渡してくれる。
「チックの知り合いなんだろ? 良かったら一緒に飯を食わねえか?」
 この後皆でレストランへ行くのだとゴリョウが告げるも、首を振って千歳は断る。チックの手に指で『またね』と書いて、ひらりと手を振った。
(ちとせ、ひとりでいたがってたから……)
 彼がひとりで居たい場所に大勢で居ては迷惑だろう。
 後ろ髪が引かれる気持ちがしたけれど、チックは歩き出した仲間たちの背中を追いかける。振り返って千歳へと手を振り返したが、その表情は逆光で見えず。
「お仕事も終えましたし、食事にしましょう」
「僕はエビ、エビ食べたいです」
「豪華海鮮パエリアなんてどうだ?」
 入手した触媒は澄恋が粉砕し、一行は良い気持ちでレストランへと向かったのだった。

 ――――
 ――

 イレギュラーズたちが去った暫く後、クルークは千歳の前へ降り立った。
 冷ややかな視線を一度、イレギュラーズたちが去った街の方へと向ける。
(あんな人達に兄さんを預けているだなんて)
 ヒントをくれてやったのに、あれだけの人数が居て発見が遅すぎる。
 嫌だなという気持ちが湧いて、クルークは溜まらなくなった。
 兄はクルークだけの家族で、クルークだけの兄で一等大切な存在なのに。
 不安そうな表情を思い出せば、『やっぱり』と思う。兄は今、幸せではない。
(やっぱり、僕の隣こそが『正しい』)
 先生の言ったとおりだ。
(兄さんは僕が守ってあげなくちゃ)
 ローレットになんて預けておけない。
「……考えてくれた?」
 冷ややかな表情を一変させ、愛されることに慣れた少年の顔を千歳へ向ける。
 触媒をばら撒くよりも前に千歳へ接触したクルークは、千歳の事情を知っている。先生の信者たちから殆どの情報を得た上で此処へ来た。――種を、撒くために。
 撒いた種は、ふたつ。ひとつは触媒。
 もうひとつは――。
「……」
 こくん。ぎゅっと眉を寄せた千歳が首肯して、クルークは笑みを深くする。
「あなたなら受け入れてくれるって思ってた。嬉しい。歓迎するよ」
 ――千歳には呪いが掛かっていた。
 声が出せなくなる呪いで、それは憧れの声を奪うことでしか解かれない。
 勿論、兄が大切なクルークにとってそれは容認できるものではない。
 だからクルークは囁いたのだ。それ以外にも方法はあるよと、甘くて優しい金糸雀めいた声で。
 友の声を奪う事ばかりを長い間考えていた青年の前に、甘い蜜が零されたのだ。

 イレギュラーズたちが楽しくレストランで過ごしている頃。
 千歳は『原罪の呼び声』を受け入れた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

楽しい事後は良い状態で素早く依頼を終えることが前提です。
後半から『本格的な探索』『上手に聞き込み出来た場合』とのことでしたが半数が探索していない状態でしたので、結果的には(触媒の破壊をしているため)成功になりますが、お話は悪い方向へと進みました。

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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