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シナリオ詳細

<伝承の帳>凋落のシャントゥール

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●Bouquet
 妹は歌うことが好きだった。
 兄妹で余り似ておらず、妾の子であった妹は浅黒い肌と其れに似合う黒髪であった。
 騎士の家門に産まれたが、彼女は『俺』と同じく落ちこぼれであった。
 それでも『俺』が騎士になる事が出来たのは男だったからだ。家門の力もあり、騎士見習いとして末席に座ることは出来た。
 だが、『女』で体の弱い妾の子であった妹は、どうだ?
 家の中で彼女の存在などないようなものだった。
 それでも、妹が可愛かった。愛おしく、『呼ぶ名前さえ教えられぬ』ままではあったが、大切に育ててきた。
 こっそりと二人だけの間の呼び名にしたのは庭に存在した木の名前だった。
 マートル。
 本来の彼女の名前ではない『俺』と彼女だけの秘密の呼び名だ。
 妹は嬉しそうに微笑んでいた。手を繋げば、その小ささに驚くことだってあった。
 年齢は随分と離れた妹だ。本当に可愛らしくて、大切だった――のに。
「ライナス。お前の進学先は――」
 ファーレラインの屋敷から遠く離れることが決まったのは彼女が4つになった頃だった。
 愕然としたが仕方は無い。不安であったのは彼女がこれからどの様に生きていくかだった。
「……ディアスシア、君に彼女を任せても?」
「わたしは元より『お嬢様』の付き人ですので」
 彼女はマートルの付き人だった。ファーレライン本家がマートルに与えた唯一の存在だ。
 彼女がいれば、マートルは生きていけるとそう確信して家をでた。
 だが、その期待は容易に崩れ去る者である。偶然の里帰りを行なったときにマートルとディアスシアの姿がなかった。
 母に問おうにも『彼女には呼び名がない』。ディアスシアは解雇されたとだけ告げられた。

 ――あの日を、思い出せば苦しくだってなろう。
 ディアスシア、シア。妹の付き人。彼女と出会ったのは騎士として聖都での調査を行って居るときだった。
 天義には許されぬ『不正義』を、新たな信仰を調査する場で彼女と出会ったときに確信した。
「シア、君は今『鳥籠』にいるんだな」
「……ええ、そうかもしれないわね」
「シア、マートルは……?」
 シアは笑った。勿論、共に居るのだと。
 その日から、秘匿されてはならない『不正義』の場に立ち入ることになった。
 その場で、彼と出会ったのだ。銀の髪に、何処かくらい眸をした友人、セアノサス。
 彼を救うために、俺は――もう、あの日のことは思い出したくはない。

●『セナ・アリアライト』
 怪我をしたというライナス・ファーレラインは前線から離れることになった。
 元より、セナ・アリアライトという青年が早まらぬようにと動いていただけであったのだろうが彼が身を張った理由は別にあったようにも思える。
 セナには記憶が無い。故に、ライナスという男が自身にどうしてそこまで入れ込んだのかさえ理解出来なかった。
「セナ様」
 呼び掛けた星穹(p3p008330)にセナの肩が跳ねた。
 セナには僅かな記憶がある。セラという名前の妹が居た。セラスチューム、たしか、そんな名前だった。
『星穹(せら)』とセラスチュームが同一人物であるかはまだ確信していない。だが、どうしてもそうだとしか思えなくなったのだ。
(もう二度とは、妹を危険な眼には――)
 セナは首を振ってから「何もない、心配を掛けたな」とだけ返した。
「聖教会へ襲撃してきていた致命者の行方は分かったのかい?」
 問うたヴェルグリーズ(p3p008566)にセナは「恐らくは」とだけ告げてからテーブルを指差す。
「彼女は星穹の顔を借りていた。だが、本人の顔を何者かが弄ったと考えるべきだろう。
 これが不正義、否、魔種の手引きであるなら――その配下か、同調した何者かの仕業でもあるかもしれない」
「……私が狙われているという事ですか?」
「定かではない。だが、イレギュラーズを『潰す』ならそれも有り得るだろうな」
 セナは地図をくるくると指差した。まずは聖都、それからテセラ・ニバスだ。
「次の目的地はテセラ・ニバスだ。『神託』が降りなくとも各国の異変にいち早く気付けるのはローレットと国家間の信頼の賜だろう。
 幻想王国の上空に『帳』が出現し始めたらしい。騎士団はテセラ・ニバス内部の神の国より、幻想王国の『帳』を破壊する命令が出ている」
 聖遺物を核として作られた『遂行者』たちの領域、神の国とよばれた混沌のコピーが落ちてきている。
 何らかの触媒があれば、混沌に『帳』を降ろし、現実に其れを定着することが出来るのだそうだ。だが、未然に防げるのは『現実から見ても変化が分かり易いからだ。
「……ある意味、遂行者や致命者の仕業であるのがよいのだろうな。冠位魔種が動いていないからこそ、まだ、付け入る隙がある」
「付け入る隙……確かに、異変を予兆として捉えれば、此方でも対処が打てますね」
 星穹は頷いてから「参りましょう」とセナに声を掛けた。
 もしも、彼女がセラスチューム(妹)ならば、危険な場所には向かって欲しくない。
 だが、確証が持てないままでは「君は連れて行けない」などと責任感のない言葉は言えない。
「……ああ」 

 向かう先――幻想の街に彼女はいた。
 黒髪に、橙色の瞳の少女。彼女は怯えた様子で迷子になったと泣いている。
「た、たすけてほしいです……。楽譜を、買いに来ただけで……」
 天義より御遣いでやってきたという小さな少女は涙を流している。
「名は?」
「マートル……ううん、……ブーケ……。わたし、ブーケ、です」
 涙をぐしぐしと拭った幼い娘。10歳程度にも見えるが事実がどうであるかは定かではあるまい。
 セナはブーケと名乗った娘を保護し――ゆっくりと顔を上げた。
 ぞろぞろと顕れたワールドイーターと共に『星穹』と同じ顔をした娘が立っている。
 致命者シアはぎろりとイレギュラーズを睨め付けてから、唇を吊り上げた。
「全て、綺麗さっぱりなくなっちゃえ」
 正気ではない。女の唇が奏でた言葉とともに――ワールドイーターは一気に解き放たれた。

GMコメント

●成功条件
 『核』の破壊

●フィールド情報
 神の国内部、幻想。見慣れた景色であるかも知れません。ローレット近くです。
 街並みはいたって普通にも見えますが所々が歪んでいたり、荒れていたりと『現実』との乖離を感じさせます。
 ワールドイーターが壁となり背後にシアが立っています。イレギュラーズと接触した時点でシアは逃げ出します。
 シアは『核』を手に街の中を走り回って逃げ回るでしょう。
 街は入り組んでおり、建物の扉は開け放たれています。街中での鬼ごっことなりますので、出来る限り『シア』を観察し逃さぬ様にしてください。

●エネミー情報
 ・致命者『シア』
 星穹さんの顔に作り替えられてしまった娘。セナの親友ライナスを恨んでおり、セナにも同様に思うところがありそうです。
 天義で断罪されており『死人』です。とある宗教に出入りし、幼子を監禁した罪に問われたそうです。
 口癖のように『断罪したくせに』『お前のせいだ』『どうして私だけ』と繰返します。瘴気ではありません。
 作り物であるが故に痛みを感じません。
 その心臓には『聖遺物の欠片』が埋め込まれており、それがこの帳の核であるため逃げ回っているようです。

 ・ワールドイーター 10体
 シアが解き放ったワールドイーター達。シアを護るべくイレギュラーズの足止めをします。
 その形は大きな鳥です。しかし、飛ぶ事が出来ないのは翼を手折られているからでしょうか。
 範囲攻撃を有しているほか、個体差で回復やかばうなどの行動を行なうようです。

●???『ブーケ』
 街でセナが保護している少女。ぐすぐすと泣いています。彼女が何者であるかは分かりません。
 セナは「幼い子供だ、護ろう」と進言しています。

●味方NPC
・セナ・アリアライト
 天義聖騎士団の青年。セラという妹が居たような――そんな記憶のある騎士団員です。剣での戦闘が中心。
 傲慢な正義を遂行し続けた己の矜持が歪んでしまった気がして、非常に不安定な立場にあります――が、其れを出さぬようにと務めているようです。

・(参考)ライナス・ファーレライン
 セナの親友。聖職者。騎士の家系の落ちこぼれ。幼少期は見習い騎士になりましたが『何故か直ぐに辞めて』聖職者になりました。
 比較的温和で落ち着いた人間ですがセナに負い目があり、セナのためにと強硬な策を講じて致命者『シア』の強襲に逢いました。
 彼は怪我をして居るため騎士舎に匿われ、調査などの前線から離れているようです。
 彼曰く、マートルという名前の妹を喪ったことで騎士を止めた。彼女の付き人が『シア』という女だったとのことですが――

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <伝承の帳>凋落のシャントゥール完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月01日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
プエリーリス(p3p010932)

リプレイ


 作り上げられた幻想は、現実世界と変わりなく。だと、言うのに荒廃しているのはどうしてなのだろうか――『演目(サーカス)』が過ぎ去った後に、この国は腐敗したと言うことであろうか。
 街並みを眺め歩く『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)はぴたりと足を止めた。
「また、お会いしましたね、シアさま。
 幻想に下りる『帳』をそのままには出来ません……この世界を、失くさせません、から」
 深くフードを被って居た致命者『シア』を前にメイメイは静かな声音でそう言った。黒衣を身に纏った小さな羊の決意を前にしても致命者は何ら揺らぐことはない。
 フードを頭からずらし、その顔を露わにする。『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)と瓜二つの娘。
「……同じ顔にされる程誰かに愛された覚えなどないのですが……。
 あの鞘女といい貴女といい、他人の顔が随分とお好きなのね。でも、この顔で最も綺麗に笑えるのは私なの」
「おまえの顔が好きなのはわたしじゃないわ。ねえ、セラスチューム。忘れてしまったの?」
 どくり、と心臓が跳ね上がった。星穹が一歩後退する。青ざめた表情のセナ・アリアライトの唇が戦慄いた。
「セナ殿……」
 青年の背を叩いてから『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はゆっくりと一歩踏み出した。『相棒』の顔をして居て、既に死んでいるはずの致命者。作り物であるから、その顔を星穹のものとしたのだろうか。
 そんな彼女が立っているのは幻想に降りて来た『帳』の中だ。気になることは山積みで、一つずつの対処を行うしかないのが実に嫌らしい。
「……相棒、あまり気負わないようにね。すぐ側に俺がいるんだから、それを忘れないで」
「ええ。セナ様も」
 セナの――『兄であろうそのひと』の無事を星穹は祈っている。万が一の時には彼を任せたいとヴェルグリーズには言い含めていた。
 万が一、が無いことばかりを祈っていたが恨み言を告げるシアを前に『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はぱちりと瞬いた。
「きみは……不思議だね。顔を変えられるなら……姿も変えられるのかな……。
 致命者のシア……の……僕達に言った言葉……『全て、綺麗さっぱりなくなっちゃえ』。僕は……見た目よりもずっと幼く感じたけれど……」
 君は一体、何なのだ、とレインは問い掛けるようにシアを見詰めていた。
 星穹と同じ顔をして居た女は歪に笑う。ああ、本当に不細工な笑い方だと星穹は思った。
「……『生前に顔を変えられた』とは思わない?」
 嘲るような瞳を向けるシアにレインはつきりと胸を痛めた。彼女は生き返ったのではない。生前の情報を致命者としてインプットされ、そうあるように動いている。死んだという現実を後から脳に直接叩き入れるように教え込まれただけなのだろう。
「事情はよく知らないが……もしも本当に蘇ったのなら、死の恐怖を、理不尽に命を奪われる悲痛を知っているはずなのに……。
 友人、家族、大切な人を置いて逝くつらさを知っているはずの奴が、全員消えちゃえとか全部奪ってやると言えるのはおかしいだろう……!」
「お前は恵まれていたんだ」
 シアの声は低く『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)を刺した。ナイフで心臓を抉り取るかの如く酷く冷たく、凍えるような声音である。
 ひたひたと近付く娘がナイフをウェールへと突き刺した。脇腹からじんわりと痛みが走る。
「ッ、どういう意味だ」
「理不尽に命を奪われて、誰かのことを思えるほどわたしは恵まれて生きてない。
 置いて逝く辛さ? 理不尽に奪われた恨みの方が強いでしょう! どうして、誰も彼もが誰かに愛されていると思い込めるの!?」
 シアはその儘、臓器を抉ろうとしたのだろうか。その腕を掴んだ『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が首を振る。
「星穹さんと同じ顔の致命者? どういう事だ……?」
 腕を払い除けたシアが後方へと下がった。駆け抜け、走り去っていく。ワールドイーターが壁となってシアへの道を塞いだことに気付きイズマは振り向いた。
「追おう」
「ええ、けれど……心配事があるわね」
『ファーブラ』プエリーリス(p3p010932)はセナの背後にぴたりと張り付いたままぐすぐすと涙を流していた。


 ブーケ。そうな乗った彼女は鮮やかな黒髪を持った天真爛漫な娘であった。しかし、その面影を感じさせることはなく怯え竦んで居る。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)はいやはや、奇妙なことだとまじまじと彼女を見詰める。神の国に『普通の』幼子が迷い込めるか――応えはYesだ。偶然降ろされた帳の中に一般人が『巻込まれて』仕舞うことはある。その線ならば安心ではあるが……。
(そうでないなら、連れ去られたか、何だろうね。しかし……『代替品』にでもしたのだろうか。
 顔を弄られた致命者にも込み入った事情がありそうなことが気がかりだ。まあ、我(アタシ)は鬼ごっこをするだけだけれど)
 武器商人の視線に答えるように顔を上げたブーケは「ここにいちゃだめなの?」と涙を流しながら問うた。シアを追掛けたいのはやまやまだが、無垢な少女と思わしき娘がイレギュラーズの足止めをする。誰か一人が走り出してしまいそうになると「置いていかないで」と金切り声のように叫ぶのだ。
「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」
「こん、にちは。ブーケです、おねえちゃんは?」
 プレイーリスはにこりと微笑んだ。落ち着き払った声音と仕草でブーケは彼女を年長者であると見做したのであろう。外見だけ見ればプエリーリスの方が幾許か幼い可能性もある。
「ブーケちゃんっていうのね? プエリーリスよ。ママとパパは一緒じゃないの?」
「はい……」
「そう……じゃあ、いまの間だけ、私がブーケちゃんのママの代わりにブーケちゃんを守ってあげるわね」
 それで、大丈夫かしらとプエリーリスはブーケの手を握り締めた。セナにはシアを追っても笑わねばならない。ブーケの事は護ると力強く告げるプエリーリスに少女はぐずぐずと泣きながら頷いた。
「……思わぬ……タイムロス……けど、向かう場所分かる……」
 ワールドイーターが塞いだ道。シアが逃げていくその道を辿るようにレインは白い小鳥をシアを追う隊に帯同させると決めて居た。
 ブーケはプエリーリスに引っ付いており、彼女が手を握っているならば何処かに姿を隠す可能性もない。
「……僕達は……ワールドイーターを」
「ええ。ブーケちゃん。不安にならないでね、大丈夫よ」
 にこりと微笑んだプエリーリスにブーケは頷いた。ファミリアーを連れて走る星穹達の行く手を遮らんとするワールドイーターへと向け、イズマは冷たい一撃を放つ。音を保持して(ソステヌート)――そして、引きつけるかの如く旋律を響かせた。
「逝こう」
 ヴェルグリーズは大地を蹴った。集中状態と共に、駆ける青年は流星の煌めきをその身に纏う。共にシアを追う星穹は表情を硬直させているセナの横顔だけを見て居た。
(……屹度、シアはライナス様やセナ様への負の感情が強い。それに、『私』にだって――……)
 セラスチュームという言葉に『彼』は反応していた。星穹だって、妙にその呼びかけがしっくりきたのだ。
 シアは星穹をセラスチュームと呼んだ。それが星穹の駆けている記憶の一部なのか、その真実はまだ分からない儘だが――『私のしらないわたし』は気味が悪い。知らねばならないと、そう強く思った。
「星穹」
「……セナ様。私は無くした記憶のどこかに貴方が居ると感じています。だから……護ります。この手で、貴方も、私も、私達の未来も」
 眼を見開いてからセナは困ったように肩を竦めた。同じ事を思って居たのだ、と。セナ・アリアライトの欠けた記憶に彼女がいた筈なのだから。

 ――セナ、セアノサス。どうか、どうかセラを……セラスチュームを……――

「セナ様……?」
 違う。お前は、そんな風に俺を呼ぶことはなかった。セナはゆっくりと頭を振ってから「何もない」とだけぎこちない笑みを作って返した。
「……あちら、です、皆さん……!」
 メイメイのファミリアーはワールドイーター達を飛び越えてシアの元へと向かっていた。すり抜けて走り行く小さな羊。眸に掛けた魔法が多少の暗さなんて感じさせることはなかった。
 走るメイメイの足を僅かに重くしたのは街並みが見慣れていたからだ。恐ろしい程に何もなく、所々に窃盗の跡などが見える。人間の悪辣さを垣間見えさせる空間は――『こうして未来その者を無かったことにする』のだと感じさせて苦しくもあった。
「……羊の子、行けるかい?」
「はい」
 頷いたメイメイを送り出すように、武器商人は遮蔽物を透かし見てナビゲートを繰返していた。ワールドイーターは武器商人を斃さねばならない者だとして認識しているだろう。
 ずきりと痛んだ腹を押さえてからウェールは息を吐く。彼女の怨嗟は深すぎる。その心を解きほぐす事が無理であれど、せめて、生前の未練だけは打ち払ってやりたい者だった。
「……それにしたって、ワールドイーターは大きいんだな。世界を喰う獣だったか。未来を蝕んで消し去る……って感じなんだろうな」
 ウェールは呟いた。後方で構えたカードの『銃』が具現化する。銀弾の雨が降り注ぎ、ワールドイーターの動きをも食い止めた。
「シア……」
 彼女の言葉が悲痛であった事は良く分かる。ウェールに向けたあの怨嗟は八つ当たりだ。図星でもあっただろう。本当な護りたいものもやりたいこともあった。それを理不尽に奪われた自分に希望を語られたことがどうしようもなく苦しかったのだ。
「さて……あのコは困った存在だねェ……一体何を考えて居るのか。まァ、足止め役のつもりだったキミ達は……残念だったね、我に足止めされるのだけれど」
 糸がぐるりとワールドイーターへと巻き付いていく。喉をクツクツと鳴らした武器商人はシアの元と向かった仲間達がどの様な物語を紡ぐのかと、そうやって期待ばかりをしていた。
「ワールドイーターが致命者の心の形を取るなら『シアの本当』は……環境とか……囚われてるものとか…気持ちは……心は……こうなんだね……」
 レインはぐ、と息を呑んだ。一人だけのシアなら、助けられただろうか。もはや『死んでしまった』彼女の後悔を拭い去ることは出来ないのだろうか。
 ワールドイーターを見て居れば分かる。シアは『八つ当たり』をするためだけにこんな場所に連れてこられたのだ。
 ひょっとすれば――ああ、そうだ。武器商人は違和感に気付いて仕舞った。
「ああ、あのコは不憫だねェ……こんな所まで『彼女達』を連れてくるように仕向けられるだなんて」
 シアが一貫しない行動をし、使い捨てられる。それは背後の誰かの思惑だったのだろうから。

「ねえ。貴女は何故私の顔をしているの? 私、貴女と会ったのは2回の筈なのだけれど。
 ……それに、得体の知れない子供は襲わないのね。不思議ですこと」
「セラスチューム、大きくなったのね。……昔、逢ったわ。
 ライナスと、その妹と、幼馴染みだったわたしと、それから、そこのセアノサスとあなたで。鳥籠のなかでね」
 どくりと星穹の心臓が跳ねた。鳥籠とは一体何か。ライナスと、その妹――?
 セナの表情も硬直する。それでも、戦う事を止めてはならないとセナとヴェルグリーズを庇うように立っていた星穹は唇を震わせた。
「あなたの持つ欠片は、何処に? 頭ですか? 腕ですか? ……心臓。致命者も、そこを壊されては、もう二度はない、のでしょうか」
 メイメイは躊躇うようにそうやって声を掛けた。もう一度死ぬ、いや『生きて何てない』のだ。生き物の振りをしているだけ。
 メイメイは苦しくなりながらも、シアへと声を掛けた。
「……まだお話の繋がらない部分もあります。
 シアさま、あなたの抱いている強い恨み……出来れば解いてあげたかった。使い捨てでは、生きていた時と同じ、ではないです、か……」
「……なら、わたしの恨みを、あんたが……解いてくれる……?」
 自分が死んだ後に。そう告げられた気がしてメイメイはひゅ、と息を呑んだ。何かを知っているセナも、知っているはずの星穹も『記憶』がない。
「……言い分はたくさんあるようだし恨んでくれて構わないよ。ただ、それが俺の相棒に向くなら許さないからね」
 ヴェルグリーズの静かな声音に、シアが鼻を鳴らしてから笑う。
「セラスチュームなんて恨まないわ! セアノサスが何もかもを忘れたことは酷く、疎ましい!」
「恨むべきはセナ様じゃない。私です。
 貴女がそんな顔をしているのも、貴女が恨むことしか出来ないのも、だから、憎みたいなら私を憎めばいい。
 こんな世界間違ってる。……私だって、同じ気持ちだったから」
 真っ向から告げた星穹にシアは「大嫌いよ、セラスチューム」と唇を震わせる。心臓の位置へ、ヴェルグリーズの剣を向ける彼女にメイメイはぎゅ、と息を呑んだ。
「……ねえ、ねえ。あなた。セラスチュームの大切な人。わたしね――」
 ヴェルグリーズはシアの心臓に剣を突き立てながら目を見開いた。
 わたしが、セラスチュームを逃がしてあげたの。ライナスがそうしようって誘って、見つかって身代りになって殺されたのはわたし。
 わたしがいなければ、セラスチュームも彼女のために私を殺したセアノサスも、生きてなかったんだから。

 ――セナ、見つかる前にシアを……ディアスシアを殺せ。セラを逃がしたのはこいつだってことに。
 ――ライナス!? どうしてッ……!

 僅かな記憶の断片にセナはふらついてから「ディアスシア」と息絶えた娘の名を小さく呼んでいた。


「あ、待った。楽譜を買いに来たと言っていたね、おうちはどこかな?」
 巻込まれる事はあるだろう。だが、シアは『彼女を巻込まなかった』。ワールドイーターが狙わなかった理由も不自然すぎる。
「……おうち? ええと天義です。でも、おかあさまは幻想のお生まれだから、馬車でがたんごとん、って……」
 手を上げて微笑んだ少女にヴェルグリーズは「そうなんだね」と穏やかに返した。声とは裏腹に腹の内側には嫌な予感が蓄積されていく。
 ブーケは自身の名前をマートル、と言い掛けた。シアを致命者にし、星穹の顔に変えた何者かがブーケにも関係している可能性はある。
(……疑いたくはないが、無関係にも思えない……)
 ブーケは確かに怯えていた。助けてと泣いていたのは確かだ。だが、どうしても気になるのだ。ブーケをまじまじと見詰めようとしたイズマは『読めなかった』事に気付きはっと顔を上げる。幼い少女の強弱や能力を大雑把にも感知できなかったのは――彼女自身が『そうした』からである。
「ブーケさん。……あのさ、巻き込まれて怖いよな。でも大丈夫。もう助かったから安心して欲しい。
 楽譜を買いに来たと言ってたが、音楽が好きなのか? 俺も音楽が好きでな。どんな楽譜を探してたんだ? もしよければ一緒に探そうか?」
 マルデ友人であるかのように問うたイズマは彼女の情報を読み解けなかったことに寄る不吉な予感を隠すように問い掛けた。
「……ええ、そうね。楽譜だったわよね。ブーケちゃんはどんな楽器を演奏するの?」
 読めなかったのはプエリーリスも同じだった。幼い少女の思考を読み取れない。それだけで彼女への疑念が深まっていく。
「ううん。うたうひと、です。楽譜はお父さまにあげたくて……」
 にんまりと頬を赤らめて微笑んだブーケにプエリーリスは「ママとパパはどんなひと? どんなお仕事をしているひと?」と問うた。
「おとうさまは、天義の貴族だったって……。おかあさまは、おうたをうたうひと、です」
「貴族……?」
 セナの指先がぴくりと動く。メイメイは彼に何かあれば直ぐにでも声を掛け呼び止めると決めて居た。危うい気配がするのだ。
 星穹も、メイメイも、ヴェルグリーズも『セナとブーケ』の関係性を疑っている。
「おとうさまはそうだったって。でも、最近はそうじゃないって……『店長』が……」
「店長……?」
 ざわりと星穹の胸の内で嫌な気配がした。話しながらアリスティーデ大聖堂から出て、テセラ・ニバスの帳の外へと辿り着いた。
 彼女が天義の生まれだというならば天義につれて帰った方が良いという判断だ。店長は店長だとしか言わない彼女にセナと星穹は嫌な予感ばかりを感じている。
「ねぇセナさん、ブーケちゃんのこと、任せても大丈夫よね?」
 問うたプエリーリスに頷くセナが手を伸ばし掛けた時――「ブーケ、こんなところに」
 白髪の男だ。仕立ての良いスーツに身を包んだ幻想種らしき男は顔面に笑顔を貼り付けている。
「ジャスミン――いや、お母様が心配しているよ。さあ、コッチへ」
「……どちらさま?」
 問うたプエリーリスに男は「彼女の保護者……『店長』だ。天義で店を営んでいるんだ。最近は閉店ばかりだけれどね」と笑ってからカフェ『鳥籠』と書かれたカードを手渡しブーケを連れ歩いて行った。
 違和感を覚えるほどに、彼女が此処に居ることが当たり前であるとして扱った男。その男を見た刹那、セナは膝から崩れ落ちた。
「ロイ……ブラッ……」
 記憶喪失。青年にはあるべき記憶が無い――その一つが、『彼』の存在で合ったのかもしれない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲

あとがき

 お疲れ様でした。
 ああ、セラスチューム、久しぶりだね。

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