シナリオ詳細
<伝承の帳>暁と黄昏の境界線
オープニング
●
町の中心を突っ切るようにして走る街道はこの町が宿場の集合から発展したことを示していた。
故に、往来は活気に満ちて、交易商たちは町をにぎやかせていた。
それが、本来の光景だ。
町並みは燃え尽き、煤けた匂いも焼けるような臭いもない。
それはこの町が燃え尽きてからもう随分と時が立っていることを示している。
人々の活気は消え失せ、復興の道を辿るべく動いているつもりらしい光景は、しかし容易く暴発して行かれるままに小規模な暴動が頻発している。
この世ならざる言語で叫ぶ人々の声は理解してはならない物のように思えた。
寂れた廃墟と化した建物の1つの中に、庶民的な衣装に身を包んだ女性がいた。
異言を操る人々に比べ、随分と『綺麗な』衣装をした彼女は、身を隠しながら冷静に状況を推察する。
(やはり、これは拙いことに巻き込まれてしまった気が……)
テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)は深呼吸を1つ。
(それに、あの旗は……)
視線を巡らせ覗き見る窓枠だけを残した窓の向こう側、どんよりとした曇天に翻る旗を、テレーゼは懐かしくさえ感じている。
(オランジュベネ家の、紋章……)
溜息をもらす。その旗がこの町に翻っている理由は、さっぱり分からない。
けれど、同時、故にこそわかることもある。
オランジュベネ家はもうこの世に存在しない。
当主イオニアス・フォン・オランジュベネが魔種となり幻想国に謀反を起こし、イレギュラーズの手で打ち倒されたからだ。
後継者のなくなったオランジュベネ家は今、ブラウベルク家とフィッツバルディ家の後見でイレギュラーズに解放されている。
(故に、ここは私がいたエーレンフェルトとは別の場所なのでしょう)
もう一度、短く溜め息を吐いて、きゅっと手を握り締める。
(それに、此処に迷い込んできてから、ずっと感じるこの『疎外感』――)
その理由も、何となくだが予感できていた。
出来ているからこそ、テレーゼはこの場所に隠れ潜んでいる。
(……外に出るわけにはいきませんね)
思わずため息を漏らす。
状況の理解はできないが、自分が拙い状況であることだけ分かるのだ。
溜め息の1つだって漏らしたくもなる。
「テレーゼ様」
「あぁ、メイナードさん。どうでした?」
小声で声をかけられ振り返れば、青髪の騎士が身を屈めて隣に座る。
「ひとまず、周辺に敵の影はありません。
いえ、あの話す言語の異なる連中を敵とすれば敵しかいませんが、こちらに明確に敵意を向ける者はいないようです」
「……それは良かった。おかげで、益々ここが私が負けた世界だと納得もさせられますが」
皮肉と安堵が交わり、声に出ていた。
「ごめんなさい、メイナードさん、貴方も巻き込んでしまいましたね」
「いえ……テレーゼ様だけこちらに呼ばれてしまわなくてよかったのでしょう」
「ふふ、たしかに……そうかもしれませんね。私一人では普通に殺されてるでしょうから」
●
「これは、ブラウベルク家の紋章?」
マルク・シリング(p3p001309)はローレットに送られていたという自分あての封書に捺された紋章に目を瞠る。
差出人は――シドニウス・フォン・ブラウベルク。
「シドニウス……テレーゼ様が仰っていた、兄君からだ」
その人物は今も王都メフ・メフィートにて渉外を担当しているらしい。
屋台骨たるフィッツバルディの揺れる今、そんな人物が王都から動くことはないだろう。
そこには焦ってはいるのだろう、少々乱雑な文字で簡潔に内容が記されていた。
要約すれば、妹と連絡が途絶えている、業務上の定期連絡やその理由を問うための文書にも返事が無いのだと――つまるところ。
「……テレーゼ様が、行方不明?」
ふとその時マルクの脳裏に嫌な予感がよぎる。
それはつい先ほど、天義に降った預言――『幻想王国を包み込む大規模な帳の出現』である。
(もしも、テレーゼ様が帳の前段階、『神の国』に迷い込んでしまったとしたら? あそこは現実とは別の空間だ。
連絡が取れなくなるのもおかしくはない……)
国外故に大々的に騎士団を動かすなんてことができないため、天義中枢はローレットへとこの予言の対処を要請している。
ならば、どちらにせよ向かう場所の1つが決まっただけの違いでしかない。
「……今すぐにでも向かわないと」
気付けばマルクは手紙を握り潰していた。
●
テセラ・ニバスの帳――異言都市(リンバス・シティ)の内部に存在していた『アリスティーデ大聖堂』を抜けてマルクたちが訪れた場所は焼け落ちた町だった。
翻る旗はマルクには見覚えがあり、他に集まった者達の中でも見覚えのある者もいるだろうか。
「――オランジュベネの旗……あれがあるってことは、ここは」
マルクは、或いは当時からローレットにいた数人ならばここがどういう歴史を歩んだのか予測が立つ。
「イオニアスが勝利した世界線か……」
「……来たのね」
そこには灼髪の少女がいた。
「マルティーヌ……」
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はそれが自分が追いかけた少女であることに気付いた。
「きみは一体、何者なの?」
「さぁ? なんていうのが正解かしらね……少なくとも、自分が何かは分かって来たわ」
そう言ってマルティーヌが肩を竦めた。
「……マルティーヌ。君がどうしてここに? こことは関係ないはずだ」
「そうね。殆ど何の関係もないわ。
せいぜい、元のマルティーヌの母方にこの辺りを治めた貴族の出身がいるくらいでね」
マルクが言えば、彼女は肩を竦めて言った。
そう言われてからよく観察すれば、髪の色と瞳の色、それから体格の筋肉量を減らせば、テレーゼと似ていなくもない。
そこまで変えれば別人が過ぎて一見した程度で分かりようもないが。
「――あれが見える?」
マルティーヌが指を示した先には塔が1つ。そんなもの、ここにはないはずだ――とマルクが思えば。
「あれはこの世界での勝利者になるはずだった男がこの町に打ち立てたその証明。
統一塔――あそこの一番上に鐘があるのが見える? あれがこの場所の核、『聖フィリーネの小鐘』よ。
私はあそこで待ってるわ、直ぐに壊しに来た方が良い。迷い込んだお姫様を助けたいのなら、なおのことね。
――この歴史に、あの子はいないはずだから……殺されるわよ」
それだけ言って、マルティーヌは喧騒に消えた。
- <伝承の帳>暁と黄昏の境界線完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年06月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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(今すぐにでもマルティーヌを追いかけたい気分だけどそう言ってられそうにないね……)
雑踏に消えた少女の方を見ていた『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はふるると頭を振って。
「――ホント、正しき歴史だか何だか知らないけれど、何処も彼処も派手にやってくれてるわね」
「まぁ、とにもかくにもさ、テレーゼさんがここにいるのが確実なら、無事に助けられるように頑張らなくちゃ」
マルティーヌの消えた雑踏見つめていた『煉獄の剣』朱華(p3p010458)に答えるように、『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が言えば。
「うん、そうだよ! あたしには幻想貴族とかそういう難しいのはわからないけど、テレーゼさんは貴族なのに貴族です! って感じじゃなくて、優しくて……」
ぎゅっと手を握り締めた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は『ブラウベルクの剣』マルク・シリング(p3p001309)を見やる。
(テレーゼ様、絶対に助けます……!)
たとえIFの歴史だとしても己はブラウベルクの剣だから、マルクはファミリアーを空へ飛ばす。
空を舞う小鳥の視線は町の中を見下ろしている。
(それに、あたしが信頼してるマルク先輩が信頼している人ってだけで十分だ!)
真剣な瞳のマルクを見やり、フランはこくりと頷いた。
(各地で発生している神の国……帳……IFをうたう敵の力……深緑で展開されなくて良かったかもしれない)
ひとり思うのは『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)である。
深緑で事件が起きていれば、確実に正気を保てない展開になっていた可能性もあった。
「今はテレーゼさんを助けないと! しかしこれはイレギュラーズがいない世界のIFなのかな?
放置したらこれに侵食されてこの世界が本物になるのか……とんでもねぇ力だな……」
小さく呟きながらも、その意識は広域を見渡すように向けられている。
「違う歴史、所謂もしもの世界というやつでしょうか。
成程確かに。イオニアス卿が本懐を遂げていたなら……この有様なのも頷けます。
――そして、テレーゼさんが本当に危ないと言う事も」
「ええ、もはや正気でなかったイオニアスが勝利していれば……焼き払われ廃墟になるのも道理でしょうね」
町のありさまを見やり、『忠犬』すずな(p3p005307)や『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)もそう感想を抱く。
(何もかも違う歴史の世界、神の国……いえ、これが『正しい歴史』とでもいうのでしょうか。もしかしてこの世界は……)
様変わりしている町の様子を確かめながら『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は推測を重ねていた。
(いえ、まずはテレーゼさんを救出し神の国の帳を上げなければ)
シフォリィはファミリアーのネズミを町の中へと解き放つと、顔を上げた。
(遂行者達……幻想でここまでの規模の事態を引き起こせるなんて……彼らの行動からもう目も話せず、気も許せなくなってきましたね)
少し息を吐いた『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は周囲を改めて見やる。
(この状況は…過去に起きたことの、それらにイレギュラーズが関わらなかった世界。
こんな世界が彼らの言う真なる歴史。滅びに突き進む世界が真なる歴史……というのですね)
「言われた通りに……って言うのは癪だけど、さっさとお姫様を助け出してこのふざけた場所を抜け出すわよっ!」
朱華の言葉に応じるようにイレギュラーズは二手に分かれて動き出す。
●
集団で動くダリウス隊の動きは良く見えた。
雑踏の中、ゼノグラシアン達が彼らを避けて通っているのも印象的だ。
それはあるいは、軍人を前にして民衆が道を開けているような動きであった。
「――それじゃマルク、頼んだわよ?」
朱華はその姿を認め振り返って言えば、こくりとマルクが頷き大きく息を吸った。
「ブラウベルクの剣、マルク・シリング!
殲剣ダリウス・アスクウィス、ここにブラウベルクの旗ある限り、我らもテレーゼ様も健在と知れ!」
焼け落ちた曇天を衝くように掲げられた旗は蒼空を映すような青色の旗。
それはブラウベルクの名代としてマルクが授けられたブラウベルク家の紋章が描かれた物。
「ブラウベルクの残党か。全て刈り取ったはず――なるほど、お前達は」
落ち着いた声色で旗を見上げていたダリウスは咳払いでもするように喉を鳴らし、異言を飛ばす。
それは意図を解さずとも作戦行動の号令であることは明白だ。
指示に合わせて兵士達が動き出すのより早く、ダリウスが剣を構えた。
それとほぼ同時、マルクはワールドリンカーに魔力を注ぎ込み、キューブ状の魔弾を射出する。
魔弾はダリウス隊の身体を撃ち抜いて異常を齎していく。
「それじゃ、仕事の時間だね。君たちに恨みはないけど、許してね」
「こちらも、そちらに恨みはないが――討たせてもらおう」
近づいてくる敵に合わせるように、シキは肉薄する。
手に握られるはレインメーカー、手に馴染む愛剣は師のそれを改造したもの。
踏み込むままに剣を振るい、斬撃と共に弾かれた引き金が強烈な振動を生む。
それは狩人が獲物を着実に仕留めるが如き執念の連撃。
前衛として構える影の騎士たちの盾に連撃を受けられつつも鋭い剣閃は確かにその肉体を削っていく。
「あの人……やっぱり貴方はあの時の! また勝ってみせるんだから!」
朱華とすずなへ芽吹きの種を与えながらフランの脳裏に思い起こすのは現実でダリウスと戦った時のことだ。
あの時も前線で盾役の一人を務めたり、罠の設置やら何やらに奮闘した覚えがある。
リュコスは近づいてくるゼノグラシアンの姿を見た。
掲げられたブラウベルクの旗にか、或いは始まった戦闘音へ反応したのだろうか。
「みんなの邪魔はさせないよ……」
一度息を吐いてから深く息を吸って咆哮をあげる。
人狼の遠吠えはゼノグラシアン達の注意を向けさせるには十分。
小柄な子供に見えるリュコスは比較的容易に倒せるようにも見えるのだろう。
暴徒たちの動きはリュコスへと向き始めていた。
「かつて倒されたはずの剣士……
後顧の憂いを断つためにも、二度目の敗北を此処で刻ませて貰います……!」
すずなは愛刀を構えた。
「やれるものならば――」
ダリウスが動くより早く、すずなの剣は奔る。
流麗にして澱み無き清流の刀身が流れるままに暴れ狂い、斬光は尾を引いて青白く輝いた。
大蛇が暴れるが如く剣戟の監獄がダリウス諸共その小隊を切り刻む。
「アンタ達は本当の人でもないのよね。悪いけど、容赦はしないわ」
灼炎の剱の出力を高め、朱華は炎剣を振り抜いた。
それはあるいか炎竜が息吹が如く横薙ぎに払うような炎となって迸る。
灼熱の業火は激しく燃え盛り竜の息吹を避けるようにゼノグラシアンやダリウス小隊が躍り出す。
●
「なんだか、辺りが騒がしい気もしますね」
「どうやら、何かしら状況の変化が生じたようですね……」
テレーゼに視線を向けられたメイナードが小さく肯定する。
「……こちらにとって都合のいい変化であることを祈るしかありませんね」
はぁ、と溜め息を吐いたテレーゼに視線を向けられたメイナードが小さく頷き立ち上がる。
「――――!!」
理解の出来ぬ言語で叫ぶ者達が慌ただしく動いているのが見えた。
言語がわからずとも、発声の調子から緊急事態に対して指示を飛ばしているのであろうことぐらいは分かる。
ふと視線を向ければ、そこには2人にとって見慣れた――掲げられるはずのない旗が見えた。
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ダリウス小隊との交戦はファミリアーのみならず、周囲の喧騒として感じ取れるものだった。
ゼノグラシアン達の視線を外すように動きながら捜索班はテレーゼの保護に動いている。
「こうも町中にゼノグラシアンの目が光っていては移動するのは難しいでしょう、やはり建物の中と考えた方が良いですよね」
マリエッタはさらりと血で印を結び、壁に手を付けた。
脳内に浮かぶイメージは建物の中の映像だ。
閑散とした光景はもう随分と人の手が咥えられていないことを意味している。
リースリットやシフォリィは状況の把握に務め、広く周囲を俯瞰して見れるよう心掛けている。
「そうですね、隠れられる場所に身を潜めていると考えた方が自然です」
シフォリィのファミリアーたるネズミの視線は建物のの中に入り込んで探すにはもってこいのものだ。
「……少しずつ近づいているようです」
リースリットの方は精霊たちに呼びかけ、救援を呼ぶ声を辿っていた。
何はともあれ、その経路は慎重に慎重を重ねて選択されている。
見えてきたセンサーの行末は、1件の商店らしき痕跡。
頷きあい、そこに向かって突き進んでいく。
●
ダリウスとの戦いは着実に進んでいく。
ダリウス小隊の数は半数にも満たず、戦闘の動きに釣られてきたゼノグラシアンもついでに倒している。
「1人ずつ、かくじつにしとめる……!」
構えた盾へと振り下ろされた拳全てを受け止めたリュコスは、その勢いを跳ね返すように腰に差した剣を抜いた。
聖騎士衣装のついでに発注した白刃は鮮やかに線を引いてゼノグラシアンを切り伏せる。
「私達だけでも十分何とかなりそうね、戦闘音に釣られて来てるゼノグラシアンはどうしようもないけど!」
朱華は灼炎の剱の出力を調整しなおしていた。
構えなおして振るう灼炎剣はその真価を煌々と滾らせて烈火のごとく燃え上がる。
振り抜いた斬撃が直線上に適度に並ぶゼノグラシアン達を纏めて吹き飛ばしてはその出力のままに鞭のように振るっていく。
火竜の暴れるが如き猛攻は多くのゼノグラシアンを磨り潰していく。
(そこそこ減ってきたな……ここからは着実に)
シキは敵の数を確認すると、僅かに後退する。
レインメーカーを鞘に納め、変わって瑞刀を抜き放てば、魔力を籠めて振り抜いた。
黒犬の如き魔力が戦場を駆け抜け、軽装兵へと飛び掛かる。
慌てて銃をぶっ放してくるものの、その程度で勢いが収まるはずもなく、そいつは黒犬へと呑まれていった。
「ダリウス! この旗に誓って、僕はお前を討つ!」
マルクはダリウスの前へと跳びこんでいた。
ブラウベルクの名代として、それは誰にも譲れない役目であるがゆえに。
その手には旭光の剣。
いつか蒼穹へ至る誓いの剣を、もう一度――放出する魔力を推進力に変えて、零距離で魔力を叩き込んだ。
優れた体捌きで防がれつつも、それすら削りながら剣は閃光を放つ。
「くっ――その旗に誓うか、なら、お前にだけは負けられん!
その旗は、この世界にはもう無い物だ! 誰にも、もう一度掲げることなど許さん!」
声をあげて、ダリウスが返すように叫ぶ。
それは間違いなく、立場と誇りを掛けたせめぎ合いに見えた。
「この世界線にテレーゼさんが存在してはいけないんじゃない、そもそもこの世界線が間違いなんだ!」
フランはそんな2人の間に割り込んだ。
それは深緑に満ちる穏やかで柔らかな木々の芽吹きのように、至高の形を作り出すための号令だった。
栄光の軍勢に吹く風は絶対の先手を生む祝福にほかならぬ。
マルクへと剣を向けんとするダリウスに割っていったのはすずなだった。
「マルクさんを、ブラウベルクの名代は――やらせませんよ……!」
挑むように刀を振るい、つむぐ百花繚乱の斬撃は避けえぬ天命の刃となってダリウスを切り刻む。
「剣客か……なら相手をしてもらおうか」
切り刻まれた致命傷を抑えながら、ダリウスの切っ先がすずなを向いた。
不退転の覚悟を胸に、すずなは向かい合う。
それはどちらが速かったか、刃鳴が鋭く戦場に響いた。
●
「……ようやく見つけました」
シフォリィの声に青髪の騎士が反応して剣を向ける。
その後ろにいたテレーゼが少しばかり驚いた様子で騎士を制止するよう動いたところで、リースリットとサイズはすっと前に出た。
「テレーゼさん、サイズだ! 無事だったみたいで良かった」
「テレーゼ様、メイナード卿。ご無事で何よりです」
「リースリット君……あぁ、君達はイレギュラーズか」
顔見知りのリースリットを見て安堵の声を漏らしたメイナードが剣を下げた。
「サイズさんも、シフォリィさんも……あぁ、良かった」
テレーゼが安堵の息を漏らす。
「本当ならマルクさん自身が探しにきたかったでしょうけど、彼は今、敵を引きつけてくれています」
それに続けてシフォリィが言えば、テレーゼとメイナードが目を瞠る。
「マルクさんから伝言を預かっています。
シドニウス様からもテレーゼ様を守り抜くように頼まれたと」
マルクから捜索隊に合流するように命じられていたイングヒルトがそっとメイナードに近づいた。
「兄上が? なるほど、やはり私はとんでもないことに巻き込まれたようですね」
嘆息するテレーゼにイレギュラーズはざっくりとした経緯を説明すれば。
「俺がテレーゼさんの盾になるよ」
「心強いです、よろしくお願いします」
サイズが自らに取り付けた盾を構えて見せれば、テレーゼが柔らかく微笑んだ。
「此処にいても仕方がありませんし、そろそろ行きましょうか。良く見える目印もあります」
「どうしてあれが掲げられているのかと思いましたが、マルクさんも来られているのなら納得です」
ブラウベルクの旗の方を見たリースリットにテレーゼもこくりと頷いた。
テレーゼ、メイナードを加え7人になった捜索班は旗を目指して動き出した。
「流石にこの人数だと目立ちますね」
行動を開始して少し、シフォリィは愛剣を握り締めた。
夜の闇を思わせる漆黒の刀身により深い闇色の魔力が幾重にも重ねられていく。
それは鮮やかな漆黒の輝き。
天に輝く宝冠の如きは堕落への導き。
放たれた閃光は堕天の輝きとなって戦場を照らし出す。
それに魅入られたゼノグラシアン達が立ち止まり、天へと祈るように膝をついた。
「其の名は『死を覆うもの』――」
リースリットは緋炎に風と氷の精霊達の加護を束ねていく。
渦を巻くようにして生み出されるは祝福の霧氷、近づいたままに線を引くように横に薙いだ。
放たれた剣閃は絶凍の剣となってゼノグラシアン達をその内へと閉ざす。
「今のうちに行きましょう!」
身動きの取れなくなったゼノグラシアン達を横目に一行は一斉に移動していく。
●
戦いは続いている。
激闘は確実にイレギュラーズ優位へと傾いていた。
フランは目を閉じて意識を集中していた。
最前線で激しくぶつかりあう間に立ち支援を結ぶフランの存在は当然の如くダリウスらから見ても脅威と言えた。
(私が狙われれば、皆が攻撃する時間が稼げるんだから!)
天上より降り注ぐ温かなる日差しが周囲を照らす中で、フランは瞳を開いて敵を見た。
「あれがダリウスですね」
戦場に辿り着いたシフォリィは攻めかかる仮面の騎士を見やる。
「つゆ払いから始めますか」
フルーレ・ド・ノアールネージュ、夜の闇を思わせる漆黒の片刃剣を軽く振るって空を切る。
曇天を斬り裂いて地上へと降り注ぐは堕天の輝き。
ゾッとするほどに美しい堕落へ導く光はゼノグラシアンを瞬く間に封じ込めて行く。
(シフォリィ……ってことはテレーゼは見つかったんだ)
リュコスは仲間の合流に小さく息を吐いて力を入れなおす。
(ぼくのやることは変わらない)
攻め寄せるゼノグラシアン達の攻撃を受け止めるリュコスの身体には沢山の傷が刻まれている。
けれどそれぐらいでちょうどいい。
あまり振るう方ではない剣も手に馴染んできた。
打ち込まれた攻撃に合わせるようにして再び剣を振り下ろして、ゼノグラシアンを沈黙させていく。
「手こずらせてくれるな、剣客娘」
「――彼が倒れるなんてことがあっては、いけませんからね」
真っすぐにダリウスから向けられた視線に応じるように、すずなは切っ先を一切ぶれさせることなく立っている。
「これが英雄、これがローレット」
小さく笑ったダリウスが一瞬目を伏せた。
「――悪いが、負けるわけにはいかない」
どこか清々しいまでの清涼を感じさせる声でダリウスが言う。
それは殲剣の理、すずなと同じ不退転の覚悟を秘めた姿勢であった。
見えぬほどの速度で放たれた斬撃をすずなが受け流すことができたのは正しく天性の直感と言えた。
「負けるわけには、行きません!」
弾き飛ばすように剣を跳ね上げ、すずなは半歩に満たぬ踏み込みから愛刀を振り下ろした。
「一気に片付けるわ!」
朱華はすずなに続くようにして跳びこんだ。
一般的な長剣サイズまで出力を纏めた炎の剣を握り、ダリウスへと攻めかかる。
「ゼノグラシアンはもういいのか、炎の子」
グンと踏み込んだままに振り抜いた斬撃は竜が食らいつくが如く確殺を自負して振り抜かれる連撃。
邪道の極みともいえる連撃は優れた体捌きさえも食らい潰す。
「……彼がダリウス・アスクウィス。ジュリアス卿の嫡男、そして……」
リースリットの巡らせた視線の先には、槍を握る女性の姿がある。
(イングヒルトさんの元婚約者……出てきたのが彼とは)
因果めいたものを感じながらも、緋炎を媒介にして魔術を構築していく。
森羅万象たる精霊へと干渉する魔術は即ち自然への干渉にほかならぬ。
「……貴方はこの世界線でもその顔の怪我を免れないのですね」
悲し気に言葉にしたイングヒルトの声を聞きながらリースリットは精霊光を撃ち込んだ。
炸裂する森羅万象、天地の変異は確かにダリウス隊を蝕んでいく。
「あれがダリウスですか……」
マリエッタは血印を結び、普段のように大鎌を形成する準備を整えた――けれど。
何かがどうしようもなく疼くような感覚があった。
初対面の仮面の騎士へ、どうしても『これで戦いたい』と何かが疼いているような気がして、振り払った手には剣が一振り。
「アスクウィス……貴方もアスクウィスでしたね」
ふとテレーゼと初めて会った依頼を思い出して、血を貰ったグレアムという男を思い出す。
「なるほど……あの時言っていた、我々に奪われた家族の1人、ですか」
もらい受けた血に意識の残滓が残っているとは思わない。
だからこれは、ただの偶然か、或いは無意識下できっとそうなんだと思っていただけだろう。
何故か握り締めていた剣に合わせるように、マリエッタはダリウスめがけて跳んだ。
身を躍らせるようにして振り抜いた斬撃はダリウスの死角を踏み痛撃を刻む。
「新手か――ほう」
顔を上げたダリウスが視線を巡らせ、驚いた様子を見せる。
その先にいるのはサイズ――否、その後ろ。
「テレーゼさんには手を出させないぞ!」
サイズはテレーゼの前に立ちふさがるようにして構えた。
「――銃兵、撃て」
静かな声が響き、サイズめがけて一斉に弾丸が走る。
数多の銃弾を浴びながら、鎌を振るって幾つかを叩き落とし、あるいは斬り開きながら前を見れば。
サイズの眼前を騎士の衣装が覆った。
「――『地の国』のメイナードか。邪魔だ、どけ」
「……ぐぅっ」
鋭い金属音と共に、騎士の衣装が後方めがけて吹き飛ばされる。
「目障りだな、妖精」
それに代わってサイズが躍り出れば、斬撃がサイズの身体を大きく切り開いた。
「――追加装甲を付けといてよかった」
ギンッと強い音と共にサイズは一つ息を吐いた。
宵星のマフラーを靡かせ、シキは駆ける。
淡く光る星々の煌きを引いたままに、視線はダリウスを見据えていた。
「君は少し厄介そうだ」
「英雄に厄介と思われるのなら本望だな」
神威の守護に包まれし宵闇の刀身に多重の魔力を束ね、振り抜いた一閃が戦場を駆け抜ける。
風を切る音はさながら獣の立てる咆哮の如く。
刀身を映したような宵闇の魔力は犬の頭部を模した魔力となってダリウスを呑みこんだ。
「これ以上、テレーゼ様には近づかせない!」
マルクはそこへ割り込むようにして跳びこんだ。
「まだ来るか、ブラウベルクの剣!」
舌を打ち後退せんと動くダリウスへ、マルクは再び魔力を振り抜いた。
炸裂する魔力は剣の形を成して爆ぜるように伸び、ダリウスの身体を貫いた。
●
天へとそびえる煉瓦塔は不遜な色と共に町を見下ろしている。
「遅かったわね。お姫様も救えたみたいで何よりね」
だらりと剣を下げ、マルティーヌは此方を見渡し声をかけてきた。
「それにダリウスも死んだかしらね? まぁ仕方ない事ね」
「テレーゼさんは彼女に心当たりは……ずいぶん似ているもので」
一応問いかけたマリエッタだが、不思議そうに首を傾げられるばかり。
「……なら。マルティーヌ、もし許すなら、少しばかり話をしませんか? その体と貴方の目的を私は知りたい。
助けたいとか、止めるとかではないですよ? ええ、ただ興味があるんです」
マリエッタは問うものだ。
「構わないけど……長くいればいるだけ、お姫様の命が危ないんじゃない?
ここで死ななくても、定着が進んで帳を下ろしたらその子は消えるわよ」
そう語るマルティーヌは平然としたものである。
「意図が読み切れません。貴女のしていることは遂行者たちの目的にそぐわない。
強いて言うなら、貴方がテレーゼさんと深い関わりのある人物で、彼女を助けたくこう動いた……となると納得は出来ます」
「そうね、それは『私』のせいかも?
――なんて。私と貴方たちは敵同士、それは変わらないわ。
さぁ、始めましょうか。戦いながらでも話ぐらいできるもの」
改めてこちらを見たマルティーヌは戦意を覗かせた。
それに答えるように、マリエッタは血の鎌を振り抜いた。
渾身の魔力を籠めあげた神滅の血鎌が鮮やかに残像を引いてマルティーヌへと斬撃を見舞う。
(やっぱり動きにくいな……身体にスクラップを張りつけられた気分だ)
サイズは動きの調子に苛立ちを覚えていた。
追加装甲を加工して作った盾はダリウス戦でボロボロだ。
(……いや、まずは)
サイズはくるりと振るった自分自身をくるりと振るい、地面へと突き立てた。
魔砲用の砲口ユニットを取り付け、照準をマルティーヌへと向ける。
隙だらけのマルティーヌは此方を見てすらいない。
魔力を籠めれば収束した砲身が熱を帯びて光を湛えて行く。
放たれた魔力は爆ぜるようにして戦場を迸る。
直線を撃ち抜く魔力砲撃に対して、影の天使が微かに動いてマルティーヌを、その背後の塔を庇う動きを見せる。
真っ先に敵陣から突っ込んできたのはマルティーヌだった。
束ねられた灼髪を尻尾のように躍らせた正体不明の少女はその手に熱を帯びた剣を握り一閃する。
質量を帯びた熱がイレギュラーズへと襲い掛かる。
(剣の聖女。在り方は致命者に近いが、血を流さず炎の刻印を持つ。造られ、受肉した存在)
マルクは真っ先に飛び込んできたマルティーヌを見据えて思う。
一番の特級戦力が温存せずに突っ込んできたのは、影の天使たちに塔の守りを優先させたからだろう。
「全身全霊で、押し通る!」
正面から受ける気で、マルクはその手に剣状の魔力を抱き零距離で振り払った。
美しき軌跡を描く極光の斬撃は暁闇を斬り裂き旭光を撃つ。
「それを受けるのはちょっと拙いわね――」
大きく跳躍して回避を試みたマルティーヌへと追撃の光が放たれた。
それと間を置かず影の天使たちも動く。
「全員倒せば問題ないさな!」
半数が塔の近くに残ったまま、前線へと向かってくる彼らへとシキは剣を振るう。
狩人の放つ乱撃の如く計算された斬撃は最短で獲物に血を流させる手段を心得ている。
連続する斬撃は影の天使たちへといくつもの傷を増やし、黒い影がどろりと溶けだしていく。
人で言うところの血に相当するそれが焼け落ちた町に昏い影を落としていく。
「貴女の目的はなぁに?」
自然体のままにこちらを見るマルティーヌへフランはそう問うものだ。
彼女が何者なのか、まだフランは分からない。
それでも、冠位傲慢勢力と一緒にいる以上、これから何度も戦うことになるのだろうと。
「私は滅びのアークに属す者。作られた以上、滅びの使徒として世界を滅ぼすだけよ」
フランを見やり、平然とマルティーヌが答えた。
「神の国はあなたがたの世界、そう思ってました」
「今は違うのね?」
「前々から不思議だったんです。
遂行者、神の国、貴方達は傲慢の影響をうけていても余裕がありすぎる」
「そう? こんなもんじゃない? 傲慢なんて」
「同じような世界を、私達は知っています。
この神の国ですら作り物……マルティーヌ、今ここにいる貴方すら作った姿なのでは?」
平然と答えるマルティーヌを敢えて無視して、シフォリィは続けた。
「貴女のいう『作り物の世界』とやらが何のことか知らないけど……少なくとも私は作り物ね」
シフォリィに答えマルティーヌは肩を竦めた。
シフォリィは愛剣に魔力を纏う。
夜の闇のような美しき刀身を鮮やかな炎が照らしていく。
振り払った刺突は連続する魔弾となってマルティーヌを抑え込む。
「ぼくは君を理解したい」
リュコスはマルティーヌの前へと立っていた。
盾を構えるまま、向けた視線にマルティーヌは不思議そうな様子を見せる。
「君は『元の』マルティーヌと言った。
話を聞く限り『神の国』の力で再現された人に近いけど、君には元になった人とは違う自分の意思があるから厳密には違う。どうかな、合ってる?」
「ええ、合ってるわ」
リュコスの答えに柔らかく笑ったマルティーヌはそう頷いて。
「ぼくは、君は遂行者でも致命者でもなくて……ひとりなんじゃないかと思った。
君の言葉はさびしそうに聞こえる。君自身もひとりを気にしてるんじゃないかな?」
リュコスが続ければ、マルティーヌは少しばかり驚いた様子を見せた。
「ひとり、なんて言われるとは思わなかったわ。貴方は優しいのね」
マルティーヌはくすりと小さく笑った。
「でもそうね……寂しいかはともかく、似た境遇の子がそんなにいないのは気になるわ」
踏み込み、剣を振るう。
少しずつ慣れてきた斬撃はマルティーヌへと鋭く伸びた。
流石にそれを直撃させてくれるほど甘くはないが、確かに攻め立てて行く。
(しかし、一体何者なのでしょう)
向かってくるマルティーヌへすずなは思う。
自らを滅びのアークに属す者、作られた存在などと名乗っている以上、敵なのは間違いない。
(その割には、助言らしきものを送ってきたり、敵らしい敵とも思えません)
推察しながらも、すずなの振るう太刀筋に迷いはない。
執念深く獲物を狙う蛇のように、その斬撃は激しく暴れ狂う。
「――で、アンタは結局、何者なのよ?」
朱華は愛剣を手にマルティーヌへと迫る。
鮮やかに、凄絶に紡いだ斬撃の連鎖は逃すことのない邪道の閃きと赤き尾を引く。
「私は遂行者よ、それは間違いないわ。魔種、だっけ? あれとは違うけど」
言えることのない傷を与える確殺自負の斬撃を受け止めるマルティーヌは朱華に答えた。
「器に宿る人格が別物で、アークの人形という意味では致命者と同じですが……」
緋炎を媒介に風の精霊へ働きかけながら、リースリットは短く自らの推測を述べる。
「貴女の言う通り、故人を象ってる存在って意味なら寧ろ致命者に近いわね」
答えるようにマルティーヌが微笑を零して剣を薙いだ。
質量を持った爆発的な熱が押し寄せ、身体が押し流された。
「私の身体には、聖遺物にされた『元のマルティーヌの肋骨』がある。それを核に滅びのアークで受肉したのが私。
『滅びのアークの塊』って意味で言うのなら、ワールドイーターにも近いんじゃない?
聖遺物を核にこんな大層な領域が作れるんだもの、人の身体1つぐらい出来てもおかしくわよね」
弾くように間合いを開けられた刹那、マルティーヌは語る。
「おかげで、というか。聖遺物に残っていた彼女の残滓が私の思考にも影響与えてるみたいだけどね」
そう言って肩を竦めたマルティーヌは嘘を言っているようではない。
こちらへと助言にも似たニュアンスの含まれた物言いも『聖遺物に残っていた元のマルティーヌの残滓』の影響だろうか。
「なるほど、滅びのアークの怪物。
ならば貴女は魔種ではないけれど、魔種のようにアークを貯める存在ということになる」
「そうなんじゃない? 知らないけど」
リースリットの問いに、マルティーヌは事も無げに答えた。
改めてマルティーヌへと迫ったリースリットは精霊剣を薙ぎ払う。
炸裂するは風神が撃つ旋風が如き極撃。
鮮やかな剣閃は苛烈にマルティーヌの身体を削っていく。
●
こうして始まったマルティーヌ戦は続いていた。
「どんな攻撃も呪いも治して、皆で貴女に打ち勝つんだから!」
「なら貴女が治しきれない速度で削り続けないとね」
フランは引き続き最前線にいた。
真っすぐにマルティーヌへと視線を向けて告げれば、緩やかに笑ってマルティーヌが答えた。
「やってみろー!」
啖呵を切りながらフランは祝福の光を戦場に降ろしていく。
「あなたが聖遺物に宿っているのかもしれない元のマルティーヌの意思に影響を受けているのだとしても、やはり気になります」
シフォリィは赤い鳳仙花が舞うが如き炎をマルティーヌへと叩き込みながら再び問うものだ。
対するマルティーヌはそれを躱そうと試みるものの咲き誇る炎は着実にその動きを封じて行く。
「結局、この神の国は作り物なのですか? 今回の事件も、テレーゼさんを救いつつ聖遺物を私達に破壊させる、そういう設定のようで」
「さぁ? どう思う? でも、1つ言えることはあの子が来たのは偶然よ。ただの迷子」
纏わりつく炎を払うようにしながらマルティーヌからそんな声が返ってきた。
「なら、君は何がしたくてここに来たの?」
振り下ろされた剣に盾を合わせたリュコスの問いかけにマルティーヌが暫し沈黙する。
「どうしても、ここに来た息がしたのよ。もしかしたら、『私』に影響されてるせいかもね?」
独特の圧音で言う『私』はきっと元のマルティーヌを示すもの。
すずなはその影から一気に飛び込んだ。
「通してみせましょう」
完全な死角、完璧なタイミングで伸びたすずなの一太刀は身動きを封じられたマルティーヌへと鋭く伸びた。
避けえぬ一閃は連撃の軌跡を生む。
「これだから日本刀を振る奴っては。いくら私でも首が飛んだら周りが見えなくて困るのよ」
首を跳ねるべく伸びた剣をギリギリのところで致命傷を避けてみせたマルティーヌがすずなを見て引き攣ったようにも見えた。
「それなら私が確実に首を落としてあげるわ」
続く朱華の剣も同じように凄絶極まる斬撃となって斬り結ばれる。
けれどそれは口に出して告げた狙いとは異なる胴部を袈裟に振り下ろす一閃。
邪道の軌跡を描いた炎の剣は鮮やかに燃え盛り、確実にマルティーヌを焼いた。
「ところで、こちらからも聞きたいんだけど――ダリウスはどう死んだ? せめて、騎士らしく死ねてればいいわね」
「それは――どういう」
緋炎を振り抜いた刹那、不意に声をかけられたリースリットはマルティーヌを見据えながら剣を構えた。
「この世界線では、ダリウスは主君の直臣らしいわよ。彼、腕が良かった上に廃嫡されてたんでしょう?」
「……なるほど」
なぜダリウスをこのIFで相対させられたのかもその発言で理解できた。
自身の直臣を派遣して確実にテレーゼの息の根を止めるという動きだったのだろう。
「まだまだ! これで決める!」
それに続くようにシキは瑞刀を振り抜いた。
連撃に疲弊し後退を狙うマルティーヌは隙だらけだ。
遠吠えの如き音を立てて戦場を行く黒き瑞獣は瞬く間にマルティーヌを呑みこんだ。
「あーあ、ミスったかも……」
瑞刀から放たれた神獣の如き一閃の向こうからそんな声がした。
漆黒を斬り払って姿を見せたマルティーヌは全身から黒い靄のようなものを生んでいる。
ざっくりと左の胸から先を吹き飛ばされても生きているのは人外だからこそ。
「はぁ……これ作り直すのに時間がかかりそうね。それじゃあ、また会いましょう」
それだけ言い残して、マルティーヌはどこかへと消えた。
そこから先は、記すまでもなく――イレギュラーズの猛攻が注がれた鐘の音は、戦場にどこか柔らかな音色を響かせて砕け散った。
「……終わった、よね?」
フランは震える声で呟いた。
ぐわりと切り替わった世界で、フランは空を見上げていた。
空はどこまでも綺麗な青色に澄んでいて、ちらりと横を見たらマルクが掲げていた旗が――ブラウベルクの旗が夏の近づく風に揺れていた。
「良かったぁ~本当の、平和なエーレンフェルトだ!」
ホッと一息を吐いてフランが振り返れば、そこには驚いた人々の顔があった。
(あ、そっか。町の人達から見たらあたし達がいきなり現れたってことになるんだよね)
「テレーゼさんは……だいじょうぶ?」
「えぇ、皆さんのおかげで怪我もありません。また助けてもらってしまいました。ありがとうございます」
柔らかく微笑んだテレーゼがそう言って礼を示す。
「疲れてるよね、お屋敷まで送るよ!」
ふんすっとやる気を見せたフランのお腹から可愛らしい音が鳴り。
「……え、えへ。安心したらちょっとお腹が空いちゃってその、ぐーって」
「ふふ、時間的にもいいですし、細やかなお礼です。ご馳走しますよ」
切り替えたように笑ったテレーゼがイングヒルトに何かを伝えれば、頷いた彼女だけ先に走り去った。
聞いてみれば、先に帰って自身の無事を伝え昼食の用意を頼んだと答えてくれた。
●
それからのんびりと歩き、イレギュラーズは屋敷へと訪れていた。
「取りあえず、無事に戻ってこれて良かったね」
応接間に案内された後、シキは一息を吐いて使用人から用意されたティーカップを手に取った。
「テレーゼさんが無事で何よりだ」
それに応じるサイズはうんうんと何度か頷いて。
「ありがとうございました。まさか巻き込まれるとは思ってませんでしたが」
(神の国を上書きする為には……その地に居てはいけない存在でもいる、という事でしょうか?
私達がいなければ死ぬ状況にあった人、私達がいたから助かった人、死んだ人……そういう人が鍵……?)
その様子を眺めながら、マリエッタは思考の海に沈んでいた。
今回のケースがただの偶然という可能性も随分と高い。
それを予測に纏めるにはあまりにも情報が少なかった。
「テレーゼ様、この辺りを治めていた貴族で天義に関係ある者に心当たりはありませんか?」
マルクからの問いかけにテレーゼがこてんと首をかしげる。
「『元のマルティーヌ』と言っていたことも考えると、既に亡くなった方なのでしょう。
恐らく母親がブラウベルク家の出身、遠方に嫁いだか出奔したか……そのような方に心当たりはありませんか?」
「テレーゼとマルティーヌはふんいき似てるから……しんせきにいなかった?」
リースリットとリュコスが重ねれば、テレーゼはふむ、と記憶を探るように視線を動かし。
「……マルティーヌという方ではありませんが、リースリットさんのおっしゃる通り、母親に……母方になりそうな人なら1人」
「それはだれ?」
リュコスにテレーゼは「随分と昔の方ですよ」と前置きすると。
「遠い昔、天義に留学してそのまま天義に嫁いだ方がいたという記録を見た覚えがあります。
たしか、ブラウベルク家やオランジュベネ家が分裂するきっかけになった時代です」
「分裂したのはある時の当主と嫡男が同時に戦死したから……つまり突発的な事故だった」
マルクはふと思い出して呟けば。
「ふむ、なるほど? その際に天義へ逃れた方、と?」
その呟きを受けたリースリットも何となくの察しを付ければ、テレーゼがこくりと頷いた。
「遠すぎて親戚と呼んでいいのかもわかりませんけど、そういう方がいた記録はありますね」
そう言ったテレーゼは、首を傾げた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】『聖フィリーネの小鐘』の破壊
【2】テレーゼ・フォン・ブラウベルクの生存
【3】『剣の聖女』マルティーヌの撃退
●フィールドデータ
幻想南部に存在する交易都市エーレンフェルト。
現実世界ではブラウベルク領の物流・商業の中心地です。
神の国においてはその面影もまるでない焼け落ちた町並みが広がっています。
殆どが現実世界と同じですが、見慣れない塔が打ち立てられています。
現実世界ではローレットの手で討たれた魔種『紅蓮の巨人』が暴れまわり、全てを焦土と化した後の町並みのようです。
また、翻る旗も現実世界ではローレットの手で倒された旧貴族イオニアス・フォン・オランジュベネの旗になっています。
当時の光景は以下。見なくても何も問題はありません。
<ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/1224
暁と黄昏の境界線
https://rev1.reversion.jp/page/ikeojiiony
●エネミーデータ
・『灰色の殲剣』ダリウス・アスクウィス
旧オランジュベネ家に属した騎士家系の武人。
正確に言うならば、その姿をしたワールドイーターです。
灰髪灰眼、顔の右側を斜めに覆う仮面を付けた剣士であり、洗練された剣術を使います。
現実世界ではイレギュラーズの手で討ち取られた人物です。
どうやらこの世界線では騎士として活動している様子。
迷い込んだテレーゼを探しています。
この世界線では存在してはいけない彼女を殺すためでしょう。
ずば抜けた物攻、防技を持ち命中、回避が高め、HP、反応、抵抗、CTが並、その他はやや低め。
【出血】系列、【乱れ】系列、【痺れ】系列、【致命】、【飛】、【恍惚】などのBSを用います。
また、幾つかの攻撃には【スプラッシュ】や【邪道】も着いています。
・ダリウス小隊×8
異言を話すもの(ゼノグロシアン)達で構成されたダリウス配下の兵士です。
重装歩兵と軽装銃兵で構成されています。
重装歩兵は盾と剣を握り、見る人が見ればいわゆる騎士のようにも見えます。
物攻、防技、抵抗、反応が並、それ以外は低め。
軽装銃兵はマスケット銃とメイスを装備した軽装兵です。
物攻、命中、反応が高め。
・『剣の聖女』マルティーヌ
灼髪を1つに結んだ少女。
髪の色と瞳の色、それから体格の筋肉量を減らせば、テレーゼと似た風貌になります。
その手には熱を帯びた長剣を握り締めています。
その正体は不明ですが、自らが受肉した存在、と名乗っていることから尋常の存在ではないでしょう。
ワールドイーターなのか、遂行者なのか、致命者なのか、はたまたそれ以外か。
物神両面に長け、高い身体能力を持ちます。
熱を帯びた長剣による攻撃は【火炎】系列や【出血】系列、【呪い】が予測されます。
影の天使と共に『聖フィリーネの小鐘』の吊るされた塔の前に立っています。
ある程度の交戦の後に撤退するでしょう。
・影の天使×8
影の天使たちです。マルティーヌの指示を仰ぐように彼女と共に塔を守っています。
姿は影で出来た騎士のようにも見えます。
物攻、防技、抵抗、反応が並、それ以外は低め。
・異言を話すもの(ゼノグロシアン)×???
『神の国』エーレンフェルトに住まう異言語るモノ達。
地の国(現実)を参照に作られたコピー存在のようなもの、いうなればROOにおけるNPCのような存在です。
町を丸々1つ参照しているため、数えるのも嫌になる人数です。
全滅を目指すよりもある程度撃退しながら動く方がよいでしょう。
●NPCデータ
・『忘れられた武略』メイナード
やや長めの剣を佩き、甲冑に身を包んだ姿は騎士のように見えます。
タンクとして堂々とした堅実な行動を行う騎士らしい騎士。
テレーゼの護衛としてエーレンフェルトに訪れ一緒に『神の国』に迷い込みました。
外を出歩いても話しかけられも狙われもしません。
恐らくですが、この歴史でも健在の人物なのでしょう。
・『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク
幻想南部の小領主です。基本的にお人好しで温厚な女性です。
良くも悪くも根無し草じみた部分と致命的な家族愛が同居しています。
ローレットとは懇意にしています。
血の繋がらぬ叔父イオニアスとの対決をイレギュラーズの手で退け、叔父の旧領をイレギュラーズへ解放しています。
イレギュラーズのおかげで命の危機を幾度も脱しており、皆さんの事は非常に信頼しています。
紅蓮の巨人の北上やイオニアスの北伐の際、イレギュラーズがいなければテレーゼは死んでいました。
そのため、それらのIFの延長線上にあたるこの『神の国』にはいないはずの人物です。
そんな厄介ごとに何度も巻き込まれたためか、今回も自分の身に危険が迫ってることをおおよそ勘づいています。
現在はメイナードと共に町のどこかに潜伏しています。
見つかればまず間違いなく殺されます。現実世界の人物です、死んだら終わりです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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