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シナリオ詳細

<黄昏の園>冥告の巫女

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 骨は何れは朽ち逝く定めなりて――

 璃煙はフリアノンに生まれた女だ。巨骨フリアノンの管理を行い、里長代行の立場を代々になって居る。
 その高貴なる生まれ故に、巨骨フリアノンと心を通わせることが出来る『竜骨の巫女』としての教育を受け続けて来たのだ。
 冥・璃煙はフリアノンの祭壇の前に傅き、その安寧を祈り続ける。
 その心は常にフリアノンに寄り添い、フリアノンの願いを耳にしては里長たる珱の血筋のものに進言するのだ。
 外界に出る道を璃煙は知っていた。冥家の当主となるものは代を継ぐ前に『覇竜領域の外』を見て回る役目を担っている。
 それはフリアノンが見る筈であった世界をその眼に映すという重要な役割だ。
 冥の当主は『フリアノンの為』にあるのだから。
 だが、璃煙は大前提であった『フリアノンの為』ではないたった一つだけの自身のエゴを貫いた。
 それが砂漠の街で出会った男との恋だった。
 悲恋、とは言い難い。確かに結ばれた。
 自身の出自を旅人と偽り、男との間に息子を設けた。顔立ちは愛しき人に良く似ていたが、その瞳だけは璃煙に良く似ていた。
「ルカ」
 名付けた愛おしい息子とも運命を分かち合った半身のように激しく愛したあの人も、只の人だった。
 故に、璃煙は姿を隠したのだ。自らは竜骨フリアノンの巫女である。フリアノンの声を聞く者である。
 身を引き裂かれる想いで、彼女はフリアノンへと舞い戻り――『巨骨』の不安を、嘆きを聞いた。

 ――友の悲しみに寄り添えぬ伽藍の己に。友の苦しみを打ち払えぬ骨となった己に。
   友の嘆きの一つに声も掛けてやれぬ朽ち行く己に。フリアノンは酷く苦悩していた。

   ああ、なればこそ。巫女たる我が身がおりましょうや。
   我が名は冥の璃煙。貴方様が寄り添いたいと願った友の傍に、この身が朽ちるまで――


「修行をしましょうよ!」
 張り切って見せた秦・鈴花(p3p010358)に「いいねー!」とユウェル・ベルク(p3p010361)も頷いた。
 曰く、『おかーさんがさとちょーと頑張って来いって!』と言う事らしい。
 ユウェルの母は現在、『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)が不在のフリアノンの守護をして居るらしい。何故か家族ぐるみで仲良くなった『ばっちゃ』と『おかーさん』を思い出す度に鈴花は頭が痛くなる。
「まだ、聞けてないのよ。バカがね、バカな事言ってて」
 バカとは父親のことである。琉珂の父、珠珀の死について知り得たことがあるのだ。
 鈴花も琉珂も検討は付いていた。此処まで来て、察せぬほどバカではない。
 つまり、鈴花の父である花明は珠珀が亡くなった日に、共に『ピュニシオンの森』へと向かっていたのだ。そして死に瀕した事態を目の当たりにして居る――それも、『オジサマ』が居る現場で、だ。
 その詳細を語らぬのは彼にとっても悍ましい思い出であるからか、それとも琉珂が知ったときにどの様な反応をするか分からないからか。娘である鈴花は察して居る。屹度、後者だ。ならば珠珀や琉珂の母、琉維は――
「ああ、もう、考えてる暇があれば鍛えましょうよ! 折角、顔面が良い師匠を呼んだんだから!」
「よっ、ししょー!」
 亜竜娘三人に囲まれていたのは『顔面が反則なラサの男』ことルカ・ガンビーノ(p3p007268)である。
 いつの間にやら琉珂に師匠と慕われ、その友人達にもぐるりと取り囲まれているのである。
「手合わせするんだったか?」
「うんうん! 強くなってベルゼーぶん殴らなきゃ駄目だからね!」
「そうよ。オジサマぶん殴って置くために腕力を欲しているの。キレとかも大事でしょう」
 拳を振り上げるユウェルと鈴花にルカが愉快だというように目を細めて笑った。琉珂も「私も」と踏み込み掛け――

「どうして、此処にいらっしゃるのですか……? 珱の里長」

 呼ぶ声にぴたり、と琉珂は足を止めた。直ぐに反応を見せたのはルカだ。琉珂を護るように黒犬を引き抜いたが、ぴたり、と止る。
「……ロウ?」
 その理由も、眼前に立っていた女が『ルカの父の名を呼んだ』からだ。
「違う。ロウじゃない……その姿、カプノギオンに似て……もしかして、あなたは……ルカ?」
 呆然と呟いた女にルカは「は?」と声を漏した。傍らの琉珂がルカと『目の前の女』を見比べてからその瞳に困惑を浮かべる。
「璃煙、貴女とルカさんはどういう関係なの?」
「その子が、ロウの子供であるならば……この冥・璃煙の『息子』です。里長。
 ああ、けれど、里長が此処まで辿り着いて仕舞われたのならば、彼の杞憂は本当だったのですね」
 璃煙は悲しげに目を細めた。どうやら『鍛錬』所の騒ぎではない――鈴花とユウェルは身構えた。
 目の前の女はほろほろと涙を零してから、囁いた。

「お帰り、頂いても構いませんか。この地にあの方がいらっしゃるまで――」

 あの方、と告げた璃煙は『視界の端に金色の竜』を見かけ、苦しげに目を細めた。
「皆様に、死んで欲しくはないのです」

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 『璃煙』の撃退、もしくは『璃煙のおむかえ』が来るまで粘ること

●ヘスペリデス
 時刻は夜です。
 周辺には美しい花々が咲き誇っています。障害物はなく見通しは良いですが、逆に……というのはありそうですね。


『ラドンの罪域』を越えた先に存在している風光明媚な空間です。ピュニシオンの森から見て黄昏に位置し、この空間独特の花や植物が咲き乱れます。
 竜種達は「黄昏の地」「暴食の気紛れ」などと呼んでいます。その言の通り、この場所を作り上げたのは『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスです。
 亜竜達の憩いの地である他、竜種達の住まいにもなっています。遺跡に見えるモノは見様見真似で石を積み上げただけのものであり、不格好です。衝撃で崩れ落ちる可能性もあります。

●『璃煙』
 魔種。亜竜集落フリアノンの元となった巨骨こと、巨大な竜種『フリアノン』の鎮魂の巫女。
 ルカ・ガンビーノさんの生みの母です。生き別れているのでルカさんからすると「俺に似てる知らない女」状態ですが、璃煙は明確に我が子であると気付いて居ます。
 ルカさんに対して愛情はあります、が、フリアノンの為と飛び出してきた彼女は自らの信念と決意の上で立っています。
 つまり、説得しても大して聞きません。その上で強い狂気状態に駆られているため常識は余り通じません。
 唯一、『おむかえ』が来た時は正気に少しばかり引き戻されます。

 符術を駆使した戦いです。BSを駆使した嫌らしい戦い方をします。
 特筆すべきは一定ダメージを受けるまでは近付くことの出来ない防御のまじないです。
 璃煙の周辺に張り巡らされた『硝子の壁』はダメージを与えるごとに罅割れます。壁が破壊されて初めて璃煙にダメージが届くようになります。

●デミ・ドラゴン 10体
 亜竜です。璃煙――というよりも『彼女が仕えている相手』に使役されているようです。
 璃煙を支援し戦います。前衛タイプが多く、毒のある牙と爪を持った飛行する亜竜たちです。

●『おむかえ』
 璃煙のお迎えです。金色の竜種――ですが、今回は戦う気は無いようです。
 金色の竜種の後ろには黒い竜と、その背に乗っている『ロウ・ガンビーノ』(ルカさんの父)の姿があるようですが……。
 璃煙は金色の竜種に仕えているようです、が、正気に戻る瞬間があるのはロウのお陰のようですね。

●同行NPC『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)
 困惑してます、が、何かあれば指示に従います。
 覇竜領域に存在する亜竜集落フリアノンの里長。ベルゼーが父代わりであった亜竜種の少女です。
 オジサマを一発ぶん殴って「分からず屋ー!」と叫びたいお年頃。
 行動原理は「里長として世界を広く見る」「未知を既知とする」です。竜覇は火、武器は鋏。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <黄昏の園>冥告の巫女Lv:40以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月26日 21時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者
月瑠(p3p010361)
未来を背負う者

サポートNPC一覧(1人)

珱・琉珂(p3n000246)
里長

リプレイ


 ――修行をしましょう!

 そんな気分でやって来た『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)は混乱していた。
「ルカの母親がリュカを里長って呼んでフリアノン生まれでえーとちょっと待って、そうなるともしかして一つ違えばルカはアタシの幼馴染で!? ハァ!? いやちょっと今にもアタシ倒れそうだし言いたいことも山ほどあるんだけど――」
 目の前に立っていたのは亜竜種を思わせる姿をした魔種だ。その吊り目がちな瞳はどう見たって『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)とそっくり其の儘――血縁者と言われれば納得も出来る。
 ルカの母親であることは理解した。それは理解出来たが、彼女が『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)を里長と呼んだ時点で話が違う。
「むふー!修行するつもりだったのに! りんりんがルカせんぱいの顔面でテンションあげあげだったのに!
 ルカせんぱいのおかーさん? が邪魔しに来ちゃって修行がおじゃん!」
 頬を膨らませた『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)に眼前の冥・璃煙は何処か悲しげな表情で「申し訳、ありません……」と囁いた。
「それでも……皆様に、死んで欲しくはないのです」
「『皆様に死んでほしくない』なんて、穏やかじゃないね」
 困った表情を浮かべた『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は璃煙の言う通り、彼女がルカの母親ならば、話などしなくては良いのかとルカを伺った。神妙な表情のルカを見るに距離を測りかねていることが分かる。
「ルカさんのお父様にお会いしてから次はお母様にお会いできるとは。
 家族という存在を知らない僕には複雑な事情であれ少し羨ましく見えます。後は納得のいくお話ができたらよいなと思うのですが……」
 問うた『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)にルカは首を振った。父の言から見るにベルゼーを追っていればいつかは出会えるとは認識していたが――
「ったく、やりにくいな。顔も知らねえ母親相手ってのはな」
「……ルカと言うのですね。大きくなって」
 ああ、幾ら朗らかに笑えども何もかも今更だ。子供時代ならばいざしらず、もう大人と言っても良い年齢になってしまえば母恋しさも募らず、居ないのが当たり前になってくる。
 璃煙には申し訳ないがルカは『逢いたかったよ母さん』ともなりやしなかった。だからこそ――
「帰れ、だったな。そいつはノーだ。俺はラドンにベルゼーを止めるって約束したからな」
「いいえ。帰りなさい。帰るのです……」
 絞り出す璃煙をまじまじと眺めて居た『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)ががりがりと頭を掻いた。修行をするといった亜竜種三人娘に突いてきたつもりだったが状況は大きくも変化したのだ。
「嬢ちゃんどものお守りだと聞いてきたんだがねェ……こりゃまた、随分ややこしい事になったな。
 ホー、こりゃまたツラの良いオンナだ、そりゃあガキもツラ良く生まれるワケだ」
 まじまじと眺められた璃煙が些か構ったように眉を下げた。確かに、良く似ている目許だ。外見は父に良く似ているらしいが眼は母譲りか。ルカと璃煙を見比べてから「親子って言われりゃ納得もする」とグドルフは頷く。
「ロウの息子ならば、確かに私が産み落とした子です。そして、貴方が『ロウと決別した事』だって知っている……」
「ルカの母君……それは、どうも、初めまして。
 息子さんには仕事で大変お世話になっております……と、のんびり挨拶をしている余裕はないかな?」
 これ以上のんびりしている暇はないかと『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は魔封石を握り込んだ。
「なんぞ、死が近いというのは冠位魔種か、其れに類する何かが来るのかい?
 竜種に興味はないが。冠位暴食には興味がある。其処に繋がる道ならば作っておいて損はあるまい。
 ……何にせよ、面白くはなってきたか。さて。どうなるかな」
 ぺろりと舌を覗かせる『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)に璃煙の眸がやわやわと見開かれ――
「あの方を愚弄するというならば、許しておけるものですか。我が名はは冥の璃煙。御身に竜の偉大さを教えて差し上げましょう」


「うーん、帰ってほしいとか死んでほしくないとか何が言いたいかわかんないよ!
 わたしたちはわたしたちの意思でここに来たんだもん。ベルゼーぶん殴るまで帰れないよ!
 よくわかんないけどわたしたちは帰れって言われて帰るいい子じゃないからね! りんりん、さとちょーやるよー!」
「ええ、そうよゆえ。帰れとか死んでほしくないとか、そういうのにハイわかりましたって言うほど聞き分けいい子じゃないわ。
 帰らせたいなら、死んでほしくないなら、力づくで聞かせなさいよね!」
 べえと舌を見せるユウェルに続き鈴花が拳を振り上げた。先程までの温厚な気配が消え去って、苛立ちに身を任せていた璃煙が唇を震わせる。
「亜竜種までもが――なんと、嘆かわしい。珱の里長、どうしてこの様な有様なのですか」
「オジサマが悪いわ。冠位魔種だったんだもの。ぶん殴らなきゃ納得できない!」
 拳を振り上げた琉珂を見遣ってからさっさと交渉が決裂したと言いたげに璃煙は地をとんとんと爪先で蹴った。
 周辺から姿を見せるデミ・ドラゴン。その牙がぞろりと光る。璃煙の瞳が怪しげな色を帯び、唇が動いた――残念です、と。
 ウィリアムが魔封石を指先で砕く。圧縮されていた魔力が揺らめき、炎の如く青年の躯を包み込んでいく。璃煙の背後より姿を見せたデミ・ドラゴンを睨め付けたウィリアムの特殊支援を受けルカが前線へと走り出した。
「うん。状況は難しいかと思ったけど、デミ・ドラゴンをどうにかしないといけないのだけは、わかった」
 ライフルを構えたハリエットが姿勢を降ろす。揃いの銃の一丁はその背へ、もう一丁を構えデミ・ドラゴンと、その向こう側に見えた『気配』に注意する。
「金色の竜……あと、黒かな……?」
「ッ、あの方が……もうすぐ傍へ……!」
 ハリエットは出来うる限りの広域を確認して認識した。璃煙の遣えているという竜と、『それとは別に』彼女を迎えに来ている竜が存在しているのだと。
「黒いのはカプノギオンね」
 簡単な話だ。あれだけ固執して居た竜が此処にやってこないわけがない。璃煙ははっとしたように自らの周辺に何らかの障壁を作り出した。それは薄いガラスのような――罅割れれば呆気はないが決してそうする気はないと言う彼女を護るが為のものか。
「ああ、もう、しゃらくらいバリアね。巫女を守るナイトのつもりなのかしらね――用があるのは後ろの女よ、どきなさいよ」
 ぎろりと睨め付ける鈴花は「飛行できるのがアンタらだけだと思わないでよね!」と声を荒げた。地を蹴って浮かび上がることが出来たのは鈴花自身が司る支配属性が空であったからだ。
 同じく空を司り、義母より譲り受けた斧槍を構えたユウェルは「りんりん、さとちょー、あのデミ・ドラゴンからいくぞー!」と勢い良く宙へと浮かび上がる。
「突撃ー! 修行できなかった鬱憤をぶつけてやるー!」
「ユウェル、地上にブチ落として頂戴! 私、飛べないわ!」
 ドラゴン・ロアは火。ぴょんぴょんと跳ねる琉珂へユウェルが「らじゃあ!」と声を上げる。毒も、不吉なる気配もユウェルにとっては「なんかちょっとぴりっとした程度」だ。
「珱の里長も……貴女も里長だというならば民の平穏を護るべきでは……ッ」
「璃煙が何を云いたいのか分からないもの。未知を既知ともせず、判断なんて出来ないわ。判断するために私とともに立ちはだかってくれる優秀な人達なの」
 にこりと笑う琉珂に頷いた鏡禍は薄紫の霧をその身に纏いながらデミ・ドラゴン達を誘うが如きたなびく妖気を醸し始めた。
 出来るだけ璃煙諸共を目的にした方が良い。彼女の障壁の破壊に対しての情報も必要だ。
「黒い竜のカプノギオンさんとは一度相見えたことがあるのです。ロウさん共々でしたらご挨拶しても許されますでしょうか」
「……ロウとも、逢ったことが……?」
「ええ。貴女を探しに」
 鏡禍は何気なく答えたが璃煙は感極まったように喜びをその眸に湛え口元を抑えている。ルカからすれば両親のラブシーンを魅せ付けられている何とも言い難い心地である。
「竜種との交友も深い魔種となれば、益々、ベルゼー君に近しい人間にも思えるな。
 よく分からんが、おねーさんは『ルカ君の母親』なのだろう? 積もる話をしても良いのでは?」
「いいえ、そのような時間は」
「何にせよ。ルカ君には世話になった。借りは返さねばな。
 もっとも彼は己で道を切り開くタイプだろうが。まぁ、好きにやらせてもらおう。それがラサに住まう者の気質というものだろう」
 ラサという言葉に璃煙がぴくりと肩を跳ねさせた。愛無を見詰める瞳に『ラサの現状』を問う色が載せられていたのは気のせいではない。
「……おねーさんはラサには縁が深いのか」
「いいえ……いいえ……ロウとルカの棲まう地でしょう……」
 それが親愛であることを愛無はなぞらえるように理解した。事実、愛無にはその様な感情というものは薄くもある。周辺の保護を行なっていた愛無の目から見ても璃煙が父と遠く離れた息子を愛しているのは確かだった。
「ンな風に愛情いっぱいに接する割にゃ、……せっかくの親子水入らずの場面だろ。息子を無碍に追い払うたあ、穏やかじゃねえよなあ?」
 グドルフが嘆息したように鏡禍が集めたデミ・ドラゴンを殴りつけた。全身全力を籠めたぶった切り。前のめりに進み、出来うる限りの戦線維持を行なわねばならない。
 ハリエットの無数の弾丸が飛んで行く。鉛の雨の下を駆け抜けるように、鏡禍は構えた。
 鈴花とユウェル、ルカが淀みなくデミ・ドラゴンと逢いたいし続けてくれているが、被弾は多い。支える様にウィリアムが紡いだ福音は一時の幻であれど、必要不可欠なものであったか。
 喰らうように、手を伸ばす愛無が大地を蹴った。ぐん、と距離を詰めた『捕食者』を相手にしていたデミ・ドラゴンの爪がぎりぎりと肩口を引き裂いた。
 だが――何を気にする余地があろうか。顔を上げた鏡禍は「そろそろ、お話の続きをしましょうか」と璃煙へとそう問い掛けたのであった。


「その壁は今までの距離でも表したつもりかい?
 ――ま、おれさまにゃ挟む口なんざねえがよ……せめて自分のガキの手ェくらい取ってやったらどうだ!!」
 叫んだグドルフに璃煙の眉が顰められた。どうしようもなく感情が混ざり合う。目の前の障壁が心の距離であるかのように思えてならないのだ。
「わたくしだって! 子を慈しみ育てたかった!
 わたくしのこの耳が大いなる者の声を聞けてしまったから……わたくしは二度とはあの子を抱くことさえッ」
 璃煙が叫んだ。周辺に黒き気配が発される。それが魔種としての狂気であると気付いてグドルフは璃煙に向け直ぐさまに山賊刀を振り上げた。
 彼女は正気ではない。正気であるかのように見せかけて、真実、狂って居る。
 琴線に触れたのは、親子としての愛情に触れたからか。改めての挨拶だとウィリアムが『ギリギリ』を攻めているグドルフを支援した。
 デミ・ドラゴン達は流石に脅威となった。その理由が、魔種と彼女の元へと向かって遣ってくる竜の所為であるならば。
「どーも、息子の弟子の秦・鈴花よ」
 接近した鈴花は唇を尖らせた。大人は皆、大嫌いだ。皆ソロって何でも抱え込んで暗い顔をして何も教えちゃくれないのだ。
 そんなの知ったことかとグーパンチを一発お見舞いしたくもなるというもの。
「よーし! かったーいけどりんりんさとちょーと! いくよー! 割れろー!
 なにがあったのかとか知らないけどおかーさんならルカせんぱいときちんと話さなきゃだめだよ! そのためにも――やっちゃえルカせんぱい!」
 がちゃん、と音を立て罅割れた硝子を見詰めていた璃煙が『わざと』障壁を避けた事に気付いた。
 グドルフを一瞥し、ユウェルを見詰めてから「ルカ……」と呟く。
 ユウェルにとっての『おかあさん』とは生みの母ではない。それでもずっと一緒に居てくれた人だ。ルカにとっても、琉珂にとっても、そうとは違った存在だった。
「大事な使命とかそういうのがあったのかもしれないけどそれでもやっぱりわたしはおかーさんは傍にいるべきだと思う! これまでが違ったならこれからでも!」
「……無理なのですよ」
 切なげな表情を見せた璃煙にグドルフが武器を降ろし、ウィリアムにも促した。鏡禍は彼女の事情とは何か推し量るように眺めて居る。
「あぁ、全く強ぇ。流石は俺の母親って事か」
 璃煙の壁へとぶつけた拳がじんじんと居たんだ。ルカとて強敵と戦う事を好んでいた――だが、心は晴れ渡ることはない。
「師匠……」
「認めたかねえが……俺自身も複雑って事か。
 言っとくがアンタを恨んでる訳じゃねえ。だがまぁ……母親の事だ。少しは知っておきてえじゃねえか」
 琉珂は不安げにルカを眺めていた。確かに母を恨むことも、母を憎むこともルカには足りてやいない時間で合ったのかもしれない。
「だが……納得してえじゃねえか。家族を置いて行ったにしても『それじゃあ仕方ねえ』ってな。
 アンタに取って譲れねえもんがあってそうしたんならそれを教えてくれ。それだけ知れれば俺はそれで良い。
 俺達のもとから去ったのも、これから先は本当に殺し合う事になったとしても……」
 冥・璃煙が『ルカ・ガンビーノ』を置いていった理由をその傍らに立っていた琉珂こそが知っていた。
 彼女はフリアノンでも限られた存在だ。ベルゼーに最も近く、里長代行であり、琉珂からすれば『フリアノンを維持するための機構』の一つだ。
 だが、自身が口を割るのは間違っているとさえ琉珂は認識していた。「里長」と唇を震わせた璃煙に琉珂は頷く。
「それさえ知れれば、きっと俺はアンタの事を『自慢の母親だ』って胸を張って言えるからよ――だから話してくれ」
「……わたくしは冥家の生まれ。集落であるフリアノンは巨竜フリアノンの骨を持って作られたもの。
 それには魂が宿、安寧を祈るが為の巫女を冥家から選んでいたのです。当代の巫女であったわたくしは、フリアノンの声を聞く事が出来た。
 ロウを愛していようとも……我が使命は変わることはなく……フリアノンと、その友人ベルゼー様の為ならば、わたくしは……!」
 ――彼女はフリアノンがベルゼーを護って欲しいと願ったと、そう言ったか。
 不器用な友人を見守って欲しいと願ったそれが捻じ曲がったのかは分からない。それでも、琉珂は唇を震わせる。
「璃煙、それでは世界が破滅に向かってしまう。オジサマは世界を滅ぼす象徴……フリアノンがそんなこと……!」
「ええ、ですから、斯う言ったのです。最期の時まで『フリアノンの代わりに傍に』と。わたくしはその願い、捨置くわけには行きますまい」
 固い決意を有している。それを目にすれば愛無は「ああ、彼は愛されるタイプなのだな」とぼんやりと認識した。
 興味があるのはベルゼーだ。愛無も『喰らう者』だ。故に、ベルゼーが愛する者を喰らうときに何を思うのかが気になって堪らなかった。屹度、さぞや苦しみ嘆くのだろう。それでも、彼は『愛さずには居られない』。
 似て非なる事だ。愛無にとっては似ている存在こそ珍しいが、ベルゼーと異なるは、その情の持ち方であろうか。愛するから喰らう事のスケールが大きすぎた冠位暴食。
(ひょっとして、フリアノンの臓物だって喰らったのはベルゼー君なのだろうか)
 有り得る可能性はある。アウラスカルトと同行しているという『リーティア』もその選択をしたと聞いた。
 何でもかんでも喰っちまわずには居られない。何を思って生きるのかも分からないが――愛されることは、彼にとっては罪なのかも知れない。
「……それじゃあ、璃煙さんは、ベルゼーから離れる気が無いのですね?」
 近付く金色の影を確認しながら鏡禍はそう問うた。傍らに立っているハリエットは『おかあさん』とはどの様な存在なのか、愛おしげな視線を送る璃煙とそれを受け入れるルカを見て考えずには居られなかった。
(おかあさん……考えないようにしてきたけれど、私にだって父と母という人物は存在していた筈。
 もしも、会うことができたなら。私は何を思うんだろう?)
 そうとも感じてしまったのは余りにも璃煙が母の顔をして居たからだ。
「……おかーさんは、本当にそれで良いの? フリアノンではなく、おかーさんの気持は――」
「わたくし、は――……揺らいでは、ならないのです」
 璃煙の言葉が絞り出された。その表情はルカにも良く似ている。その眸の揺れ動きがそうだと、教えて呉れるかのよう。
「俺の頑固なところは親父譲りだって思ってたんだが……。アンタにも似たのかも知れねえな、母さん」
 ああ、その言葉だけで救われた気になってしまったのだ。もう、遅いのだけれど。


 ――璃煙。

 その声音に璃煙の背筋がぴんと伸びた。「母様」と人の姿に変わり降り立った黒き竜の傍にはその背に乗ってやって来たのであろうロウ・ガンビーノの姿が見える。
 挨拶をしようと考えて居た鏡禍さえも黙りこくった。ウィリアムは璃煙をまじまじと見詰めている。出来れば此処で挨拶を行い次に繋げたい――だが、睨みを利かせた金竜が宿した気配は悍ましくもあった。
 グドルフは言葉なく金色の竜に圧倒される。錆び付いた金色と呼ぶべき肢体を揺らがせてから人の姿へと変化する。
「アウラ、スカルト……」
 呆然とルカが呟いたのは顕れた金色の竜の姿がアウラスカルト――六竜の一角に似ていたからだ。
 びくりと金色の竜の肩が揺らいだ。長く伸ばした金の髪に不機嫌そうな表情をしたその竜は「バシレウスの姫君が下賎の者共ばかりと交遊しているとは誠だったか」と呟く。
「誰が言葉を発して良いと言った。下郎。我輩が何者であるか理解をしておらんのか?
 所詮は人間という劣等種の分際で、この『燎貴竜』を前に勝手に口を開くなど幼子の教育すら出来ないのか、なあ、璃煙」
「申し訳、ございません」
 傅いた璃煙の様子を見て愛無は『ああ、コイツが璃煙の主か』と脳内で組み立て上がった。同時に、『燎貴竜』と名乗ったこの男こそがベルゼーにも近しい存在であると。
 苦い表情を浮かべた鈴花は『燎貴竜』とベルゼーの関係性に踏み入りたくはなかった。ユウェルと共に琉珂を庇うように立ったのは目の前の竜種が余りにも機嫌が悪かったからだ。
「カプノギオン。女に現を抜かして居たが席を奪われるようだ。ロウ・ガンビーノ、あれが貴様の子で間違いないだろう」
「あ? ああ」
 態度が悪いロウに「親父」と思わず叫びたくもなった。『燎貴竜』は何も手出しをしないイレギュラーズに「賢明な判断だ」と鼻を鳴らしそう言った。
「しかし、バシレウスの姫君を知っているのだろう。詳しく聞かせて貰おうか。我が居所へ案内してやろう。璃煙、遣いを用意しろ」
「ッ、ですが……」
 息子を心配するような視線だ。母は『息子の命』を心配しているのだろう。グドルフも翌々理解し庇うように手を出すが――
「その劣等種も連れてこい」
 静かな声音で応えた『燎貴竜』が金色の竜の姿となり璃煙を抱え込む。
 言いたいことだけ言って飛び立つ竜を呆然と見上げていた一行は重苦しいため息を吐いた。
「……冗談じゃねぇぜ」
 残されたグドルフは何の用意も無く絶対に相手にしたくはない存在だと思わずぼやいた。
 空へと去って行くその背、しかして残された言葉を思い出しては――ああ、嫌になる。

 巫女が世話になった――特別に劣等種等には『燎貴竜』が沙汰を降してやろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
月瑠(p3p010361)[重傷]
未来を背負う者

あとがき

 お疲れ様でした。
『燎貴竜』さんはぴぴさんに「性格が悪い人」と呼ばれていました。
 貴様、覚えて居ろとドラゴンブレスしていそうですね。

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