シナリオ詳細
<月だけが見ている>救済の理想、終わりの時
オープニング
●リッセ・ケネドリル
……始まりは小さな恐怖心だった。
父も母も、ザントマンに殺された。私も攫われかけた。
いつしか毎日のように、悪夢にうなされるようになった。両親が殺される夢(シーン)。そして汚い異人種の腕が、私をつかみ攫って行こうとする夢(シーン)。
いつしか恐怖は、他種族への忌避、そして敵意、憎悪へとたやすく変わっていった。こうなったのは、幻想種が悲劇にさらされたのは、幻想種ではない、他種族の仕業(せい)なのだ。だったら、幻想種だけの理想の楽園を作ることこそが、私の『安寧』を担保してくれる唯一の策であるはずだった。
だから私は『理想に燃えた』。『自分のような悲しい人を作らないために』、『幻想種の皆を救うために』、私は理想の世界を作るために、戦うことを決めた。
「リッセ、目を背けてはいけないんだ」
頭の中で、おじいちゃんがそういった。
「君は本当は、他人のことなんてこれっぽっちも思っちゃいないんだ。誰かのためにとか、皆を救うためにとか、本当は、そんなことは。
ただ君は――目の前の現実が、怖くて仕方なかったんだよ。
この世に、悪意が、自分の思い通りにならないことがあることが、あまりにも、恐ろしかったんだ。
だから君は武装したんだ。
自分の思い通りにならない、何かを、自分の力でねじ伏せるために。
君の不幸は、君にカリスマがあってしまったことだ。君の言葉には、誰かを引き付けるそれが、確かにあったんだ。それは、強力すぎる神様からの贈り物だったのかもしれない。だとしても、それは君を幸せにすることはなかった。君の言葉は、君と全く同じい人たちを、たくさん、集めてしまうだけだったのだ……」
おじいちゃんはいつも正しいことを言っていた。私なんかより、ずっとずっと、頭の良くて、世界を知っていたおじいちゃんは。
おじいちゃんの言うことは正しい。
私はただ、ずっと怖かっただけだ。
私はただ、ずっと世界が恐ろしかっただけだ。
だから、私は、怖いものに対抗するために、自分も怖いものにならなくてはならなかったんだ。
そう思い込んでいたんだ。
だから、私は、私の集まりであるエーニュを作った。
ベーレンは、私の想いを利用した、と言っていたけれど。
私も、皆のことをずっと、利用していたんだ。
「エーニュは最初からずっと、間違っていたんだ……」
「そうだな、リッセ」
己の背で、うわごとのようにそういったリッセに、ベーレン・マルホルンは静かにうなづいた。
「間違っていたのだ……私たちは……」
その呟きは、隣にいたオリパンタ・ポッロにしか聞こえまい。彼の背後を歩む、エーニュの『決死隊』は、己の命を捨てでも、ザントマンの後継者であるあの男を、ラサの悪意を煮詰めたようなあの男を――ラーガを仕留めるべしと、その暗い情熱を燃やしていた。
だが、彼らもまた、義憤に駆られていたのだといえば、きっと嘘だろう。
自分の遣る瀬無い恐怖の感情を、解りやすい敵をシンボルとして悪魔化し、すべての責任を擦り付けているだけだ。
エーニュの悲劇など、実際の所、ラーガには関係がないのだ。ラーガは、確かに、ザントマンの遺産を運用し、エーニュを利用し、壊滅寸前にまで追い詰めた。だが、それがなんだというのだ。ラーガはザントマンの後継者であり、幻想種を攫い商品にした悪党であるが――ベーレンを不幸に陥れた存在とイコールではない。
結局の所。誰もが、この『恐ろしい現実という世界』に向き合うための、理由付けが必要だったのだ。
極論、とっくの昔に、彼らの『仇』は討ち取られてこの世に存在しないのだ。今ラサに生きる『他種族』は、その仇とは何ら関係のない人々に間違いない。
だが、そうだとしても、この遣る瀬無いの恐怖はどこに向かえばいいのだ。
それがリッセを決起させたものであり、ベーレンをもう一度立ち上がらせたものであった。心の中に潜む、どうしようもないものの行き場を、人は求めなければ生きていけなかった。それが健全であれば、美談になっただろう。だが我々は、それを暴力に求めてしまった……。
「私たちが間違っていることなどは」
オリパンタが言った。
「とっくに知っています。私の妻と子を奪ったのは、『ラサには何の関係もない』人間だった。でも、私はこうして、ラサに敵意を向けるあなたたちの一員として、砂漠に憎悪を向けた」
オリパンタは神経質で苛立ちやすい人物であったが、しかし理性の欠片を残してはいる人物だった。その理性が、彼に客観的な結論を伝えていた。
「でも……私の憎悪は、どこに向ければよかったのか。私の怒りは、絶望は――仕方のないことだ、と済ませられるものではなかったのです。
綺麗な者ははこういうでしょう。憎悪を連鎖させてはいけないと……。
だが、そのものが私と同じ立場になったとき、憎悪を止めることができるものか、と考えるのです」
「おそらくは無理だ。その想いを抱けないのであれば、きっとそのものは人間ではない」
ベーレンが言った。
「私たちは人間だ……悍ましいほどに。今それを強く理解している。
本当は、私一人で行くべきだったのだ。これは私の、自死の旅路であるべきなのだ」
「それは」
オリパンタが言った。
「私も同じです。おそらく、後ろの兵士たちも」
視線を送る。
「同じでしょう。我々は結局、同じ穴の狢だ。綺麗ではいられなかったのです」
「リッセに罪はない」
ベーレンが言った。
「彼女はそう思わないでしょう。我々は、止めるべきだった……まだ年若い彼女に、自分の憎悪を仮託すべきではなかった……」
「それも終わりだ」
ベーレンは、懐から赤い液体の入った注射器を取り出した。烙印強化兵を生み出すための、アンプルだった。
「ペニンドが、気色ばんでこれを完成品だと差し出したときに、私はエーニュの終わりをさとった。これは彼の、最期の試作アンプルだ」
「……」
「君は使うな。リッセも、ついてきて来てくれた兵士にも。
私が使う。すべては、これで、ケリをつける」
ざわり、と、兵士たちが声を上げた。一人が駆けだして、ベーレンの下へとやってきた。
「ローレットです」
そういった。
「追いついたようです」
「そうだろうな。こちらにはリッセもいるのだから」
そういって、ベーレンは笑った。
「混沌の神は、我々に思い通りにはさせてくれないらしい」
●終わりの時
「……どうしてだろうな」
アルトゥライネル(p3p008166)は静かにつぶやいた。
「彼らは自由だった。自らの足で、外に出られたのに」
「それ故に、自由に付随する悪意と衝突してしまったのかもしれません」
グリーフ・ロス(p3p008615)は、静かに答えた。
「誰が悪かったというものではないのかもしれません。確かに、彼らの成立に、悪はありました。
それでも……」
「……」
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は、言葉を紡がずに、前方を見据えた。
緑服の兵団があった。
数は、20ほど。
おそらく精鋭兵士だろう。ベーレンが直接指揮指導した、エーニュの精鋭部隊に間違いはない。
20の精鋭兵の真ん中に、ベーレンと、オリパンタと、リッセの姿があった。リッセの意識は朦朧としているようだった。おそらく、烙印の進行状況が重いのだろう。
「ベーレンか」
アト・サイン(p3p001394)が、声を上げた。ベーレンがうなづく。
「アト・サインか。何度か邪魔をされたと聞く。
いや、君がかかわらなければ、我々も、こうなることはなかったのかもしれない」
「いいや、君たちはずれ、『こうなっていた』だろう」
アトが冷たく言った。
「暴力でつないだ絆など、暴力で瓦解するものだ。
エーニュは最初から、間違っていたんだよ」
「貴殿がそういうのならば、まったく本当に、そうなのだろう」
ベーレンが薄く笑って、その手にアンプルをつかんだ。あっ、という間もなく、ベーレンはそれを首筋に打ち込んでいた。
「ペニンドの……!」
アトが叫ぶ。そうすると、瞬く間のうちに、ベーレンの体に変化が訪れた。体が結晶のような構造体に覆われ、それはまるで晶獣と同様になる。
「死ぬ気か!」
「もちろんだとも。私はここまでして、生きあがこうとするほどまでに破廉恥じゃない」
だが、それでも。
そう、ベーレンは言った。
「もう、我々は止まれないのだ。我々が間違っていたとしても。もはや、この足は、この憎悪は、止められない!」
ベーレンの言葉に、兵士たちは武器を構えた。
「アトさん……!」
フラーゴラの、言葉に、アトはうなづいた。
「……やるぞ」
そういって、イレギュラーズたちもまた、身構えた。
迷妄の終着点は、ここになるはずだった。
- <月だけが見ている>救済の理想、終わりの時完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月25日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●衝動
「……アンプルを打ったのか、ベーレン」
『観光客』アト・サイン(p3p001394)が静かにそう告げた。ベーレン・マルホルンは、その異形の姿となり果てた己が身をわずかに一瞥し、
「これも業だ、アト・サイン……私の、罰だ」
す、と静かに息を吸った。その表情はもはや、水晶のマスクに覆われて何も見えない。
「復讐は否定しないさ、スカッとするからな。
だが、狙いがブレるのは良くねえ、迷惑だからな。
そのうえ、生き方までブレてたんじゃ世話もねえよ」
『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)が、静かにそう声を上げた。嘲るわけではない。ただ、そのままの通りに、言葉を紡ぐ。
「悪いことは言わねえから、ここで止まっておけ。
それ以上薄汚くなる必要はねえだろ?」
「貴殿は強いのだろう」
ベーレンがそう、言った。
「その強さが、自信が、我々にあればよかった。わかっている。過ち、等は。
だが、それを、止めることができない――我々の弱さだ」
「わかってるならよ」
貴道が、言った。
「止まれよ」
「すまない」
ベーレンが言う。その体には、烙印強化の苦痛が渦巻いているはずであった。ざ、と、それを察したように、兵士たちが、彼をかばうような動きを見せた。その誰もが、諦観の混ざったような、昏い目をしていた。
「嫌な目だぜ」
貴道が、そうつぶやいた。『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)が、言葉を続ける。
「お前たちのやり方は、間違っている」
そういって、刃を構えた。
「最初から最後まで、今も、間違っている」
「わかっている」
「それでも行くというのなら、俺が止める。俺はウォーカーだ。お前たちからしたら、外様の人間でしかない。
でも――深緑のことは、大切に思っている。だから、俺は、お前たちを、止めるんだ」
その言葉に、ベーレンたちは答えない。きっと礼を言ってしまうだろうから。
「僕に正義感はない。正直、仕事じゃなければ、君たちのことなどは放っておいたかもしれない」
アトが、ベーレンに言う。
「だが――今は、仕事だ。二つある。孫娘のことを頼まれた。同胞の過ちを止めてほしいとも頼まれた。
ゆえに、観光客は今ここにいる。フラーゴラ、君にもずいぶんと突き合わせてしまった」
「だいじょうぶ、だよ」
『紅霞の雪』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は静かにうなづいた。
「もう元に戻れないなら、止まれないなら、戻れないなら。
……復讐の炎が消えないなら。
アトさん。ワタシたちでエーニュを終わらせてあげよう」
人の心はシンプルではない。間違っていたとしても、その炎を消せない時がある。振り上げたこぶしを、優しく下せないときはある。
それを愚かと笑うのもいいだろう。それに悲しいと同情するのもいいだろう。
それぞれの思いがあるし、無いかもしれない。
ただ確かなのは、ここに決着を求めるものたちがいて、そして確実に、ここで決着をつけねばならぬということだけだ。
止めることだけだ。求められるのは、其れだけだ。
「解ってても止められなくて、その手段しか取れなくて、こうなってしまったのか。
それを責める事はできない。だが見逃す事もできないから。
貴方達自身で踏みとどまれ、なんて言わないから……収まらない憎悪はもう全部ぶつけてしまえ。
俺達が全部受け止めて、終わらせてやる!」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の想いは、そうだった。それを言葉に、彼らにぶつけた。そうすることが、きっと正しいことであったから。彼らもまた、それを望んでいるような気がしたから。
イズマの言葉に、仲間たちはうなづいた。思いはいずこにあれど、彼らを止めることは間違いなく。
皆は武器をその手にした。
エーニュの兵士たちも、武器をその手にした。
あとは、ぶつかり合うだけだった。
●エーニュ
そもそも、エーニュという組織はなんだったのであろうか。
リッセ・ケネドリルという女性の恐怖心に『よって』生まれた組織であることは違いない。そしてその恐怖心の解消手段として、容易に暴力という手段に則ってしまったことは、彼らの第一の不幸であったといえる。
暴力によって世界を変えようとするものは、容易に暴力によって友も変えようとする。当たり前だ。暴力という、最も簡単で単純な手段をとるような『怠惰』な人間が、知性と言葉、駆け引きを重要視する『対話と説得』などという根気のいる手段を選ぶわけがないのだ。
すでに、現在のエーニュの戦士たちの大半が、かつては『友』と呼んでいた日和見主義者達の血で塗れていた。穏健派を暴力によって一掃したのである。厳密にはラウリーナ・オンドリンの野望によって生まれた『穏健』ではあったが、しかし現在のエーニュという『尖鋭化した暴力装置』にとってはストッパーであったことは事実だ。穏健派はいくばくかは理性的であったが、それゆえに彼らに言葉で説得を試みたのがそもそもの失敗であった。
暴力に恃むものは、あらゆるものを暴力で解決する。それは単純でわかりやすく、手っ取り早いからだ。極論、殺してしまえば、相手は何も言えなくなる。
暴力とは力であり、立場であり、権力であったりする。いずれにしても、相手を「黙らせる」のには最も簡単で手っ取り早いものだ。
『だから』暴力による解決は、基本的には採択すべきではないのだ。それは、『対話』という、困難で回り道で、とても難しく尊いものへの選択を、否定してしまうから。
彼らは選んでしまった。
それが不幸だ。
●止める
ナイフで武装した、精鋭兵がとびかかってくる。『ラトラナジュの思い』グリーフ・ロス(p3p008615)が、その『想い』を受け止めるように、斬撃を受け止めた。
「貴方たちにも名があり、背景があり。彼らには彼らの、内に秘めたもの、譲れないものがあるのでしょう。
どうぞ、私にぶつけてください。私は簡単には倒れません。私は秘宝種ですが。けれど、深緑に領地を頂き、マナの木を隣人とする者です」
ルーンの盾を展開し、斬撃を受ける。刃など通さぬルーンは、されど名もなき兵士と歴史に記されるであろう、彼ら一人一人の激情と絶望を、グリーフに刻み付けるかのようでもあった。
目に映る、彼ら。止まることができないという、悲しさや、やるせなさ。そういったものを、感じ取れたような気がした。
「幻想種の解放。種の為の戦い。でも本当は、個人の心に根差した、小さなものの戦いだった……」
グリーフが静かにつぶやいた。彼らは理想を掲げ戦っていたが、その本来は、彼らの心に芽生えた小さなものだった。怒りであったり、恐怖であったり、悲しみであったり。その解放の手段が、理想という聞こえの良いものに自らを包んで、暴力によって他者にぶつけることしかできなかったのだろう。
「良い子ちゃんな動きしてるね、それが命取りだよ」
グリーフへと群がった兵士たちを、『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が一息に刈り取る。鋭い爪は、一気に兵士たちの体を切りつけた。だが、彼らの体に染みついた妄執は、この程度で足を止めることを許してはくれなかった。悲しいことだ。彼らはエーニュの兵士でも理性的ではあったが、それ故にあまりにも悲しかった。理性では、自分たちの過ちを理解しているのに、体の内からくる、本能的な感情の部分が、今だ足を止めずに敵を殺せ、と騒ぎ立てているのだ。
彼らのうちからくる、他者への恐怖や憎悪、そういったものを、捨て去るべきだとわかっていても、どうしても、捨て去ることができない。そういった意味で、彼らは平凡だったといえたかもしれないが、しかし世の中の大多数の、当たり前の人たちでもあった。
「…………」
ソアは語らない。思わず舌で、唇を舐める。
彼らのことを思えば、『悲しく』もなるだろう。恐怖に縛られた、憎悪に縛られた彼らは、いっそ悲しい存在であった。
だが、それはそれ、と切り替えるだけの力が、ソアにはあった。ソアの前に、武器を持って立ちはだかったならば、それはソアの獲物に間違いないのだ。悲しくても、つらくても、それは変わらない。自然という冷徹なおきての前では、それは変わらないのだ。故に。
ソアは、その爪を振るう。斬撃が、止まれなくなってしまった彼らを、止めてくれるように。
「深緑だラサだ幻想種だと、誰も彼もが囚われ過ぎなんだ」
『一つ一つ確実に』アルトゥライネル(p3p008166)が、つぶやいた。ソアに合わせるように動き、グリーフに集る敵兵士を確実に減らしていく。銃弾を飛び跳ねることで回避しながら、アルトゥライネルは砂塵を疾駆した。銃弾を放った兵士が次弾を装填するまでの間に、一気に接敵する。
「――ッ!」
鋭く呼気を吐くとともに、手にした長布を振りぬいた。時に刃ともなるそれが、兵士の体をしたたかに打ち据え、昏倒させる。
「憎悪を抱くなとは言わないが矛先を間違えるな。そして過ちは認めるべきだ」
そう、声を上げる。次なる兵士がナイフで襲い掛かってきたのを、アルトゥライネルは長布で受け止めた。
「死んで詫びるとでも言うつもりか? 事態の収束まで手を貸し、見届けるのが責任じゃないのか?
動かしたい、変えたいと思うなら、誰かの名を借りずに自分の足で立て。手遅れなんて無い!」
わずかに、兵士の力が緩んだ。だが、そこまでだった。アルトゥライネルは長布を力強く振るい、兵士を押し返すと、そのまま返す刀で兵士をしたたかに打ち付けた。兵士が意識を失い昏倒する。
「馬鹿野郎が」
悔し気に、アルトゥライネルがつぶやいた。もはや言葉では、彼らを止められない。それは、暴力による変革を望んでしまったものたちの、悲しい末路だった。暴力で動いてしまったものたちを、言葉では止められない。行きつく先は、破滅に間違いない。
「我等が『敵対者』ともあろうものが、闇の中に姿を隠すなど卑怯な手を使うわけがあるまい?」
『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)は、己が身を強く輝かせ、世界を照らすかのようにそう声を上げた。
「此処が汝らの物語の最終章。美しき終わりというものを与えよう」
幸潮は、この時――『本気』であった。もちろん、普段の依頼に手を抜いているわけではない。ただ、幸潮のうちの潜む『何か』を、この時、エーニュという組織が刺激したのは間違いなかった。
幸潮が、何を思うのかは、幸潮のみぞ知ることだろう。今確定していることは、幸潮は本気である――というその一点。
「オリパンタを狙います」
そういった。
「力添えを」
そういうのへ、『氷の狼』リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)は頷いた。
「そうだね」
リーディアはうなづいた。
「狙撃手がいるのは、そちらだけではない」
リーディアが構えた。彼岸花。その名を冠した狙撃銃。スコープを覗く。神経質そうな男の顔がうつった。
「君は引きはがす」
トリガは軽く。銃声は重く。放たれた銃弾が、オリパンタを狙った。しゅん、と文字に起こすべきか。空間を切り裂く銃弾が、そのような音をあげながら直進!
オリパンタとて、実戦の経験はあり、そしてたゆまぬ訓練を積んできたものである。その彼が、反応が遅れた。それほどの、繊細な狙撃。オリパンタを突き飛ばしたのは、ベーレンだった。オリパンタがわずかに身を倒すその空間を、銃弾が擦過する。
「彼らは有能だ」
ベーレンが言った。
「警戒を怠るな」
「了解――」
オリパンタが、その刃を握りしめた。駆けだす。イレギュラーズたちは、彼らを引きはがすつもりだ。ベーレンは狙撃手であり、オリパンタはその近接護衛役であるといえた。要は、「近づけなければいい」のだ。スナイパーへの護衛とは、『ぴったり張り付いていれば成立するものではない』。だからオリパンタは、自身を狙うスナイパーを片付けるべく、移動したのだ。
「スコープ越しに、目が合う」
リーディアが言った。彼岸花のスコープ、其れ越しに見つめあう錯覚。真っすぐにこちらを見ている。オリパンタ。
「見つけられたか」
乱戦と混戦の最中、自分を狙ったスナイパーの辺りを即座につけた。それは長い訓練の中で培われた、オリパンタの力であるといえた。
「幸潮さん」
「まかせてください」
幸潮がその手を掲げた。ぱちん、と叩く。空間、あるいは指。開く。空間、もしくは物語。
ぐぅわり、と書物を開くように、世界を、物語を開帳する。
「汝が裏切りの悲劇、確かに悲しき事よな。しかしながら……ありきたりだ。どこの世界にも普遍する一つの事案に過ぎない」
事実である。
「だからこそ。あえて言おう。汝が抱きしその憎悪の矛先は間違っている。向けるべきは其の背景を背負わせた世界だった。
最初からやり方を、間違っていたんだよ、汝らはよ」
煽りである。幸潮は、『煽った』。オリパンタは、神経質な男である。理性と狂暴を同時に内に飼う、危険な男であった。その男の、狂の部分を、無遠慮に撫でまわす。挑発、と言えばそう。
世界より与えられる苦痛に耐えながら、オリパンタは刃を構えて、跳んだ。幸潮が身を引く――が、振り下ろされた刃は、幸潮の体に一筋の赤い線を紡いでいた。強い。いや、早い、鋭い、か。いずれにしても、オリパンタの刃は、幸潮に届いた。執念とか怒りとか、そういったものが、まるでオリパンタに手を貸しているかのようだった。
「変えるべきは、世界だ」
「変えようとした」
オリパンタが、そういった。
「変えようとしたんだ!」
「君達は彼女を止めなければならなかったんじゃないのか」
リーディアが言った。
「分かっていたはずだよ。復讐は己を破滅に追い込む行為だと。
そして、君達がしているのは『最早復讐ですらない』と」
「そうだとも」
オリパンタが頷く。
「我々がすべきことは、彼女に世界は怖くないと伝えることだった。
『それが正しい大人というものだ』。
だが――」
オリパンタが、その両手を、わななくように見つめた。
「恐ろしいのだ、世界が――そこに住む人の悪意が。
そして彼女と我々は同じだと知ってしまった。
思い込んでしまったのだ。
だから、私たちは、彼女に自分の恐怖を押し付けてしまったのだ」
「わかっていながら……!」
「どうしようもないのだ。そういったもので集まった者同士というのは、どうしようもないのだ」
オリパンタの言葉は、事実であったといえるだろう。目を背け、大義に目をくらまし、自分たちの本質、つまり怒りや憎しみや悲しみ――それを、最も簡単で怠惰な手段で解決できると思ってしまった。暴力。誰でもできるがゆえに単純な解決策に、其れしかないと思い込んで、すがってしまった。
「それがこの末路なのだぞ」
幸潮が、言った。
「それがこの末路なのだぞ!」
叫んだ。
「わかっている!」
オリパンタが叫んだ。
「わかって、いるのだ」
誰もわかっているのだ。誰もわかっているから、破滅に身を投じることで終わりにしようとした。それが、少なくともここにいる彼らの、食材であるといえた。
●エーニュ・2
始まりは、小さな恐怖。
怖かった。世界が怖かった。他人が怖かった。別人が怖かった。
笑顔で人をだます人が怖かった。笑顔で人を傷つける人が怖かった。
正しくない世界が怖かった。正しくない人たちが怖かった。
やがてそれは、憎悪に変わった。
自分たちを傷つける、その無邪気さが憎かった。
間違った世界を肯定する、その無知さが憎かった。
我々を認めない、その頭のわるさが憎かった。
それは憎悪から怒りに代わる。
彼らが私たちの主張に耳を貸さないのは、彼らが間違っているからだ。
彼らが私たちを傷つけた。だから我々は、彼らを傷つける権利がある。
遠ざけよう。愚かな人たちを、世界から遠ざけるのだ。
正しさのためには、時に暴力も正当化されるはずだ。
時に悪徳な領主は、民衆の正義の暴力によって倒れたこともあったはずだ。
だから我々も、悪を正義の暴力によって駆逐してもいいはずだ。
歴史に学べ。歴史はこうであった。
だから我々は正しい。
我々の暴力は正しい。
そういって、彼らは尖鋭化した。元々の、恐怖や、鬱屈や、自分の身から出たそういうものを、大義や怒りや憎悪で塗りつぶした。そして塗りつぶしたものの上に、小さな旗を立てた。
正義という旗だ。
自己正当化の旗だ。
その旗の下に、多くの人々が集った。
彼らもまた、自分たちの身から出たものを、聞こえの良い言葉で塗りつぶした人たちだった。
その、どろどろとした悍ましいもので埋め尽くされた、旗の下で。
一人の少女が泣いている。
その少女の、本当の心が。自分自身にすら利用された、少女(リッセ)が一人、泣いている。
●救済の理想、終わりの時
リッセの意識は混濁していた。強烈な烙印の誘惑。意識がもうろうとしながらも、しかしそちらへ手を伸ばさなかったのは、彼女の本来の芯の強さであったのかもしれない。
いずれにせよ、彼女は吸血鬼になるという道を選ばなかった。ぎりぎりの綱渡りであったが、それでも、選ばなかった。
「ベーレン」
つぶやく。怪物となってしまった、参謀へ。自分が道を踏み外させてしまった、大切な仲間へ。
「ごめんなさい」
つぶやいた。がぉうん、と、ベーレンの魔銃が吠えた。その銃弾が、敵(イレギュラーズ)の一人の体をしたたかに打ち付けるのが見えた。
誰も彼もが傷ついている。
敵だ、敵だ、とイメージを押し付けあって。
でも、それは本当に敵だったのだろうか。
彼らが差し伸べた手は、本当に、悪意のあるものだったのか。
今のリッセには、解る。
相手とは、自分の中のイメージだ。
相手を愚かだと思えば、愚かに見える。
理知的だと思えば、そのように見える。
敵だと思えば、そのように見えた。
敵であって欲しかった。
自分を傷つけるものは、悪意と愚鈍さによって世界を覆う敵であって欲しかった。
ヒロインだ。
自分たちは悲劇のヒロインであり、世界と戦う正しき者であって欲しかった。
それは、時に人が当然のように抱くものであり、時に人が世界と折り合いをつけて手放す妄想であった。
仲間がいた。
いてしまった。
彼女のそれを、正しいともてはやす、仲間が。
「謝るのは」
ベーレンが言った。
「私の方なんだ、リッセ。私は、君を止めるべきだったんだ。大人として。私は――」
ベーレンが、その体勢を崩した。
銀の刃が、魔銃の弾を受け止めながら、前進してきた『観光客』が、ベーレンを押し返していたから。
「僕は観光客だ。でも、僕は今や当事者だ。はたから、君たちの壊滅を眺める存在じゃない」
観光客が――アト・サインがそういう。
依頼されたからか。託されたからか。そうでないからか。それは、アトにもわかるまい。ただ、やることは一つ、決まっていた。
「僕が、君たちを壊滅させる。エーニュを、壊滅させる。この言葉を以って。託された言葉を以って」
正義感ではない。ただ、この渦中にいるから、自分も引き金を引かねばならぬ、と思っただけかもしれない。
託されたことは事実だ。これは、引き金だ。エーニュを殺す、銃弾の、引き金だった。それをひこう。
「リッセ・ケネドリル。
僕は君の祖父に頼まれて君を追ってきた。
言伝を預かっている。
『森に帰ろう。家で待っているよ。今の君には、戦うよりも大切なものが何か分かるはずだ』、と。
始めると決めたのが君ならば、終わり方を決めるのも君だろう?
君のどんな結末も僕は受け入れるよ。
僕は観光客のアト・サイン、伝言を伝えるというただそれだけの依頼を果たしに来たローレットの冒険者だから」
真摯な目だった、とリッセは思う。
帰っていいのか、と、リッセは思う。
どろどろとしたものが、背中から追ってくる。
帰ってはいけない、とおってくる。
「いいんだ」
ベーレンが言った。
「帰るといい。私もようやく、大人になれた」
背中から迫る、どろどろとしたものが、離れていくような気がした。
「あの、ボクサーの人は」
フラーゴラが言った。
「あなたに、練達のスニーカーの良さを伝えればよかった、って言ってたの」
そう、言った。
「知って。世界の、よいところを」
リッセが。
手を伸ばした。
アトが、それを引っ張り上げた。
それでいい。
「フラーゴラ、彼女を連れていったん下がってくれ!」
アトが叫んだ。フラーゴラがうなづく。リッセ……自分と同年代のように見える彼女の体を抱きかかえながら、フラーゴラは後方へと下がる。この戦いに救いがあったとするならば、其れだった。
「ありがとう」
ベーレンが言った。
「これでいいんだ」
「そうかい」
アトがうなづく。
「君のことは、依頼されていないからね。ここからは、平常運転だ」
「君のその好奇心に、つくづく私たちは邪魔されてきたな」
ベーレンが、魔銃の引き金を引いた。散弾の様にばらまかれたそれが、イレギュラーズたちをしたたかに打ち据えた。
「シィット! まだまだ元気か!」
貴道が舌打ち一つ、しかしオリパンタへと迫る。リーディア、幸潮らと交戦していたオリパンタは、突如現れた拳闘士の一撃に、慌てて防御態勢をとることしかできなかった。
「あなたは――」
「おう、ただの通りすがりだ。
今更止まれない、そんな戯言をほざく気持ちも分からなくはねえよ。
だがテメェら、もう既に誰かの仇でしかねえだろ。
過去も理由も関係ねえよ、だからここに俺達が来ちまってる」
それは、正しき断罪者の言葉だった。すでに彼らは、世界の敵なのだ。だから、貴道たちがやってくる。正しき者の味方がやってくる。
「……同情はここまでだ。ミーもそんなに、優しくはないんでな」
「いや……あなたは充分――」
オリパンタが、ゆっくりと笑い、構えた。足はもう動かない。強力な狙撃手(リーディア)に狙われて、よけ続けることは困難だった。
なぜ、かの狙撃手は足を狙ったのだろうか。あるいは、止まってほしい、という願いの表れだったのかもしれない。
いや、それも、自分勝手な解釈だろうか。どうにも、優しい人たちだと、そう思いたいだけなのかもしれない。
「ここは砂漠のラサ……! ラサなの!」
フラーゴラが、叫んだ。
「アナタたちエーニュの、幻想種の愛した森はないの!
帰るのならワタシは追わない!
もうありもしない痛みを追いかけないで!」
そう、叫んだ。
ありもしない、痛み。
最初は、確かにあった。
そこに積み重ねてきたのは、自分だった。
痛み、を、言葉で、生み出して、小さなブロックにして、積み上げた。
積み上げて、積み上げて、その高い塔の上で、世界を呪う言葉を吐き続けた。
眼下にいる人たちが怖くて、こわくて、そこから銃を打ち鳴らした。
目の前にいるのは、獣種の女性。
妻とを子を奪った、忌まわしき他人種。
嘘だ。
彼女は関係ない。
わかっていた。
わかっていたはずだった。
「ごめんな」
オリパンタが、つぶやいた。
「本当に、……私は、ばか、だったな……」
それは、亡き妻子に告げた言葉だったのかもしれない。
オリパンタが、ゆっくりと、刃を振りぬいた。
貴道が、その刃を寸前でよけた。そのまま、その勢いを利用して、フックの体勢に入る。
「馬鹿だぜ」
つぶやいた。
「馬鹿だ」
力強く、フックを振りぬいた。強烈な一撃が、そのまま、オリパンタの顔に叩きつけられ、その衝撃は、彼の命を刈り取るに十分な威力を持っていた。
どさり、と、オリパンタが斃れる。
「愚かだ」
幸潮がそうつぶやいた。
「でも、君はきっと、誰よりも人間らしかったのだろう」
「安らかな眠りを。名も知らぬ、戦士よ」
リーディアが、そういった。
「あなたは間違っていた。それは事実だ。でも」
リーディアが、己の顔の、『自らナイフでつけた傷』を触りながら、言った。衝動に抗うことは難しい。それは、リーディアもよく知っていた。
オリパンタが斃れた。
兵士たちも、着実に姿を消していた。
「……」
グリーフは静かに、静かに、息を吸い込んだ。
死んでしまったものがいる。まだ生きている者がいる。
そのどちらも、故郷の地に帰してあげようと思っていた。それこそが、たぶん、彼らの望むものなのだと理解していた。
グリーフに切りかかるものも、その眼が悲しかった。故郷から離れた、知らない場所で、憎悪に飲まれて散ってしまうのは、悲しかった。
「かなしい」
と、静かにつぶやいた。呟けば、染み入るような気がした。悲しかった。彼らが……世界が。
「もうすぐ、終わるよ!」
ソアが叫んだ。その爪が、また、一人、敵を打倒していた。悲しい人を、倒していた。
「ボクだって……!」
辛そうに、ソアが表情をゆがめた。烙印の衝動が、ソアの体を駆け巡っている。この衝動に身を任せてしまえば、どれだけ楽になるだろうかということを、ソアも理解している。それが、憎悪か、烙印かの違いでしかないと、この時なんとなく、理解していた。ソアは耐えられた。約束があったからだ。恋人の所に帰ると、彼のぬくもりを、思い出せば。耐えられる。
彼らには、それがなかったのだろうか、と思えば、きっとそれを奪われたのだろうと思う。悲しい人たちだった。苦しい人たちだった。
「もうすぐ、終わるんだ……!」
この衝動も、戦いも。もうすぐ終わるのは確かだ。ソアの働きが、グリーフの働きが、兵士たちを最後の一人になるまで、続いていたのだから。
「ベーレン」
アルトゥライネルが、静かに声を上げた。
ベーレン・マルホルンもまた、追い詰められつつあった。アルトゥライネルもまた、息が上がっている。ほかのメンバーも。決死であり、必死であった。誰もが、もう止まれないという戦いの中で、悲しみを覚えながらも死に物狂いで戦っている。
「もう、やめにしてもいいだろう?」
そう、アルトゥライネルが言った。ベーレンは、いずれにせよ、もう死ぬしかない。死ぬしかないのだ。だが、このまま放っておいても、朽ちて死ぬかもしれない。ならば、ここでしずかに、その幕引きを任せてもいいとは思っていた。
「もういうな」
ベーレンが言った。
「悪党は、討たれてしまうのが世の習いだろう」
「そうだな」
イズマが言う。
「止まれない、というならば。
受け止める、と約束した」
構える。ゆっくりと。ベーレンは、魔銃を狙撃のそれから、短銃のようなものへと変えた。もとより、得手は遠距離だが、近距離ができないというわけではない――遠距離攻撃より、数段威力は劣るだろうが。
「同じ烙印持ちだ」
クロバが、ゆっくりとそういった。
「使うものは使う……同じだな。でも、俺はそれを、未来のために使いたい」
クロバが、烙印の力を解放して見せた。僅かに変貌する、鬼としての姿。
「未来のために……融和と、友に手をつなぐために」
「そう言えれば、よかったのかもな」
ベーレンが言った。
「そう、言えれば」
構えた。
もう、言葉はいらなかった。
伝えた。
伝えられた。
そのうえで。
戦うしか、ない。
ベーレンが、短銃を構えた。ずがん、と強烈な銃声が響く。アルトゥライネルが、長布を振るう。ばぢん、と、音を立てて、長布が銃弾を叩き落とした!
刹那!
「先に踏み込む!」
イズマが、叫んだ。透き通る蒼。身に着けるそれが、夜の闇を裂くように輝く。
「憎悪の連鎖を断ち切るのは俺達がやる。
だから安心して、心残りのないように潰し合おう。
幻想種の未来はその後に、きっと正しく芽吹くはずだ」
それでいい。
それがいい。
イズマの、星の細剣が、ベーレンの、水晶の体に一点を穿った。びし、と、ひびが入る。
砕け散る。その一歩。
「クロバさん!」
「ああ!」
鬼が、疾走る。刃。構える。黒衣の鬼。でも、きっと、それは優しい鬼なのだろう。
「俺は外様だ。幻想種じゃない。そんな奴が、本気で深緑のことを考えられるんだ。だから、大丈夫だ。そう思ってくれ」
吐き出した。そのように、言葉を。刃を、振り下ろす。斬撃。撃ち放たれるそれが、ベーレンの体を砕く。
「隊長は真面目過ぎるんですよ」
いつだったか、部下に言われたことを思い出した。
「頼った方がいいですよ、いろんな人に」
そういわれたことを思い出した。
「そう――だったな」
ベーレンがつぶやいた。体が崩壊していく。視線を流した。アトと、フラーゴラの姿があった。そこには、リッセの姿があった。
これから彼女は、自分がやったことのツケを払うのだろう。だがそうだとしても、こんなところで憎悪に飲まれて死ぬよりは、ずっといいはずだった。
怖い、という彼女の言葉を、本当に拾ってあげられなかった。エーニュという組織は、そんなこともできなかった。
だから、これでいい。
ベーレンの体が砕けていく。これが報いで、末路だった。でも、いっそ、すがすがしい気持ちもした。
「クロバ・フユツキか。君のような、外の友がいたのならば」
あるいは。
ベーレンもまた、踏みとどまれたのかもしれない。
だが、それももう、言っても意味のないことだ。
砕けていく。長い長い妄執が、ここで、綺麗に、綺麗に――。
砕けて、散った。
あとにはただ、静かな、静かな、月の夜だけが、残っていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
エーニュはこれにて壊滅しました。
長い長い、ザントマン事件もまた、これで真に幕を下ろしたのです――。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
エーニュ決戦です。
●成功条件
すべての敵の撃退or撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●状況
皆さんは、エーニュの首魁であるリッセを追って、ここまでやってきました。
そこにいたのは、ベーレンをはじめとする、最期のエーニュの精鋭部隊です。
皆さんと接敵した段階で、ベーレンは自身に『烙印強化兵』のアンプルをうち、自身を凶化。怪物となってしまっています。
そうでなくても、彼らは皆さんと相対して、戦いを止めることはないでしょう。
彼らの憎悪は、もはや自らの過ちを理解したところで、止めることはできないのです。
エーニュという迷妄に、皆さんの手で終わりを告げてください。
作戦決行タイミングは、満月の夜。
周辺は砂漠になっています。
特に戦闘ペナルティなどは発生しませんが、薄暗い周囲や、歩きづらい砂の地面を何とかする手段があれば、優位に立ち回れるかもしれません。
●エネミーデータ
リッセ・ケネドリル ×1
エーニュの首魁の少女です。現在は、烙印に重く苛まれており、意識ももうろうとしているようです。
そのため、戦闘行動は行いませんが……周囲の人間が追い込まれているのを見れば、何らかの異変や覚悟を決める可能性はあります。
倒してしまうか、敵の守備をかいくぐって確保してしまうかは、お任せします。
ベーレン・マルホルン(烙印強化兵) ×1
烙印強化兵と化してしまった、エーニュの副指令的立場の人間です。彼はかつて深緑の森林警備隊の一人でしたが、かつてのザントマン事件の折に、舞台を壊滅させられ、また自身の片足を失うほどの大けがを負い、無力感と絶望感、そして『敵』への憎悪に身をくすぶらせていました。
烙印強化兵と化してしまった今は、失った片足も結晶によって再生され、機敏な動きと正確無比な射撃を行う、強力な遠距離ファイターとなっています。このシナリオでのボスユニットに当たります。
前述したように遠距離攻撃を得手としているため、戦うなら距離を詰めた方がいいでしょう。ですが、その前に20名の兵士がいますので、彼らをどうにかうまく相手する必要があります。
オリパンタ・ポッロ ×1
エーニュの構成員の一人です。彼はある日、気まぐれから施しを与えた獣種と飛行種に裏切られ、強盗の末に妻と、その身に宿していた子を殺されたといいます。それ故に、他種族への憎悪を抑えきれず、やがてエーニュへと参加したそうです。
刃物を用いた近接戦闘訓練を受けていたため、近距離~中距離での戦闘能力に優れます。手にした刃物は無名ながらも業物であり、出血系列のBSを付与してくるでしょう。
ベーレンの死角をカバーするように動きます。うまく引きはがして戦えれば、ベーレンにアクセスしやすいはずです。
エーニュ精鋭兵 ×20
エーニュの精鋭兵です。銃、ナイフなどで武装しています。
一人一人の力は皆さんに及ぶべくはありませんが、それでもエーニュでは精鋭の兵士であり、数も多いです。規律よく、組織だった攻撃を行ってくるはずです。
連携などを行って攻撃を行ってきますが、逆に言えば、ひとまとまりで行動しやすい癖がある友言います。
範囲攻撃などでまとめて攻撃してやると、効率がいいでしょう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
Tweet