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シナリオ詳細

<月だけが見ている>紅涙の睡恋花<くれなゐに恋う>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●とある女
 売られた。
 これからのお前に自由など無いのだと告げられた。
 世界はどこまでいっても夜のように暗い。
 けれど本物の夜がくれば女は恐怖する。
 組み敷かれ、夜毎尊厳が奪われる。
 尊厳。そんなものが最初からあっただろうか。
 全てに絶望していた。早く終わってほしかった。
 全て、全て、全て、消えてほしかった。
 けれども奴隷の身に落ちた女には自害する自由すらなかったのだ。

 組み敷いていた男が、唐突に死んだ。
 男の肩越しに見えていた世界が赤く染まり、ああ己もこれから死ぬのだと思った。やっと終わりを迎えられることが嬉しくて涙が出た。
『あら、あなた』
 美しい声が響いて、肉塊が蹴り飛ばされる。あんなにも叩いても抗ってもぴくりとも動かずに下卑た笑みを浮かべる悍ましい肉が簡単に転がり、べしゃりと赤い染みを作って驚いた。
 涙ににじむ世界に、美しい女が居た。
 ――救世主。
 自分も死ぬのだと思っていたのに、美しい女は助けてくれると言った。
 生まれ変わらせてくれると言ってくれた。
 柔らかなその白魚に撫でられ、歓喜の涙が溢れ――水晶となった。

●少女だったもの
 パパはわたしが小さな頃からわたしに興味がなく、ママもいっしょ。
 視界に入れば、怒られる。茶碗が飛んでくるか、殴られるか、蹴られるか。――パパにとってわたしはいらない子だった。
 ママからだって、そう。ママのおしごとでできたのがわたしだったんだって。パパはパパの子どもだと思ってママと結婚したけれど、わたしがふたりの特徴をひとつも受け継がなかったから、ちがうって解ったんだって。
 ママもパパも、そう言っていた。
『お前なんていなければ』
『何見てるんだ。あっちに行け』
 パパもママも、わたしにやさしくない。何にも教えてくれない。
 わたしが学んだことは、部屋の隅の暗がりに蹲って、息を潜める方法だけだった。
 ある日、パパがわたしに『客』をとらせた。少しなでられるだけだと言っていた。おさなくても需要? っていうのがあるんだって。
 パパにもママにもなでられたことがないわたしは何もわからなかった。けれどその日はご飯を食べさせてもらえて、パパとママもニコニコしてくれる。『お前はいい子だね』って褒めてくれる。わたしはとても嬉しかった。
 それからもっと経って――わたしは売られた。

 助けてくれた美しいひとが、名前をくれた。
 わたしは『おい』『それ』じゃなくなって、『モモ』になった。
 可愛い名前。モモはモモという名前がお気に入り。
 優しくしてくれるのも嬉しい。パパもママも優しくなかったから、優しくしてくれる人が大好きになった。優しいっていいことだね。モモ、大好き。
 もっと優しくしてもらえるために、モモ、がんばるね。
 命も身体も心も、ひいさまに捧げるから――だから、モモを愛して。
 モモ、『いらない子』にならないようにがんばるね。

●姉の死を越えて
「アタシの本当の名前は、サマーァ・アル・アラク。
 姉が最後にその名を望んでくれたのだから、アタシはその名を名乗りましょう」
 シャファクと名乗っていた少女は目の下も目も真っ赤に染め、今なお涙に潤む瞳でしっかりと前を見て微笑んだ。口元も、まだ頼りない。小刻みに震えるそれが『無理をしている』ことを表しているけれど、彼女がとても頑張ってその姿を保っていることを知っているハンナ・シャロン(p3p007137)は抱きしめたい気持ちを押さえて自身の腕を掴んだ。
「皆さんが敵地へ赴くと聞きました。ですのでこれは個人的な……我が商会からの依頼となります。――アタシも連れて行って下さい」
 危険であることは承知の上。守ってもくれなくてもいい。
 ただサマーァは姉のために見届けたいのだ。
「ちゃんと祖父からも許可を得ています」
 皆が吉報を持ち帰ってきてくれるのを待つことなんて、サマーァはできそうにない。連れて行ってくれないのならひとりでも行く。それが解っているからこそ、祖父がアルアラク商会からの依頼として同行者を募ることを許可してくれた。
「……フラン、ハンナ。一緒に来てくれる?」
 我が侭を言ってごめんねと力なく微笑む顔が今にも泣き出しそうだ。フラン・ヴィラネル(p3p006816)はぎゅっとその手を握り「勿論だよ」と告げ、ハンナは堪えきれなくてふたりを抱きしめた。
 あまりにもぎゅうぎゅうと抱きしめたから、フランもサマーァも苦しいと言って、ちょっぴり笑った。
「止めを刺したい、とは言いません。あの子が――お姉ちゃんの敵が死ぬ場面に立ち会いたいだけ」
 本当は、自分の手で仇を討ちたいはずだ。
 けれどそんな技量が己にないことも理解して。
 だから見届けたいのだと、同行を願った。
「元より拙者たちはあの娘と再び相まみえる身」
 そこにひとり増えたとて大丈夫でござろう?
 如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が視線をぐるりとラサ支部に集うイレギュラーズたちへと向けた。サマーァと顔見知りの顔は顎を引いてくれている。
「皆……ありがとう。アタシ、危険なことはしないから」
 下がれと言われれば、ちゃんと下がる。いいって言われるまで手出しもしない。
 だからどうか、お願いします。
 叶うならば、姉がくれたナイフで一撃を――。

 市場に回った紅血晶は全て回収され、またイレギュラーズたちの尽力により『夜の祭祀』に綻びが産まれた。
 月の王宮の城門は、開かれている。
 今こそ攻め入り、紅血晶の『大元』を断ち吸血鬼たちを一掃する時。
 ローレットは月の王国掃討作戦を開始する――。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 紅血晶編もこれにて終幕。悔いなく参りましょう!

●成功条件
 『吸血鬼』モモの撃破

●シナリオについて
 物語も佳境。月の王宮へ殴り込みに行きましょう!
 吸血鬼達の大きな目的は『ラサを乗っ取る』事です。その為にはイレギュラーズを援軍の来ない月の王国内部に引き込み、烙印で仲間にし、その戦力を持ってラサを牛耳るべきと考えて居たようです。
 しかし、イレギュラーズたちからすれば城門開いててラッキー! です!
 モモの過去のことは皆さんは知らないので、気にせず元気に殴っていきましょう!

●フィールド:月の王宮
 月の王国に存在する王宮です。
 何処をとっても非常に美しく、絵画の世界を思わせます。
 モモは王宮内のとある部屋であなたたちを待っています。20m四方くらいの少し広い部屋です。フランさんと咲耶さんが参加していた場合、じきにモモはあなた方の『親』となるため「何だかこっちに呼ばれている気がする?」と感じることでしょう。

●フィールド特殊効果
 月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
 烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
 烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。

●『吸血鬼(ヴァンピーア)』モモ
 フランさんと昨夜さんを噛んだ吸血鬼です。見た目は幼い少女の姿をしています。元の見た目は不明ですが、吸血鬼となり名前を与えられた時から桃髪赤目な容姿になりました。
 モモは一度心が壊れているため、女王への心酔が強いです。言葉は通じないでしょう。男性、それから母親くらいの年齢の女性が好きではありません。
 強さは魔種相当です。桃色の花弁(血)を用いた広範囲の攻撃、様々な効果(BS)を齎す魔眼、高い再生能力を有しており、魅了等も得意です。『おともだち』を増やせます。
 怒りで突っ込んだりはしませんが、好物から食べる派(残しておくといつ取り上げられてもおかしくない状況で育ったため)なので好きなひとから倒していきます。お気に入りの子は意識を奪って生かし、仲間に。それ以外は殺そうとします。

●サマーァ・アル・アラク(シャファク)
 ラサの商人にして大商会『アルアラク商会』の孫娘。最近双子の姉を失いました。名前はどちらで呼んで頂いても大丈夫です。
 シャファクという名は両親を殺した盗賊団に与えられたもので、サマーァが両親がつけた名前になります。ずっとシャファクとして生きてきたため、拾われて本当の名を伝えられても、サマーァにはその名がしっくり来ていませんでした。生きるために盗賊団の行いに加担したことがあるので、そんな自分が名乗っていいはずがないと思っていたのです。
 一矢報いるために同行します。一撃与えられれば満足で、皆さんの指示に従います。止めを刺させる必要はありません。が、刺させることが叶った方が良い結果を得られます。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●サポート
 【サマーァ(シャファク)へのサポート】or【通常参加者へのサポート】が可能です。
 前者へのサポートは彼女を庇ったり、最後にバフを掛けたりできます。トドメを刺させるかどうかは通常参加者の意向によります。
 後者へのサポートは対モモになります。仲間の回復や一発殴りたい! など。
 いずれも行動一回程度のサポートが出来ますが、サポートは結果判定には関与しません。
 シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの皆様、敵を討ちに参りましょう。

  • <月だけが見ている>紅涙の睡恋花<くれなゐに恋う>完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月24日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC8人)参加者一覧(8人)

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ

●月をねだって泣く子どもたち
 満月を天に戴く王宮へイレギュラーズたちは足を踏み入れた。
 その途端、『烙印』を持つイレギュラーズたちの心臓はドクリと跳ねた。初めて来る場所なのにどこか懐かしいような、まるで此処が己の在るべき場所のような――そして此処に『仕えるべき主』が居るような……。
 主。美しい女王の姿を自然と思い描く。
「行かねェと」
「そうだね、行かないと」
「……どこにだ?」
 『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の声に、女王に焦がれるあまりに馳せ参じたくなっていた『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)と『無尽虎爪』ソア(p3p007025)がハッと息を飲んだ。
 今、何を考えていた――?
 此処は敵地で、気を引き締めねばならない吸血鬼たちの根城。それなのに、熱病にでも掛かったかのように頭がボーッとしてしまう。ふたりとも、帰るべき場所があるはずなのに。
「うーっ……やだ!」
 ソアが自身の腕を噛み、花弁が散った。誰もそれを止めはしない。正気を保つために必要なら、この場にいるイレギュラーズたちは誰もがそうするだろう。止めてくれた風牙にすまねェと告げたクウハも強く胸元に爪をたてた。
「フラン、平気? 咲耶も大丈夫?」
「……えへへ。うん、へーきへーき。あたし、結構強いって言ったでしょ?」
「うむ。拙者も大丈夫でござるよ」
 眉を下げたサマーァが、烙印のある『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)と『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)を案じた。
 勿論、ソアたち同様に『平気』ではない。焦がれるような胸の燻りは恋のようで、想う相手を強く思ってフランは耐え、咲耶は表面に出さぬように気をつけて奥歯を噛み締め、襟巻きに染み込ませた香水の香りに意識を向けさせた。
「フラン様、咲耶様」
 ふたりの様子を『シャファクの友だち』ハンナ・シャロン(p3p007137)は気にかける。ふたりの様子がおかしければ止めるつもりで居る。
(サマーァ様は……)
 不安そうなサマーァを見る。連れ合う仲間たちの中で誰よりも『一般人』な彼女は、様々な感情に揺れていることだろう。けれども其れ故に、サマーァを見守る目は幾つもともにある。彼女の事は信頼出来る仲間たちがしっかりと見てくれるだろうから、ハンナはフランと咲耶を気にかける。
「サマーァ、皆大丈夫だ」
「……うん、そうだよね」
 風牙に声を掛けられ、サマーァが頷く。フランは彼女の視界に入らないように隠した腕にぎゅうと力を籠めた。大丈夫だって手を握ってあげたかったけど、それは出来ない。水晶化した醜い腕は、きっと彼女を傷つける。
(だから、モモを倒して、ひいさま、も倒して――もう一度、その手を)
 倒したら、何をしよう。手を繋いでバザールを食べ歩き? ラサの衣装を皆で纏って、お化粧して、楽しく過ごすのもいいよね? ――それを現実にするためにも、前へ進むのだ。
「此処、でござろうか」
「……うん。あたしもそんな気がするよ」
 女王へ焦がれる気持ちとは別に、咲耶とフランは『呼ばれている』ような気がしていた。ふたりにとっては不愉快極まりないことだが、モモから『おともだち』と認識されているせいだろう。
「なあ、シャファク――いいや、サマーァ」
 この先に、モモが居るのだろう。フランと咲耶の言葉に誰も疑念を抱くことはない。扉を見据え、モモに会う前にと『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)がこれだけは約束してくれとサマーァへと話しかける。
「決して憎しみに囚われないでくれ。そんなお前は見たくないんだ」
「アルヴァ……うん。お姉ちゃんのため、だよ。お姉ちゃんが心配しないように」
 いつサマーァが危険にさらされるか解らず、サマーァの友人たちも危険な状態とあっては、優しい姉はモモが生きていては安らかに眠れないことだろう。憎しみが湧いてこないと言えば嘘になる。けれど姉のことを考えたいとサマーァはアルヴァの目を見た。
「よっし、サマーァ。オレも全力で協力するぜ! 一緒に仇をぶっ潰すぞ!」
「要はやられたらやり返すって話でしょ?」
 風牙に続き、『煉獄の剣』朱華(p3p010458)が任せなさいと勝ち気な笑みを見せる。
「あんたが一撃与えるだけのタイミングは私達が必ず作ってみせるわ。だからそれまでは私達の戦いを見ていなさい」
「そうですよ、サマーァ様。しっかり私を見ていてくださいね」
 あなたの友達が強いってこと、しっかり見せてあげます!
 朱華の横でグッと力強く剣を握るハンナに、フランも大きく頷いた。
 イレギュラーズたちはサマーァにとって英雄(ヒーロー)だ。物語に出てくるように全てを解決してくれる訳ではないことも先日知ったけれど、それでも英雄であることには変わりない。強くて頼りになる彼等が『ひと』であることも知っている。見本とすべく、手本とすべく、サマーァはその戦いを見届けるつもりで立っていた。
「行くでござるよ」
「ああ、灸を添えてやろうぜ」
 咲耶とクウハが扉を押し開いた。

 豪華な広い部屋に、ポツンと小さな少女がいた。
 扉前に着ていることを知っていたのだろう。驚きをあらわにすることもなく、入ってきたイレギュラーズたちを見てにっこりと笑みを浮かべた。親しい友人に会ったような、そんな笑みを。
「おにいちゃん、おねえちゃん、来てくれたんだ。うれしいな」
「やっほーモモ、元気そうだね」
「おねえちゃん、ほっぺがあかいけど……だいじょうぶ? ……ひどいことをする人がいるなら、モモがやっつけてあげようか?」
 フランが誰かに打たれたとでも思ったのだろう、モモの声が剣呑さを帯びる。
「いい。自分でやったの」
「どうして?」
 女王へ焦がれる気持ちに抗うためだ。けれどそれを告げたって、モモは不思議そうな顔をすることだろう。
「初めましてね、吸血鬼。アンタに終わりを届けに来たわ」
「しらないひと。おわりってなに? ここではよるさえもおわらないの。おねえちゃんもモモのおともだちになってくれれば、ずぅっとおわりがこないわ」
 それってとっても素敵なことでしょう? 女王を愛し、皆で幸せに暮らすのだとモモは嬉しそうに語る。
 女王の話をされると、咲耶、フラン、ソア、クウハの四名の中で焦がれる気持ちが膨らんだ。ああ早く、自分もモモのように拝謁したい――と。
「悪いが、オレは友達にする相手は選ぶんだよ」
「話にならんな。……サマーァ、何を言われても耳を傾けちゃダメだぜ? それから目も見ないほうがいいかもな。アレはよくないものだ。俺の後ろに居ろ。全部守ってやる」
「全力全霊をもって叩き潰してやるよ、モモ!」
 風牙が仲間たちの前にたち、アルヴァはモモからの斜線を遮るようにサマーァの前に立つ。赤い髪と金の髪を揺らし、朱華とハンナも風牙の傍らで獲物を握った。
「聞いてた通り結構ヤバい感じね。アンタたちしっかりしなさい! いくわよ!」
「私は私の守りたいものだけを守り、敵は全て斬り捨てます」
 大切なものを守るためならば――冥府魔道、是非も無し。
「アンタのことは何もしらないけど」
「それならほうっておいて」
「でもそういう訳にはいかないのよね」
 仲間たちと入れ替わるように踏み込んだ朱華は容赦なく殺人剣を振るう。小さな身体で受け止めたモモは「おねえちゃんもモモはすきなのになぁ」と悲しそうだ。
「そんな顔したって無駄だ、モモ」
 ここにはお前を思ってくれるやつなんていない。
 風牙ははっきりと言ってやる。
 誰もがここに、お前を殺すために来たのだ。
 複数人が真剣に挑まねまならない吸血鬼(ばけもの)。
「お前はどうしようもない邪悪で、障害で、仇だ」
 熱くなりそうな心を抑え、此処で確実に仕留めるべく残像を伴いながら果敢に攻め立てた。
「貴様なんか……大っ嫌いだこの馬鹿野郎ーー!!」
 ターゲットになることも恐れず、ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が自身の出せる最高火力を放つ。他の皆がサマーァを守り切ってくれることを信じ切っているからこそ行えた。
(くっ……意識が混濁していまいち戦いに集中出来ぬ。烙印の狂気、恐るべし。体も満足に動かぬし堪えてもいつまでもつか……!)
 女王への崇敬の念は、モモを攻撃してはいけないと告げているようだった。接敵して切り込もうにも刃が己に向かうのを必死で押し留め、けれどそれでも。それでも、咲耶は抗い続ける! こんなもので、誰かに植え付けられた気持ちで、己が信念を違えはしない、と!
「おねえちゃん、ひいさまのことすきになってるでしょ? ねえ、モモをいじめるのはやめて?」
 悲しそうに眉を寄せ、モモが咲耶の意識を刈り取らんとする。『おともだち』は皆眠らせておけば、目覚めた時には女王のしもべとなるのだから。
「難儀なもんですの、烙印とやらは。ですが、多少なりともお役に立てたようで何より。今の内に立て直して下さい」
「……おにいちゃん、じゃましないで」
 しかし、その攻撃を物部 支佐手(p3p009422)が引き受けた。
「――っ、く!」
「支佐手殿!」
「……咲耶殿、そのまま真っすぐ進んで下さい!」
「忝ない!」
 咲耶でないのなら手加減はいらない。支佐手を始めとした『おともだち』以外をモモは容赦なく吹き飛ばして自身から離れさせる。
「……モモ殿、主従とは何でござろうか」
「……?」
「忠義とは盲目に従う事にあらず。もし主が過ちを犯すのならば止めるのが臣下の務め」
 身を低くして駆けた咲耶が確殺自負の殺人剣を振るい、モモに理解し難い言葉もあってかモモは幼い顔をぎゅっと歪めた。
(伝わらぬであろうな)
 解っている。盲目的に絶対的な保護者を求めているモモとは、在り方が違う。
(ニルがシャファク様……サマーァ様のためにできること)
 みんな、戦っている。モモの動きは素早くて、イレギュラーズたちでさえ翻弄される動きだ。到底サマーァでは追えまい。だからニル(p3p009185)は杖を掲げ、みんなの、そしてサマーァが一撃を与えられるようにと泥の魔法を行使した。

 ――コイツらをお友達にしたいなら、先ずは俺を殺してみせな。
 そう言って『おともだち』を狙ってくるモモの前に、クウハは率先して身を挺した。風牙よりも素早く動くモモの瞳を狙うのは難しく、身に受ける一撃一撃も重い。
「く、ぁ……!」
 クウハの身体が悲鳴を上げた。大量の花弁は、出血の証。
 水晶化した身体にはヒビが入り、今にも砕けてしまいそうだ。
 ……砕けてしまったら、どうなるのだろう。魔法で治せるのだろうか。
 恐ろしい考えが浮かんで、佐倉・望乃(p3p010720)が悲鳴を上げた。
「っ、クウハさん!」
「……おいらの大事な友達まで勝手に連れていかれたら困るんだよ」
 合わせてとフーガ・リリオ(p3p010595)に言われ、望乃は『Roseate』を揺らした。これは行くべき道を照らす力。「ああ、Sunshine」とフーガも願う。その導きの光を、親愛なる友にもお与えください。帰るべき場所へ帰るために、前へ進むために、今一度彼に立ち上がる力を。
「……わりぃ」
 世話をかけたと短く告げ、クウハは立ち上がる。
「もう、どうしてモモのじゃまをするの」
 烙印が進行しているのだから、クウハにもどれだけ女王が優れているか解るはずだとモモが頬を膨らませた。
「モモ、オマエはいいコだよ」
「そうでしょう?」
 わかってくれた! とモモは笑みを浮かべる。
 けれどもクウハが攻撃をやめてくれなくて、モモはやっぱり悲しくなった。
 みんなみんな、モモのじゃまをする。攻撃でBS解除できるようにしていても、それでもじゃまなものが足を引っ張る。すぐに治る傷もどんどん治らなくなって、身体は傷だらけ。これでは愛してもらえないと、モモは悲しくて仕方がなかった。
「だめだよ、あたしがいるんだから他の子じゃなくて、あたしを見てなきゃ」
 親しげな声を心掛け、クウハへと癒やしの力を飛ばしたフランがモモを見て笑う。ハンナとソアが挟む形で攻撃を打ち込み、動きがかなり鈍くなったモモが悲鳴を上げた。
「うぅ……おともだちなのに、おねえちゃんやさしくない」
 悲しげに言葉を零したモモは「でも」と他所へと視線を向ける。
「サマーァおねえちゃんはやさしいよね」
「サマーァには手を出させないって、何度言ったらわかるんだ」
「わかんない! おにいちゃんきらい!」
「俺のことは嫌いか?だろうな、俺もお前のことが嫌いだ」
 モモはサマーァとフランと咲耶だけは絶対に欲しいのか、三人を執拗に狙った。故にイレギュラーズからすればある程度の動きが察せるようになる。サマーァの前から一歩も退かず庇いに徹するアルヴァはさぞかしモモにとって邪魔だっただろう。
 回復に特化したフランが、それでも足りずに膝をつく者も居たけれどパンドラで立ち上がり、フーガと望乃が支えた。

 モモから距離を置く度、イレギュラーズたちはサマーァへと声を掛けていた。
「お前が今どんな感情を抱えていようと、オレはそれを肯定する」
 一言言い置いて、風牙が駆けた。風を纏うような素早さで、細い体が流れるように動いてサマーァの視線を釘付けにした。
 その頃には随分とモモの動きは鈍くて、苦しそうだった。けれどサマーァも同情しないし、同行している誰もが手心は加えない。
「助けてあげられなくてごめんなさい、ずっと辛かったよね」
「……っ!」
 モモに組み付いたソアが締め上げ、耳元へ落とされた言葉に赤い瞳が見開かれた。
 色んなところが痛くて苦しい。みんなモモとはおともだちになってくれないって言う。悲しい。寂しい。愛されたい。パパとママがくれなかったぬくもりが欲しい。
 そんなモモに、モモを苦しめるものだとしても、組付は確かな抱擁だ。モモはソアが欲しくなる。けれど彼女は既に誰かの『お手つき』である香りがして、モモはこの上なく悲しくなった。
「モモの、に……なってくれない、のに」
「奪うばかりのお主に、真の友など出来ぬでござるよ」
「次生まれ変わった時はお友達になれるといいな」
 ソアが離れても、モモはもう動けない。苦しげに眉を顰め、赤い瞳から真紅の花弁を零し、それでも力を振るおうとする身体に咲耶とクウハは命を奪いきらない一撃を丁寧に叩き込んだ。
「サマーァ、そろそろだ」
 いけるな、とサマーァの前に立つアルヴァが告げる。
 ――うん。
 大丈夫と告げたつもりだけれど、サマーァの声は出なかった。
「憎んで殺すんじゃない。可哀想な存在に終止符を打ってやるんだ」
 ――解ってる。大丈夫。
 なのにどうしてだろう。サマーァの手は緊張に震えた。出来るかな、という気持ちが強い。モモは咲耶にもモモにも烙印を付与した吸血鬼。たくさんのイレギュラーズたちが助けてくれて、やっと倒せる。
(それなのに、もし止めを刺せなかった皆が危険に――)
 震える手に、そっと熱が触れた。
「大丈夫、みゃー」
「必ず届くよ」
 祝音・猫乃見・来探(p3p009413)とウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)もその時に備えている。
「行きなさい、サマーァ!」
 朱華の慈悲を籠めた一撃で、モモの体は大量の花弁の中に崩折れた。零した分の血が欲しいだろうに、モモにはもう立ち上がって牙を突き立てる力もない。
「お待たせしました、サマーァ様!」
 さあ、良い一撃を!
 刻は成った。ハンナがサマーァの手を引いて、送り出す。
「サマーァさん……今!」
「天国の姉にオマエの覚悟を見せてやろうぜ。何があろうと必ず乗り越えて生き延びてやるってな!」
 道を譲ったソアとクウハが声を掛け、サマーァの前方をギリギリまでアルヴァが駆け、最後まで気を抜かずに庇い抜く。
「落ち付いて。大丈夫、俺らがついてるぜ」
 きっと早鐘を打っているだろう少女の心が逸らないように言葉を残し、道を譲った。
「サマーァさん……いってらっしゃい。みゃー」
「行っておいで、サマーァ。シャムスの分まで思い切りやってきな」
「今、です。サマーァさま……! 終わりに、しましょう」
 アルヴァがサマーァの可能性を高めると、彼女が前に進める事を祈りながら祝音が、可愛い妹『たち』の戦いを見守っていたウィリアムが、一緒に泣いてしまいそうなのをぐっと堪えて立っていたメイメイ・ルー(p3p004460)が、同時にサマーァの背を押すべく力を奮った。
「みんな……!」
 声に、温かな光に、満ちる力に、背を押される。
(体が……羽根のように軽いっ!)
 沢山の気持ちに、サマーァは泣きそうになった。
(でも、ダメ。まだ、ダメ。皆の気持ちを無駄にしないように……!)
 振り返るのも泣くのも、全て終わってからだ。あとは真っ直ぐに進むだけ。真っ直ぐに進んで、ナイフを突き立てれば良い。
「サマーァさ――サマーァちゃん、いっけー!」
「あああぁああああああぁぁぁあ!」
 地面を強く蹴って飛び上がり、蹲るモモへと両手で握ったナイフをイレギュラーズたちから得た渾身の力以上の力で突き立てた。お姉ちゃんの仇とか、さよならとか、そんな言葉は考えられなかった。目から勝手に零れ落ちた雫を散らしながら、ただ激情が音の形となって喉奥から溢れた。
 ナイフがモモの命を閉ざさんとする。
「あはっ」
 されど喪われる直前、モモはサマーァを間近に見て笑った。
「これ、で……モモのこと、ずぅっと……わす、れ……られない、ね?」
「モモ……! お前!」
「聞くな、サマーァ!」
 愛おしそうに、嬉しそうに。掠れた声で零される言葉は呪いに等しい。
 ――刺しきれなかったか!?
 風牙とアルヴァが仕留めんと前へ出る――が、最後に微笑みを浮かべたモモの体は、灰のように崩れて消えていった。
 サマーァはモモにナイフを突き立てた姿勢のまま動かない。
「サマーァちゃん!」
 フランが駆けた。
「サマーァ様!」
「サマーァさま……!」
 彼女の気持ちを思えばすぐにでも抱きしめたくて、ハンナもメイメイも真っ直ぐに駆けていく。仲間たちもみな、モモの死を確りと確認し、見守っていた。復讐が虚しいものであることを、幾人かは実体験で知っている。胸を満たすものはそれぞれ違うだろうが、サマーァの中で渦巻く感情に理解をしめさんとし、ただ見守った。
「アタシ……」
 サマーァが立ち上がらずに振り返る。
 唇が震えて言葉が紡げないのか、何度も言葉を発そうとしていた。戦慄く唇が何度もアタシと紡ぐのを「うん」とフランが聞いて、今にも落としそうなナイフをハンナが手から抜き取り、咲耶がそれを預かった。
「……アタシっ、もう、泣いて、いいっ、かな」
 涙は既にボロボロと零れ落ちてしまっている。でも、ずっと我慢していたのだ。泣かないようにって決めていたのだ。誰かにいいよと言ってもらいたかったのだろうことを察して、フランが一緒に涙を零しながら頷いた。
「うんっ、うん!」
「サマーァ様、よく頑張りましたね」
「何度でも泣いても良い、そして強くなられよ。お主の姉もそう望んだ様に」
「ああ、ああぁぁ、おねえ、ちゃ、アタシ、アタシ……っ」
 堪えようと我慢をしていた瞳がぎゅうと閉じられた。大粒の涙がボロボロと頬を伝い、サマーァは――復讐を果たした妹は、子どものように声を上げて泣いた。

●砂漠の睡恋花
 皆にたくさんの傷を負わせてしまって悲しいのに。
 ごめんなさいとありがとうを紡ぎたいのに。
 アタシの喉はお姉ちゃんへの思いを叫んでいる。

 ――そらとたいようは、毎日いっしょ。

 顔も知らぬ母は、とある絵本のその一節が大好きだった。
 アタシは母のことを何も知らないのに、好きだった。
 お姉ちゃんも好きで、親子と双子の繋がりなのかなって嬉しかった。
 けれどもう、ふたりともいない。
 お姉ちゃん、大好きなお姉ちゃん。アタシ、ちゃんと仇を取れたよ。
 みんなの力でだけれど、ちゃんと出来たよ。
 だから――もう心配いらない。安心してゆっくり眠ってくれる……?

 サマーァ(空)は、シャムス(太陽)を思って涙を零した。
 空が太陽を思って涙を零す時、その涙は――
(空はあなただったんだね、サマーァちゃん)
 桃色水晶の腕に跳ねた熱い雫は、蓮型の薄紅色の結晶へと変わっていた。

成否

成功

MVP

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの

状態異常

新道 風牙(p3p005012)[重傷]
よをつむぐもの
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)[重傷]
夜砕き
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮
クウハ(p3p010695)[重傷]
あいいろのおもい

あとがき

前回のサマーァは自分のために泣き、今回は姉のために泣きました。
サマーァにとって良い結果であったため、彼女のギフトは変化し『砂漠の睡恋花』となり、彼女はこれからもイレギュラーズたちと共に前を向いて歩いていきます。
今回と前回お世話になったイレギュラーズたちへのお礼もしたいようなので、気が向いたら遊んであげてやってくださいね。

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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