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シナリオ詳細

<天使の梯子>あなたの覚悟と私の傲慢

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●信念は変わらず、形は変わり
 『リーベ教』教祖リーベは、元は薬師の女である。
 過去の事件が切欠で、彼女は『死こそ救済である』という信念を掲げ、手遅れの者や絶望に満ちた者へ死という救いを与え回った。
 どうにもならなかった身内を死で救ってくれた、などといった恩義からリーベを慕う者は次第に増え、ついには誰がつけたか『リーベ教』にまで発展し、彼女を教祖として崇め奉った。
 さりとて、彼女は新興宗教を起こしたいわけではなかったし、正直に言って崇められるような存在では無いと思っていた。
 だけど、慕ってくる者達を無下には出来ない。彼女のその優しさが彼らを生かし、今に繋がる。

 しかしながら、自分は優しくなどなく、傲慢であると自負している。
 絶望に苦しむ人に死を与えるなど、優しさではなく傲慢以外の何があろう。

 ――――そうだ。傲慢でしかない。

(ええ、そうね。傲慢だわ。でも、それが私)

 ――――ならば、もっと求めよ。

(そうよ、探すわ。絶望に満ちた人々を。救いを求める人々を)

 ――――傲慢を、受け入れよ。

(受け入れましょう。あなたの声を。私は、傲慢の――――)

 そして、彼女はくるりと回る。
 ステップを一つ踏んで、ソレに堕ちた。



 靴音を鳴らす。
 白のフード付ローブを羽織った女性は、セミロングに切りそろえられた茶髪を揺らして歩く。
 口元に妖しい笑みを浮かべた彼女が辿り着いた先は、壇上が用意された小さな広場。
 壇上に上がれば、彼女を慕う者達が傅き、祈りのポーズを捧げる。
 そんな彼らを見下ろして、リーベは口を開く。
「歴史は正しくあらねばならない」
「はい」
「今の世界は主が定めし歴史を歪めている」
「はい」
「今こそ悪魔達に天罰を与えましょう。私達の手で歴史を修復するのです」
「はい!!」
 威勢の良い返答に、リーベが「良い子達ね」と笑う。
 妖しく笑った彼女の瞳は、以前よりも狂気に侵されていた。

 さぁ、来るなら来なさい、イレギュラーズという悪魔達。
 あなた達が歴史を歪めたせいで、数多の命が死という救済を望むに至った。
 ならば、歴史の修正を。
 もう誰も、死という救済を望まない世界に。


 天義の騎士団の一つが狙われている。
 少し開けた街道へ出向いたという騎士団の情報を得たイレギュラーズが、その騎士団の元へと辿り着いた時、目にしたのは黒衣の騎士達を従えるリーベの姿だった。
 団長と思われる一際異なる鎧を纏う黒衣の騎士。彼の周りには怪我を負った多くの騎士達が転がっている。声があるのでまだ息があるようだ。
 斬られた傷口を押さえながら痛みに呻く声。立っている黒衣の騎士達が持つ剣や槍にて鈍く光る色は鈍色ではなく毒々しい紫の色。何かの薬を塗った剣だと分かる。
 苦痛の声で満たされる空間の中、リーベはイレギュラーズの姿を見つけて顔を顰めた。
「あら、嫌ね。邪魔者が来たわ」
「……何やってんだ! リーベ!」
 そう宣った彼女に、真っ先に噛みついたのは松元 聖霊(p3p008208)だった。
 白いフード付ローブに身を包んでいるのは変わらないが、変わった点があるとしたら雰囲気だろう。
 スリットの入った白い服から覗く足。妖しく微笑む顔。
 はて、彼女はこのような人物だっただろうか。
(これではまるで、反転したかのような……?)
 エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が眉を顰め、だが確証は無い為口には出せず。
 彼女が纏う白い衣服は、その場の皆の目を引いた。
 純粋なる黒衣を纏った騎士達とは真逆の色。それはまるで。
「まさか……『遂行者』になったのか?」
 推測を質問の形で問いかけるイズマ・トーティス(p3p009471)の言葉に、リーベは微笑みを崩さぬまま答える。
「そうよ。ご明察。
 改めて、自己紹介させて頂くわ。この度、『遂行者』としての使命を帯びる事になりました。
 リーベ教教祖にして薬師、リーベと申します。皆様どうかお見知りおきを」
 ローブの裾を摘まみ、仰々しく一礼をしてみせるリーベ。
 彼女の自己紹介を聞いて、キルシェ=キルシュ(p3p009805)が叫ぶ。
「なんで! どうしてですか、リーベさん!」
「どうして、ですって? 相変わらずおめでたいわね、お嬢さん。
 この世界は正しいはずの歴史を歪めた。数多の命が死という救済を望むようになったのがその結果だというのなら、修正しなければならないでしょう?」
「その救済を自らやってきたのはてめえだろう!」
「ええ、そうよ。誰も出来ないなら私がやるしかなかった。言ったでしょう。『生きていても、治しても、それで救えないなら、死で救うしかない』って」
「それがどうしてこうなったんだ、リーベ」
「数多の命が死という救済を望むのが歪められた歴史の結果なら、修正すべきだと思っただけよ。
 修正した世界で、出来るだけ死という救済を求める命が減るように」
「……リーベさん。あなたのそれは、違う。それは……」
「欺瞞? 偽善? どうとでも言えばいいわ。
 私とあなた達はそれぞれ違う。互いに傲慢で、でも信念は違う。ただそれだけの話よ。
 ……ねえ、出来れば回れ右をしてくれないかしら? 私、無駄な戦いはしたくないの。この子達と一緒にそこの団長さんを殺して、歴史の修正を進めたいの」
 リーベの提案に、イレギュラーズの返答は簡潔明瞭。
 武器を持って戦う構えをとってみせた。
 それを見て遂行者は嘆息する。
「仕方ないわね。私の愛しい子達、お相手なさいな。ああ、可能ならそこの団長さんも狙ってね?」
「Fい」
「6jTせを」
 解読不能な言葉を話す黒衣の騎士達。『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』だろうか。
 それであれば、戦えば元に戻るはずだが、果たして殺める必要の是非はどうなるのか。
 イレギュラーズが団長に問えば、彼は迷わず返答した。
「彼らは私の団にいつの間にか潜入していた者達だ。殺生は問わない」
 どうするかは自分達の心次第。
 その提示に、得物を持つ手に力が入る。
 ローブの裏から薬品をいくつか取り出して、リーベが笑いながら叫ぶ。
「うふふ! さあ、今日は殺し合いましょう?」

GMコメント

 久しぶりのリーベの登場です。
 どうも彼女の様子は以前と違うようですし、従えている者達も以前より強くなっているようですし、。『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』のようでもあります。
 彼らの殺生に関しては、騎士団長の言う通り、生死は問いません。生かすも殺すもイレギュラーズ次第です。
 そんなわけで、はい、まいりましょう。

●成功条件
・騎士団団長の生存
・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』の黒衣の騎士達を全て処理する

(大成功特別条件)
・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』を全て正気に返す

●敵情報
・リーベ
 『リーベ教』教祖にして薬師。
 今回、『遂行者』となってイレギュラーズの前に姿を現わした。
 ローブの下に多くの薬品を所持。黒衣の騎士達への援助、もしくはイレギュラーズへの妨害が予想される。
 歴史の修正のために、騎士団長には死を。
 リーベと共に行動する黒衣の騎士達は、彼女にとっての可愛い子達。

・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』(黒衣の騎士達)×二十人
 剣や槍を主な武器として扱う者達。
 今回、騎士団に潜入し、団長を狙って行動していた。
 【毒系列】の薬を槍の身や剣身に塗っていると思われる。
 事前にリーベから筋力の強化や【毒無効】を得ている。
 リーベに絶対的な忠誠を誓っている。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <天使の梯子>あなたの覚悟と私の傲慢完了
  • GM名古里兎 握
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
皿倉 咲良(p3p009816)
正義の味方

リプレイ

●汝、その隣人の命奪う事なく愛せよ
 鈍い音が響く。
 イズマを狙った剣は、彼の持つ細剣で力を正面から受けずに流される。
 己が名を名乗り敵の注意を引きつけた彼に加勢した迅も、至近距離からの拳で敵を地面から浮かせた。
 天義の騎士に扮した黒衣の騎士。その剣が彼に傷を負わせるも、毒までは与えるに至らず。何故、と考える前にその騎士の意識は刈り取られ、地面に伏す事となる。
 別の騎士がイズマへと肉薄するのを、ヴァイスが放った一筋の光が阻止する。たたらを踏む騎士に、イズマの呪いが与えられた。足元から次第に石化していく騎士の顔が恐怖に歪む。その呪いは一人だけではなく、周囲にいた敵騎士達にも及び、同様の表情が浮かんでいた。
 彼らに向けて、静かに告げる。
「安心してほしい。暫くの間だけだ」
 先頭に置いて安心とは如何なるものか。
 矛盾しているな、と胸中で独りごちると、すぐに次の標的へと移る。今回の戦いでは不殺を貫くと決めた。その為にも休まず動き続けていかねばならない。
 少しでも早く彼らを無効化し、リーベとの対話に臨む為にも。
 視線を移すと、エクスマリアも別の敵騎士に肉薄するのが見えた。
 彼女が傷を負っても、キルシェが癒やす。紡がれた福音がエクスマリアを包む。
 キルシェは常に前衛の真ん中に立っていた。仲間の位置を確認した上で移動し、癒やしの慈雨を降らす。仲間達に贈る前に、彼は既に倒れている騎士達を癒やしていた。彼女が祈って降り注いだ陽光によって、黒衣の騎士達は呼吸が少し楽になった。
 少女の碧眼は、常に天真爛漫といった明るい色を放っていたが、今この時は違う。表情は険しく、視線も厳しいものとなっていた。覚悟を決めた者の顔を浮かべている少女は、胸にリーベへの思いを抱いている。
 リーベには生きていて欲しかった。彼女に、初めに目指した方法で人を助ける道を歩いて欲しいと願っていた。
(でも、その結果が遂行者になってもっと沢山の人を死なせるなら……ルシェは……リーベお姉さんを今度こそ止めます!)
 その決意を持って、彼女は癒やしを与えて回る。
 終わった後のリーベとの対話に希望を持って。
「3k方のQめI!」
 理解できない言語を紡ぐ敵騎士がヴァイスを狙う。正面からやってくる標的にもう一度光を放ち、よろめかせる。
 そこを迅が突く形で拳を当てた。鳳を墜とす程の一撃は騎士を地面に沈めていく。無論、命は奪っていない。
「怪我はありませんか?!」
「大丈夫よ。ありがとう」
 短い応酬の後、迅は別の騎士へと移動する。それをヴァイスが援護する形で攻撃していく。
(とはいえ、こうやって言葉が通じたりしなかったりするのは、ちょっと困っちゃうのよね)
 相変わらず敵騎士達は理解できない言語を喋る。普通に話が出来るのならば対話という試みも出来るのだが、この状態では会話が成り立たないだろう。
(あっちはどうなってるかしらね?)
 イズマのおかげで引きつけてくれている敵騎士達を見つつ、視線を一瞬だけ後方へと移す。
 リーベと何人かの敵騎士達が騎士団長を狙っていた。
 そこで彼を護っているのは、咲良と聖霊、リュコスの三名だ。
 騎士団長を護るべく前に出ている咲良の姿を見て、ヴァイスは己の役目に専念する。
(あれくらいなら、大丈夫かしらね。危険な時は援護しましょう)
 そう決めて、彼女は再び光を放った。

「はぁっ!」
 咲良が腹の底から声を出す。全身全霊でもって吐き出したその喝は、目の前の敵へと見えぬダメージを与えていく。
 真っ直ぐに突き進む動きで、敵騎士達やリーベの怒りを買う。
 リーベは鋭い視線を咲良に向けて、溜息を零す。
「憎らしいわね、あなた」
「どうも! 正義の味方な以上、褒め言葉と受け取っておくよ!」
「褒めてないわよ」
 フードの裏から薬袋を一つ取り出す。どれも同じように吊るされているが、彼女にはどこに何があるのかが分かるのだろう。迷わず選んだそれから出した粉末を己が手足の騎士達へと振り掛ける。
 咄嗟に口と鼻を袖口で覆い、距離を取る咲良。
 そこへ騎士が剣を振る。気付けば足を踏み出した際の速度は先程よりも上がっており、咲良も反応をギリギリで避けられたといった体だ。
「あら、うまく避けたわね」
 笑うリーベ。彼女は自分のすぐ側に控えていたゼノグロシアン数名に声を掛けると、騎士団長へ向けて歩き出す。
 庇うように前に立つリュコスと聖霊。
 二人を見て、リーベの口元が上がる。馬鹿にしたような笑みを浮かべて、口を開く。
「どいてくれないかしら? あなた達で太刀打ち出来るの?」
 返事は、リュコスの呪鎖が敵騎士の一人を縛り付ける攻撃だった。
「進ませません」
「ふぅん? でも、私は進むわ。そこの団長さんを殺して少しでも歴史の修正をしなければならないもの」
「はっ、騎士団長を殺して歴史の修正ねぇ?」
 聖霊が嘲笑う。それから、冷たい目で彼女を見つめた。
「前から筋金入りの馬鹿だとは思ってたが……堕ちる所まで堕ちたな、リーベ」
 軽蔑の言葉を言い放ち、彼女の反応を見る。
 ただ静かに聖霊を見つめる瞳を見つめ返しながら、言葉を続ける。
「確かに救えなかった生命はある。
 歴史ってのはそういった生命がかさなって積み上げていくもんだ。
 医学の進歩で昨日は救えなかった生命は今日は救える。そういうもんなんだよ」
「だから?」
「自ら死を願う世界は間違ってる。
 そこに異論はねぇし、俺もそう思う。
 だがな、人を手にかけようとした時点で、お前は『人を救う』ことは出来やしねぇんだ」
 断言した最後の言葉に、リーベの眉が動く。
 無言で彼女はローブの中に手をかける。取り出した物を聖霊達に向けて放ち、そしてそれは一筋の光によって遠くへと飛ばされた。
「悪いが、させない」
 術を放ったエクスマリアが静かな声で告げる。
 敵騎士達と対峙しつつもリーベの動向を探っていた彼女の咄嗟の行動は、リーベから少しばかりの余裕を奪う事に成功した。
「リーベ。悪いが、マリア達がその愚行を止めさせてもらう」
 エクスマリアの言葉に呼応するように、リュコスが再び呪いの鎖を自在に動かす。
 騎士を縛り上げ、無力化していく。
 気付けば、他の仲間達も少しずつこちらに集っている。地面には沈む敵騎士達の姿があった。気絶している者も居れば、気絶とまでは行かないが体力を限界まで削り取った者も居る。
「ちっ」
 次の薬品を可愛い子達に振る舞おうとするも、その手がヴァイスの光によって阻まれる。痛みから手を押さえたリーベに、迅が肉薄する。
「失礼します!」
 わざわざ告げて、彼は拳による一撃を彼女の腹部に叩き込んだ。

●汝、対話の果てに願う覚悟はあるか
 ゼノグロシアンの全てを正気に返すべく奮闘した結果、地面に倒れ伏している者以外は立って剣を構えていた。彼らがリーベから離れる事は無く、それどころか、護る姿勢を変わらずに貫いている。一部では、倒れた者を担ぎ上げるのも見られた。
 彼らの姿勢を見て、ヴァイスは嘆息する。
「戦闘は少なく済ませたいのだけどねえ」
「もう一度、一撃を与えますか? そうすればある程度は……」
「いや、止めた方がいい。俺達は今回、殺し合いをしに来たわけじゃない」
 拳を握る迅のそれをイズマがそっと手で押し返す。その赤い瞳はリーベの動向を注意深く見つめていた。
 彼女は腹部を押さえながら、側に控える騎士を支えに立ち上がる。自作の薬を飲み、呼吸を少しずつ落ち着かせていく。
「……結構効くわね、そこの男の馬鹿力は」
 漸く絞り出した第一声はそれであった。彼女の視線が一瞬迅を捉えるが、顔に浮かぶのは嫌悪感。
「あんまり女の腹を殴るものじゃないわよ。モテないでしょ、あなた」
「モテるかどうかは今話題ではありません」
「そういう話をしてるんじゃないわよ」
 リーベがますます顔を顰める。「何か話が悪かったですか?」と迅が視線で仲間に問うが、返ってきたのは溜息だけだった。
 それよりも、と騎士団長への守りを維持しつつ、リーベを含めた敵の集団の動向を見守る。
 すぐに動くような様子も見られない。注意深く見ないとわからないよう、後ろに少しずつ下がっていくのを見て、撤退の準備を悟る。
 リーベが彼らの動きを支持しつつ、イレギュラーズを一瞥する。
 彼女の視線を受けても怯む事なく、キルシェが彼女に語りかけた。
「ルシェたちが、遂行者になるまで追い込んじゃったの……?」
「は?」
「……違うんですか?」
「全く違うわね。見当違いもいいところだわ。私は自分の意志で遂行者になったのよ」
「でも、今ならまだ戻れるんじゃないですか?! 思い出してください、リーベお姉さんが薬師を目指した時の気持ちを!
 一緒に帰って、今度こそ人の笑顔を守れる薬師になりましょう?」
「……吐き気がするわね、あなたのその聖女らしさは」
 顔を歪ませ、吐き捨てる。キルシェを睨みつける視線にも、彼女は怯まない。リーベが戻れると、本気で信じている顔をしている。
「戻れる事なんて出来やしないのよ」
 言い切った彼女の言葉の真意は何か。
 それを問う前に、咲良が呟く。
「矛盾してる……。ねえ、歴史を修正しようとしてるんでしょ。なんで自分自身が戻れないと言い切ってるの」
 彼女の言葉にリーベの目が見開いた。
 追撃するように言葉が続く。
「分かってるんでしょ。歴史は修正するものじゃないって。歴史は、これからアタシ達みんなが作っていかなきゃいけないものなんだよ!」
「黙りなさいよ!」
「アタシには医学の事は分かんないよ。でも、あなたは確かに、死が救済と思ってる人や実際にそうだった人達もたくさん救ってきたんだと思う。それは確かに傲慢かもしれないけど、救いたいって思うのは一種の優しさでもあるんだよ」
 咲良に返す言葉を発しないリーベに、イズマが「咲良と同意見だ」と前置きをした上で言葉を紡ぐ。
「歴史を修正して無かった事にするのは、まるで麻薬で忘れさせるだけのような上辺のやり方だ。……貴女はそれで失敗したから今に至ったんじゃないのか?」
「失敗? どこが失敗だというのよ」
「全部だ。失敗した方法を繰り返して。救えなかった死を知り、死は戻らない前提に立ちながら、過去から捻じ曲げようとする?
 そんな矛盾で上手くいくはずがない!」
「うるさい! 私にとってはこれが『正しい道』なのよ! 歴史を修正すれば、今まで救いたくても救えなかった人達を助けられるはずなのよ!」
「それは違うな」
 反論しようとするイズマを抑えて、エクスマリアがハッキリと告げる。
 彼女は睨みつけるリーベの視線を真っ向から受け止めて、リーベに無慈悲の言葉を届ける。
「仮に、正しい歴史などというものがあるとしたら……既にある今がそう、だ。リーベが行った過去の正しさも過ちも、全て積み重なった、『正しい』歴史。
 それを、なかったことにしたい? それは、傲慢とさえ言えない妄想でしか、ない」
「なんですって……」
「救うためでもなく、下らない妄想のために命を奪おうとしている自分に、気付け」
 エクスマリアの言葉に、リーベは「くだらない?」と顔を歪ませる。
 己の信じるものを否定されて怒りに染まらぬ者など居ないだろう。リーベも例に漏れず。
 静観していた迅が、ぽつりと呟いた。
「修正されたところで、どうせまた違う人の違う苦しみが広がっているだけです」
 聞き捨てならぬと、リーベの視線が彼を見る。
 怒りを孕んだ視線に怯む事なく、彼は自身が正論と思う言葉をリーベにぶつけた。
「人生は一度きり。今ここにいる僕や貴方が全てです。望む世界があるのなら、無かったことにするのではなく、未来で叶えるとよいでしょう!」
「……ほんっと、モテないわよ、あなた」
 迅の真っ直ぐな目と真っ直ぐな言葉は彼女の地雷を踏み抜いていると、彼は気付いているだろうか。
 蓄積されていく怒りで、リーベの顔が赤くなっていくのが見える。
 彼女の表情を見ながら、リュコスは一言だけ呟いた。
「命をうばうことをこうていするリーベの考えが正しいとは思えない……」
「それは、お互い様でしょう。私も、あなた達がこの間違った歴史を肯定することが正しいとは思えないわ」
「リーベ……ぼくは、君をひていするよ。ぼくは、救える命をあきらめたくない」
「私だって、救える命があるならば救おうとするわよ」
 言い切るリーベ。
 彼女と仲間達のやり取りを聞いていたヴァイスにも言いたい事はあったが、その一言を飲み込む事にした。
(……話ができることと、話が通じることは別物よね)
 その一言は確実に火に油だと理解していたから。
 胸中で嘆息する彼女の横で前に進み出た者が居た。
 騎士達との戦いを終えた後、倒れていた騎士達の解毒や傷の手当などを行なっていたハーモニアの男――――聖霊は、彼らがあらかた危険を脱したのを確認してから立ち上がった。
 紫の瞳に怒りを湛えて、彼は「笑わせんなよ、クソ野郎」と低い声で、声を通した。
 リーベが聖霊へと視線を向けたのを確認して、彼は思いを吐露する。先程の戦いの途中で言いたかった言葉の続きを、漸く話せる。
「救える命があるなら救おうとする? 腹が痛い事を言うんじゃねえよ馬鹿野郎」
「何ですって」
「お前は人を救いたかったんじゃない。
 お前は『人を救いつづける救世主の自分』を救いたかったんだ」
 イズマやエクスマリア、キルシェと共に前回彼女と対峙した事のある彼は、前回と今回での彼女との戦いを経て気付いた。彼女が本当に救いたかった者が誰なのか。同時に彼女が現在進行形で積んでいる罪にも。
「お前は目を逸らし続けた。
 自分に出来ないからって泣き喚いて、周りのせいにして。子どもと同じだ」
 かつての自分も下手すれば目を逸らしていたかもしれない。それをしないで済んだのは、人生で唯一救えなかった命が敬愛する存在だったからだ。
「お前の過去に救えなかった誰かが居たのかもしれない。だがな。
 人を救うっていうなら、過去の辛さも救えなかった生命も背負い込んで歩け」
 だからこそ、彼から彼女に言える事の一つはそれだ。
 そして、もう一つの言いたい事も、口にする。
「俺は俺の傲慢で、覚悟で。お前をぶん殴って救ってやる」
 彼のアンテナは『それ』をキャッチしていた。
 「助けてよ!」と叫ぶ誰かの心の声を。
 助けた騎士達でもなければ、先程までゼノグロシアンだった者達でもない。彼らの助けを求める声など、とっくに治まっていた。
 目の前の自称『遂行者』の声だと気付いた時、彼の身体は動いていた。そして、今に至る。
 リーベが聖霊を見つめる。驚いたように目を見開いて、それから、顔を歪ませた。
 その表情は、泣きそうで、笑っていた。
「……本当、前にも思ったけど、あなたが一番傲慢よ」
「そうだな」
「…………救えるものなら救ってみなさいよ。私を救う手段なんて、たった一つしかないけど。
 あなたに、それが出来る?」
 言葉は無く。代わりに聖霊の鋭い視線がリーベを射貫く。
 それを受けてから、彼女は可愛い子達へ語りかける。「帰りましょう」と声を掛けるだけで、誰もそれに異を唱えない。
 リュコスはそれを見て、説得は無理であると悟った。
 彼らが正気に戻ってもなお彼女の思想に感化されているのであれば、「悪いお薬のせいでそうなっている事」や、療養できる場所へ案内しようと考えていた。しかし、今の彼らを見てそれが通用しない事を悟ったのだ。
 騎士達を連れて引き返すリーベは、振り向くこと無く、最後に一言だけ残す。
「この子達を殺さないでくれて、ありがとう。それだけは、感謝するわ」
 去って行く後ろ姿を見送りながら、騎士団長が問う。
「良いのか、あのまま放っておいて」
「今は、これが正解……とぼくも信じたい」
「そう祈るよ。次に会った時は……直接やり合おうと思う」
「だけど、大丈夫なの、彼? 救うつもりなんでしょう、彼女を。手段はたった一つしかないって、彼女は言ってたけど」
「というか、たった一つしかないとはどういう意味でしょうか?」
 迅の純粋な疑問に、少しだけ間を置いて、エクスマリアが答える。推測でしかない言葉を。
「おそらくだが……彼女は、以前と違い、反転しているのではないか、と思う」
「それって……」
 キルシェが口に両手を当てる。
 もしエクスマリアの推測が当たっており、リーベの言う救う手段が一つしかないというのなら、それが意味する所は。
 彼らの視線が聖霊の背中に注がれる。
 ただ無言で、彼は両の拳を強く握りしめていた。その心は、彼しか知らない。

成否

成功

MVP

松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
無事にリーベの騎士達を撃退できました。
次回からは騎士達もイレギュラーズに対して殺意を向ける事になるでしょう。
彼女の本音を今回引き出す事が出来ました。それをしてくれた貴方に感謝を。
またリーベと出会う日を、楽しみにお待ちください。

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